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ザキング 永遠の君主 34.「今日一日だけ」

シンジェは真っ昼間から自分を呼び出したヨンを不満そうな目で睨んだ。
仲が良いはずのない二人は、いつの間にか向かい合ってチキンを食べていた。


「 イ・ゴンは金を置いてかなかったのか?大韓民国の公務員にたかれって?」


さらに、ヨンの前には酒が注がれたグラスまで置かれていた。
不平をこぼしながら舌打ちしたシンジェに、ヨンは余計な話はせずにストレートな質問をぶつけた。


「 ところで、カン・ヒョンミンとは誰ですか? 」

「 …銃で撃たれたやつが酒なんか飲んでいいのか?」

「 守れば怪我をし、怪我をすれば守られるものです。」

「 強がりやがって… 」

「 大事なのは精神力でしょう?どんな戦いでも。…まだ答えてませんよ、大韓帝国での名前がカン・ヒョンミンだったんですか?」


これ以上ごまかすこともできなかった。
シンジェは仕方なく認めた。


「 ああ、そうみたいだ。向こうに戻ったら探してくれるのか? 」

ヨンは返事の代わりにグラスに注いだ酒を一口飲んだ。
宮殿で見た宮人ミン・ソニョンの顔と、ソン・ジョンヘの後を追って出会ったシンジェの母親の顔を思い出した。
どうせ同じ顔だったが。


「 他に気になることはありませんか?探したいもの……母親とか… 」


探りを入れるように聞くヨンの”母親”という言葉に、シンジェは表情を固くしたが、すぐに自信なく呟いた。


「 …何でも。母親でも、姉でも兄でも。それを聞くために俺を呼んだのか? 」

「 なぜ告白しないのですか? 」

「 ……?」

「 好きですよね?チョン・テウル警部補のことを。私でも分かるのに、本人が自覚してないはずはない。」


ヨンの質問が錐(きり)のように鋭かった。
実に鋭く痛いところを突いた。
シンジェは顔をしかめた。


「 …だからお前は撃たれるんだな。次は俺に撃たれるぞ。」

「 陛下とチョン警部補は…いけません。二つの世界はあまりに遠い。」

「 そういう理由ならなおさら黙ってろ。同じ世界にいたって別世界より遠い関係もあるんだ。」


話し終えたシンジェは席を立った。
ヨンが挑発するかのように見上げた。


「 このまま行ったら認めることになりますよ。」


ヨンとシンジェの視線が激しくぶつかった。
しかし、寂しさに折れたのはシンジェの方だった。


「 …ああ、そうだ。」


そう答えて店を出ようとしたシンジェは、ちょうど入ってきたゴンと出くわした。
シンジェは気まずさを隠せずに言葉を投げた。


「 また来たのか。 」

「 …少し時間はあるか?話があるんだ。」

「 聞く話はないし時間もない。仕事に戻る。」


ぶっきらぼうに答えたシンジェは未練なくゴンに背を向けた。
ゴンは離宮で自分にひざまずいたソニョンのことを思い出した。
大韓民国と大韓帝国…どちらの世界の者でもない、さ迷う存在になってしまった寂しいシンジェの人生が不憫だった。
複雑な思いでシンジェの後ろ姿を見つめるゴンを、聞き馴染みのある大きな声が振り返らせた。

久しぶりに顔を合わせた嬉しさで今にも泣き出しそうなヨンが、ゴンを呼んでいた。

出会った日から26年…二人がこれほど長い時間遠くへ離れたのは初めての事だった。
軍服務ですら一緒だったため、長くても数日間…ゴンが無断で行方をくらました数日間だけが全てだった。


「 元気にしていたか? 食事もちゃんと取って、何事もなく…? ク総理とは会わなかったか? 」


ヨンを信じてここに置いて行ったが、近衛隊長としてのヨンを信じるのとは別に、家族のようなヨンが心配だった。
続けざまに質問するゴンに、ヨンは驚いた顔をした。


「 どうしてそれをご存知で… 」

「 私の肩にある傷が彼女にもあった。ク総理のことは心配するな。 望む場所には決して行けないはずだ。私は足だけを縛られたが、本人は羽を折られたような痛みだろう… 」


