マオリの肖像① 「あるドラッグディーラーの半生」


※ニュージーランドのマオリ族を取材したルポの一部を抜粋。


 ある日ステファンは不思議な経験をした。いつものように湖のほとりで、ぶっといジョイントを巻き、勢いよく吸った。完璧なストーン。時空が歪み、鳥の声がやけに素直に体の中に染み込んでくる。目を瞑ると、体がズーンと重くなる。脳が激しく揺れ、吐き気がしてきた。込み上がってくる、得体の知れない恐怖。ステファンは目をカッと開けた。景色が歪む。頭に浮かぶ死と言う言葉。半狂乱になり、ほとりを走り湖へ飛び込んだ、、、、はずだった。ステファンが飛び込んだのは、記憶の世界だった。そこは、深い森の中だった。木々はやけに太く、土はやけに暖かく、鳥の声が森を覆っていた。見たことのない生命体がいた。体は人間のようだが、顔は仮面のようだ。それは小さい頃祖母に見せてもらった、マオリの神だった。

その時ハッと目が覚めた。夢だったのだろう。体を起こすと、まだ頭がふらついていた。これはバッドトリップか?あるいは過去への羨望の発露か。

僕はインタビューに協力してくれるマオリを探した。マオリが置かれている状況がよくわかる相手がいい。そう思っていると、ドラッグのプッシャーを友達が教えてくれた。それがステファンとの出会いだ。彼の家は、美しい湖へ徒歩5分と良い立地だった。

静謐な波のゆらぎの音を聞きながらたどり着いた木製のドアは退廃的な空気が染み込んでいるように色あせていた。靴のままリビングへ上がると男2人女3人、白人が古びたソファに座り、酒を飲み、大麻を吸っていた。床に大量に散らばっているドッグフードにギョッとしたが、それを誰も片付けようとはしない。大麻の煙とドッグフードの匂いは、最悪のコンビネーションだった。

「ステファンに会いたいんだけど」というと「あっちの部屋だ」と彫りの深い男が指をさす。僕はここに来たのは4回目なのに、相変わらずここの住人は無愛想である。リビングの奥の4つぼほどの小さな部屋に入ると、小生意気な目を僕に向ける男が、吸いかけのジョイントに日をつけ煙を肺にため、勢いよくはいた。うっ、と咳き込む。短髪の黒がみ。褐色の肌。ダボっとしたVolcomのスウェットとジーパン。ヒップホップカルチャーに影響を受けているのだろう。英語の発音がアメリカ訛りだ。小さな灰色のスピーカーから、低音が割れたダブステップが流れている。

ステファンは部屋の床に無造作に転がっている、パケに入った大麻の塊を取り出した。その瞬間、ツーン鼻を刺激する香ばしい匂いが部屋に充満する。それをココナッツの皮を割った小さな容器に入れ、小さなハサミで細かく刻み始めた。さらに濃密な匂いがたちあらわれる。

 ステファンはうつむき気味に、大麻を刻みながら言った。

「youboro.元気か?この曲最高だろ。ダブステップ好きか?俺は好きだ。あのベースラインは、俺たちマオリが好む」

レゲエーダブーダブステップ。マオリはベースミュージックを好む。乾いたパーカッションと、硬質なキック音が絡まるエキゾチムを含んだリズムが聞こえ始めた。

僕は何気なく「なんでマオリはベースミュージックが好きなんだ?」と聞く。

「俺たちのソウルを揺らすんだ。レゲエは少数民族が戦い、勝利した希望の象徴だ。ボブマーリーは、多くのマオリの英雄だからな」

 マオリは1800年代に現れた白人に土地を奪われ、それから200年、自分たちの権利と土地を取り返すために戦い続けた過去がある。植民地政策は、同時にマオリから文化や言葉も奪った。1960年代から復興運動は盛り上がったのだが、その時彼らの支えになったのがアメリカで起こったブラックパワーの運動であり、ボブマーリーであった。

ステファンは歌を口ずさむ。

「Exodus, movement of JAH people (脱出するぞ。ジャーの申し子の出発だ) We know where we’re going. We Know where we’re from (俺達は何処を目指しているかも知っているし、どこから来たのかも知っている)」

ステファンはマオリ特有の語尾の音程が過剰に上がる英語で歌った。

僕たちはスーパーで買ってきたハートランドを開け、「チアーズ」とイギリス風の乾杯をする。

「俺たち両方とも英語の国に負けたんだよね。なんであいつらの文化が好きなんだろうな」とニヒルな笑顔を見せる。

「ドラッグディーラーとしての半生」


彼の半生はマオリが抱える深刻な問題を集約したようなものだ。

ステファンはニュージーランドの都市オークランドで生まれた。貧乏な家庭だった。父親と母親はネイピアにある小さなマオリ部族の出身だったが、仕事を求めてオークランドに移住し、マオリが集まってできた小さな町で簡素な家を借りて暮らしていた。オークランドにあるトンガコミュニティーと、サモアコミュニティーに挟まれたマオリ街。トンガ系移民とサモア系移民は仲が悪く、ギャング同士の抗争もよく起こった。

「子供時代は、、、、良い思い出は少ないな。全て親父のせいだ」

 彼の父親は、マオリの村で西洋的教育を受けていなかった。白人社会にはうまく馴染めず、職を転々とした。

「幼い頃の思い出といえば、親父が酒を飲んで暴れていたことだ。母親がいうには昔は優しかったらしいけど、俺の知ってる親父は酒ビンをいつも持っていたし、機嫌が悪い時は見境なく人を殴る荒くれ者だ。昼と朝は、ほとんど家にいなかったな。いつも夜になったら家に戻ってくるんだ」

そして、ステファンと母親を理由なく殴る。その時間が過ぎれば、上機嫌で「人生」について語る。

「男は強くなれ、母親を優しくしろ、俺を頼れ、が口癖だった。一番口うるさく言われたのは、学校に行くなってことだった。パケハ(白人)の薄汚れた価値観が叩き込まれちまうからというんだ。子供時代の俺は素直だったから、それを真に受けた」

 その地域には同じような境遇の子供達ばかりだった。小遣いもくれた覚えがない。まともな食事をとれない日もあったから小学生の頃から仲間と国道で信号待ちをしている車をモップで洗い、運転手から金をせびった。

15歳になり、食べていくために仲間とハスリングを始めた。最初は大麻だけだったが、LSD、ヘロイン、覚せい剤も扱うようになった。

(一部抜粋)


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ライター。編集者。ムック本、雑誌、web媒体で執筆中! 立体型ジャーナリズムプロジェクトSIWを主宰。 noteでは執筆中、または発表したルポの一部を掲載しています! daizo-okauchi.com
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。