観覧車
腹がたっていた。またウソ! 昨日連絡くれるって言ったくせに! 紀子はエスカレーターの踊り場を突っ切って屋上へと出た。一瞬目隠しされたみたいなまばゆいインディゴの青。
この駅ビルの屋上にはプレイランドを銘打って、いくつかの遊戯施設とゲームコーナーが設置してある。中でも観覧車は、ビルのてっぺんにこしらえられた割には大きくて人気があった。紀子が6時間目をさぼって、予備校にも向かわずに来るのはいつもこの場所だった。
小鳥の巣を模した券売機でチケットを購入して、紀子は観覧車へ向かった。6段程度の階段をかけのぼって勝手に観覧車のゴンドラへ向かう。あわてて近寄る青いスタッフジャンパーに乱暴にチケットを押しつけると、みずから扉を開いてゴンドラに乗りこんだ。何度も何度も乗っている観覧車だもの。わかりきった説明と注意を告げる声なんて聞きたくなかった。
ゆっくりと窓ガラスの向こう側が動いてゴンドラは空へ登っていく。木曜日の午後2時。前後のゴンドラに人影は見えない。
見ればシートに、見覚えのある禿げた頭の男が鼻血を出している落書き。文敏と二人で乗った時に発見して笑いあったものだ。
文敏! あいつちっとも変わってない。反省する、すまなかったっていつも口だけ。あいつの成長のなさには本当ビックリする。ゴンドラは上がって行き、隣のビルの避雷針の高さを越えた。
そう! 約束したのはこの前これに乗った時だった! あの時も同じコトを言った! ゴンドラが一番高いところまで行く頃、紀子のたかぶりも頂点に達していた。誰もいない向かい席のシートにキックすると、少しだけ景色が揺れた。
もうたくさん! 別れてやる。絶対。 目を向けると駅前のビル群の向こう側に双子山と連なる山々。文敏とでかけた展望台が小さく見える。
あの展望台行った時だって、文敏のヤツ、毎週会おうねって言ってたのに! 展望台の横には小さな売店。文敏といつも駆け下りた横をくねる山道。
毎日電話かけるよって言ったのに。せめて二日に一度かけるって言ったのに。ゴンドラは下降していき、見えていた景色が見えなくなっていく。向かい席に続けていたキックの力が弱まっていく。
こうしてあたしたちも終わって行くのかあ。あの展望台。この観覧車。もう来ないのかな。もう、来なくなっちゃう? 乗り場が見えてきて、観覧車もおしまい。これで自分の恋も終わりかと思うと、紀子は胸を押さえて唇を噛んだ。
青いスタッフジャンパーがかけよって扉をあける。上目づかいに紀子の顔をうかがって、文敏は言った。
「ごめん、紀子。もうすぐバイト終わるから、一緒に帰ろう。メシおごる」
また私、許しちゃうんだなあ。こうやって。紀子はため息をつくと、今度はジャンパーが差し出す手を握った。
(たぶん1997年ぐらいに書いたものです。たぶん、蒲田の駅ビル屋上の観覧車をイメージして書いたんだったと思う)
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