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『Destiny Street Complete』の余白に

2000年初め頃、ヘルはヴォイドイズの2nd『Destiny Street』のベースとドラム、そして2本のリズムギターを収録したテープを発見する。常々、そのアルバムの出来栄えに不満を抱いていたヘルはそのベーシックトラックの上にギターソロやヴォーカルを重ねてリペアーしようと思い、クワインの許可をもらう。ところが2004年、クワインの自殺それから2009年にクワインの相方のギタリストNauxも病死という不幸に見舞われ、改築作業は頓挫しかかる。が、ヘルの妄執は治まらない。クワインの生前、クワインの名前を冠した数少ない(3枚)のアルバムの1枚に相方として選ばれた?マーク・リボーと生前セッションするなどして交流のあったビル・フリゼールそして初期ヴォイドイズの相方アイヴァン・ジュリアンで当時のツインギターをリプレイス(差し替え)することを思いつき、意志を貫いた。そして2008~2009年にかけて作業は遂行され『Destiny Street Repaired』として発表される。

2019年『Destiny Street』の24トラックのマスターテープが発見される。残念ながら10曲中7曲のみで残り3曲は見出されなかった。

今回『Destiny Street Complete』として発表されたのは、まずオリジナルヴァージョンのリマスターとリペアードのリマスター(CD1)それから2019年に発掘されたマスターテープのリミックス(2021)7曲+残り3曲はリペアードのリミックス(2021)と1979年にニック・ロウのプロデュースでRadarから発表された7インチ「The Kid The Replaceable head」の両面2曲と1980年にShakeから発表されたNeon Boysとのカップリング7インチの片面2曲それからDEMO7曲にロバート・クワインの追悼ライヴでアイヴァン・ジュリアンとのデュオ(ヘルはピンヴォーカル)で披露された「TIME」(CD2)。完全未発表なのは上記「TIME」と「Staring In Her Eyes」のDEMOの2曲のみだが、既出作品もリマスターされ、リミックスされているので全曲未発表といっていいかも。


さて、前置きが長くなってしまったが、ここからが『destiny Street Complete』の所感です。

まずCD1のオリジナルヴァージョン。
とっくの昔にアナログ盤は売ってしまったので単品CDとの比較でいうと、リマスターされて音質と音圧が上がっていい感じ。個人的には2nd派で、LP擦り切れるほど聴いたのでとりわけ今更何も言うことはないけど、改めて大好きっていうバカみたいな感想しかありません。

問題のリペアード...
聴きなれた冒頭の「The Kid~」のギターフィードバックがないっ!っておもう暇なく単純化されたリフが登場してずっこけた。ヘンなコーラスまで追加されてるし...聴き進める毎に違和感が増していく。...思えばこの作品が最初に発表されたときに再発と思って買おうとしたが、クワインのギターソロが差し替えられてることを知り、何てバカなことをするんだ!と怒って買いやめたんだったな...もちろんリボーもフリゼールも皆がよく知るvirtuosoだし、クワインをリスペクトしていることは演奏自体に表れてて腐すつもりはないが、どうしようもない違和感...それと位相の違いかトラック数は変わらないのかもしれないがギターがやたら多く感じる...「Ignore That Door」冒頭のヘルの「ワォーアチャチャチャチャチャッ」って雄叫びも再現されてないし、取り直したというヘルのヴォーカルも精彩がない(オリジナルヴァージョンの方が溌剌しとしていて勢いがある)。ヘルのヴォーカルのファンでもある(ベーシストとしても好き)のでソコも残念...良いとこないじゃん...じゃあ何でこんなことをヘルがしたのか?と考えたことがこの雑文を構想した始まりです。

まず、以前訳したクワインのインタヴューから2箇所引用します。

「マテリアルで一緒にプレイしていたフレッド・マー、Naux―本当に素晴らしいギタリスト、ベース(ありがとう、神様)のヘルという本当に良いバンドが集まったんだ。1週間ほどリハーサルをして、ベーシックトラックを作った。81年の初めには完成したんだ。金銭的な問題があって、スタジオはテープを1年ほど保管していた。ベーシックトラックを作ってスタジオをブッキングしてもらった後、ヘルは(個人的な問題で)1週間半ほど姿を消した。俺とNauxは1週間半の間にオーバーダブをしてもらったんだ。それで一旦、自分の作業から解放された。おわった後は、ミックスに何も付け加えたくなかったんだ。ギターが渾然とした感じだったからね。聴衆の反応を考えると、このレコードは悪くない。最初のアルバムほどではないけどね。「Time」は本当に良かったよ。」(ロバート・クワイン)

