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食の軍師 勝率まとめ 結果と講評

ここまでおつきあい頂き、ありがとうございます。

(ここからお読みになる方へ)これはツイッターに投稿した、『食の軍師』勝率統計のまとめです。コチラにありますので、よろしければこちらからお読みください。


この極めて個人的な企画自体は、昨年より暇な時間を見つけてのんびり進めていたものです。完成後は同じくこの作品のファンである北京在住の翻訳家、阿井幸作氏に見てもらって2人でああでもないこうでもないとのんきに軍師談義をしていたのです。

当初はもっと短い内容になると思っていましたが、出来上がってみるとそれなりのボリュームになり、どこかで公開したいという気持ちが高まってきました。地元のコミティアで配布する、という案もありましたが、今のところ配布する作品がこれしかなく、この軍師まとめだけでコミティア参加というのも自殺行為のように思え、このようにツイッターとnoteでの公開ということになりました。


さて、この軍師勝率まとめに関する私事はここまでとして、

早速『食の軍師』既刊7巻までの勝敗まとめ結果発表と講評に移りたいと思います。


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【講評1】勝率3割の軍師

コミック『食の軍師』、既刊7巻までの食の合戦における戦闘回数は97回。本郷と軍師の勝率は上記のようになりました。

独断と偏見による裁定だということ、作風として明確な勝ち負けのルールが明示されてない点を差し引いても、思ったより本郷負けてないのでは?というのが私の正直な感想です。

印象では、もっと負けてると思っていました。巻別の勝率を見ると、1巻は勝ちゼロという惨憺たる結果でしたが、2巻は持ち直し、勝率8割に迫る勢いだったのです。このあとの3・4巻も4割をキープしています。
この2~4巻の勝ち星が本郷の全体勝率約3割の要因でしょう。


しかしながらその後の戦績を見ると、目も当てられない展開となります。
野球ならば3割バッターと言えば名選手ですが、これが一国の浮沈を担う軍師となれば話は別です。軍師どころかヒラ文官さえおぼつかない、というより敗戦の責任取らされて打ち首必至でしょう。


【講評2】余はいかにして敗者となりしか

前項までは本郷と軍師の勝率を上げましたが、今度は敗因について分析します。『食の軍師』の勝率統計を調査するにあたり、まず破れた原因を分類化しようと思いました。なぜなら力石の参戦によって破れたエピソードでも、その敗北感が異なることが多いと感じたからです。

結果、敗因を8パターンに分けて集計することにしました。

軍師まとめ029

他にもあるのでは?やこのパターンは分けない方がよい、というご意見もあるかと思いますが、そのあたりはあくまで私家版ということでご容赦願いたいと思います。

さて、あくまで私の独断で考案したこの8つのパターンに全97戦を当てはめ、計算しました。

軍師まとめ030

ほぼ4割強を占めているのは「力石の采配(注文)の方が上手だった」という敗因パターン。これはシリーズ通して至るところで見ることが出来ます。やはり本郷と軍師にとって最大の宿敵(というか他にレギュラーがいない)である力石がどれだけの脅威なのか分かる結果となりました。
例を挙げるよりも、お手元の『食の軍師』をめくって頂くとすぐ出てくると思います。個人的に好きなのは1巻3話の寿司屋の回。いかにも気むずかしそうな大将のいる寿司屋、のっけから帽子とコートを脱ぐように叱られ意気消沈するも、激ウマ寿司食って持ち直したところでの力石の参戦。大将と グッドコミュニケーションをいとも簡単に取る力石に憤死する本郷、まさに様式美と言えましょう。

このように1巻から頻発する、力石との遭遇と敗北パターンは7巻まで数多く見受けられます。しかしながらこの統計作業をしていくうちに気付いたのが、「これ、なんで本郷ずっこけて負けてるの?」という印象の敗因パターンaが多発してきたということです。

前述の寿司屋の回。これはパターンaとして非常にわかりやすい形になっています。寿司屋に慣れていない野暮な男が、いかにも場慣れしている粋な客に嫉妬する、というアングルです。

3巻3話「森下の名城」も同じです。初めて入る酒場でスマートに注文し、去って行く力石とそれを歯噛みして悔しがる本郷の姿。3巻10、12話も同様と言えます。


流れが変わった、と感じたのは4巻4話「町屋稲荷」です。
ここで本郷は一人すき焼きができる店に入ります。てっきりコンロに乗ってくるものと思いきや、厨房で調理されたすき焼き鍋がテーブルに運ばれてくる形式に初め驚くも、そのうまさにほっぺた膨らませて大満足の本郷です。

