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ザキング 永遠の君主 40.「永遠と無量」

暗くじめじめとしたトンネルの中、ソリョンは苛立ちながら辺りを見回してイ・リムを待っていた。
程なくして、傘を手にしたリムが暗闇の奥から姿を現した。


「 人をこんな所に呼び出すなら先に来て待っているのが礼儀では? 」

「 てっきり落ち込んでいるものと思っていたが…杞憂だったか。皇后の夢は水の泡と消え、総理職まで停止とは。これでもう” 高い所 ”には近づくことも出来なくなったな。」


最後まで高飛車なソリョンをリムはあざ笑った。 
ソリョンはリムの手に握られた傘をちらりと見下ろしてから顎を上げた。


「 なので次は高いところではなく広いところへ行こうかと。クム親王殿下の鍵がその傘なら…イ・ゴンの鍵は何かしら?…私が奪ってみようかと思って。名案でしょう?殿下と私が1つずつ分け持つの。 」


リムの口元が露骨に捻れた。
ソリョンは勘がとても鋭い。
最初はそれが気に入ったが、今となっては気に障ることこの上ない…
もはや利用価値はなかった。
リムはソリョンの前へ傘を突き出した。


「 さらなる名案があるではないか。私のものまで君が持つ…という。 」


ソリョンの背筋に冷たいものが走った。
イ・リムがこんなに大人しく息笛を渡すはずがない。


「 私に何を………ッ!!!


その瞬間、リムはソリョンの首を一気に掴んで壁に押し当てた。
突然襲われた恐怖と呼吸が出来ない苦しさにソリョンはもがいたが、リムの手はさらに強い力で首を締め上げた。
その目は狂気に満ちていた。


「 お前に腹を立てているんだ。私がお前に望んだのは簡単なことだった。イ・ゴンをモノにするか…大韓帝国をモノにするか…なのにお前はそのどちらも逃した。もうお前が生き残る道は1つしかない。皇太后の追悼ミサに私が参加できる席を用意しろ…!お前と私、そして生きて復活する皇太后まで…3つの席だ。その場で帝国と民国、2つの世界の存在を公表する。そしてその2つの世界を握る私の前に皆が平伏すのだ!!! 」


愚かな先代皇帝たちも…甥も…無量の世界を手に入れたことすら知らずにいたが、自分だけは違った。




その時だった。

じたばたともがいていたソリョンが突然息を止めたように動かなくなった。 
時間が止まっていた。
ソリョンの首から手を離したリムは険悪な顔で振り返った。 


「 ついに…甥っ子様のお出ましか。 」


今度こそ全てを終わらせるときだった。 
リムはすぐにトンネルから姿を消した。
ガタンッ!
長い間止まり続けた時間は、トンネルの上を通り過ぎる電車の音と共に再び動き出した。
ソリョンは今この瞬間首を絞められている人のように、息を荒げながら目を覚ました。 
だが目の前にいたはずのリムの姿はどこにもなかった。 
今、間違いなく自分の首を絞めていたのに…

消えたイ・リムの代わりに、ソリョンの手の中には1枚の写真が残されていた。
一筋の光すら差さない真っ暗なトンネルの中、ソリョンは震える手でその写真を裏返した。
ジョンヘの写真だった。 
イ・リムの手から復活する、皇太后の写真…





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再び大韓帝国の宮殿に戻ったゴンとヨンは早足で回廊を抜けた。 
反対側からノ尚宮と近衛隊が2人に向かって走ってくるのが見えた。


「 陛下…!!その格好は…あぁ、なんとひどいお顔で…! 」


宮殿を出た時とは比べ物にならない程やつれて帰ってきたゴンを見たノ尚宮は、驚きと心配の声を上げた。
ゴンはそんなノ尚宮の肩を抱いた。 
驚いたノ尚宮がゴンを見上げた。


