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RED BLADE(仮題)vol.3

ステージにせり出ていたONEHANDMUSCLE用のスタンドテーブルは自動的に床の下に降りていった。

「うぉーーー すっげー!なんか雀卓みたい!!!」
シアラーが驚きながら軽口をたたくが、Dinnerは反応しない。

(---あの時たしかにこの義手に何かが起きた。。Dice-Kさん、私に言わないで何かカラクリを仕込んだのかしら・・・---)

『それでは続いての競技をスタートいたします。競技の名は~TWOLEGS
MUSCLEーーーーーーっ!!!入館証が黄色の方は1階までお越しくださいませ~』

ステージの床が開き、今度は次々と重量挙げのバーベルがせり出てくる。大多数は3cm程の薄い円状の鉄板プレートがついたものであるが、中央からせりあがってきたバーベルだけはそのプレートが何重にもかさなったバーベルというには物々しい、バーの両端に巨大な鉄塊がついた無機物であった。

かつて世界で開催されていたオリンピックの競技のひとつ、ウェイトリフティング。クリーン&ジャークでアスリートの女性が持ち上げることのできる平均重量は体型にもよるが、体重50キロの選手で80Kg前後である。

中央からせりでてきたバーベルは円の直径幅と同じ長さまでプレートが重ねられ、男性選手でも持ち上げるのが困難であろう物体。想定重量120kg。

『みなさんご覧ください!!!参加者の分だけバーベルが用意されました。今回みなさんに競っていただくのはただの重量上げではありません!!!そんな生易しい競技では6maker様の筋肉への熱き衝動を突き動かすことはできませんよーーーー!!! 』

『”筋肉は限界が見えてこそ美しい。”』

『そう!今回みなさんに競って頂くのはスクワット。耐久スクワットです!ただ!通常のスクワットではありません!みなさん想像できましたでしょうか!そうです!このバーベルを肩に担ぎながらスクワットをしていただきます!!!』

『ウェイトスクワット!!!名付けてTWO LEGS MUSCLE!!!』

『最初はここにある薄いプレートのみですが、10回ごとに1枚づつプレートを追加してまいります!そして!最終的には中央にあるこの状態までバーベルは成長いたします!!!果たして何人がここまで耐えることができるでしょうかーー!!』

『早速ルールを説明致します!ルールは至って簡単。こちらにおりますリズムキーバーのリズムに合わせてスクワットをしていただきます!!!ふとももが地面と平行になるところまで腰をおとして1回とカウントされます。リズムキーパーのリズムに沿ってスクワット出来なかった場合、バーベルを地面に落とした場合、両足以外の体の一部を地面につけた場合も敗北となります。』

『最終段階までスクワットを続けられた場合、それ以降、プレートは追加されずそのまま競技続行となります!!!勝ち残っていただくのももちろんですが、皆さんの鍛え上げられた美しい筋肉にもだいちゅーーーーもくです!!!』

Dinnerとシアラーは観客席からステージを見下ろしている。

ギャラクシー鈴木の背後には一段台をあがったところに木で作られた演説台のようなものがあった。

演説台を円の頂点にしていくつものバーベルが円周に沿って設置され、リズムキーパーがどの位置からでも確認できるように設計されている。
さらにその円を囲うようにして鉄板のプレートが何段にも横積みされ、そのすぐそばにはスタッフが立っている。足元に大きい布がかぶせられた何かが置いてあるが、観客席からはそれが何かは確認できない。

演説台の上には木槌と丸い板が2つづつ。法廷シーンで裁判官が使用するガベルよりふたまわり以上大きいものが置かれている。

参加者達がバーベルの前に立ち揃う。それぞれ屈伸運動をしたり、太ももを叩いたりしてその時を待っている。YUHはリズムキーパーの真正面の位置をとった。

お気に入りのブルーのブルゾンを脱ぎ、軽く伸脚と屈伸をした後、ポニーテールを留めてある布ゴムを一旦ほどき、口に咥える。頭の上部と顎を両手で挟むようにして首を曲げストレッチした後、いつものポニーテールではなくお団子状に髪を結った。

(---さーて、やってやるわよ、みてなさいな---)

