第四回性癖小説選手権講評置き場

不可逆性FIGさんから頂いた選手権ロゴです
とてもえっちですね。ありがとうございます


第四回性癖小説選手権の講評置き場です。

 202/4/1~2022/5/8に開催していた第四回性癖小説選手権の講評置き場になります。
 好評はネタバレを含みますので、気にされる方は先に本文を読むことをオススメします。

1 題名:きょうだい 作者:草食った

性癖:情報量が少なくて淡々としている意味がわかると嫌な気分になる話(短ければ短いほどいい)

 第四回の開催を宣言してから20分後、修正を含めると47分後に投稿いただいた草さんの作品。早い。とにかく早すぎる。どれだけ性癖が溜まっていたんだと思ってしまいますし、実際に性癖の内容に『短ければ短いほどいい』と書かれているのでこの早ささえも性癖の一部なのでしょう。いいですね。さすが草さん。トップバッターに立ってみんなを嫌な気分にさせてやろう的な性癖も見え隠れしてます。グッド性癖!

 内容は性癖紹介に書いてある通りに『意味が分かると嫌な気分になる話』で、僅か36文字ながらも近親相姦による妊娠と堕胎の話と理解が出来、そして母親兼姉である主人公にとっては赤ん坊が死んでくれて嬉しかったというとても良い闇のおしくらまんじゅう作品です。
 この作品の何が良いかというと、死因が暴力による堕胎や健康上の理由による堕胎ではなくて、へその緒が首に絡まったという理由なところですね。
 文字数が少ないからこそこの作品は主人公の内情を読み手が想像する事が出来るのですが、自分はこの主人公の内情を

『親は自分が弟を産む事を望んでいて、自分よりも弟を必要としている。だからわざと堕胎するような行動はとれなかったのに、何もしなくてもへその緒が首に絡まって死んでくれた。腹の中の弟という存在は勝手に消えてなくなったので、しばらくは自分が親から必要とされるだろう。だから嬉しい』

と、読み取りました。
 作者である草さんがどう考えてこの作品を書いたのか分かりませんし、他の読者がどう想像するかも分かりません。
 しかし、こうして様々な物を想像させてくれて、読者自身に『こういうのが好きなんでしょ?』と分からせてくれる作品こそ、性癖小説としてのレベルが高い作品だと思います。
 『この話はこうかもしれない』と想像し、その結果として『嫌な気分になる』事で草さんの性癖を受け入れ、共感した事になるんですね。
 とても見事な性癖小説です。文字数が少ない事も含めてトップバッターに相応しいと言える作品でした。


2 題名:夏の手紙 作者:尾八腹ジュージ

性癖:書簡形式
性癖:オチのない怪談
性癖:死体処理

 こちらも開始宣言から1時間半後とかなり早かったジュージさんの作品。皆さん深夜でも構わず性癖だだ漏れですね。いや、深夜だからだだ漏れなのかな?

 題名が夏の手紙で性癖紹介に『書簡形式』とあり、実際に本文の9割が母親から届いた手紙の内容な作品です。
 手紙の内容はお盆の挨拶から始まるのですが、直ぐ次の段落からアイコの死体を片付けてくれという訝し気な内容が始まり、死んでいるワンちゃんでくさいしどろどろなのに夜中になるとうるさいと書いてあります。
 手紙の内容自体がホラー的な物なのに、最後の読み手の独白で手紙を書いたであろう母親も差出先の住所も十年前に焼失した書かれていて、この独白で二重三重にも怖さを引き出しています。
 二つ目の性癖が『オチの無い怪談』なので投げっぱなしの話のように思えますが、一つ目の性癖に『書簡形式』と書いてあり、これは手紙という一方的に与えられる情報がメインの話なのでオチが存在しなくても良い形式なんですね。怪談物はオチが曖昧になまま終わる作品が多いのですが、その部分を上手く書簡形式で性癖に絡めながら纏めているのは短編を多く生み出しているジュージさんの実力の高さが伺えます。
 何気に手紙の内容も句点が多かったり短文だらけだったりと、あまり物事を考えれていない存在がたどたどしく文章を考えたという雰囲気が出ていて巧妙です。

 そして、最後の性癖である『死体処理』。ここはジュージさんの拘りというか、作中にその片鱗を見せないで性癖紹介に書く事で読者に想像させるという上手いやり方ですね。
 本文を読んだだけではホラー的な手紙が来たという内容で終わるのですが、ここに『死体処理』が絡むとこの読み手が死体処理の為に何かをしたのではないかという事が想像出来てしまいます。
 母親を殺害してから燃やして死体処理をしたのか。どろどろになったというアイコの死体処理をし、その上で実家を燃やしたのか。そもそもワンちゃんと書かれてはいるけれどアイコは本当に犬なのか。そして『死体処理』という事はなんらかの他殺が行われていると想定できるので、この手紙は怪奇現象では無くて家族やアイコと関わりのある人物から届けられている物なのかもしれないとか。お盆という季節に合わせているのは死者が返ってくる時期だからなのか。それならば「はやく、片付けてください」という文章と「お盆、帰ってきてください」という文章はどういう意味なのか。もしかしてどろどろになっているアイコに本当に困っているから助けてほしいのか。

 どれが正解かは分かりませんし、そもそも正解も無いのかもしれません。
 性癖を理解させる為の創造とは若干違いますが、性癖に書いておく事で読者に物語を想像させるのはとても上手い方法だと思いました。
 ジュージさんの事だから死体処理中の光景も考えてあると思うので、出来れば違う作品でいいのでその部分も文章に起こしてほしいなとも思いました。良い性癖小説です。


3 題名:Donec Mors Nobis Partem 作者:偽教授

性癖:生まれ変わってもう一度廻り会いたいという儚い望み
性癖:不死者の孤独
性癖:殺し愛

 こちらは編集後まででだいたい2時間。やはり深夜は性癖が疼く時間なのでしょうね。皆さん元気で何よりです。

 内容は吸血鬼物。そして純愛。もしかしたら純なのは一方だけかもしれませんが、性癖紹介に『殺し愛』と書かれているので少なくとも愛情はあったのだと思われます。いいですね、命を取り合う関係ながら愛も向け合っているの。愛情の行きつく先は相手の全てを奪う事だと個人的に思っているので殺害も愛だと思ってます。愛の無い殺害もあるにはありますけど。

 本文をざっくりとまとめると、400年前に妻を殺した吸血鬼を狩る為に吸血鬼になった男が、その吸血鬼に戦いを挑む度に負けてはレイプされていたという物で、その吸血鬼を殺すという最後の最後に「吸血鬼は子を成せないというのを嗤われたから」と妻の殺害の理由を語るという物ですね。
 復讐という本懐を遂げるまでに400年かかったとなっていますが、その400年の間は吸血鬼からしたら一心に自分を追ってきてくれるし、体を弄んでも自分から離れていかない相手として恋慕の相手だったのでしょう。しかし、恋慕の相手の愛する人を殺害したのは自分だし、相手の目的は自分を殺害する事。一方的に慕うことは出来ても愛し合う事は出来ないと理解していたんでしょうね。その押し殺した愛。素敵です。
 吸血鬼を追う方も400年の間は復讐目的の吸血鬼しか自分を理解してくれる相手が居らず、そこが性癖紹介の『不死者の孤独』にも繋がるのではないかと思います。本文中では吸血鬼側が子を成せない事や伴侶を持てない事で孤独だった様に読み取れますが、主人公である男も伴侶を失った事と吸血鬼化した事で孤独でした。400年もの間ずっと思い続けていた相手が自分と同じ長命の物となれば、そりゃ何かしらの愛も芽生えるのでしょう。そして妻が殺された理由はその孤独を嗤ったから。吸血鬼になって400年経った主人公ならばその言葉で殺害に走った理由も分かってしまったのだと思います。でも復讐の相手なので殺さなくてはいけない。だからこその『殺し愛』。いいですね。ナイス殺伐!

 『生まれ変わってもう一度廻り会いたいという儚い望みというのは、お互いに吸血鬼状態でもなく、復讐する側される側という間柄ではない状態で会いたいという事なんでしょうね。もしかしたら吸血鬼側も吸血鬼にならざるを得ないなんらかの理由があったのかもしれません。
 最後に復讐を遂げてから動く事を止めた主人公がスッキリしていたのか後悔していたのかはわかりませんが、太陽が昇るのに動かないという事はここで二人の愛も復讐も物語もおしまいなんですね。
 吸血鬼の言葉で生きる事を止めたというのならば、これすらも吸血鬼の行った殺しの手段であり、即ち『殺し愛』にも繋がります。そして、ここまで来て主人公側も『生まれ変わってもう一度廻り会いたいという儚い望みを持ったのかもしれません。

 登場人物二人の思いが交錯し、性癖も交錯している良い作品ですね。
 吸血鬼側は男を犯している時はさぞ楽しかった事でしょう。そうやって乱暴している女性も中々いい物ですよね。とても良い性癖です。


4 題名:肉 作者:あきかん

性癖:肉食

 早朝6時に完成したこちらの作品はあきかんさんの作品。みなさん本当に投稿ペースが速いです。とても嬉しいですね。

 性癖紹介が『肉食』となっていて、タイトルは「肉」。そして本文も肉を食べている様子という、まさに肉を食べる小説その物という感じです。肉、いいですよね。肉。自分も好きです。
 大きな肉を方張り、噛み締め、大きな塊のまま嚥下する。それこそ肉を楽しめる食べ方で、のど越しという触感でも肉を味わうとても素晴らしい食べ方をしています。肉が胃に落ちた時というのはとても満足があるのでいいですよね。いや本当、肉好きとして好きですこの作品。

 しかし、あきかんさんの性癖は『肉食』となっていますが、最後の文章や第一回の性癖小説選手権に投稿いただいた作品や婚約から細かく分類すると『縁がある相手を食べる』という事や、『率先して食べる事で供養する』という様な『特殊な関係の肉を食べる事』が性癖の様に見受けられます。もちろん、普通に『肉食』自体も性癖なのでしょうが、そこから一歩進んだ深い部分にこそあきかんさんが求めるものがあるのではないでしょうか。
 第一回性癖小説選手権に投稿いただいた「異世界グルメハンターズ」は世界観も良くてとても性癖に満ち溢れた作品でした。
 毎回参加を戴いているからこそ、もっと性癖を出すことが出来るのではないかと期待してしまってますが、速さを求めて投稿いただいたこの作品も勿論よかったです。

 肉好きとして個人的にポイントを進呈したくなりました。性癖が合致する作品を読むのはとても楽しいですね。ありがとうございます。


5 題名:もふもふ天国 作者:ミルルン

性癖:もふもふには目がない!
性癖:巨乳お姉さん

 ミルルンさんはご新規さんですかね。ご参加ありがとうございます。!
 無名な企画に参加いただけただけでもうれしいのに、ちゃんとレギュレーション通りに性癖紹介も書いて頂けるなんてとても嬉しいです。
 どうも恋愛やラブコメ中心に自主企画を開催されている方の様ですので、興味がある方は是非ミルルンさんの企画にも参加してみて下さい。

 作品の内容ですが、性癖に書かれている『もふもふには目がない!』と『巨乳お姉さん』がその物ズバリなお話になっていて、巨乳のお姉さんが羊をもふもふするだけという作品です。タイトルはもふもふ天国ですし、章タイトルももふもふです。ひたすらにもふもふを現わしていてとても好感が持てますね。
 メイと呼ばれる金髪で美人(だろう)巨乳のお姉さんが羊を追っかけ、その羊はオスだという事を確認されるという恥ずかしい体験をさけられ、メイが寝ていると他にもオスの羊が寄ってきてそのふくよかな胸のもふもふを求めるという物。いやぁ~、いいですね。羊ももふもふですけどおっぱいももふもふ。だからこそもふもふ天国。最高です。

 羊の所作が人間っぽい部分もメイが手を叩くとジェット機が現れて檻が降ってくるという部分ももふもふで緩い感じの世界観なので違和感が無いですし、下心はありますがまるで童話の様な世界観でとても楽しめます。おそらくメイの頭の中ももふもふなのでしょう。このひたすらにもアピールされているふもふが性癖小説としてもバッチリです。いや、本当に提示された性癖をそのまま小説にされていて、性癖小説としての完成度が高くて特に言う事が無いんですよ。
 個人的にはふわふわでもふもふな『巨乳お姉さん』というだけでポイントが高かったです。『巨乳おねえさん』の性癖の中には優しくソフトなえっちな事をしても許されるというような願望も込められている感じがしますし、自分もそう思います。分かります。こういうもふもふお姉さんに色々されたいししたいですよね。うん。分かる。なのでどなたかイラストに起こしてくれません?
 きっと髪の毛もふわふわしてもふもふなんでしょう。とてもいいですね。


6 題名:額を外す 作者:鯛谷木

性癖:メガネ
性癖:メガネを外す一連の流れ
性癖:隠されたものへの独占欲
性癖:両方メガネのカップルのイチャイチャ

 鯛谷木さんもご新規の方。開催して直ぐにご新規の方に来ていただけるのはとても嬉しいですね。ありがとうございます。
 しかもカクヨムの投稿作品がこちらの「額を外す」だけという事は性癖小説選手権の為にアカウントを作成していただいたみたいでものすごく恐縮です。今回の公表は過去の性癖小説選手権よりも気合いを入れて性癖を引き締めて講評に入らはいといけませんね。

 作品の内容は『メガネ』です。メガネ愛。そして『両方メガネのカップルのイチャイチャ』。素晴らしい。メガネはいいですよ。メガネをかけてないのもいいですけど。
 物語としては住んで居る所に帰ってきたカップルの片割れにメガネケースというプレゼントを渡して、そのメガネケースを貰った相手がメガネを仕舞うというだけです。さらっと読めて内容も短いのですが、この作品にはかなりのメガネ愛が詰まっています。それもメガネをかけている事だけではなく、メガネ全般に対する性癖を感じます。

 作品の概要にも書かれている通り、メガネが好きという方の中には往々にして「メガネを外すのはけしからん」と仰る眼鏡は外すべきではない派の方もいらっしゃるのですが、鯛谷木さんは『メガネを外す一連の流れ』も性癖にされており、続く『隠されたものへの独占欲』と合わせてこの作品を読むと、寧ろ逆に『特定の人物の前でだけメガネを外す』という行動に魅力を感じている様に読めます。
 これは持論なのですが、何かを身に付けるという事は何かを隠すという事に繋がり、それにより本来は隠す必要のない物でも隠されることで特別感を覚えてしまう。という事が世の中にはあると思っています。具体例を挙げると女性型ロボットが普段は全裸なのに海では水着を着ているという感じですね。
 このメガネを外してしまうという行為が眼鏡は外すべきではない派の方からは受け入れがたいポイントになるかもしれませんが、自分には逆に『隠されたものへの独占欲』という性癖の強い現れだと感じましたし、その部分さえも最後の性癖の『両方メガネのカップルのイチャイチャ』に集約されていくのだと思いました。メガネを付けているからには必ず外す時というのは訪れるわけであり、そのメガネを外してしまう特別な時はカップルの相手の前でしかないというイチャイチャなんですよイチャイチャ。イチャイチャ(意味深)

 サブタイトルの「額縁は中身を美しく飾り、かつ外部から保護するためにそこにある。」というのも端的に作品に込められた性癖の強調したい部分を現わしていて、『メガネ』という性癖についての独自且つ強い拘りが見えました。
 いいですね、ナイスメガネ。そしてナイス性癖。眼鏡は外すべきではない派の方とは相容れない性癖だとしても自分は認めます。その性癖は素晴らしいですよ!


7 題名:リメインズ・オブ・ファイア 作者:山本アヒコ

性癖:隠れ住む明らかにただ者ではない人間

 ご新規の方三連続の山本アヒコさん。ご新規の方の参加はそれだけ読める性癖の数も増えるので嬉しいですね。

 こちらのお話は隠居している女性ガンマンの元へ因縁がある相手が復活したと若い女性軍人が伝えに訪れるという話。
 全てを成し終えた女性ガンマンは残りの人生を静かに過ごそうとしていたっぽいですけど、一度戦いに身を置いたからか体の火は消えずに未だ燻り続けていて、自分を訪ねてきた女性軍人に対して圧力と武力を示してしまう。それが意識してか無意識かは置いておくとしても全然平穏じゃないところがいいですね。
 着ている服や髪の汚れには無頓着なのに口元や目線を隠すストールは身に着けたままだし、椅子の加工や手入れも併せて銃を使える状態にしているというのもとても好きです。タイトル通りにこの女性の火が全然消えていない事を現わしていて細部まで丁寧に描写されています。
 そして女性ガンマンという事で最初は時代を西部劇ぐらいだと勝手に思っていたのですが、車や戦車や航空機があるという事はわりと現代に近い時代の話であり、そんな時代なのに銃だけでマフィアへ復讐を遂げたガートルードは技術と執念が並大抵の物ではないというのが分かります。普通に考えて女性一人でマフィアを解決させるって凄すぎです。

 と、そんな感じでガートルードの凄さが淡々と描写されているんですが、この作品の性癖は『隠れ住む明らかにただ者ではない人間なので、どんだけ盛ってもいいんです。
 最後に「悪魔と契約した」という話も出てきて凄くそそりますね。人ならざる技術を身に付けた者を理解の範疇外の存在として悪魔とか天使とかと関りがあると評するの凄くいいですね。それだけで異様に強くても納得が出来てしまいます。
 本当に丁寧に細かなところまで性癖である『隠れ住む明らかにただ者ではない人間を説明し作品で性癖小説として読んでいて気持ちの良さがあります。お手本にしたい作品ですね。

 しかし、この作品からは山本アヒコさん提示した『隠れ住む明らかにただ者ではない人間の他にも、『格上の存在に自分が格下だと分からせられる』や『肩書に拘る者をねじ伏せる暴力』の様な性癖が込められている感じもしました。
 調子に乗っている物が引きずり降ろされる or 反省する時にしか得られないカタルシスというのは物凄くあります。自分は大好きです。
 せっかく性癖小説選手権に参加を頂いたのですし、作品には複数の性癖を詰め込んでもいい事や、作品には自分が意図的に込めた物以外にも性癖が込められているという事を知って頂けると幸いです。
 凄くカッコイイ作品でした。隠居した圧倒的強者が戦場に戻るのはいいですね。


8 題名:『さいきょう』のあの子 作者:まこちー

性癖:長髪
性癖:強い美人
性癖:全てを捨て、全てを得る

 こちらもご新規のまこちーさん。TLでノベルゲーを発表されているのを見かけました凄い方です。

 内容は『強い美人』であるからこそ学校で虐められている生徒と、その生徒に憧れていた者が秘密を見てしまって共有を強要させられるという物ですね。
 体格がや外見が良いだけでなく立場もあって内面も強い人というのはとても惹かれる存在なので、その強い感情の矛先が暴力や虐めに繋がってしまうのはとても良く分かります。
 どうでもいい存在ならば視界に入れずに無反応でいればいいんですが、強すぎる存在というのはどうしても視界に入ってしまうのでなんらかのアクションを取ってしまう物です。そこらの有象無象に『強い美人』の相手は難しかったんですね。仕方ないです。それが弱い存在の罪。
 そうやって弱い存在から色々とされていてもへこたれない『強い美人』という性癖はとても見事で、文字通り『強い美人』としてのキャラクターが立っていて読者にもその強さとまこちーさんが込めた性癖の良さが伝わってきます。
 そういう『強い美人』が『強い美人』である事を示す為の強さの説明としての弱い存在から虐められているシーンをいれてらっしゃる感じがして、逆説的に『強い美人が一般人ならば耐えれないかもしれない精神的な攻撃を喰らう』というところも性癖に含めてしまってもいいのではないかと個人的には思いました。苦しい筈なのにおくびにも出さないとか、あんな事の後なのに自分の武器を理解して笑ってみせるとか、そういう強さが好きなのではないのかと感じます。

 このように、全体的に『強い美人』の部分の描写は完璧なのですが、最初の性癖である『長髪』の部分の描写が少ないのが少し勿体ないなと思いました。
 おそらくまこちーさんは好きな物の描写を丁寧に細かくされる事が出来る性癖力の高い表現者の方だと思うのですが、『強い美人』の描写に力を入れる余り、『長髪』の部分がまこちーさんの頭の中には描写されていてもそれが文章にまで出力されていないという感じがします。

 例えば入学式の時、ぶつかった後は長い髪を前にもだらんと垂らして誰からも表情が見えなかったりしたのでしょう。
 例えば先生の前で足を開いている時、髪が乱れるシーンがあったり、若しくは同じように髪で表情を隠しているシーンがあったのでしょう。
 例えば秘密を共有する時、少し乱れた髪の毛が風に舞って、彼の汗の匂いと髪の匂いが混ざってふわりと香ったのでしょう。

 もちろん、今のままの作品でも作品としての完成度は高いので問題はありません。しかし、性癖小説であるからには「ここが好きだ!」という性癖の部分は周囲が引くぐらい晒け出して欲しかったなと思いました。
 性癖小説選手権は作品の完成度よりも、いかに読んだ人がその性癖を素晴らしいと思うかが評価基準なので新規の方には難しいかもしれませんが、まこちーさんの性癖力の高さならいけるんじゃないかなと勝手に思っています。
 三つ目の性癖の『全てを捨て、全てを得る』という部分も、『強い美人』の部分の描写が強すぎて読者に伝わりにくいかなという感じがしました。
 自分は『強い美人』と関りを持つことで今までの生活を捨て、『強い美人』との関係を得たという様に解釈しましたけど合っていたでしょうか?

 総評としては強い美人小説としてとても良い性癖小説でした。
 新規でこれだけの高い性癖力の持ち主の方が参加して下さったのはとても嬉しいです。ありがとうございました。


9 題名:それは踏み荒らされたくない新雪 作者:崇期

性癖:理屈で解明できない不可解事件
性癖:矛盾脱衣
性癖:謎の詩

 新米刑事と中堅刑事の他愛もない賭け事から始まる雪山での『矛盾脱衣』事件の物語。事件と言いつつも事件性は無さそうなら事件じゃなくて事故になるんですかねこの場合。

 刑事物のミステリー作品の導入部という感じの作品ですが、実際の現場もこの様に明快に解決する物ばかりではなくて謎が残ったままでもそれで良しとして解決する物がいくつかあるのでしょう。常識で考えれば第三者が立ち入る状況では無いですし、何か超常現象とかでも起きない限りはこのまま『理屈で解明できない不可解事件』として処理されるのだと思います。
 人の考える事全てに説明が付けれる訳では無いですし、本人も思っていない理屈や理由が存在する物もあります。その辺りと上手く折り合いを付けれているからこそ、性癖が「迷宮入りした事件」ではなくて『理屈で解明できない不可解事件』という物なのでしょうし、そういう人の不条理が起こした事件を性癖とされるのはとても面白いと思いました。事件だし不可解ではあるけれど解明する必要のない物。ロマンと言うべきか矛盾を受け入れる楽しさと言うべきか、中々に難しい物です。

 そして雪山なんかで低体温症により周囲が厚く感じるので服を脱ぐという症状が起こるのは死っていましたが、そういったおかしな状況での脱衣を『矛盾脱衣』と呼ぶんですね。勉強になりました。そして極限化の状況で脱衣してしまうのを性癖とされているのオシャレでとてもいいですね。一歩間違えると社会に追い詰められた全裸中年男性も『矛盾脱衣』に当て嵌まってしまいそうですが、そういう部分も併せて人の不可解な行動に興味があり、それが性癖として表れているのだなと感じ取れました。
 最後の『謎の詩』というのも意味があるのか無いのか分からないものですが、意味が無くとも『謎の詩』が残されているという状況が良いんですね。

 崇期さんの作品からは一貫して、「人は意味が無い行動をする事もあり、そういう行動をする部分も含めて愛しい」というのが伝わってきて、とても良い性癖をお持ちだと思いました。光の性癖ですね。

 ただ、自分はこの作品からはもう一つ性癖を感じていまして、新米刑事と中堅刑事の間で通じる「モアイ的世界」や、雪山に残された二人だけしか知りえない事、「それは踏み荒らされたくない新雪」、そしてタグや本編にある「ディアトロフ峠のような不可解事件」、この四点から崇期さんには『限られた関係間にだけ意味が伝わる物』又は『限られた言葉だけで意味が伝わる関係』という性癖があるのではないかと思いました。
 自分を理解してくれるバディの様な存在とでも言うのでしょうか。そういった関係の描写が上手いのが凄く良かったと思います。
 個人的にはシリーズ化しても良さそうな気はしました。毎回不可解な事件だけを紹介するシリーズ。大変そうですけど面白そうです。


10 題名:異性装がまあまあ普通の世界。作者:ちくわ

性癖:ゆるい日常
性癖:サブカル
性癖:異性装
性癖:優しい世界
性癖:この世界が続けばいいのに
性癖:山も落ちも谷もない。これが、801か?

