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Di-Sportsトークショー「それぞれのオリンピック!〜そして東京から未来にメッセージ〜」イベントレポート(前編)

11月13日、セールスフォース東京オフィスにて、Di-Sportsとして2回目のトークショーを開催しました。
このトークショーは、アスリートのライフスキルを社会に還元することを目指して活動しているDi-Sportsのアクティビティの一環として行っているもので、今回のテーマは「それぞれのオリンピック!〜そして東京から未来にメッセージ〜」。

Di-Sports Lab長のDr.辻がファシリテーションを務め、元バトミントン日本代表の池田信太朗氏、元競泳日本代表の伊藤華英氏、元サッカー日本代表の石川直宏氏のオリンピアン3名が登壇しました。

今回は、Dr.辻によるご挨拶とDi-Sportsの紹介の後、脳と心の話を挟んでからトークセッションへ。現役引退後も幅広く活動をしている三者三様のアスリートが、教育やコミュニケーションの観点からスポーツについて語り尽くしました。
その貴重な内容を、前編・後編の2回に分けてレポートしていきます。

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Dr.辻からのご挨拶

辻秀一氏: Di-Sportsの“Di”は、“Dialogue”=「対話」を指しています。昨今のデジタル化により世の中全体的に対話が減っていますが、脳科学的には対話こそが人間の脳を育てる重要なものなのです。そして、スポーツ選手やアスリートたちが対話を通して子どもたちに「心の大切さ」「機嫌よく生きることの大切さ」を伝える活動がDi-Sportsの原点になっているので、“Sports”なのです。「対話」「スポーツ」「ごきげん」の3つが大きなコンセプトとなっています。

なぜ子どもたちかというと、人間は大人になればなるほど論理的になり、「心の大切さ」を伝えるのが難しくなるためです。小さい時に「心が大事だ」「機嫌よく生きることは大事だ」といった体験・体感をすることで、大人になってからも心の大事さを理解しやすくなると仮説を立てています。私たちDi-Sportsのメンバーは、学校で子どもたちに心の大切さ、機嫌よく生きることの大切さを伝える活動を行っていますが、一流のアスリートが経験の中で培ったメンタルマネージメントのスキルを子どもたち以外にも共有できればと思い、二次的にこのようなトークショーも開催しています。

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脳と心の話

トークセッションの前に、脳と心の話をしたいと思います。みなさんは、赤ちゃんから生まれて大人になりますよね?基本的に、これを「教育」と言います。家庭教育があって、学校教育があって、社会教育があって、僕らは大人になります。この赤ちゃんから大人になる過程で何が教育されていくかというと、脳みそが教育されていくのです。具体的には、「認知的な脳(コグニティブブレイン)」が育まれていきます。これは、結果・行動・意味・外界といったものに対してどう対処するかを考える脳です。だから大人になると、子どもの頃に比べて、結果のこと、外界のこと、意味のこと、やらなければならないこと…といったことで頭の中がいっぱいになってきますよね。社会を生き抜くためにはこの脳も必要なのですが、この脳は間違いなくマインドレスなのです。教育によって、結果・行動・意味・外界といったものに追われるようになると、マインドレスな人間になります。マインドレスになると心の状態にストレスが加わるので、不機嫌が増えます。みなさん、子どもの頃よりも大人になってからの方が不機嫌じゃないですか?これは、教育によって、不機嫌を作る脳の構造が養われてしまっているためなのです。

子どもが学校から家に帰ると、お母さんに「今日は何があったの?」と外界を聞かれますよね。「それでどうなったの?」と結果を聞かれますよね。「それはどういうこと?」と意味を聞かれますよね。これだけを繰り返していると、僕らはマインドレスになります。社会は基本的に、結果や、やらなければいけないことにまみれているので、僕らはずっとこの認知の脳を教育されていくのです。極論を言うと、この認知の脳の究極のスーパースターが「AI」です。マインドレスの究極です。外界を分析してソリューションを提供し、PDCAサイクルを回し、ゴールセッティングからバックキャスティングしながらThings to doを見つけてはこなしていく、スーパースターです。こういったことができることが、頭が良く、勉強ができ、仕事ができるということだ、と僕らは教わってきますよね。たしかに、この認知の脳だけを育んでいけば、医学部にも東京大学にも入れます。ただし、それだけではマインドレスなのです。