YUHはお団子ヘアーで振り向き、Dinnerとシアラーに目線を送った。

『さてさっそく競技をスタートいたします!!!Aesthetic body celebration、二つ目の競技はTWOLEGSMUSCLE!!!!!!!』

「Ohーーーーーーーーーーーーー!!!!」
館内に歓声があがる。

リズムキーパーが演台にあがり木槌を手にした。

『SET!!!』

その号令とともに参加者達は一斉にバーベルを両肩に担いだ。一般成人女性ならこの最初のレベルのバーベルすら担ぎ上げることはできない。

『それでは参ります!!!』

”ドーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

リズムキーパーが片手の木槌を振り下ろすと巨大な太鼓を叩いたような重く低い轟音が館内に響き渡る。

一斉に参加者が膝を折り、また元の姿勢に戻る。スクリーンには大きく「1」と表示された。

『どんどんいきますよー!!!』

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

『みなさんまだまだ余裕ですよねーーー!!!』

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

規則正しく振り下ろされる木槌のリズムに合わせて繰り返されるスクワット。スクリーンに表示されている数字は「9」

次で現在の重量、最後のスクワットである。

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

最初の重量で離脱するものはいなかった。さすがに筋肉自慢の猛者達である。10回を終え、スタッフの手でバーベルにプレートが追加された。

『さぁまだまだこの辺のレベルはハイスピードでいきますよ!!!』

”ドーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーン!!!!!!!!!!”

膝を曲げてはまた伸ばす。

単純作業の繰り返しだが、リズムに沿って行う一糸乱れぬスクワットの演武ともいえるその光景は観客席を魅了した。

 ・
 ・
 ・
「17」
「18」
「19」
「20」

2度目のプレート追加。
ここまでくるとバーの重さを抜けば最初の重量の約3倍。参加者の一部は余裕の色が消え始める。

その時。

”ガシャーーーーーーーーーーーン”

とうとう最初の脱落者。
なんとかついてきたYUHの2つ左の選手がプレート追加直後、バランスを崩し、バーベルを支えきれず床に落としてしまった。

『おーーーっと最初の脱落者がでてしまいましたーーー!!!残念です!さて、ここからは中級者レベルですよー』

”ドーーーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーーーン!!!!!!!!!!”

3周目のスクワットが始まった。

(---なにこいつら・・・結構やるじゃない、マジ変態ばっか・・・---)

YUHは参加者達の奮闘ぶりに不満を覚えながらも、淡々とスクワットを続ける。

”ドーーーーーーン!!!!!!!!!!””ドーーーーーーン!!!!!!!!!!”
”ドーーーーーーン!!!!!!!!!!””ドーーーーーーン!!!!!!!!!!”
”ドーーーーーーン!!!!!!!!!!””ドーーーーーーン!!!!!!!!!!”
”ドーーーーーーン!!!!!!!!!!””ドーーーーーーン!!!!!!!!!!”
”ドーーーーーーン!!!!!!!!!!””ドーーーーーーン!!!!!!!!!!”

第4・第5・第6ピリオド・・・

スクワットを重ねるごとに参加者達の太もも・大殿筋に容赦なく乳酸がたまっていく。スクワットを繰り返すだけでも苦しい状況に、さらにプレートは追加され、バーベルはどんどん重さを増していく。

両肩にバーベルの重みがのしかかり、肩の筋肉を押し潰し、嫌でも地球の重力を感じざるをえない。参加者の両脚は小刻みに震え、脳から発せられる信号をまともに受信できていない。

気づけば参加者達の足元は自身の顎から落ちた汗の水滴で水たまりを形成していた。

ここまでくると
バーベルを床に落としてしまうもの。
バーベルをかかげることはできてもリズムキーパーのペースについていけないもの。
バーベルの重さに耐えきれず腰を上げることができないもの。

次々と脱落者がでていく。

『さすが!6makerさんの見染めた皆さんですねえーーー、さーてここから最終ピリオドまでは地獄の時間ですよ、がんばってついてきてくださいねー!!!』

スタッフにより7枚目のプレートが装着された。

!!?!?!?!?!

