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オゴロムラ

 丸太のような指先に頬をなでられる。熊よりも毛深く重いそれがゆっくりと去っていくと、遮られていた篝火の光が戻ってきた。

 赤く揺らぐ火が巨体を照らし出す。
 体表は毛に加えて鱗や殻のようなもので覆われ、肋骨にあたる部分は関節が入っているかのようにうごめいている。狭い渓谷の間で縮めていた体を拡張させて起こしながら、頭部と思われる部分をこちらに向けていた。
 ヤゴの下唇に似た器官から何かが垂れさがっている。ゆっくり咀嚼されているそれは、確かにクラゲ共の触腕だった。

 祭壇の脇で老人が腰を浮かせた。怪物を見上げて唇を震わせ、何かを呟いている。だが俺の視線に気付くとすぐさま口を結び、肥満した腹を撫でおろして衣服を整える。そして、怪物に向かって平伏した。

「おつとめ、ご苦労様でございました」

 川向こうに控えていた村人たちの歌が止み、代わりにざわめき声が闇に木霊していく。しかし巨大な影が全身を軋ませながら振り向くと、一斉に土下座して繰り返した。

「「「おつとめごくろうさまでございました」」」

 怪物は応えない。ゆっくりと川面へ両手を差し入れ、自らの尾を追うように水の中へと沈んでいく。
 また歌がはじまった。単調な太鼓とかがり火が、怪物のたてる飛沫に調子を合わせて波をうつ。

 祭りの音を背に、老人が取り巻き達に手を借りて祭壇に上ってきた。老人を除く全員が鋭い目つきで磔の俺を取り囲む。

「おまわりさん。全く貴方は、人が悪い」

 だが老人が笑ってそう言うと、彼らは俺を磔台から丁寧に降ろした。

「どこの家の出です? いや、貴方は知らないかもな。すぐにでも調べましょう」

 地に足をついたが膝に力が入らない。倒れかけたところで男たちに支えられた。

「ご安心を。御先祖様が貴方を一族だとお認めになったのです。ならば当然、貴方は我らの血族だ」

 老人は俺の顔を覗き込み、微笑みを見せる。しかし俺を左右から支えながら離さない男たちの剣呑さまでは変わらなかった。

【続く】

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