線を越えてイ・リムの側に立ったソリョンをそのまま放っておくことはできなかった。
ソリョンに情報を渡していたソリョンの元夫…KUグループの会長は、ゴンの懐柔でたちまち皇室に寝返った。
友情とも呼べない、利益だけの薄っぺらな関係だった。
ソリョンよりゴンが与えてくれるものの方が大きく、KU会長が背を向けるのは当然だった。
ソリョンを助けていたロビイストの男も同じだった。
KU会長とソリョンを繋いでいたその男は、ソリョンの弱点を最もよく知っている人物でもあった。
録音されたKU会長とソリョンの会話には、ソリョンが逆賊の残党探しを依頼する内容が含まれていた。
実際の意図がどうであれ、逆賊と共に謀反を企てる意図と見なされた。
さらには宮殿に人を送り、大胆にも皇帝を盗聴したという事実まで明らかになった。

終わりだった。

逆賊を追い、宮殿の保安を破ったソリョンは直ちに総理の職を失うことになった。
これから彼女とイ・リムはどう出てくるのか…予断を許さない状況だった。
一番高い場所を目指した彼女の心臓は、今何に高鳴っているのか…


「 どうやって… 」

「 方法は向こうに行ってから自分で調べるんだな。口にしたくもない。」


不快さにゴンが眉根を寄せた。


「 それにしても、どうして私がここにいるのが分かったのですか? チョ・ウンソプの携帯にGPSアプリをインストールしたのですか? 」

「 ウンソプ君が私の携帯にインストールしたんだ。…ウンソプ君の弟妹たちにはバレなかったか? 」




「 ………もちろんです。」


ヨンの瞳が激しく揺れていた。
彼の下手な嘘に、ゴンは笑いを噛み殺した。





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白いテコンドー服を着たウンソプの妹弟、ウンビとカビはテーブルに座って足をパタパタとさせながらナリが渡した飲み物を飲んでいた。
ウンビの横に座ったナリはその愛らしさに目を細めた。


「 ねぇウンビ、お兄ちゃんが免許取ったの知ってる?」

「 あいつはお兄ちゃんじゃない… 」


ナリは驚いてウンビを見た。


「 でしょ…!?やっぱり変だよね?さっすがウンビ、分かるんだ! ウンビ、ちょっとお姉ちゃんの話聞い···

「 あっ!!お兄ちゃんだ…! 」


ナリの話を遮ってイスから飛び起きたウンビが、カビの手を握って走り出した。
遠くから歩いてきたウンソプがウンビとカビを見つけては一目散に走ってきた。


「 お前たち〜っ!!!」


満面の笑みでウンソプはウンビとカビを胸いっぱいに抱きしめた。
どんなに会いたかったか…
ウンソプは鼻先にジーンとくるものをかろうじて我慢した。

お兄ちゃんじゃないとか言ってたくせに…
呆れたナリがウンソプを横目にウンビを問い詰めた。


「 ちょっとチョ・ウンビ!お兄ちゃんじゃないって今言ったばっかでしょ!」

「 本物のお兄ちゃんだよ!」

「 何が本物なの!どう見ても本……………者…だよね…?」


最近着ていたスーツも、短い髪も同じだが、ウンソプのようだった。
おかしかった。
呆然としているナリを見ながらウンソプはにやりと笑った。


「 ミョン・ナリ、さては僕に会いたかったんだな?…僕も会いたかったぞ〜〜〜!!! 」



ウンソプは思いっきりナリを抱きしめた。


「 昨日も会ったのに何が”会いたかった”よ… 」


ぶつくさ言うナリだったが、ウンソプの腕の中は悪くなかった。
会いたかったかと聞かれると本当に会いたかった気もするし…
ナリはウンソプを押しのける事もせずにじっとしていた。
その姿を見守っていたウンビがカビの目を覆ってウンソプをたしなめた。


「 何してるの、こどもが見てるでしょ! 」


自分の腰にも届かない、小さな可愛い生命体が文句を言ってくるのがまた更に可愛くて、ウンソプはウンビとカビをナリごとまとめて抱きしめた。


「 大金積まれてもあいつと入れ替われない理由が全部ここにある…!」


再会に相応しい晴れやかな青空のもと、ウンソプは愛する人たちを胸に抱きながら、思う存分幸せを噛み締めた。





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郵便局の建物を後にしたシンジェはポケットに手を突っ込んだ。
死亡したチャン・ヨンジ名義の郵便物を取りに令状をもらってやってきた郵便局だった。
ところが、郵便局員は少し前にテウルが訪ねてきたと話した。
有給休暇を取ったテウルの姿が見えなくなってからもう何日も経っていた。
有給を取って仕事をしていた…?
シンジェは周りを見回した。
ついさっき訪れたばかりなら、もしかしたらまだ近くにテウルがいるかもしれないと思ったからだ。