 アルファポリスに投稿いただいた作品なので18禁の作品かなと身構えましたが全年齢の作品でした。お子さんでもオッケーな作品です。

 内容としては女装をしている男子高校生の日常という物で、ミニスカートの制服を着ながら街を歩き、マニアックで店長がDJをやっているタイプのCD屋でアルバイトをして、アルバイト中に上手く繋いだ曲がお客さんに買ってもらえたというお話。
 日常です。本当に日常。性癖に書かれている通りに『ゆるい日常』で『サブカル』で『異性装』の作品で、その後の性癖に『優しい世界』『この世界が続けばいいのに』と続いている通り、音楽と服装に自由で優しい世界な感じです。
 現実世界では特に音楽と服装については時代によって様々な規制なんかがあり、異性装も人によっては受け入れられない部分もあるでしょう。だからこそこういった『ゆるい日常』を性癖として提示されたんでしょうが、性癖は規制されればされるほどに強まったりする物です。何が好きかは誰にも止められない物で、その人の性癖は他社に迷惑をかけない限りはその人の自由なんですね。だから『異性装』も本来は自由なんですよ。流石に露出過多だったら社会的にアウトですけど。

 緩い感じの作品且つ優しい作品で、提示された性癖もその通りに書かれているのでとても好きなタイプです。逆に好きなタイプだからこそ講評で書く事が少なくて困りました。
 内容を深々と語るのではなく、「こういうのでいいんだよ」という感じの作品って本当に「こういうのでいい」という感想になってしまいますね……
 出来れば個人的にはギャル風のお姉さんも女装しているお兄さんとかだったら嬉しかったですけど、アオさんの心情的にはこれで正解だったのだと思います。
 そして『山も落ちも谷もない。これが、801か?』とありますが、山も落ちも谷も無い日常作品はこういうのでいいと思います。ただ、全部が801って訳では無いと思います。


11 題名:好奇心は恋をも生み出す 作者:独一焔

性癖:黒髪赤目
性癖:普段は飄々としている兄貴分
性癖:見た目から実年齢が計れない若作り、あるいは童顔の男性
性癖:しっぽ髪(セミロングくらいの長さの髪を後ろで一つに結う髪型を指す)
性癖:犯罪レベルの年の差
性癖:おにロリ
性癖:超越者

 独一焔さんもご新規の方ですね。ありがとうございます。新規の方多くて嬉しいんですが、これだけ急に増えると自分が何かしでかしたのかと不安になってきますね……。なので、もっと不安になって一周させて安心したいのでご新規さんはどしどしご参加下さい。

 作品としては長命で外見年齢が変わらない謎のお兄さんと、そのお兄さんのおかしな部分に気付きながらも10年間近くに居て仲良しだったから誰かにとられるのが嫌で自分の気持ちに気付きそうになっちゃってる女の子という物です。いいですね。若い子が恋愛を意識し始める甘酸っぱい青春物はそれだけでご飯が四合いけます。っくぅ~、若い精神の感性っていいなぁ~。

 性癖紹介は基本的にこの謎のお兄さんの事が書かれていて、『黒髪赤目』と『見た目から実年齢が計れない若作り、あるいは童顔の男性』と『しっぽ髪(セミロングくらいの長さの髪を後ろで一つに結う髪型を指す)』な部分で読む人に人外っぽさを感じさせ、『普段は飄々としている兄貴分』として良いお兄さんに見せかけて、『犯罪レベルの年の差』と『おにロリ』で女の子の方だけじゃなくてお兄さんにもその気があるというのを性癖紹介の順に作中でも開示していくのが性癖紹介の使い方が上手いと思いました。
 性癖紹介は読む前からこの作品がどんな作品かを分かりやすくするもので、いわゆるタグよりも細かく説明出来る物です。なので、この性癖紹介に書かれた事を見て作品を読みに来た人にとっては、この作品の様に性癖紹介通りに話が展開されていると「正に期待通り!」となるので読んでいて凄く良い満足感を得られるんですね。新規の方なのに性癖小説選手権のやり方を理解されているのは嬉しいです。
 そして性癖紹介の予想通りだった話が最後の性癖の『超越者』という部分だけは読者の予想を裏切る形で提示されているのも凄く良かったです。読者は予想通りに物事が進むと安心をしますが、それだけだと物足りなかったりします。そこで予想外の事が起きると読者に強い印象を与えれるので、この作品を読み終わった人は「超越者って凄い…」と、『超越者』の性癖が強く埋め込まれている事でしょう。

 ここからは個人的な感想なのですが、周囲の人間がお兄さんの事をおかしく思っていないのに女の子だけがそのおかしさに気付いているのは女の子も『超越者』としての力の片鱗があるという事なのでしょうか?だからお兄さんもこの子には執着しているとか?
 これは読者としての自分が気になっただけの部分なので明確な答えは無くてもいいのですが、やはりこうやって読者に想像させる部分もある作品というのは強く心に残るのでいいですね。見事でした。


12 題名:最後に何故かひっくり返る。 作者:おくとりょう

性癖:意味深な何か
性癖:意表をつく結末
性癖:綺麗じゃない人間の心
性癖:実質、何も解決してない話
性癖:淡々と色つきふんわり情景描写
性癖:逆主人公補正(嫌なことが起きる)
 

 こちらもご新規の方のおくとりょうさん。ご新規と言いつつも他の個人開催の小説大賞で何度かお見掛けしているので初めまして感は無くてご新規だと気付きませんでした。ご参加ありがとうございます。

 三者の視点(正確には二者?)で書かれた同じ場面の物語で、恐らくなんですが青色の体をした水槽に住んで居る何かを部屋の主が居ない間に元カノが殺害に来たという感じだと思います。そして、殺害目的なのか殺害するのを戸惑ったけど何かはして帰りたかったのか不明ですけど、その青色の生物にマヨネーズをかけたという話なのでしょう。
 ただ、本人(人じゃないかも)も青い自分と言っているのにマヨネーズをかけた後は白い肌になっているので、色を吸収する体とかなのかもしれませんね。最後は夢なのか現実なのか曖昧なままで終わっていて謎は残るばかりです。

 しかし、この作品は性癖小説なので書きたい部分だけを書き連ねることがOKで細かい説明は必要ありません。だからこそ『意味深な何か』『意表を突く結末』『実際、何も解決してない話』という性癖が提示されているのでしょう。凄く詩的な作品で雰囲気が良く、こう言った不思議な雰囲気の作品は考察の余地が多いので大勢で見て考察するのに向いた作品ですね。性癖小説っぽくてとても良いです。
 『綺麗じゃない人間の心』というのはおそらく彼女の青色の彼に対する嫉妬なのでしょうが、部屋の主が彼女に対して何かをしたというのもありえて、それによる復讐で青い彼が殺害されたいう見方も出来ます。
 『逆主人公補正(嫌なことが起きる)』というのも、自身は関与していない部分で何かが起きて今回の主人公であろう青い彼が悲惨な目に会うという事でしょう。自分では何もしていない筈なのに周りが勝手にヒートアップして悪いことが訪れるというのは、見ている側としてはコメディとして面白がれる現象です。

 恐らくですが、おくとりょうさんは「傍観者」としての立ち位置のまま全体を見渡して、それがどうなろうとも自分は手出しをしないで眺めるというのが好きなのではないかと思います。『淡々と色付きふんわり情景描写』というのも、出来事その物を色で見て捉えており、「眺める物である」という認識なのではないでしょうか。
 これらの考察は自分が勝手にそう感じただけなのですが、個人的におくとりょうさんは自身の性癖の根底になる物を発見できれば性癖表現者として凄い力を発揮される方なのではないかと思います。
 殺害方法が食材にかけるべきマヨネーズな事や、擬音の使い方、色での表現の仕方、どれも強い性癖力を感じます。

 あとがきを読まなければ伝わらない部分もありましたが、ご自身で反省点を理解された上で次はこうしようと考えていらっしゃっています。
 凄く楽しみです。応援してます!


13 題名:興信所を雇うより殺した方が早い 作者:神澤直子

性癖:シルバーグレイのおっちゃん

 神澤直子さんもご新規の方なのですがご新規という感じがしないですね。某あの人のセリフっぽい題名なので大丈夫かと思いましたが大丈夫でした。

 内容はカッコイイシルバーグレイの頭髪のおっちゃんがカッコよく仕事を任せて帰っていくだけというもの。カッコイイ。何かのいざこざ後とか何かの拷問後とかのそういうのの死体処理の仕事を任せて帰っていくだけなんですけどもう全部がカッコイイですね。いいです。分かりやすく性癖小説。こういうのがいいんですよ。

 いやほんと、性癖小説として完璧で作品について言う事が思いつかないです。おっちゃんカッコイイ!!
 自分にはおっさん趣味とかは無いんですが、こういうおっちゃんがカッコイイ作品を読むとおっちゃんがカッコイイから(おっちゃんカッコイイ)ってなっちゃうんですよね。これこそ性癖小説の「読者にも性癖を植え付ける力」であり、こういう小説が集まるからこそ性癖小説選手権を開催している部分があります。
 なのでご新規の方に完璧な性癖小説をお出し頂けて凄く嬉しいです。ありがとうございます!

 無理やり何か言葉をひり出すとしたら、神澤直子さんはグロ方面の性癖もありそうな感じがするので、そっち側の描写を濃くして下さると自分が喜ぶって事ぐらいですかね。グロ表現は人によっては無理なので大衆受けはしなくなりますけど、好きな人は好きなのでコアな人気が産まれるかもしれません。
 でも十分これだけで作品として満点なので無くてもいいんですけどね。
 ほんと、良い性癖小説をありがとうございました。


14 題名:サメといれずみ美少年 作者:武州人也

性癖:サメ
性癖:入れ墨をした褐色美少年

 性癖小説選手権常連且つ、とても性癖力の高い小説を書かれる武州人也さんです。
 『サメ』と『入れ墨をした褐色美少年』の二つの性癖はどちらも武州人也さんが普段からアピールされている性癖で、この作品もその二つの性癖の魅力が現れまくってます。
 というか、もう完璧なんですよこの作品。性癖小説として完璧です。『サメ』についての知識は深まるし、『入れ墨をした褐色美少年』の二次性徴を終えるか終えないかぐらいの男女の違いがはっきりとはしていないのにも関わらず運動はしっかりしているから筋肉は付いていて肩幅もあって脂肪は少なめで細くともしなやかさを持つ肢体をしているのがとても目に浮かぶんですよ。普段から水着姿だから体を見られることにも慣れているんでしょうし、何よりポニーテールがいいです。中性褐色ショタと言えばポニーテールなんですよね。これは刺身は醤油で食べるぐらい当たり前の組み合わせなんですよ。そういった基本的なポイントは抑えつつも体の広い面に赤い入れ墨があるという静と動の肉体的美しさの表現。前回よりも性癖力を上げられましたね。見事です。
 最後に実話風の思い出話として現在の状況を綴って、もう会えないだろう事に涙するのも詫び寂びですね。一つの芸術作品として完成していると言ってもいいでしょう。

 しかし、これほどまでに素晴らしい作品なのですが、武州人也さんがサメと美少年を書く事に慣れすぎていて、そのどちらにも疎い人にはこの『入れ墨をした褐色美少年』の外見の良さが伝わり難いのではないかという心配もあります。
 分かる人には良さがもの凄く分かる作品なのですが、二次性徴前の褐色ショタの素晴らしさを予め知識として持ち合わせていない人には上半身を露出している姿がとても魅惑的な事が伝わり難いでしょう。分かる人には分かるんですよ。めちゃくちゃえっちです。えっちなんですけど、多分見たことない人には伝わらないんじゃないかなと。

 武州人也さんは常連だからこそ少し厳しい講評をしましたが、美少年が好きな人にとってはこの作品は文学作品とも言える美しさを持っていると自分は思います。
 初心者向けではなく履修済みの人に向けた作品も需要があるものですし、これで間違っているというわけではありません。とても性癖力に溢れていて自分はとても好きです。ありがとうございました。


15 題名:青い空に白いタオルと 作者:おくとりょう

性癖:綺麗な空
性癖:唐突に吹く風
性癖:何も起きない話
性癖:しっかりものの年下
性癖:愛欲とは違う強めの愛
性癖:おねショタorショタおね

 おくとりょうさんの二作目ですね。二作目提出者としては最初の方じゃないでしょうか。ありがとうございます。

 一言で言うと青春という感じの作品なのですが、その青春の中でも限定された時期の恋とかの話になる前の状態という感じの作品ですね。だからこそ性癖紹介に『愛欲とは違う強めの愛とあるのでしょう。
 性癖というとどろどろした物を思い浮かべる方もいらっしゃいますが、おくとりょうさんの性癖はさらっとしていて爽やかな感じがします。いいですね。性癖は人の数以上にあるのだから爽やかな性癖も性癖です。なんとなくポカリスウェットのCMを思い出しました。

 内容はおねえちゃんぶってる女の子と元気がある少年という感じでほっこりしますし、お互いに思いやっている関係性からおくとりょうさんがこの二人に愛情を持って接しているんだなというのが伝わってきました。
 まだ幼い関係性ながらもお互いを支えあっている様な関係。そういった愛は愛欲とは違いますけど確かに愛です。微笑ましいし慈しいです。
 そして、何気に凄い事をされているのが最初の性癖に『綺麗な空』とあってタイトルにも青い空とはるんですが、実際の空の描写は一番最後の行だけなんですね。
 それなのにも関わらず、冒頭から暑い夏の日で空が晴れている様子がこちらに伝わってくるんですよ。無意識に読者に『綺麗な空』という性癖を理解させるという高度な事をされています。直接書いていない事を雰囲気だけで想起させるというのは大変難しい事なのに、それがさらっと出来ているので読み返してから驚きました。

 一作目と比べると二作目はとても分かりやすい話でしたが、やはりどちらも作者が傍観者としての立場をとっている作品の様に感じました。
 恐らく登場人物の動きになんらかの制限を付けているのではないかという感じがしますが、その分周りの状況の説明を多くする事で読者に情景を想像させ、脳内で物語を保管させる様なスタイルの書き方をされているのだと思います。このスタイルは性癖を読者に受け入れてもらう性癖小説のやり方に適したスタイルなのではないでしょうか。
 おくとりょうさんはこれで二作投稿していただいていて、残りもう一作の投稿が可能です。
 まだ最終日まで一か月以上ありますので、もしよろしければ三作目も投稿してみて頂きたいです。個人的に性癖小説書きとして凄い潜在能力を秘めているのではないかと勝手な期待をしています。(でも変にプレッシャーを感じないでのびのびとされて下さい。それがおくとりょうさんの小説の良さでもあると思います)(なんなら三作目無くてもいいです。強制して書いてもらうのは悪いですし)(個人的なわがままなので)

16 題名:雨ヶ崎涼音は振り向かない。 作者:偽教授

性癖:地味子

 こちらは偽教授さんも二作目の投稿。筆が速いのはそれだけ多くの性癖を発表出来るという事なのでとてもいいですね。性癖表現者としてグッドです。

 そして内容ですが、めっちゃ好きです。見た目は地味かもしれないけど積極性もあって社会性もある女の子で男の扱いも多少離れている子。そんな子に恋をした男の子が語り手なんですけど、その男の子の恋愛も女の子の恋愛も大成功とはいかない悲しい青春の物語。いいですね。『地味子』ではあるけれど魅力がいっぱい詰まってます。
 話は三つの章に分かれていて序破急の基本が抑えられていて小説としての完成度が高く、性癖小説としてじゃなくても評価される作品じゃないでしょうか。性癖小説としても最初の章で『地味子』の地味らしさを細やかに説明し、次の章で『地味子』だからなのかは分からないけど恋愛が上手くいかないという事を説明し、最後の章は寂しさと余韻を残しながら『地味子』の良かった部分を過去形で語っています。
 多分この話は『地味子』だからこそ語り手の男の子とも一番の恋愛対象だった男の子ともくっつかずに終わったのでしょう。それぞれが一番の物を手にしてしまったら主役や正ヒロインになってしまうので、『地味子』のままではいられません。この青春の筈なのに晩秋を感じさせる物語の終わりかtあだからこそ『地味子』という魅力が最後まで引き立っている感じがしました。ハッピーエンドではないにもかかわらず嫌な気分ではなく「そういう物なのだ」という納得感を読者に与えれるのは流石だと思います。

 話の内容から知ると『地味子』以外にも『成就しない恋』や『穴埋め的に求められること』みたいな色々な性癖が見え隠れしているのではないかと思いましたが、それらも全て『地味子』に内封されているのでしょう。概要にも書かれていますし、
 「俺の性癖の『地味子』はこうだ!」
 という強い意志を感じました。良い性癖と良い性癖小説です。ありがとうございます。


17 題名:畳の兄 作者:木古おうみ

性癖:邦ホラーに出てきそうな陰湿因習寒村の兄弟

 木古おうみさんもご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。10文字から参加可能なのでばんばん参加頂いて大丈夫なんですよ。

 内容は兄が死ぬ夢を見たけれど兄が死んでいなくて安堵したというだけの話なんですけど、三行目を読んだ瞬間に笑い声が出ちゃいました。
 一行目で夢を見た事を提示、二行目で情景を浮かばせつつ疾走感溢れる移動の描写、三行目で猿轡を外して安堵する。文体が自然すぎて一瞬何をされているのかが分からなかったですけど、分かった瞬間に「はっはっはっはっはっは!!」笑いました。短文が上手いです。一般のホラーとかミステリーとかに応募しても何らかの賞を取れそうな完成度だと思います。
 性癖は『邦ホラーに出てきそうな陰湿因習寒村の兄弟』となっていて、短い本文と合わせて一見内容が分かりやそうなんですが、中々そうもいかない深い作品だなと感じました。
 そのまま素直に読めば「弟が陰湿な因習で兄に猿轡を嵌めていた」と読めるのですが、だいたいこういう陰湿な村の因習の被害者って弟側だったりするんですよね。そうなると「弟が陰湿な因習で村中や兄から何かをされそうになったが返り討ちにした」という内容にも読めますし、死んだら困るという部分で「復讐の為に生きていて欲しい」というのや「何らかの犠牲は必要で自分の代わりに兄を生贄にするから死なれたら困る」という部分まで色々と想像が出来てしまいます。
 この読者が作者の性癖を受け入れて色々と想像をするという事が性癖小説の醍醐味ですので、ご新規の方ながらに短文で完成度の高い性癖小説を投稿いただけて凄く嬉しいですね。

 余計なものが無い研ぎ澄まされた性癖小説でした。恐らくホラーやミステリーに相当詳しい方なのでしょう。そっち系が好きな方は木古おうみさんの他の作品も読んでみて欲しいです。


18 題名:圧 作者:神澤直子

性癖:事故死

 神澤直子さんの二作目。初参加ながら性癖小説選手権のやり方を理解されていて嬉しいですね。そう、短くても性癖が詰まっていればいいんですよ。

 タイトルは「圧」。性癖は「事故死」。本文の最初は「パンッ」。いいですね。分かりやすいです。何らかの作業中の事故による圧死ですね。細かい説明は無しに最初から死んじゃっているのがいいです。これが死ぬ人の言葉から始まっていたら、性癖に『死の間際の悲鳴』とか『死ぬことが分かってない人の間抜けた声』なんかを追加していただいた方が良くなるんですが、そうじゃなくて『事故死』なので死の瞬間が最初でいいんです。寧ろ死が最初だからこそこの作品は『事故死』の性癖小説と言えるのでしょう。
 その後の描写も人の体は血と糞が詰まった袋であるという事を認識させる物になっていて、圧死した人がどのような形になっているのかを端的に説明しつつも読んだ人に不快感を与えるような物になっています。いいですね。とてもいいです。不快であっても感情は感情。文章で相手の感情を動かす事が出来るというのは表現者として素晴らしい事です。嫌な気分でも感動って言いますからね。それに嫌な気分になるかどうかは人次第ですし、逆に楽しくなっちゃう人も居るので大丈夫です。これは需要がある文章です。

 一作目も二作目も短いながらも性癖が詰まっていて、性癖の為にこの文章を書いたという感じがしてとても素晴らしかったです。楽しみながら書いていらっしゃるんだろうなというのがこちらにも伝わってきて嬉しくなりました。
 このまま事故死シリーズを書いて欲しいぐらいの完成度です。ありがとうございます。


19 題名:恋の毒 作者:悠井すみれ

性癖:中華後宮での骨肉の争い
性癖:横恋慕
性癖:勘違い男へのざまあ
性癖:毒殺・暗殺
性癖:権力者に翻弄される美女
性癖:か弱い女の復讐
性癖:年の差
性癖:台詞の意味が変わる
性癖:歴史に残らない裏側
性癖:真実は本人たちだけが知る
性癖:読者に想像の余地を残す

 他の自主企画なんかでは関りのある方ですが性癖小説選手権はお初ですね。悠井すみれさんご参加ありがとうございます。

 悠井すみれさんは強い女性(not肉体的)の作品を丁寧に書き上げる方なのでワクワクしながら読ませていただいたのですが、期待通りにとても良い性癖小説でした。

 内容としては父親の妻になった女性を好きになった次男が居て、父親の死後にその女性が兄の妻になり、兄の死後には自分の妻となり、初夜の時にずっと好きだったことを打ち明けたら「やっと分かった」と言われて次男も死んでしまい、女性も死んでしまったという物。
 悠井すみれさんは前々から「読み手に様々な事を考えさせる」というの手法を多く使用されていらっしゃる方で、この作品も大筋としては「次男が女性を手に入れる為に父と兄を殺害した。そして女性は最初の夫を愛していたので次男を殺害して復讐を遂げて自分も最初の夫の元へと旅立った」と読むことが出来ますが、これは性癖小説です。それで終わるとは限りません。
 性癖紹介にも『読者に想像の余地を残す』と書かれている通り、この作品は悠井すみれさんの性癖が詰まった作品となってまして、どの死が誰による物なのかや、誰は『毒殺・暗殺』ではなかったかや、そもそも『横恋慕が誰から見て誰への『横恋慕』なのかや、『勘違い男へのざまあ』の勘違いがどの部分なのかが確定されてはいない作品となっています。
 「女性が次男をなんらかの対象として探していたこと」「父と兄と次男は同じ病気で斃れていること」この二点だけは確定する情報ですが、それ以外は読者の想像による補完でしか無いんですね。読むごとに違う解釈、違う補完が生まれ、その度に提示されている性癖の『台詞の意味が変わるというのを実感させられます。もしかしたら「恋の毒」というタイトルでさえ誰の恋なのかが確定されていませんし、最後に女性が自殺したように見えるのも他殺の可能性もあります。『歴史に残らない裏側の裏側の部分がとても多く、そこにロマンを感じてしまった人はその時点で悠井すみれさんの性癖に取り込まれています。
 上手いです。一旦物語を自分の中に取り入れ、そこから咀嚼して飲み込むという性癖小説の読ませ方を知ってらっしゃいます。その上、その物語の咀嚼行為そのものも悠井すみれさんは性癖とされています。創作者として強すぎません?

 作中で多くを語らないのは勿論ですが、その語らない部分を性癖紹介で想像の余地を持たせながら読者に保管させるというのもこの性癖小説選手権のルールを上手く使っていて、とても初参加だとは思えませんでした。
 物語についてかなり研究されていらっしゃいますね。醜さと儚さがありつつも、とても強い作品でした。


20 題名:夜の底 作者:目々

性癖:不穏な先輩
性癖:その場凌ぎの餞別

 目々さんもご新規の方ですね。ここまでて約半分の作品がご新規の方というのは嬉しいですけど、どこでそんなに話題になっているんだろうと気になりますね。そんなに宣伝してないのに。

 作品の内容は換気扇に吸い込まれていく煙草の煙を見ると音信不通になった先輩の事を考えてしまうという物で、その先輩が『不穏な先輩』という部分と、普段は煙草を強請る側なのに音信不通になる前は逆に煙草を渡して来たという内容。
 短いながらも深いストーリーがありそうな描写がいいですね。先輩がただ物ではないではないんじゃないかとか、そんな先輩が心を許している後輩はいい奴なんだろうとか、もしかしたら今まで吸った分の煙草を返して消えたんじゃないかとか、二つ目の性癖に『その場凌ぎの選別』とあるので急いで居なくなる必要がありつつも後輩に何かは伝えたかったんじゃないのかとか、実はそんな事は全部深読みなだけで特に何も無くてひょっこり現れるんじゃないかとか、そういった想像の余地が多くて凄く好きです。性癖小説としても完璧です。
 煙草というアイテムが先輩を思い出す事きっかけだったり先輩の人柄を現わす物だったりと、一つのアイテムに複数の役割を持たせるのも個人的に好きでした。もしもこの話が長編になったりとかしたら先輩が現れる度に煙草の臭いがしたりとか、煙草にまつわる何かがあったりとか、そういう重要なキーアイテムになったりするのでしょう。そういった意味では煙草に対して『舞台装置の小物』という性癖もお持ちではないかとも感じました。

 初参加という事で二つだけ性癖を提示していただきましたが、まだまだ他にも『ダウナー系後輩』やら『少し変わった日常』やらの性癖もお持ちになってそうな気配が致します。
 よろしければまだまだ締め切りまで日数がありますので、これでもかと性癖を詰め込んだ物を書いてみませんか?性癖小説選手権はどんな性癖でも受け入れます。是非とも特大の性癖をぶつけてみて下さい。お待ちしてます。


21 題名:こんな僕にも貴方は優しい 作者:双葉屋ほいる

性癖:クソデカ感情を向けてくる情緒不安定なヤバい奴

 双葉ほいるさんと言えば小学生男子が好きなワードを元にした下ネタ大運動会をイメージされる方も多いかもしれませんが、カクヨムの紹介欄にも書かれていらっしゃる様に百合とBLも生産されていらっしゃる方です。下ネタ作品と同じく濃厚な物が多くて素晴らしいのですよ。

 こちらの作品は性癖に『クソデカ感情を向けてくる情緒不安定なヤバい奴』とある通りに、一方的に崇拝して、一方的に傷付ける行為をして、一方的に反省して、一方的に自分を罰しているヤバい奴の話です。
 相手に対しての自分の感情が大き過ぎるあまり、相手の感情にまで目が向けれていないという典型的な一方的クソデカ感情奴ですね。しかし、テンションが高い時は盲目であっても、情緒不安定なので落ち着いた時には相手の気持ちがが見えてしまうんです。特に顔を見てますから嫌な顔をしていたのがよく見えたのでしょう。賢者タイムは冷静になりますよね。分かる分かる。
 そしてこの人、最初は「引き摺り下ろす役目を賜る」と神を下落させること喜んでいますが、次は「貴方に一番近いところにいる」と言っています。
 という事はいつの間にか「神と崇める相手を引き摺り下ろす」のではなくて、「自分も神と同じ立場に居る」と思っているんですね。色んな人に見捨てられたと思っていたのに神が自分(の物)を受け入れてくれたから自分も神と同じ立場になれたと思っています。余程受け入れてくれたことが嬉しかったのでしょう。まあ、物理的な受け入れなので直ぐになんか違うって気付いているんですけど。

 その後、直ぐに神を開放しますが、悪感情であっても「自分が神に認知してもらっている」という状況が嬉しいので、神が望んでもいない罰を自分に課します。物理的に接触せずとも自分の行動によって神が嫌な顔をすればそれで満足という間接的構ってちゃん。一旦は顔色を気にするも、最終的には相手の気持ちなんかハナから気にしてないという部分に戻ってくるというとても良い鬱屈した精神状態です。だからこその『クソデカ感情を向けてくる情緒不安定なヤバい奴』という事なのでしょう。

 とても良い感じの純愛と見せかけた相手を全く理解していない一方的な感情の押し付け作品でしたね。実際に遭遇すると怖い奴ですが、それだけ感情を強く持てる部分は尊敬出来るヤバい奴でした。
 何気に下ネタの部分も隠れ切れていない感じがしましたが、良い性癖作品です。ありがとうございました。


22 題名:一夜 作者:辰井圭斗

性癖:ホテルに誘ったはいいが、手を握るのがやっとでフリーズし、「こんなはずでは」とグルグル思考しながら何一つアクションができない交際相手をニコニコしながら見つつ何もしてこない物腰柔らかな年上の男

 辰井圭斗さんはこの第四回性癖小説選手権と同じ開始日の4/1から自主企画を開催されている方で、その自主企画はこちら
 「小説はどこまで遠くに行けるか」という物を裏テーマにされている面白い企画ですので、良かったらこちらにも参加してみて下さい。

 投稿いただいた作品の性癖を見た時、思わず「長っ!」と言ってしまいました。
 性癖小説選手権では殆どの方が箇条書きで性癖を記載されるのですが、稀にこうした具体的な性癖を綴られる方がいらっしゃいます。性癖紹介は「この限定された性癖が好きです!」という物の提示なのでどちらの書き方が良いとか悪いとかはありませんが、やはり長く書かれた性癖を見ると圧を感じますね。性癖力の圧です。

 そんな『ホテルに誘ったはいいが、手を握るのがやっとでフリーズし、「こんなはずでは」とグルグル思考しながら何一つアクションができない交際相手をニコニコしながら見つつ何もしてこない物腰柔らかな年上の男』という性癖の性癖小説ですが、内容は本当に『ホテルに誘ったはいいが、手を握るのがやっとでフリーズし、「こんなはずでは」とグルグル思考しながら何一つアクションができない交際相手をニコニコしながら見つつ何もしてこない物腰柔らかな年上の男』という内容です。ホテルに誘うまでに女性側の葛藤が凄く丁寧かつ滑稽に書かれており、「壺を見ては抱いてくれと思い、石器を見ても抱いてくれと思うので」の部分で笑ってしまいました。
 読んでいるうちにこの女性に凄く頑張ってドッキングして欲しいという気持ちにはなるのですが、お相手の方が『ホテルに誘ったはいいが、手を握るのがやっとでフリーズし、「こんなはずでは」とグルグル思考しながら何一つアクションができない交際相手をニコニコしながら見つつ何もしてこない物腰柔らかな年上の男』なので、結局は何も無いんですね。いいです。それでこそ性癖小説です。まったくもってブレない性癖は素晴らしい。
 最後に「まだ、きっと九時くらいだ。」とあるので、まだまだこれから朝まで「こんなはずでは」を繰り返すのでしょう。勇気を出して踏み込んでみて欲しいけれど一線は越えて欲しくないという謎の感情を持ってしまいます。つまり、読んでいる側も『ホテルに誘ったはいいが、手を握るのがやっとでフリーズし、「こんなはずでは」とグルグル思考しながら何一つアクションができない交際相手をニコニコしながら見つつ何もしてこない物腰柔らかな年上の男』に翻弄されてしまうんですね。そしてこの性癖を植え付けられてしまうという。

 短編としても性癖小説としてもとても上手くて面白い作品でした。性癖が長文な性癖小説としてのお手本にしたいぐらいの完成度です。


23 題名:思い出の慰砂魚 作者:狂フラフープ

性癖:卑屈に見えてやたら強情な頭のねじの飛んだ女
性癖:格下だと思っていた相手にうろたえる
性癖:小説から文字をいっぱい削る

 他でご一緒した事があるのでお初という感じはありませんが、狂フラフープさんもご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。

 作品の内容は主人公である男性の向こう見ずな偽善と、慰砂魚を育てて振る舞う不思議な女性と、その旦那の乱暴さと、女性が考えている何かしらの罠という、とても丁寧で綺麗な描写でまるで古典の教科書に載っているかのような作品だったんですが、最初の性癖が『卑屈に見えてやたら強情な頭のねじの飛んだ女』となっていて、作品の綺麗さと性癖の豪胆さのギャップで思わず声を出して笑っちゃいました。
 確かにその通りの女性だったんですけど言い方が面白いです。このギャップの演出も狂フラフープさんの味なのでしょう。
 慰砂魚という魚は架空の物なんでしょうが、この女性が自分を慰砂魚と例えるのもミステリアスさがあっていいですね。まるで慰砂魚の精みたいですけど、言ってることは要はメンヘラって事なのでやっぱりねじの飛んだ女って事になってしまいます。
 そして二つ目の性癖の『格下だと思っていた相手にうろたえる』というのは、生け簀に手を入れようとして止められた事と、助けに言ったつもりがそんな必要が無かった事の二つなのでしょう。最初は単純に女性だからと勝手に格下だと判断しており、次の時は本文に書かれている通りに「哀れな者を見ると自分が救わねばと強く激しく思い込む」事でこの女性の事を「哀れな者」と格下だと判断してしまっています。決して悪人では無いですが偽善しか行えないタイプの人間ですね。確かにそういうタイプの人間がやり込められる姿は滑稽さと爽快さがあります。本人的には助けに行ったつもりなのに、逆に慰砂魚の餌になりそうだった所を助けてもらうなんて恥ずかしすぎですよね。しかも二回目ですし。

 最後の罠の仕掛けについては乱暴な主人を暗殺する為の仕掛けだと思うのですが、深読みをすると自分を助けに来ようとする何者かの為に仕掛けた罠とか、単純に事故に見せかけた慰砂魚の餌の確保の為というのもありそうだなと思いました。
 三つ目の性癖に『小説から文字をいっぱい削る』とあるので、これはわざと分かりにくくさせている部分もあるんじゃないかと思います。そういった読者に想像させることこそ性癖小説の醍醐味なのですが、この取捨選択は中々難しくて、削るのも説明しすぎるのも塩梅が大変です。
 狂フラフープさんの作品はこの部分が「多分こうなんだけど、もしかしたらこうかも?」という丁度よい曖昧さ加減になっているので、上手く性癖にまで落とし込んでいるなという感じがしました。
 全体的に丁寧に練られた性癖の詰まった作品だと思います。お見事でした。


24 題名:使用済・記名済・毀損済 作者:目々

性癖:消極的かつ破壊的な所有欲

 ご新規さんの目々さんの二作品目。初参加で二作投稿ありがとうございます!

