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ザキング 永遠の君主 32.「すべての歩みと時間」

昼食時間を少し過ぎた頃、物静かな食堂に入ったジヨンを店主が歓迎した。
一見平凡に見えるそのカルグクス(※)店は、数代にわたって秘伝を守り続けてきた由緒ある店であり、高官たちもたびたび訪れる名店だった。


「 いらっしゃいませ。 あちらにお掛け下さい。」

「 …個室はだめなの?」


店主が空いている席にジヨンを案内しようとしたが、ジヨンは奥の個室を見ながら尋ねた。
ジヨンは大手製薬会社の創業者の孫娘として生まれ育ち、財閥に嫁いだ今に至るまでずっと上流社会で生きてきた人間だった。
見知らぬ他人と同じ空間で食事をする事を好まず、出産を控えている今はなおさら神経質になっていた。
オーナーが困った様子を見せた。


「 個室は総理がご使用中なんです。」


ジヨンは不思議そうに部屋の前を眺めた。
閉まったドアの前にはボディーガードが一人もいなかった。
とにかく、ソリョンなら知り合いなので問題になることはなさそうだった。


「 ソリョンさんが?警護もなしに? …エゴマカルグクスを下さい。」

注文しながら、ジヨンはそれ以上聞かずに部屋へ向かった。
引き戸を開けるとソリョンが一人でカルグクスを食べていた。


「 久しぶりね。ソリョンさんが一人で食事なんて珍しい。座ってもいいかしら?」

「 好きにしたら。」


ちらりとジヨンを見上げたソリョンは無愛想に答えた。
大学の先輩と後輩である2人の仲はあまりよくなかった。
ジヨンは貧しい魚屋の娘のくせに首相の座に就いて鼻高々と振舞うソリョンが気に入らず、ソリョンにとってもジヨンがそうだった。
出生から態度まですべてが気に入らなかった。
努力せずとも全てを持って生まれたくせに…


「 体調が悪くて寝込んでたんですって? 」

「 そう、だからこれが久々の食事よ。お互い熱いものを食べて話さないようにしましょう。座るのを許したのはあなたじゃなくお腹の子に食べさせるためよ。」

冷ややかに答えるソリョンだったが、いつもの事だとジヨンは気にも止めず、ふくらんだお腹を丁寧に撫でながら満足げな顔で自慢した。


「 息子かしら?私、最近食欲が凄いの。性別検査はしていないけど… 」


「 娘だって。」


ソリョンは見えないよう下を向きながらジヨンをあざ笑った。


「 …え?」

「 何か注文したの?」

「 …もう来る頃よ。ところで、アラブ訪問にうちの主人も同行するんですって? 」

「 ユン会長は家庭的なのね…妻と仕事の話までするなんて。時間の無駄遣いだわ。暇なのかしら。」


ジヨンの眉間にシワが寄った。
腹が立つのを我慢して、ジヨンはソリョンに反撃した。


「 最近の時間浪費のアイコンはソリョンさんの方でしょう…?4年間ずっと追い続けたボールに手が届かなくて悔しいわね。結局皇后にもなれず… 」



「 …何の話?」

「 知らないの?ソリョンさんほんとに具合が悪かったの…?陛下が皇后になられる方を公表したでしょ。」



「 …ちょっと携帯貸して。」


テーブルの上に置かれたジヨンの携帯を奪ったソリョンは、さらにジヨンの手を引いて指紋認証のロックを解除した。
いきなり携帯を奪われたジヨンは呆気に取られた表情でソリョンを見つめた。


「 携帯も持って来なかったの…? 」


ソリョンはジヨンの言葉を聞き流しながら、インターネットを開いて記事を検索した。


“ イ・ゴン皇帝、皇后公表!”