「 あの夜私を逃してくれたこと…心から感謝している… ありがとう。 」


そう言ったゴンの声は震えていた。
こんな風に思うのはあまりに恐れ多いことと分かっていながらも、時にノ尚宮は主君であるゴンが哀れで仕方なかった。
あの日…父を亡くして泣いていた幼い皇帝の背中をさすっていたように、涙を浮かべたノ尚宮はゴンの背中を優しく撫で続けた。


「 …分かっております。全て分かっておりますとも、陛下…… 」


慣れ親しんだノ尚宮の手の暖かさに、ゴンはゆっくりと目を閉じてから再び前を見据えた。
すべての準備が終わろうとしていた。
たとえすべてを失う準備だとしても、同時にそれはすべてを守ることでもあった。
ゴンは進まなければならなかった。 

モ秘書はゴンの望み通りその空白を埋めてくれていた。
ゴンの不在についても「ジョンインを失った悲しみで蟄居(ちっきょ)している」と発表していた。
戻ってくるまで思った以上に時間がかかってしまったゴンは、ジョンインの四十九日に参列できなかったことを悔やんだ。
ジョンインの遺族は皆すでにアメリカに出国していたが、長子であるスンホンだけはこの日…ちょうど4時間後に出国する予定となっていた。
過去のゴンの行跡によって現在のスンホンは足が不自由になっていた。
逆賊に加担し逃走路を与えた若いスンホンの姿がゴンの脳裏に鮮明によみがえった。
スンホンに唯一褒められる行いがあったとすれば、ジョンインが死ぬまで自分の牙と罪を隠し通した事だ。
息子が謀反に加担していたことを知ったなら、ジョンインは自決していたに違いない。

スンホンのもとへ向かったゴンは永久追放令を下した。 
スンホンはもう二度と…大韓帝国に足を踏み入れることはできないだろう。




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疲労感で閉じた瞼の上に手の甲を乗せていたゴンは、隣に気配を感じてその手を下ろした。 
シンジェだった。
今回一緒に大韓帝国へ戻ってきたのはヨンだけではなかった。
大韓帝国での名前はカン・ヒョンミン。 
久しぶりに故郷へ帰ってきたというわけだ。 

シンジェの目の縁が赤みを帯びていた。 
ゴンもシンジェも愉快ではない一日を送ったことだけは明らかだった。 
2人は並んで椅子に座り、銀杏の庭園を眺めながら缶ビールを飲んだ。
宮人が簡単なつまみを置いて立ち去った。 
緩く背をもたれたまま、シンジェが不平を漏らした。


「 皇帝は神仙炉(※シンソンロ)や九折板(※クジョルパン)なんかを食うんじゃないのか…? 」

「 料理は客に合わせるものだ。 君に合わせて用意したのに、不満か? 」

「 …酒はもっとあるんだろ? 」


憎らしげにそう返したシンジェだったが、ふと遠くを見つめながらゴンに礼を言った。


「 今日のことは…恩に着る。 」


ゴンがスンホンの元へ行っていた間、シンジェは実母のソニョンに会っていた。
ソニョンはシンジェを見た瞬間、ヒョンミンと叫んだ。 
自分の名を呼ぶその泣き声は…とても聞き慣れた声だった。
毎日見ていた悪夢の中で、ソニョンはそうして同じように泣いていたのだから。 
シンジェはずっと聞きたかったことを尋ねた。 

自分を失ったのか、捨てようとしたのか…
はぐれたのか、わざと手を離したのか…

ソニョンはただシンジェが豊かに、幸せに暮らすことを望んだだけだった。 
シンジェも一度はソニョンに会ってみたかった。
長い長い悪夢から、1日も早く目覚めたかったから…



