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ザキング 永遠の君主 31.「いつか、永遠に」

手を繋ぎ合ったまま、ゴンとテウルは聖堂へ続く道を歩いた。
ほのかな照明が辺りを照らし、樹齢を感じさせる古い木々が聖堂を守るように取り囲んでいた。


「 君の世界へ行ったときに探してみたら、この聖堂だけが二つの世界で唯一同じ場所にあったんだ。」

「 ほんと?どうしてこの聖堂を探したの?」

「 ここは私の両親が結婚した場所なんだ。 」


テウルは辺りをもう一度見回した。
こじんまりとした聖堂がなんだか特別に感じられた。


「 父上はセミナーで講演する母上を見て一目惚れしたそうだ。世界科学アカデミーのセミナーだ。母上は科学者だった。」

「 お母さんに似たんだ? 」

「 ああ。父上はプロポーズしたが、母上はカトリック信者だったんだ。それで父上はこの聖堂に通って6ヶ月間教理を学んだ。一度も休むことなく、毎週ここで… 」


初めて聞いたゴンの両親の話を、テウルは不思議な気持ちで聞いていた。
ゴンがロマンチストなのは父親に似たようだ…そうテウルは思った。


「 そうして二人は結婚し、私が生まれた。母上は三年後に亡くなったそうだ。元々体がすごく弱かったと。私の記憶にはない…すべて人づてに聞いた話だ。誰かに話すのは初めてだが、君に聞いてもらえて良かった。」


テウルは感心した目でゴンを見上げた。


「 立派に育ったね、イ・ゴン。ほんとに私たちは色んな事を省略し過ぎたね。……私が5歳の時、

「……?」

「 父さんと母さんは一緒にあの道場を始めたの。母さんはすごく人気のある師範だったんだけど、癌で…。母さんの黒帯は…私が引き継いだ。」



「 ……立派に育ったな、チョン・テウル。」


ゴンは繋いでいたテウルの手を強く握った。
取り合った互いの手から、互いの暖かさを感じた。

その時、建物の見回りをしていた若い神父がゴンに気付いて近づいてきた。
その目には驚きの色がありありと見えた。


「 こんばんは、神父様。」

「 いらっしゃるという連絡を受けていなかったもので…!」

「 公式日程ではありません。 近くまで来たので寄ってみました。……ところで、神父様は秘密を守れる方ですか?」

「 …え?あ…はい、神様は私の口に番人を立てられ、その門を守れとおっしゃいました。」

「 では写真を一枚撮っていただけますか?…彼女の写真が欲しくて。」


思いもよらないゴンの言葉にテウルは驚いた。
ゴンも自分と同じように写真を欲しがっていたという事実は、テウルの胸を熱くした。
神父は驚きを消してすぐに答えた。


「 もちろんです、陛下。 秘密は必ず守ります。」


ゴンは自分の携帯を神父に渡した。
神父が写真を撮るため後ろに下がっている間に、ゴンはテウルの肩をぎゅっと抱き寄せた。
初めて一緒に撮る写真だと思うと何だかぎこちなくもあり、テウルはちらりとゴンを見上げた。
ゴンはそんなテウルを見て微笑んだ。
その笑顔に緊張を解かれたテウルは、ふわりと口元を綻ばせた。

テウルの嬉しそうな笑顔がゴンの心を満たした。
二人の顔に穏やかで愛らしい笑みが浮かんだ。


「 撮ります!スリー、ツー……












神父の言葉は続かなかった。


時間は………またも止まった。



風に吹かれ小刻みに揺れていた木の枝も、神父が着ていたキャソックの裾も、テウルの髪も…何ひとつ動かなかった。
ゴンはたった一人、止まった時間の中でテウルを包んだまま立っていた。

止まったテウルの笑顔は美しかった。



黄色い銀杏の木の下で髪を結おうとしていたテウルをこうして眺めた時を思い出した。
あの時は美しいものを見れたことがただ嬉しかった。
これまで何度もテウルに恋をしたが、あの時のその瞬間もまた、ゴンがテウルとの恋に落ちた瞬間のひとつだった。

けれど、それは「瞬間」だったからこそ美しく嬉しい出来事だった。
いつまでも止まり続けるテウルを見るのはあまりにも辛かった。


ゴンは頭の中でオイラー数を数え続けた。
永遠に止まるかのような時間の中で、ゴンだけが独りだった。
愛する人を隣に置いていても、地球から宇宙へ一人投げ出されたかのような孤独な時間が、ゴンを絶望的な寂しさの底へ突き落とした。

周りを守る近衛隊員も、遠くの道を歩く人も、全員止まっていた。
こうしていつか本当に…時間は永遠に止まるのだろう。
ゴンとイ・リムだけを除いた世界が…



溢れた涙がゴンの頬を伝った。
ゴンは急いで涙を拭うと、深呼吸してからもう一度テウルの肩に腕を回した。

何もなかったかのように…
最初のように…

笑ってみせた。



4,489秒。
1時間14分49秒が過ぎていた。




ふっ…と時間が動き、風が走った。



……ワン!」



神父の声とともに、テウルとゴンの暖かいひと時が…写真の中に残った。







あなたは
なぜそうなさるのですか
たった独り
小川の早瀬に座り込むと

青々とした草の株が
生え出ていて
小波が春風に
かき回される時に

あまり遠くへは
行かないとおっしゃった
そう約束したはずです

毎日 小川の早瀬に
出てきて座り
とめどなく
何かを想っています

あまり遠くへは
行かないとおっしゃったのは
決して忘れるなという
願いなのでしょうか


“小川の早瀬” / 金 素月





       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





寝殿の窓伝いに雨水が流れ落ちた。
ゴンとテウルが宮殿に戻ってきて間もなく、雨は降り始めた。
雨粒が窓を叩く音が響く中、テウルはファン教授の助手から残った傷の治療を受けていた。
ゴンは後ろからその様子をじっと見守った。
もしかすると傷跡が残るのではないかと心配していたゴンだったが、幸いなことに日ごと傷は癒え、傷跡も次第に薄れていった。