“ 皇室とク総理、長年の蜜月が終わったのか ”


画面をスクロールしながら記事を読むソリョンの口元がねじれた。
血を浴びて悲壮な姿のゴンの写真が、記事のあちこちに掲げられていた。
一瞬で歪んだソリョンの顔を見て、ジヨンは心から楽しくなった。


「 何としても総理を続投しないとね。じゃなきゃソリョンさんは、ただの魚屋の娘だもの… 」


残った水を一気に飲み干し、音を立ててグラスをテーブルの上に置いたソリョンは立ち上がった。
いつの間にか表情を隠し、口元にはジヨンへの嘲笑を浮かべていた。


「 出産気をつけてね。 必ず大韓帝国で元気な子を産んで。」


意味深な言葉を残して出て行くソリョンの後ろ姿をジヨンは睨んだ。


「 何なの…ほんとムカつく女ね。」


励ましではなく、まるで呪いのようだった。



※カルグクス…小麦粉を原料とする平麺を使った韓国を代表する温かい麺料理。





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ゴンと一緒に廊下を歩いていたホピルは、無線を受けてゴンに報告した。


「 陛下、イ・サンドが痛みを訴えているそうです。」

「 …痛み?」

「 はい。雨が降ると燃えるように痛むと… 」


昨夜からの雨が終日続いていた。

痛み…
ゴンが感じた痛みはテウルにはなかったがイ・サンドにはある…
次元の疑問と関連したことだけは確かなようだった。
廊下を歩いていたゴンは硬い顔で立ち止まり、しばらく考えをめぐらせた。

すると反対側から足早にモ秘書が近づいてきた。


「 陛下、たった今ク総理が入宮いたしました。 連絡もなしにです。」

「 …やっと体調が回復したようですね。今どこに? 」


連絡がつかなかったソリョンが自らやってきた。
ゴンはイ・サンドについての考えに蓋をし、執務室へと足を運んだ。

窓を打つ雨脚が激しくなっていた。
降りしきる雨のせいで宮殿のあちこちに灯っていた照明すらよく見えず、外は真っ暗だった。
ソリョンは机の前に立ったままゴンを待っていた。
ゴンは机の椅子へ腰を下ろした。


「 長い病気休暇でしたね。体調はもういいんですか? 」

「 …はい、陛下。飛び込んできた意外なニュースに起こされました。」

「 その話は私の話が終わってからにしましょう。…ク総理、結局手綱を引きましたが、理由は何ですか?私の足を縛った理由です。」

「 …私が足を縛らなかったら、陛下はどちらへ行くおつもりでしたか?プロポーズをしに行かれたのでしょうか。」


数日ぶりに現れたソリョンは相変わらずで、ゴンは引き下がらずに答えた。


「 いいでしょう…ではその話から始めます。そうしてこそ対話になりそうなので。……報道内容は全て事実です。 私が、愛している女性です。その全ての歩みと全ての時間にエールを送りたい人です。」


冷たかったソリョンの瞳が一瞬揺れた。

ソリョンはゴンを、自分の欲望を叶えるための道具と考えていた。
しかし、毎瞬間がそうだったわけではない。
ある瞬間は本当に目の前の男が欲しかった。
優しくて親切だが、冷たくて寂しい男を…
いつからか逆になっていたのかもしれない。
皇后になるために男が欲しかった瞬間と、男が欲しくて皇后になりたかった瞬間が…

どうせ結果は同じなのだから、今更そんな事は重要ではなかった。
ソリョンは考えを止めた。
今では所詮済んだ話だった 。


「 正直なお答えですね、陛下…この期に及んでも。」

「 ……。」

「 彼女は前科のある犯罪者ですよ。国民を欺くおつもりですか…? 」

「 この件でク総理からのエールは望んでいません。」

「 いいえ…!違います、陛下。私は陛下の隣の席が好きだったのです。 最も陛下がよく見える場所だったから…。でもそこは私の席じゃないと仰る。ではどうしましょう…陛下の反対側に立てば、もっと陛下がよく見えるかしら…?」



