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私の性格と障害と呼ばれる”個性”について

まず、最初に、いちばん最初にこの話を伝えたいのは、ここまでDIOとわたしを支えてくれて応援してきてくれたDIOのグループメンバーたちみんなにです。

わたしは、「ワンセルフDIO」という、ありのままの自分を無条件に愛せることに特化した瞑想法を24歳から、これまで約15年間に渡って開発してきました。これまでずっと、DIOとはなにか?についての話をみんなには、何年も話してきたと思う。

気づきのメカニズムや、思考の理論の話しとかを。でも、そういえば、わたし自身の話をあまり語ってこなかったかもしれない..。それに最近気付いたんです。

周囲にも、たくさん言われてきました。「そこだよ!!」って。なぜDIOをつくったんだ?って。

わたしがここの肝心な話をしない限り、DIOは世界に広めることも、人に本当の意味でDIOの本質が伝わることはないんだろうと思ったので、今回みんなに決心して話そうと思いました。

私の性格と障害と呼ばれる”個性”について

私は、きっと生まれつきだとおもうけど、物心ついたときから、自分の性別がわからなくて、時間の感覚がわかりませんでした。これは今でもわかりません。
性別も男でもないし、女でもない感覚です。時間は何年も過ぎても”今”の感覚しか感じません。周りの友達が「昔に比べて歳をとった〜」って言ってても、それがどんな感覚か私にはあまりわからないかもしれない。。

子供の頃から自分は人と違うことにずっと違和感があって、その謎をずっと探してきました。

私は、最近、ADHDの友人に勧められて、心療内科で自分の特性はどいうったカテゴリーと似ているのかについて調べてもらいました。
自分の子供の頃からの謎を知りたいためにも、検査に行こうと決意しました。

そこの先生に教えてもらったのは、この人間社会で表現されるところの、ADHDと診断されました。かつ私はアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)傾向で、かつ強迫性障害とトゥレット症候群を子供の頃から持っています。そしてLGBTQと呼ばれる部類でもあるんでしょう。
私は、衝動的に行動してしまう特徴や、独特のルールを大事にし、一つのことに没頭してそれにしか興味を示さない特徴が子供の頃からありました。人が驚く集中力で同じことを取り組み続けます。けれど、いつも強迫観念の中で生きてきました。その影響か、トゥレット症候群と呼ばれるもので、突発的に声が出てしまったり、全身がけいれんするので、自分では「なんでなんだろう?」ぐらいにしか思ってなかったけど、人に変な人だと思われないように、常に一人以外の時は気を使い続けてました。

22歳の時に、社会に馴染めない私は一人で自立して生きていくことを決めました。いろんなビジネスを勉強したり、事業をしたりもしました。けど、いつも人間関係がうまくいかず失敗ばかりしていました。当時の私は、なぜ、うまくいかないのだろう?と、不思議に理由を何年も考えてきました。

24歳の時、大きな気づきと引き換えに..

24歳のとき、いつもように、”どうすれば、成功するのか?””失敗する人との違いはなんなんだろう?”って真剣に部屋で考えていた時、人生を大きく変える出来事を体験しました。

その出来事というのは、当時の真剣に悩んでいた私の頭のてっぺんに、大きなイナズマのような電流が私の頭に落ちて、電流が全身を通過しましたんです。(私にはまるで、そんな感覚でした。。)

そのとつぜんのイナズマ電流は、私にとってこれまでの人生を大きく変えてしまいました。
この時、私の目の前は真っ白な光になりました。そして、その白い光の中で私は丸いひとつのヴィジョンを見ました。その映像を見た時、私はどうしてうまくいかないのか?どうしたらうまくいくのか?その映像が長年の謎を解き明かしてくれたと感じたんです。

下の画像が、その時に見たイメージの映像です。(数年前にこのイメージがトーラスと呼ばれるカタチをするものだったのだと理解しました。)このイラストは友人に書いて頂いたものです。

このヴィジョンを光の中で見た時、私は呆然と立ち尽くしました。自分に起こったことがなんなのか理解はできないけど、今まで探してた答えが0.5秒ぐらいの感覚の中で、一瞬のうちで答えが見つかった気がしたからです。

けど、この大きな気づきがきっかけで、長くに渡る障害を持つことになったんだけど..

世界に伝えようと決意する

私はこのヴィジョンを見た時に気付いたことを、忘れないように、この日の気づきをすぐに、紙にメモをしました。その時のイラストをここにアップします。

このイラストに書いてあるように(少し読みにくいけど..)