スポーツの世界でも、結果が問われます。アスリートは、4年後のオリンピックを目標に据えたらバックキャスティングしながら練習を組み立て、やるべきことをこなしていくので、認知の脳に長けています。しかし、スポーツの世界は分かりやすいシンプルな構造なので、それだけでは勝てません。心の状態のマネージメントも必要なのです。この心の状態をマネージメントしていく脳のことを、「非認知的な脳」と言います。結果を出しているアスリートは、心の状態をマネージメントすることの必要性も、体験的に分かっているのです。

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今、教育の世界では、この非認知的な脳みそをどう養っていくのかがテーマになっています。つい昨年(2018年)の教育学会で、僕と為末大くんがいかに非認知的な脳みそが重要かについて話していたのですが、基本的には、文科省の学校のカリキュラムには入りにくいのが現状です。
そして、この非認知的な脳の代表が、WHOが言う「ライフスキル」であり、社会を生き抜く力です。学校の勉強は限られた範囲の中で正しい答えを出すという授業モデルになっているので、学校では頭が良くて学力があっても、無人島に行ったら生き残れるとは限らない。答えのない中で、心を整えながら、何をしたらいいのか考えて実践していくには、学校の教育だけでは不十分な世の中になっているわけです。

人間の個人の進化と人類の進化は、同じ絵が描けます。僕たち現代人は、ホモサピエンスから進化してきているわけですが、この進化に何年かかっているか知っていますか?40万年です。40万年かけて、僕らはホモサピエンスから現代人になっているのです。ホモサピエンスも現代人も、夜は寝ているし、ご飯も食べているし、うんこもしているので、基本的な機能は何も変わっていません。では僕ら現代人はホモサピエンスよりも何が優れているのかというと、認知の脳が優れた生命体になっているのです。個人の教育の進化も、40万年の人類の歴史的進化も、この認知の脳の進化なのです。
この進化のおかげで僕らは文明社会を築き、AIやITを創ることができたのです。

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実は、最近の組織モデルでも、これと同じ考え方があります。みなさん、「ティール型組織」って聞いたことありますか?今あらゆる組織が目指している、進化型の組織モデルです。
もともとは、レッド型の組織づくりから始まります。レッド型の組織とは、パワーのある人が上に立ち、権力や権威によって人々を管理する組織です。街で言えば村長、チームで言えば監督やキャプテンがその役目を果たします。レッド型の組織が発達してくると、権力による支配に不平が出てくるので、次にアンバー型の組織へと進化します。
アンバー型は、ルールを作ります。法律によって平等性を保とうとしている現代社会も、まさにこれです。法律やルールのおかげで統制がとれている一方で、監督がいるおかげで動ける、成熟モデルと言えます。
しかし今度は、法律に縛られすぎるのは嫌だと、能力のある人が自己主張をするようになります。オレンジ型組織に繋がります。オレンジ型の組織では、結果を出す人が評価され、成果を出すことが重要視されます。権力や法律、成果を大事にしていくこの進化は、個人の認知の成熟性と全く同じなのです。人間は赤ちゃんの頃から、家の中で誰が権限を持っているのかを学びます。お父さんなのか、お母さんなのか、誰の顔色を見ておけば良いのかを学んでいきます。認知の教育の始まりです。学校に通うようになると、先生というのは人にものを教える、偉い人なんだなと認識していきます。そして社会のルールを教わる中で、いきなり人を殴ってはいけないんだ、人のものを奪ってはいけないんだ、ということも学び始めます。そのうち、何か結果を出すことによって自分が認められるようになり、成長していきます。組織モデルの進化と同じですね。