厳しい目でゴンは警告した。


「 止まるんだク総理…!これ以上線を越えるなら…

「 私は…!世界一低いどん底から世界一高い皇帝に向かって必死に歩んで来たのに…生まれながらに高貴なあんたは……たかが愛なんかで動くのね。 」


ある狂気がソリョンから漂っていた。
ソリョンは後先も考えず、すでに一線を越えた後だった。


「 これから私の心臓は何に高鳴るのでしょうか、陛下。正直さと忠誠心ではないようですが… 」


苦笑しながらソリョンはゴンを直視した。
ゴンがソリョンを突き放そうとした時だった。

空が割れるような雷鳴が部屋中に轟いた。
ゴンは体の異常がばれるのではないかと歯を食いしばって肩の痛みをこらえた。


「 …っあぁ…!」


声を上げてよろめいたのはソリョンの方だった。
ゴンは頭をもたげてソリョンを見た。
ソリョンの左の首筋から鎖骨にかけて、ゴンの肩に刻まれたのと同じ目印が…炎のように燃え上がった。
わけのわからない苦痛に混迷したソリョンは、咄嗟に机に手をついた。
ゴンは驚いた目で自分を見つめていた。
ソリョンは急いで場を片付けた。


「 まだ体調が回復してないようです…これで失礼致します。では、国政報告の時に… 」


慌てて立ち去るソリョンの後ろ姿を見送ったゴンは、すぐに机に置かれた受話器を取った。


「 …私が指示した逆賊キム・ギファンの解剖結果が出たか、国科捜に確認してください。」





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こじんまりとした素朴な雰囲気のノ尚宮の部屋には、芳しいお茶の香りが漂っていた。
テウルはノ尚宮の招待を受けて彼女の部屋に来ていた。
向かい合ったこの時間がぎこちなくもあったが、とうとうノ尚宮が自分を受け入れてくれたようで嬉しかった。
とにかくゴンにとって大切な人であり、自分以上にゴンを心配するノ尚宮のことが、テウルは嫌いではなかった。


「 海に面しているせいか雨が多くて…それだけが欠点です。さ、お茶をどうぞ。これまでの私の振る舞いに嫌な思いをされたでしょうが、陛下を守るためでした…ご理解下さい。」

「 いえ、お気になさらず… 」

「 一つだけ確かめたい事があるのですが、何も聞かずに答えだけを聞かせていただく事はできますか…?ここだけの話です。国の為に働くお人なら信じてみようかと… 」


茶碗を下ろしたテウルは頷いた。


「 仰ってください。」




「 私の名前はノ・オクナムです。父の名はノ・ギソプ、母の名はシン・ジョンエ、妹はノ・ヨンナム…私は1932年に黄海道(ファンヘド)の碧城(ビョクソン)で生まれました。 17歳で故郷を出てから、早いもので67年もの年月が経ちました……どうか、教えて下さい。 」


ノ尚宮が尋ねようとしていることが何なのかピンと来ず、テウルはただノ尚宮を見つめた。
しわだらけの目元には、長い歳月の跡がそのまま残っていた。








「 あの戦争はどうなりましたか…? 」


「 ……!?」


「 1950年6月に起きた、あの戦争のことです。」

「 あの戦争のことを…なぜ……ご存知なのですか…?」


驚いたテウルは、震える心で尋ねた。
まさか……


「 お察しの通りです。」


ノ尚宮はゆっくりと告白した。
長い間、誰にも語ることなく守ってきた秘密だった。
ノ尚宮はその秘密を、テウルに打ち明けた。


「 …ある静かな夜明けのことでした。雷のような大砲の音で、地獄の扉が開いたのです。その戦争で親兄弟を亡くし途方に暮れていた時…ある一人の青年が現れ、“ 戦争のない世界に行かないか ”と。…そうしてこの本一冊だけを持ち、最後になるとも知らずに故郷を後にしたのです。……陛下の祖父である、海宗(へジョン)皇帝陛下でございました。」