私がこの時気付いたのは、世の中の大半の人が左の北風のような生き方をしていて幸せそうじゃない。けど、右のように「信じる」ということを実践できる一部の人たちは、結果、幸せを掴んでいくんだと気づきました。

私は今まで北風のような方法で幸せを掴もうとしていたことに気付いて、気付いたからには今日から右の太陽のような方法を実践しなければならないと決意したんです。そして、自分だけではなく、この気づきを世界の人に伝えて、なにか大きく世界を変えたいと強く思いました。

この後、PTSD、統合失調症で自分を見失う

このヴィジョンを見た時は、「信じる」ってどういうことなんだろう!?と理解できなかった私は戸惑いました。
「この”信じる”を理解し、実践しなければ、私は幸せにはなれないんだ!」と強く思いました。

私にとって、この出来事で、とても素晴らしいことに気付いたんだけど、この気づきは当時の自分には大き過ぎて、脳が処理しきれなかったのか..?
この時の衝撃を体験して以来、13年ほど、神経症を患い、重いPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまいました。

精神的な病気になってしまったんです。

頭の神経を4年間痛めて、それが治った2ヶ月後には、胸の神経を6年ほど痛めることになりました。この期間は、神経の痛みを自分で治療することに専念していました。

私はそんな自分の苦痛を取り除くために、あらゆることを勉強しました。レイキ、ヒーリング、イメージング法、瞑想、解剖学、量子力学、この世と宇宙のしくみなどです。

そして、27歳ごろから、自分のために研究して学んできたことを人に教えることを仕事に始めるようにもなっていました。

誰にも理解されない苦しみの中で、もがき苦しんできました。表上は元気でイキイキして見えるので、これもまた逆にしんどかった部分でした。

この期間は悲惨で辛く地獄のような長い時間だった..(もう二度と体験したくない!笑)

ワンセルフDIOの開発とジレンマ

私のアカデミーには全国のところから、有り難いことに、自分の悩みの解決を求めてヒーリング方法を学びに集まってきてくれるようになりました。

30歳頃になると、そこに集まって来てくれる生徒さんたちに、私が自分の治癒と精神の自己統合のために開発していたオリジナルの瞑想法を教えるようにもなりました。

これがのちのワンセルフDIOと呼ばれるメソッドの基本型でした。

まだまだこの辺りは、書くと長くなるけど。

私は、こういう経緯から、自分の強烈に苦しむ原因となった、強迫性障害とPTSDの症状を改善させるために、ワンセルフDIOのファーストステージを完成させて、セカンドステージ、サードステージと、自分の治癒の経過と共に、どんな自分をも許して愛したいがために、次々とステージを完成させて来ました。

私はこのワンセルフDIOを製作する間の15年間、本当に毎日のように涙を流していたと思います。

不思議なことに、ファーストを完成させて、セカンド→サードステージへと完成が進むたびに、自分の強迫性障害、PTSDの苦しさが軽減されていったんです。

サードステージの完成と同時期ぐらいで、神経の痛みは完全に消えてなくなりました。

でも、私の強迫性障害は続きました。
こうした手順の全てが書かれたテキストを製作し読んでもらっただけでは、世界は、人は何も変わらないことを理解していたので、私はさらに、この瞑想法を一人一人が実際に実践し、体得してもらための場所を作り上げる必要がありました。それも、世界中にです。

強迫性障害のおかげで諦めないで続けてこれた事実

私は子供の頃から、なにか漠然と「時間がない。時間がない。」と口癖のように言っていました。「なにかを成し遂げなければ。」「世界に革命を起こしたい。」という言葉がずっと口癖でした。

そんな私を知ってる友人たちは私に「生き急いでるよね」といつも言ってきました。

今はあの頃より、かなり穏やかに生きています。(それでも思うことは何にも変わってないけど。)

私がワンセルフDIOのコンセプトに掲げている。「地球テーマパーク化大作戦」の意味は、DIOを世界に広げて、地球をテーマパーのような楽しい場所に変えたいという想いが込められています。

みんなは、なぜ、こんな壮大なコンセプトをなぜ掲げているのかわからないと思うし、今まで誰にも本当の理由を伝えたことがなかったけど、これをコンセプトにしているのには、別の意味が含まれていました。

それは、「世界中の人を幸せにしなければ、私の幸せに生きられる居場所はない」と言う、追い詰められるような強烈な恐怖と強迫観念に取り憑かれてきたからでした。

私は、自分が幸せになるためには、「人類を幸せに導かなければならない」と言う、通常の思考では考えられないような、毎日毎日、何年も追い込まれるような圧迫感と緊張の中で、自分を救うためにDIOの完成を急いできたんです。

