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ザキング 永遠の君主 30.「最も栄誉ある瞬間」

殺気に満ちた血なまぐさい戦場のど真ん中で、テウルとゴンはついに抱き締め合った。
今までにないほど強く、互いの熱い体温を感じた。
ゴンは二度と離したくない体をなんとか離し、テウルの状態を確認した。
あちこちに血が滲み、服はぼろぼろになっていた。

いつも勇敢でたくましいテウルだったが、一歩間違えば今すぐにでも壊れてしまいそうなほど弱っていた。
ゴンは胸が張り裂けるような苦痛を感じた。
自分の様子をうかがうゴンの眼差しがテウルを安心させた。
緊張して強張っていた体からふっと力が抜けていった。


「 …ありがとうのお礼は…省略させて… 」


なんとか一言吐き出したテウルはようやく笑った。
ゴンの目が赤くなった。
感謝すべきはゴンの方だった。
生きていてくれてありがとう…
一人で長い死闘を繰り広げさせて申し訳なかった…と。


「 随分たくさん省略するんだな… 」

「 ……会いたかった。 会いたかった…会いたかった……! 」


ゴンは自分の頬に触れるテウルの手をしっかりと握った。


「 行こう、宮へ… 」


テウルは頷いた。
そしてゴンの腕を掴もうとしたが、そのまま気を失って崩れ落ちた。
倒れたテウルを、ゴンは素早く抱き留めた。
両腕でテウルを抱き上げたゴンは、心の奥底から湧き上がる深い想いを押し込めた。


「 ソク副隊長、ここは直ちに撤収だ。マキシムスを頼む…! 」

「 はい、陛下!! 」


ゴンはテウルを胸に抱いたまま、殺手隊の死体が散らばる道路の上を歩いていった。


苦しかった長い夜が終わり、いつの間にか東の空が白みはじめていた。





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宮殿に戻りそのまま寝殿へ向かったゴンは、自分のベッドの上へテウルを慎重に寝かせた。
靴を脱がせ、汗ばむテウルの額を撫でるゴンの大きな目は濡れていた。

まもなくノ尚宮とファン教授が寝殿に到着し、枕もとに座っていたゴンは立ち上がった。


「 陛下、これは一体…ああ、血が……! 」


ゴンの頬に長く引かれた血の跡を見たノ尚宮が驚きの声を上げた。
ゴンはようやく袖で顔を拭ったが、すでに血は乾いた後だった。
ジョンインの葬儀の時に倒れて以来寝込んでいたノ尚宮は、やっと元気を取り戻して再び仕事に復帰したばかりだったが、身体は以前より細くなっていた。


「 あ…私の血ではない、付いた血だ。そなたは大丈夫か? はぁ…私の大切な女性は皆傷ついていく… 」

「 私がお二人ともお元気になるよう最善を尽くします、陛下 。」


治療の準備を始めたファン教授の言葉に、ゴンはテウルの小さな手を強く握ってからそっと離した。


「 お願いします。」


重い足取りで寝殿を出たが、そこから離れることは出来なかった。
ゴンは扉の前でテウルの治療が終わるのを待った。

新年以降騒がしがった帝国の雰囲気は、昨夜の事件で一変していた。
騒がしいことは同じだったが、逆賊残党を皇帝自らが討伐し、さらに皇后となる女性がいたという事実の発表に、帝国民たちの目と耳は肯定的な方向へ流れていった。

一方、体調が悪いという理由で引きこもり、さらには皇后候補でもなくなったソリョンの支持率は急落していた。
野党議員たちは、突然現れた皇帝の婚約者の素性を調べるために大騒ぎしていた。
名前さえ分からないその皇后候補が、皇帝の寝殿に横たわっているとも知らず…


ファン教授の助手や宮人たちが、ひっきりなしに寝殿を出入りしながら血に濡れたタオルを新しいタオルに替え、点滴を運んだ。
彼らは焦燥した様子でうろつく皇帝を見る度に驚いた。