机の上に置かれた本は、金素月(キム・ソウォル)詩集の初版本だった。
すっかり黄色く色褪せたその本を見下ろしたテウルの胸に、なんとも言い難い感情が込み上げた。


「 …その後、そちらの歴史はどうなりましたか? 」


しばらくの間、部屋には沈黙が流れた。


「 ……戦争が起きて3年後、休戦しました。 今は南北に分かれた分断国家なので、ソウルから黄海道には行けません。…すみません、心が痛む話をお伝えして。」

「 いいえ。便りを聞けただけで十分です。やるせない日も多かったですが、今なら分かります…それも全て、私の運命だったと。お客様がここへいらっしゃったように… 」


テウルがそうであるように、ノ尚宮も、ゴンも、皆それぞれ運命の前に立っていた。
テウルは巨大な運命の前で黙々と長い間自分の道を歩んできたノ尚宮を見つめた。
ノ尚宮は固い目つきで自分を見るテウルへ丁寧に頼みの言葉を伝えた。

ノ尚宮の部屋を出て廊下を歩きながら、テウルはノ尚宮の最後の言葉を思い出した。


「 チョン・テウル警部補の身分証が陛下に渡った時から、あなたは陛下の運命の道しるべだったのですね。何とぞ…陛下をよろしくお願い致します。」


その時、廊下の向こうから歩いてくるソリョンの姿が目に入り、テウルは足を止めた。
具合でも悪いのか、ソリョンは首の辺りをさすっていた。
ソリョンもテウルに気付いて立ち止まった。
テウルを見るソリョンの目つきは以前よりも鋭かった。
近づいてくるソリョンの目を見たテウルは確信した。
あの日、光化門で見たク・ウナはク・ウナではなかった…ソリョンのようだった。

そこまで思いついたところで頭の中はますます複雑になった。


「 また会いましたね。」

「 そうね。」

「 私たち光化門で会いましたよね。靴も買っていた…ク・ウナさん?」


光化門でテウルとすれ違った女性は、その後高価な靴屋に入って行った。
テウルの言葉にソリョンは吹き出した。


「 あ、ごめんなさい。 大韓帝国で私を見間違える人を初めて見たものだから… 」


笑っていたソリョンは一瞬で冷たい顔に変わった。


「 私はKUビルで会った時の話をしたんだけど…いい加減ク・ソリョン総理ぐらい覚えておくべきじゃないかしら?大韓帝国で暮らすつもりなら…。国中が騒がしくて参るわ。プロポーズを受けて皇后になるんですって? 」

「 私と会った前後に何をしましたか?靴を買っただけじゃないようだけど… 」

「 戯言言ってないでどいて。あんたはまだ私の前を塞いですらいないわ。」

「 自分の足で歩いてきて、私の前で足を止めたのもあなた自身。心苦しいんでしょ?罪悪感というのはそういうものだから…。」



テウルの断固たる言葉がソリョンの怒りに火をつけた。
悔しさを噛み殺したソリョンはテウルに迫った。


「 あんたに会った前後に私が何をしたのかそんなに気になる? …もちろん、靴を買っただけじゃない。」

「 ……!」

「 …もちろん、KUビルで会った日の話だけど。」


意味深な笑みを浮かべ、ソリョンはテウルの横を通り過ぎた。
テウルは振り返り、去っていくソリョンを目で追った。
高いヒールを履いて歩くソリョンの後ろ姿は、いつものように堂々としていた。
何かある…きっと。

