フランスの写真家アンリ・カルティエ-ブレッソンが生まれた。

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ArtDailyは2021年08月22日に、現代のフォトジャーナリズムの父(the father of modern photojournalism)であると考えられるフランスの写真家アンリ・カルティエ-ブレッソン(Henri Cartier-Bresson/1908年 - 2004)は1908年08月22日に、織物製造業を営んでいたアンドレ・カルティエ・ブレッソン(André Cartier-Bresson/André Léon Louis Cartier-Bresson/1878 - 1954)と、ノルマンディー(Normandy)の綿花商人と地主で、シャーロット・コーデイ(Charlotte Corday)の子孫であった母親(Marthe Cartier-Bresson1858 - 1934)の5人の子供の長男として、フランスのシャントルー=アン=ブリ(Chanteloup-en-Brie, Marne-la-Vallee, France)の中流家庭で生まれたと報告した。

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Father of Street Photography
the Father of Photojournalism
A father of modern photography

https://time-az.com/main/detail/61092

家族は、パリで近郊ルー・デ・リスボンヌで、ドゥ・ヨーロッパとモンソー公園の近く(bourgeois neighborhood in Paris, Rue de Lisbonne, near Place de l'Europe and Parc Monceau)に住んでいた。

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5歳のとき、熟練した画家であり、ローマ賞を受賞した画家の叔父ルイ(Louis)は、彼の興味を引きつけ、ルイのスタジオで何時間も過ごし、アンリは彼の叔父を「神話上の父(mythical father)」と呼び始めた。

叔父のスタジオでのカルティエ-ブレッソンの見習いは、ルイが第一次世界大戦で戦死したときに突然悲劇的に終わった。

その戦争で彼の2人の兄弟も失った。

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ルイ・カルティエ=ブレッソン(Louis Cartier-Bresson/1882 - 1915)
ピエール・カルティエ=ブレッソン(Pierre Cartier-Bresson/1880 - 1918)
ジョセフ・カルティエ=ブレッソン(Joseph Cartier-Bresson/1885 - 1964)
ジュヌヴィエーヴ・カルティエ=ブレッソン(Geneviève Cartier-Bresson/1877 - 1952)
アルベール・カルティエ=ブレッソン(Albert Cartier-Bresson/1887 - 1948)

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兄弟クロード・ルイ・ジョセフ(Claude Louis Joseph)と
ジャクリーヌ・サドゥール(Jacqueline Sadoul)、
ニコル・ルセーヴル(Nicole Lesèvre)
兄弟は5人ということだから、この中で1人は戦死したのかもしれない。

彼は少年の頃カルティエ=ブレッソンはボックス・ブラウニー(Box Brownie_を所有し、休日にそれでスナップ写真を撮影していた。

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しかし、アンリ・カルティエ-ブレッソンは15歳の頃は、共産主義に向かった。しかし、彼の人生の中心に残ったのは芸術で、1927年、彼は有名な初期のキュビズムであるアンドレ・ローテ(André Lhote)の下で2年間のスティントの勉強を始め、その後ケンブリッジ大学(University of Cambridge)に移り、芸術と文学のコースにさらに没頭した。シュルレアリスムの影響を受け、画家志望であった。

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パリを包み込む前衛的なシーンに刺激され、パリのすぐ外に駐留していた陸軍からの解放直後、カルティエ-ブレッソンは1931年にカモシカとイノシシを狩るためにアフリカを旅した。カルティエ-ブレッソンは、追跡したものを実際に食べることに興味がなかったため、やがてスポーツに飽き飽きして諦めた。

しかし、アフリカは彼にもう一つの興味を煽っていた。彼は贈り物として受け取った簡単なブラウニーを試し、彼の周りの新しい世界の写真を撮った。カルティエ-ブレッソンにとって、彼の古い情熱と彼の新しい情熱の間には直接的な類似点があった。

本格的に写真に取り組み始めたのは1931年からで、シュルレアリストのマン・レイ(Man Ray/1890 - 1976)の写真に刺激されたことがきっかであったと言われている。

彼は、35mmフィルムの早い採用者で、最初のライカ(Leica)を使って、スナップ写真を撮ったマスターであった。

彼は、「通りでの写真撮影(street photography)」、また、次世代の写真家に影響した「ライフ・ルポルタージュ(life reportage)」スタイルの写真撮影を開発することを手伝った。

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1947年にはロバート・キャパ(Robert Capa/1913 - 1954)、デヴィッド・シーモア(David Seymour/1911 - 1956)、ジョージ・ロジャー(George Rodger/1908 - 1995)と共に国際写真家集団「マグナム・フォト(Magnum Photos)」を結成した。

約50名の写真家・フォトジャーナリストが所属し、ニューヨーク、パリ、ロンドン、そして東京に事務所を構えていた。

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今回公開された写真は、マグナム写真エージェンシー(Magnum photo agency)から写真家の仕事を特徴とするニューヨーク市美術館(The Museum of The City of New York)で、2004年02月04日水曜日に作品を見ている人である。

Harlem,1947 (Easter Sunday) by Henri Cartier-Bresson

フランスのシャントルー=アン=ブリ(Chanteloup-en-Brie, Marne-la-Vallee, France)の緯度、経度。
48°51'21.3"N 2°44'12.4"E
または、
48.855922, 2.736783

2018-03-10---1923年製のライカ、史上最高3億1500万円で落札。
2017-07-12---伝説的写真家集団「マグナム」が、赤字に苦しみ出資募る。
2015-03-22---ライカ,100周年。
2011-04-30---報道写真のパイオニア、モリスのコレクション・オークション。
2004-08-03---フランスの写真家アンリ・カルティエ-ブレッソンが死去した。
1956-03-23---写真展「The Family of Man」で長崎原爆被害者の写真を覆い隠した。
1912-04-14---フランスの写真家ロバート・ドアノーが生まれた。

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