「 陛下…!」

「 陛下…!」


ドアを開ける度に、宮人たちは相変わらず呆然と立っている皇帝に向かって頭を下げた。

近衛隊の午前組が午後組に変わり、夜間組に変わる時まで…そうしてゴンは言葉なくテウルを待ち続けた。

時刻が深夜0時近くになり、ようやく最後にドアを開けて出てきたノ尚宮とファン教授がゴンを見つけて立ち止まった。
呆れたノ尚宮はため息をついた。


「 今までずっとこうしておられたのですか?それならお入りになれば良かったのに… 」

「 傷の治療は終わりました。脱水症状もすぐに回復するでしょう。」

「 たった今眠ったところですのでお入り下さい。私はファン教授にお食事をご用意いたしますので… 」


ゴンは頷きながらノ尚宮を抱きしめ、軽く肩をたたいた。
ノ尚宮とファン教授に感謝しながら、ゴンはすぐに寝殿へ入っていった。



テウルは手首に点滴をしたまま眠っていた。
あちこちにできた傷口へ貼られたガーゼの痛々しさに、改めて心が痛んだ。
テウルを起こさないよう、息を殺したままゴンはテウルを見つめた。
どれほど見たかった顔だろうか…

そうしてどれほど眺めていただろうか。
テウルのまぶたが僅かに震えた。
テウルは重いまぶたを何とか持ち上げた。
大きな手が、テウルの頭を優しく撫でた。


「 もっと寝てろ… 」


自分を見つめているゴンに笑いかけてあげることも出来ず、テウルはもどかしかった。
目覚めた瞬間、真っ先に目に入ったのがゴンの顔だったという事実がテウルをどれだけ喜ばせているか…ゴンは分かっているだろうか。


「 なんで眠らせるの…やっとちゃんと顔を見れたのに。私…めちゃくちゃでしょ?」


ゴンは目を細めて笑った。


「 全然。確かに今は巨大な絆創膏みたいだが、すごくきれいな絆創膏だ。」

「 どうやって私を見つけたの…?」

「 私はここでは”まとも”な皇帝だと言っただろ?」

「 ……道場の事務所で水を飲んだら気を失ったの。おかげで毒味の大切さが分かった…… 」


大韓民国で拉致され、次元を越えてきたという話だった。
イ・リムがテウルを狙うのは、全てゴンのせいだった。
小さくて愛らしい恋人の青白い顔がゴンの胸を刺した。


「 その話はゆっくりでいい。治ったら…その時に。」

「 あれが私たちの最後だと思った…あの時竹林で… 」


テウルを見下ろすゴンの黒い瞳が深くなった。
詫びなければならないことがあまりにも多かった。
明るくたくましく勇敢なチョン・テウルを泣かせ、痛めつけ…こんなにも待たせてしまった。
しばし沈黙したゴンは、やっとの思いで口を開いた。


「 実は········いろんなことがあったんだ。 だから行けなかった。」

「 …よかった。 扉が閉まったのかと思った。」

「 心配するな。たとえあの扉が閉まったとしても、全宇宙の扉を開けてみせる。そして必ず君に会いに行く。」


やっと、テウルは口の端を上げた。
目尻には涙が滲んでいた。


「 うん…必ず来て… ところで、ウンソプは…?」

「 ああ、それが………ウンソプ君は今病院にいる。幸い軽症だ。色々起こったことの中の一つだった。」

「 そうだったんだ……起きたら、一番先に会いに行かなきゃ………会いたい。」

「 今私の前で他の男に会いたいと言ってるのか…?」

「 チョ・ヨンも元気にしてるよ… 」


テウルが重くなる瞼を閉じながらヨンの消息を伝えた。
ゴンは微笑んで眠りに落ちるテウルの様子をじっと見守った。

一息ついてみると、今更ながらテウルがここにいる現実が信じられなかった。
心臓の端が焦げ付いてしまったかのように、平穏に目を閉じたテウルを見ているだけでも胸がしびれた。

思い出せばいつでも切実になるほど大切なテウルの額の上に…ゴンはそっと口付けた。





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翌朝目覚めると随分体が回復したのを感じた。
点滴もすべて外した後、軽くなった体でテウルは水刺間(スラッカン)に向かった。
あの日自ら釜飯を作ってくれたその場所で、ゴンが待っているという。

