【EDH】勝つ見込みが無くなったプレイヤーの最適な立ち回りは何か

多人数戦ゆえにルールの穴が沢山あるEDH。

ルールの整備が追いついていないと言うものもいるが、複雑なゲームになりがちなEDHで厳格なルール制定は難しい。

僕は、ルールはシンプルであるべき立場。

ルールブックが六法全書並みに分厚くなれば読むのも大変だし、複雑なルールは即断で裁定を下すことが困難になる。

何かトラブルが起きるたびに複数のジャッジを巻き込み裁判を行い、過去の判例と照らし合わせなければならなくなるだろう。

トラブルが起きたゲームは数か月塩漬け。

僕の考えたさいきょうルールを羅列する人は自分の感情論を押し通すことに躍起になるあまり、論理に欠陥が多いので、数学か読書で論理的思考力を学んだ方が良い(当然ラノベではダメである)。

さて例によって煽りから入ったが、今日話題にしたいのは勝ち目が無くなった人の行動について。

勝ち目の無いプレイヤーが余計な行動をするな!という感情的な意見をたびたび見る。

気持ちは分かるが、現実にはルール違反では無いので勝ち目の無い人も好きに行動して良い。

茶々を入れられる人の心の平穏を保つためのルールを作ることは難しい。

それは打ち消すべき?通すべき?

例えば、対戦相手のコンボを止めるために《Demonic Consultation》でカウンターを手に入れようとしたら、自分のコンボパーツが全て吹き飛んでしまった場合。

自分はもう勝てないので、対戦相手のコンボを止める意義が無くなってしまう。

そこで、

相手のコンボを打ち消すべき?

相手のコンボを通してゲームを終わらせるべき?

どちらが正解だろうか。

それぞれの立場に論拠があると思うので、まずは両サイドの意見を僕自身の目線から述べようと思う。

打ち消すべき派

このゲームは偶発的な自殺があり得る。

《Demonic Consultation》もそうだが、《むかつき》《最後の賭け》による自爆、支払う見込みがある状態で《否定の契約》を唱えたらマナソースを破壊されたなど。

また敗北まで行かなくとも、各々のプレイヤーが勝ち手段を失い殴り合いとなれば、ライフで勝つチャンスが生まれる。

つまり自分のデッキからコンボパーツが失われても勝てる確率はゼロではない。

ならば諦めずに続けろ、という理屈。

コンボを通してゲームを終わらせる派

上述の通り勝てる可能性はゼロではないのだが、現実的な確率でも無いだろう。

例えば《トラシオス》の攻撃1点で勝つ可能性はあるだろうが、実際に勝ったことは無い。

その超低確率のチャンスのために、いたずらにゲームを長引かせて自身の気力や集中力を消耗するのは良くないという理屈。

例えば大会ならば、勝てる見込みがとても薄いグダグダゲームを続けるよりも、サッサと切り替えて休憩した方が次のラウンド以降の勝つ見込みが上がるだろう。

まあ決勝卓なら粘るべきだろうが。

この二択に関して、僕は後者の意見を推したい。

理論上ありえる低確率の事象を期待することは宝くじと同じ。

大半の人は1億円を当てられず、でも購入する時間的金銭的コストは掛かっている。単純にマイナス。

気力や集中力の消耗も立派なコストなので、割り切ることも大事。

ゾンビによるキングメイカー

さて僕の立場として、勝ちの目無しプレイヤー(ゾンビ)は相手のコンボを通してサッサとゲームを終わらせるべきとした。

ここで問題になるのが、おそらく一番重要なのだがキングメイカー。

例えば、こんな状況。

対戦相手Aがコンボを仕掛けた。

自分は《Demonic Consultation》で打ち消し呪文を手に入れたが、勝ち手段を失った。

ここで打ち消し呪文を使わなければ対戦相手Aは勝ち。

ここで打ち消し呪文を使うと、次のターンの対戦相手Bがコンボで勝つ。

実戦ではこのような選択的な盤面の方が多く遭遇する。

どうあってもゲームが終わってしまう場合、どちらの行動を打ち消すべきなのか?

たまたま順番が早かったAが犠牲になる?

自分に対して妨害を連打したBを勝たせたくない?

Aは臭いから、清潔感のあるBを勝たせようか。

いずれもルール上では規制されていない正当な行動になる。

臭いで判断するのは可笑しいという人もいるだろうが、人間の判断基準にはどうしても見た目や第一印象が組み込まれてしまうので、無意識下では判断の材料になってしまう。

現実に端整な顔立ちだと裁判の結果が有利になるという研究の通り、関連が無いものなんて無いのである。

阿呆は「臭いや体型などMTGと関係ない要素を判断基準に入れてはいけない」ルールを作れと言うだろうが、その場合心理的リアクタンスが働き、かえって臭いに引っ張られた判断することになってしまう。

(例えば自動車事故の賠償額を架空の裁判で決める実験では、一般に保険に入っている人の方が高額の賠償を請求されるが、保険に入っていることを判断基準に使わないよう言われると更に賠償額が高額になってしまうという実験がある。分かりやすく言えば「押すな」と書かれたボタンを余計に押したくなるようなもの)