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ここで、いつも結果を出さないといけない状態がだんだんしんどくなってきて、グリーン型の組織が生まれます。グリーン型は平和主義で、ユートピアの組織です。競い合うことをやめ、認知することを手放し、「そこそこでいいよね」「別に」といって、夢や目標を持たなくなります。最近の若者の中には、「将来の夢は何?」と聞いても「そんなのないです」と答えるような人が増えていると感じます。オレンジ型のしんどさを手放すことは悪くないのですが、グリーン型が増えると世の中やばいです。
そこで、最終的に、最も進化したティール型の組織に繋がっていきます。これは、自立型の組織です。認知の脳にも優れつつ、非認知的な脳も兼ね備えていて、心をフローに保ちながらバランス良く生きられる人材が集まった組織です。
残念ながら学校教育では追いついていないので、子どもの頃に機嫌が良いことの価値を体験してもらい、非認知的なライフスキルを育てることを、Di-Sportsの使命として僕たちは活動しているのです。

オリンピアン3名の自己紹介

辻:ここからは、Di-Sportsのメンバーにも登壇してもらい、心や教育について感じていることを聞いていきたいと思います。バドミントンの池田信太郎くん、水泳の伊藤華英ちゃん、サッカーの石川直宏くんのオリンピアン3名です。よろしくお願いします。まずは、自己紹介と、先ほどの話を聞いての感想を聞かせてください。

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池田信太郎氏:こんばんは。僕は元バトミントン選手で、北京オリンピックには男子ダブルスで、ロンドンオリンピックにはミックスダブルスで出場した経験があります。35歳のときに引退し、39歳の今は外資系でスポーツ&エンターテインメントの仕事をしています。海外のグローバル企業に対して、モノからコトまで、幅広くコンサルをしています。モノであれば、なるべく売れるように戦略を立てたり、コトであれば、多くの人に認知してもらえるようにメディアとパートナーシップを組んだりしています。

他にも色々とやらせてもらったのですが、先ほど辻先生からお話があったように、世の中のコミュニケーションは今後より大きな課題になってくるのではないかと思っています。というのも、今の子どもたちにはデジタルネイティブな子がたくさんいるので、人と対話をする以前にデバイスを通してコミュニケーションをすることに慣れていくようになると思っています。例えば、このスタンプを使えば良く思われる、このスタンプを使えば雰囲気が伝わるといった感度は高いかもしれません。でも一方で、言葉で人に何かを伝える、言葉で謝罪する、言葉で感謝する、といった、面と向かって人と対話をする能力は反比例していく時代になっていくのではないかと。そういった時代において、礼儀や人とのコミュニケーションに始まるスポーツは、より重要な役割を果たすのではないかと感じています。スポーツしながらスマホでコミュニケーションすることって、なかなかないですし。

辻:認知的な仕事をしながら、非認知的なライフスキルも活かすことが、今の時代には重要であるということですよね。華英ちゃんはどうですか?

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伊藤華英氏:私も、信太郎さんと同じく北京オリンピックとロンドンオリンピックに出場しました。北京は背泳ぎで、ロンドンは自由形で出場させていただいて、2012年に引退した元競泳選手です。今は、大学の先生をやったりイベントに出たりしながら、オリンピックの組織委員会の広報局の仕事をメインでやっています。
辻先生の考え方は、私たちが体験してきたことそのものなのかなと思っています。やっぱりスポーツは勝ち負けなので、勝つ人は一人ですよね。オリンピックに向けて何年も頑張っても、実際にオリンピックで決勝に残り、優勝する人はたったの一人。それ以外は成功ではない、というとがっかりですが、頑張ることにはもっともっと価値があるんだ、ということを発信できるのがスポーツなのではないかと思っています。だって、多くの人が1番になりたくて頑張っても1番になれない。では、1番になれなかった人はいらないのかというと、そうではない。それこそ、AIが発達してきたら人間はいらないのか、ということになってしまいますよね。家計の中で必要なものにお給料を使っていくと、食べ物、寝るところ、着るもの…と優先順位がつけられて、だいたいスポーツって一番最後なんですよ。子どもの教育費は上位に来るものの、大人になってからの運動は最後の最後。お金が余ったらジムに通う、というレベルの人が多いので、Di-Sportsの活動を通してスポーツやアスリートの価値を上げられればいいなと思っています。