足腰にのしかかった重力の違和感に参加者達の顔に戦慄が走る。

(---なに????!今までのより重くない??・・・---)

YUHも今までと違うペースで重みが重なったことに気づく。

『みなさんお気づきのようですね!!!今までのプレートは一般の競技にも使用する鉄製のものでしたが、第8ピリオドからは鉛製のプレートになります!!!比重は1.46、ちょーーーっと重くなりましたね!さぁいきますよー 第8ピリオドスターーーート!!!』

「そーゆーことね!!!6makerさんマジバカじゃないの!!!!なめないでよね!PUNKSの鍛え方はハンパないんだからーーーーーーーーー!!!」

YUHは6makerが存在しているであろう最上段のVIPルームを見上げながら叫び、気合いを入れ直した。

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

歯を食いしばりながら必死にスクワットを続ける参加者達。

ー6maker控室ー
『・・・6maker様、TWO LEGS MUSCLE、いよいよ佳境ですね。』

『いやはや、なんと美しい光景であろうか。今すぐ下に降りて撮りたいところ・・・だがしかしまだまだここからだね。限界の限界を超えた先の筋肉こそ最上級の美しさを放つものだよ。そうは思わないかい??』

『・・・もちろんでございます。』

『さぁ最終ピリオドまでもう少しだ。』

6makerは机の上に両肘を上げ、口の前で両手を組んだ。
--------------------

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

『第8ピリオド終了ーーーーーーーーーーーーー!!!!』
『残念ながらこのピリオドでかなりの方がリタイヤされてしまいました!!!やはり急な重さの変化は筋肉へのダメージは計り知れません!残りは4名です!』

”Ohーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー”
館内は生き残った4名に声援を送る。

このAesthetic body celebration、団体で参加しているものが少ないので特定の誰かを応援すするということは発生しえないのだが、ここまで耐えきった競技者達への賛美が一体感を産み、館内全体が熱気を帯びた応援ムードに包まれている。

”GO UPRIGHT!!!” 

”GO UPRIGHT!!!”

”GO UPRIGHT!!!”

直訳すると”直立せよ!!!”観客席のひとりが不意に叫んだこの言葉が大きなムーブメントを呼び、館内はこの声援一色に染まり始めた。

”GO UPRIGHT!!!”

”GO UPRIGHT!!!”

”GO UPRIGHT!!!”

3拍子の手拍子とともにこのムーブメントは雪だるま式に大きくなっていく。気づけば館内全体が生き残った4名に声援を送っていた。

競技者達にとってこの声援は本来嬉しいものでもあるが、

”それよりも早く続きを始めてくれ!!!!!” 

生き残った4名は肩に超重量の金属を担ぎながら心の中で懇願するのだった。

お団子頭に深紅のチャイナドレス、スリットから溢れんばかりにはみ出る大腿四頭筋が特徴のヨウ・ユーリン。

茶髪のポニーテールに黒のスポーツブラとショートタイツを身に纏うオルガ・ヴァレンニコヴァ。

アメリカの国旗を模したリングコスチュームに金髪をなびかせるアイビー・ヤング、

そしてNEO TOKYOPUNKS、YAMADA YUH。

『素晴らしい!!!なんという一体感!!!さぁ第9ピリオドのスタートです!!!』

スタッフにより8枚目のプレートが装着された。

「Dinnerさん!!!見て見て!アレ金じゃない??ゴールドゴールド!!!!!やっば!!!」
「6makerさん正気なの??ここまできて金って・・・鉄の約2.5倍よ・・・信じられない・・・アレ総重量いくつあんのかしら・・・YUHったら意地でも続けるつもりね・・・ったく負けず嫌いなんだから」

シアラー達がそう指摘するプレートは天井の照明を反射して四方にまばゆい光りを放つ。それは古代から人々に魅了されてきた鉱物。金であった。

『光り輝く金のプレートはいかがでしょう!!!お金大好きな人はたまりませんね!ヒャッハー!!! 』

鈴木のテンションも最高潮だ。

”ドーーーーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーーン!!!!!!!!!!”

”ドーーン!!!!!!!!!!”