 こちらの作品は一作目とは違って直接的な性癖で修飾されている性癖小説ですね。性的なところは何もないはずなんですが、思わず読み終わってから「えっちだぁ…」と呟いてしまいました。自分的にはとてもえっちです。グッドえっち!
 内容的には性癖紹介に書かれている『消極的かつ破壊的な所有欲』がどういう物かというのを説明した正に性癖小説その物で、余計な物は無くて私の性癖はこれです!!!という強い意志を感じます。

 自分の物を誰かに使われるのが嫌なのでその奪われる理由である価値を破壊するという行為ですが、自分はこの行為は<性癖の行き着く先の一つ パッションホライゾン>だと思っており、相手に対する最大限の消費の仕方だと思っています。
 その物の価値を消費したのは自分であり、消費したという事はその物に価値があった事を知っているのは自分だけという事でもあります。自分だけが価値を知っているのならば他者がその価値を羨む事が無く、誰にも奪われることが無い。物の価値を高めるのではなくて貶める事で満足するという『消極的かつ破壊的な所有欲』。とてもいいですね。欲求に正直です。世間からは危険人物の様に見えるかもしれませんが自分はその欲求を肯定します。もっと大事な物を増やそうぜ!
 冒頭に述べたこの作品のえっちな部分なんですが、この作品の本文の大部分は上記の「自分が自分の物にどういう行動を取るか」の説明文になっていて、最後のオチの部分で「兄も所有物である」という事の証明と「兄は所有物だから自分の物を貸し与えても良い」という、とてもい慈しい愛情の説明をとなっています。
 この時、兄はその所有物であることの宣言の破壊行為を見ても笑いながら「またやってるのか、それ」と言うだけで諫めてはいないので、凡そではその行為の意味を理解しているんですね。という事は自分の目の火傷の意味も知っているという事であり、それなのに笑っているという事は自分が『消極的かつ破壊的な所有欲』の対象である事を受け入れているという事なんですよ! これはえっちですよ!! 性癖を受け入れて付き合ってくれるなんてえっちすぎます!! 優勝!!!

 読んでいて思わずテンションが高くなってしまった作品でしたが、初参加の方にこんな良いえっちな性癖小説を投稿いただけるなんて物凄く嬉しかったです。
 まだまだ他にも参加作品が沢山ありますし締め切りまでも時間があるので確定ではないですが、性癖小説選手権えっち度ランキングがあったら今のところの優勝候補の作品ですね。
 とても素晴らしい物をありがとうございます。これからもその性癖力を活かして様々な作品を作ってください!


25 題名:ガラテアに成らずとも 作者:独一焔

性癖:この世の物とは思えないほど美しい少女
性癖:不変の人外
性癖:人の形をした人ではないもの
性癖:何かの代わり
性癖:球体関節
性癖:人外へと向ける感情が重い人間
性癖:ロリ

  こちらも初参加の独一焔さんの二作目。いいですね~、ご新規の方の活気が良くて本当に嬉しくなります。

 そして内容についてですが、すみません。最初に謝っておきます。提示していただいた性癖紹介が全部自分と同じ性癖なので正当に評価できません。「最高。死ぬわ」という感想しか出ませんでした。マジ。最高。俺も「おやすみ」って言ってから永眠したい。出来れば膝枕されながら死にたい。いやでも死んだら悲しむかもしれないからダメだわ。表情を曇らせてはいけない。やっぱ生きる。

 いやぁ、何がいいって、この作品に出てくる陶器人形 ビスクドールは所謂女性型アンドロイド ガイノイドなんですね。このこだわりが凄くいい。陶器人形 ビスクドールは陶器なのでもちろん人間とは違う存在になるのですが、とても良い技術で作られた陶器は一見は人の肌の様なザラつきがありそうな見た目をしていながら、それは表面の透明度が高くて奥の地が浮き出ているだけでツルツルしているんですよ。見た目はだいたい白い物が多いんですが、そうやって温かみのありそうな人の肌の見た目をしながらも触れば人ではないと分かるという『人の形をした人でないもの』という存在が陶器人形 ビスクドールな訳で、その陶器人形 ビスクドールでありながら同じく『人の形をした人でないもの』の女性型アンドロイド ガイノイドなんです。これで性癖の二乗。刺さる人には心臓まで刺さりますよ。とても好き。
 そして『球体関節』という部分もぱっと見は人に見えるけれど確定的に人では無い部分となっていて、ここも人外に対する拘りの一つです。作中にも書かれている通り、完璧に人間と同じ外見の存在を作り上げるのはそれはそれで技術が凄いんですが、そんな事をしなくても人は対象を人の様な物と捉えることが可能で、完璧な人では無いからこそ人には向けれない感情を向けることが可能なんです。この『球体関節』で性癖の三乗。
 更には『何かの代わり』。これは人が人形に対する思いその物であり、『何かの代わり』を求めているからこそ、人は人魚うやぬいぐるみを作るんです。作中ではそれが最初からショーケースに飾られていた特製自動人形 カスタムオートマタで、『何かの代わり』として作られた特製自動人形 カスタムオートマタの代わりの特製自動人形 カスタムオートマタを手に入れたという入れ子構造。ここだけで二乗なので二乗×三乗で六乗。
 『この世の物とは思えないほどの美しい女性』というのもそれが人形だからこそ再現できる存在であり、その美しさは老いることのない人形だからこそ『不変の人外』であり、インプットさえすれば全てを知る事が出来る存在でありながらも何も中に入れない事で再現する『ロリ』という存在。
 他にも作中に書かれている『陶器と機械が併せ持つ性質である壊れやすいけれども丁寧に扱えば長持ちするという矛盾』や、『人と違う体という事の象徴であり指が引っかかる部分のスリット』や、『人形に必要の無い衣服や家具』等も素晴らしい性癖です。本文にはショーケースに飾られていた「彼女」は青いドレスを着ていて彼が購入した彼女は服の描写が無かったですが、絶対に服を着せています。分かります。寝る時なのできっとナイトドレスを着ているのでしょう。ショーケースの「彼女」が青色だったのなら淡いアメジスト色とかいいんじゃないかと思います。瞳が蜂蜜色ですしね。そして普段は長手袋とかしていて欲しい。レースが付いて半分ぐらい透けてる部分が付いてるやつ。もう全部合わせて性癖十乗以上行ってますね。最高です。
 そして極めつけは冒頭の発条 ぜんまいを外部から操作してもらって起動と休眠に入るところなんですが、ここに関しては細かく語るともっと長くなってしまうのでこの辺りで止めておきます。ぶっちゃけこの作品の感想だけで1万字以上書けそう。

 という訳で性癖に合致しすぎていてまともに評価できないんですが、この作品『人の形をした人工物』の性癖小説として素晴らしいので皆さん読んでください。
 この作品があっただけで個人的に性癖小説選手権を開催した甲斐がありました。ありがとうございます。


26 題名:リンゴ飴 作者:まこちー

性癖:人間のフリをした人外
性癖:流行に疎い人外
性癖:夏の涼しい夜

 こちらも初参加であるまこちーさんの二作目。連続して初参加の方の二作目が続くってなんかすごいですね。嬉しい限りです。

 こちらの話の内容はりんご飴を好きな細い目の怪しいお兄さんがお祭りの夜を楽しむだけな話なんですが、性癖紹介の通りに『夏の涼しい夜』に『人間のフリをした人外』が『流行に疎い人外』ぶりを晒すというお話になっていて、特に物事が動いたりはしないのですが、この人外のお兄さんにとっての年に一回の特別な日という感じがしてほんわかする物でした。
 人外と言っても邪悪な者や人社会に紛れ込めてない異端者という訳では無く、人社会の一員ではあるが基本的に人と関わるのが年に一回のお祭りの夜だけなので流行に疎いという話で、わざと人から隠れて暮らしている存在がこっそりお祭りを見に来たという訳では無いのがいいですね。寧ろ逆に人に近しい存在だけど中々人に会いに来れなくて残念という感じで書かれています。
 話の流れ的にはお稲荷さんという事なのでしょうか。でしたらやっぱり外見は怪しい感じのお兄さんですね。間違いない。狐目の男はだいたい胡散臭い風貌をしているんです。そういうもんなんです。
 一年に一回しか人と関われないなら流行に疎くても仕方ないですね。お祭りの最中にインターネットについて説明してくれる人なんかいないですけど、お祭りでラジオを聴いているテキ屋の人は結構いるのでラジオについては分かるというのはおかしくは無いんです。

 最後は神社に神頼みに来た人にそれとなく人外ぶりを発揮する発言をして、そして「また来年」で閉めるのもいいですね。このプロポーズの神頼みに来た人が何かに気付いてお礼を言いに来ようとしても直接会えるのは「また来年」なんですよ。その時には忘れているかもしれないですし、そもそも気付かないかもしれない。それでも村の人だったり縁日に来ている人だったら来年のお祭りで会えるはずだから「また来年」。
 一年あればいろんなことが起きるだろうけど、それでも来年もお祭りがあると信じてのこの発言。人外のお兄さんから人への期待が込められていて嬉しさと切なさの両方を感じました。色々あったでしょうに人の事を思っていてくれている凄く良い方です。

 物語としては特に大きな事件が起きるわけでは無いですが、話の中に込められた人外の存在への『尊さ』を感じました。
 これは感謝の性癖小説ですね。とても良いお話をありがとうございます。


27 題名:【押すと生意気な人が消滅するボタン】 作者:@dekai3

性癖:今迄の自分の行いを全く反省してない命乞いをして許されない事

 流石に自主企画とはいえ一作は出しておかないとなというつもりで最低文字数を目指して書きました。
 体が消滅していくのを理解しながら死にたくないと命乞いをする人ってとてもいいですよね!


28 題名:すでにキミはとりつかれているようだ 作者:柴田 恭太朗

性癖:微視的な妄想に入り込んで抜け出せなくなる男
性癖:言われると即座に受け入れる男

 ご新規さんの柴田 恭太朗さんの作品ですね。ご参加ありがとうございます。
 ご新規の方が多いというだけでなくて、この時点でまだ始まって三日目なのにこんなにも多くの作品を投稿いただけてとても嬉しいです。

 こちらの作品の内容は9割が語り手の男のモノローグで出来ていて、どんどん妄想が膨らんでいくタイプの正に『微視的な妄想に入り込んで抜け出せなくなる男』の頭の中その物という感じでした。
 一つの者に注視し、それについてどんどん妄想を膨らませていくというのは小説を書いた事のある方なら何人かの方が経験した事があるのではないでしょうか。かくいう自分も街を歩いている時に気になった看板の宣伝文句なんかについて(どうしてこんな言葉なのか。もしかしたら担当者に深い考えがあるのか。なんらかの裏のあるメッセージなのか)みたいに妄想に入り込む事があり、この語り手の男の様な妄想を頻繁にします。
 ただ、この妄想というのは自分の頭の中で行う事なので、妄想の深さや広がりには自信の知識や物事の捉え方のセンスが必要になるんですね。その点、この語り手の男はいきなり「バクテリア」という一般の会話では使わない専門的な用語から始まり、「原核生物と真核生物の混合体」「シアノバクテリア」と、一言で「海藻」と言える物をわざと回りくどく説明しています。この知識に裏付けられたユーモアとセンスは茶番と分かっていても面白さと楽しさを与えてくれ、茶番とは分からない人にもハラハラとドキドキを与えてくれます。最後まで読んでオチを知って読み返しても面白いですし、作中に出た言葉の意味を調べてから読み返しても面白いという短編としてとても上手い作品でした。
 最後の「ですよねー」もそんな自分の妄想を『言われると即座に受け入れる男』という事でスッパリと切り止めていて、物分かりが良すぎる男のアピールと共に、読者に感じさせたニヤニヤやドキドキやハラハラを後に引かせずに(ここで話が終わりだな)と、語り手の男の妄想が終わると同時に読者の気持ちの切り替えもさせてくれます。

 相手から「暇人なの?」と言われかねない妄想のモノローグでしたが、短い時間でこれだけ妄想を膨らませることが出来るのは楽しいですよね。
 茶番としての妄想ではなくて本当に危険と思って妄想をしていたとしても、最後に「ですよねー」で終わらせているので真相は分かりません。この事実が曖昧な部分は読者に妄想をさせる部分にもなるので、性癖を紹介するだけではない性癖小説としてとても良い全体像をしていました。
 小説という形だけではなく、噺やコントとして表現しても面白そうだなと思いました。ご参加ありがとうございます。


29 題名:支離滅裂 作者:あきかん

性癖:纏まっていない文章

 こちらはあきかんさんの二作目。何故かこの辺りの作品の順番がカクヨムの企画ページを更新する度に入れ替わったりしているので順番通りになっていないかもしれません。更新順で表示しているんですけど明らかに更新時間が後の物の方が先になってたりしてます。なんででしょう?

 こちらの作品の内容は性癖にも書かれている通りに『纏まっていない文章』という感じの本文なのですが、ちょっと評価が難しくなります。
 というのも、『纏まっていない文章』という性癖で概要にも「支離滅裂」と書かれてはいますが、大きく分けて去勢女、転生の神、ロボットになっていた事、の三つの話に分かれていて、それぞれの話の中で起承転結がしっかりと出来ています。作者であるあきかんさん的には『纏まっていない文章』という事なのでしょうが、自分には筋道がしっかりと出来ている短作集、或いは全てを繋げてオムニバス方式であきかんさんの性癖を別々のエピソードに込めた作品という感じがしました。
 黒澤明監督の作品に「夢」という作品があるのですが、この「夢」という作品は「黒澤明監督が普段から思っている事、考えている事を夢として見た物を映像化した作品」と言われていて、自分はあきかんさんのこの作品を読んでこちらを思い浮かべました。
 それぞれの話である去勢女、転生の神、ロボットになっていた事、の中にはそれぞれあきかんさんが持っている性癖が込められている筈ですので、一くくりにして『纏まっていない文章』と呼んでしまうのではなく、ご自身が持っている性癖について把握をしてみるといいのではないかと思います。

 第二回性癖小説選手権の講評にも書いたのですが、性癖小説選手権は『これが自分の性癖だから』と言い張れば何を書いてもいい場ではありません。自身の性癖と向き合い、普段は我慢しているだろう物を発揮していただく為の場です。
 あきかんさんは『肉食』に対する強い性癖をお持ちになっていて、そこから派生した『他人の情報を喰らう事で自身にする』という性癖もお持ちの様に感じました。
 深い部分にとても良い性癖をお持ちだと思いますので、「自分はこういう性癖を持っている」というのを理解し、それを表に出してあげて欲しいと思います。(※毎回参加されている方なのでわざと厳しい講評をしています)


30 題名:咲いたら散ってしまうから 作者:鯛谷木

性癖:破滅
性癖:挟まれる幸せだったときの回想
性癖:心中の真似
性癖:夢を他人に台無しにされる
性癖:善性だらけの無垢な存在を神格化しつつも地に堕としてしまう思い込みの激しい人
性癖:無自覚な計画的犯行

 一作目がとてもメガネ愛溢れる作品だった鯛谷木さんの二作目。みなさん性癖をどんどん晒してくれていて嬉しいですね。

 こちらは中々物騒な性癖が詰め込まれたお話で、春らしく桜が題材となっているお話です。
 春で桜と言えば出会いや別れの季語として使われる物で、この作品では別れや死や終わりを現わす象徴として使われています。この様な季節に合った季語を上手く使う所や、性癖紹介に並んでいる順番に性癖を提示してはいても『破滅』については直接的な描写をせずに「物語が始まる前に起きた出来事」として扱う所がとても詫び寂びに溢れていて風流ですね。
 大雑把な内容としては「告白を断られたので殺してしまった。死体を埋めた後に自分も死のう」という物なんですが、告白の内容、告白の断られ方、殺害に至った時の感情、殺害中の相手の感情等の、物語としての重要ともいえる感情が一番揺れ動くシーンがほぼ書かれていないんです。基本的にはその後の落ち着いてしまったシーンと、その後の処理のシーンしか書かれていないのです。しかし、それが逆にこの作品の良さになっています。
 俳句はいかに読み手に情景を想像させれるかが評価のポイントになる物なのですが、性癖小説もそうして読み手に想像させる事が目的の一つです。俳句と性癖小説は表現の仕方に近しい物があり、この作品は俳句的な美しさを持った高度な性癖小説と呼べるでしょう。
 本来ならば性癖について説明しすぎても良いのが性癖小説選手権なのですが、この作品の様に逆に説明しない事で性癖を提示するというのはとても難しいやり方です。かなり凄い事をされています。お手本というか例文にしたいぐらいです。
 作品の内容について自分から言える事が無いぐらい綺麗に出来ている性癖小説ですね。

 敢えて何か書くとしたら、最後の会話文や作中に点在している情報から判断するに、『勘違い野郎が考える最善が覆されること』や『お前がやっている事は無駄だったんだ』の様な『ざまぁwww系』の性癖も持っていらっしゃるのではないかという感じがしました。
 大きくとらえればこれも『破滅』に含まれる性癖だと思うので細分化しただけですが、「勘違いしている奴」に対する肯定も否定も含めた強い感情がある様に見えます。
 自分が勝手にそう感じただけかもしれませんが、もしも当て嵌まる何かがあるようでしたら、その部分も加えた鯛谷木さんの新しい物を見てみたいですね。きっと素晴らしい性癖小説になると思います。
 綺麗に纏まっていて参加者の全員に読んで貰いたい程の作品でした。ありがとうございます。


31 題名:早朝、オートロックのマンションにて 作者:惟風

性癖:一見地味な人が、実は凄い能力を隠し持っている。見た目が弱そうで頼りなさそうであればあるほど良い。
性癖:お前はもう死んでいる。

 前回の第三回性癖小説主権からご参加頂いている惟風さん。現実的な人間関係の作品を多く書かれる方で、人をよく見ていらっしゃる方だと思います。

 内容は語り手が殺されるという物なんですが、クライマックスの部分で「お、おばさんっ!!!??」と言ってしまいました。
 予め性癖紹介に『一見地味な人が、実は凄い能力を隠し持っている。見た目が弱そうで頼りなさそうであればあるほど良い。』と書かれているのである程度の予想はしていたのですが、語り手がおばさんと別れてから誰かに会うのかなと思っていたので良い意味で裏切られました。そこに至るまでのおばさんのおばさんらしさの描写が見事でまんまと油断させられましたね。『一見地味な人が、実は凄い能力を隠し持っている。見た目が弱そうで頼りなさそうであればあるほど良い。』という性癖の説明としてとても効果的でした。おばちゃんこわい。
 二つ目の性癖の『お前はもう死んでいる。』は「本人が死んでいることに気付いていじない状態」の事だと思うのですが、こういう「自分は攻撃する側の人間である」と思い込んでいる人物がまさか自分が攻撃されたとは思わずに死に気付かない状況というのはとてもカタルシスを感じるので良く分かりますね。一つ目の性癖の『一見地味な人が、実は凄い能力を隠し持っている。見た目が弱そうで頼りなさそうであればあるほど良い。』と合わせる事でとてもこの殺された男性が滑稽に見え、一つ目の性癖が二つ目の性癖を補完し、二つ目の性癖が一つ目の性癖を補完するという性癖の相互補完となっています。それぞれ独立した性癖であるのにも関わらずどちらもメインであるという使い方はとても上手いやり方だと思います。普段から自身の性癖の扱いに慣れていらっしゃいますね。性癖表現者としてのレベルが高いです。
 
 性癖小移設選手権なので性癖部分だけを抜き出した作品で勿論OKなのですが、これだけ惟風さんが性癖小説の書き方が上手いとなると中編や長編も読んでみたいなという感想を持ちました。
 例えばこの話のおばちゃんを主人公にして毎回誰かしらを殺して貰う作品とかも面白そうですし、また違う性癖を主にした話でも面白そうです。
 短編より中編や長編の方が優れているという訳ではありませんが、中編や長編になるほどに「その作品を長く味わえる」物だと個人的には思っています。惟風の性癖をもっと長く味わいたいと思う人は自分以外にも居ると思います。もしよかったら一考してみて下さい。無理強いはしませんが勝手に期待しています。


32 題名:雪男を探して 作者:292ki

性癖:自分から幸せになれない生き方を選ぶ男
性癖:それを見てるだけしかできない第三者
性癖:幸せになってほしいという願い
性癖:男同士のクソデカ感情

 こちらも前回の第三回性癖小説主権からご参加頂いている292kiさん。前回は『男のクソデカ感情』で今回は『男同士のクソデカ感情』と、クソデカ感情が相互になった作品ですね。前回と同じような性癖を提出いただくと(この性癖が本当に好きなんだなぁ)という気持ちになれるのでとても良いです。どんどん性癖をアピールしていきましょう。

 ネタバレになってしまうのですが、作品の内容は「自分の仇を取ろうとしている友人を見て、そんな事はしなくていいと嘆いている幽霊」ですね。
 最初は死んだ友人の仇を取る為に毎年山小屋に訪れる男を呆れながら見ているただの管理人と思わせておいて、管理人ではあったが既に死んでいる人物でクソデカ感情の向かう先とクソデカ感情を向けている元でもあるという記述トリックになっているのが、自身の「これが好き」という性癖の出し方として上手いなと思いました。
 モノローグの内容的に管理人は男の事を心配している様子だけど(他人の事だから深入りしないのかな?)と読めてしまうんですね。本当は止めたいけど管理人としては山に来る人を拒めないのかなと。
 しかし、後半に入ると実は管理人は雪男に殺された友人本人であると明らかになる。それまでのモノローグが『それを見てるだけしかできない第三者』になっているのですが、それがこの友人本人と判明した時に一気に『幸せになってほしいという願い』という性癖となって押し寄せてくるんです。この瞬間的な性癖の変化は見事だと思いました。

 一つ気になった部分としては「目の前で雪男に殺された」とされている部分ですね。
 例えば雪山でしたら「目の前でクレバスに落ちた死体を探し続けている」や「目の前で雪崩に巻き込まれた死体を探し続けている」でもいいですし、食べられた事が重要ならば「熊に襲われた」や「野犬に襲われた」でもいいはずです。
 それがわざわざ「雪男」となっているという事は、恐らく「荒唐無稽な事を言っていると判断されて周囲から孤立しても決して諦めない心」という性癖をお持ちでもあるのではないかと思いました。その部分が『男同士のクソデカ感情』にも繋がるのでしょう。「世界が否定しようがそれを生きがいとして信念を通す」の様な、繊細で折れてしまいそうなほどに尖っている心を持った物への感情が見えた気がします。

 記述トリックを用いた性癖の演出がとても効果的な作品でした。出来ればこのまま雪男を倒した後に無気力になって友人の元へ行ってしまうのが個人的な好みです。ありがとうございました。


33 題名:在りし日のアリシア 作者:押田桧凪

性癖:庶民と交流するために、身分を偽って高校に通う某国の王女

 押田桧凪さんはご新規さんですね。ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品は性癖紹介の『庶民と交流するために、身分を偽って高校に通う某国の王女』のその物な作品で、王女の価値観でいるから徒歩登校なんてせずに校門まで送迎して貰っていて「いいなー、お金持ちで」と若干身バレしそうでしていない所がくすりと来ました。
 友達の為に身分を偽っている様なのですが、特に名前が出ていない事から友達とは言ってもこの話しかけてくれた友達ではなく「友達という存在を大事にしたい」、又は「友達を作らなければいけない」という一種の義務感の様な物を感じました。
 タイトルが「在りし日の」となっていますし、キャッチコピーに「ふつうの高校生だった、あの頃の私」となっていますし、本文の時間軸ではない未来でアリシアに何かが起こり、何かをして、このおっかなびっくり学生生活をしている姿とは全く別の姿になったりするのでしょう。
 その為に「友達と呼べる物との記憶」を作っているのかもしれないですし、その為に「友達という存在」が必要なのかもしれません。本文が穏やかな物だけにタイトルが意味深になっていていいですね。性癖と合わせて何か不穏な物を感じてしまいます。ナイス性癖小説。