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石川直宏氏:みなさんこんばんは。サッカーの石川直宏です。今はFC東京のクラブコミュニケーターという立ち位置で活動しています。僕自身は2017年に引退をしたので、今は引退して2年目です。引退時、2017年12月2日の試合に出場したのですが、2015年8月2日に怪我をしてから復帰するまでに2年半かかりました。以前から怪我が多く、両膝と足首で7回手術をしていて、復帰するまでの2年半の間にも色々なことを考えていました。最後の最後、苦しいハードルを乗り越えたところで辻先生と出会ったのですが、自分が考えていたことや、感覚的に感じていたことをすべて言葉にして伝えてくれたので、「これだ!」と自分の中にストンと入ってきました。そこから、自分でも思っていることを言語化できるようになり、復帰に向けて取り組む中で色んな人の応援もいただきました。
すべてを出し尽くした上で次に向かおうと思っていたので、2年半のリハビリ中はピッチに立つことしか考えていなかったのですが、終わった後に、色々な感情が溢れてきまして。このクラブのことが好きだし、引退しても自分にできることで関わっていきたいという想いがあり、現在の社長にばーっと伝えました。最初は社長も「何を言ってるんだこいつは」みたいな反応だったのですが、僕は16年間FC東京でプレーしていたこともあり、想いが通じてクラブコミュニケーターという形での活動が始まったのです。

辻:クラブコミュニケーターは、他のJクラブにはないのでしょうか?

石川:クラブアンバサダーやクラブ・リレーションズ・オフィサーという風に、名前は少し異なりますが、他のクラブでも最近は増えてきています。僕は、選手としての経験から自分が学んだことを伝えられる存在になれればと思って取り組んでいます。結果を残すためには、もちろんピッチ上で一生懸命やることも大事ですが、僕自身が現役時代にプレーできない時間が非常に長かった中で、ピッチ以外でも自分のするべきことと向き合い、コツコツと積み重ねていくことが大事だと学んだので、伝えていければと思っています。
ありがたいことに、チームとしての活動だけではなく、個人としても人との繋がりを大切にしながら幅広く活動させていただいています。

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コミュニケーションについて感じること、大事にしていること

辻:ありがとうございます。3人は、人間らしいコミュニケーションを取る上でどんなことが大事だと思いますか?コミュニケーションを軸に、考えていることを教えてください。

池田:最近びっくりしたことがあったんです。僕、銀座でレストランを運営しているのですが、バイトの一人が辞めることになりまして。僕も大学時代に居酒屋でバイトをしていましたが、辞める時って自分からしっかり伝えるじゃないですか。せめて電話で、学業が忙しいだとか理由をつけて。それが、今の時代の子って辞めることを伝えるのに代行してもらうんですよ。すごくないですか?代行業者に頼んで、「バイトの〇〇さんが☓月☓日で辞めることを預かりました。代わりに電話しています。お給料は☓月分まで振り込んでください。」みたいなことを言ってもらうんですよ。店側から電話をしても、本人は電話に出ない。もう、怖いです。
バイトなので、辞めるか辞めないかは本人に任せていますが、本人が誰とも話さず、お礼の一言も言わずに辞めていくような時代は、僕がバイトをしていた頃からすると想像できないです。義務教育の現場にいる先生たちが、こういったところまでコミットして指導できるように教育されていないことを考えると、この先どんどんコミュニケーションを習わない子どもが増えてしまうのではないかと思いますよね。

辻:文科省の指導は、認知的な脳みそだけを育むようになっているからね。

池田:恐らく、僕たちが考えている学校の先生像は崩壊していて、学校は、礼儀作法や感謝や謝罪ではなく、学業を教わる場所になっているのではないかと。では家庭はどうかというと、今、東京では共働きの世帯が半分以上で、70%の親御さんが、習い事をさせたいけど送迎が難しいという理由で諦めているそうです。共働きが増えたことである程度家庭の収入も増え、子どもに割り当てられるお金も増えてはいるものの、都内はスポーツなどの習い事をさせられるようなインフラが整っていないため、コミュニケーション教育は不足しているのです。塾に行けば、礼儀や教育や勉強は教わることができますが、スポーツで教わるような感謝やリスペクト、フレンドシップまでは教えてもらえませんよね。