鉛ラウンドからその重量に応じてリズムの間隔が緩くなってきた。

しかしとうとう7打目、オルガ・ヴァレンニコヴァがスクワットをできずに立ちつくしている。

『おーーーーーっぉと、オルガ選手!止まってしまったーーーーーー 』
『ここから10カウント以内にスクワットできないと失格となりますっ!!!!!』

『1!』
『2!』
『3!』
『4!』

全身から吹き出る汗が体表の熱に耐えきれず蒸発する。オルガは苦悶の表情を浮かべながら深呼吸をして息を整える。

『5!!!』
意を決して膝を曲げる。太ももが地面と平行になった時、ふとももが左右に揺れ始める。その振幅はどんどん大きくなり言うことをきかなくなってきた。この短期間の太ももの急速なパンプアップによりショートタイツが鼠径部付近までまくりあがる。

『6!!!!!』

(---くっ・・・---)

2名のスタッフがその時に備え、それぞれオルガのバーベルの横に移動し、サポート体制に入る。

『7!!!!!』

7コール目。

オルガは崩れ落ちるように膝を地面についた。

『オルガ選手!残念です!!!!ここで失格となります!!!! 』

『第9ピリオドもあと2回!続行いたします!!! 』

(---よく頑張ったわね、アンタの分までやってやるわ!!!---)

YUHはここまで一緒に戦ってきた戦友に敬意を評した。

”GO UPRIGHT!!!”
”GO UPRIGHT!!!”
”GO UPRIGHT!!!”
・・・

-最終ピリオド-

『ここからは最強、いや最脚の領域!TWO LEGS MUSCLE 最終ピリオド。 最後のプレートの追加をお願いいたします!!!!!』

鈴木の呼びかけで動いたスタッフが二人がかりで持ち上げる金属が金色をしていないことに観客席からブーイングが起きる。

”Bu--- Bu---------------------------”

しかし、中には成人した大人が二人がかりで持ち上げるその金属に察しがついているものもいた。

『みなさん!これは鉄でも鉛でも、ましてや銀でもありませんよ!!!!!最終ピリオドのプレートは白金、、、いわゆるプラチナです!!!比重は21.45!!! 金よりも重いんです!!! 』

スクリーンの表示は「90」
生き残った3人が担ぎつづけているバーベルの総重量は計り知れない。
バーの重さだけでも10kg弱、ここまで積み重なった金属、さらにプラチナを取り付けたバーベルはその両端にぶら下がる金属の塊の重さに耐えきれずゆるやかな曲線を描き、湾曲する。

体を一直線にしながら骨でバーベルを支えるイメージで最終ピリオドに備える。
体幹を使いバーベルを少しだけ上下させ、ベストポジションを探す3人、腕と手の筋肉をコンマ数秒でも休ませる。両脚は小刻みに震えたままだ。3人とも限界が近いのは間違いない。

直接的ダメージが蓄積する大腿四頭筋、ハムストリングス、大臀筋はもちろん、バーベルをホールドし続けた前腕筋群、姿勢を維持し続けてきた広背筋・僧帽筋、ふくらはぎの腓腹筋・ヒラメ筋、全身の筋肉が悲鳴を上げている。

YUHはヨウ・ユーリン、アイビー・ヤングの両名と目を合わせ口角を上げた。

互いにここからの健闘を誓う。

『最終ピリオドはリズムキープをこのギャラクシー鈴木が務めさせていただきます!!! それでは参ります!!!』

『91!!!』

『92!!!』

『93!!!』

『94!!!』

鈴木のコールに呼応して場内の観衆も一斉にカウントの声を上げはじめる。

『95!!!!!!』

『96!!!!!!!!!』

『97!!!!!!!!!!!!!!!!』

『98!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『99!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

3人はゆっくりとしたリズムで着実にスクワットをつづける。

『なんと信じられません・・・誰がここまで生き残ることを予想できたでしょうか・・・このコールをすることになるとはこのギャラクシー鈴木、驚きです!!!それでは行きます!!!』

『100!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

3人の体からは滝のような汗が吹き出ている。

100回目のコール。

観衆から賞賛の拍手が送られ、館内は盛大な拍手音で包まれた。

『ここからはサドンデス・・・誰かが倒れる・・・』

”ガシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン"

100キログラムをゆうに超える金属塊が床に落ちる音で場内の拍手はピタリと止んだ。

倒れたのはアイビー・ヤング。

周囲のスタッフがサポートに入る間もなく、バーベルを床に落とし、そしてそのまま大の字に倒れた。彼女の輝くような金髪が孔雀の羽ようにキレイな扇状を描き床にひろがっている。