 友達に嘘を吐いている事に心を痛めるアリシアがこれからどんな人生を送ってしまうのかとても気になりますね。
 ほんわかしつつも不穏さを感じる緊張感のある作品でした。ありがとうございます。


34 題名:まだ見ぬ青春 作者:押田桧凪

性癖:新しい女性に出会うたび昔好きだった人を思い出す
性癖:急に名前で呼んで距離を詰めようとする
性癖:「ばーか」で恥じらいを誤魔化す

 順番に読み進めていたのでここで気付いたのですが、押田桧凪さんには三作同時に投稿頂いていますね。初参加で三作連続投稿していただけるなんてとても嬉しいです。性癖に対しての凄い意気込みを感じました。

 こちらの作品は「過去に好きだった女性と同じくピアノを習っていると当たりを付けた女の子に話しかけ、急に名前で呼ぶ」という物ですね。まだ若そうなんですがとても女性へのアプローチの仕方に慣れてます。将来が楽しみだ。
 しかし、そんな将来が楽しみな主人公でも『新しい女性に出会う旅に昔好きだった人を思い出す』という事はその女性の事がずっと忘れられない呪縛をかけられた状態となっていて、『急に名前を読んで距離を詰めようとする』事で新しい女性に積極的にアプローチをしても色々と満たされない状態なのでしょう。なので女の子側からしたら余裕のある男性に見えてしまい、『「ばーか」で恥じらいを誤魔化す』という流れになっているのだと思います。
 性癖が上から順に提示されるとともにそれぞれに繋がりがあり、短い文章ながら人の心の動きの描写をしている良い性癖小説だと思いました。
 さらっと指を褒めたりピアノを習っている事を好きになったように見せかけて、単に昔好きだった人の指の綺麗さを重ねているだけというのは無自覚なのか自覚しているのか分かりませんが結構酷い奴で笑いました。バレたら女の子から殴られそうですよね。しかしそれもまた良し。それがバレた後で女の子が「自分を好きにさせる」と決意するも良しの両得です。とても続きが気になります。

 一作目もそうでしたが、押田桧凪さんはタイトルやキャッチコピーや小説の概要(今回だと性癖紹介)までを含めて一つの作品として作られている様ですね。
 今回のタイトルが「まだ見ぬ青春」でキャッチコピーは「ばーか。」というセリフなので、この話は男の子の青春は終わってしまっている、若しくは終わったように思っているのに対して、女の子の青春がこれからという話なのではないでしょうか。
 だとすると、やはりここから女の子が男の子に対してどんな行動を取っていくのかが楽しみです。性癖小説はこうして読者に想像をさせる事でその性癖を受け入れさせるという部分があるのですが、そういった「知りたい」という欲求を発生させる話作りが上手いと思いました。
 続く押田桧凪さんの三作目も楽しみです。


35 題名:一周まわって、春 作者:押田桧凪

性癖:孤独を募らせる中、後ろから声を掛けられるも、返答に戸惑い、とりあえず季語を口にする

 押田桧凪さんの三作目。高校生、学生の青春と来て、これは大学生の話ですかね。それも二年生っぽいのでちょうど20歳の二人の話になると思います。大人の年齢だけどまだ大人になり切れていない状態ってのはいいですよね。

 こちらの作品も性癖紹介に書かれている『孤独を募らせる中、後ろから声を掛けられるも、返答に戸惑い、とりあえず季語を口にする』という内容を詳細にした物という感じですが、他の二作と同じ様に作中で「現在の時間軸に無い物語」を絡める手法を取っておられます。
 現在の時間軸なのは最初の二行だけで、残りは全て過去の回想という思い切った本文。ここまで徹底されているという事は、押田桧凪さんには「内心の時間経過」の様な通常では知る事が出来ない心境の変化や内面に対しての性癖もおありなのではないかと思います。それが不変であっても変化していても、どちらでも外から見る事は出来ない物なので他者には伺えない本音の部分なんですね。
 一言で表すのは難しい性癖ですが、この部分をはっきりさせると押田桧凪さんの性癖力はもっと高まるんじゃないかと思えました。既に高い性癖力を持っていらっしゃるので、次は更なる高みを目指して欲しいなと思います。
 ご参加ありがとうございました。


36 題名:宵闇に遠く光る星 作者:萌木野めい

性癖:敵に捕らえられて拷問されている美しい男
性癖:子持ちで子供にめっちゃ優しい男
性癖:虐げられているけど自分の力で運命を切り開こうとする少女

 こちらもご新規さんの萌木野めいさん。ご参加ありがとうございます。
 「話の前後無しで性癖描写シーンのみ抽出してもOK」というレギュレーションを上手く活用して下さって嬉しいです。こういう好きな部分だけを書いてもOKなのが性癖小説選手権なのでどしどしご参加下さい。

 物語としては「領主である男が別の領主に捕まって領地を明け渡すことを強いられている場面で、男が捕まる原因となった or 捕まっている時に助けた事で男が何らかの追加の攻めを喰らった原因となった少女に助けを託す」という物ですね。
 まず最初にこの男が美しい男で血塗れの状態で鎖に繋がれているというのがとても性癖に塗れていていいですね。性癖紹介にも『敵に捕らえられて拷問されている美しい男』となっていて、短髪もシャツも血でべっとりなのがいいです。きっとところどころシャツは破れていて筋肉がチラ見出来るのでしょう。えっちですね。いいですね。
 そしてこんな男ですが『子持ちで子供にめっちゃ優しい男』という事は既婚者で子持ちなんですね。元軍人現領主という事で真面目な男なんでしょうが子供には優しいし、既婚者で子持ち(二回目)。そんな男が血塗れで鎖に繋がれて拷問。本当にえっちでいいです。
 最後はアリンカと呼ばれる男が助けてあげた女の子が『虐げられているけど自分の力で運命を切り開こうとする少女』という性癖の通り、恐らく今までは悪い領主の言いなりになっていた所を「命の恩人に報いる」と決意して捕まっている男の為に危険を冒そうとします。男が子供に優しいからこんな状況になったのでしょうが、同じく子供に優しいから助かるかもしれないという希望が持てますね。でもそんな希望を胸に抱いている時でも血塗れで鎖に繋がれているんですよ。えっちすぎます。
 いや本当、とても良い妄想の出来る性癖小説でした。男の外見を「黒髪短髪、黒目」というシンプルな外見と「美しい男」という補足で読者にそれぞれの「美しい男」を想像させているのが見事です。自分は結構筋肉のあるゴツめの騎士を想像していました。渋い感じだけど笑顔が綺麗という感じです。こういうのは正解が無い方が楽しいですよね。ありがとうございました。


37 題名:泣かないで青葉さん、どうしても泣くならそれ僕にだけ見せて 作者:和田島イサキ

性癖:何も悪くない子が理不尽な絶望と悔しさに泣きむせぶ顔

 なんだか常連な気がしていましたが、和田島イサキさんって性癖小説選手権は初参加なんですね。ご参加ありがとうございます。普段からとても強い癖の小説を書かれている方なので性癖小説の内容も楽しみです。

 という事で内容なんですが、ひたすら『何も悪くない子が理不尽な絶望と悔しさに泣きむせぶ顔』という性癖を現わす為に可哀そうになるぐらい女の子に対して色々と理不尽な目に合わせていますね。めちゃくちゃ性癖に正直なんですがちょっと可哀想に思えます。でもカワイイから仕方ないですね。どんどん泣かせましょう。
 提示されている性癖は一つなんですが、作中には他にも「クールな女の子の泣き顔」「服のセンスの悪い女の子」「学校では地味な女の子のプライベートなオシャレ」「ギャップ萌え」「感極まってとびつく女の子」「小さいけど頑張る女の子」と、様々な性癖が詰め込まれています。流石和田島イサキさんですね。まともじゃない主人公を書かせたらとても上手い方なのですが、その主人公が狂う元となる対象にどれだけ愛を注いでいるかの描写も上手いです。この主人公から相手へと向かう愛に和田島イサキさんの性癖も詰め込まれているのでしょう。いいですね。性癖に狂う姿は美しい。
 本来ならば想像する余地を残すことが性癖小説の評価になるのですが、こちらの作品では逆に突拍子の無い理不尽の嵐なので逆に説明部分が多い方が性癖を受け入れやすいという逆の作品でした。

 性癖小説の書き方は一つでは無いので正解は無いんですが、和田島イサキさんはこの形で完成されているのでこの形が和田島イサキさんにとっての正解なのでしょう。
 既にハイレベルな形で纏まっていて完成されているので、自分からは「もっと性癖を書き連ねてもいいんじゃないのかな」ぐらいしか言う事がありませんでした。
 とても楽しい性癖小説をありがとうございます。期待通りの内容でした。


38 題名:大好きだよが言えなくて 作者:川谷パルテノン

性癖:恥じらう乙女

 こちらは第二回性癖小説選手権にご参加いただいていた川谷パルテノンさんですね。他で絡ませていただく事が多いので常連さんな感じがしていましたが、そうでもなかったみたいです。新鮮な目で拝見させていただきましょう。

 さて、本文を読んだのですが。思ったのとめちゃくちゃ違いました。え、甘酸っぱい青春の恋は?好きな芸能人を挙げていった後に恋バナに移るのでは?となったんですが、成程、性癖紹介に書いてある『恥じらう乙女』は何も間違っていませんでした。
 恥ずかしがって自分の好きな芸能人の事を言い出せなかった女の子が、大人しい小動物の様な女の子の勇気に負けてしまったという内容ですね。その後の展開も含めてとてもいい女の子同士の友情です。自分に勇気が無かった事を告白し、それを聞いても逆に好きな物が同じ人に出会えたことを喜ぶという美しい友情。でもきっかけは実写版ストリートファイターⅡのエドモンド本田を演じた人。なんで?
 性癖小説はいかに性癖を読者に理解して貰うかであり、この作品の性癖である『恥じらう乙女』についての内容はしっかりと描写されているので性癖小説として問題はありません。強いて言うのならば「どこか常識がズレている女の子」みたいな性癖もお持ちなんじゃないかとは思いましたが、大元の性癖は恥ずかしがって本当に好きな芸能人を言い出せなかった女の子なのでこれはオマケでいいでしょう。最後の個室の中の女の子に「お前は恥ずかしがらんのかい!!」と突っ込みを入れたくなりましたけど、それすらも計算の内だとしたら性癖の使い方が上手いですね。いやでもなんでエドモンド本田……

 コメディとしても面白いですし、性癖小説としても面白い作品でした。川谷パルテノンさんは作風が完成されているので特にいう事は無いんじゃないかと思いました。
 性癖に『シュールギャグ』と入れてあると読者に優しいかなとも思いましたが、期待して来た人にシュールさをぶつけるのもお好きな様なのでこれは無粋ですね。ご参加ありがとうございました。


39 題名:合図 作者:猫茶とすか

性癖:革手袋を口で咥えて外〝させる〟
性癖:普段はやさしいふりをしている獣に従順な恋人
性癖:常に手袋をしていて行為の時だけ外す

 ご新規さんの猫茶とすかさんの作品ですね。ご参加ありがとうございます。
 この時点ですでに三作も投稿頂いているのを確認しました。とても嬉しいです。ありがとうございます。

 作品の方は性癖紹介を読めばなんとなく予想が付くのですが、とてもえっちです。すごくえっち。
 直接的な描写は『革手袋を口で咥えて外〝させる〟』の部分だけなんですが、これがもう凄くえっちでその後の本番だろう行為が無くてもここで満足できてしまう作品でした。
 6作品目の講評の中でも触れましたが、自分は「隠さなくてもいい物を隠す」という行為はその隠した物に対して特別感を与える行為だと思っていて、今回の「いつ何時も外さぬ手袋をしている」というのは「手を晒す事」に特別感を与えているんですね。常に隠しているからこそ普通の人は見る事の出来ない部分となり、それを見ることが出来るのは本人と一部の人間だけなんです。作中でも本人は「汚らわしいもの」として扱っていますので、物理的と精神的の二つの意味での特別感が込められています。
 この時点でとても淫靡な物に思えてくるのですが、この作品はそれを『革手袋を口で咥えて外〝させる〟』事で相手を獣として扱いながらも「お前だけは特別だぞ」という示威行為を示しているんです。これがえっちじゃなくてなんだと言うんですか?しかも『普段はやさしいふりをしている獣に従順な恋人』という事で世間的には自分を下だと偽りながらも『革手袋を口で咥えて外〝させる〟』事で恋人に「お前は獣だ」と認識させ、立場を逆転させる。
 しかし、この獣扱いされている彼からしたらこの従順そうな振りをしている相手も獣なんですね。それもマーキングをしたり色々と教えてくれたりする獣。つまりは母性と父性をも併せ持ちつつ群れのボスとして君臨もする獣。そんな獣が『常に革手袋をしていて行為の時だけ外す』という事で普段は手と同時に隠している獣性を顕わにする。いや、『革手袋を口で咥えて外〝させる〟』事で顕わに〝させる〟。とてもえっちです。全世界の革手袋ユーザーに読んで欲しい程の性癖小説です。そりゃ腹の奥が妙に熱くなるもの感じますよ。素直になりましょう。汝は獣、まぐわうが良い。

 ご新規の方でしたがとても高い性癖力で描写の細やかな性癖小説でした。
 これは他の二作も期待できますね。ありがとうございます。


40 題名:散らない花を望んだ 作者:羊屋さん

性癖:同性への複雑な感情
性癖:男そっちのけ3P
性癖:語彙が少なく思いを言語化しきれない苦しみ
性癖:あやめ(固有名詞)

 こちらもご新規の参加の羊屋さん。ツイッターでは相互の方で今回の性癖小説選手権を機に小説を書こうとして下さった方で大変嬉しいです。

 内容は女性に惹かれた女性が何らかの言い訳を介して(今回だと男とのプレイ)その女性と間接的な肉体関係を持つという物で、『あやめ(固有名詞』という存在そのものが性癖になっているというのを強く感じました。
 惹かれていると言っても『同性への複雑な感情』という事で、それが恋なのか愛なのか支配されたい欲なのか本人でも分かっていないようですけれど、自分には「同化」を求めている様に感じましたね。既に同じ部分を持ちながらも自分とは違う存在と全て同じになりたいみたいなそんな感じのです。これは自分が感じただけなので正解かは分かんないですけど。
 男性との性行為をしている描写はあるのですがその性行為に特別な感情は持っておらず、作中にも書かれている通りに「あやめと触れ合う為のコミュニケーションチール」なんですね。だから『男そっちのけ3P』と性癖に書かれていて、『語彙が少なく思いを言語化しきれない苦しみ』を言葉ではなく肉体で伝えようとしているんでしょうか。上手く相手に伝わっているのかは分かりませんが、少なくとも相手が嫌がっていない様子ならば大丈夫なのではないでしょうか。色々と思い切った作品です。
 しかし、この作品の凄いところはこういった女性から女性へ向けた感情や男をツールとして使っている部分ではありません。タグに「ノンフィクション」ってあるところなんですよ、「ノンフィクション」。となると、この作品は「性癖を表現するために書いた小説」のではなく、「相手に伝えれない秘めた感情を記した手紙」みたいな物ではないでしょうか。それこそ正に『同性への複雑な感情』となっていて、『性癖:あやめ(固有名詞)』なのでしょう。

 日記や実在する誰かに充てた手紙を小説と判断するのかは一般的には難しい部分がありますが、性癖小説選手権ではOKです。
 しかし、性癖小説選手権はその性癖がいかに素晴らしいかと、読者をその性癖の染めることが出来るかが評価の対象となります。
 作品その物としてはとても素晴らしくて良かったのですが、性癖小説となると『あやめ(固有名詞)』の部分が羊屋さん以外の人には伝わらないでしょうから評価は下がってしまいます。これは作品を否定しているのではなくて、今回の評価軸では評価されにくいというだけですね。『ラブレター小説選手権』とかだったら上位になっていた可能性は大です。

 ほぼ初めての作品で読者に自信の性癖や思いを理解してもらえる文章を書けるというのは素晴らしいと思いました。
 その秘めた思いも性癖小説も今後の展開が楽しみです。頑張ってください。


41 題名:白佳 作者:和菓子辞典

性癖:喪失による虚無感と自棄
性癖:黎明と黄昏、特に逢魔時
性癖:上下関係を超えない交際
性癖:楽しい食事に関わる情動
性癖:字数画数少なめ型中二病
性癖:色素薄めか濃いめの美人
性癖:二の累乗(一〇二四字)
性癖:こういう無駄な字数揃え

 和菓子辞典さんも色々と仲良くさせてもらっているのでご新規という感じはしないのですが、性癖小説選手権の参加は初ですね。ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品は「人外(の様な)女の子と男の子のSFとファンタジなボーイミーツガールの出会いと別れの後の覚悟」という感じですね。
 出会いの時はたまたまそこに居ただけでごめんねって他人っぽい感じで喋っていた女の子ですが、後半では無感情な発言をする箱舟のAI(みたいな物)に静かにブチ切れている姿を見せてくれていて、その合間にあっただろう二人の関係を想像させてくれるとても良い性癖小説となっています。
 その合間の事は何も語られてはいないんですが、性癖紹介にある『上下関係を超えない交際』という部分からどちらかがどちらかに使えるような関係であったと想像出来、『楽しい食事に関わる情動』という性癖と「タカのご飯出してみろよ」というセリフから上下関係はありつつも楽しく過ごしていたのだなという事が読み取れます。いきなりキスから始まった出会いだったけれど良好な関係を結べたんでしょうね。恋愛までは発展しなくとも信頼しあった関係だったんでしょう。
 しかし、タカ君本編で死んでるんですよ。しかも後編の描写に入る直前ぐらいに。女の子を庇って死んだのか、女の子が守れないような不意打ちとかで死んだのか、それとも命を消費して戦って死んだのか、死因が何かとは書かれていませんが、これだけ女の子が『喪失による虚無感と自棄』を感じているという事は納得が出来ない死に方をしたのは間違いないでしょう。いいですねぇ~、感情を我慢しようとして我慢出来ていない女の子の静かな怒りは栄養があります。ご馳走様です。
 最後は「死ねなかった」とあるので本当は戦いで死んでタカ君の元へ行きたかったんでしょうが、色々とあって死ねなかったんでしょう。ここの部分こそが性癖紹介に書かれている『黎明と黄昏、特に逢魔時』の「逢魔時」の事で、「死にたいけど生きなくてはいけない」や「生きたくないけど死なせてもらえない」の様な女の子のどっち付かずの状況も現わしているのではないかと感じました。『色素薄めか濃いめの美人』というのも明確にどちらかという訳では無く、一部分は「色素薄め」で一部分は「色素濃いめ」という感じかなと勝手に思っています。その曖昧になっている部分がどっちにも偏れなくて愛おしいみたいな。

 又、本編の内容にはあまり絡まない性癖として『字数画数少なめ型中二病』『二の累乗(一〇二四字)』『こういう無駄な字数揃え』という性癖が提示されているのは面白いなと思いました。
 文章の書き方自体に性癖が詰め込まれるというのは確かにある物で、分かりやすいのは「特定のフレーズを使う」や「韻を踏む」というのがあります。
 和菓子辞典さんのこれらの性癖は主に文章の見た目に関わる物で、自分も段落の位置やページ跨ぎが気になるクチなので気持ちが分かります。
 あまりこういった性癖を書かれる方は少ないのですが、逆にこういった物も性癖なのでどんどん提示していただけると嬉しいですね。細部に性癖のこだわりを持たせるのは、ドイツの美術家が唱えた「神は細部に宿る」という物と同じだと自分は思っています。
 一種の芸術品としての性癖小説の投稿、とても嬉しかったです。ありがとうございました。


42 題名:四十週間の眠り 作者:羊屋さん

性癖:恋人の娘

 初参加である羊屋さんの二作目。夢の内容を話にしたらしいですが、夢には願望が現れると言いますし、そうなると性癖と夢は似ている部分はあると思います。

 こちらの作品ですが、1話から順番に妊娠発覚、産む決意、出産と続いていて、最後はそれが夢だった事と、自分の父親は血が繋がっていなくてその事を気にしていたという文章で締めくくられています。
 自分が好きな男性の子を産む事と、父親と自分の血が繋がっていない事が相互に関係している話のオチなんだと思いますが、性癖紹介に書かれている『恋人の娘』という部分についてはちょっと分かりにくいなという印象がしました。
 この話に出てくる登場人物が主人公の女性、その恋人、主人公の義理の父親、我が子の四人なので、順当にいけば我が子が『恋人の娘』になるのではないかと判断できますが、主人公の女性も義理の父親からしたら『恋人の娘』に該当するので性癖の対象になると思います。
 前者の「我が子」が『恋人の娘』の場合ならば、子供の性別を女の子と作中で明らかにすると読者に「この子が性癖の対象です」と伝わりやすいんじゃないかと思います。逆に後者の「義理の父親から見た主人公」が『恋人の娘』となると、この場合は「主人公の母親が父親にとって恋人だった」という描写があった方がいいのではないかと思います。
 夢の話という事でふわっとした内容ですが、朝昼晩の時間描写と単純に一日の中で時間が過ぎている訳じゃないという表現はとても良かったです。それだけに性癖である『恋人の娘』という部分がちょっと分かりにくいのが惜しいなと思いました。

 性癖小説は読者に想像させる余地を残すことが性癖を受け入れてもらいやすいポイントですが、今回はその性癖の『恋人の娘』が誰なのかという部分が弱くなってしまい、逆に想像しにくい内容になってしまったのではないかと思います。
 まだ小説を書き始めたばかりとの事ですが、恐らく色々な本を読む事で小説の形態や詩的表現についての方法を身に付けていらっしゃるのでしょう。
 既に人に読んで貰う文章を書く技術はお持ちだと思いますので、慣れれば素敵な性癖小説も書けるようになると思います。
 正直なところ、性癖小説を書けても普通の小説が上手くなる訳では無いのですが、折角性癖小説選手権というニッチな企画にご参加いただいたので、自分なりに性癖小説として気になる点を挙げさせて貰いました。
 しかし、細かいことは抜きにして参加いただけたという事実だけでとても嬉しいです。二作目の投稿ありがとうございました!


43 題名:死が二人に別ったから 作者:シバフ

性癖:二人で一つ
性癖:ハッピーエンド

 こちらもご新規さん且つ初めて小説を書かれたというシバフさん。初めての小説がこんなイベントで良かったのかどうか個人的に心配になりますけど、逆に自分が企画したイベントが小説を書くきっかけになったのだとしたらとても嬉しいですね。

 そして内容なんですが、初めて書かれた小説なのにお話の完成度が高くて凄いです。起承転結はしっかりされてますし、先が気になる話の構成をされてますし、話のオチの部分も凄く良い方法で本当に誰もかれもが幸せな『ハッピーエンド』で驚いちゃいました。オチ部分を読んだ時は思わず(その方法があったか!)って思っちゃいましたし、これは誰もが納得の『ハッピーエンド』です。この性癖は強い。
 最初は「隻腕の女」という事で介護をしてくれる人とか仕事の相棒とかそういうのを想像していたんですが、『二人で一つ』が正に『二人で一つ』で話の内容と合っていて感動しましたし、タイトルの「死が二つに別ったから」という一見は意味が分からない言葉もそのまんまの意味で素晴らしいです。
 そして個人的に一番好きな部分なんですが、この話って何も始まらなくて何も終わらない話に見せかけて「この話自体がエピローグ」という構成をしているんですね。既に色々あった後の最後のエピソードがこのお話なんですよ。話の終わり方が『ハッピーエンド』なのではなく、この話自体が『ハッピーエンド』。初めての小説でこんな高度な性癖小説を書かれるのは本当に凄いと思います。

 完成度が高いので作品について自分から言う事が何も無いレベルなんですが、性癖についてはまだ書き出せる物がありそうだなとは思いました。パッと思いつくところだと、肉体的や精神的な物を問わず『不完全』な物に対する愛情や慈しみがあるのではないかと感じました。完璧では無いからこそ美を感じるし愛を与えるに値するみたいな、そんな感情です。
 何回も書きますが、初めてでこれだけの作品を書けるのは本当に凄いことだと思います。出来れば性癖小説に限らずに他にも色んな作品を書いてみて欲しいなと思いました。
 初のご参加、そして初の小説をありがとうございます。お疲れさまでした。


44 題名:アニメの十七話くらい 作者:姫路 りしゅう

性癖:相容れない二人の共闘
性癖:流れ出すオープニング
性癖:実はめちゃくちゃ重めの感情を抱いてそうな展開

 前回の第三回性癖小説選手権に参加していただいた姫路 りしゅうさんですね。前作では『気が合い、話も合うけれど、一番大切な価値観だけが相容れない男女の恋愛』という友達としてはいいけれどくっついたら大成功か大失敗かのどちらかしかないだろうというハラハラする二人の話を投稿頂きました。
 今回もそんな一筋縄ではいかない人間模様の作品が来るだろうと期待しています。

 内容はタイトルに書いてる通りに「アニメの十七話くらい」で、設定的には「人知れず人類の脅威と戦う者達」という感じですね。
 性格も戦い方も戦いに求める理由も違うそりの合わない主人公角の二人が強敵に対して共闘して戦うというだけでなく、お互いにお互いの事を理解出来ないとしながらも考え方や行動は理解できてしまっているから連携が取れているという、「口ではああいっても体は正直案件」という物。
 『相容れない二人の共闘』という性癖ですが、この「相容れない」の部分に物凄く色んな感情が凝縮されていて凄く良いです。「仲良くしない」じゃなくて「相容れない」なんですよ。互いに互いを許せないからこんな関係になっちゃってる。もっと心の奥底まで話し合えよお前ら。だから拗れているんだろ。十七話までの間で何してたんだ? このやきもきさせる関係が素晴らしい。ナイス性癖!
 戦いの描写も姫路 りしゅうさんの性癖が良く表れていて、(こういうところも相容れないんだろうな)と読者に思わせておきながら敵も読者も予想していなかった「伝わるだろうと勝手に解釈しての武器チェンジとフェイントでの撃破」もとても良かったです。お互いの武器を戦闘中に無言で交換するだけじゃなくて戦い方も理解しているとかそれはもう交尾ですよ交尾。とてもえっちです。使い慣れた自分の武器を交換とか余程相手を信頼していないと出来る物じゃありません。
 そしてこういうバトル物のお約束としての『流れ出すオープニング』ですが、これはだいたいオープニングの歌詞が物語全体の概要を現わしている物で、それが流れるという事はこのシーンがそれだけ重要なシーンという事であり、だいたいここから話の流れが大きく変わっていく象徴でもあります。
 今回の戦いを経て二人はそれぞれに思う所があったのを再確認したり受け入れたりしていくんでしょうが、もう十七話なのでラストまで残り話数は少ないんです。いったいこの二人はどうなっていくんでしょう。『実はめちゃくちゃ重めの感情を抱いてそうな展開』というのを示しておきながら続きも前の話も無いのはニクイですねぇ。これぞ性癖小説選手権という感じです。
 又、性癖紹介には書かれていませんでしたが、「カーニバルとカニバル」や「ミライとアカリ」という固有名詞に意味がありそうで『両極だが関りがある物』という感じの性癖もお持ちではないかと感じました。真反対だからこそ気付けるものもあるという関係性ですね。いいですよ。こういうのはどんどん出していきましょう。 
 