テウルが水刺間に到着すると、何やら入口前が騒がしかった。
宮人たちは首をかしげながらざわついていた。
テウルが近づくと、その中でテウルを知っていた一人が素早く会釈した。
目が合ったテウルも思わず挨拶した。


「 どうかしたんですか…?」

「 それが…陛下が軍服を着てお米を研いでいらっしゃるんです… 」

「 …え?」


テウルは開いたドアの隙間からそっと中を覗き込んだ。
宮人たちの言葉どおり、ゴンが真っ白な海軍制服を着たまま米を研いで食事の準備をしていた。
テウルは小さく吹き出した。
制服の袖をまくり上げ、がっしりした体格で米を研いでいるその姿はあまりに可笑しかったが、集中する姿がとても格好良く見えたりもした。
その意味を知っているから…



ー 米を研いでから、軍服を着た。

ー ふーん…軍服は“最も栄誉ある瞬間”に着るんじゃなかったっけ?

ー それは本当だ。例えば、プロポーズをする瞬間とか…



水刺間に入ったテウルは、ゴンの行動を呆然と見守った。
そんな様子を見たゴンは楽しそうに笑った。
まもなくして、テウルの前に白く柔らかい魚の身が乗った釜飯が置かれた。


「 君が今日だけを生きるというから、君を笑わせようかと。私の方が笑ってしまったが… 」


テウルはスプーンを持って大きくご飯をひと口食べた。
ほかほかと湯気が立つご飯はおいしくて暖かかった。
ゴンの慰めと優しい心、そして告白があまりにも暖かくて何だか気恥ずかしくなったテウルは、訳もなくつっけんどんに答えた。


「 お腹が空いてたから入ってきたの。ほんと、中間のない極端な性格だよね。」


ゴンは満足げに笑い、テウルが美味しそうにご飯を食べる姿を見守った。

食事をすませた後、二人は尚衣院(サンイウォン)に立ち寄った。
テウルの服はボロボロでもう着ることができなかった。
しかし、だからと言ってずっと患者服を着ている訳にもいかなかった。
尚衣院の宮人であるギュボンが大きなハンガーラックをテウルの前に引いてきた。
目の前に並べられた服は、一体何着あるかも分からない程の数だった。


「 君が普段好んで着るスタイルで準備した。 気兼ねなく好きなものを選んでくれ。」

「 なんで普段着るスタイルだけ準備するの。 違うスタイルも挑戦してみたいのに…ドレスはないの?」

「 ドレスはあっちだ。」


もう一人の宮人がハンガーラックをさらに2列引いて出てきた。
テウルが着たこともない華やかなドレスがずらりと並んだ。
慌てたテウルは最初にギュボンが持ってきた服の中から一つ選んだ。


「 冗談なのに…こ、これにする!」

「 だと思った。綺麗なドレスもたくさんあると自慢しただけだ。」


ゴンの冗談にテウルは笑った。
しかし服を持って振り返った瞬間、口元から笑みが消えた。
尚衣院の一角で宮人たちが手入れしていたゴンの服に、見覚えがあった。
濃紺の生地に金色の刺繍糸で花模様が細やかに刺繍されたその服は、突然庭に現れて花を渡されたあの日、ゴンが着ていた服だった。
次にゴンに会ったらそのことを問い詰めようと思っていたテウルだったが、いざその時を迎えてみるとどうしても聞けなかった。

怖かった。


「 あの服は……何? いつ着る服なの?」

「 “最も栄誉ある瞬間”に。例えば、手に花を持つような…そんな瞬間?君の好きな花は何だ? 」


花の一本すらあげたことがなくてすまなかったと、あの時ゴンは花束を渡してすぐに去ってしまった。
それが別れであったことを、テウルは直感した。
テウルは突然こみ上げてきた涙を無理矢理押し込め、素っ気なく答えた。