「 母親のことなら心配いらない。…食事代はそれで返すことにしよう。」

「 …それも礼を言う。」

「 これからどこへ行くんだ…残るのか?それとも…帰るのか? 」


シンジェは戸惑いながらゴンを見た。 


「 そう言うお前はどこに行くんだ。本当にまたあの夜に行くのか? 」

「 ……行かないと。」

「 もう一度戻ったとして、イ・リムを捕まえられる保障はあるのか? 」

「 イ・リムだけを狙えば可能だろう。私の首を絞めていた瞬間を狙えば…。その瞬間の奴は怒りに我を忘れていて無防備だ。」


首の傷跡を撫でながら冷ややかにそう言った彼の視線の先には、まるで今この瞬間イ・リムが立っているかのようだった。


「 前回はなぜそうしなかった? 」

「 聞いたことを後悔するぞ。…前回は敵の気を引くために天尊庫の天井ガラスを撃ち破り、警報を鳴らしたんだ。…幼い私を救いたくて。 」


何気なく尋ねたシンジェは眉間にしわを寄せた。


「 まさか…今回は自分を助けない気か?それじゃお前は消えるぞ? 」

「 もし私が成功した場合…大韓民国での君の時間も全て消える。カン・ヒョンミンがイ・リムに出会う前に戻すんだから… 」

「 ……!」

「 だから君も後悔しない選択をするんだ。」


シンジェを眺めながらゴンは寂しそうに笑った。 


「 私を殺すなら、今が最後のチャンスだという話だ。」


持っていた缶ビールを握りしめたシンジェは舌打ちをした。


「 これに毒でも盛っとくんだったな。…お前の計画をテウルも知ってるのか? 」


「 ……知られたら困る。」


それ以上何も言えなくなったシンジェは口をつぐんだ。 
ゴンもシンジェも、テウルを失うことになるだろう。 
テウルは2人を…忘れることになるだろう。 


月の光が取り分け寂しく感じられる夜だった。 



※ 神仙炉(シンソンロ)…中央に煙突が付いた専用の鍋に具材を放射状に並べてスープを注ぎ調理する韓国の宮廷料理。五味五色という朝鮮宮廷料理の基本的な考え方から、青(緑)、赤、黄、白、黒の五色を基調とした山海の多様な食材が用いられる。

※ 九節板(クジョルパン)…八角形に仕切られた器に8種類の具を入れ、小麦粉を水で溶いて薄焼きにした煎餅(チョンピョン)で具を巻いて食べる宮廷料理。




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古風な趣のその韓屋は、民国に来たイ・リムが滞在する場所だった。 
ジョンヘが食事の支度をする間、リムは長いライフル銃をあちこちに構えながら点検に熱中していた。
いつの間にか食卓の上には十数種類のおかずが並べられていた。 
リムは銃を置いて座卓の前に座った。
ジョンヘは立ったままおかずを1種類ずつ取って皿の上に乗せ、そして一気に口の中へかき込んだ。
リムはジョンヘに毒味役をさせていた。
これまでずっと…

ジョンヘがおかずを飲み込むのを見届けてから、リムはようやく箸を持って食事を始めた。 
ナムルを口に入れたリムは、ふと自分を見下ろす視線に気づいて頭をもたげた。 
ジョンヘは初めて会った日以来少しも老けないリムを見下ろしてにっこりと笑っていた。 
不気味なほど明るい笑顔だった。 

何かがおかしい…リムがそう感じた次の瞬間、ジョンヘの口から赤黒い血がどっと吹き出した。
食卓のおかずからリムの顔まで、辺り一面にジョンヘの血が飛び散った。
ジョンヘは狂ったように笑い出した。


「 油断したね…… 」


飲み込みかけていたナムルを急いで吐き出したリムは、おかずを食卓ごとひっくり返した。
転がり落ちた器が、鼓膜を切るような音と共に飛び散った。
リムは怒りに声を震わせた。


「 貴様……よくもこんな真似をっ!!! 」

「 …愚か者…お前も祈ってみるがいい… 」

「 ペク室長ッ!!! 」


笑い続けながら前屈みによろめいたジョンヘは再び血を吐き出し、リムはジョヨルの後を継いで仕事を処理していたペク室長を大声で呼んだ。
ジョンヘは自分の腕を掴んだリムを睨み上げた。
ジョンヘのどす黒い血がリムの手を濡らしていった。


