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ザキング 永遠の君主 35.「想思花の花言葉」

シンジェとテウルはク・ウナの住所に登録されていたアパートを訪れた。
テウルにとってルナを探すことは最優先事項ではなかった。
ルナが狙っているのはテウルなのだから、どうせ自分から会いに来るはずだと考えた。
通路になっているアパートのドアの前で、テウルは何度もチャイムを鳴らした。
しかし内側から返ってくる反応はなく、ベルの音だけが空しく響いた。
ソリョンが大韓民国に来たのなら、間違いなくク・ウナの身に何かが起こったはずだ。
不吉な予感しかしなかった。
テウルはク・ウナの名前を呼びながら、拳でドアを何度も叩いた。

ドアノブにかかっていた袋は重く、シンジェは袋の中の野菜ジュースを取り出して個数と賞味期限を確認した。


「 少なくとも4日は戻ってないな。」

「 だから早く探さないと。ク・ソリョンがこっちに来て自分を探さなかったはずはないし、見つけたら放っておくはずもない… 」


テウルは携帯に届いたばかりのメッセージを読んだ。
ク・ウナの失踪届けが今日付で出されたというチャンミからの連絡だった。
その時、折りよくシンジェにも2G携帯の指紋鑑識結果が出たことを知らせる電話がかかってきた。
そしてすぐに2G携帯を渡したジョヨルのマグショット写真が転送されてきた。


「 2G携帯についた指紋の鑑識結果が出た…奴は前科者だ。19年前に強盗を犯して3年服役して出所したが、その犯行現場がヤンソン療養院だった。」


ヤンソン療養院ならテウルはすでに訪れたことがあった。


「 イ・リムと同じ顔のイ・ソンジェが死亡した場所だ…。ク・ソリョンがイ・リムとここへ来て、もしもク・ウナがすでに死亡してるとしたら…ク・ウナはヤンソン療養院にいるはず。 」


療養院への道は遠く感じられ、到着した時にはすでに夜になっていた。
テウルは院務課長にク・ウナを知っているかどうか尋ねた。
院務課長はやはり今回もしらばくれ、令状がなければ捜査には協力できないという立場を貫いていた。
疑いは余計に深まった。
その時、先に病室をまわってきたシンジェが院務課長の前に立ちはだかった。
一瞬、シンジェの顔を見た院務課長の顔が引きつった。


「 なんなんだこの療養院は…IDカードがないと入れない病室が大半だ。」


苛立ちながら院務課長を睨んだシンジェは、その首にかかっていたIDカードを掴み取った。


「 これ、ちょっとお借りします。 」


令状なしで来たと通報されても構わなかった。
その結果、懲戒を受けても仕方がない…もはや引き下がれなかった。

IDカードを手にしたテウルとシンジェは、偶数階と奇数階に分かれて急いで病室を探し始めた。
次々とドアを開けていくシンジェに通りかかった従業員たちはざわめいた。
病室のドアの前に貼られた名札を確認しながら、慌ただしく通り過ぎていたシンジェの足が止まった。
名札に何も書かれていない病室の前だった。
妙な違和感を覚えたシンジェは急いでドアノブに手をかけた。
しかしドアには鍵がかかっていた。
IDカードをかざすとようやくドアは開いたが、空室でなければならないその部屋には加湿器がかけられていた…

患者がいた。

シンジェがベッドを覆うカーテンを開けると、酸素マスクをした成人男性が眠っていた。

ガタッ…!

シンジェは握っていた携帯を落とした。
信じられなかった……
何もできず、幻でも見ているかのように、シンジェは立ち尽くした。


「 …… 」


酸素マスクを維持するための冷たい機械音だけが静かな病室に繰り返し響いた。
生きていても、生きていない死体のように横たわっているその人は、カン・シンジェ…自分だった。

院務課長がなぜ自分を見て顔を強張らせ、無力にもIDカードを奪われるしかなかったのか…シンジェは悟った。
その場に崩れ落ちそうになるのを堪え、シンジェはベッドのフェンスを掴んで必死に体を支えた。
壁に付けられた非常ボタンを押すと、ドアが開く音とともに誰かが息を切らして入ってきた。
担当職員のような女性と目が合ったシンジェはさらに驚いた。
金物屋で会ったことのあるイ・サンドの妻、パク・スヨンだった。