「 私…花は好きじゃないの。行こう、早くウンソプに会いたい。」

「 ……そうか。試着室に案内してあげてくれ。」

「 はい、陛下。 …こちらです。」


テウルはギュボンの案内で試着室に向かった。
テウルの後姿を見送ったゴンは振り返り、修繕中の服をいぶかしげに眺めた。



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「 陛下はすぐお着きになります。今一階でエレベーターに乗られたそうです。」

「 ん、そうか。点検は私がする。」


病室のドアの前を守っていた近衛隊から知らせを受けたウンソプが答えた。
かなりヨンに近い声だった。
黙礼した近衛隊員が部屋を出ると、ウンソプは病室に置かれた花瓶やテーブルの下をひっかきまわして確認した。
盗聴器がないか点検していたヨンを真似たのだった。


「 ん〜、確かこんな感じで…



「 ソプ!!」



「 …何だ。この声は……まさか… 」


ドアの方から聞こえてきた陽気な呼び声に、ウンソプは驚いて振り返った。
そこにはテウルとゴンが立っていた。
目頭が熱くなったウンソプは勢いよく駆け寄ると、ギプスで固定していない反対の腕でテウルに抱きついた。


「 テウルさん〜〜〜っ!!!本当に!?何だよ、夢か!?いや現実だ…テウルさんだ!本当に!? 」


ゴンがいて、宮には見慣れた顔もあったはずだが、一人で別世界にやってきて日々を過ごすことは容易ではなかったはずだ。
いくら明るく好奇心旺盛なウンソプだとしても、普段のように行動することもできず、近衛隊長であるヨンの代わりを務めなければならなかったのだから尚更その苦労は大きかっただろう。

ともすればウンソプをいじめがちなテウルだったが、今日だけは優しくウンソプの背中を撫でてあげた。


「 元気だった? まさかあんたがそこまで勇敢だったなんて! 」


テウルの言葉にピタリと泣き止んだウンソプは、一転して勝ち誇ったように目を輝かせた。
意気揚々とした表情と姿勢がどことなく上品になっていた。


「 テウルさん聞いてくれる?あるやつが兄貴に銃を撃ったんだけど、向かってきたその銃弾がパッと見えたんだ!それを僕が本能的にっ……!! …って何だ?テウルさんなんか凄い状態だけど…喧嘩でもしながら超えてきたんですか?」


今になってようやくテウルの顔をまともに見たウンソプが不思議そうに尋ねた。
刑事であるテウルが怪我をするのは初めてではなかったが、今回は酷く見えた。
テウルは大したことないように平然と答えた。


「 まぁちょっと…仕事でね。それよりチョ・ウンソプ!あんたここで昇進するんじゃないの? 」

「 んふふん、僕がその気になれば三政丞(※サムジョンスン)だって何だって… ん?それ何ですか…僕に? 」

「 君が食べたいと言っていたロールケーキだ。皇室御用達の店に私が直接注文して特別に作ってもらったんだ。」

「 別にそこまでしなくても…じゃあ早速、切ってもらおっかな〜 」

「 分かってると思うが、それは自分でやった方がいい。この店を買って欲しいというなら買ってやることは出来るが… 」


テーブルの上に置いたロールケーキの箱を開けていたウンソプは喜んだ。


「 本当に!?やったぜ!…実はこの前、桃缶の工場を買ってもらうのに失敗したんです。あ〜あれは惜しかった… 」


耳元で説明を加えるウンソプに笑っていたテウルは、ロールケーキを切り分けながらこう言った。


「 じゃあ次は車のドアを開けてくれと頼めば? 」

「 …わぁ〜、なんでそれを思いつかなかったんだ。…ん〜高級な味がする!はぁ…ウンビとカビがいたらかぶり付いてただろうなぁ。」


ロールケーキを一口大きく頬張ったウンソプは、ウンビとカビに会いたくなったのか残念そうな声を漏らした。
ウンビとカビはウンソプが大学4年生の時に生まれた双子の幼い妹弟で、ようやく幼稚園に通うようになっていた。
ほとんどウンソプが育てたような子供たちだったので気になるのは当然だった。
テウルはウンソプを安心させた。