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スポーツは、一つのゴールを設定して、スタッフが子どもたちのモチベーションも管理しながらみんなで頑張ることを教えます。サッカーなど、ビジネスとして成り立っているスポーツだと、競争の原理が働いて、スクールやクラブ側が良いサービスをしないと子どもたちが集まらないので、僕はとても良いと思います。教育の現場で不足している礼儀やマナーなどを、スポーツが教えられる場所が増えていくことが、大切だと思います。
今後のスポーツビジネスは、ただ強くするだけではなく、人としての人間力を高めるニーズも求められてくるのではないでしょうか。

伊藤:私がいる組織委員会には2300人の人がいて、オリンピックになると有給職員の方が増えて8000人規模になります。本当に知らない人が多くて、顔が分からない人からいきなりメールが届くんです。でも色々な人に聞くと、みんな、挨拶に来てくれて相手の顔が見えると「この人のためになら頑張ろうかな」と思えて、仕事がいい方向に進むと言います。仕事って、やることがいっぱいある中でやるので、やっぱり顔が見えるって大事だなと思いますね。

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大学でも、私は70人くらいの生徒を見ているのですが、名前と顔を覚えるのが得意なので、みんな把握しています。名前で呼んであげると反応がだいぶ違って、「先生って俺のこと覚えてたんですね」と言われるので、「覚えてるから悪いことしないでね」って言ったりして(笑)
また、人の悪いところを見つけるのは簡単だと思うのですが、私は良いところを見つけてあげて、「○○なところが良かったね!」と本人に伝えるようにしています。それだけで全然、人の雰囲気が変わるので、面倒くさがらずに知らない人と喋れるかどうかは大きいと思います。今のこの場も同じで、トークショーの内容をWebで目にするのと、実際にこの場で体験するのとでは、また違いますよね。体験・経験というものがいかに価値のあるものなのか、最近は見失われているように思うこともあるのですが、現場に行って顔を出し、人に覚えてもらい、直接会話をすると、人に対する印象も変わりますし、自分自身も気持ちが良くなると思っています。

石川:頷くしかないですね。人に信頼してもらえている、認めてもらえているという感覚があると、人って心地よいと思いますので。

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サッカー選手はもちろん結果で残さなければいけない部分もありますが、同じ結果を出すにしても、僕は関係性も大事にしたいと思っています。周りの人と接する時、サッカー選手としてだけではなく、一人の人として接している感覚があるからです。
5歳でサッカーを始めたのですが、父親はサッカーなんてしたことがなかったので、サッカーを指導されることはありませんでした。その代わり、サッカーをするためにはエネルギーが必要だから朝飯を食べなさいとか、朝飯を食べて練習に行くためには早起きをしなさいとか、生きる上で大事なことを教えてもらったんですよね。寝坊しちゃって朝飯を食べないで練習に行こうとした時は怒られましたが、サッカーで怒られたわけではなく、人として怒られたので、ちゃんと僕という人を見てくれているんだなと思いました。
だから僕は、周りが認めてくれることに対する恩返しを繰り返してきたんです。怪我など、うまくいかないことも多かったですが、そういう中でも人と関係性を築くことができると、自分がエネルギーを貰ったらお返しをしたくなり、お返しをするとその姿を見てまた喜んでくださる方々がいて…と、関係性が繋がっていくんです。プレーもそうですが、僕の接し方に共感してくれる人が現れたり、活動に興味を持ってくれる人が増えたり、人との関係性を大切にしていると、自然と繋がりができていくなと感じます。
今日家を出る前に、小学校1年生の娘が泣いて帰ってきたんです。いじめではないですが、強い子に理不尽なことをされたと。うちの娘はめちゃくちゃ真面目で不器用なので。で、なんでこんなことが起きるのかと考えたときに、きっとその子は家庭で認めてもらえていないんじゃないかなって思ったんですよね。