「 あの時の…!あの刑事さんですよね? 」


スヨンが二人のシンジェを交互に見比べた。


「 どうりで似てると思ったんですよ。ご家族だったんですね…刑事さんがボタンを押したんですか? 」

「 なぜ…こちらに…?」

「 あ…それが、死んだ夫の友人に親切な方がいて…その方が借金の返済や就職の世話をしてくれたんです。」

「 …他の家族が面会に来たことは? 」

「 いえ、ありませんでした。でも家族の誰かが来たら必ず連絡するように言われていて… 電話が来るんです。」


ジョヨルから受け取った2G携帯を思い浮かべたシンジェは固い顔で頭を下げた。
向き合った真実に…波打つ心臓はなかなか鎮まらなかった。





       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「 行く前に整理することはないのか?」


ホテルに来たゴンは、テウルにもらった紙袋をテーブルへ下ろしながらヨンに尋ねた。
ヨンは首を横に振った。


「 ありません。最初から何もなかったかのように行くつもりなので。 …それは? 」

「 私がこの世界で目立たないことを願う…誰かの気持ち? 」


ゴンは紙袋の中の服を取り出しながら笑った。
ヨンは嬉しそうに笑うゴンを見ながら、さらに悩みを深めた。
シンジェの母親の後を追ってソン・ジョンヘに会った。
イ・ジフンの母親であると同時にゴンの母親と同じ顔をした者。
この話をすべきか…


「 陛下、私と酒でも一杯いかがですかか…? 」

「 …酒? 」


ゴンは少し驚いた顔でヨンを見た。
大韓帝国でのヨンはゴンを守る立場上、酒をあまり飲まなかった。
そのヨンが先に酒を飲まないかと聞いてきたのだから、驚くのは当然だった。


「 …何か話したいことでもあるのか? 」

「 冷蔵庫に焼酎がないので買ってきます。チョン警部補に教わった飲み方が良かったので… 」


酒を買いに出て行くヨンを注意深く眺め、ゴンはテーブルの上に置いてあった携帯を手にとった。
ゴンもまた、話すべきか悩んでいる事があった。

“ チョン・テウルの兄貴という者 “

という名前をしばらく見つめ、ゴンは通話ボタンを押した。
シンジェはゴンから聞く話はないと言ったが、それでもシンジェが知るべき話だった。
しかし、しばらくコールを鳴らしてもシンジェは電話に出なかった。
重い気持ちで携帯を下ろしたゴンは、ヨンを待ちながらテウルがくれた服に着替えた。
上下ともに真っ黒なその姿は、夜に紛れた狙撃手…と言ってもおかしくなかった。


「 黒ずくめだな… 」


鏡に映った自分を眺めていたゴンは、鳴り響いたチャイムの音に呼ばれて玄関へ向かった。
ヨンがキーを忘れていったようだ。
ドアを開けると、ヨンの代わりに立っていたのはテウルだった。

