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アイスランド編~”アイスランドから見る風景”より

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アイスランドでの日常についてのコラムをまとめました。
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#創作大賞2022

アイスランドから見る風景: コラムを始めるにあたって

いつだったか、すでに数年前のことだと思う。写真家、もしくはドキュメンタリー映画監督が、皇帝ペンギンの生きざまは凄まじい、繁殖生態の一部でも変えることができたら、どんなにか楽に生きられるだろうに、とコメントをした記事を読んだことがある。日頃から、動物に特別関心があったわけではない。それなのに、珍しく、その言葉がいつまでも頭に残った。”楽に生きられる”のに、それができないのが動物であるのに対し、それをしないのが人間だ、と思ったことも覚えている。 日本の大学を卒業した後、ドイツに

アイスランドから見る風景:vol.1 いそぐ夏

夏休み、と聞いて頭に浮かぶのは、八月葉月だ。早朝のラジオ体操を終え、スタンプをもらって家に帰る頃には、日差しは強まり始め、方々から蝉の声が聞こえてくる。舗装されたアスファルトの空気が、太陽の熱にゆらゆらと踊るように動く。庭に撒いた水が、辺りの温度を下げるのもつかの間、地面の染みが吸い込まれるように短時間で消えていった。手から振り払った黄色と黒の模様の蜘蛛、甘いものに群がる蟻の群れ、黒と白のやぶ蚊のお腹が血を吸って大きく膨らむ様子。わたしの記憶の日本の夏は、熱気と強い日差し、そ

アイスランドから見る風景:vol.2 夏の嫌われもの

アイスランドで庭を持つひとたちに、蛇蝎のごとく嫌われている植物が2種類ある。それはアイスランド語でルピナ (lúpina) と呼ばれるマメ科ルピナス属の多年草と、もう一つはスコウガールケルヴィトル (Skógarkerfill)・ セリ科シャク属の多年草だ。これらの野草が一本でも庭に生え次第、アイスランド人たちは、躊躇なく根こそぎ除去しようとするだろう。 わたしがアイスランドに移った1999年時には、外来種の両植物はすでにアイスランド全土にテリトリーを広げていた。シャクは1

アイスランドから見る風景:vol.6 ラビット・ホール

レイキャヴィーク市は、幾つかの住宅地区に区分されており、隣接する地区の間には住居のない自然エリアが設けられている。その区画整備は、新しく都市開発された市の裾野部分、つまり街の中心から離れた、これまでは住宅が建てられていなかった場所において、特に顕著である。もともと手つかずの自然があった場所を住宅地に変えるのだ。私有地のまま残された土地はあるにせよ、自然保護の立場を念頭に、市が都市開発をしていることは明らかである。 この自然エリアは、その地域に住む住民にとって、身近に自然と親

アイスランドから見る風景:vol.10 消費を手放す

先日、アイスランド人記者が書いた面白い記事を読んだ。内容はアイスランド人の消費について、タイトルは『買って、放つ (Að kaupa og sleppa)』というものだった。アイスランドの国民的スポーツである鮭釣りでは、釣った鮭を再び川に戻す、という習慣がある。それにちなんで、例え何かを買ったとしても、その行為に満足したら、買ったものを手放してみるのはどうか、という提案だった。手放すということは、買った店に返品するのではない。買ったものをタンスの肥やしにしたり、物置に入れたま

アイスランドから見る風景: vol.5 秋の到来と子羊のスープ

1年を通して雨が多いのはアイスランドの常だが、その中でも晩夏から秋にかけての強風を伴った冷たい雨は身に沁みる。この鬱々とした天気が通日続くと、木々はあっという間に葉を散らす。人の目を楽しませることもなく、色褪せた葉は風にさらわれ、雨に地べたへと打ちすえられる。それと同時に日照時間は日に日に短くなり、気温も10度を越える日が少なくなっていく。 数年前から、アイスランドでも”秋”と呼べる時期が長くなった。全体的に季節が1カ月ほど後ろにずれ込んでいる様子だ。年によっては、8月より