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辻:人間が認知的な脳みそで動いているから、コミュニケーションが減っているんですよね。認知的な脳みそは、行動や結果、環境の出来事、他人、そして意味といった話題を好みます。でも、これらはメールでやり取りできますよね。非認知的な脳が大切にしている、人間力や感性、リスペクトといった、定量化できないもの、メールでやり取りできないものこそが会話では大事なんです。そういった会話をしていくことが、これから先、人間の脳のバランスを保ち、生き残っていくためには重要だと確信しています。

池田:コミュニケーションが減っているということに関して言うと、スポーツと同じで、コミュニケーションも向き不向きってあると思います。主に、コミュニケーションが得意な人は、幼少の頃から自然と長けてきていると思うのですが、一方で苦手な人は、何か一つのことがトラウマになってしまいうまく言葉を発せなくなっている場合が多いと思います。うまく話せない、緊張してしまう、物事を簡潔に説明できない…トレーニングすれば改善するような要素はたくさんあると思うので、まずは改善しなくてはいけないと気づくことが大事だと思うんです。仕事において、人とコミュニケーションを取る必要がない職種もありますが、コミュニケーションを取れる人はより戦力になっていくと思いますね。

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コミュニケーションにおける男女の違い

池田:スポーツをしていると、女性とコミュニケーションを取るのは難しいなと感じます。スポーツに限らず、永遠のテーマですが(笑)
スポーツにおけるコーチングの世界では、ハードなトレーニングをやらせようとしたときに、コミュニケーションが取れている人がやらせるか、取れていない人がやらせるかで全然違ってくるんです。辻先生のように、相手をごきげんにすることができると、良いコーチングになるんですよね。ラグビーのエディー・ジョーンズ氏もそうです。バドミントン界でも、韓国から日本に来たコーチが、選手とコミュニケーションを取れるように一生懸命日本語を勉強しています。選手とコミュニケーションを取ることで、選手にハードワークさせる入り口を作るのです。

辻:コミュニケーションという入り口の、もっと入り口がごきげんでいることだと思いますね。Googleも、組織の生産性を高める上で心理的安全性が重要だと言っていますが、心理的安全性の一番の基本はごきげんでいることです。不機嫌な人はコミュニケーションが取りにくく、心理的安全性もないですよね。

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伊藤:バドミントンやラグビーの話を聞きながら、競泳の場合はどうだったかなと考えていたのですが、やっぱりコーチが男性で選手が女性だと難しいですね。平井コーチという、北島さんも育てた男性のコーチに、「平井先生はどうやって女性の選手を見ているの?」と聞いたことがあります。すると、「どうでもいい話をするんだよ。どうでもいい話をして、だんだん俺って安心なんだと認識させて、どうでもいい話をしていく中で本質的な悩みや気になっていることを打ち明けてもらえるような関係性を作るんだよ。」とおっしゃっていました。現役時代を振り返ると、アテネオリンピックに行きたかったのに行けなかった、結果が出ていなかった頃は、自分の本当の気持ちを先生と十分に話せていなかったなと思うんです。素晴らしいコーチだったのですが、当時は私が思春期だったこともあり、二人三脚になれていなかったんですよね。
この時オリンピックに行けなかったという失敗経験から、その後は貪欲になって、どんな先生であっても自分の要望を話したり、どうしたらオリンピックに行けるのかを聞いたりするようになりました。どうせやるなら、やるだけやって、それでだめならもういいじゃん、と言えるくらい、とにかく種は撒きましたね。色んな人とコミュニケーションを取って、自分がプラスになるようなことを集めていったので、自分に自信が持てるようにもなりました。

辻:なるほど。あくまで一般論ですが、男性はどちらかというと優劣で人間関係を作りやすいんです。たとえば、池田くんや石川くんであれば、僕が優位であることを示すと、従いやすくなります。一方で、女性はどちらかというと好き嫌いで関係性を築くので、好きになってもらえるモードを作らないと、基本的に心理的安全性は生まれにくい。その背景にあるのは、男性は思考優位で、女性は感情優位という特性なんです。

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前半は、脳と心の理解を深めた後、コミュニケーションというテーマを中心にそれぞれが感じていることを伺いました。
後半は、より教育や人間力といったテーマに切り込み、トークも白熱していきます。

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