テウルは大韓帝国でゴンがプレゼントしたキャラメル色のコートを着て、缶ビールが入った袋を振りながら微笑んだ。
ゴンは嬉しそうにテウルを迎えた。


「 こんなに早く来るとは期待していなかったのに。 サボってきたんじゃないのか?」

「 サボるのも能力でしょ。中に入っていい?」


ゴンが脇によけると、テウルはドアの内側に入った。
二人は缶ビールを置いたままソファーに向かい合って座った。


「 チョ・ヨンは?一緒に飲めばいいのに 」


周りを見回しながらテウルは聞いた。
一口ビールを飲んで缶を置いたゴンは、静かにテウルを見つめた。


「 相思花の育て方を検索してみたの…育てようと思って。でも育てるのがすごく難しい花だった。 相思花の花言葉って知ってる? 」

「 …… 」

「 ” 叶わぬ愛 “ …だって。 」


嬉しい微笑みでテウルを迎えたはずのゴンの表情が次第に固くなった。
テウルを見るゴンの目は鋭かった。
視線を逸らしたテウルを、ゴンはじっと見つめた。


「 なんでそんな風に見るの…?」


問いかけた語尾は微妙に揺れていた。


「 だまされないと思っていたが… 」


演じるルナを、ゴンは睨みつけた。


「 この顔にはお手上げだ。 」

「 ……何の…こと? 」

「 君の瞳の中には不安がある。チョン・テウルにはないものだ。君は…チョン・テウルではない。 」


ルナを睨んだままゴンは立ち上がった。
ルナが脱いでソファにかけていたコートのポケットから、身分証の紐がはみ出ていた。
ゴンはその紐を掴んで引き抜くと、身分証を確認した。
テウルが宮殿でなくした身分証で間違いなかった。
イ・リムがルナをここへ送ったに違いない。


「 君がルナか… 」

「 ここでもその話? ただでさえルナのせいで頭が痛いのに… 」


しらを切ったが、もう手遅れだった。
テウルを装ったルナの表情はとうに崩れていた。
身分証を見下ろしていたゴンが顔を上げると、窓ガラスに映った自分の姿が再び目に入った。
どこかで見た姿だった。

テウルの身分証を持った、黒い服を着た男…


長身で、優れた銃の使い手で、天尊庫の内部構造を熟知していた男…


敵が誰なのかはっきり分かっていた…


全てを懸けて私のために戦っていた…




26年前の夜、消えかかった意識の中で見た後ろ姿の主人公は…

ゴン…まさに自分だった。






「 私を救ったのは…私だった………こうして、完成されるのか………… 」





気付いたと同時に、ゴンの視界はぐにゃりと歪んだ。
すぐに自分が毒にやられたことを悟った。
ゴンは一口飲んだ缶ビールとルナを交互に睨んだ。
ルナの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

8歳…テウルの身分証を握ったまま倒れていたあの夜のように、ゴンは再び床に倒れた。
待っていたかのように、ルナは倒れたゴンに近づいた。
ポケットの中を漁り、ジャンパーの内側にも手を入れようとした時だった。

ガシッ…

朦朧とした意識の中、ゴンはルナの手首を掴んだ。


「 ……鞭を探してるなら…無駄だ… 」


ルナは掴まれた手首を引き抜こうと歯を食いしばった。


「 どっちか一つは貰います、陛下。鞭か、命か…。陛下の命はイ・リムが欲しがっていて、あたしは鞭が欲しい。どうせこの世界にあたしの物なんて一つもないんだから…鞭ぐらい下さいよ。 」


ルナがさっと手を引き抜いた。
同時にドアの方からカードキーの音とともにヨンが入ってくる足音が響いた。
慌てたルナは素早く壁際に身を隠した。


「 ……ッ陛下!! 」


倒れたゴンを発見したヨンは慌てて駆け寄った。
ヨンの持っていた袋が床に落ち、酒瓶が激しい音を立てて床に転がった。
ヨンがゴンの体に触れたと同時に、隠れていたルナはドアに向かって逃げ去った。
ヨンは素早く振り向いてルナの後ろ姿を確認した。

混濁する意識の中、やっとの思いでゴンはヨンに命じた。


「 あの者を……捕らえよ… 」

「 陛下が先です…!! 」

「 鞭が先だ…クローゼットの8番目…グレーのコートの…内ポケット… 」


ヨンの瞳が激しく揺れた。
すぐにゴンの携帯を手に取ると、ヨンはどこかへ電話しながらクローゼットに向かった。





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シンジェと別れ、ク・ウナを探して地下まで降りてきていたテウルは、遺体安置室を発見し中へ足を踏み入れた。

遺体安置まで可能な所…
イ・リムがなぜ人をすり替える場所としてこの療養院を選んだのか…理由は明白だった。
陰惨な空気が漂う遺体安置室の冷凍庫を、テウルは次々と開けていった。
しかし、いずれも中は空っぽで遺体は発見されなかった。
焦る気持ちでテウルが4つ目の扉を開けた時だった。
ズシリ…と重みが感じられた。
テウルは扉をゆっくりと引き出した。
すぐに目を閉じている見慣れた顔が現われた。
横たわっていた青白い死体は…ク・ウナだった。
テウルは震える目でク・ウナの遺体を見下ろした。

ぞっとした…

むなしい欲望で、他の誰でもない自分自身を殺す人たちに。
そしてそのすべてを操るイ・リムに…
複雑な心境でテウルは電話をかけた。


「 強力3チームのチョン・テウルです。 鑑識をお願いします…行方不明者のク・ウナの遺体が見つかりました。住所は今から送ります。」


テウルが電話を終えた瞬間、携帯はまたすぐに震え出した。
ゴンの番号からだった。


ー チョン警部補、私です…!


