教育を「哲学」する。

教育思想・哲学を研究しているつもりです。情報哲学もやります。メモ程度に好き勝手書きます!好きな思想家は、イリッチ, フーコーなどなど。

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    • 教育×哲学

      教育哲学・教育思想に関する記事です。能力主義・学歴主義批判や脱学校論、政治哲学など。 優生思想批判などの応用倫理学も扱います。 好きな思想家は、イリッチ、アリエス、フーコー、マルクス、フレイレ、サンデル、バーグ、サルトル、ニーチェ、ウィトゲンシュタインなど。

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    • 教育制度・政策・行政・法

      教育制度学・行政学に基づいた議論や話題をまとめています。

    最近の記事

    18歳の禁酒、禁煙は正しいのか。

    禁酒法による信教の自由の侵害 まず、前提として自由主義は本来、個人の自由を政府が法律によって制限することに極めて慎重な立場を取る。したがって、年齢を問わず、すべての人間に平等に飲酒したり、喫煙したりする自由がある。これを制限するからには、相当の理由が必要である。飲酒および喫煙の理由は、あるいは宗教的なものであるかもしれないし、例えば16歳になったら大人として認められるための飲酒を伴う宗教儀礼がある場合には、20歳未満の禁酒法は信教の自由を侵害していることになるのである。

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      • バカにされる高校生

        「高校生なのにすごいね」というのは差別だとずっと感じていた。10代後半の者は賢くて当たり前だ。社会が高校生の意見を軽視し始めたのはいつからだったのだろう。 政治的混乱と高校生の社会関心 ここ数年の若者は、社会に関心を持つようになっているように思う。むしろ、社会に関心を持たざるを得ないような状態に追い込まれている。それは、経済停滞・若者の貧困であるとか、環境問題であるとか、戦争の問題、ジェンダーの問題であるとか、自分たちの将来や生活が関わった切羽詰まった問題に直面しつつある

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        • 脱テレビの時代〜中央集権の学校から自立分散の独学へ〜

          もう「先生」は必要ない 若者はテレビも見なければ、新聞も読まない。私が印象的であったのは、ジャーナリズム研究の権威ある人々が、学生に対して「新聞を読みないさいと言うことを諦めた」という話を聞いたことである。確かに、特に新聞は読んでおいた方が良いと私も思う。それでも、もう新聞が多くの人に読まれることはないだろう。私たちは、これから個人化された情報社会を生きていかなければならない運命なのだ。それは、テレビや新聞のような「みんなが同じ情報をある程度共有している社会」から次の社会に

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          • 「自由放任」の子育て〜哲学的子育て論〜

            私はこのフリードマンの表現を目にしたとき、あまりにも衝撃的であった。昔からあった「親」や「大人」に対するモヤモヤが一気に晴れた気がしたからである。つまり、親たる大人は子供のことを商品として消費するのである。またそれは、子供が生まれる前段階においては、経済資源を好きなように消費する自由によってそれが保障されていると言う。しかし、子供が生まれれば、その自由は強力な制限が加わることとなる。その制限とは、子どもの主体としての自由によるものである。自由は、他者の自由によってのみ制限され

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          記事

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            子どもを何人産むか、計画することは哲学的に許されるのか?

            私が最近よく考えるのは、子どもを産むか否か、何人産むかということを考えること自体が哲学的に許されることなのかということです。ここでの「子ども」はまだ存在していない客体であり、パターナリズムだとすることはできないように思います。 自由至上主義者のミルトンフリードマンは、親は子どもを特殊な形のサービスとして消費している、と主張します。私は、(非常に嫌なことですが)これは正しいと思っています。つまり、現在では避妊することは当たり前になっているし、子どもを何人産むか、あるいはそもそ

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            イリイチの「政治団体への加入、教会への出席、血統、性的習慣あるいは人種的背景について調査が禁止されているのと同じように、個人の学歴調査を禁止しなければならない。」 っていう言葉が衝撃だった。中卒、高卒、中退などの学歴は差別の対象で、セクシャリティと同じようにプライバシーなんだと

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            最善の教育政策は、現金給付かもしれない。

            憲法26条は、我々の教育を受ける権利を保障している。しかし、これは学校に通う権利を指しているのではない。学校制度は、教育を受ける権利を保障する一手段であって、それ以外にも図書館を設置するとか、議論できる公益施設を設置するとかも当然含まれるわけである。 現金給付は、教育政策になり得る。 教育支援の方法として、学校制度を整えるよりもむしろ現金給付が良いのではないかという議論は昔からある。これは学校制度を悲観的に捉える人々によって主張されてきたものである。確かに、学校は変化の激

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            マイナンバーとは何なのか?〜税番号か?社会保障番号か?〜