「 私は毎日祈った…殺してくれと…ッハァ…やっと…死ぬのね……やっと…やっ…と死ねる……! 」



そのまま崩れるように床へ倒れたジョンヘの体からは力が抜けていった。
リムの瞳孔が大きく開いた。
居間に入る足音がせわしく響き渡り、
ペク室長が急いで薬箱から注射器を取り出した。 
しかしペク室長がアンプルに注射器を差し込んだ瞬間…

時間はまたも止まった。

薬は注射器に半分も入っていなかった。
リムがペク室長の手から注射器を奪い取り薬を抜こうとしたが、止まった時間の中では無駄な抵抗だった。
すべてが止まった時間の中で動けるのは、リムただ1人だった。

リムは注射器を床に叩きつけた。
まだ…まだジョンヘは死んではならない。
こんな風にあっけなく死なせるためにジョンヘを生かし続けてきたわけではなかった。 
イ・リムの目が血走った。


「 なぜ…なぜ亀裂がここまで!! なぜだッ!!! 」


怒りに震える体を引きずりながら、リムは立て掛けていた傘の柄から息笛を取り出した。 
半分だけの息笛に醜い亀裂が広がっていた。
リムは左手に息笛を握りしめたまま右手で銃を掴むと、家を飛び出した。

ジョンヘの血を浴びたまま、リムは全てが止まった世界から逃げるように歩き続けた。
動く者は一人もいなかった。
荒い息を吐きながら、風さえ吹かない道をひたすら歩いていたリムは、ついに動く者と出会った。
止まった人々の間から大きな歩幅で向かってきていたのは…ゴンだった。 
ゴンを睨むリムの手に力が入った。


「 死をも超越してきた私が…たかがお前1人も避けられない運命だとでもいうのか…?なぜここが分かったんだ。」

「 相手が私だけなら良かったろう…だが残念ながらお前を狙っているのは私1人ではない。…ある者は日を選び、ある者は後をつけ、ある者はお前が捕まるよう祈りを捧げ、またある者は…お前とこうして向かい合っている。…よくも母の追悼ミサを利用して…

「 そこに来るべきだった。貴様と私はそこで出会わなければいけなかったんだ…!!このまま終わらせてなるものか…こんな終わり方などあり得ない!!! 」


そう叫んで銃を構えたリムは引き金を引いた。
しかし、銃声とともに飛んでいくはずの弾丸はなかった。
何も起こらなかった。
何度引き金を引こうとも…


「 まだだ…時間が動くにはまだ少しかかる。」


リムの額に青筋が浮いた。


「 初めはたかだか22歩だった…。私が握っていた世界を、貴様がこうして止めてしまったんだッ!!! 」

「 息笛を利用して25年間死を猶予してきた代償だ。私たちはもういい加減、この戦いを終わらせねば… 」


次の瞬間、動き出した時間と共に静寂は崩れた。 
通りを行き交う人々の声と街の騒音に乗じて、リムは再びライフルを構えた。




ターーーンッ!!!!




銃声はイ・リムのものではなかった。 
リムの太ももを貫通した弾丸は、向こう側で待機していたヨンが放ったものだった。 

突然響き渡った銃声に人々は悲鳴を上げて逃げ惑った。
その場に崩れ落ちたリムの足元には、いつの間にか黒い血溜まりが広がっていた。
ゴンの背後に現れたシンジェとヨンは、そんなリムを冷淡な目で見下ろしていた。
シンジェは警察の身分証を首に掛けた。
カン・ヒョンミンとカン・シンジェ…
シンジェが選ぶ道は決まっていた。 