一方、少し遅れて入店した力石はステーキの上を頼みます。そこで本郷はずっこけ、「そうくるかね」「『いつもの』て…」とスカされたような何とも不完全燃焼という表情を浮かべます。あとは力石のステーキを横目に、すき焼きをやけ食いして、ヤケモク(やけ酒のタバコ版)をして終わります。

なぜ本郷は敗北したのか、はっきりとした原因が明示されない、今までと違う展開です。
例えば、この店ではすき焼きではなく、

力石「ここはすき焼きよりステーキを頼むのが通さ」

と一言 ぶつけてくれば本郷の敗北感も分かります。ですがそれもありません。本郷の選択よりも力石の選択の方が一枚上だった、というエビデンスが提示されないまま、本郷は敗北します。
これ以降、このタイプのパターンaが多発し、我々統計班を悩ませることになります。


【講評3】オルターエゴを持つ男

3巻はそれ以外にも、以降のストーリー展開を決定づける変化が生まれます。
本郷と軍師の別人格化と、その独立です。
1巻1話のおでん屋台では、軍師こと孔明はあくまで本郷の心象風景の人物としてのみ登場します。
続く2話もつ焼き屋で力石と遭遇し、合戦を挑んだ本郷は、注文した串焼きを桃園の三兄弟になぞらえたあと「そして俺が天才軍師 諸葛亮孔明なり」と豪語します。
すなわち、この時点での軍師とは〈食の合戦ごっこをしているときの、本郷の脳内ロールプレイでの自分〉ということになります。『中二病でも恋がしたい!』での主人公・勇太が自分のことをダークフレイムマスターということにして毎日のんきに遊んでいたのとほぼ同じです。
2巻でその両者の主と従の関係に、変化が出てきます。
関東近郊の観光地を攻めた2巻、軍師が本郷を叱責したり(2巻86頁)、軍師がダジャレを言って本郷がずっこけたり(2巻146頁)というシーンがあります。この時点で徐々に軍師と本郷は別人格として描かれるようになります。ですが2巻のアンデルセン公園を散策するシーンでは本郷と軍師が
交互に描かれ、両者が同時に一つのコマに登場する事はありません。
この時点では本郷と軍師は一体だからです。まるで『絶望先生』終盤の種明かしを彷彿とさせます。
3巻6話『蕎麦の名城』では布団で寝ている本郷に軍師が「たわけもの!!」と一喝します。同回の67頁でも同じように軍師が、蕎麦屋でのトラウマに苦しむ本郷にさっさと店内へ攻め込むようアジテーションします。これは 〈かつて1巻『蕎麦屋の軍師』で力石に惨敗した恐怖を払拭するために無意識に自分を鼓舞している〉と受け取れます。これ以降、軍師が本郷に命令したり、喝入れする描写が頻出します。
決定的なシーンが描かれるのは3巻10話『カレーの名城』です。その142頁にてネット情報に頼ろうとする本郷に「そんなもん見るな!」と軍師が大喝します。このシーンで初めて本郷と軍師が同時に一つのコマに登場します。
オルタ-エゴ、すなわちもう一人の自分として生み出された軍師が、独立した人物として作品世界に誕生することになります。
続く3巻11話の『うどんの名城』でも頼んだうどんを食いながら、他のメニューにすれば良かったなどと悔やむ本郷に、七味入れのひょうたんでぶん殴るツッコミをいれます。

続く4巻ではどのようになったでしょうか。
『食の軍師』の特徴的な点は、各巻ごとにテーマが定められている、ということが上げられます。
2巻は観光、3巻は都内、4巻では神社仏閣とその周辺にある店巡りとなっています。
この4巻1話では1頁目で軍師が「神社仏閣の下に陣を敷きこの地を平定せよ!!」と叫びます。まるでその様子は、諸葛亮孔明が部下の将軍に下命しているかのようにも見えます。
こじつけではなく、これ以降『食の軍師』のストーリー展開は、これまでのパターンだった、本郷が自発的に店を見つける・選ぶ、というパターンから、軍師が店や攻める地域を定めて本郷がそれに従う、という形態へと舵を切ります。
漫画の展開としては、こちらの方がストーリーが動かしやすく、本郷のリアクションも大きくなるため、この形態に変化したものと思います。
本郷が第三者の指令で知らない店に行く、そこにはなにが待ち構えているのか?というストーリー展開に変化していくためのキーとして、軍師は第三の人物としてこの漫画世界に生を受けることになったのでしょう。無論、人格の独立とはあくまで漫画的表現の話で、軍師が本郷から実際に分離して、その辺を歩いているわけではないことを念のため書いておきます。

