見出し画像

アナログバイリンガル

交渉は硬直状態。会議画面を絶望が覆った。
画面の隅に小さく映ったおじさんが「駄目元で、先方と直接会って話できませんかね」と言った。
失笑、驚き、舌打ち。画面は混沌とした。
しかしメガネ越しで大きくなったおじさんの眼は至って真面目だった。

いま、おじさんは先方のおばさんと肩を並べて座っている。あろうことか、おじさんは自動同時翻訳システムは使わないと言い、そんな悪い冗談をおばさんも冷静な眼で了解してしまった。
おじさんは紙に図やら文字やら書きつつ、外国から来たおばさんに訴えている。いくら日本語で言っても、分かる訳ないのに。額に汗をにじませたおじさんからは、松の葉、使ったサラダ油、洗剤の匂いがした。

おじさんが静かになると、じっと聞いていたおばさんはうむとうなづき、おじさんと手を握りあった。動画で以外、握手は初めて見た。

おばさんが帰国後、なぜか交渉は妥結した。
おじさんは今日も画面の隅で、クリクリした眼で斜め左上を見つめている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?