意識はあるようだが、1mgでも多く酸素を肺に入れたいという不随意の運動で胸は大きく上下し、これまでの死闘がいかに過酷なものであったかを物語っている。

『アイビー・ヤング選手!100回でのリタイヤとなってしまいました、残念です!』

『ここからはサドンデス方式となります!ヨウユーリン選手、YAMADA YUH選手どちらかが倒れるまで行います!!!それでは参ります!!!』

『101!!!』『102!!!!』・・・

「負けたくない」

負けることは許されない、それがどんなことでも。Brainverseの支配に対峙し、戦いを挑むと決意した時からPUNKSとしてそう誓った。

90回を超えたコールあたりから記憶はあやふやだ。
ただ耳から聞こえてくるコール音に反応し身体を反応させる。体内の血液のほとんどはスクワットするための筋肉に集中し、脳に充分に行き渡らない。
意識が朦朧とし、足の裏の感覚もなくなり始め、視界は白いもやがかかったようにぼやけ始めている。

(---ダメだ、もう上がらない・・・---)

そう諦めそうになって、もう一回。あともう一回だけ。その繰り返しでここまでバーベルをあげ続けてきた。

しかしそれももう限界かもしれない、サドンデスに入りいつ終わるか分からないこの闘いにYUHはそう思い始めていた。
バーベルと自分自身を支えてきた自慢の大腿四頭筋は血走り、大きく膨れ上がっている。今にも筋肉繊維の結束が崩壊し、自分の筋肉ではなくなってしまうような感覚、そんな状態まで達していた。

鈴木はコールしてるの??
会場は盛り上がっているの?
最後まで生き残ったユーリンはどうなった??

つーか今何回目??

色々な思いが刹那に脳内で交錯する。

(---もうムリかも・・・立っていることもできない---)

・・・

YUHが諦め、バーベルを離そうとしたその時。遠くからかすかに声がする。

「・・・っ!」

「・・・・っ!!」

「YUHっっっ!!!!!」
「アンタなにしてんの!!そこで諦めるつもりなら承知しないわよ!!!!!!!」

YUHの耳に飛び込んできたのは歓声の中を貫くDinnerの怒号だった。

普段物静かなDinnerの怒号に瞬間、意識を取り戻すYUH。

「う、うるさいわね ババァっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」

ふらつきかけた右足を踏ん張り、最後の力を振りしぼり腰を落とす。

「うるぁぁぁーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」

YUHは今一度バーベルを持ち上げた。それは限界の限界を超えた筋肉の奇跡の反応というべき人体の神秘であった。

『勝者、YAMADA YUH選手ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』

ギャラクシー鈴木のコールが響き渡る。場内は盛大な歓声と拍手に包まれた。

YUHの元にスタッフがすばやく集まり、4人がかりで左右からバーベルを持ち上げ丁寧に床に置く。100キロ以上の重さが急に肩から抜けたYUHは力なく崩れ、その場で尻もちを着くようにして倒れた。

しばらく天井を見上げながら休むと徐々に視界もクリアになり、ほとんど聞こえなかった歓声も耳に残るようになってきた。

YUHは床に座ったまま周りを見渡した。

眼前に広がるのは大きく散らばるゴールドやプラチナなどのプレート。そして床に横向きで倒れるヨウ・ユーリンの姿であった。

次第に状況が飲めてきた。おそらく同時だったのだ、自分とユーリンの限界の時は。

スクリーンの表示は「121」

あの100回目のコールから互いに20回バーベルを上げた。最後の一回、自分は上げ、ユーリンはバーベルを床に落としそのまま床に倒れた。プレートが散らばっているのは落下の衝撃でバーベルの留め具が外れたのだ、と。

ユーリンは担架に載せられ会場の外に連れ出されていった。

『YAMADAさん 立つことはできますか??』
ギャラクシー鈴木が静かに声をかけてきた。

YUHは両手の握りこぶしで自らの太ももを2回叩き、ゆっくりと立ち上がった。お団子ヘアーを解き、自慢のポニーテールをなびかせる

『いやぁこの鈴木、感動いたしました!まさに審美的な筋肉の芸術をこの目にはっきりと刻ませてもらいました!!! 改めて!!! TWO LEGS MUSCLEの優勝はYAMADAYUH選手です!!!皆様盛大な拍手を!!!』