 とても熱い展開で、この話しかないのが勿体ないと思ってしまう作品でした。
 こういう「盛り上がる部分だけを抽出して良い」のが性癖小説選手権の特徴なので、他にももっとこういう「ここが好き!」という作品に増えて頂きたいですね。


45 題名:キラー・パイナップル 作者:武州人也

性癖:パニック映画に出てくるやたらタフで強いおじさん

 一作目では『サメ』と『ショタ』の性癖で投稿いただいた武州人也さんの二作目。普段からモンスターパニック物をお好きだと公言されていらっしゃるのでもちろんこちらもモンスターパニック物です。分かる人にはキラートマトやデッド寿司の系譜と言えば伝わるでしょう。
 
 内容は題名からも性癖紹介からも分かる通りに「殺人パイナップルが攻めて来た」という物で、そこを『パニック映画に出てくるやたらタフで強いおじさん』が対峙するというだけ。それだけの内容なんですが、それだけだからこそこの性癖が好きなんだなというのが伝わってきます。
 武州人也さんは前々から「爆発物」や「高火力」や「B級映画」や「無駄に能力の高い中年男性」を作品に登場させていたのですが、ここにきてそられの要素全てを『パニック映画に出てくるやたらタフで強いおじさん』に詰め込んでいるのがとても素晴らしいと思いました。
 性癖というのは自分で「私の性癖はこういう物」と定めていても、実際はニュアンスの細かな違いや見ている部分が断片的だったりして正確に把握する事が難しいです。その上、一度「私の性癖はこういう物」と定めてしまうと、自分にとってそれが正しい物と認識をしてしまうので勘違いしたままの性癖で作品を求めてしまって心が満たされないという事があります。
 大勢の人が自身の性癖について言語化出来なかったり勘違いをしている物なんですが、武州人也さんはここに来て「自分の性癖は『パニック映画に出てくるやたらタフで強いおじさん』である」と、ご自身が今まで感じていた複数の性癖の要素を詰め込んで唯一の性癖を定義されたんです。これは性癖の昇華と呼べるでしょう。素晴らしい。
 昇華された性癖を持っているからと言って性癖小説が上手く書ける様になるわけでは無いですが、今後の作品作りの芯となる部分にそれを活かしていただけると性癖小説選手権を開催した身としては嬉しいです。

 作品の評価というより性癖の評価になってしまいましたが、作品自体も起承転結しっかりとしていて本当にやたらタフなのが面白かったです。
 若干のショタ要素もあったのですが、本当に若干だけでメインは『パニック映画に出てくるやたらタフで強いおじさん』というのも思い切りが良いと思いました。
 今後も性癖バリバリの作品を書かれることを期待しています。


46 題名:かばんになったママ 作者:只野夢窮

性癖:獣人をモノに加工する。
性癖:人間を生ゴミとして廃棄する。
性癖:強い存在が蹂躙されて媚びる。

 こちらは前回の第三回性癖小説選手権から参加いただいていて、その時もアルファポリスでの投稿を頂いた只野夢窮さん。
 前回のは素晴らしい尊厳破壊系だったので、この作品も性癖紹介を見てからとてもワクワクしています。

 内容ですが、大雑把には「鱗が高く売れる竜人の家族の子供が風邪になり、その薬を手に入れる為にお母さんが体を売った」と言えば勘の良い人には伝わるでしょう。やはり今回も尊厳破壊系。とてもいいですね。思わず笑顔になってしまいます。
 地の分がファンタジーの昔話を語るような柔らかい感じになっているのですが、その柔らかい感じとは裏腹に内容はとても悲愴です。力が強いという竜人であっても人間の範疇なので極端な暴力には抗えませんし、病気もすれば毒だって効いちゃいます。そして何よりも「価値観が人間である」というのが良かったですね。
 これが未開の部族や人と関わらないで暮らしている種族だったらまた違う話になったんでしょうが、お金の価値や道徳心が一般的な人間と同じなのでこんな結末になっちゃうんですよ。下手に尊厳なんていう物を持っている善良な家族だからこそママは身を売って『獣人をモノに加工する。』人達によってかばんにされゃいましたし、息子達も後を付けられて一網打尽にされてしまいます。パパも物語が始まる前に商品にされちゃっているという事は両親ともに善良な存在だったんですね。いやぁ、とてもいいですね。力があるのにその力を使わない事を正しいことだと思い込んでいる存在が、その力を使わないでいる事を選んだ為に悲愴な目にあってしまう。正に尊厳破壊。鱗を剝がしている最中の『強い存在が蹂躙されて媚びる。』というのも見ていて気持ちが良かったです。鱗を剥がされた後の『人間を生ごみとして廃棄する。』というのも最後まで尊厳を踏みにじる事を徹底されているなと感じました。もう用済みだから価値が無いゴミなんですね。
 そして最後のあとがきの一文。これが最高に只野夢窮さんの性癖を現わしていて笑っちゃいました。強ければ強い程に尊厳を破壊した時のカタルシスが大きいというのはギャップ萌えや落差の激しさによる快感ですね。とても良く分かります。強い方が楽しいんですよ。

 今回もとても良い尊厳破壊のお話でした。只野夢窮さんには是非ともこの尊厳破壊の作風を続けて頂き、もっともっと破壊された後の人をゴミの様に扱って欲しいと思います。ありがとうございました。


47 題名:猫のように鳴いてくれ 作者:砂漠の使徒

性癖:猫のしっぽが生えている女の子のしっぽをいじって気持ちよくさせて鳴かせる
性癖:普段はおとなしい男の子が催眠術をかけられて強引になる

 砂漠の使徒さんはご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。

 内容は性癖紹介に書かれている通りに『普段はおとなしい男の子が催眠術を掛けられて強引になる』という大筋で、その中で『猫のしっぽが生えている女の子のしっぽをいじって気持ちよくさせて鳴かせる』という物です。ご新規の方なのに凄く性癖に正直な内容でとてもいいですね。その欲望はナイスです。
 そしてこの作品は実は性癖小説的に中々興味深い内容となっていまして、性癖紹介の『猫のしっぽが生えている女の子のしっぽをいじって気持ちよくさせて鳴かせる』という物が主観的視点な書き方であるのに対して、この部分の作中の描写はシャロールというキャラクターの目線での描写なんですね。
 性癖は殆どの方が自分がしたい事やされたい事を書いていらっしゃるのですが、砂漠の使途さんは性癖紹介では「したい事」。作中では「されたい事」として書かれているのです。これは性癖表現の優劣とかではなく、作者がキャラクターに感情移入をするかしないかや、そのキャラクターの内情までも描写したいかどうかという小説その物の書き方の違いによる物だと思います。この違いは追及していくと面白い発見が産まれそうですね。
 そう考えた時、『普段はおとなしい男の子が催眠術を掛けられて強引になる』という性癖も他者に向けての物では無く、砂漠の使途さんがしたい事に繋がる性癖なのではないかと思いました。性癖小説の書き方は自由ですが、こういう書き方もあるんですね。

 尚、内容はとてもえっちで甘々で素晴らしい物で、このぐらいのカクヨムでセーフな辺りのえっちな小説をもっと書いて頂きたいなと思いました。えっちな事に興味津々な女の子はみんな大好きです。グッド性癖!


48 題名:バカの罪と罰 作者:尾八原ジュージ

性癖:いきなり始まるファンタジー設定
性癖:美しくて危険な生き物
性癖:地獄めいたコメディ

 最近ホラーを良く書かれる尾八腹ジュージさんの二作目ですね。こちらはコメディとなってはいますが『地獄めいたコメディ』と性癖に書かれているのでワクワクしてしまいます。

 内容は性癖紹介の通りに『いきなり始まるファンタジー設定』という事でいきなり人魚が居る世界とどーんと説明されていて、細かい部分は気にするなここはこういう世界だと強くアピールしているのがいいですね。こういうパワーでごり押す設定は自分も好きです。
 しかし、そこから始まるのは幻想的な物語では無くて「人魚の口に股間を突っ込んで食いちぎられた男性をどう処理するか」という話。人魚とはいえ知能は魚並みで口はピラニアという部分が『美しくて危険な生き物』ではあるんですが、この男の行動と合わせて幻想的なのか現実的なのか分かんなくなりますね。なるほど、これが『いきなり始まるファンタジー設定』という事ですか。
 話の流れもオチも本当に『地獄めいたコメディ』で笑うしかないから笑おうという感じで本当に性癖紹介通りのお話でした。
 ご自身でも書かれていらっしゃいますが、尾八腹ジュージは「論理感がおかしくて覚悟はあるけど責任は負いたくないやべー女」が本当にお好きな様で、女性が出てくる作品はだいたい女性がやべー女です。そして男側も「行動力はありまくるし反省しないけどへこたれないバカ」も凄くお好きな様ですね。とても良い性癖だと思います。これからもヤベー女と馬鹿な男をばんばん作品に登場させて欲しいです。

 既に自分の性癖を作品に込める性癖小説書きとしては完成されていらっしゃるので少し厳しい事を書きますが、性癖小説選手権は「この作品を読んでこの性癖に目覚めました」と読者に思ってもらえる性癖小説を評価する選手権になります。
 その為、小説としての出来不出来や、性癖が強く込められているかは評価の項目としては弱い部分になり、作者と同じ性癖を有する者には素晴らしい性癖小説であっても、当選手権で高評価を得れるかどうかというのは別になります。
 これだけ強くご自身の性癖を込める事が出来るジュージさんですので、そういった「他者を取りこむ性癖小説」を書く事もそう難しくはないんじゃないかと思いました。
 既に三作書いて頂いていらっしゃるみたいですが、この部分を意識した性癖小説を書くことが出来れば、より一層深い性癖表現者になれるのではないかと思います。
 勝手に期待していますので、気が向いたらでいいのでチャレンジしてみて欲しいです。個人的には大好きな性癖でとても良かったです。


49 題名:午後二時十七分:殴打のち逃亡、また 作者:目々

性癖:ろくでもない年長者
性癖:安アパートの一室(夏)
性癖:その場凌ぎの手土産

 ご新規さんの目々さんの三作目。初参加で三作も投稿いただきありがとうございます!

 こちらの作品は一作目に投稿いただいた「夜の庭」と同じ骨組みの作品となっていて、「夜の庭」が「先輩・男女・深入りしない・別れ」だったのに対して、こちらは「兄弟・同性・家族なのでどうしても深入りしている・関係は継続」と属性が違う感じの作品ですね。大雑把にはダメそうな兄弟がダメなまま続いていきそうというだけなのですが、作者の性癖が詰まっていてとても良い作品だと思いました。
 内容だけでなく性癖の一部も意図的に同じ様にしてあり、『その場凌ぎの手土産』と『その場凌ぎの選別』というのは、「会う時の礼儀」と「別れる時の礼儀」というどちらも儀式を兼ねた物の受け渡しの事を指しているのではないでしょうか。
 単に物事を正反対にした訳では無く、日常から逸脱した何かしらのアクションを起こす時の儀式としての「贈り物」というアイテムを使用されているんですね。今作だと謝る時に顔を合わせる時の理由としての贈り物。一作目だと別れる時に感謝を伝える為の贈り物。そして、二作目だとお前は自分の物だという証明の為の暴力の贈り物。
 贈り物の他にも、なんとなくですが目々さんは人も環境も関係も全てを統括して「閉鎖的」な物への性癖があるのではないかと感じました。閉鎖的で限定的な環境だからこそ唯一の相手が大事になり、大事な相手だからこそマーキングも兼ねて贈り物をしているのではないかという感じです。

 これらは自分が目々さんの作品から勝手に読み取った物なので間違っている可能性も高いと思いますが、こうして自分が目々さんの性癖小説を読んで「こんな性癖かもしれない」と深く考察をしているという事は、この時点で目々さんの作品は性癖小説としてレベルが高いという証明にもなります。
 初参加であるのにもかかわらず、見事に三作ともとても性癖に溢れていて、尚且つ読者に性癖の受け入れをさせてしまう良い作品でした。ご参加ありがとうございます。
 今後もその素晴らしい性癖愛を活かしてばんばん性癖に溢れた作品を作って欲しいです。
 

50 題名:彼女は僕の血を喰らう。 作者:宮塚恵一

性癖:一人の血しか吸わない吸血鬼
性癖:多重人格
性癖:一人称俺の身体女性
性癖:共依存がちの男の子
性癖:ポッと出の悪役

 宮塚恵一さんは第三回性癖小説選手権からご参加いただいている方ですね。世の中が悪と善の二つに完全に別れている訳では無く、状況やその場にいる人によって変化したり、そもそもその善悪の判断自体が人が勝手に行っている物ではないかという感じの哲学に近いテーマを込めたファンタジーの作品を書かれる方です。善悪を考える事が出来てしまう人という種に対する愛を感じますね。愛です。ナイス性癖!

 内容は「吸血鬼になってしまった女の子と、その子を助ける為に血を吸わせている男の子と、罪悪感から生み出された女の子の別人格の三人の、破滅が始まる物語」という感じです。
 こちらは作品の前に既に物語が始まって一年経っていて、作品の後にも物語は続いているという構成なんですが、これが性癖小説選手権にマッチした作りとなっているので個人的にとても好みですた。こういう感情が盛り上がる部分だけを抽出して楽しめるのが性癖小説選手権の狙いの一つなんですね。
 吸血鬼化してしまった事件、魔を狩る人、別人格の恐怖と折り合い、二人のこれから、ポッと出の吸血鬼、これらがどうなったのかやどうしてそうなったのかなんかは全て読者が想像するしか無いのですが、その想像の為のパーツが作中に丁寧にちりばめられているので全く分からない事はないけれど確定的な事は分からないという塩梅がとてもいいです。
 吸血鬼物というだけで性癖に刺さる人は多いと思うのですが、「日常の崩壊」「そもそも元から崩壊していた」「内在性解離をする程の吸血への忌避感」「男の子の献身」「一人称俺の女の子」と、後ろ向きのボーイ・ミーツ・ガール要素が沢山あってこれを嫌いな人は居ないんじゃないかと思えるほどの性癖の奔流です。
 特にですが、女の子の別人格の元になったのがいつも血を吸わせてくれる男の子や過去に直接助けてくれた魔を狩る人じゃなくて、大元の吸血鬼というのが間接的寝取りも兼ねていて凄く良かったです。
 男の子は女の子を助けることが出来なかったし、今も血を吸わせることしか出来ていないので、ほぼ何も出来ていないし問題を先延ばしにしているだけなんですね。そして結局は自分が他の吸血鬼に見つかった事で女の子の症状が悪化して取り返しがつかなくなってしまうという。いやー、残酷すぎてニコニコしてしまいますね。

 個人的に性癖にヒットした作品すぎるので語れる事が多すぎるのでこの辺りにしておきますが、作品の講評としては文句無しです。とても良い性癖小説です。
 性癖小説選手権なのでこれで完成された作品としてOKなんですが、欲を言えば5万字ぐらいかけて頂いて「完全な終わり」までも書いて欲しいなと思いました。ハッピーエンドになんかならなくてもいいので、この二人(三人)が最後にどうなるのかを見届けてみたいです。


51 題名:5分の3 作者:羊屋さん

性癖:不運と幸運のバランス
性癖:絶望に身を任せた行動

 こちらも初参加の羊屋さんの三作目。一作目と二作目はアルファポリスで性的な物に関連した作品でしたが、こちらは愛情についてのお話ですね。 

 こちらの内容は性癖紹介からなんとなく分かる通りに絶望や不運をテーマにした作品で「なんらかの手術により視覚と聴覚を失った男性が死にたがり、最終的に妻と一緒に飛び降りる」という物ですね。最後に至るまでの過程が愛に溢れていて本当に愛し合った二人なんだなというのを感じるのですが、それだけ愛が深いからこそ五感の内の二つがダメになってしまったことと、それにより落下死の恐怖を分かち合う事が出来なくて悲しいというのがとても良かったです。
 夫にとって突然の不幸なんですが、妻にとっても突然の不幸なんですね。好きな人と感動を共有出来なくなったというのはとてもつらい事なのでしょう。失った事で得た「恐怖を感じない」という幸運もあれば、自分が失ったわけではないのに「一緒じゃなくなってしまった不幸」というのもある。なので二人そろって『絶望に身を任せた行動』を取ってしまうという流れ。そういったマイナスに向かって突き進む姿も人が物事を考えれる種であるからこそ見せる姿なのでしょう。人に対する愛を感じます。ナイス性癖!
 又、題名が「5分の3」。その意味はクライマックスで判明。最後には「0を感じた」で終わる。という部分からは、羊屋さんの作品に対する構成的な拘りを感じました。文というよりは数学的や詩的な「形状に対する拘り」の様な感じですね。言葉にするなら「Q & A」や「タイトル回収」の様な様式美と言った感じでしょうか。「ミステリーならば必ず答えが導かれなればいけない」とか「伏線を出し方殻には回収する」とか、そんな感じの拘りです。まだ性癖には至っていない拘りの段階だと思いますが、突き詰めていくと作品の個性や性癖になるのではないかと思います。

 この物語的には本人達の望み通りではあっても死で終わってしまうのでアンハッピーエンドという分類になりそうですが、個人的には最後に同じになれたのだから過程を無視してハッピーエンドでもいいんじゃないかと思います。事故に遭ったこと自体は不運でしたが、その不運から幸運を見出してゴール出来たのは幸せな事だったと思います。
 
 これは自分が感じた事なので間違っているのかもしれませんが、羊屋さんの作品からは「相手に求める物」という観察目的の性癖ではなく、「自分が受けたい物」という体験目的の性癖が込められている様な感じがしました。
 これはどちらが正しいという訳では無く、作品に対するスタンスの違いなだけでどちらも性癖小説には変わりがありません。
 二作目の講評でも触れましたが、初めての執筆でこのような企画に参加いただけて嬉しいとともに、いきなりニッチな作品を作らせてしまって大丈夫なんだろうかという気もしました。
 出来れば相手に求めるタイプの性癖小説も書いて頂いたり、性癖関係ない小説も書いて頂いたりして、色々な経験を積んでみて欲しいと思います。
 ご参加ありがとうございました。


52 題名:僕の好きなもの 作者:古川 奏

性癖:「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」
性癖:変な小道具
性癖:相手の隠している感情を自分だけがひそかに読み取っている状況

 古川 奏さんはご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品はとても高度な性癖小説となってまして、内容としては「男の子の興味を引く物を用意して自分の望み通りに喜んでいる男の子を見て自分でも気づいてない快楽に浸っている女の子を見るのが好きな喜んでいるフリをしている男の子」という物。一言で言えば「女の子の奇行に付き合ってあげている男の子」ってだけなんですが、女の子が自分優位だと思い込んでいて実際はそうでは無いという部分が最高に性癖を感じます。いいですね。こういうの大好きです。
 そもそもとして、性癖紹介にも書かれている『「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」』というのが最初から女の子が男の子を見下す時に使う言葉であり、この性癖に「」が付いているという事はこの言葉を使う「男の子を見下して悦に浸りたい女の子」も同時に存在するという事なんですね。この時点で提示した性癖からキャラクターの属性が自動的に引き出されていて、読者に(この作品のキャラはこういう女の子なんだな)と理解させる事が出来ています。初参加であるというのに性癖の使い方が上手いです。
 そして次に『変な小道具』という性癖。これは本当に変な物を出しているだけで物語の内容的にはなんでもいいのですが、『変な小道具』であるのでいくらでも変な属性を付与する事が出来、作中では伝説の剣も小道具として出演させています。こういった物語の進行に関係ない物は本当に何でもよくて、作中で誰にもツッコミを入れさせなくてもいいボケを挟めるという「作者がふざけてもいい部分」として使う事が出来ます。小説を書いている時点で作者が好き勝手していい創作活動なんですが、更にその中で作品に影響しない好き勝手をしているんですね。言わば性癖を晒している最中に更に性癖を晒すという二重の性癖の提示なんですよ。
 最後の『相手の隠している感情を自分だけがひそかに読み取っている状況』というのもそのまま読めば「男の子が女の子の自分でも気付いていない感情を知っている」と読めるんですが、実は女の子も女の子で「男の子が本当はこういうのが好きだと自分だけが知っている」と思っているので、お互いに『相手の隠している感情を自分だけがひそかに読み取っている状況』と思い込んでいるんです。女の子が道化になっているのは男の子と読者だけが知っている事で、女の子からしたら男の子を手玉に取っている状況なんです。いいですね。この女の子が自信満々であればあるほどにその滑稽さにニヤニヤしてしまいます。

 冒頭にも書きましたが、この作品は提示された三つの性癖が三つともそのまま描写するだけでは無くて別の意味を持っていたりと、かなり高度な性癖小説となっていました。後、もしかしてタイトルの「僕の好きなもの」というのはもしかしてこの女の子の事だったりします?だったらこの男の子も中々良い性癖をお持ちですね。将来が楽しみです。
 初参加でこれだけの性癖小説を投稿頂けるなんて、やはり世の中は広く深いのだなと思いました。とても見事な性癖小説をありがとうございます!


53 題名:永遠の微笑 作者:二枚貝

性癖:絶対に成就しない恋
性癖:故人や無機物や人外などへの恋慕
性癖:片想い

 こちらもご新規の方ですね。二枚貝さん、ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品は「過去の人物をモデルにした絵に恋した少年」の物語であり、始まった時点で失恋していたというスピーディーな悲恋の物語ですね。
 提示された性癖の一つである『絶対に成就しない恋』というのがパッと見て分かるというのは性癖小説としてとても強いです。性癖小説選手権は読者に性癖を理解してもらう事を目的とした作品を募集しているので、この作品の様に性癖が分かりやすいというのは正義です。これだけで評価は高くなりますね。
 又、作品の内容は「絵に恋をする」という物なんですが、提示されている性癖は『故人や無機物や人外などへの恋慕』となっているのが中々興味深いです。恐らくは二枚貝さんの性癖が「人では無い存在への恋慕」という物なのでしょうが、この作品の性癖に『故人や無機物や人外などへの恋慕』と記載がしてあるという事は、「少年が恋をしたのはモデルになった女性ではなく絵その物」だったり、「絵自体が他者を引き付ける魔物である」だったり、「少年は髪の色が違う女性を無意識に人外と捉えている」という、作品内からは読み取りにくい何らかの暗示的な物が込められていると捉える事が出来てしまいます。それならば父親が画廊を閉鎖したのは正しい行動でしたし、人外の存在としてまだ存命の可能性もあります。こうして深読みをしても『故人や無機物や人外などへの恋慕』という性癖自体は全くブレ無いのが面白いですね。もし計算してやっていらしたとしたら性癖の使い手として天才じゃないでしょうか。
 そして、最終的には全てが『片思い』として主人公の男の子の中で完結させてあり、その絵の女性が本当は誰なのかや絵がどうなったのかは触れられていません。調べても無駄だと思ったのかどうかは分かりませんが、最初から最後まで相手の都合を全く考えずに勝手に好きになって勝手に失恋して勝手に引きずっているという、完璧な『片思い』です。理性を失っているからなんでしょうか、この清々しい程の自分勝手さは逆に好感が持てます。成程、これが『片思い』という性癖なんですね。いつか両想いになる関係では無く、いつまでも『片思い』という関係。恋愛の形は奥が深いですね。

 文章としては短いながらも奥行きと深みのある性癖小説で、とても考察のし甲斐がある作品でした。
 初参加にもかかわらず素晴らしい作品をありがとうございます。


54 題名:絆の語源 作者:猫茶とすか

性癖:特殊性癖持ちにどろどろに溶かされている癖に最初から最後までずっと強情
性癖:愛憎が渦巻すぎて逆に深い愛情になっている二人

 ご新規の猫茶とすかさんの二作目ですね。一作目がとても官能的だったので二作目も楽しく読まさせていただきました。

 こちらの作品は「椅子に縛られた女性とそのご主人様の男性のイチャイチャ」という感じの内容で、至る所に曖昧な表現のエロティズムが溢れていてとてもえっちでとてもいい性癖小説ですね。直接的に書かない所が素晴らしく想像力を掻き立ててくれます。お花とか!お花とか!
 性癖である『特殊性癖持ちにどろどろに溶かされている癖に最初から最後までずっと強情の特殊性癖部分も同じ様に曖昧で明確には語られていないのですが、恐らく「拘束」と「人を物扱い」というところでしょうか。物と言っても芸術品としての扱いに近いので粗野にはせずに逆に丁寧に扱っていますが、それはそれこれはこれで綺麗な生け花を作る事も芸術なのでそういう事になっちゃってます。飾っておくだけだと勿体ないですしね。しかし、細かい設定は語られずに読者の想像に任せるタイプの作品なので、もしかしたらファンタジー世界で本当に花を愛でる為の生き人形なのかもしれません。そうだとしたら個人的に凄く嬉しいんですが人を物として扱うのも好きなのでどちらでもOKです。一癖両得ですね。素晴らしい。
 文章的には仲が悪そうというか人形側が嫌がってそうにも取れる内容なのですが、『愛憎が渦巻きすぎて逆に深い愛情になっている二人』とい書かれている通りに口では強がっていても体は正直って奴ですね。この「体は正直」だというのをご主人様が確認している部分も、人形からしたら屈辱的だろうけど期待感も込められているという感じでえっちなんです。全体的にえっちすぎて語彙力が下がった感想しか出てきません。えっちなのはいいぞ。

 タイトルでもある「絆の語源」には色々な意味がある様ですが、だいたいが「繋ぎとめる綱」という意味の様です。つまり、この女性を縛っている縄を物理的な絆として、「愛情も憎悪ある関係性の深い相手」というのを概念的な絆として書かれているのだろうと感じました。
 おそらくはこの「絆の語源」も猫茶とすかさんの性癖の一つなんでしょうが、性癖をタイトルに持ってくる大胆さも素晴らしいと思いました。
 これは三作目も楽しみですね。ありがとうございます。


55 題名:コンタリングO 作者:中田もな

性癖:スポーツ(中高生の運動部)
性癖:主人公に好意を寄せている、裏の顔を孕んだ同学年の部員Aと、Aの仇敵であり、Aの真実を知っているBが、スポーツとは全く関係のない部分で、スポーツとは全く関係のない力を使って争う

