ロゴス #1
第1話『イエスの先に生きる者』
〜時はユダヤの王ヘロデの時代(在位:紀元前37年 - 紀元前4年)〜
祭司ザカリヤは久々の大仕事に心踊らせていた。
神殿の”至聖所”で奉仕が出来る
至聖所というのは宗教的建築物の最も神聖な場所の呼称として幅広く用いられている。エジプトの神々を奉った神殿や、聖書の幕屋および神殿などにおいて、一番奥の部屋のことを指す。
至聖所に入ることは一介の祭司であるザカリアにとっては、滅多にないことであった。この日は運良く、くじに当たったのだ。
当時の祭司職は習慣としてくじで仕事を決めていた。その仕事の中で至聖所に入り、香を焚く仕事は激レアで、一生の内に一回有るか無いか
ザカリアが香を焚く間、残り大勢の祭司達(この日担当の祭司は700名ほど)は神殿を取り囲み、祈りを捧げていた。この時の主役はザカリアだ。至聖所に入って香を焚くのは、くじに当たった一人だけだった。
香を焚く係がその仕事を終えて、至聖所から出てくるまでの間、この700名ほどの祭司達は祈り続ける…それが習わしであった。
… … … … … …
だがその日は様子が違った…
ザカリアがなかなか出てこない…
中で何かが起こっている
しかし許された時以外に至聖所に入ることはできないので、残された祭司達はただひたすらに待つしかなかった。
命はないかもしれないな
そんなことを思いながらも、祭司達はひたすらに待った。この時代の律法とは、人間の命よりも重かったのである。また神の対しての法を守らないことは、命に関わることだった。ザカリアは神に対して失態を犯してしまったのだろうか?
『旧約聖書 レビ記 10章 1節〜2節』では神の命じとは異なった火を捧げたことで、香壇の前で焼き尽くされたという話が綴られている。裁きを与える御使(天使)は香壇の右手に立つ。
結果から言うとザカリアはしばらくして至聖所から出てきたのだが、その振る舞いは見るからに異常。彼はひどくやつれた顔で身振り手振りで訴えてきた…
ザカリアは声を失ったのである…
〜話は数10分前に遡る…至聖所内、香壇の前〜
ザカリアは恐怖で立ち尽くしていた
香を焚いて祈りを捧げている途中、気がつくと御使(天使)が
香壇の右手
に立っていることに気がついた。旧約聖書を熟知している祭司ザカリアは事の重大さに恐れおののいていた。
裁きを下す御使い(天使)は香壇の右手に立つ
御使いは静かに口を開いた…
「怖がることはないザカリア…あなたの願いが聞かれたのです…あなたの妻エリサベツは男の子を産みます、名を
”ヨハネ”
とつけなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなり、多くの人もその誕生を喜びます。彼は”主”の御前にすぐれた者となるからです。彼はぶどう酒も強い酒も飲まず、まだ母の胎内にある時から聖霊にみたされ、そしてイスラエルの多くの子らを”彼らの神である主”に立ち返らせます。逆らう者を義人の心に立ち戻らせ、こうして整えられた民を”主”のために用意するのです。」
御使いは優しい口調でこう告げた。裁きではなく、祝福の知らせだったのだ。
死を覚悟していたザカリヤは、安堵のため、気が抜けたのか、つい信仰に逆らうような本音を漏らしてしまう…
「私には起こり得ない出来事のように思います。何故なら私はもう年寄りですし、妻も年をとっております」
彼の妻エリサベツは不妊の女だった
彼らに子はなく、子を欲していたが、その願いが叶うことはなく、適齢期をとうに過ぎていた。妊娠はもう諦めていた。
その言葉を聞いた御使いの微笑みは消え失せ、そして答えて言った。
「私は神の御前に立つ ”ガブリエル” です。あなたに話をし、この喜びの訪れを伝えるように使わされているのです。
ですから、見なさい…
これらのことが起こる日まではあなたはものが言えず、話せなくなります…
私の言葉を信じなかったからです。私の言葉はその時が来れば実現します」
… … … … …
こうしてザカリヤは言葉を失い、大勢の祭司達は心配したが、ザカリヤはこの出来事をうまく伝えることができなかった。
それから程なくして、妻エリサベツは御使いの言葉通り妊娠することになる。エリサベツは安静にしている床の上でザカリヤに言った。
「主は、私たちのことを思って心をかけてくださいました。私たちの願いを叶えてくださったのですね」
その言葉にザカリアは笑顔を返したが、その胸の内は複雑であった。身ごもっているその子は
私たちの子ではあるが、私たちの子ではない
喜びとは少し違う、使命感のようなものを抱えていた。私は神から大きなことを託されたのだ。
これが神からの告知
”バステスマのヨハネ”誕生
の告知である
神からの啓示は約400年ぶりであった
この出来事をきっかけに世界を巻き込む大きな歯車がゆっくりと動き出すことになる…
…2話へ続く