「『ブランク・ジェネレーション』はよく持ちこたえていると思うよ。ヘッドフォンで聴くと、ギターとの戦いの賜物だよ。やりがいがあったよ。あのアルバムは2回作ったんだ。77年の春にエレクトリック・レディでやったんだけど、その時の方が音が良かったんだ。サイアーがワーナー・ブラザースと流通契約を結んでいたからリリースが延期されていたんだが、ヘルの答えは「もう一度アルバムを録りなおそう」ということだった。俺らはプラザ・サウンド・スタジオに行ったんだけど、音はあまり良くなかったよ。」(ロバート・クワイン)

クワインの発言からわかるように、ヘルが不在(「個人的な問題」とクワインは気を遣って言ってるが、当時ヘルは重度のドラッグ中毒だったらしい)の間にギターソロ等のオーバーダビングを終了し、インタヴューにはないがスタジオに戻ろうとしないヘルを無理クリ引っ張ってきてヴォーカル入れをして作業を終わらせたようだ。そして「ミックスに何も付け加えず」、「渾然」としたギターサウンドをクワインが気に入っていたこともわかる。となると、ベーシックトラックを2001年~2002年位にヘルが発見した際にギターソロの「置き換え」をクワインが許可したというヘルの証言と整合しなくなる。あの頑固なクワインが納得した自分のギターソロの録り直しに何でOKするんだろう?しかも「何も付け加えたくなかった」とまで言ってるのに?ちなみにこのクワインの発言は1997年で、ヘルが話を持ちかけたのはたったその4年後くらい。併せてクワインの2番目の発言で『Blank Generation』も現行の発売されたヴァージョンではなく、77年の春の初期ヴァージョンの方が気に入っていたことがわかる。相方のNauxもこの録音についての発言ではないが、ファーストテイク主義者だったと共演者が証言している。となると、リペアーしたいと考えていたのはヘルしかいないことになる。ここからは私の妄想でしかないかもしれないが、2ndの出来栄えではなく、オーバーダビング作業に全く関わっていないことがヘルの「不満」の内訳で、ヘルには作品の良し悪しの判断能力がほとんど備わっていないのではないか?というコワイ疑問に行き着いてしまう。クワインが生きてたらおそらくリペアーはできないし、奏者としては「間違いがない」リボーやフリゼールそして初期メンバーのアイヴァンを使えば自分が作曲したという権利を行使して監修したという満足感も得られる。実際、奏者を選定するだけで、ヘルはリボー達に演奏の指示はいっさいしていないとインタヴューで言っている。ちょっと穿ちすぎで、意地悪な意見かもしれないがこれがリペアードヴァージョンを聴いて思いついた感想です。率直に言ってこの改築作業は「愚行」だと思います。じぶんはオリジナル原理主義者でもなんでもないんで、作品がよければ問題ないとおもっているんですが、こりぁクワインが聴いたら棺桶から戻ってきて怒声を浴びせるに違いないな、と。ただ「珍品」として後から味が増すかもしれないと冷静を装って言っておきます。

とここまで書いて後味が悪いからという訳ではないんですが、CD2のリミックスはホントに素晴らしい出来で、これを聴く為だけでも「買い」です。オリジナルヴァージョンを最初に聴いたとき気になっていたリバーブ過多の80s的なドラムサウンドが押さえ気味になっている他、ギター音もより生生しく鳴ってて最高です。ただ残念なのは3曲がマスターがなくリペアードヴァージョンになってること。そこ混ぜないで、オリジナルヴァージョンのリマスターで繋げてほしかったな...

未発表の『Staring In Her Eyes』のDEMOはアルバムヴァージョンには及ばないけど、ギターフレーズ、ソロのアイデアの原型が確認できてよかったです。しかし、『Staring In Her Eyes』のマスターが散逸しているというのはホントに残念。個人的にはルー・リードの『Home Of The Brave』と並んで一番好きなクワインソロなもんで...

そして、もうひとつの未発表『Time』のアイヴァン・ジュリアンとのデュオによるクワイン追悼ライヴでしんみりしてCD2はおわります。

リチャード・ヘルさん!いろいろ言ってホントごめんなさい!なんだかんだいってもあなたが大好きです!そして『Destiny Street Complete』作ってくれてありがとう!


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