 中田もなさんはご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品は性癖に『スポーツ(中高生の運動部)』と示してあり、内容もスポーツを題材にしてあってオリエンテーリング部を軸に扱ってはいますが、そのオリエンテーリング部である理由を「題材の競技は、スポーツ一覧から適当に選んだ」と書かれているのが潔くていい作品だなと思いました。あくまでも『スポーツ(中高生の運動部)』が性癖なので該当するスポーツは何でもいいんですが、それであっても『スポーツ(中高生の運動部)』という性癖を描写するためにルールや大会の設定がしっかりと書かれています。どうでもいいと見せかけておいて、性癖の為に真面目にオリエンテーリングについて学ばれてオリエンテーリングに合わせた学生の頑張りを描写されています。こういう性癖に対しての真面目な姿勢は好感が持てますね。
 そして前半はオリエンテーリングに纏わる頑張りと結果の物語だったんですが、後半が超展開でした。
 伏線は張られていたのですが、まさかの転生戦士物。しかもどちらかというとストーカー気質なタイプで主人公側の方が悪者なんじゃないかとも思える展開です。これこそが『主人公に好意を寄せている、裏の顔を孕んだ同学年の部員Aと、Aの仇敵であり、Aの真実を知っているBが、スポーツとは全く関係のない部分で、スポーツとは全く関係のない力を使って争う』という性癖の描写で、この部分こそが中田もなさんがこの作品に込めた本質なのだろうという感じがしました。
 急展開ではあるんですが人間関係は繋がっていますし、事件が起きた部分も大会の最中なので全くの無関係では無いんです。ですが、前半で描写した表の主人公の「オリエンテーリング部を頑張る」という物語には余り関りが無く、後半の裏の主人公の物語を知らなくてもオリエンテーリング部としての物語は成立します。
 でも、表の主人公はこの世界でも裏の主人公と関りを持ってしまったので裏の主人公の事を大事に思っていますし必要としてます。なのに、裏の主人公は理想の相手を求めているのでこの世界の表の主人公は諦め、襲撃者を撃退して次の世界に行ってしまいました。
 やり逃げじゃないですか。最高ですね。

 表の主人公も主人公ですし、裏の主人公も主人公ですし、襲撃者も襲撃者で主人公です。それぞれのストーリーが複雑に絡み合ってはいるけれどオリエンテーリングとは関係無い部分で争っている。でも人間関係はあるから無関係じゃない。このバランス感覚が癖に刺さるポイントなのだなと思いました。
 ただ、タイトルや章タイトルやキャッチコピーになんらかの意味があるとは思うのですが、申し訳ないですがそこまで読み取ることは出来ませんでした。
 恐らく、そういった「分かる人には分かる臭わせ」というのも中田もなさんの性癖の一つでは無いだろうかと思います。中々複雑な性癖小説ですが、それだからこそピンポイントで「これが良い」となる人も必ず存在するだろうという良い性癖小説でした。ご参加ありがとうございます。


56 題名:その名を呼んで 作者:大塚

性癖:ヤクザと殺し屋
性癖:父親

 こちらの大塚さんもご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。

 なかなかに物騒そうな性癖が提示されたこちらの作品ですが、内容は物騒ながらも「肉のおもちゃから人になって生きる目的を見つけた人間が、その目的を失ってしまうまで」という、短くも儚い「人生」という物が圧縮された物語となってました。
 いきなり両親の殺人から始まり、その両親は子供を性的なおもちゃとして使ったり商品として売っていたりしていたかなり非道な両親と判明。この時点でそういった物が好きな人には好きな内容なのでオススメ出来ます。そして両親を殺害した後に出会う殺し屋。でもその殺し屋は良い人で、服を着せてくれたりファミレスに連れて行ってくれたりと育ててくれる事になります。このファミレスに連れて行く辺りが「子供はファミレス」という価値観を持っている人なんだなと一瞬で理解させてくれ、ちゃんと子供の事を考えてくれる人でもあると和ませてくれますね。根はいい人なんでしょう。殺し屋ですけど。
 内容は終始この性的虐待に合っていたいた少年のモノローグなのですが、いかにこの主人公が最低な両親の元で育ったかと、その後に拾ってくれた人が良い人だったのかのモノローグでの描写が丁寧で、その丁寧さが終盤に「お父さん」と呼びたかったという強い思いに繋がるのがとても見事だと思いました。今までの感謝も兼ねて自分が目指していた物を諦めたというのに『父親』が死んでしまい、『父親』の願いだっただろう偉い立場になった自分も見せる事が出来なくなってしまう。ここまでの色々な積み重ねが複雑に絡まり、色々と情緒が溢れているのに更にぐちゃぐちゃにさせてくれるというやるせなさの怒涛の展開が雪崩の様で良かったです。イッツ・アヴァランチ・アンイーズィー。

 性癖紹介には書かれていないのですが、この始まり方と作中の描写を読む限りは大塚さんは「人扱いされていなかった存在が人として扱われること」に対する性癖もお持ちなんじゃないかと思いました。でも、そういった存在が『父親』に出会ったことで自分を人として認めれるようになっているので、最終的は『父親』という性癖に収束しているのかもしれません。奥が深いですね『父親』。


57 題名:焼け跡で釘を拾う 作者:ギヨラリョーコ

性癖:顔のいい男がばりばり常人に消化できないものを食べているところ
性癖:座敷牢育ちの男
性癖:大いなるものが人間を振り回して平気な顔をしているところ

 連続でご新規の方ですね。ギヨラリョーコさんご参加ありがとうございます。

 性癖紹介の時点で既に怪しい気配がしているのですが、案の定人に見えるだけで人では無い何者かが人では無い生態と価値観を発揮してくれるという、「人の外見をした人外」が好きな人にオススメ出来る作品ですね。内容は「牢屋に居る何者かが火事で焼けた家の釘を食べているだけ」なんですが、端々から伺える描写からいかに「人の外見をした人外」が好きかという事が伝わってきます。ナイス性癖!

 中でも簪を食べるシーンや焼けた釘を食べるという『顔のいい男がばりばり常人に消化できないものを食べているところ」の描写が丁寧にされていて、その異常食故か体臭も鉄の様な臭いがするという細かい設定が本当にこんな存在が居たらこんな臭いがするかもしれないという想像を掻き立ててくれます。最後の母親の事を気にするシーンが最後にあるのもとても良くて、それまでの描写で食についてがおかしいだけの存在と思わせておきながら、「良いものを食いよく眠れば火に巻かれても死にはしない」というセリフで生態も常識も全く違うのだなという事が分かります。恐らく座敷牢の鉄格子は意味の無い物なんでしょうけど、単に「ここが居場所」と思っているからここから動いていないだけなのではないでしょうか。人間とはかけ離れた存在だからこそ価値観が違うので、そもそも座敷牢という「閉じ込めておく為の部屋」の意味など全く理解していない気がします。いいですね、人の外見をしているという事の描写が多くて見た目は人だと説明しているのに、明らかに人外であるという事の描写も丁寧に書かれています。

 人に見えても人ではない。言葉は通じても意味が通じてない。そういったズレの部分に魅力を見出せる性癖小説だなと思いました。
 56作目の大塚さんの作品とほぼ真逆の性癖の内容で、この二つが並んでいる偶然にびっくりしつつも、だからこそ性癖小説は面白いなと思いました。
 人外っていいですよね。人に見えて人じゃないからこそ魅力があると思います。ご参加ありがとうございました。


 

58 題名:その間際、彼の唇から漏れた音 作者:つるよしの

性癖:極限状態における人間のせめぎ合い
性癖:人間の暴力性
性癖:暴力の連鎖

 こちらのつるよしのさんもご新規の方。ご参加ありがとうございます。

 こちらは「敵に捕らえられた軍人が拷問にかけられ、極限状態の中で仲間を殺すように強要される」という物ですね。
 直接の描写はありませんが酷い拷問にかけられ、体中傷だらけな状態で友軍かつ知っている兵士を後ろ向きに座らされ、それを殺せば「命は助けてやる」と言われる主人公。恐らくなのですが、ここで敵側が「情報を吐け」と言っていないという事は既にこの拷問にかけられた二人は用済みだったり、単に敵側の人間が拷問がしたいだけで捉えたという可能性がありますね。何らかの情報を聞き出そうとするならば殺される側にも命が助かる為の駆け引きをするんでしょうし。
 これが本当に純粋に拷問がしたいのと味方を撃ち殺す奴が見たいだけでやっているのだとしたら、この部分こそが正に『人間の暴力性』という物が当てはまるのだとと思います。戦争中なので拷問にかけるのも命で遊ぶのも罪にならないので、それならば普段はやっちゃいけない事をやってみたくなるという人間の心理。味方も敵も大勢死んでいるんでしょうし、命の価値なんか安くなっているんでしょう。
 『極限状態における人間のせめぎ合い』というのは実際に戦っている人同士の事だけでなく、「命で遊んではいけない」という道徳心と、「いつ死ぬか分からないならやりたい事をしてもいい」という解放感との、どちらも人間が持ちうる人間性のせめぎ合いも含んでいるのではないかと思いました。こういう時にこそその人が普段隠している物が出るんでしょうし、普段隠している物が出たからってその人自身の人間性は変わらないんでしょうけど本人は気にするでしょうし、他人からのイメージも変わったりしますし。
 いいですよね、こういう「心の在り方」で悩んだりはっちゃけたりするのって。これこそが物事を考えれる人間の面白い部分だと思います。ナイス性癖!
 最後に歌が婚姻の儀において歌われる物と判明してから主人公が暴れて状況がどうなったのか分からなくなりますが、敵なのか仲間なのか分かりませんが何かしらが主人公の琴線に触れてしまったのでしょう。
 仲間を助けようとして暴れたのか、それとも仲間を殺したくなる何かがあったのか。助けられてから仲間がいた事は知らなかったと言っているので何があったのか永久に分からないんでしょうが、これも『極限状態における人間のせめぎ合い』による物で、『人間の暴力性』が発揮され、『暴力の連鎖』が起きたのではないかと思います。
 
 人間を一皮剝けばこうやって暴力を行使する者になるといういい性癖小説でした。
 最後に何があったのかを知りたいけれど、知らない方がいいのだろうなという匙加減が素晴らしかったと思います。ご参加ありがとうございました。


59 題名:首を作る 作者:尾八原ジュージ

性癖:生首
性癖:死体処理
性癖:和服の似合う美人
性癖:古めの女性一人称

 こちらは尾八原ジュージさんの三作目。一作目にもあった『死体処理』の性癖が再度登場しているのが「自分の性癖はこれ!」というアピールになっていてとてもいいですね。
 今回の性癖小説選手権は一人三作までの参加ですが、三作ともに同じ性癖を書いても全然OKです。色んな性癖で作品を作って頂いても結構ですし、逆に一つの性癖を貫き通していただいても大丈夫です。どんどん自分の性癖をアピールしていきましょう!
 
 内容としては「死体から首を切り出して飾る風習のある集落から外の世界へ嫁いだ女性の一生」という物で、尾八原ジュージさんお得意の「上品でまともであるが常識から考えたら狂っている人物」が全面に溢れた作品となっていました。冒頭で常人の価値観ではグロテスクと取られる「防腐処理をした観賞用生首」をいかに素晴らしい物かと説明している部分が特に良かったです。
 性癖紹介に『生首』と書かれているので生首が出てくることは予想が尽きますが、それが最初から出てくる上に観賞用且つ沢山持っていることが主人公の育った場所では旧家・名家の証となっていて、主人公の女性はそれが外の世界で一般的な事では無いと分かりつつも最終的には自分の欲望の為に『生首』を作ってしまう。
 この部分から尾八原ジュージさんの通常では受け入れられないだろう『生首』という性癖を当たり前の物にしたいという強い思いと、我慢せずに自分に正直に生きる方が幸せなのではないかという強い思いが伝わってきます。それも『生首』という性癖と『死体処理』という性癖が並んでいるという事は「首から下は無価値」という意味にも取れますし、性癖で性癖を補強するという高度な事をされていますね。もしかしたら『和服の似合う美人』というのも和服を首から上に対する装飾品と捉えているのではないでしょうか。花に対する花瓶の役割の様な。『古めの女性一人称』というのも現代の価値観にはそぐわない人物のアピールとして使われているように感じましたし。
 ここまで読むと観賞用生首が異質な物に思えますが、本文の中に「人間の首を作るのは初めてだったので緊張しましたが、絶対に失敗するわけにはいきません」とあるのを踏まえると、この作中の人の生首もお金持ちの家にある動物の生首の剥製も、どちらも動物の生首を飾る事としては同じだと気付けます。美しい物を飾りたいと思う気持ちは万人共通ですし、そう考えるとこの性癖はおかしなことでは無いのではないかとすら思えてきます。
 この深読みは自分が思っているだけで尾八原ジュージさんが伝えたいこととは違う可能性がありますし、間違っている可能性もあります。しかし、自分には「性癖を持つことはおかしい事では無い」というアピールや首長の様にも感じたのでここに書かせていただきました。

 尾八原ジュージさんはここ数か月ほどで性癖を作品に込める事の素晴らしさに目覚められたようで、性癖表現者として精力的に活動されています。
 性癖小説選手権への投稿はこの三作品でおしまいですが、この場ではなくとも性癖小説を書くのは自由です。これからももっと沢山の性癖小説を発表して言って下さい。応援しています。


60 題名:海とジュースとおっさんと 作者:川谷パルテノン

性癖:ダメおじ
性癖:氷がガラスに当たる音

 一作目では『恥じらう乙女』という性癖で「実写版ストリートファイターⅡのエドモンド本田を演じた人が好きな女の子」の投稿を頂いた川谷パルテノンさんの二作目。今回は先に想像と違う物が来るだろうなと身構えてから読まさせていただきました。

 凄くいい話でした。

 と、これで講評を終えてしまうのは良くないのでちゃんと講評をしますが、やはり川谷パルテノンさんは作風というか物事の表現の仕方が完成されているので自分が何か言うよりもその道を突き進んでいただくのが一番いいかと思います。
 
 性癖と題名からして『ダメおじ』が少年とジュースを飲む話なのだろうと判断出来たのですが、物語の内容は「死んでしまった幼馴染の女の子にもう一度会いたい男の子」という、儚いボーイ・ミーツ・ガール物でした。
 恐ろしいのはその儚いボーイ・ミーツ・ガール物という部分は川谷パルテノンさんの性癖である『ダメおじ』と『氷がガラスに当たる音』を装飾するための過程であって、本編ではあるけれど性癖小説としてのメイン部分ではないという所ですね。サブタイトルである「そんなん当たり前じゃん」の回収の仕方や、『ダメおじ』の変なやさしさや、当初は復讐が目的だったけど本当の目的は死んだ女の子に幸せでいてほしかっただけという、そういった感動的な部分は全て結果的に「死者の声を聴く方法」という自分も成功していない怪しい方法で高校生から色々とタカっている借金暮らしの『ダメおじ』と、最後に鳴っただろう『氷がガラスに当たる音』の為の物なんです。かなり思い切った事をされてますけれど、その欲望はイエスですね。自分の性癖の為に感動する話でもなんでも使うその姿勢は性癖表現者として正しいです。好きな物の為ならばなんでも犠牲にしていきましょう。それでこそ性癖小説だなと思いました。お疲れ様です。


61 題名:死に際の呪い 作者:猫茶とすか

性癖:相手が死ぬ直前になって、今の今まで蓋をしていた自分の気持ちに気付いて後悔する

 これまで二作品とも官能的な作品の投稿を頂いた猫茶とすかさんの三作目。こちらも同じ様に官能的な内容かと思いきや、純愛と失恋の悲しいお話でした。

 内容は性癖紹介に書かれている性癖の『相手が死ぬ直前になって、今の今まで蓋をしていた自分の気持ちに気付いて後悔する』という物そのままで、死にそうな相手に「笑顔が見たかった」と言われても笑顔が作れずに泣き顔でさよならをしてしまうという物。
 いいですよね、失う命によって呪いがかかってしまうシチュエーション。もっと早く気付けばよかったとかもっと早く言っておけばよかったとかの取り返しのつかない後悔のシーンを見た時にしか得られない栄養ってのが世の中にはあります。周りから見たらバレバレなのに本人は全く気付いていなければ気付いていない程、こうして判明した時の落差で栄養ゲージがギュンと上がりという物です。そして最後の最後に相手の願いを叶えてあげられなかったのもずっと心に残る事になり、今後笑顔になる度に思い出しては自分の事が嫌になるのでしょう。いいですね。栄養満点で健康になります。

 猫茶とすかさんの作品を三作読み終えて感じた事として、猫茶とすかさんは肉体を嬲る様な直接的な官能小説が得意な様に見えても、実際のところはこの三作目の様な心に入り込んで犯すという精神的な官能小説が得意な感じがしました。肉体よりも心を屈服させるのが目的で、肉体の反応は二の次の様な感じですね。肉体と心は密接に関係しているので結局はどちらも堕とす事にはなるのですが、心が強情な人ほど落とした時の栄養が高いみたいな。とても性癖小説に適性のある作風で嬉しくなっちゃいますね。
 これからもご自身の好きを全面に出した作品を作って頂きたいと思います。とても良い性癖小説でした。ご参加ありがとうございました。


62 題名:ともだちではない 作者:草食った

性癖:異形頭(できれば無機物)
性癖:人外受けのBL
性癖:明らかに格差があるのに対等だと言い張る傲慢な攻めをすべて許してくれる聖母のような受け
性癖:色々問題はあるけれど幸せならオーケーですみたいな締め

 トップバッターを飾った草食ったさんの二作目。一作目がセンシティブな内容だったので二作目もそうだと期待して読んだら一作目以上にセンシティブで嬉しくなりました。
 人によっては読んで気持ち悪くなる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは性癖小説選手権です。こういう作品を投稿していただけると開催した甲斐があるという物ですね。

 纏めるのが難しいですが、内容は「頭の無い人間をペットにするのが流行っている世界でのペットへの依存」という感じでしょうか。
 まず「頭が無い人間」が存在している時点でかなり奇妙な世界なんですが、その頭の無い人間の首から上を自由にデコレーションして楽しめるという事でふんわりした世界なんだと思ってしまいます。そして主人公が自分のペットに頭を作ってあげようとするところでいい話だと思わせてからの「気道か食道に土台のプラスチックを突き刺した」という首の断面図が見えているという事を分からせる文章。そして痛覚はあるし血も出るという現実的な事実。ここから奇妙な展開に加速していくのが草食ったさんの『明らかに格差があるのに対等だと言い張る傲慢な攻めをすべて許してくれる聖母のような受け』という性癖の真骨頂という感じでした。
 痛みどころか出血を伴う作業なのに飼い主の為かじっと耐えているし、飼い主はペットが文句を言わない(言えない)からって作業を続けるし、完成した後も接続部が腫れたり古くなったのを取り換える時はやっぱり血が流れます。ここのシーンはペットから飼い主への愛を感じる所で、飼い主がペットに血を流させることを当然と思っている事に文句を言わずに(言えない)その後の無茶ぶりにも応えてあげようとしています。
 愛玩動物である首無し人間のこの献身具合は凄いですね。まず人から頭を無くさせてペットにしている時点でかなりヤバい状態だと思うんですが、その無くしたはずの頭を作るという「尊厳を奪ってから更に自分の愛玩動物であると主張する」という行為。からの「友人にも恋人にもなってくれない事」への諦めと慰めの言葉。どこまで尊厳を破壊するんですかねこれ。攻めの攻め方の次元が圧倒的すぎます。このレベルの攻めの話を書ける人は中々居ないと思いますよこれ。
 しかし、性癖はその圧倒的次元の攻めを受けてくれる側の存在である『人外受けのBL』という物。性的に消費できる女性の肉体だったらまた違う事になったんでしょうが、そういう目的じゃない男の肉体だからこそここまでヒートアップしてしまった攻めと、何をされても応えてあげてしまう受け。最後は性癖に書かれている様に『色々問題はあるけれど幸せならオーケーですな終わり方』という感じで終わってますけど、本当に問題だらけで笑ってしまいました。

 愛玩動物の献身と最後の締め方でいい話みたいに終わるので、途中がグロテスクでもさっぱりとした作品に思えました。深く考えると主人公の男の性格だけじゃなくて世界観自体に問題がある気がしてくるのが凄い匙加減だと思います。
 とてつもなく良い攻めを読ませていただきました。これは中々巡り合えない作品だと思います。ありがとうございます。


63 題名:金木犀 作者:傘立て

性癖:人間が植物に変容する
性癖:長髪の年上男性

 傘立てさんはご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品は性癖の時点で刺さる人間が何人かいるだろう作品で、内容も期待通りに『長髪の年上男性』が『人間が植物に変容する』という物。
 凄い冒険があるわけでもなく人が気になる謎が解決するわけでもないのですが、この年上の男性と後輩ちゃんがお互いに心を許して緩い関係を持ち、長くなっていく睡眠時間の経過を見守って先輩がゆっくりと死んでいくのを待っているだけというのが儚くて心に残る作品です。
 日本の金木犀に雌株が居ないのは初めて知ったのですが、この知識を嫉妬心の説明に使ったり、男性が金木犀になってしまう事への説明に使うのは見事だと思いました。又、ここで金木犀の事に絡んで後輩ちゃんが独占欲を発揮しているのがいいですね。植物の受粉でさえ「先輩が何処ぞの知らぬ女を相手に子を成すなど、考えただけで吐き気がする」と言い切るその姿は素敵です。優しいだけの子じゃないんですね。芯がとても強い。
 先輩の長い髪の毛を触れるのは後輩ちゃんの特権でしょうし、先輩もそれを許しているみたいですし、この二人は二人でセットだからいいのでしょう。先輩が金木犀になってからもずっとこの家に通うんだろうなという感じがしました。
 性癖紹介には『人間が植物に変容する』と『長髪の年上男性』の二つしか書かれていなかったのですが、ここまで後輩ちゃんのキャラが立っているとなると「優しいけど頑固な女の子」や「覚悟決め決めガール」の様な性癖もお持ちなんじゃないかと感じます。この先輩だからこそこの後輩が似合うという感じで、表の性癖の『長髪の年上男性』に対する裏の性癖みたいな。

 残酷ではあるけれど美しい作品でしたね。文章だけでもとても良かったのですが、映像やイラストでも見てみたいと思う作品でした。ご参加ありがとうございます。


64 題名:探偵・芥子川巣鴨は戦わない 作者:双葉屋ほいる

性癖:一見ダメっぽいのに有能なキャラクター
性癖:安楽椅子探偵

 一作目では勝手に感情をヒートアップさせて押し付ける情緒不安定なキャラの作品を提出頂いた双葉屋ほいるさんの二作目。同じ様にヤバめな人物が主人公ですが、こちらは自覚している分危険性は少ないけれど厄介な奴ですね。

 性癖紹介に『安楽椅子探偵』と書かれているので勿論現場に出向かない探偵の作品なのですが、この探偵が終始ハイテンションでヤバい奴なのが双葉屋ほいるさんのヤバい奴が好きだという性癖に溢れていると共に、最初から「集まるのをやめたらいいのに」と正論を言っていて『一見ダメっぽいのに有能なキャラクター』という性癖に対するカウンターの様な性癖もアピールされていて気持ちが良かったです。そうですよね、集まらなきゃ事件起きないですもん。しかも後で判明する事実的にも最善の行動っぽいですし。
 そして推理の仕方は強い嗅覚を使って行うという能力推理。普通に証拠を一つ一つ積み重ねていくタイプでは無くて能力を使って追い詰めるタイプの探偵で、これは『安楽椅子探偵』という性癖の他にも『超常的な力で絶対に解決させる』みたいなヒーロー的な性癖もあるように思えました。事件を解決するから探偵なのではなく、探偵という肩書のキャラだから必ず解決出来るという様な感じの物です。『妥当性の性癖』とでも言えばいいのでしょうか。この辺りの性癖は深く掘り下げていくと面白いかもしれません。
 最後は自分の能力のデメリットを語り、犯人を刺激させておいてからのタイトル回収というのも気持ちが良くていいですね。作中でタイトルが回収されることが嫌いな人なんていないですよ。小説を読む人の全員が持ち得る性癖なのではないかと思います。

 最後まで探偵がハイテンションだし動くことは出来ないわで性癖の通りにダメっぽいのに有能で、動けないからこそ安楽椅子探偵であるというのがシナジー効果があってとても良かったです。ありがとうございました。


65 題名:病んでも病められない 作者:志村麦

性癖:関わったらヤバそうな病んでる子
性癖:一見まともそうだけど病んでる子
性癖:緊張感のある純愛関係

 こちらはご新規の方の志村麦さん。ご参加ありがとうございます。

 これはとてもいい作品ですね。凄くいいです。個人的にとても好みの作品なので凄く贔屓目に見ます。本当にいいです。大好き。
 性癖紹介の時点でネタバレしてしまっているので構わずに書くのですが、体中にピアスを付けてスプリットタンで首には縫合後みたいなのを入れていてリスカ跡もあるネトラレ系アイドルを演じている後輩女子高生にストーカーされて付きまとわれている一見やれやれ系の先輩が、実はその後輩の事が好きでバレバレなのに本人は全くばれていないつもりのストーカーをしているという相思相愛なとても良い純愛物語です。後輩ちゃんが一途でこんな外見なのに先輩に対してとても優しくて聖母の様で、やれやれ系で隠し事をしている卑怯な先輩と比べるとストーカーと言いながらも温かく見守ってくれて完璧です。マジ聖母。でも病んでる事は前提なので聖母でありながらもヤバい奴なのは変わらず、そのヤバい事が正常な状態になったまま生きているというヤバヤバ聖母。いいですね。自分に正直って素晴らしい。先輩も後輩ちゃんを見習って正々堂々とするべきですよ。
 ただ、性癖小説選手権なので性癖に書かれている『緊張感のある純愛関係』という部分と、先輩のターンの中の(こいつやけに後輩ちゃんの事に詳しいな?)という描写から、先輩も後輩ちゃんのストーカーであるという事が後輩ちゃんのターンに入る前に分かってしまうのが驚きが減ってしまうので勿体ないかもしれないとは思いました。先に性癖を描くという性癖小説選手権の参加方法が作品の良さを減らしてしまっているのが主催としてとても残念です。この作品はもっと輝くことが出来たはずだと勝手に思ってます。いやほんと、とても好きですこの後輩ちゃん。性癖に正直なのはとてもいいぞ!

 こんな素敵な作品を投稿頂けて嬉しい限りですね。性癖小説選手権の評価とは別に「主催の好きなキャラクターランキング」を作るとしたら暫定の1位です。後輩ちゃん大好き。誰かファンアートを描いて欲しい(他力本願)
 とても良いキャラクターと作品をありがとうございました。出来ればもっと後輩ちゃんの可愛いところを見ていたかったです!

