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[奇談綴り]滴る水音

※小ネタです

当時勤務していた会社の事務所での話。
その当時はかなり激務で、ひとりだけ残業する事が多かった。
ひとりだけとは言うものの、会社の規模がそこそこであったため、大きなワンフロアに部署ごとに別れており、完全に無人であることは少なかった。

その日も、遠くの席では複数の社員が打ち合わせをしながら残業していて、私の周辺だけぽっかりとひとが居ないような状況だった。
残業はいつものことなので何も気にせず作業を進める。

ふと水の滴る音がすることに気がついた。
私はデザイン方面に集中するとなぜか周囲の雑音を余計に拾ってしまうという謎のスキルがある。
集中すればするほど遠い位置の音や雑談をクリアに拾うのだ。傍目には単に集中して仕事をしているだけなので、同僚に気味悪がられたりもする。
その時も、いい感じに集中していたせいで後ろの席の何処かで「ポツン…ポツン」と音がしているのを耳が拾ってしまった。

部屋の中に水が滴る場所なんてあったっけな、と思いつつ、たいした量でもなさそうなのでスルーして作業する。
始めは微かだった音が、次第にはっきりと拾えるようになってきた。
後ろには同じ部署の人たちの机がある。本当に水滴だった場合、資料が水浸しになるかもしれない。
仕事への集中力がすっかり切れたので、休憩がてら原因を特定するかと後ろを向いた。

とたんに音が途切れた。
不思議に思いながら周囲を見渡すが、雨も降っていないし、水漏れしているということもない。
気のせいだったのかと作業に戻ると、またすぐ後ろで水滴のような音がする。

ポツン……ポツン……ポツン……。

振り向くと消える。
作業を始めると音がする。
3回目ぐらいだったろうか。音はしないが原因があるかもしれないと席を立って見回ることにした。
窓から外を見たが雨は降っていないし水滴もついていない。空調関連の水漏れならどこかに滴っているはずだし、天井や壁に異常があるはずだが何もない。

ふと、水滴の音が復活していることに気づいた。
音のする場所へ向かうが、見事に何もない。
キャビネット付近から音がするが、なんでそんな音がするのかわからないほどにいつも通りである。
そのうち、音が移動していることに気づいた。
ゆっくりであるけれど、社員の席のあたりから窓際へ移動している。
相変わらず目に見える異常はない。

今まさに音がしている窓際のキャビネットに何ら異常がないことを確認したあたりで、これはもしかするとオカルト由来なのではと思いついた。
水滴の音は、いつの間にか斜め後ろに移動している。
さっきまで目の前で音がしていたのに。

思いついたとたんに、なんだかものすごく腹が立った。
脳内で「仕事の邪魔すんなボケが!!」などと、どこのヤカラかと思うような罵詈雑言を思い浮かべながら仕事に戻る。
後ろではポツンポツンと音が響いていたが、もう振り返らないことにした。

約一時間後、作業が終わる頃には音は消えていた。
遠くでは他部署の残業組がにぎやかに話しながら仕事をしている。
ここでおかしな挙動をするとこちらが不審者なので、ごく普通に片付けをして会社を出た。

その後、同じ音が聞こえることはなかった。

同じ通り沿いにお寺があるせいか怪談の多いビルだった、と聞いたのは別のビルに引っ越しした後である。

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