ゴンはリムのジャケットの内ポケットから、ついにリムの息笛を手に入れた。





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イ・リムの息笛は手に入れたが、今度は別の問題が起きた。 
2つに分かれた息笛にはそれぞれゴンとリムの血が染み込んでいた。
ゴンの息笛をヨンが、リムの息笛をゴンがそれぞれ持って次元の扉を開こうとしたが…失敗に終わった。
染み込んだ血の主にしか扉は開けなかった。
割れた息笛の双方を持ったゴンは林の中間点へ向かった。 

すると、まるで待っていたかのように突然林が大きく揺れ、雷鳴と共に巨大な幢竿支柱がそびえ立った。 
ゴンの柱とリムの柱が1本ずつ…
それは新たな扉だった。 
手錠をかけられたままその光景を見ていたリムは、以前とは違う形で完成された扉を見て感嘆の声を上げた。


「 父上の幢竿支柱だ…!! 」


ようやく一つになった萬波息笛が見せた完全体の扉だった。 
リムは声を張り上げた。


「 ついにこの時が来た…この瞬間をどれほど待ちわびてきたことか…!!」


しかし、ゴンは絶望していた。 


「 …笛の音が聞こえない。息笛が…泣いていない… 」


「 永遠と無量を手にしたというのに、何を言っている…!?ようやく1つになった息笛だ!泣くわけがない。謀反の夜は忘れて…お前と私、2人だけで入ってみよう。高貴な血筋の者だけで…! 」


イ・リムの声には欲望が湧いていた。
目を輝かせて自分を誘惑するリムを、ゴンは氷のように冷たい瞳で見下ろした。 


「 息笛が泣かない限り謀反の夜には戻れない。もう一度、亀裂を生じさせなくては… 」

「 半分をまたこいつにやるってのか…!? 」


一方に立っていたシンジェが声を上げた。 
ゴンは複雑な顔で頷いた。
リムは父親に似て情けない甥に抗議した。


「 もうそんな物は必要ない!ようやく完全な息笛になったというのに…あの扉の向こうに、永遠と無量があるというのに…!それをたかが謀反の夜のために使うだと!? 」

「 永遠も無量も必要ない。お前は最後まで…その世界を見ることも手にすることもできないだろう。」

「 愚か者め……ならやってみろ。死にに行けと頼んでみろ!命じてみろ…!!お前の扉はお前が開ければよい…だが私の扉はどうする?この私を連れて、必ず誰かが私の扉に入ることになるがそれは誰だ?一体誰に戻れず死ねと言うつもりだ!! 」


イ・リムは怒り狂い、最後にはゴンを嘲弄した。
謀反の夜に戻ってリムに息笛を渡さないよう彼を処理すれば、リムの扉は存在しなくなるだろう。 
リムを連れて彼の扉に入った者は永遠に…その中に閉じ込められることになる。


「 黙れ…貴様は死を超越したのではなく天罰を猶予したのだな。たった今あざ笑った分も含め、容赦なく惨めに殺してやる… 」


歯を食いしばってそう吐き捨てたゴンの前に、ヨンが歩み出た。


「 私が残ります!残って…私が連れて行きます。 」

「 俺が行く。こいつと一緒に行けばいいんだろ? 」

「 陛下…!逆賊イ・リムは私の手で処理します。」

「 何度も言ったよな?お前らはお前らの世界に帰れって…。笛をよこせ、いつ行けばいい? 」


互いに死ぬと言い張り一歩も引かなかった。
そんなヨンとシンジェが、リムには全く理解できなかった。 
ゴンは何の選択もできずに絶望的な目で息笛を見つめた。
1つになった息笛により開かれた次元の扉の中は、これまで見てきた扉の中の世界とは違っていた。 
眩い光を放った無数の扉が存在する空間が…果てしなく広がっていた。
ゴンはそこに1人立ち尽くしたまま、とめどなく降り注ぐ光を呆然と眺めた。