どこからか聞こえてきた猫の鳴き声がシンジェの足を止めた。
路地を曲がると、しゃがんで猫を撫でているテウルの背中が見えた。
シンジェの口元がいつものように上がった。
シンジェはポケットから手を出し、早足で近づいた。
シンジェの足音を聞き、撫でる手に頭をこすりつけていた猫が驚いて塀の向こうへ走り去った。
頭を上げたのは…ルナだった。


「 ここに来るために有給取ったのか…?なんで電話に出ないんだ。お前、今度は一体何を探ってる…? 」

黙ってゆっくり立ち上がったルナは、シンジェの目をじっと見つめた。


「 俺が怪我したの見てなかったのか…?一人で捜査するのは危険だろ! 」


非難するような口調だったが、テウルのことが心配だった。

ルナは笑いをこらえた。
どん底人生の基本は“察し”だ。
感が鋭い上、愛情に飢えているせいかルナは本能的にこの種のにおいをよく嗅ぎ分けた。
目の前の男はテウルに好意を持っている…
テウルの周りの人々が皆そうであるように、人間的に好きなのは当然のこと、それ以上の感情が読み取れた。

返事もせず自分を見つめるテウルが不思議で、シンジェは眉をひそめた。


「 お前、大丈夫か?具合でも悪いのか…? 」


テウルを気遣うその言葉がルナには面倒だった。
言葉を発すればテウルではないことがすぐにバレてしまうだろう。
素早く判断したルナの腕がシンジェに伸びた。

一瞬の出来事だった…


「 ………っ!! 」


シンジェの唇は、ルナの唇によって塞がれた。
シンジェはルナを押しのけることもできずに完全に固まった。
強く重なる唇に、心臓が激しく音を立てた。


「 …っお前、何して…!! 」


唇が離れた瞬間、シンジェは感情を抑えきれずに叫んだ。
とんでもない事をしでかしておいて、ルナは平然としていた。
今、一体何が起こったのか…
面食らったシンジェは当惑した。

その時、携帯の着信音が鳴った。


「 …父さんだ。ちょっと待って。」


携帯を持ったルナはシンジェから遠ざかった。
消えていくルナの後ろ姿を見て、ようやくシンジェは我に返った。
頭の中には何も入ってこなかったが、とにかくルナを追いかけなければならないことだけは明らかだった。
しかし、路地を曲がるとルナは跡形もなく姿を消していた。
幻影でも見たのか…
シンジェは魂が抜けたように呆然とその場に立ち尽くした。

次の瞬間、誰かの声がシンジェを呼び戻した。


「 …兄貴!ここにいたの!? 私の携帯の位置情報がこの辺だったんだけど… 」


テウルはチョン館長の携帯から自分の携帯に電話をかけていた。
大韓民国に戻って家に帰ったテウルは、こともあろうにルナが父親と食事までしてテウルのいない時間を共に過ごしていたことを知り、GPSの位置情報からルナを追っていたところだった。


「 チョン・テウル…… 」


シンジェは震える声でテウルの名前を呼んだ。
本当にテウルだった…今度こそは。


「 兄貴、もしかして… 」


半分魂が抜けたようなシンジェの様子をテウルは伺った。
シンジェは固唾を飲んだ。
今になってやっと理解できた… 自分はルナにやられたのだと。
悪事がばれた人のように緊張した。


「 会ったの!?私…じゃない、私と同じ顔に。そうでしょ…? 」

「 お前…今戻ったのか? 」

「 うん、そうなった。ほんとなの…?本当に私と同じ顔してたの!?私の携帯もその子が持ってるの! 」


怒りながらも純粋に好奇心が沸いているかのように尋ねるテウルの瞳は澄んでいた。
さっき見たルナとは明らかに雰囲気が違っていた。
少しの間とはいえルナをテウルと錯覚し、突然の口づけに振り回されてしまった自分が情けなくなった。


「 有給を取ったなら身分証も持ってるはずだ…。ひとまずお前は署に戻って有給を取り消せ。」


無愛想にそう言ったシンジェはテウルに背を向け、反対方面へ歩いて行った。
身分証はテウルも持っていた。
ルナが持っているのは初めて大韓帝国の宮殿へ行った時になくした身分証だろう。
テウルはルナを探すことに集中し、再び自分の携帯に電話をかけた。
出る気配のないコール音がしばらく続いた後、突然電話が繋がる音がした。


