1.夢のはじまり

11月某日。ねずみ様は話を切り出した。
「誕生日プレゼントなんですけど」
11月下旬には彼の誕生日がある。かねてから、プレゼントは何が良いかと訊ね続けていたので、やっと決まったかと思い、続きを促した。
「シュヴァルツのドリフトを再現できるラジコンカーを作ろうと思うんです」
「はい?」
話が見えてこない。誕生日プレゼントの話ではなかったか。
「ですから、その材料を買いたいんです」
「…はあ」

ここで、私が分かる限りの説明をしたい。
まず、シュヴァルツ。アーミン・シュヴァルツ。
ドイツ人の元ラリードライバーで、ねずみ様がこの世で最も敬愛する人物だ。特にそのドリフト技術を絶賛している。
次に、ドリフト。車がコーナリングする時にタイヤが滑って、
"ズギャギャギャギャギャ"ってなる、アレである。説明になってないな。
ねずみ様は駐車場で実践することがある。(よい子は真似しない。)

「あー、ラジコンって、ドリフトとかできなさそうだよね」
「いや、できるんですけど、車体が軽すぎて本物みたいな動きにならないんですよ」
「じゃあどうやって再現するつもり?」
「それはですね…」

ここから30分程度、いつものよく分からない単語を交えたオタッキーな説明が展開されたのだが、よく分からなすぎてよく覚えていないので、概要を説明したい。
ねずみ様が言うには、本物の車のドリフトは、タイヤの向きが真っ直ぐなのに車体の向きが曲がり続ける時間が(ラジコンカーよりは長めに)あることによって、その見応えを生んでいる。それを再現するのに、肝となるのがタイヤのしくみ。ねずみ様が作るラジコンカーには、
①見せかけのタイヤ
②本物の前輪タイヤ
③本物の後輪タイヤ
の3種類のタイヤを用意し、別々に動かすことで、"重たさ"のあるドリフトを再現するというのだ。
例えばリモコンがハンドル型なら、ハンドルを右に切って真っ直ぐに戻すとき、見せかけのタイヤはハンドル操作どおり即時的に作動させるが、本物のタイヤは時間差で作動させることによって、前述の「タイヤの向きが真っ直ぐなのに車体の向きが曲がり続ける時間」を作り出すことができる。

「PINUシステムです」
「んん?」
「このシステムをPINUシステムとして確立させて、特許をとってPINUシステム搭載ラジコンカーを販売するんです!最終的にはその技術をカートに応用して、カートレース場を経営します!」
なんだなんだ、このおっさん、突然壮大な夢を語り出したぞ。
「できるの?そんなこと…」
「まずはPINUシステムの製作ですね。ロボ研(ロボット研究会。ねずみ様の勤める大学にあるサークルの一つ)の学生に聞いたら、Arduino(アルデュイーノ)を使えば比較的簡単に作れそうです。あとはサーボと…」
ちょっと、ちょっと待って。専門用語を羅列するのやめて。
そんな感じでちゃんと理解するのを諦めたので、やはりよく覚えていないのだが、簡単に言うとアルデュイーノは指示を出す方、サーボは指示を受けて動く方、らしい。ガッチガチの文系の私にはここまで理解するのが精一杯だった。
とにかく、この夢の実現には電子工作、機械工作、プログラミングの3つの技術が必要になる。前者二つは彼の仕事柄問題無いが、プログラミングに関しては普段使用しないC言語の習得が求められるため、少々手こずりそうとのことだ。

「楽しみですねえ。色んなモードを作りたいですね。公道、泥道、雪道…。Wifiを通じて操作する仕組みにするのも面白そう」
瞳の輝きが異常だ…。ついでに、妻に要求する誕生日プレゼントとしての色気の無さも異常だ。
彼のマニアックさ、話の分からなさに溜息を吐いたが、まあせっかくこんなに楽しそうにしているのだから、私にできることをしてあげようと思った。とりあえず、誕生日プレゼントについてはリボンをかけて照れながら渡すような品物ではないから、私は購入許可を出すだけにしてそこから先は自分でやってもらおう。それから私にできることは…あ。
「じゃあ、私は記録するよ。夢の実現課程を」
「あっ!いいですねえ。よろしくお願いします」
あと特許を取得する時の事務手続きとかも担当して欲しいんですよね~、と続いたねずみ様の言葉は聞かなかったことにして、私はこの記録を書き始めるべく、noteに新規登録したのであった。

今はただ、この記録が、この記事だけで終わらないことを祈るばかりだ。

(ちなみにPINU="ぴぬ"とは、私が付けたねずみ様のあだ名の一つである。)

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