すれ違った瞬間、ソリョンは顔を歪めてわずかによろめいた。
その瞬間、はっきりと見た。
ソリョンの首に雷のように走った、ゴンと同じ目印を…

テウルはゴンの執務室に駆け出した。





「 …わかりました、今すぐ行きます。」


電話を切ったゴンは執務室に入ってきたテウルに説明した。


「 すまないが、先に寝ててくれ。国科捜の司法解剖官が逆賊キム・ギファンの遺体からあの目印を発見した。今から確認しに行く。 」

「 その目印、ク・ソリョンにもあるって知ってる…!?」

「 君も見たのか…? 」

「 今廊下で。ク・ソリョンも次元を超えたみたい。実は大韓民国で見かけて…今その確認も取れた。」


テウルの説明で、ゴンは疑問に残っていた全てのことに合点がいった。


「 だから私の足を縛ったのか。私の反対側…イ・リムの元へ行くために。」

「 私に見破られたことをク・ソリョンも気づいてる。大丈夫かな… 犯人も追い詰められると破れかぶれになるものだし、この先強行手段に出たりするんじゃ… 」

「 そうなればかえって好都合だ。私が強く出れば、誰も私に勝てはしない。ここは任せて少し休んでてくれ。一緒に行きたいが…

「 分かってる。私が人目についていいことは一つもない。」

「 急いで済ませて午前中には帰ってくるよ…ウンソプ君を連れて。」


ゴンはテウルの肩を撫でた。
テウルは苦々しげに頷いた。
ゴンのいなくなった執務室はひっそりと静まり返った。
一人残った宮殿の中が、今日に限っては特に広く感じられた。





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予想通り、ゴンが宮殿に戻ってきたのは朝だった。
国科捜ではそれなりの成果を得ることが出来た。
解剖医が言った通り、キム・ギファンの遺体にはゴンのような目印があった。
問題は解剖医がこの目印を初めて発見したわけではないという点だった。
解剖医は、この11年間で3回同じ症例を見たと述べた。
三人とも尊属殺人(※)で刑に服していた共通点があったとも…
大韓民国から大韓帝国に来た人々。
もう一人の自分を殺して入れ替わった彼らが誰かに気づかれるとすれば、その可能性が最も高いのは…家族だった。
ゴンは解剖医に同じケースが他にもあるかどうか確認するよう依頼した。

ところが、帰ってきた宮殿にテウルの姿はなかった。



「 外出…?私の客が? 」


午前の報告のため執務室に立ち寄ったモ秘書が頷いた。


「 はい。頼れる隊員をつけて欲しいとのご要望があり、近衛隊首席訓練生のチャン・ミルク隊員を同行させ、業務用携帯も支給しました。」

「 番号は何番ですか?行きたい場所があるなら私と…なぜ黙って…

「 陛下にはすべき仕事が山ほどあるので一人で行ってくると仰っていました。」


残念そうに机を叩いていたゴンの指が止まった。
一人で過ごさせて申し訳なかった。
しかし、出来る事があまりないここでも、それなりに自分の仕事を探そうとするテウルが誇らしくもあった。
安全な宮の中にいてくれることを願うのは私の欲だろう。
勇敢でたくましい女性だからこそ、日毎好きになっているのも事実だったから…

山のように積もった仕事を急いで片付けるため、ゴンは耳元から携帯を下ろした。


「 急ぎの火から消しましょう。 」

「 急ぎの火はいくつもありますが…では、一番大きな火から消します。ご結婚はいつなさるご予定ですか?世間は皇后様のお話で持ちきりです。一度公式発表すべきかと…早めましょうか?延ばしましょうか? 」

「 一旦見送りましょう。プロポーズの返事をまだもらえていない……情けないが。」

「 ……本当…ですか? 」

「 今はク総理の職務停止が先です。まずは刑務所へ…KUグループのチェ会長に、今日中に代理人を送るよう伝えてください。会社を選ぶか、元夫人を選ぶか、決めてから来るようにと。無駄足を踏ませないように、とも伝えて下さい。」