66 題名:馬酔木と十薬 作者:独一焔

性癖:男女の双子
性癖:対比構造
性癖:違うけど同じもの
性癖:本人達にしか分からないもの
性癖:意図的な一人称違い
性癖:誰かの代わり
性癖:花言葉

 初参加で三作品も提出いただいた独一焔さん。講評している時点ではもう締め切り終わってるのですが、投稿頂いている日は始まってから10日です。今回の性癖小説選手権はスタートダッシュ作品が多いのと、複数投稿される方もかなり早く投稿されていて嬉しいですね。

 こちらの内容は「引きこもりの双子の片割れがもう片割れのドッペルゲンガーに出会い、自分を犠牲にして片割れを助ける」という物で、起承転結の物語を承転結起という順番で並べてミステリーさを出した物ですね。
 『男女の双子』なので物理的にも対になるキャラクターなのですが、それぞれの独白と読者には分からない『本人達にしか分からないもの』の描写が文章的にも『対比構造』となっているのがとても性癖小説ですね。『違うけど同じ物』というのも、『意図的な一人称違い』というのも、それが反対側を向いている対の存在だからこそ、この二人は二人で完成された物だったんだな思います。もう手遅れで元に戻らないんですけど。
 そして、この話のクライマックスとなる部分が「自分が犠牲になる事で他者を助けた」という部分なのでここに『誰かの代わり』が掛かっているのだと思いましたが、実はこの性癖はドッペルゲンガーにもかかっていますね?ドッペルゲンガー自体が『誰かの代わり』になってしまう存在であり、これはどちらかというと自己犠牲ではなくて他者搾取の『誰かの代わり』になります。ここにも『対比構造』が現れていて、とてもこの性癖がお好きなんだなというのが感じ取れました。
 最後の『花言葉』は「分かる人には意味が分かる物」として古来より幅広く使われている性癖で、題名に花の名前が入っている時点で『花言葉』が好きな人は ニヤリ としてしまう物です。逆に花言葉は幅広く使われすぎているのでメインに添えるとどこかで見た様な印象を持ってしまうのですが、この作品では花言葉を知らなくても花がキーワードな事が理解できるというとても良い使い方でした。全体的に性癖の出し方に慣れていらっしゃる感じがしますね。とても素晴らしいと思います。

  一作目ではお兄さんと女の子、二作目は所有者と人形という、どちらも「見守る者と見守られる者」という作品を提出いただいた独一焔さんの三作目でした。この作品も他の二作と同様に片方が片方を見守っている作品だったんですが、この作品ではただ見守るだけでなく、「お互いに守り合っている状況」や「見守っている側も見守られている側が必要」という物を感じました。
 それを踏まえて他の二作も読み返すと、「お兄さんは女の子を必要としている」「諸っ勇者も人形を必要としている」という関係になっており、この「力関係的には一方的に見えても実は一方的ではない共依存」の様な状態と、「共依存が破壊される時。又はその瞬間までの積み重ね」に対しても性癖を感じていらっしゃるのではないかと思いました。
 「力が強い存在程、自分が甘えれたり守られたりする側にも回りたいと思う事がある」というのが持論なのですが、独一焔さんの作品からは同じ物を感じました。
 二作目が個人的にとても好きな作品でしたし、これからもどんどんと性癖小説を書いて頂きたいと思います。ご参加ありがとうございました。


67 題名:煩悩一一六六四 作者:小辰

性癖:おしとやかだけど属性:暴力で良質な長髪を持った美女(男)
性癖:むさいけど良い人系おじさん
性癖:全ておじさんは自制心が有るべし

 中華と武侠がお得意の小辰さんの作品。こちらもやはり中世の中華的な場所が舞台の作品ですが、仏教には煩悩という言葉が有るという事を知っていれば問題無く読める作品となっています。

 個人的にタイトルの「煩悩一一六六四」というのがとても好きですね。何らかのコードナンバーとか商品名を漢字で表記したかの様なアジアンサイバーチックな雰囲気がありつつもファンタジー的な響きもあって、それでいて中世の中華風な場所にも合う言葉です。しかもちゃんと内容とぴったり合っていますし、このタイトル回収は成る程と膝を打ちました。
 内容としては「立場の偉い人の息子が預けられた先の寺の経典を狙う者達に襲われ、逃走中におっさんに助けられる」という物で、なんらかの大河の始まりの予感という内容です。この時点で大河物が好きな人は好きな展開ですが、メインは『おしとやかだけど属性:暴力で良質な長髪を持った美女(男)』に『むさいけど良い人系おじさん』がときめいてしまうという物。そりゃあ長年山に篭っていたおじさんがいきなり美女(男)を見たらときめいてしまうのも分かります。しかも相手は自分の友人の息子で、どうやら昔の自分の良かった部分だけを知っていて尊敬されている模様。これは一緒にお風呂ぐらいは余裕でセーフなのでは?
 物語的には性癖に『全ておじさんは自制心が有るべし』とあるのでおじさんの煩悩が解放される事は無いと思うのですが、最初に美女(男)を見付けた時の描写で美女(男)の美しさを説明しながらも泥や血に汚れている描写を入れたり、終盤のバトルシーンで受けに見せ掛けて最後は攻めに回るという描写を入れたりと、おじさんは煩悩を我慢しているのに小辰さんは我慢出来ていなさそうな部分もタイトルの「煩悩一一六六四」が掛かっているのではないかと思いました。おじさんの煩悩 × 小辰さんの煩悩 = 11664 という感じですね。

 壮大な大河の始まりを予感する作品でしたが、一番書きたかったのは「おじさんが美女(友人の息子)への煩悩を我慢するシーン」というのが伝わってくる良い性癖小説です。
 物語的には続きがあるみたいですし、もっとラッキースケベシーンはあるでしょうし、そのシーンだけでも続きが読みたい作品ですね。とても良かったです。


68 題名:光を抱いて堕ちる 作者:小辰

性癖:クソデカ感情ブラザーズ
性癖:生首を抱く

 小辰さんに連投頂いた二作目。一度にまとめて投稿いただくのは読み手としても主催者としてもうれしいですね。この為に用意してきましたと言ってもらえている気がします。

 一作目は中華風でしたが、二作目はファンタジー風。それもどことなく中東を思わせる感じですね。単に自分が勝手に思っているだけですが、作品から漂ってくる白と黒のイメージから、なんとなく周りは砂漠でオアシスや洞窟周辺に白い石で神殿を作っているのかなという雰囲気がしました。
 そしてプロローグが終わったら早速クライマックスで、いきなり白い兄の生首を持って話しかけている黒い弟。とても性癖小説ですね。ナイスです。
 民を導くという逸話から略奪や戦いの象徴と崇められとしまった兄は可哀想なのですが、その押し付けられた責務から逃れるのが弟の前で自殺する事というは中々に甘えん坊でいいですね。仕返しをしたいのなら民衆の前で自殺をしたりすればいいのに、恐らくは「民を導く」という役割からそれが出来ないのでしょう。だから民が居ない場所で自殺をする。で、民に安らぎを与えるという逸話のある弟に後を任せる事で結果的に「民を安らぎへと導いた」という事にした。弟ならやってくれるだろうという期待を込めた対面自殺。これがしっかり者の弟に対する兄の甘え方なんですね。重くて苦しいクソデカ感情だけれど、弟はちゃんと受け止めてあげてる。愛ですね。
 しかし、弟は弟で「彼の頭にも浮かんだ」とある通り、人間が兄の逸話を歪めて解釈した様に自分の逸話も歪めて解釈し、「民を死の安らぎへと導く」事を決意して兄の期待とは違う方向に動き出す。兄が存在を弄ばれたのだから自分も弄んでやろうという魂胆。正に『クソデカ感情ブラザーズ』ですね。相思相愛じゃん。
 最後は兄を討ち取った事の証明と兄を誰にも渡さない事の示威として『生首を抱く』という、タイトル回収もしつつの性癖回収。性癖の掲示が上手い。このシーンを読む為だけにこの作品を見る価値があるでしょう。
 又、こちらの作品も色白の男性(おそらく美男子)が血を流す描写が入っており、人々に都合の良い様に使われるのも併せて「白い物が汚されていく」という性癖もお持ちなのではないかと感じました。

 小辰さんは歴史的や神話的な物がお好きという大きな軸を持ち、それにいくつもの性癖の枝をしならせるという、ほぼ完成された性癖の形をお持ちだと思います。
 これからもその歴史とイケメンの性癖力を発揮して性癖小説を作って頂けたら主催として嬉しい限りです。ご参加ありがとうございました。


69 題名:血の通った、白 作者:まがつ

性癖:色白
性癖:神格化

 まがつさんはご新規の方かつ、この企画の為にカクヨムのアカウントを作って下さった方みたいです。とても恐縮ですね。

 まず最初に気になったは、性癖紹介のところに『色白』と『神格化』と書かれているんですが、その後には「手の甲の血管っていいよね」と書かれているんですね。わざわざその一言をここに書くという事は「手の甲の血管」も性癖なのではないかと思ったんですが、やはりこちらも性癖で安心しました。
 内容は「白い肌を持つ神の如き存在を人間の尺度で測ろうとする事で神を堕とすという冒涜的な行為をしている気分になる」という物で、勝手に図書館であっただけの男性を神格化しては一方的に眺めたり熱い思いを持ったりするだけの作品です。言ってしまえば軽度のストーカーなんですが、性癖に正直に生きる姿はイエスです。世間が許さなくても私が許しましょう。
 日焼けもしないし周りを冬の景色と見間違えてしまう程の『色白』と言うのはとても異質で強い力を持っている様に見えてしまい、だからこそ主人公は彼を普通の人では無くて『神格化』して崇める対象としてしまっているのでしょう。しかし、その『神格化』した対象を逆に「人である」と認識する事で穢し、視姦をして楽しむと言ってしまってます。
 性癖紹介に書かれていませんが、ここまで書いてあってしまってはまかつさんには「神を汚す事」や「人に堕とす事」の様な性癖がある様に感じられますし、冒頭に述べた「手の甲の血管」というのも性癖であると同時に「相手は神に見えるが血の通った人間である」という事の補強になるのでしょう。勝手に『神格化』し、勝手に「堕落」させる。とても一方的な思いでしかないのですが、思うだけなら自由なので何も問題はありません。本当に性癖に素直な子ですね。読んでいて嬉しくなっちゃいました。
 
 タイトルである「血の通った、白」というのも作品の内容を一言にまとめた物として最適ですし、この作品だけしかカクヨムに無いのが残念なぐらいのとても良い性癖小説だと思います。
 良ければ他にも作品を書いてみて欲しいと思います。きっと素敵な性癖小説が書けると保障しますよ!
 
 


70 題名:奥様は罪作りだと思うのです。 作者:かなめ

性癖:女装ショタ
性癖:クラシカルメイド服
性癖:三つ編みで眼鏡とか最高(拳)
性癖:片想い!!!!

 こちらのかなめさんもご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます!

 こちらの作品はとても『女装ショタ』という性癖がお好きなんだなというのが伝わってくる作品で、最後に判明する『片思い!!!!』というのもかなめさんの性癖に対する感情が伝わってくるとても思いが籠った内容です。
 なんですが、性癖小説選手権は読者に『こんな性癖もあるのか』と思わせることが目的のイベントですので、その点については『クラシカルメイド服』と『三つ編みでメガネとか最高(拳)』という性癖の部分の描写が弱かったの勿体ないなという印象のある作品でした。
 主人が女装ショタメイドと同じ髪型をする事に拘りがあるというのはとても良く伝わってくるのですが、本文中に女装ショタメイドが眼鏡をかけている事の外見の素晴らしさの描写が少なく、メイド服がクラシカルであるかどうかというのも「裾の長いメイド服」という部分のみで、女装ショタのメイド姿がとてもいいという事は分かりますが『クラシカルメイド服』という性癖の素晴らしさについては弱く感じてしまいます。
 恐らくは作者であるかなめさんの頭の中では女装ショタメイド(三つ編みで眼鏡でクラシカルメイド服)というのが完璧にイメージされていらっしゃるのだと思います。自分にもだんだんと男らしさを醸しだちつつもまだまだ女の子と見間違える第二次性徴期中の男の子が若干恥ずかしがりながらも好きな人のお願いだし好きな人の側に立てるので仕方なくメイド服を着ているのだろうしクラシカルなメイド服なんだから中は見えないけれど女性物の下着とか身に付けているんだろうなというのが伝わってくるので既に同じ性癖を持つ人には作品の良さが伝わるのですが、そうではない違う性癖や属性を好む人には伝わり難い内容でした。

 女装ショタメイドがとても良いというのが伝わってくるだけに、「読者にこの性癖は素晴らしいと気付かせる」事が目的である性癖小説選手権的には他の三点の性癖の部分が弱かったのが惜しいです。性癖として性癖紹介に書いてしまったのならば、その部分の素晴らしさについてもっと描写して欲しかったという感じですね。
 単に『女装ショタメイド好きに捧げる作品です』というだけなら100点満点でした。自分は大好きです。ご参加ありがとうございました。



71 題名:瓶の中身 作者:鯛谷木

性癖:メガネ
性癖:メガネをかけた美形がメガネを外さないままその美しさの気配で人を惑わす
性癖:首を絞めるという行為の意味
性癖:微妙にブレーキのかかった欲をぶちまけた後ふと我に返り怖くなる、成りきれてない人間
性癖:関係を進展させないまま友達同士ではしなさそうな事に及ぶ
性癖:心の中だと比較的流暢によく喋る陰キャ
性癖:YESをもらえると思ってなかったがためノリツッコミ的に返事を聞き返す流れ

 初参加でカクヨムのアカウントを作って頂いた上に、作品一覧に性癖小説選手権参加作品の三作しか無いという気合の入った性癖表現者の鯛谷木さんの三作目。書き連ねられた性癖見れば分かる通り、三作目にして性癖が溢れ出して止まらない状態で書かれた作品となっていました。

 内容は「自分だけが美男子なのを知っている相手を好きにしていいか聞いたら良いと言われたからおっかなびっくりしつつも夢中になって触りまくる」という物なんで、この内容と性癖から分かる通りにとてもえっちな作品でした。
 えっちという一言に色々と込められているのでそれをきちんと説明しなくてはいけないのですが、えっちすぎて語彙力を失ってしまいます。大変にえっちです。とりあえず読んでください。
 最初の『メガネ』の下りからして「自分しか美しさを知らない」となっていて独占欲でえっちな上に、「正直に欲望を伝えている様に見えて密室に出来る場所に誘い出してる」というえっちな期待感が込められていて、「口という穴に指を入れる」のはえっちその物でしょう。
 かなりえっちな内容だらけで性癖紹介に書かれている性癖が全部そのままなのですが、この他に「他者にバレるかもしれない普段の生活の場での情事」や「経験豊富そうなミステリアスさ」のような性癖も込められている感じがしました。もしかしたらそういう事をしたくなるように誘導されたのかもしれませんし、本当は嫌だけど余所でもそういう目に遭っているから慣れているとかかもしれません。どれも更なるえっちさに繋がります。
 又、小説の概要には「学生BL(広義)」と書いてあるのに、本文には男同士であるという直接的な描写はありません。もしかしたら純粋なBLでは無いのかもしれませんし、逆に「人が性別関係なく人に興味を持つ事はおかしくないと二人とも理解している」という結果的にBLになっただけという意図なのかもしれません。
 えっちなだけで無く、様々な解釈が出来るというのは性癖小説としてポイントが高いですね。流石です。

 三作目という事で鯛谷木さんの性癖がこれでもかと詰まった作品でしたが、最後のメガネを外すのはダメという部分も合わせて鯛谷木さんにはまだまだ表に出されていない性癖が眠っている様な気がしました。
 せっかくカクヨムのアカウントを作って頂いたのですし、このコンテスト外でもその性癖力の可能性を魅させていただけたらなと思いました。
 本当にえっちな作品でした。ご参加ありがとうございました。



72 題名:私の夫は『お母さん』 作者:まこちー

性癖:男性妊娠
性癖:不器用な男子
性癖:幸せな夫婦

 こちらも初参加で三作目の投稿を頂いたまこちーさんの最後の作品。
 タイトルはまだ落ち着いてますが、キャッチコピーでいきなり殴りに来てますね。突然の性癖の暴力です。いいですよ、読む前からどんな作品か分かるというのはとても大事な事です。どんどん殴っていきましょう

 内容は書き出すまでもなく、性癖紹介に書かれている『男性妊娠』で『不器用な男子』で『幸せな夫婦』という物。キャッチコピーや概要に書かれている物から期待出来る通りの物が100%以上で現れるというとても安心感がある作品です。
 この分かりやすさや安心感というのはとても大事な事で、その性癖の内容を求めて読みに来た人もその性癖に興味が沸いて読みに来た人も、この小説を読むだけで「この性癖はこういう事なのか」と理解が出来てしまうという事なんですね。その理解をさせてしまう所が読者が性癖を受け入れたという事であり、そういった部分が性癖小説選手権が求めている性癖小説の重点になります。
 又、「まこちーさんならばこの性癖について期待通りの作品を書いてくれるに違いない」という信頼感はファンにとって大変嬉しい物です。まこちーさんは性癖小説書きとして既に完成されておて、自分からまこちーさんに向けて性癖の事で言う事は何もないでしょう。ナイス性癖小説です。今後もその性癖力で沢山の作品を作って頂きたいです。
 ただ、どうしても内容というか今選手権だからこそ気になってしまう部分がありまして、「作中では男性が妊娠する事がどんでん返しの様に扱われているが、性癖に『男性妊娠』と書かれてしまっているのでそのオチを読む前から理解してしまっている」という問題があります。
 これはそもそも性癖小説選手権のレギュレーションとして「性癖を先に提示する」というのがあるので逃れられない問題になるのですが、なんとかしてこのオチが分かってしまう部分を克服できればまこちーさんの作品はもっと高みに行けるのではないかと思いました。最初から性癖を掲示していることが安心感に繋がるというまこちーさんの持ち味を殺す可能性もあるのでかなり難しい事を言っている自覚はあります。しかし、期待通りでありながら意外性もあるという欲張りな作品を書くことが出来れば最強になれるのでは?と勝手ながら思っています。

 初参加でありながら、これだけハイレベルな作品を三作も提出いただけたのは主催としてとても嬉しかったです。
 これからも性癖に素直且つ素晴らしい作品を作成して欲しいなと思いました。ご参加ありがとうございました。



73 題名:風と翼と 作者:二枚貝

性癖:飼い殺される天才・特殊な才能の持ち主
性癖:互いを哀れむ兄弟
性癖:相互不理解
性癖:相手のことしか考えていない二人
性癖:翼をもがれた鳥人
性癖:ハイヒールを履かされるお兄さん

 一作目は絵という無機物に恋をした少年の話をお出し頂いた二枚貝さんの二作目。こちらも一作目にも流れていた退廃的な空気を感じる作品となっています。
 
 内容は翼を持った人の翼人が存在しており、その翼人は風の精霊と関わりがあるので周囲の風の強さにも影響を与えるというファンタジーな世界での「翼はあるが足を折られて幽閉されている弟と、その世話係を任された翼をもがれた兄の買われた兄弟」という、シチュエーションだけで様々なドラマが見えてくる内容です。
 登場人物はこの兄弟だけなのですが、ステンドグラスのある礼拝堂やりんご畑があるという描写からこのお城のある領地はそれなりに広くて領民が何名か居て、ご主人様と呼ばれる者が道楽で翼人を二人買い取る事が出来る力の持ち主だろうという事が分かります。きっと里で捕まってからお城に来るまでの間もこの兄弟のエピソードが沢山あったんでしょう。しかし、これは性癖小説なので過程はすっとばして性癖が反応する結果だけを書き出していいんです。むしろそれが良いという企画なんですが、短く切り取ったシチュエーション内で色んな要素が詰め込まれていて読者に色々と想像させるのがとても上手だなと思いました。
 そして先品全体に流れる「もっと良い方法があるだろうに無駄に時間だけは過ぎていっていてどんどん状況が悪くなっている」という空気も読者に「こうしたらいいのに」と思わせる内容になっていて、結果的に掲示された性癖を理解し、受け止め、そこから自分の思いを外に出してしまうという効果を持っています。絶対この二人はもっとお互いの意見をぶつけ合えば状況が改善すると思うのですが、そう思ってしまっている時点で二枚貝さんの物語と性癖に引きずり込まれている訳です。本当に性癖小説が上手い。お見事です。

 ただ、これほど性癖力の強い作品ではあるのですが、最後の性癖の『ハイヒールを履かされるお兄さん』という部分だけがアピールが少し少ない様に感じました。他の性癖はこれでもかというぐらいに前に出ているのですが、ハイヒール部分だけが遠慮したようになってしまっています。
 物語とはほぼ関係ない部分になっているのですが、それでも敢えて性癖紹介に書いたというのは二枚貝さんがそれだけこの性癖を好きだという事なのではないでしょうか。それならば折角の性癖小説選手権ですからもっとハイヒールの描写に力を入れたり、後編にも出してもいいのではないかと思いました。
 ハイヒールについてはもっと性癖をはっちゃけてもいいとは思いましたが、それ以外の部分は性癖小説としてとても素晴らしい内容となっていました。
 性癖を物語に絡めて描写する高い技術を持っていらっしゃると思います。これからもその性癖小説にぴったりな技術を生かして素晴らしい作品を作って頂きたいですね。ご参加ありがとうございました。


74 題名:〝晴雨〟 作者:アオイ・M・M

性癖:毒舌クール
性癖:義妹
性癖:非恋愛男女関係
性癖:武人
性癖:名乗り

 こちらは初参加のアオイ・M・Mさん。ツイッターで相互フォローの方なので初めましてという感じはしませんが初参加頂きありがとうございます。

 この作品はとても性癖小説として素晴らしい物で、オープニングからして「架空の歴史を辿った日本」という好きな人には堪らない掴みで入るのがとても良いですね。性癖紹介には書かれていませんが、この「元号が違う日本」というのはそれだけでファンタジー現代というのが理解出来て、架空戦記物と合わせて推しの性癖として挙げる人もいるぐらいです。勿論、架空地名もいい味を出しています。作品の内容にはあまり関わらない部分ですが、こういう部分にまでこだわっているオープニングはこれをおかずにして白米が食べれちゃいますね。
 そして本文では漢字に外来語のルビ。設定だけでなく文章から読み取れる世界観も徹底されていて、細かい説明が無くとも「昭和文化(一部大正文化)が残りつつも技術は現代ぐらいまで発展した世界」というのが分かる様になっています。こういうさらっと読者に属性を理解させるのは性癖小説としてのポイントがかなり高いんですよ。性癖の刺激の仕方が上手いですね。
 そして始まる『毒舌クール』な『義妹』とのイチャイチャ。言葉は少なくともお互いに通じ合っていて、尚且つお互いに通じ合っていると思っている関係。これで『義妹』で『非恋愛男女関係』なのかぁ〜いい関係だなぁ~。と思わせてからの『武人』と『名乗り』への性癖の流れる様なコンボ。終わり方も性癖を遡る様に『武人』の二人の『非恋愛男女』だけど『義妹』という通じ合っている他人からの『毒舌』という、冒頭のやり取りを再現するかの様な「皮肉」で締められています。単に性癖を順番に消化するだけでなく、それぞれを流れるように絡み合わせていくのは性癖の職人の域です。いや本当、凄い作品でした。

 アオイさんのこの作品なんですが、全体的に「性癖小説が上手い」という感想しかありません。導入も本文も性癖の消化の仕方も性癖の出し方も伏線も、どれもお手本になるレベルです。性癖小説には色んな書き方があるのですが、初心者へのお手本ととなる性癖小説の基本形として紹介したいです。
 呼び出した男連中はどうしたとか、二人でセットな武術の継承者を殺して大丈夫なのかとか、ヤバい流派なんじゃね?とか、そういった細かい部分は無視をして、「出された文章だけを美味しく頂く」事が出来る性癖小説にぴったりな内容でした。褒めてばっかりで贔屓になっちゃうんですけど、本当に良くできていました。ナイス性癖!



75 題名:醜く善良な魔法使いへ花束を 作者:佐倉島こみかん

性癖:異種族恋愛
性癖:浮気者が本気の恋に落ちる様
性癖:能力が効かない系の面白い女

 佐倉島こみかんさんは前回の第三回性癖小説選手権に参加いただいた方ですね。今回もご参加ありがとうございます。
 佐倉島こみかんさんは作品の傾向として「ギャップ」や「意外性」を持った物語を好まれる方でして、今回のもそんな佐倉島こみかんさんの「●●が◆◆する様子」と言った感じの作品を投稿頂きました。

 内容は「自分に気がある女性を洗脳する能力を持ったイケメン吸血鬼が令嬢を口説いては襲って廻っていたが、自分に靡かない女性を口説こうとしているうちに遊びではなく本命になってしまう』という物。「吸血鬼」というだけで惹かれてしまう人は世の中には大勢居るのですが、そこで性癖紹介に「吸血鬼」と書かずに『異種族恋愛』と書かれているのに拘りを感じました。人では無い「吸血鬼」がメインではあっても「人では無い者が人を愛する」というのがこの性癖の本質なんだと思います。もしかしたら女性側にも「強固な意志で己を制する精神的な化け物」という「常人では無い者」という意味での異種族という意味が込められているのかもしれません。吸血鬼の魅力が効かない程にマイナスの感情を持ちつつも周りには明るく振る舞っているのは普通の人間には中々出来る事ではないです。そこが『能力が効かない系の面白い女』という性癖の部分でもあるのでしょう。
 又、『浮気者が本気の恋に落ちる様』を冒頭からクライマックス前までの2万字を使って丁寧に説明されていて、書きたい部分を抽出しても良いルールの性癖小説選手権に逆に「2万字全部必要です」と文字数をぶつけて来たのは主催として嬉しくなりました。文字数が多ければ性癖小説として優れている訳ではありませんが、沢山の文字数でいかにこの性癖が素晴らしいかを説明されているのは本当にこの性癖がお好きなんだなというのが伝わってくるのでとてもいいです。逆に短い文章なのに性癖パワーがとてつない方もいらっしゃるのでどちらが上とかは無いですが、それだけ力を注いだ作品を投稿頂けたという事が嬉しいです。
 そして、読んでいる最中は作品内で吸血鬼であるというのが生かされているのが冒頭の描写だけで本文には余り書かれておらず、終盤の告白シーンまではなんとなく『異種種族愛』の部分が弱いかなと思っていたんですが、最後の最後に ドーン! やって下さいましたね。寿命ネタからの転生ネタ。片方が長命の種族だからこそ出来るネタであり、お互いの意思を尊重する部分も合わせての素晴らしい『異種族恋愛』だと思いました。ナイス性癖!
 
 前回の時もそうでしたが、佐倉島こみかんさんさんは既に完成された性癖力をお持ちの方で、ここをこうすると良いかもというアドバイスをする必要がありません。基本は既に通り過ぎていらっしゃって、自分に合ったやり方で性癖を提示している状態です。
 ここまで来ると今以上の力を身に付けるにはその性癖を自分がどのように好きなのか、どう表現したいかという自分自身と向き合う段階になっていて、こればかりはご自身で光明を見出して頂くしかありません。
 今でも十分性癖力の高い素敵な作品なのですが、主催としては折角だからより高見を目指していただきたいなと思います。
 佐倉島こみかんさんの今後に期待しています。投稿頂いているもう一作も楽しみです。


76 題名:きみの海 作者:大塚

https://kakuyomu.jp/works/16816927862528924127


性癖:左手の薬指の指輪
性癖:何言ってるのか良く分かんない年上のオンナ
性癖:海

 一作目はおもちゃだった少年が人になる作品を投稿頂いた大塚さんの二作目。初参加なのに複数投稿頂けるのは嬉しいですね。ありがとうございます。

 主人公が少年という部分は一作目と同じですが、作品の雰囲気はガラッと違います。『何言ってるのか良く分かんない年上のオンナ』に振り回されている男の子という淡くも下心のある青春な雰囲気です。年上のお姉さん最高ですね。しかもマカロンを二口で食べたり指輪を投げちゃう豪快さ。同年代の女性には感じない魅力たっぷりでそりゃあ指輪が気になっちゃいますよ。
 性癖紹介に書かれている『左手の薬指の指輪』という性癖ですが、「結婚指輪」ではなくて『左手の薬指の指輪』としか書かれていないという事は、恐らく指輪本体よりも「少年がお姉さんの左手の薬指の指輪を気にしている」という部分が大事なのでしょう。その指輪があるから自分は本命になれないとか、自分がその指輪を贈りたいとか、そういった感じの象徴的存在としての『左手の薬指の指輪』なのだと感じました。実際に結婚指輪でなくとも左手の薬指に指輪を付けてもいいんですが、「なんらかが収まるべき場所に既に収まっている物がある」というのは片思いをしている側からしたらとても重要な意味を持ちます。既婚者って書いてありますしね。
 そして、そんな感じで自分が入る隙間が無いのならせめて今だけはと勇気を出して「自分と居る時は既婚者じゃなくて一人の女性として居てほしい」という思いを伝えるも、お姉さんからは「なんできみとデートするのに結婚指輪してくるの? 変じゃん」と言われて逆に指輪を「持ってて」と渡される。
 恋愛初心な少年には分からない駆け引きすぎるんですが、逆にミステリアスで魔性な魅力が高まっちゃって更に少年はドギマギしてしまいますね。そして本文外のキャッチコピーで書かれている「なくさないでね」というセリフ。こんなのお姉さんを好きになっちゃうじゃないですか。
 又、性癖紹介に書かれている『海』というのは、少年からお姉さんに対しての物ではなく、お姉さんが好きな物や感じている物に対しての『海』なんだと思いました。海が好きなのもペンギンが好きなのもお姉さんで、水族館に行きたいのもお姉さん。そして、この少年を誘っているのも「海」に関係する何かを少年から感じたからか、若しくは自分が少年にとっての「海」になってあげたいという様な事を考えているのではないかと感じました。大塚さんの考えられている『海』のニュアンスとは全く違うかもしれませんが、自分がこう感じた事も性癖小説の醍醐味です。海と言えば母ですよね。つまりお姉さんはママ! 甘えたい!!

