Y君送迎失敗事件


大学生だった夏のある年、地元へ帰省した際に地元の友人達数名と久々に集まることになった。
といっても片田舎ではさしてやることもないため、自虐的に「生アイスクリームを提供している妙なコンビニへ行こう」と夜中隣町へ車を30分ほど走らせる。

アイスクリームサーバに貼られた「清掃中」の文字に肩を落としたのち、まだ終わってはいないと海へ向かうことにする。

満天の星空の下広がる砂浜には無数のテントが鎮座しており、各々が淡い光をたたえている。泥酔したギャルのポロリに無言の期待を寄せつつひとしきりテントの間をさまよった我々は、「コレは立派な不審行為である」と気付き足早に帰路につく。

さて、と各々の家に着く段階となり、とりあえず海に近いY君の家へ向かうことになった。

Y君が住む公営団地に近づいた頃、日頃一切感情を表に出さないY君が「帰りたくない」と主張し始める。どう見ても帰りたくない雰囲気ではないY君の表情を確認した我々は、意図を掴めないままひとまず団地の周囲を一周する。
「帰りたくなった?」と確認すると「いや、まださほど」とY君。

さらに一周を追加し「帰りたくなった?」と尋ねると「かなりいい線かも」とY君。ではもう一周……と車を走らせると、三回目の道半ばに……先程までは見えなかったものが見えている。

あれは……敷布団だろうか。地方の婦人服屋に陳列されているような薄紅色の生地が目に入る。
しかし、一周回るのに2分も掛からない。
この2分間の間に、公道のど真ん中に、敷布団が落下してくるだろうか? あるいは引き摺られて?
車内から周囲を見渡す限り、人の気配は無い。エンジン音と呼気の気配のみが耳に触れる車内から、ヘッドライトに照らされ白んだ敷布団を凝視する。

「布団かい? あれは」
「どうだろう。今現れたね」
「無視だな、帰りたくなっただろう、Y君」
「そうだね、正に帰りたい気分です」
「人だったらどうする?」

こちらを一斉に見やる同乗者の目線から、口外すべきではなかったか、と気づく。ハンドルを握る友人は口を一文字に結んだまま手を離す気配を見せない。

力の入らない腰を腕で遮二無二滑らせ道路に立つ。不格好な深呼吸を挟みドアを閉める。歩き始めた瞬間車が走り去ってしまう想像を抑えながら早足で近づく。

ふと脇の道に目線を送る。夜闇に目を絞ると……灯りの落ちた一軒家の前に何かが落ちている。
あれは……靴だ。
靴……靴は人間が履くものだ。

しまった、と足元まで近づいていた敷布団へ反射的に振り返ると白い毛髪が映る。コレは人だ。
驚きにううっと声を漏らすと同時、足首に強烈な痛みが走った。

老婆はこちらの足首を掴んだまま首を反らし「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください」と叫びだす。額には熱冷まシートが貼られている。
既に立つことさえ怪しくなりながら、震える手で110番に発信する。
「お婆さんが道の真ん中で倒れています。たった今倒れたようです。家の前に靴が落ちていますから、身元は特定できそうです。許してくださいと叫んでいて…… …」


妙に同情的な頷きをしながら現れた救急隊員は「いつものことです」と呟いた。この老婆は日頃から子夫婦に虐待を受けている、と示唆する言葉を続けながら手早に担架を詰め込むと、そのまま道の向こうへと消えてしまった。

改めてY君を送迎するまでの間、もしかして分かってやっていたのかい、との問に「いや……」とだけ答えたY君の声が、発せられた最後の声だった。








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?