「 はい、陛下。」


きっぱりと素早く命じたゴンの目つきは鋭かった。
モ秘書が簡明に答えた。

続いてノ尚宮がゴンを訪ねてきた。
ゴンが宮殿へ戻ったにもかかわらず、今日に限ってまだ姿を見せていなかったノ尚宮だった。

ゴンは暗い顔で尋ねた。


「 そなたの姿が見えない時は二つのうちどちらかだ…私の部屋にまたお札を?それとも宮内で何か問題が…?」

「 …はい、陛下。後者でございます。実は…密偵を捕まえました。その過程で鶏を新たに仕入れることにもなり… 」


テウルの身分証を盗んだ犯人を捕まえたという意味だった。
そこまでは驚かなかったが、その次の話は一瞬でゴンの神経を尖らせた。


「 毒殺しようと…? 」


ノ尚宮は頷きながら1枚の写真を手渡した。


「 宮人パク・スクジンが密偵でした。近衛隊のパク隊員の話によると、その者は逆賊の書店にも出入りし、書店から出るとこんなものを燃やしていたそうです。」



実際は本物のパク・スクジンでもなかった。
本物のパク・スクジンは平安道(ピョンアンド)でミン・ソニョンという名前で暮らしており、早くに息子を失った記録のあるミン・ソニョンがパク・スクジンとなって入宮し、宮人として生活していたのだ。
宮殿に入るには相応の保証人が必要であったため、身分を入れ替えたのだろう。
写真を見つめるゴンの手に力が入った。
写真の中には、シンジェが母親と食事をするひとときが写っていた。
シンジェがどのようにして大韓帝国から大韓民国に渡ったのか、容易に推測することができた。


「 正体がばれた途端に血を吐いて倒れました。」

「 利用価値があった親は…この者だったのか。まだ食事代の借りも返せてないのに…。それで容態は?危篤状態なのか…?」

「 いいえ、意識が戻りました。ですがその女が…単独で陛下にお目通り願いたいと申しておりまして… 」


ゴンは席を立った。
狙いが何なのかは知らないが、ミン・ソニョンの話を聞いてみる必要があるようだった。


※尊属殺人…祖父母・両親・おじ・おばなど、親等上 父母と同列以上にある血族を殺害すること。





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宮人たちの出入りが珍しい離宮の片隅に、やつれた顔をしたソニョンがいた。
患者服を着て点滴を引きながら、ソニョンはゴンの前で深々と頭を下げた。


「 単独面会を申し出たと。これほど長い間私を欺いておいて… 」

「 …陛下を拝見いたしました。カン・シンジェ…息子と一緒にいる陛下を。」


じっとソニョンを見下ろしていたゴンの目が大きくなった。
こちらがシンジェの実母であることだけは確かになった。


「 イ・リムがくれた最後の写真で…写真と共に毒を渡されました。」


ノ尚宮の調査通り、ソニョンはリムの本拠地だった書店を行き来しながら宮殿の情報を伝え、リムの指示に従った。
その代価としてシンジェの知らせを聞いた。
ところがイ・リムは、シンジェとゴンが一緒に写った写真を渡しながら彼女を捨てた。
君の役目は終わったと…その写真が最後になるだろうと告げながら。

弱々しくみすぼらしい姿のソニョンだったが、その目にだけは毒気が漂っていた。
息子のために、自分はもちろん息子の人生まで変えたソニョンだった。
もう一度息子のためにできないことなどなかった。

呆れた偶然か必然か…シンジェはゴンに出会った。
シンジェもまた、イ・リムに憎まれたのだった。


「 …そこで私は賭けに出ました。陛下に毒を盛る代わりに、自分で飲もうと。死ねばこの安い命で罪を償い、もし生き延びれば…このようにお目通りを願い出るつもりで。厚かましくも息子の生死を陛下に委ねます…あの子に罪はありません…!どうか…どうか……私の息子をお助けください!陛下…!! 」


涙を流しながらソニョンは悽絶に祈った。
恐ろしいほどの慕情だった。
ゴンは強張った顔で、床に膝をついたソニョンの曲がった背中を見下ろした。





ザキング 永遠の君主
   32.「すべての歩みと時間」

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