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アメリカ スシバー おぼえがき

職業、板前。

北米西海岸に来てすでに、20年以上の時が過ぎた。
日々の生活に必要な金銭は、調理人として稼いでいる。
ここ20年の間に、サンフランシスコでも日本食を出す店はかなり増えた。

日本からの出資による本格的なものから、
つい最近まではこちらが主流だった、テンプラ、テリヤキが看板商品の店。
ラーメン、焼き鳥、職人が打つ手打ちそばの店など、種類もかなり豊富になった。

経営者の人種もかなり変わって、日本人店主は現在、少数派。
中国、韓国、モンゴル、タイなどの人々が、彼らが知ってる Japanese cuisineを提供している店も中にはあるので、
和食とは似て非なるものを出しているところもある。

かような店は、名前の方は日本風だったりする。
Ginza、オオサカ、トヤマなど、
面白いのは、日本の有名店の名前をそのまま拝借している所まで。

銀座の名店、水谷や、新橋 第三春美鮨 (harumi sushi) まで。
いずれも本家と無関係、というのは品書きをみればわかる。
横浜家系ラーメンなどというのもあるが、
家系創業者がみたら、怒り心頭となるようなメニューの内容。

韓国人がオーナーだった場合、すぐにわかってしまうこともある。
彼らの品書き、何処かに必ずキムチが潜む
彼らにとってのソウルフード。
キムチなしでは食事はできぬといったところか。

これだけ、寿司屋が増えた背景には、
大した技術は不要となって、手軽に始められるようになったというのが大きな要因の一つ。
すしロボットを駆使する店もある。
こちらばかりは、今のところ日本製だが。


魚屋では、うろこ、内臓の処理などはもとより、はじめから、切り身になったものまで売っている。
今や魚をおろせなくても、寿司屋を始めることができる。’
都市部は握りやおまかせが、人気となってはいるものの、
大多数の客層の求めるものは、以前と同じく、アメリカスタイルのロール。
日本の変わり巻きのようなもの。
シャリの硬さや温度がどうした、などというお客は滅多にいない。
ニューヨークでは、事情は多少違うようだが、一般アメリカ国民が望んでいる寿司、日本人からすれば、かなりおかしなものも含まれる。

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例えば、このライオンキングなる巻。
今は少し下火となったが、巻いたお寿司を、オーブンで焼く。
お味の方は? ご想像にお任せだ。
今時人気のお寿司なら、メキシコ料理とのハイブリッド、寿司ブリトーが人気を誇る。
(ややこしいのだが、ブリトーはアメリカ風のメキシコ料理、薄いパン状の生地に、豆や肉が入って、食べ応え十分)
和食イコール健康、といった図式がアメリカ人の中では出来上がっているので、とにかく寿司は、形はどうあれ体に良い、と考えているようだ。

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一年ぐらいどこかの店で、下働きをして出店するものもいる。(資金繰りは別の話だが)
中にはYouTubeでいろいろと覚えて、開店にこぎつけるのもいるので、
まー面白い時代になったと思うが、それをお金を払って食べさせられる方は、たまったものではない。
焼き鳥でも。寿司でも、ここでは安くない。
最近流行りの、おまかせが主流の店など、少し飲んで食べたら、300ドルほど。
銀座の名店なみだ。
アメリカで、OMAKASE が広まったのは、例のすきやばし次郎の映画からだろう。
自分は、日本を訪れる時は、必ずすし屋巡りをするが、おまかせ一本の店はいかない。
一日平均、4軒ほどまわるので、量の関係もあるが、昔ながらの”お好み”で
その時期の魚を好きなだけ食べたいからだ。
前回の”鮨巡り”で訪れた、東銀座某所の”にはまぐり”のすしは、
人生の最後に食べたいものリストの中に入っている。

ここまで鮨文化が浸透してきたのだから、せめて最低限の日本的な衛生観念を身に着けてもらいたいものだが、今までこちらで見てきた限りでは、まだ難しい。
だが最終的にはお客側が選ぶのだ。
人気店であっても、料理の良しあしとは全く関係ないところもある。
そういう訳で、自分は余程信用できる店以外では、和食は口にしない。
同じお金を落としていくのなら、日本各所の年季の入った職人の鮨を食べたいものだ。

自分はここ数年、地元のオーガニック系のグロッサリーストアで、製品開発に携わっているので、スシバーの”つけば”に立つことはなくなったが、
20年以上、カウンターの内側から様様な人々を見てきた。

ここアメリカでは寿司屋のことを、スシバーと呼ぶのが一般的。
割烹着や、シェフコートを着て、仕事をしている職人も増えたが、現在でもTシャツにエプロンといった、カジュアルなところが結構ある。

最初に働いていたところは店主が昔、東京のある割烹で長い間修行していたので味は確かだったし、料理に対しての姿勢は厳しいものがあり,
自分も幾度か怒鳴られた記憶がある。
アメリカでは珍しいおせちの仕込みを、現地の日本人向けにやったこともあった。
そうはいっても、ここはアメリカ。
料理、味、衛生面など、基本的なことをしっかりやっておけば、
大将のヒデさん、あまりうるさいことは言わなかった。
昔堅気なところがあり、自分も含めた従業員の面倒見もよかったし、
それに何よりお祭り気質というか、騒ぐのが大好き、となかなか人間味のある人だった。
そんな店主の店なので、客層もかなり多様だった。


銀行の頭取、シンフォニーの様々な楽器演奏者、スポーツ選手、女優、俳優などの、社会的地位のある人間から、一般の騒ぐのが好きな大学生まで。
誰が来ても、ヒデさんは同じように接していた。

スシバーというだけあって、ここでは板前は話がうまくないと務まらない。
アメリカのバーで働くバーテンダーと同じような役割だ。
寿司屋にきて、スシバーに座るお客は一部の例外を除いてみんな板前と話すのが好きだ。
個人的なことから、世間話など。
自分はすでに、英語は話すことはできたが、発音、現地の言い回しなどの面でかなり勉強になった。

板前以外の、サーバー達にとっても”カスタマー”との会話は、重要な役割を果たす。
お客が会話によって気分がよくなると、チップの金額もあがることが多々あるからだ。
チップ収入、こちらの飲食店は馬鹿にできない。
今でもかなりのサーバー(ウエイター、ウエイトレスのこと)は、
給料よりもチップが主な収入源だろう。
人気店のサーバーで、一晩の実入りが200ドルから300ドルになることも珍しくない。
コミュニケーションに彼らの生活が懸かっているのだから、
フレンドリーにもなるし、常連客に対しては特別扱いもする。

バーカウンターに座るのは、様々なバックグラウンドの人々。
有名人もちらほらと、みえる。
共通していたのは、有名無名、皆、友達感覚で板前に接してもらいたいといったところだ。

ミスター何々などというのは、初めのうちで、すぐにファーストネームで呼んでくれと言ってくる。こちらの名前も聞いてきて、会話の内容も友達との日常会話の様になる。
年配者でもそれは同じであり、日本での習慣からか、名前を呼び捨てにするというのは最初は抵抗があったが、すぐに慣れた。

それに加えて、こちらでは一部の高級店を除いて、結構な確率で板前に、ビールや、酒などをすすめてくる。
一緒に飲んで楽しもうといった趣旨だ。
若い時分だから良かったが、
Hさんは50代に近づいていたが、一杯どうだと言われれば、
断ることは滅多になかった。

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