臭いを判断基準に入れたくない場合は、オンラインでの対戦にするなど最初から遮断された環境にすべきなのである。

まあ臭いプレイヤーを徹底的に妨害して「もうこの店なんか来ない!」と思わせることも、一つの勝利の形かもしれないが。

話は逸れたが、妨害手段を握る人間は、勝つ見込みが無くても勝者を選択できる支配的な立場になれる。

これは多人数戦ならではの問題。

ゾンビが勝者を決めてしまう。

大会では勝ち点の低い人に勝たせて自分が上位ラウンドに上がりやすくする戦略が取れるため、勝ち目無しは手を出してはいけないルールにすると大会を勝ち進む戦略が一つ潰されてしまう。良くない。

一つのラウンドで勝ち目無しでも、大会全体を通してみた勝ち負けには影響する大事な選択である。

そもそも勝ち目が無い状態を定義することが難しい。

ゾンビは控えとれ!と言うのであればゾンビを定義しなければならない。

勝ち目無しの証明は難しい

ライブラリーが残っている限り、コンボパーツが真に失われたかどうかは本人しか分からない。

《タッサの神託者》《思考停止》が表向きで追放されても、《法務官の掌握》が入っているかもしれない。

実際に予備の勝ち手段が残って無くても、毅然とした態度で冷静にゲームを続ければ、対戦相手からは勝ち目無しと思われないだろう。

そのような隠れゾンビ達が無駄にゲームを続け、勝たせたいプレイヤーの《リスティックの研究》を支払わずに引かせるような“こっそりキングメイカー”を外部から指摘することは不可能。

《法務官の掌握》《敵対工作員》で相手の手札やライブラリーに勝ち手段が残ってないことを確認しても、非公開情報であるライブラリーの真実を他のプレイヤーに伝える術は無い。

「こいつ、勝ち手段が残って無いでやんすよ!」

と言ったところで証明できないのである。

それに、ここでも最初のケースで話したような「相手の自爆やライフ攻めによる勝ちの可能性がゼロではない」理論が出てくる。

自分から割り切るのは勝手だが、他者からは完全に勝ち目無しと断定できない。

ゲーム中に生ける屍を見分けられない。

必ず入る感情論

「お前勝ち目が無いのに俺の邪魔するなよ~」

ゾンビが妨害をすると、生きてて偉いと言わんばかりのプレイヤーが批判する。

ゲーム内ではゾンビかも知れないが、プレイしているのは普通の人間である。

ルールに反したことは行っていないのに不当な批判である。

支払う見込みが無い《否定の契約》を唱えることも、正当なプレイである。

にも関わらず、EDHではこのようなゾンビの行動に感情論をぶつけて叩く風潮がある。

良くない。

ゾンビに転生した理由が1ターン目の《神秘的負荷》を《精神的つまづき》された場合だってあるだろう。

誰かに殺された人は、その報復をすることも許されないのか?

もちろんEDHでは報復を禁止されていない。

物理的に殴ってはいけないが、一人に集中的に《狼狽の嵐》《白鳥の歌》《意思の力》を当て続けることは可能である。

他人の行動のせいで負けるゲーム

EDHは基本的には負けることが多いゲームで(少なくとも同格との勝率は25%)、対戦相手3人の行動の方が自分一人の行動よりも多いので、対戦相手の行動のせいで別の相手が勝つゲームである。

自分で状況をコントロールしている感が出にくいので、潜在的に不満が出やすい。

不満を吐露することはまあ好きにやれば良いが、ルールを犯していないプレイヤーを批判することは間違いである。

そして多人数戦は1:1のように愚直にカードを当て合うのではなく駆け引きのゲームであることを忘れてはいけない。

誰かと共闘したり、裏切ったりする中で、自分に妨害したらやり返しますよ?という脅しも、実際にやり返すのも立派な駆け引きである。

ルールで縛る困難さ

「ルールを変えるべき」と言う感情論者達は、大抵の場合は自己肯定のための改善を謳っているだけで、建設的なルールに興味は無い。

ゾンビに手を出して欲しくないなら、

・ゾンビの定義
・ゾンビが行ってはいけない行動の定義
・ゾンビがキングメイカーとなる場合の最適な選択指針

に加えて

・行動しないことで他者にメリットを与えてしまう場合のゾンビの行動指針

まで考えないといけない。

行動しないことも、誰かに有利となる可能性がある。

これらを網羅した客観的なルールを提案して欲しい。

僕の立場としては、先述の通り隠れゾンビを外部から評価困難なので定義の時点で終了だと思うが、世の中の頭の良い人が画期的な定義や基準を生むかもしれない。

まとめ

僕はルールを守る限りゾンビも好きにカードをプレイして良いと思ってるし、ゾンビに報復されないよう適切なヘイト管理をするのも、ゾンビに適切にトドメを刺すのも多人数戦での重要な駆け引きの要素だと思う。

ボンバーマンには“みそボン”があった方が面白い。

ではまた。

 
全然関係ないけど、ブルームバロウの考察記事書いたので良ければ見てください。


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