「 どこまで行けというんだ…一体どこまで…… 」


呟いたゴンの声は虚空に散っていった。





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ジョンヘを弔い、帝国へ向かったゴンはヨンと共に皇帝としての残りの仕事を整理した。 
ジョンインの孫娘であるセジンを大韓帝国皇位継承序列2位と公表し、自分にもしもの事が起きた場合はセジンを大韓帝国の皇帝に擁立することをモ秘書に命じ、託した。 

その間、民国に残ったシンジェはリムを警察署へ連行した。
取調室の椅子に座るリムを見たテウルは驚きを隠せなかった。 
ブラックミラーの内側にいるのは、紛れもなくイ・リムだった。 
シンジェはむしろテウルを見て驚いた。 


「 もう退院したのか?」

「 どういうこと!?どうやってイ・リムを捕まえたの…? 」

「 ソン・ジョンヘを追った。ソン・ジョンヘはすでに死亡していて…無縁死として処理してきたとこだ。」

「……私たちだけでも見送りに行けたら良かったのに。」

「 俺たちは奴の取り調べだ。」


テウルと会話を交わしたシンジェは少し疲れた様子で部屋を出ていった。
テウルはドアを開けて出て行くシンジェの背中をじっと見つめた。
数日の間にシンジェが少し変わったような気がした。
頼もしさが増した気がする一方で、どこか哀しげにも見えた。
後ろ姿を眺めていたテウルは、ふと自分の部屋の壁に吊るしてあった青い花のことを思い出した。
ゴンがくれた花束の花びらがひらひらと散り、跡形もなく消えてしまっていた。
未来が変わったのだ。 

取調室に飛び込んだテウルはイ・リムと向かい合った。


「 息笛はどこにあるの。今誰の手に…? 」


足に包帯を巻かれて無表情のまま座っていたリムは、やはり理解できないという目でテウルを見た。 
今にも泣き出しそうな程せっぱ詰まったテウルの顔が全てを語っていた。


 「 お前も死にたくて来たのか?命が惜しいとは思わないのか…? 」

「 聞かれた事にだけ答えなさい。息笛はどこなの。」


ダンッ!!

手錠をかけられたままリムは拳を机に叩きつけた。
響き渡った大きな音は、まるで悲鳴のようだった。

これまで、リムは欲望に目がくらんだ数多の人々を手の中で転がしてきた。
しかしシンジェも、ヨンも、ゴンも、目の前にいるテウルまで…彼らは誰一人リムの思い通りにはならなかった。 
もちろん彼らにも欲望はあった。 
しかしその欲望は自分のためではなかった。
自分を投げ出してでも、何かを守ろうとしていた。
それがリムを酷く憤らせた。
それは欲望ではなく願望に近く、イ・リムがどんな手を使っても…誰かのために願う者たちを揺さぶることは出来なかった。


「 なぜ怖がらない!?なぜ恐れない!?お前らごときがなぜ…なぜそんな選択ができるんだ!!! 」

「 怖いに決まってる…あの人が独りで寂しさに耐えているんじゃないかと思うと。恐ろしくてたまらない…2つの世界がこのまま流れてしまいそうで。 」


テウルは淡々と告白した。 
絶対に…ゴンを独りであの夜に行かせることは出来ない。
花びらが消えたように、ゴンとの記憶がすべて消える瞬間を何もせずに迎えたくはない。
揺るぎないテウルの瞳はリムを捉えて離さなかった。


「 だからあんたも選択して。私と一緒に行った方がいいんじゃない?あんたにとっても欲望を叶える最後のチャンスなんだから。………息笛は、誰が持ってるの? 」


「 …それがお前たちの恐れなら、私は戒め方を誤ったようだな。…そういえば、ここへ来る前に甥とク総理に” 地獄 “を1つずつ贈っておいたんだ… 」



2つの世界の均衡を取り戻そうとする者たちを、イ・リムはもっと踏みにじってやりたかった。

他人の人生をすべて壊してでも…





ザキング 永遠の君主
   40.「永遠と無量」

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