しかし、聞こえてきた声はヨンのものだった。
すがりつくような、切羽詰った声だった。
息を切らしたその声に、テウルは何かが起こったことを直感した。


ー 陛下が毒を盛られたようです。すぐに治療ができる場所を…!

「 容態…容態は…!? 」


信じたくない知らせだった。
しっかりしなければ…と自分に言い聞かせながらヨンの説明を聞いた。


「 私…今地方にいて…待ってて、すぐ電話するから。電話が来たら、その方の指示に従って!! 」


ヨンの電話を切ったテウルはぶるぶると震える指でまた誰かに電話をかけた。
国科捜で働くヒジュだった。
彼女は強力3チームのパクチーム長の妻でもあった。
テウルやシンジェ、ウンソプまで顔なじみの仲だった。
テウルの声が涙声に変わった。
気を失う寸前だった。
ゴンを助けなければならないという意思だけがテウルを支えていた。


「 …課長!!救急で…服毒です。でも、身元不明者なので病院には行けなくて… 」


当惑するヒジュの声が聞こえてきた。
手が震えて今にも携帯を落としてしまいそうだった。
両手で携帯をぎゅっと握りしめたテウルの目から、とめどなく涙がこぼれ落ちた。

お願い…


「 お願いですから助けてください…!! 」



ヒジュに…名も知らぬ神に…テウルは祈った。





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営業時間も終わり閉院した個人病院の廊下に、ヨンは立っていた。
明かりが灯っているのはヒジュとゴンがいる診療室だけだった。
ドアの外で待つようにというヒジュの言葉に、ヨンはもどかしさで苛立ちながらゴンの治療が終わるのを待っていた。
肩にはゴンが吐き出した赤黒い血がついていた。
ヨンは壁にもたれかかったまま、ゴンがなんとか持ちこたえてくれることをひたすら願った。

どのくらい経ったか…
廊下の突き当たりから走ってくる足音が聞こえてきた。


「 まだ……治療中!?」


ヤンソン療養院からソウルまで、一目散に戻ってきたテウルだった。
ヨンはそんなテウルの問いにただ黙って俯くだけだった。
その時…ちょうど診療室のドアが開き、中からヒジュが出てきた。


「 課長…!」


廊下に出たヒジュがテウルとヨンを交互に見ながら説明した。


「 うん、やっぱり毒ね。でもウンソプの判断が早かったおかげで助かったわ。じきに目覚めるはずだからあまり心配しないで。 …でも、誰なの?病院にも行けない身元不明者ってどういうこと…? 」

「 ……すみません。 後で全部説明しますから… 」


助かった…良かった……
テウルは胸を撫で下ろしながら、頭を下げてヒジュに理解を求めた。
気になったが、毒を盛られた状況からして簡単に言える事情ではなさそうだった。
ヒジュは頷いた。


「 …パクチーム長にも秘密なの? 」

「 すみません… 」

「 …わかった。ここは友達の病院なんだけど、借りられるのは週末だけよ。明日、出勤前にまた寄るわ。」


何度も頭を下げながら、テウルはヒジュに感謝の意を伝えた。
テウルは今にも倒れそうなほど青白い顔をしていた。
これほど弱った姿を見るのは初めてだった。
ポンっとテウルの肩を優しく叩いてから、ヒジュは遠ざかっていった。

