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12月の卒業式 #2021クリスマスアドベントカレンダーを作ろう

無邪気でダサくてでも全力で前向き、そして風景や人たち、周りの物全てが輝いて見えたあの頃。
片想いって最強だった。
遠く懐しい学生時代のクリスマスの想い出。

***

私は地方大学の弦楽オーケストラサークルに所属していました。かなり伝統あるサークルは大勢の部員がいて、練習は厳しく、時間も長い。楽器のパートが違えばほとんど交流が無いのが当たり前でした。
ところが、男子部員の多い1学年上の先輩たちと女子部員が多かった私たちはサークル外で盛んに交流していました。いわゆるグループ交際ってやつ。
その中心にいたのがF先輩でした。ジーンズのオーバーオールがトレードマークの親分肌でムードメーカー、口調が柳沢慎吾。
部員たちの親との関係修復的な人生相談やキューピッド的な恋愛相談にのり、時には引っ越しの手伝い、お金に困った時にはバイトの紹介まで。ありとあらゆる困りごとや悩みごとを解決してくれる笑顔の素敵な優しいスーパースターのような人でした。ボーリング大会や合コン企画、夏の海キャンプの手配、秋の紅葉ドライブツアーの計画など、たくさんの学生時代の想い出はF先輩が作ってくれたと言っても過言ではありません。練習はつまんなかったけど、それ以外は最高に楽しい毎日でした。
笑い転げていた日々。不思議と恋愛騒動も起こらず、日々は過ぎていきました。

そして先輩たちが4回生、私たちが3回生になった春に私はメンバーだったY先輩に恋をしたのです。

タクトを振るコンダクターに選ばれたY先輩。女子部員全員の憧れの的に躍り出ました。グループ交際中とは別人のような指揮者の情熱的な表情と熱い眼差しに私のハートは射抜かれてしまったのです。
Y先輩はお出かけ企画やレクレーション、飲み会には不参加気味で、お喋りも少な目、リアクションも地味目、でも噂では年上の彼女がいるらしい。ぼんやりしていた印象がどんどん鮮明になっていき、指揮者のあの人を毎日見つめていると心の中に大きな存在となっていきます。
タクトに応えたくて、急に練習の鬼になって、それはそれは必死の形相、演奏も褒められるのが嬉しくてどんどん上手くなっていったのでした。片想いって最強。

ライバルは女子部員全員。当然膨らむ恋心をF先輩に打ち明けました。ボーリング大会では計らいで隣に座り、ツーリングのタンデムを不正クジで勝ち取る。
優しい笑顔が返ってくるだけで、肩が触れるだけで幸せな乙女の純情。最強の片想いの日々。

秋季定期演奏会を終え、3月の卒業式にしかもう会えないと分かった12月のある日、
私はF先輩に相談を持ちかけました。
「Y先輩とクリスマスディナーに行きたいのです。」
「お前の気持ちにはあいつも気付いてる。任せとけって。とにかく自分の気持ちをちゃんと伝えろよ。」
「24日にホテルディナーバイキングだぜ。18時にライオン前で待ち合わせ。」

F先輩一一一、神、
まさに恋のキューピッド。

その日からもう私のドキドキは止まりません。憧れの人とクリスマスディナーなんて、
天にも舞い上がる気持ち。なに着て行こうか、なに話そうか、どうやって気持ちを伝えようか、私のことはどう思ってるんだろうか、妄想と願望が入り乱れるクリスマス強化スペシャル月間。身も心も躍ります。

そしてそしてとうとうその日がやってきました。
クリーム色のとっくりセーターにタータンチェックのスカートでおめかし。
デパート玄関のライオン像の前でクリクリパーマの私は待っています。
クリスマスプレゼントにスノードーム買いました。
🎄
🧣
🧤
🎁
💝
ん?
来ない。
待ち合わせ時間を30分程過ぎた頃、
えっ?
来た、
いや違う。

目の前に自転車に乗ったオーバーオールのF先輩。
「なんかYのやつ熱出てるらしい。ごめん。」

がーん。
どうしたらいい…。
もう一一一一。

「もったいないから俺一緒に食べるわ。」
妄想と願望とは違う展開。

「・・・。」
無言で不機嫌な私を励ますようにF先輩はいつも以上にうるさい。
「あいつこんな日に熱出すんだから、俺の苦労が水の泡だよな。今日は俺の恋の話をしようかな。」
「・・・。」
(今日は夢見た日だったのよ。)
悲しくて切なくて、でもお腹は空いて、運ばれてくるクリスマスメニューを片っ端からやけ食い。私の気持ちを知ってか知らずか明るく陽気にクリスマスソングが鳴り響く。
「クリスマスプレゼントだぜ。」
UFOキャッチャーのベアのぬいぐるみが差し出される。
「ありがとうございます。」
(あっ、欲しかったやつだ。ちょっと嬉しい。)

2時間ほど経って最後に小さなクリスマスケーキのピースが運ばれてきた時、ふいに涙がこぼれ始めた。
結局Y先輩には会えなかった事実は実らない恋って突き付けられたようで、最初から上手くいくはずないと決まっていたようで、舞い上がってた自分がバカみたいだ。だけどこんなに人を好きになったのは初めてなんだからね。これから仲良くなる予定だったんだからね。
「元気出せよ。あいつは県外に年上の彼女さんがいるんだ。気持ちには応えられないってちゃんとあいつは自分で話すつもりだったんだぜ。」

いつの間にかクリスマスソングが止んで、会場に閉店を告げる蛍の光が大音量で流れる。
♪蛍の光〜♪窓の雪~~♪
「卒業式だな、お前の片想いの恋の。」
この人何上手いこと言ってるのよ。
感情がぐじゃぐじゃのまま、追い立てられるように会場を出て、自転車置場へ向かう。ちっとも気持ちの整理整頓できないまま、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。夜風が冷たい。
事実はそうなんだ。
片想いの卒業という名の失恋。
恋心は届かなかったクリスマス。

「色々すみませんでした。今日はありがとうございました。」
スノードームの袋を渡す。
「あいつに渡そうか?」
「いえ、先輩がもらってください。」
「やったぜ一。」
寒い夜道をバス停まで送ってくれたF先輩。
「また年明けに元気に遊ぼうぜ。」
私は返事ができないままうつむいて怒ったような泣いたような顔をしていたのをぬいぐるみに見られた。そして揺れるバスの中でベアの帽子が少し濡れた。

クリスマスに片想いを卒業した切ないお話。

***

大学卒業後しばらくはOB会で先輩たちに会ってはいたのですが、それぞれの結婚、転居などで縁遠くなりました。十年ほど前にY先輩とゆっくり話す機会があり、あの日の発熱は本当だったこと、全てF先輩の計らいだったこと、そして空へ旅立たれたことを教えてくれました。
F先輩にあの時のお礼と感謝を込めて祈ります。
メリークリスマス☆

七海さんのこちらの企画に参加いたしました。

ありがとうございました🎄

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