ベッドにもたれながら腕を預けていたテウルの視線が、部屋の片隅に置かれている剣に触れた。
四寅剣はガラス製の箱に保管されていた。
テウルを助けに来たゴンの手に握られていた、あの剣だった。

ぼんやりと深い考えに浸っていたテウルの耳に、治療を終えた助手の声が届いた。


「 終わりました。薬は3日分ですが、抗生物質が入っているのでお酒は厳禁です。…あ、先程ご質問を受けまして… 」


ゴンの視線に振り返ってそう答えた助手は一礼し、持ってきた道具を抱えて退室した。

ゴンは呆れた顔でテウルのもとへ近づき叱責した。


「 酒だと…?」

「 あー…消毒消毒!一杯だけだってば。血行が良くなれば傷の治りも早まるかと思って。…はぁ、急に疲れが……そろそろ出てって。もう寝るから。」

「 何度も言うが、ここは私の部屋だ。」

「 あ…そうだった。……?じゃあ今までどこで寝てたの?」



「 …ここで。 」


ゴンはベッドに腰かけて答えた。
テウルの目がウサギのように大きくなった。


「 ここで…?どうやって? 」

「 君が寝たら隣で。ベッドはこんなに広い。」


平然とそう答えて顔を近づけてくるゴンの肩を、テウルはぴしゃりと叩いた。


次の瞬間


窓辺に激しい雷鳴が轟き、ゴンは大きな呻き声とともに肩を押さえて崩れた。
テウルは眉をひそめた。


「 大げさな…そんなに強く叩いてないでしょ?」

「 はぁ…ここが火で焼かれたように痛むんだ…ヨンから傷の話を聞いただろ!? 」



「 …ほんとに?見せて、どこ? 」


手を伸ばしたテウルは、ゴンが羽織っていたローブの襟をサッと引き下ろした。
と同時に、荒い音を立ててまたしても雷が落ちた。
ゴンの肩に現れた傷は、稲妻の如くビリビリと光を放った。
息を吐きながら唇を噛みしめたゴンの口からは、苦痛の声が漏れた。


「 なんなの…これ… 」


テウルは驚きと不安の声をあげた。

そして稲妻が空を切り裂いたその瞬間、苦痛を感じたのはゴンだけではなかった。
地下の監獄にいたイ・サンドは、わき腹を走る痛みに耐えられず床をのたうち、造船所を歩いていたギョンムは初めて感じた激痛に足首を押さえながら倒れた。
燃え上がるような苦痛を残す傷…それは刻印のようにイ・リムの顔にも現れていた。
それは”傷”というよりは”目印”に近いものだった。
ゴンは痛みに耐えながらテウルを見上げた。


「 稲妻が走る道を通った副作用のようだ…君は大丈夫なのか? 痛くないか…? 」


「 うん…私は大丈夫だと思うけど。」


心配そうにゴンを見ていたテウルは急いでシャツのボタンを外すと、ゴンに自分の肩を見せた。


「 見て、私にも傷がある…!? 」


突然目の前に現れたテウルの白い肩に、ゴンは思わず顔を背けた。


「 びっ…くりさせるな… 」


「 夏になればこれくらい出すでしょ?ちゃんと見てってば… 」


そう言って、テウルはさらに肩を出した。


「 だからやめろって!はぁ…こっちの方がもっと辛い。………君にはない。」


慌ててぶつぶつ言いながらも、テウルには傷がないことにゴンは安堵した。
特定の人にだけ現れる副作用なのか、次元を超えたからといって必ず現れる傷ではないようだった。


「 …もしかしてあれとか? 」

「…? 」

「 例えばほら、よく言うでしょ… “雷に打たれる奴(バチ当たり)”って… 」



「 …打ち首にするぞ。 」


ゴンは片方の眉をつりあげて険しい顔をして見せた。
しかしテウルは動じることもなく、瞬きすらしなかった。
当然のことだった。
ゴンが自分に怒るはずがないと分かっていたから…

テウルはむしろずうずうしく首を突き出した。


「 やってみれば? 」


なめらかで真っ白な首がゴンの前に差し出された。
テウルが意地悪な笑みを浮かべたのも束の間、



………!!!



一気に近づいたゴンがテウルの首筋にキスをした。
他人が触れることのない薄い肌の上に柔らかい唇が、熱い息が、濃く触れた。
驚いたテウルは声を上げた。


「 ちょっと!これは違……ッ!


反抗しようとするテウルの口を、ゴンは唇で塞いだ。
ゴンがいつも我慢している気持ちというものをテウルは知る必要があった。



「 私に向かって “ちょっと” “あんた” “あれ” “これ” と言えば打ち首だと何度も言ったはずだ。 」


「 …ほんとにぶっ殺……ッ!


言葉の端はゴンの唇の中に飲み込まれた。


深いキスを落としながら、ゴンはテウルの体をそっと押した。
開いた唇の間を熱い息が往復し、緊張したテウルの手はゴンの袖を強く握りしめた。

ゆっくり唇を解放したゴンは、ベッドに横たわるテウルの顔をじっと眺めた。
しかし頰をなぞっていた指が唇に触れた時、我慢出来ずに身体を沈め、赤く色づいた唇を再び飲み込んだ。






ザキング 永遠の君主
   31.「いつか、永遠に」

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