ヒジュが去り、ゴンのいる診療室に入ろうとしたテウルの前をヨンが塞いだ。
ヨンの目はとても冷たかった。


「 中へは入らないで下さい。」


テウルはヨンを呆然と見上げた。


「 陛下を毒殺しようとした者はチョン・テウル警部補と同じ顔でした。今も、その者でないという保障はない。」


ショックを受けるテウルを廊下に残し、ヨンは診療室へ入っていった。
ドアの閉まる音は無情で、テウルにはあまりに残酷だった。
しかし、押し入ることもできなかった。
自分の顔がゴンにとっての脅威になっていたから…
この顔に、ゴンさえ騙されてしまったのだから…

照明もない薄暗い廊下にテウルは座り込んだ。
止まったはずの涙が、再び頬の上にこぼれ落ちた。
しばらくそのまま座り込んでいたテウルは、手の甲で涙を拭いながら電話をかけた。


「 ウンソプ……ウンビとカビを連れてうちに行って。父さんとあんた、ウンビとカビの4人で離れないように。もし私が家に帰ったら…すぐ私に電話して。 何の話か分かるよね…? 」

ー 何の話?テウルさんが帰ってきたらテウルさんに電…


何かに気づいたように、ウンソプの声が低くなった。


ー もしかして…今僕の考えてることで合ってる?


テウルは下唇を噛んだ。


「 うん…合ってる。あんただけが頼りなの。」


なんとかウンソプに託したテウルは電話を切った。

夜が明け始めていた。





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やっとの思いで重い瞼を持ち上げたゴンの目に映ったのは、見慣れない天井だった。
ぼんやりと天井を眺めていたゴンは酸素マスクを外した。
ゴンが手を動かすと、そばを守っていたヨンが駆け寄り呼びかけた。


「 陛下…!気がつかれましたか!?よくぞ耐えられました、陛下。」


自分を案じるヨンの感極まった声…
心配と不安が入り混じったその顔を見て、ゴンは昨夜の出来事を思い出した。

テウルが来るはずだったのに、やって来たのはルナだった。
命を落としかけ…また、あの時のように多くのことを悟った。


「 チョン・テウルも…知っているのか……? 」

「 先程まで…廊下に。」


答えるヨンの表情が一気に曇った。
朝になって廊下を覗くと、テウルの姿はなかった。
ゴンに毒を盛ったのがルナだということはヨンも分かっていた。
ゴンは、ヨンがテウルを疑って自分の側に置かなかったことを察した。
静かに頷くゴンを見て、ヨンは今一度我慢していた言葉を吐き出した。


「 陛下、宮に戻りましょう。この世界では陛下を守る手立てがありません…! 」

「 ……あの話からしてみろ。一杯やりながら、何か言おうとしたんだろ。」



「 ……気が動転したせいか、忘れました。」


ゴンの体調が回復してもいない状況で言うべきことではないと判断したヨンは、咄嗟に嘘をついた。
相変わらず下手なヨンの嘘に、ゴンは苦笑いしながら体を起こした。


「 …覚えているくせに。もっと考える時間が必要な話なら、戻ってから聞こう。」

「 もう少し横になっていて下さい。」

「 チョン・テウル警部補に、黙って去ってすまないと伝えてくれ。」


ベッドから出たゴンは、その場で手首に刺さった点滴の針を抜いた。


「 お前は私が戻るまでチョン・テウル警部補を守るんだ。」

「 陛下…!」


ゴンの命令にヨンは落胆した。
ゴンを守ろうとするヨンの心をよく知っているからこそ、ゴンは苦々しい思いでヨンを見た。
イ・リムの狙いにはテウルも含まれていて、テウルの危険は即ちゴンの危険だった。
そのためテウルを守ることがゴンを守ることになるのだと、ヨンが分かってくれることをゴンは願った。
ゴンは、ゴン自身が守るべきだった。
決然とした目でゴンはヨンを見つめた。



「 ヨン…私を救ったのは私自身だった。そしてそれは……今夜だ。 」



竹林が激しい風に揺れながら擦れ合う音とともに…遠くから空虚でもの悲しい笛の音が聞こえてきた。
音はしだいに鮮明になった。

まるでゴンを呼んでいるかのように…



「 謀反の夜に聞いたあの笛の音が…聞こえ始めた。」



笛の音に導かれ、ゴンは走り出した。






ザキング 永遠の君主
   35.「想思花の花言葉」

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