さて、独立した人格となった軍師ですが、もとは本郷という希代の戦下手から生まれた人格であるためその軍略の才には大きな疑問符がつくことになります。
4巻2話。神社にある見事な龍の木彫りのオブジェを見た本郷に対し、軍師が「この龍、ソレガシと心得精進するがよい!!」とドヤ顔していますが、軍師がいようがいまいが本郷の戦の趨勢になんら寄与していないのが実情です。
5巻番外編『どぜうの軍師』では「馬鹿者!ちょっと一人で戦わせてみようとみてたらなんってザマだ!!」 と敗北した本郷を叱責しています。ですが 軍師がいても不甲斐ない結果には変わりなかったでしょう。
この4巻を最後に、二人の勝率は4割を切るという悲惨な戦績へと転落していくことになります。


 
【講評4】本郷の異常な執着

なぜ、この回で本郷が負けたのかわからない。
【講評2】『余はいかにして敗者となりしか』でも書きましたが、読み進めていくうちに、なぜ本郷が最後にずっこけて負けているのか分からない終わり方が4巻以降一気に増えていきます。
今回の勝率統計を取るにあたり、8パターンの敗因を設定しました。
統計前から、おそらくパターンaの「力石の采配の方が上手」が最多だろうとは予想していました。実際そうなったのですが、巻が進むごとにそのパターンa型の敗北も、2種類に分かれていきました。
それは、読者の目から見ても力石の采配の方が見事と共感できるパターンと、共感できないパターンです。そして回が進むにつれて、後者のパターンが激増していくことになります。

 
実例を挙げます、6巻3話と13話です。
3話では定食のおかずで飲みながらご満悦のところ、力石が入店。本郷は かなり酔いながら、自身のメニューの説明をするも力石がそれを無視して1,680円と高価な牛カツ定食を注文して即座に戦死。
13話では力石を一緒に洋食屋へ入店。シェアしながら食べることにするも、本郷の注文は一貫しておらず、逆に力石に終始リードされて戦死。
この二つの回を比較してみます。
13話の場合。本郷はとにかく力石に主導権を取られたくないばかりに重たいメニューばかりを注文します。それに対し力石は、最後のシメのことまで考えて注文していました。これなら読者にも力石の戦巧者ぶりがよくわかります。
反面、3話。ここでは本郷が色々なおかずを肴に酒を飲んで楽しんでいたところに力石が来て単に別なメニューを頼んだだけです。むろん、ミディアムレアの牛カツ定食は大変美味しそうですが、別に本郷が頼んでいた注文も、力石のそれと比べて失敗だっという印象も描写もありません。
このようにパターンa型の敗北の亜種とも言える、非共感型の敗北が巻が進むごとに増えていき、やがては主流となっていきます。
なぜ本郷は敗北したのか?彼や軍師の口からは語られません。以前も書いたように、この作品では明確な勝ち負けのルールが明示されていません。そのためあくまで読者の推察と共感で納得するしかありません。このタイプの負け方を見て、私が立てた仮説があります。
それは〈本郷の勝利条件が回を追うごとに狭く困難になっている。その原因は本郷の性格にある〉ということです。まず、その原因である本郷の、食の合戦場におけるメンタリティを挙げます。


1,過剰なマウンティング癖があり、力石に負け続けたことでそれが重篤化している。
2,力石への恐怖から、遭遇した際に全ての自信を喪失してしまう性質になった。
3,隣の芝生は青い、の思考が度を超して強い。