「 ウンビとカビならご飯もよく食べて、幼稚園にもちゃんと行って、元気にしてるから大丈夫。あっちのウンソプはウンビにバレたみたいだけど… 」

「 だから気をつけろって言ったのに!」

「 ナリのことは気にならないの? 」

「 ん?ナリ…?ナリのことなんて別に… 」


宮殿でスンアに会うたびにナリを思い出していたウンソプは曖昧にごまかした。


「 チョ・ヨンとは仲悪いよ。”前よりダサくなった”って。」


途端にウンソプの顔がパッと明るくなった。


「 だから言ってやったんですよ!こんな髪型じゃダメだって。思った通りだ!」


肩を目一杯上げてウンソプは得意げに威張った。
テウルは笑いながら、ロールケーキをゴンにも取り分けた。
テウルとウンソプの会話を聞きながら、ゴンはその微笑ましさに終始顔を綻ばせていた。

平和な病室には、口の中に入ったロールケーキのように柔らかくて甘い時間だけが流れた。



※ 三政丞(サムジョンスン/さんせいじょう)…朝鮮王朝における議政府3議政の一つで、正一品にあたる最高の中央官職である領議政(ヨンイジョン/りょうぎせい)の別称。現在の大韓民国の国務総理にあたる。





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テウルが拉致された塩田倉庫は大韓帝国の科学捜査班が調査中だった。
現場を訪れたゴンとテウルが顔を歪めるほど、倉庫内は血の海だった。
倉庫を出た二人は塩田の間を歩いた。
死ぬ覚悟で逃げなければならなかった道…
テウルの脳裏に、切迫したその日の記憶がよみがえった。


「 私を連れてきたのは…イ・リムだよね?何か思い当たる理由はある? 」

「 もしかして、奴が手に持っていた傘を見たか?」

「 …傘?まだイ・リムには会ってないの。殺手隊だけだった… 」


ゴンは頷きながら説明を続けた。
大韓帝国を訪れたイ・リムは、いつもその手に黒い長傘を持っていた。


「 私が前に言っただろう。私たちは互いに望むものを半分ずつ持っていると。 奴はそれを傘に隠し、私はそれを…

「 鞭に隠した。 」


ゴンは頷いた。


「 奴もすでに気付いているだろう…私のものがどこにあるのか。」

「 だから私を連れてきたのね…引き換えるために。それを奪われると、奪われた方は扉が閉じてしまうんでしょ? 」


これ以上次元を越えることはできなくなる。
ゴンが鞭を持たずに竹林を訪れた時、いかなる扉も生じなかったように…

考えていたテウルは顔を歪めた。


「 じゃあ、ここからは誰が先に奪うかの戦いなの…?」

「 いや、奪われてはならない戦いだ。全てを手にするか、全てを失うか… 」

「 ……でもこの戦いでは、あなたが不利だね。」


テウルの声が沈んだ。
空を染める赤い夕焼けも沈もうとしていた。


「 私に会いに来ようとすれば、必ずそれを持ってなきゃいけないから。」

「 だからもっと私に優しくしないとな。」

「 はぁ…… 」


進めば進むほど、多くの試練が二人を待ち構えていた。
ただ一緒にいたいだけだったが、厳しく難しい道だった。
ゴンが甘受しなければならない危険を思うと恐ろしく、それでも会いたくてたまらない互いが切なかった。

すっかり涙もろくなったテウルの頬を、ゴンは掌で包んだ。
笑う姿だけを見ていたいのに、この頃は泣かせてばかりだった。


「 心配するな。私が持つ物は決して誰にも奪われない。それでも心配なら、一緒に祈りに行ってみようか?私たちにも、神のご加護があるように… 」


低く静かな声で問いかけながら、ゴンはテウルの顔を覗き込んだ。
涙をこらえてテウルは頷いた。
離れている間互いのためにできることは、互いのために祈ることだけだった。

もうこれ以上苛酷ではありませんように…

テウルもそう運命に祈りたかった。






ザキング 永遠の君主
  30.「最も栄誉ある瞬間」

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