奇跡

 叔母の家に行った。父の妹にあたる人で、まあ叔母と言っておいていいだろう。その日は家で父と、叔母と、その夫と、彼らの子どもと、僕の弟とで食事会を催していた。叔母の手作りの料理はとてもおいしかった。
 宴もたけなわ、そろそろ帰ろうという時間に僕は母親に連絡をした。迎えに来てもらおうと思ったからだ。実家から車で15分もすれば着くという。少し叔母や父と喋りながら、僕と弟は帰り支度をすすめることにした。
 母から連絡が来たので、叔母たちに手を振って別れる。父は駐車場まで見送りにくる。三人がマンションの一階に着いたところで、母の運転する車がマンションの駐車場にちょうどはいってくるのが見えた。駐車し、母が降りてこっちに向ってくる。ここで僕と弟、父、母の四人がそろった。
 それはずっとそろうことのなかったメンバーで、この先も絶対に見ることが叶わない光景だと思っていた。奇跡だった。
 四人の間で交わされる言葉は多くなかった。母が僕に「楽しかったろう」と聞く。弟が母に、彼らの子どもが可愛かったと嬉しそうに言う。父の言葉にも、母はかつてそうだったように、「妻」としてそこに存在していた。僕たちはとても自然で、断絶も、境界も、僕たちを隔てる如何なるものもなかった。
 しかしこれは奇跡だ。奇跡はこんなにもあっさりと訪れ、そして終わっていくのか。僕と弟は母の車に乗るまでのわずかな時間に僕はこの光景を焼き付けておくことにした。それは二度と手に入らないもののような、純正の水晶のような輝きを放って僕の体内に結晶化した。
 車に乗り、窓を開ける。父に手を振りながら僕たちは叔母のマンションを、父のもとを去った。

 家に帰ると飼い犬が短い尻尾を振って出迎えてくれた。犬を撫でながら僕は、先ほど目の当たりにした奇跡はもう起こらないだろうな、と思った。実際、今に至るまで奇跡は起きていない。


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