こんな自分だから、友達と話が合うわけもなく、友達が出来ても、毎回なにを話せばいいのかわからなくて、たいてい疎遠になっていきました。

見た目では理解されないけど、孤独で惨めで悲しい人生を送ってきたと思います。
でも、そんなありのままの自分を許して愛してあげられるのは自分しかいないことも理解していました。

そして、実際にどんな自分をも許し続け、ありのままの自分を無条件で許すためにワンセルフDIOにその想いを込めて、毎日毎日瞑想を繰り返し続けてきました。

そして、遂にこうやって自分が一番避けてきて、認めたくなかった、障害と呼ばれる自分の個性についても、みんなに話せるようになったんだと思います。

私はただ、楽しいことが大好きだから、地球をテーマパークのような場所にしたいと繰り返し言っていたわけではありません。

ありのままの自分を許し愛することの大切さ

「ワンセルフDIO」という名前を付けようと思った時、私がいちばん大事にしたことは、完璧な人間になる必要なんてないし、むしろどんな自分でもいいし、自分が自分をいちばんに愛してあげられることが大事なんだということでした。

ワンセルフという言葉は英語で自分自身という意味を持ちます。
DIOとは=イタリア語で神という意味だったり、
DO** IT **ONESELF という言葉の通りに、=自分自身でやる!
という意味を持っています。

あなたは、未熟でも不完全でも良いし、完全になろうとしなくていいし、誰にもなろうとしなくていい。

あなた自身が(ワンセルフDIO=自分自神)なんだよ。ということを世界中の人に伝えたくて、この15年間、開発と製作を続けてきました。

自分を認められた

私は、ずっと普通の人になりたくて、普通の人に憧れを持ち続けてて、普通の人になることを目指して努力してきました。私は自分のことを本当に宇宙人だと信じて生きてきました。だから、活動ネームは地球人として生まれた”地球人ナル”にしようと思ったんです。

けど、世の中には、私のような人がたくさんいたことを、ADHDという言葉や、アスペルガー、強迫性障害、トゥレット症候群、PTSDという言葉を知って、私と同じようなタイプの人がこの地球上には、たくさんいることを知って本当に救われた気がしましました。

だからと言って、自分を障害者だとか、言葉の型にはめる必要はないことも理解しています。けど、ようやく、自分のことを、わたしもみんなと同じ地球人だったんだと認識できた気がしてホッとしています。

ワンセルフDIOを伝えたい人たちへ

DIOは今まで、どんな人に、誰に伝えるべきなのかがあいまいで、ターゲットが絞れずにいました。なぜなら、私が自分のいちばん認めなければならないところを、避け続けていたからです。

けど、こうやってありのままの自分を認めて、人に話せるようになったことによって、どうして自分がDIOを作ってきたのかを改めて認識することができたし、どんな人たちに、確実に役立ててもらえるのかをハッキリと理解できた気がしています。

それは、過去の私と同じように、人との違いに悩み、一人で孤独だった人たち。誰かと比べては劣等感や罪悪感で肩身が狭かった人たち。
みんなみたいになれないことで、自分を好きになれなかった人たち
自分らしさを取り戻したいと切実に願う人たちへ。です。

私は、そんな人たちに、誰かに障害だと言われようが、変わり者と白い目で見られようが、自信を持って自分は自分でいいんだ!!って自分を信じてあげられる自分へと変わるために、努力して訓練していけば、誰でも変われるんだということを伝えたいです。

そして、その人たちの希望になれるように、ありのままの自分で私は必ず成功したいと思います。

最後に、大事なことは、カテゴリーにこだわる必要はないってこと!

世の中には、人を型にはめたがるレッテルのようなカテゴリーがたくさん存在しています。ADHDだとか、学習障害だとか、LGBTとかもそうだと思います。

正直は私はそんな名前どーでもいいです。私と似たタイプの人がADHDと呼ばれるタイプの人たちには多いんだ!ってことが私は知れただけで満足だし。
人はカテゴリーを持ちたがる生き物だからだと思います。でもそう言うのはただの血液型みたいなものだと思うので、全部個性じゃないんですか?こだわる必要もないし、ADHDだろうが、ADHDじゃなかろうが、人間はみんな何かしら悩みを抱えるんだから、全員精神分裂症だと思っています。笑

長くなったけど、読んでくれてありがとうございました。

DIOを世界に広げるためにこれからも活動を続けていきます★



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