【あなたはアートですか?】#デジタルにできることはまだ、あるかい

このノートはデジタルハリウッド大学における、落合陽一氏による特別プログラム「メディアアート」の成果発表展示会のための作品説明である。

あなたはアートですか? 木ノ下 椋一

今回私が出展した「あなたはアートですか?」は、あなたが目の前のモニターに映る映像へ様々な加工をしながら、その映像があなた自身をもとに構成されていることに気づいていく、構成されていることを意識していく作品である。
作品の仕組みは、Webカメラで目の前にいる人を映し、それを VJ(ビデオ・ジョッキー) ソフトの"ArKaos GrandVJ 2"で加工、スクリーンに表示するという単純なつくりとなっている。あなたはモニターの前に置かれている白いコントローラ、"KORG nanoKONTROL 2"を操作してモニターに映る絵面を変えられる。あるときは元のカメラ映像がわからないくらいに加工されるが、操作次第で元のカメラ映像がわかりやすくなる。
さて、私たちはデジタル技術の発展によって、ありとあらゆる場面、人物をカメラに映し、記録や資料、または面白がったり悦んだりするためのコンテンツ等へと昇華させるようになった。Twitterのハッシュタグの#SHIBUYAMELTDOWNも、カメラアプリSNOWも、他人や自分の姿を投稿や加工により1種のコンテンツへ昇華させている一例の1つだ。#SHIBUYAMELTDOWNは街の人々のどうしようもない姿を映している写真たちで、失礼な言い方だが、ここでは被写体の方々がすでにコンテンツと化していて、写真はそれを切り取った二次創作のように見える。一方でカメラアプリは、自分の顔を1つのキャンバス、材料にしてオリジナルのコンテンツを創造しているとも言える。顔・身体と写真、果たしてどちらが親鶏で、どちらが卵なのだろうか。
この作品では、カメラをどう意識するかどうかで、親鶏と卵、そのどちらにもなり得る。歪み、壊れる自分の顔を見て面白がるあなたの表情も、ある視点からすればコンテンツだ。偶然カメラに映りこんだ素通りする人の姿も、ある視点ではコンテンツとなる。そういったカメラをあまり意識していない姿の映像を加工して表示するならば、カメラに映る人、あなたは1種のコンテンツであり、また、意識せずコンテンツを作っているではないだろうか。逆にカメラを意識し、自分がどう映るのか、周囲の人物がどう映るかを考え、そうして得た映像を加工するならば、あなたはコンテンツの材料と言えるだろう。
人は意識せずともコンテンツを作れるのか。
それともコンテンツの材料になるだけなのか。
そして、あなたはアートであろうか?

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