            2024年までに健康保険証を原則廃止し、「マイナ保険証」にしていく方針が発表され、大きな批判が集まっている。このことについて考察したいと思う。 私がまだ学部生だった頃、憲法学を宮下さんから学んでいた。非常に冷静な方で、情報法を専門に主にEUやヨーロッパにおけるプライバシー権を専門とする研究者である。 宮下さんはマイナンバー制度に反対していない。個人的には、プライバシー権を専門にしている研究者がマイナンバーを批判していないのが不思議であったし、そこに興味深さも感じた。結論か

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            所属(学校・会社)の哲学〜独学する難しさ〜

            私たちは、自分や他者が何者なのかを確認する時、「所属」を知りたがる。よく考えてみれば、これはいったいなぜなのだろうか。なぜ私たちは自己紹介の時にわざわざ所属大学名を言うのだろうか。専攻を紹介するならまだしも、学校名を紹介して何になるのか。あるいは、(学ぶことは学校でなくても当然できるのだから)学校に通っているかどうかすらも本来ならばどうでも良い情報なのに、会話は学習者が学校に通っていることを前提に話が進むか、学校に通っていないことを知ると不思議に思われるのである。 現在では

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            学校で「評価」は必要ないのか。〜「教育を受ける権利の保障」と「人材育成」は全く違う〜

            例えば体育の授業において順位をつけるか否かで論争が生じることがある。この評価の必要性については、様々な意見があって当然だと思う。 学校で生徒に評価をしない方が良いという意見に対しては、多くの者による「社会に出れば、評価はつきもの」という反論がテンプレである。これも経済社会においては、今のところ評価なしには機能しないから一理はある。 しかしながら、学校制度は人材育成のためにあるのか、あるいは教育を受ける権利を保障するためにあるのか、という学校施設の設置目的がすっぽり抜け落ち

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            学校がない国を想像してみる

            長久手共和国には大学がない 2050/5/17 この国には「大学に行く」という慣習はあまりありません。それぞれの地域には公益施設や地域共生ステーションがあり、誰でも集まっておしゃべりをしたり、学習会や研究会、読書会を主催することができます。このような学びのコミュニティには誰でもいつでも参加できます。主催されている研究会は、公益施設や図書館の掲示板に張り出されており、みんな自分の興味に近い集まりがないかをよく確認しています。世界史研究会や囲碁研究会、英語講座のように幅広い分

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            全く逆効果な教育政策ー教育が貧困を生み出すー

            ある日、参議院会館に当時の国政政党から一人ずつ議員を呼び、大学教育の無償化に関する議論をしていた時だった。計9名のうち、ほぼ全ての議員は大学を長期的には無償にする方針に賛成していた。しかし、自民党の議員、そしてNHK党の立花孝志氏の2名だけが反対に手をあげた。立花氏はある興味深い理由を述べた。 この懸念は、鋭い視点を含んでいる。事実、大学進学率が上昇するにつれ、中卒・高卒者の貧困は一層固定的なものとなっていた。最新の研究では、「子どもがいる割合」「子どもが三人以上いる割合」

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            「不登校」ではなく、私は「登校拒否」

            教育行政の中では、最近は登校拒否という言葉はほとんど使わない。長期間学校に登校しない者については、「不登校」と呼ぶのが通例である。多くの一般の人もそう呼んでいることだろう。 しかし、かつては「登校拒否」という言葉を使っていた。次第に「登校拒否」から「不登校」へと使われる表現が変わっていたのにも理由がある。それは、登校拒否=非行少年、サボりというイメージが定着してしまったからというものだった(らしい)。随分昔のことであるから、私個人としては登校拒否に非行というイメージはなかっ

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            私が何度でも言いたいことなのだが、「誰でも入れる大学」ほど素晴らしい大学はない。教育を受けることとは、権利であると様々な法で確認されており、本当なら入試をして落とすということは避けるよう努力しなければならない。だから、日本以外の国では「誰でも入れる大学」を積極的につくる。

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            金は命の次に大切なのか?

            確かに、現状の資本主義社会ではほとんどの人がお金がなければ衣食住を充足することはできない。だから、お金がなければ生活することすらままならない状況になり得る。しかし、このようなお金に依存した暮らしは、経済危機によって脆く崩れ去ってしまう危険性と常に隣り合わせである。それは、雇用されて生きている以上、あるいは「お金」によってサービスを消費してしか暮らせないという生活を送っている以上、つきまとう危険性であろう。 いつから家を自分たちで作れなくなったのか私たちが、自分たちの力だけで

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            【義務教育】小中学生の強制就学は許されるのか?

            学校は、12歳以下の者たちにとって、住民基本台帳を管理されている役所のようなものである。なぜなら、現在の日本国憲法下では保護者には教育を受けさせる義務が生じており、したがって、すべての日本国籍を持つ12歳以下の児童は、地元の小中学校に強制的に所属することになっているからである。 フリースクールに通っていても、学籍は小中学校にある。 現在の日本では、日本国籍がある以上、すべての12歳以下が例外なくどこかの小学校・中学校(または義務教育学校、中等教育学校)に所属している。例え

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