「 出るつもり…? 」


確かに電話は繋がったはずだが、相手は何も言わなかった。
テウルは恐る恐る問いかけた。


「 …あんた、私が誰かわかるでしょ? 」

ー ……もちろん、チョン・テウル警部補。


聞こえてきたのはぎょっとするほど自分と同じ声だった。
携帯を握る手に力が入った。


「 今どこにいるの?会わないと。私に会いにきたんでしょ? 」

「 怖いもの知らずだね… 今あたしに会ったら死ぬよ。 今日会わなかったことに感謝しな… 」

「 …もし私の周りの人に手を出したらっ……!!

ー あんた以外に用はない…あたしはあんたに会いにきたんだから。携帯も色々使わせてもらった…またね。


自分の言いたいことだけ言ってルナは一方的に電話を切った。
すぐにもう一度掛け直したが、すでに携帯の電源は切られていた。


「 標的は私ってことか… 」


テウルはギュッと奥歯を噛み締めた。





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テウルはすぐさま有給を返上し、夕方に鑑識班へ行って携帯の位置を照会した。


「 まったく…警察官の携帯を盗むなんてそいつも怖いもの知らずですね。」


呆れながら位置を照会していた職員が首をかしげた。


「 あれ…ほんとに盗まれたんですか?たった今解約されたみたいですけど。 」

「 解約…? 」

「 はい。本人が直接解約したと出てきますよ? 」

「 わぁ…もう電話もできないってことか。分かりました、失礼します。新しい携帯を買わないと…。」


ため息をつきながらテウルは警察署を出た。
顔も、声も、DNAも同じ人間が大韓民国にもう一人存在していた。
背筋が凍る気分だった。






その頃、ルナは閑散とした屋外駐車場の隅に停めたワゴン車の中にいた。
シートを倒して作った簡易ベッドがルナの寝床だった。


「 …っく……ハァ… 」


ルナはダンゴムシのように小さく体を丸めて襲い来る痛みに耐えていた。
前もって処方されておいた薬をかき集めて飲んだが、ほとんど効果はなかった。
汗びっしょりの顔は血の気を失い、真っ青になっていた。
耐えられない程の痛みだった。

以前ナイフで刺されたことがあったが、あの時よりも苦しかった。
いっそこのまま死んでしまいたいと思うほどの痛みと苦しみにもがきながら、ルナは仰向けになり天井を見上げた。

ワゴン車の天井に貼られた夜光の星はあまりに儚く朧げで、そのかすかな光はルナをまともに照らすことすらできなかった。
苦痛が通り過ぎるのをただひたすら待つルナの頬の上に、涙が流れ落ちた。





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早朝、浴室から出てきたテウルはタオルで顔の水気を拭きながらチョン館長を探した。
洗濯かごにタオルを投げ込み、台所に向かいながらテウルは言葉を続けた。


「 父さん、私今日は遅くなるから戸締りよろしくね。誰か来てもすぐドア開けないでよ!特に知ってる人ほど開けちゃ駄目だからね。」


テウルの話を聞いたのか聞いてないのか、台所から居間へ出てきたチョン館長は別の話を始めた。


「 日曜日なのに出勤か?」

「 うん。父さんの携帯はテーブルの上に置いておいたから、何かあったらすぐ電話して。」

「 何かってなんだよ…俺の勝手だろ。」


娘の心配も知らずに…
テウルは低くため息をつきながら玄関へ向かい、靴を履いた。
いや、履こうとした時だった…


「 君、早く食べなさい。」

「 いただきます。 」


台所から聞こえてきた声はあまりにも聞き慣れた声だった。
テウルは思わず台所の方を振り返った。
そこでようやく、チョン館長に隠れて見えなかったゴンの姿が目に入った。
食卓に座ったゴンは、テウルを見ながら爽やかな笑みを浮かべていた。

