ロゴス #31
第31話『自らの床を担ぐ病人』
ある日のこと、イエスがペテロの家で話を始めると、多くの人がその教えを聞こうと集まってきたのだが、その顔ぶれがいつもとは大きく違っていた。そこにはパリサイ派の律法学者などもいて、重苦しい雰囲気に包まれている。
ツァラアト患者を癒した出来事は、国中に瞬く間に広がったが、この出来事は、それまでのイエスが行なっていた奇跡とは性質が違っていた。
ユダヤ人の考える奇跡は大きく二種類に分けられていて、一般的な奇跡(とは言っても奇跡には違いない)と、メシアにしか不可能と考えられてきた
メシア的奇跡
それまで、前例がなく、メシアが到来した時に果たされるであろうと、考えられてきた、特別な奇跡
があったのだが、ツァラアト患者の癒しは、まさにこのメシア的奇跡に該当する。特別な奇跡であったので、エルサレムから宗教的指導者が飛んできて、調査に乗り出したのだ。
その視線は、イエスを品定めするようで、非常に冷たいものであったが、イエスは気にとめる様子もなく、人々の病気を癒していった。
その様子を見て学者たちは驚いたが、どこかに嘘はないものかと、粗を探すようになっていった。
そんな時、頭上から
パラパラパラ…
と、砂のようなものが落ちてくるのに、人々が気がついた…
「なんか、天井から音がしないか?…」
それまで、イエスの話に没頭していたので気がつかなかったが、確かにガリガリと削るような音がして、パラパラと天井が崩れている…その音は次第に大きくなっていくのだった。
何事か?と皆が注目していると、ひときわ大きな音を立てて、天井が剥がれた…というか
剥がされた
空いた穴から外が見えると、屋根の上には複数人の男が立っている。どうやら彼らが、屋根のタイルを剥がして、穴を開けたらしい。あまりのことに人々は言葉を失っていた。一体この男たちは何がしたいのだろう?
すると剥がして穴の空いた箇所から、何かをつり下ろし始めた。
下されたのは人間であった…
〜少し前に遡る〜
一人の中風(脳出血などによって起こる、半身不随、手足のまひなどの症状)の人が四人の男に担がれて、ペテロの家の前までやってきた。イエスに癒してもらおうと思ってのことだった。しかし、すでに多くの人々が押しかけ、戸口のところまで隙間ないほどだったので、病人を運び入れることができなかった。どうやっても入ることができなかったので、家の屋根を登り、屋根のタイルを剥がし、そこから運び入れようと考えたのだった。
イエスの目の前に、その病人が下された時、イエスは彼らの信仰を感じて、すぐさまこう言った。
「人よ、あなたの罪は赦された」
その言葉を聞いた律法学者たちは、一斉に顔をしかめた。そして、フツフツと怒りが込み上げ、心の中で理屈を言い始めるのだった。
「この男は神を汚している」
罪を赦すことができるのは神だけである。であるので、この時、律法学者が神への冒涜だと感じたことは不自然ではない。しかしそれは
イエスが神でないのなら
という前提に立った考えである。
実は、イエスが罪を赦すと宣言したのは、その患者だけでなく、学者たちに向けての挑戦でもあった。自分は神の子(メシア)であると。そして、イエスには彼らの心の中の声が聞こえている。
「なぜ、心の中でそんな理屈を言っているのか?
『あなたの罪は赦された』
というのと
『起きて歩け』
というのと、どっちのが優しいか?」
唐突なイエスの質問に律法学者たちはたじろいだ。質問の真意もわからないので、答えあぐねていると
「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなた方に悟らせます」
と言って、患者に向かってこう言った。
「あなたに命じる…
起きなさい…そして
寝床をたたんで
家に帰りなさい」
すると、たちどころに人々の前に立ち上がり、床を畳むと歩き始めた。人々は驚き、不気味に感じたのか、その歩く人の道を塞ぐ人たちは散り、道が開けた。そして神を崇めながら、悠々と歩き去って行ったのだった。
律法学者たちは、イエスに食ってかかるつもりだったのだが、言葉を発する前に、その鼻を折られ、とうとう何も言わないままにその場を後にした。イエスの勝利である。
「私たちは今日、驚くべきことを見た」
病人が自らの床を担いで歩いていくというシュールな光景であったが、人々に与えたインパクトは絶大なものであった。
それぞれが、その驚きを噂していく中、エルサレムからの使者は、議会にどう報告するべきかと頭を抱えながら帰って行ったのだった…この日からイエスはパリサイ派の厳しい監視を受けるようになっていく…
…32話へ続く