書物書簡 八通目 笹原玉子『偶然、この官能的な』

2021年4月20日
瀬希瑞世希子

 大学を中退しました。単位が足らんかった。大学図書館が使えなくなるのは悲しいけど、それ以外の感情は特になし。結局友達一人もできなかった。青蒼藍碧ちゃんにめっちゃ笑われた。大学中退という肩書きのお陰で一歩上の人間になれた気がする。ランクが上がったというか、そのランクは多分上がっちゃいけないやつだと思うけど。
 現在、派遣バイトでお金を稼ぐ日々。小説家になれなかったらどうすんだこれ?

 青蒼藍碧ちゃんが万延元年のフットボールを読んだ影響で最近、青蒼藍碧ちゃんは鷹四ごっこをして遊ぶのにハマってる。

「本当のことを云おうか!おととい冷蔵庫のプリンを勝手に食べたのはこの私だ!」

「本当のことを云おうか!最近めちゃくちゃTwitterでウマ娘のイラストをいいねしてるけど、ゲームはやってないしアニメも見てない!」

「本当のことを云おうか!キルミーベイベーは死んだんだ…」

↑だいたいこんな感じでくだらないやり取りをしている。しかし、遊びでやっていた筈なのに昨日とんでもない真実を青蒼藍碧ちゃんに突きつけられてしまった…。

「本当のことを云おうか!私は実は存在しない。世季子の妄想が生み出した虚構なんだ!」

 あまりにも軽いノリで明かされる真実。青蒼藍碧ちゃんの姿はもうなかった。

青が破れる
蒼が破れる
藍が破れる
碧が破れる

 大学生という身分を失い、更に友達(だと思っていた)青蒼藍碧ちゃんまで失ってしまった私は放心状態に…て感じでもなく意外と青蒼藍碧ちゃんがいなくなった世界をすんなりと受けいれることができた。寂しくはあるが。

 悪趣味な自分を捨てたいと思った私は青蒼藍碧ちゃんというタルパを作り上げ、そこに悪趣味な自分を投影した。青蒼藍碧ちゃんのナンセンスな感性は自分の感性だった。トランプ支持者の暴動で笑うのも、日本国旗を燃やしたいと思うのも、全部私。

 青蒼藍碧ちゃんが消えた今、私は改めて汚れた感性を持つ自分を受け入れないといけない。 

 笹原玉子『偶然、この官能的な』という歌集が2020年のベストだった。31文字に凝縮された切なさ、優しさ、壮大さに圧倒され短歌の奥深さを知ることができた。
 今、この瞬間にどんな美しいことが起きているのか。 こんなに美しい今この瞬間の中を私は生きている。そう考えると人生も案外悪いものじゃない、と思える気がする。生きていく上で大事なのは日常に潜む美しさを探す目線。

 逃がさないぞ。美しいものに浸ろうとする自分を後ろから追いかけてくる別の自分。青蒼藍碧ちゃんという人格に押し込めて逃げようとしていた捨て去りたい自分の負の側面。逃げられない。だってなにかを美しいと思えるのは自分が汚い存在だとわかっているから。『美しい』は『汚い』と共犯関係にある。でも、もっと超越的なところに私はいたい。

 私は『偶然、この官能的な』になりたい。

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