テウルが慌てて台所へ向かうと、やっとチョン館長が説明した。


「 …ああ、馬主さんが久々に来たから一緒に朝飯でもと思ってな!お前は早く行け、仕事なんだろ? 」


そのまま出掛ける訳にはいかなかった。
テウルはさり気なく食卓に近づいた。


「 いや…それが……こ、このサムギョプサル私が買ったサムギョプサルじゃないの? 」

「 おい、それを言うならお前は俺の家に30年も住んでるだろ!……ん?ところでお前の顔…何か塗ったのか?やけにツヤッツヤして。彼氏でも出来たか? 」


普段より少し気を使ったのは事実だった。
今、ゴンが大韓民国に来ているから…
しかし、テウルはしらを切って否定した。


「 父さん!何言ってんの、これはスッピンで………………うん。」

「 え? 」


否定と同時に肯定したテウルの言葉の意味が理解できず、チョン館長は聞き返した。
テウルは姿勢良く座っているゴンをちらりと見てから、短く太く説明した。


「 彼氏出来た…ここに来てる。」


「 …え? 」


次に驚いたのは黙っていたゴンだった。
チョン館長は目を見開いたままゴンへ視線を移した。
さっきまで威風堂々と座っていたゴンが、すっと席から立ち上がった。


「 …あ、私はもう少し自然な流れでご挨拶する計画だったんですが…まさかこのような形になるとは。…でも結論は同じです。お嬢さんのことが好きなイ・ゴンです。宜しくお願いします。」


ゴンは素直に自分の名前をチョン館長に伝えた。
呼んではいけない、呼べば打ち首だと言っていた…その名前だった。
テウルは二人の世界がだんだん近づいてきていることが嬉しくて、小さく笑った。


「 あ、ああ…あまりに突然すぎて…その… 」


初めてテウルから彼氏を紹介してもらったチョン館長は、どうしていいか分からず口ごもった。
爆弾を落とした当の本人は、素知らぬ顔でいつの間にか席についてサムギョプサルを皿に移していた。
ゴンとチョン館長も席に座り、ぎこちない食事を続けた。
チョン館長は、これまでは聞く必要がなくて聞かなかった話題を慎重に切り出した。


「 それはそうと…前から気になってたんだが、君は何をしている人なんだ? 」


まともに答えられなかった。
テウルは素早くチョン館長の視線を自分に向けさせた。


「 父さん、見ただけで分からないの?顔に書いてあるでしょ!”素敵な人”って… 」


チョン館長はテウルの意外な姿に驚き、ゴンは笑った。
心の温まる朝食時間だった。

食事を終え、ゴンはテウルと一緒に家を出た。


「 お父上は相当驚かれたようだ。大事な一人娘がこんな身元不明者と付き合って… 」

「 夕方会いに行こうと思ってたの。まさか家に来るとは思わなかった。今からク・ソリョンの足取りを確認しに行ってくる。」

「 こうして会いに来なかったら挨拶も出来ずに帰るところだったな… 」


庭を出ようとしたテウルの歩みが止まった。
明るかったテウルの表情がすぐに暗くなった。


「 行くの? …今日?………今? 」


「 …行くのはやめようか?今日一日だけ……ここにいようか? 」


二人の会話はあっという間に切なくなった。
いつも不足していた…一緒にいられる時間が。


「 捕まえたら、捕まってくれる?」

「 …真心は全部込めたか? 」


ゴンがそう返すと、やっとテウルが笑って頷いた。
一緒にいたい気持ちは、もちろん真心からだった。


「 終わったらすぐ行くね。それと…


庭に止めておいた車のドアを開けたテウルが、後部座席から紙袋を取り出してゴンに渡した。


「 ずいぶん前に買ったものだけど。これを渡すのを口実に一度くらいは引き止めてみたくて…買ったの。」


口実を作ろうとしたというテウルの言葉に胸が痛んだ。
恋人になっても、そんな口実が必要だなんて…
黙って紙袋を受け取ったゴンに、テウルが急いで付け加えた。


「 とにかく真っ黒で、着たら誰だか分からないような…そういう基準で選んだの。目立たない服がないみたいだったから。」

「 私が着たら不可能なんだが…ありがとう、着こなしてみるよ。」

「 着こなしちゃダメなんだってば! 」

「 不可能だってば。」


厚かましく言い返したゴンは紙袋の中の服を取り出した。
ゴンは服をじっくり眺めた。
どこかで見たような服だった。
ゴンのそんな様子を見たテウルは頷いた。


「 そう、どこにでもあるような服を選んだの。あとで着て見せて。電話するからちゃんと出てよ? 」


そう挨拶したテウルは車に乗り出発した。
ゴンはもう一度テウルがくれた服をよく見た。
ただ平凡な服だからではなかった。
テウルがくれた黒い上着は、本当に見覚えのある服だった…






ザキング 永遠の君主
34.「今日一日だけ」

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