 
本郷という人物の自意識の強さと反面自信のなさへのコンプレックスが見えてきます。彼は過剰なまでに見栄っ張りで負けず嫌いですが、自信たっぷりな他者の選択に振り回される性格とも言えます。
これらの本郷の内的要因が合わさり、読者としては理解しづらい敗北を招いているのではないでしょうか。
先述した6巻3話。牛カツ定食にて戦死の回。本郷は定食のおかずで酒を飲んでいます。バリエ-ション豊かと言えばそうですが、反面統一性やシンプルさに欠けているとも見えます。自分の言い訳がましいメニュー紹介をぶった切るように、高価な牛カツ定食で一点突破する力石に潔さを感じ、本郷は破れたのです。
本郷にとっては別にそれが牛カツ定食だろうがステーキ定食であろうが何でもいいのです。ただ自分と違う一点突破の選択を、力石が自信をもってしただけで敗北になり得るのです。
いま近くに『食の軍師』コミックスそれも4巻以降のものがあるなら、お手にとってみてください。
4巻1話、深酒したところを力石に見られただけで戦死。
泥酔という弱みを見られただけです。酔ってくだを巻いていたわけではないのに、です。
4巻6話、定食屋飲みを満喫しそのことを力石に話すと、すでにその店は力石も知っていたという理由で戦死。これも「お前よりいい店知ってるんだからな」というマウンティングが失敗したからだと思われます。このショックたるやずっこける域を超えており、巨大ハンマーで頭を殴打される演出がされるほどでした。
おそらく、力石と出会う前の本郷は、食の軍師として思うがまま周囲の凡将たちに勝利していたのでしょう。初期の頃の彼は自信に満ち満ちています。1巻6話のバイキングでは、テーマもなく品数を揃えている若者を嘲笑う本郷の姿が見られます。このマウンティング癖は力石に完膚なきまでに叩きのめされることが日常になってからも治ってはいないようで、7巻2話の築地の寿司屋では、隣の客(テイ・トウワ風)に「酒も飲まずにイカか、ふっ不粋な」と独白しています。そこまで大きく出たにも関わらず、この回の最後はラーメンを食べている力石を目撃しただけで「理不尽な敗北感」と言いながら戦死しています。
しかもよく見ると、「今は腹一杯で食えないけど」と前のコマでつぶやいています。つまりこのラーメンは食べるつもりがなかったのです。入店する気がない店に力石がいただけで戦死という、まさに理不尽な敗北をしています。おそらく、「自分の好きな店に力石がいるだけで悔しくて負け」ということなのでしょう。もはやこじつけとも言える理由で負け続ける本郷に、戦場を縦横無尽に駆け巡るかつての名将の姿はどこにもありません。


【講評 終章】 秋風五丈原

ここまで、『食の軍師』作中における食の合戦の統計とそれについての考察をまとめてみました。
しつこいようですが、この作品における勝ち負けのルールは明確に存在しておらず、全ては本郷の独断によるものです。それならば、こじつけであっても勝利することは充分可能なはずです。
むしろ自己中心的な性格であれば例えどれだけ力石に差をつけられるような注文や立ち振る舞いを見せつけられても、強引に自分のやり方の方がスマートであると思いこんでも不思議ではありません。
しかしながら本郷は常日頃、自軍の方が負けであると裁定を下し、ほぞを嚼んでいます。
今後本郷は、どうするべきなのか、そして読者である私たちは彼の戦ぶりから何を学ぶべきなのか、この終章でまとめたいと思います。


本郷の敗因の多くは力石によるものであり、その敗北条件は日を追うごとに本郷に不利になってきています。逆を言えば自分の選択に対する不信の表れと言えるでしょう。
自らも常連の店ならまだしも、自分は初来店、それに対し力石は常連という超アウェーであっても、彼の見栄っ張り具合は変わりません。本郷が今後、軍師として戦っていくためにはその見栄っ張りを自覚して、捨て去ることが第一ではないでしょうか。本郷は自分を蜀の諸葛亮孔明になぞらえていますが、実際は南蛮武将の中の知恵者・朶思大王くらいのものでしょう。本郷自身もそのような分不相応な自己イメージを捨て去り、裸一貫ではありませんが軍師ならぬ剣士の武者修行のつもりで食の戦場を渡り歩くのが最善でしょう。しかしながら、すでに諸葛亮をイメージした軍師というキャラが本郷とは別に存在し、あまつさえ軍師の方に主導権があるようなストーリー状況ではそれも困難でしょう。かつて本郷が自らをいにしえの大軍師・諸葛亮になぞらえて楽しんでいた食と酒も、いまではその諸葛亮の幻影のせいで心休まることがない苦行になっているのは皮肉というしかありません。

軍師は本郷の影であり、軍師は本郷以上の能力はありません。ですがそれも軍師ですら気付いていないのです。むしろ4巻2話の木彫りの龍のシーン、5巻15話最後のコマのように、軍師は「自分がいなければ本郷はダメだ」とさえ思っています。自分で作った幻影に惑わされるのは本郷の性癖でしょう。7巻8話虎ノ門でのカレー。ここでは終始力石の幻覚に苦しめられ、 最後は1人で大騒ぎして絶叫、テーブル強打で店の人に注意される有様です。普通ならば注意どころか即出入り禁止でしょう。 