鈴木に右手をかかげられたYUHに多くの歓声が向けられる。

プレゼンターからトロフィーが授与されると両手でそのトロフィーを高くかかげ、歓声に応えた。そのYUHの所作に会場はさらに沸き立った。

『さて!!!最後はAesthetic body celebrationのメインマッスル、FULL BODY MUSCLEです。15分の休憩の後スタート致しますので、出場者の方は時刻になりましたらステージまで集合いただきますようお願い致します!!!喫煙は指定の場所でお願い致します。』

そうアナウンスされると会場の熱気と緊張はいったんほどけた。
ステージでは大会スタッフが散らばったプレートを拾い上げたり、床に落ちた汗を吹き上げたりと撤収作業が始まり、観客達も各々自由に行動をとり始めた。

そしてYUHもたどたどしい足取りながら自分の力でDinnerとシアラーの待つ席まで帰ってきた。

「やったわねYUHさん!さっすが!トロフィー見せて見せて!!!これもしかしてゴールドでできてたりして?」
シアラーがはしゃぎながらトロフィーを眺めている。

「んなわけないでしょ、ゴールドだったらこんな重さじゃないわよ、シアラー、突っ立って見てないで持ってよ!脚ガックガクなの分かるでしょ」
YUHはトロフィーをシアラーに手渡し、自身は観客席に座り脚をマッサージし始めた。

「アンタの馬鹿力にはホント感服、んまー 最後よくふんばったわね、おつかれさま。」
「あと、これは気のせいだと思いたいけど、アンタ最後気合入れるとき”このくそババァ!!!”とか口走ってなかった???」

Dinnerが疑念を含んだ目をすぼめながらYUHに話しかける。疑念を含んだというより疑念たっぷり。

「ん???そんなこと言ってたっけ?頭真っ白だったし、記憶あいまいだからなぁーーー、わすれちゃったわ!でも応援は届いたわよ、ありがとババァ」

「このクソガキ!!!やっぱ言ってるんじゃない!!!」

「まぁまぁふたりとも!私にとってはどっちもどっちっ♡」

シアラーは冗談半分でおどけたつもりだったが、すぐさま自分自身に向けられた殺意に満ち満ちた業火のごとき目線に気づく。

「アンタ次それ言ったら本気で殺すわよ。」
 「シアラー、顔面殴られたい?」

(---やば ガチだ---)

二人の強さや恐ろしさはPUNKS内でも折り紙つき、やりあったら私も無傷ではすまない・・・YUHとDinnerのただならぬ殺気にいつの時代も歳の話題はタブーだと知ったシアラーだった。

「冗談よ冗談!本気にしないでよ!PUNKS同士仲良く仲良く♬ ほらYUHさん、私マッサージするよ!道場仕込みの本格派マッサージ。Dinnerさんも今度ビール奢るからさ!!」

そう言うとシアラーはYUHの両脚を入念にマッサージし始めた。

「うん、気持ちいいわね。あ、そこもっと強めに! ちょ、そこは触らないで痛すぎる!」

「YUHさんリクエスト多すぎ、ほぼ病人は黙ってて!」

「ほら、そろそろ最後のヤツ始まるんじゃない??行ってきなよ」
最初はYUHにキレてたはずのDinnerであったが、シアラーがかぶせてきたことでYUHへの問い詰めの件はすっかり忘れていた。

「そだね、でもあともうちょっと!ここをこうしてここをひねると・・・」

”!!!!!!!!!!!”

”いったーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!!!!”

シアラーの最後の一撃にYUHは悲鳴を上げた。

「どう??YUHさん、だいぶ楽になったでしょ???これでもSKULLのギルドマスターやってんだから、部下たちの身体のケアもマスターの仕事のひとつ!私の骨殺術もなかなかあなどれないでしょ? Dinnerさんの腕もやってあげたいところだけど、それはもはや機械だから専門外!! んじゃ行ってくるー。」

そう言うとシアラーはスタスタと階段を降りて行った。

「さすがね・・・活かすも殺すも己次第ってわけね。あの子の骨殺術、とくと拝見しようじゃない?YUH」

「そうね、あの子の実力は認めざるを得ないわね・・・性格最悪だけど」

DinnerとYUHは互いに痛めた部位をさすりながら階段を降りていくシアラーの後ろ姿を眺めていた。


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