本郷がここから食の軍師として再スタートを切るためにはこれらの幻影を振り払う必要性があるでしょう。同じ悩みを抱えている人々の自助会に加入するなり外食断ちをして、これらの幻影から解放されるのを目指すしかありません。
それが困難な場合、別な方面からのアプローチも有効と考えます。
本郷の敗因は性格によるもの、その性格とは見栄っ張りやマウント癖もありますが、食に対する一貫性のなさも挙げられます。とりあえず酒に逃げる、早食いに逃げる、とにかく多く注文する、枚挙に暇がありません。まずは その性格が敗北を呼ぶことを自覚し、他者の戦略戦術に学ぶのです。
現在の日本漫画界は、グルメ漫画ブームがすっかり定着し、すでに一大ジャンルとなっています。
それらの兵法書に学ぶのも効果的でしょう。しかしその兵書の選択に失敗するとさらに泥沼にはまる可能性があります。『野原ひろし 昼メシの流儀』『めしぬま』ではいけません。
同じ久住道場の先輩格である『孤独のグルメ』や、後輩の『野武士のグルメ』などはあくまで日常の中での楽しみとしての食が描かれています。本郷のように「ナントカの計!」とか大騒ぎして食べたりしません。また食漫画ではありませんが同じく久住道場の古株『ダンドリくん』は物事を何でも段取りよくやることを命に生きている男のギャグ漫画。なるほどと思うシーンも多いのでこちらも本郷は読むべきでしょう。絶版ですがKindleならあったと思います。 また久住道場の紅一点『百合子のひとりめし』もありますが本郷のような助平では話題が食よりエロの方に流れるのは必至なので、避けた方がよいでしょう。
ちなみに久住先生と泉先生の81年のデビュー作『夜行』の主人公は本郷と同じ格好の通称「トレンチコートの男」です。Wikipediaによるとそのトレンチコートの男の名前は「本郷播」とあります。つまり本郷は『孤独のグルメ』『ダンドリくん』よりも久住道場では古株も古株、長老と言っていい立場です。
新日本プロレスなら藤波辰己、山本小鉄さんレベルでしょう。彼のマウント癖、見栄っ張りもそのキャリアを考えれば頷くところでしょうが、ここは一つフンドシ担ぎのつもりでやり直すのが彼にとっては良いのではないかと
思います。後輩のファイトスタイルを学び、誰かと比較するのではなく、誰かに命令されるのでもなく、ただ己のために食い、飲むことの喜びを取り戻すことが本郷の唯一の救いの道でしょう。

最後に、本郷から学ぶところは何か、という点についてです。
『食の軍師』はグルメ漫画でありながらギャグ漫画です。また久住さん泉さん両先生の作風からしてそのギャグの根底は、人間の欲や駄目さへのあるある、共感と考えられます。『ダンドリくん』が面白いのは、日常のごくごく些細な行動を徹底的に分析して段取りよく効率的にこなそう、という姿勢がやり過ぎなので笑いを誘うのです。一方の『食の軍師』では我々平凡人が陥りがちなミスが数多く登場、そのずっこけぶりが 笑いを誘う構図となっています。
調子に乗って頼みすぎた、その頼んだメニューに一貫性がない、A定食を頼んだが隣のB定食の方が美味そうに見える…。どれも我々が陥りがちな外食における失態の好例ではないでしょうか。
他にも、酒飲みはついつい見栄を張りたくなるもの、一見さんならば一見さんなりの身の振る舞い方を取るべきですが、本郷は「粋にみられたい、常連のように振る舞いたい」という煩悩を出しては失敗しています。
読者の皆さんはどこでクスリと笑えたでしょうか?おそらくそれは自分も同じ過ちをしたことがある、というシーンではないでしょうか。
店選びの才能はあるものの、それ以外の酒飲みとしてのスキルに著しく欠けている本郷の店内での振る舞い、死に様を見ることで、我々は酒飲み人間が陥ってはいけない失策・敗戦を追体験することができるのです。見習うべきは本郷の蛮勇ではなくその負け様から、踏んではいけない地雷を察する
ことではないでしょうか。

最後に、この企画の読者となってくれた阿井幸作氏へ感謝致します。

何より、このような素晴らしい作品を世に送り出した泉昌之先生へ感謝申し上げます。最終巻も楽しみにしています。


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