 大塚さんの二作目からは、一作目と同じ様に「大人に振り回されていた子供が想いを受け取り覚悟を決める」という様な継承と成長の物語を感じました。
 今はまだ未熟で分からない事があっても、いつかそれが分かる時が来る。そういった感じの「未来」を感じさせる性癖だと思います。大塚さんの作品読んでいて気持ちが良くなるのはそういった部分があるからなのでしょう。三作目も楽しみです。


77 題名:流雲と貝殻 作者:武州人也

性癖:BSS(僕が先に好きだったのに)要素をもつBL
性癖:入れ墨をした褐色美少年
性癖:父親になる美少年

 一作目では『サメ』と『入れ墨をした褐色美少年』、二作目では『パニック映画に出てくるやたらタフで強いおじさん』という、普段の作品を伺っても性癖がそのまま出ている性癖表現者である武州人也さんの三作目です。

 内容は性癖紹介を見ればそのまま分かる通りで、『BSS(僕が好きだったのに)要素を持つBL』で、『入れ墨をした褐色美少年』であり『父親になる美少年』が出てくる作品です。武州人也さんの性癖という訳では無いと思うのですが、作品の説明に単語を付け加えるとするならば「義理の兄になる幼馴染」という所でしょうか。
 今回の作品でたまたま「好きな相手を誰かに取られる」と「その幼馴染が父親になる」と「幼馴染の相手が肉親だから我慢するしかない」というのが合わさってこの関係になってしまったというだけで表現したい性癖では感じがしますが、武州人也さんが「義理の兄になる幼馴染」という性癖を持っていらっしゃらないという訳では無く、これからその性癖に目覚めないという訳でもありません。性癖と性癖が合わさって新しい性癖を産むことはよくあります。人の性癖には果てが無いですからね。
 そしてお話のメインは性癖紹介に書かれた通りでいいんですが、作中でサメが登場した時は笑ってしまいました。サメの性癖が隠れ切れていません。寧ろ堂々と出ちゃってます。直ぐ後に分かるんですが、この『父親になる美少年』は武州人也さんの一作目の「サメといれずみ美少年」の少年なんですね。あの時点で既に友人の姉に子を孕ませていると分かったら「サメといれずみ美少年」の主人公の人の性癖が更に狂いそうだなと思いました。子持ち入れ墨ショタという性癖は強過ぎる。 
 
 割と何度か書いているんですが、武州人也さんは既に性癖小説についての技術を持ち合わせている方で、自分から性癖小説について何か言う事がありません。強いて言うのならばそれぞれの作品の提示された性癖と本文で表されている性癖がどれぐらいマッチしているかとか、他にもこういった性癖がありそうだなという事ぐらいです。
 これからもそのとても強い「ショタ」と「サメ」についての性癖と、そこから広がる派生された性癖についての作品をどんどん作り出していって欲しいと思います。今回だと「サメ」から『パニック映画に出てくるやたらタフで強いおじさん』に派生したように、性癖というのは新しい気付きを得たりしてどんどん広がっていくものです。
 武州人成さんが性癖を武器にどこまで行けるのか期待しています!ご参加ありがとうございました!



78 題名:アンドロイド殺し 作者:つるよしの

性癖:人型アンドロイド
性癖:機械と人間の愛憎
性癖:人間心理の矛盾展開
性癖:伝染病

 一作目で人間の極限状態での「心の在り方」についての作品を投稿頂いたつるよしのさんの二作目です。提示された性癖から今回も人間の「心の在り方」についての話みたいでワクワクしますね。
 
 作品の舞台は近未来の火星。そこで「火星土着のウィルスにより近寄った者も98.4パーセントの確率で罹患するという伝染病に罹った夫の介護をしていたアンドロイドを破壊した妻」という作品ですね。火星で伝染病でアンドロイドで愛情と憎悪とすれ違いという個人的に大好きな要素ばかりで嬉しくなりました。
 個人的にこの作品の重要な部分は「旦那はリーリアという女性を求めていた」という部分だと思います。妻は過去にリーリエではあったけれど今はリーリアでは無いという事が全ての原因で、旦那が求めていたリーリアをアンドロイドで再現してしまったから全てが狂ってしまったんですね。
 「思い人の再現」に『人型アンドロイド』を利用するのは人間の傲慢さが出ていてとてもいいです。アンドロイドは人の形をして人の反応をしますが人ではありません。言うなればおままごとのぬいぐるみです。相手が望む動きをする様にプログラムされているのだから使用者に愛されて当然です。それなのにそのぬいぐるみ相手に人が二人も狂ってしまったというのが悲しい話でもあり笑い話でもあるのですが、「相手が望む動きをする」というのは人もそうですよね?
 人だって相手に気に入られる為に演技や過度なリアクションをします。ましてや夜の仕事ともなればお金の為に「相手が望む動きをする」のは当たり前でしょう。となれば、夫にとって「自分が望む動きをするリーリアという名前でリーリアの外見をした存在」というのは人間だろうがアンドロイドだろうが「どちらでも良い」となるのではないでしょうか。最後になって妻がリーリアを見て破壊したくなったのは当然でしょう。そこに居るのは自分が演じなくなったリーリアという存在で、夫の死後もリーリアという役割を演じていて、自分から夫だけでなくリーリアまでも奪ったのですから。

 リーリアという女性しか見ていなかった夫が悪いのか、それ程までに魅力的なリーリアを演じていた妻が悪いのかは分かりませんが、この演技や思い込みや期待が混ざり合う『人間心理の矛盾展開』と『機械と人の愛憎』は本当に好みの性癖と展開でとても良かったです。
 『伝染病』というのも会いたいけれど会えないという状況を現す深みのある性癖でしたし、『人型アンドロイド』はその他三つの性癖に密接に絡み合う物でもありました。性癖小説のレベルが高い。流石です。

 つるよしのさんの作品からは「心から発する人体への影響」という、不定形で不規則で制御不能な物に支配されたり、逆に抗おうとする意志への性癖を感じました。
 その意志こそが人間の本質であり、支配されてしまうのも人間の本質なのでしょう。
 つるよしのさんにはこれからも「人間」を対象にした性癖小説を作って頂けたら嬉しいなと思います。個人的にとても好みの作品でした。人間ってのは美しいし醜いしでとても良いですよね。
 ご参加ありがとうございました。


79 題名:のりこサン 作者:柴田 恭太朗

性癖:存在感が希薄なのに印象的なキャラ
性癖:気がつくと、いつまにかいるキャラ
性癖:のりこサン

 一作目では妄想のモノローグにより危険なバクテリアとしての海苔の作品を投稿頂いた柴田 恭太郎さんの二作目です。
 性癖紹介に書かれている物をそのままタイトルにするのは「俺の性癖を見てくれ」というアピールが強くていいですね。タイトルという作品を読む前から見える場所にこう書かれているのにもちゃんと目的があるのがとても良かったです。

 内容は「思い付きのままのりこサンの良さについて語る人とそれを聞く人」という会話劇で、最後はコントの様な形で終わる思い付いたことを書き連ねた物という感じの作品ですが、実は性癖にもタイトルにも書かれている『のりこサン』は作中に出ません。
 『のりこサン』というのは柴田 恭太郎さんの一作目に出ていた女性の事であり、そこで『のりこサン』を見たという事は既に自分の性癖の術中に嵌っているのであるというのがこの作品のテーマの様な物になっています。
 性癖小説選手権では自作品の設定や話を引っ張ってくるのを禁止している訳では無いですし、書きたい部分だけの抽出がOKです。なのでこういった作品を跨いだ表現もOKなんですね。ルールを上手く活用されています。一応は一作目を読んでいなくても話の内容的に問題無いつくりなのですが、知っているとより面白く作品を楽しめるという「分かる人には分かる」演出となっていました。
 深く考えずに思いついたままを喋るというのは普段からその人が思っている事がほぼそのまま出力されている訳であり、そういった時の願望程、その人が混じり気無しに求めている事だったりします。この作品は男性二人の会話劇ですが、実際はほぼ片方の人の主張を物語にするための相槌として二人目を存在させている形なので、実際にはこの作品の作者である柴田 恭太郎さん自身が『のりこサン』という『存在感が希薄なのに印象的なキャラ』で『気がつくと、いつのまにかいるキャラ』を世の全ての作品に登場させた事にしたいという野望を持っていらっしゃって、こうして野望自体を作品にして世に出されたという事になるのでしょう。とても『のりこサン』が好きなんだなというのが分かりますね。性癖の表現の仕方としてとても正直で素直で好感が持てます。
 
 しかし、柴田 恭太郎が『のりこサン』を好きな事はとても良く伝わってきますし、一作目を読んでいる人間は既に『のりこサン』の存在を知っている事になるのだというギミックの付け方は見事なのですが、正直なところこの作品を読んだ人が『のりこサン』を性癖に追加出来るかどうかというのは難しい物があるのではないかと感じました。
 語り手である男性がとても『のりこサン』を好きなのは十分に伝わってきます。しかし、その良さは「分かる人には分かる」という物で分からない人には伝わり難いです。良さを説明するだけでは読者はその性癖を受け取る事は難しく、読んで体験させる事で初めて読者に性癖を植え付けることが出来るのではないかと自分は思っています。性癖の出し方が上手い方なだけにその部分が気になってしまいました。

 又、柴田 恭太郎さんはこの「分かる人には分かる」というギミックに対して強い拘りを持っていらっしゃって、こちらが大元の性癖なのではないかとも感じられました。
 一作目では「海苔と最初から分かっていればニヤリと出来る説明」。二作目では「一作目を読んでいればニヤリと出来る展開」と、知っていなくても作品を楽しむことは出来るけれども知っていると面白いという手法をされています。
 『のりこサン』という存在も『のりこサン』を知っていれば知っている程に他作品を読んだ時に(これはのりこサンだな)と思う様になっていて、これも「『のりこサン』を分かる人には分かる」という面白さの確立になっています。
 自分がそう感じ取っただけなので違う可能性もあるのですが、「分かる人には分かる」という性癖を根底に持っていらっしゃるのならば、その部分を更に強調する事で今よりも更に読者を性癖の渦に引き込める性癖小説が作れるのではないかと思います。
 既にかなりの性癖力をお持ちの様ですし、更なる高みを目指していただきたいなと思って少し厳しい事を書いてしまいました。その性癖力の高さで色々な性癖小説を書いて頂きたいと重いって居ます。ご参加ありがとうございました。


80 題名:土曜日はマサおじちゃんと一緒に 作者:佐倉島こみかん

性癖:ガタイが良くて物静かな男
性癖:ガタイのいい男と小さな子供が仲良くしている様子
性癖:子供に対して一人称が『おじちゃん』のおじさん
性癖:結婚していなくて一般的でない仕事をしている謎の親戚

 一作目は本当の恋に目覚めた吸血鬼物を投稿頂いた佐倉島こみかんさんの二作目です。こちらも佐倉島こみかんさんのお好きな「●●が◆◆する様子」というタイプのギャップ萌えの作品でして、身長2m越えでアラフォーのおじさんの可愛い物語でした。
 
 内容は「甥の世話を頼まれた優しい伯父さんと甥の一日」という物で、特に何か事件が起きたり大変な目に遭ったりする物ではありません。しかし、甥から見れば伯父さんは家族がピンチな時にかけつけてくれるヒーローであり、甥からしたらこの一日は始まりからして「ヒーローがやってきた」という特別な日となっています。
 伯父さんも対人スキルが低く持ち前のガタイの良さを生かしてない仕事で独身アラフォーでダメ人間という低い自己評価だったのが、甥からの「おじちゃんはヒーロー」という言葉で救われていて、伯父さんからも「甥は自分の気持ちを軽くしてくれたヒーロー」になるという、お互いに特別な事はしたつもりは無いのにお互いを救っているというほんわかした救済の物語という形でした。何も事件が起きなくとも意識が変わるきっかけが掴める日常というのはいいですね。こういう毎日の積み重ねが人間を作っていくのだと思います。
 作品全体から優しい雰囲気が醸し出されていて、「隠居している大きな命が小さな命をおっかなびっくり触りながらも小さな命の強さに教えられて自分もまだ出来る事があるのだと気付くという」事や、「強大な力を持っているだろうに優しすぎてその力を使う様に見えない」や、「無垢な存在の純粋な好意」が好きな人にはオススメ出来る作品だと思います。こういった静的な性癖小説は静的だからこそ山場を作るのが難しいのですが、そこを性癖である『ガタイのいい男と小さな子供が仲良くしている様子』という描写で書き切っているのは佐倉島こみかんさんの性癖への思いの強さが成せる技なのだと思いました。性癖の魅せ方が上手いです。ナイス性癖!
 
 一作目の講評に「高見を目指していただきたいなと思います」なんて書きましたが、佐倉島こみかんさんは既に十分な高みへと到達されていました。我が物顔で書いちゃって恥ずかしいですね。
 個人的には二作目の様な静的な性癖小説をもっと読みたいと思っているので、静的な性癖小説を突き詰めて頂けると助かるなと思いました。
 何か事件が起きたりする動的な性癖小説も好きですが、静的な性癖小説はそもそも性癖が動的な物が多いので作品数が少ないのが現状です。動的の方が分かりやすいですしカタルシスを感じやすいんですよね。静的なのは絵本や道徳の教科書に載っている様な感じなので巷では見付けにくかったりするんです。
 佐倉島こみかんさんは一作目の様な動的な性癖小説も書ける方ですし、動的静的問わずにこれからも性癖小説をばんばん書いて頂きたいと思います。すると自分が喜びます。
 素敵な性癖小説をありがとうございました。


81 題名:盾と鎧とお姉ちゃん 作者:惟風

性癖:名前はめちゃくちゃダサいのに物凄く強い技
性癖:技名を言ってから発動する
性癖:絶対的な強さでいとも簡単に窮地を救ってくれる強キャラ

 一作目では意外な人物がすごく強くて人は外見や雰囲気で侮れないという感じの性癖小説を投稿頂いた惟風さんの二作目です。
 
 作品としては厄介な人物の逆恨みや執着から始まる現代異能物という感じでして、現代そのままの世界観、勘違い野郎の精神描写、魅力なキャラクター、意外性のある戦い方と、長編にも出来るレベルの丁寧な作り込みがされています。しかし、それら全ての世界観は「最後の十三文字の言葉で発生する一連の動きが自分の性癖です!と説明する為の前フリ」でしか無い作りとなっていて、凄そうな能力も加害者や被害者の精神状態の描写の細かさも読者に(ダサい技名ってもしかしてこれかな?あんまりダサく無い様な…)と思わせてからの本当のダサさの提示という感情の隙を突く行為も約15000字の文字数も全ては性癖の為に消費される糧でしかありません。しかもご自身の過去作の三つから設定やキャラを引っ張ってきて性癖の為に使い回すという贅沢っぷり。セルフ性癖消費は最高の自己満足ですね。いいですよ、欲望に忠実なのは性癖表現者として正しいです。グッド性癖!
 
 凄く贅沢に自信の性癖を表現されたこの作品はこの形でこそ完成する完璧な作品であるのですが、実はこの作品は性癖小説選手権参加作としての評価をしてしまうと決して高評価とは言えないのがもどかしいところです。
 この作品の性癖が「勘違い野郎が痛い目に遭う」みたいなスカッとする系や、「おっとりして言いなりになっていた人が大切な物の為に反旗を翻す」みたいな覚悟を決める系や、「頑張る中年」の様な応援したくなる系の物だったら評価は変わっていたのですが、実際に性癖紹介に提示されている性癖は『名前はめちゃくちゃダサいのに物凄く強い技』『技名を言ってから発動する』『絶対的な強さでいとも簡単に窮地を救ってくれる強キャラ』という物で、特にこのうちの一つ目と三つ目の性癖の良さというのは作中の描写からは中々伝わり難い物になってしまっています。性癖が伝わり難いというのはそれだけ読者に性癖を受け入れてもらいにくくなるので、どうしても性癖小説選手権での評価は低くなってしまいます。しかし、この作品はこの終わり方だからこそ完成されているのであって、この終わり方以外での終わり方は迎えて欲しく無いという気持ちがあります。
 恐らく惟風さんもこの形でこそ気持ち良く書けたのだと思いますし、選手権で評価されない作品だっただけで素晴らしい性癖表現物には変わりありません。是非ともこのままでいきましょう。
 
 惟風さんに投稿頂いた二作品を読んだ感想として、惟風さんは作品全般に「意外性の提示」という性癖を込めていらっしゃるのではないかと感じました。
 その意外性は一見は読者に向けられた物に見えますが、実際の提示先は読者を通して広がっている「世界の常識への意外性の提示」という広い世界に向けられた物であり、敷いては「自分自身の爪痕を世界に残す行為」まで先鋭化されている様な印象を受けました。世の中の大多数が「こうなるだろうと考えている行為を裏切ってやる」という、反逆の精神です。
 実際に惟風さんがそこまで考えていらっしゃるのかは分かりませんが、それ程の覚悟が込められている作品を作られているのだなと感じます。いうなれば世界と自分とで性癖バトルをされている訳ですね。その覚悟は同じ性癖表現者として嬉しいです。
 やはり、自分で自分がどんな性癖が好きでそれをどう表現したらよいのかを知っている方というのは強いですね。惟風さんにはこれからもどんどん世界を相手に性癖を吹っ掛けていって欲しいと思います。ご参加ありがとうございました!


82 題名:恋する奴隷のしつけ方 作者:神笠 桜太(偽教授)

性癖:僕っ子
性癖:処女のフェラチオ
性癖:風呂ックス

 アルファポリスでは神笠 桜太と名乗られていますが、カクヨムでは偽教授と名乗られている神笠 桜太さん。プロフィールにそう書かれていたので同じ方として扱わせて頂き、偽教授さんの三作目として受付させて頂きます。
 
 アルファポリスで投稿頂いている事から分かる通りにこちらはR18禁止の作品となっていて、内容は「愛玩用奴隷が奥手なエルフのご主人様をその気にさせる為に頑張る」という物です。女の子が奴隷ではあるんですが最初から愛玩用として教育されていて性的な事に戸惑いが無く、性に関する技術以外にも一般的な知識や判断力もしっかりと持ち合わせているのが後ろめたさが無くていいですね。奴隷と言えば悪い境遇を想像してしまう人も居ると思いますが、資産として大事に扱われていた奴隷も居るのでファンタジー世界ではこういったお金持ち用の愛玩用奴隷は結構多いのかもしれません。
 ファンタジー世界なので幼い女の子が愛玩用奴隷でも問題無いですし、ファンタジー世界なのでお風呂は使い放題ですし、ファンタジー世界なのでエルフは人の常識に疎くて想定外の奴隷を買ったと、自身の性癖の為にファンタジー世界を一つ作って使い潰す贅沢は性癖小説として正しい姿でとても良かったです。男が望むのは床上手な処女なんて言葉がありますが、実際に性に関する知識と技術を持っていて主人を誘いながらも一緒にお風呂に入るのや自慰行為を見られるのは恥ずかしいというギャップのある描写が欲望に忠実だなと思わせてくれます。又、作品の語り手が性癖紹介に書かれた性癖の対象である女の子自身であり、その女の子側からの視点で作られているというのが中々に神笠 桜太(偽教授)さんの性癖の業の深さを感じました。それでこそ性癖小説です。
 
 神笠 桜太(偽教授)さんの作品を三作とも読んで感じた事は、どの作品も「女性が性に積極的で男も満更でもないからそれに応える」という物でした。一作目は強引に。二作目は下心を利用されて。三作目は刺激された性欲が偶然から爆発。という感じで、どの作品も性的な事に関しては女性側からです。恐らく神笠 桜太(偽教授)さんの中には「男性の好意を期待して男性を振り回す女性」という様な恋人でもあり娘でもあり母親でもあり女神でもあるという強い女性像があり、その女性像に対して理想としている物を性癖として書かれているのではないかと思います。
 個々の性癖が別々の対象に向けられた物では無く、全て同じ一つの概念としての女性像に向けられたものという感じです。飽くまでも当鯉頂いた三作だけで自分が感じた事なので正しいという保証はありませんが、そういう一つの理想像を持っていらっしゃる方は性癖の表現の仕方も上手いのだと思います。
 
 実際にR18だったのは三作目だけでしたが、どの作品も性的な部分があって素直にえっちでとても良かったです。
 えっちな女の子というのは絶対に需要がありますし、もっと色々なえっちな女の子の作品を書いて頂けると嬉しいですね。ご参加ありがとうございました。


83 題名:曼珠沙華の咲く部屋 作者:ロマネス子

性癖:洋館
性癖:入ってはいけない部屋
性癖:双子の入れ替わり

 ロマネス子さんはご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。
 
 短いながらも洋館ミステリーとして綺麗に纏められているこちらの作品は「古い洋館の子隠しの逸話のある開かずの間で入れ替わりをして遊んでいた双子の片割れが子隠しに逢う」という物で、小説の概要に書かれている通りに設定だけを見たら「洋館ミステリーあるあるな話」という物になるでしょう。
 しかし、そのあるあるな話をあるあるな話のままにしつつ自身の性癖の部分を強調して書くというのは難しい事で、この時点でロマネス子さんの「違和感無く読者に性癖を伝える」という性癖小説を書く力が高いのが伺えます。それにありふれた性癖や作品は性癖力が弱いという訳ではありませんし、この作品の様な「よくある作品に見えて作者の性癖が主張されている作品」というのはよくある作品に見えるからこそ他者に性癖をうえつけやすくあります。誇りましょう、その性癖力を。
 そんなあるあるでありながらも性癖に溢れた今作ですが、個人的に特に良いなと思った部分は冒頭の洋館の描写ですね。大正時代の建築と書くだけで日本人向けに作られた洋館と分かりますし、森の中にあって、大きな門があって、ステンドグラスがあって、昔は高価だったタイルを使っていると続く事で、読者にも森の中の門を通って徐々に洋館の一部が見えて来て最後は近くに寄ってみたという体感をさせています。文章を読んでいるのにまるで洋館が目の前にあるかのような錯覚を覚えさせているんです。
 また、この読者への体験ですが、『入ってはいけない部屋』に入った事で実際に子供が消えたのかどうか分からない事と、『双子の入れ替わり』が周囲に全くバレていないという事が、どちらも「そうかもしれないという憶測でしかない」という物であり、本当にそうだと言う明確な答えは作中に出ていません。作中の人物も確証は持っていない様ですし、この部分も変則的な「読者への体験」と言えるでしょう。
 性癖小説として性癖紹介に書かれた性癖が本文の内容に含まれているかが判別不明でもいいのか悩む人も居るかと思いますが、今選手権の主催の自分的には有りです。性癖小説はそもそもが「その性癖を読者に理解させるもの」である為、明確にその性癖の行為が行われていなくとも、本文からその性癖の良さが読み取れれば問題無いと思っています。実際に海に行った描写が無くとも海の良さを伝えれるならOKという感じですね。
 
 あるあるな話という形をとりながらも見事に高度な性癖の提示をされているのは性癖力の高さと共に、元々の小説の書き方も上手い方なのだと思いました。
 あるあると言われる王道な作りはそれだけ大勢の人に受け入れてもらえますし、それが性癖小説ならば大勢の人の性癖に影響を与えられるのだと思います。
 王道を王道のまま書く事が出来るのも実力です。これからもその力を活かして性癖小説を書いて頂けたら嬉しいですね。ご参加ありがとうございました。


84 題名:雨夜 作者:傘立て

性癖:相手に靴下等を履かせる行為
性癖:突然ふられる
性癖:雨により湿度高めの空間

 一作目ではやがて植物になってしまう男性と後輩の女の子の緩やかな別れの作品を投稿頂いた傘立てさんの二作目です。
   
 内容としては「教員と男子生徒の関係の終わり」という物なのですが、傘立てさんの一作目での爽やかさのある終わりと見せかけて後輩の女の子の強さを示したのと同じく、こちらの作品でも男子生徒の独占欲の強さと覚悟を決めている描写が書かれていてとても良かったです。強いというのはそれだけで魅力的ですし、逆に強ければ強い程孤独に耐えようとしてしまう危うさも持っているので蠱惑的でもあります。つまり独占欲と覚悟は性癖の対象になるという事ですね。
 そして今作の何よりのポイントは『相手に靴下等を履かせる行為』という性癖に尽きます。そもそも靴下というのは人間の体の中でも酷使される部分でありながら物理的に弱い部分でもある足を保護する為の物であり、足の汗や垢などの排泄物を受け止める下着でもあり、尚且つ単純なオシャレも兼ねた装飾品でもあるんです。足という柔らかくて傷つき易くてよく使う場所の手入れを他人にさせるだけでも余程相手の事を信頼していないと出来ない行為なんですが、その足に靴下(保護具、下着、装飾品)を履かせるというのは自分の全てを許していないと出来ない行為でしょう。流れからして事後の二人ですが、『相手に靴下等を履かせる行為』でしかも礼装用の物だなんて、こんなの性行為よりえっちですよ。えっちすぎてドえっちです。ナイスえっち!そしてグッドえっち!!
 その後は教員が覚悟を決めて泊まっていけと言うのですが、実は男子生徒側は教員とは違う方向での覚悟を決めた後であり、教員がその言葉を言わなければ自分の覚悟を語らずに黙って去って行っただろうというのがとてもつもなく情緒を崩しに来ます。性癖紹介にある『突然ふられる』というのは言葉通りに捕らえると理不尽さの塊に思えるのですが、この作品では優しさも含まれているとてるもなく意味が深い行為なんですね。性癖小説でありながら文学作品と読んでも差支えが無い完成度だと思います。
 
 一作目の講評にも書きましたが、やはり傘立てさんの作品からは「優しいけど頑固」で「覚悟を決めている若者」という性癖を感じました。
 どちらも話のメインになるキャラは年上の男性なのですが、その相方として「自分の思い通りにならない事があっても逃げずに受け入れて立ち向かう勇気と覚悟を示しつつ年上には甘える弱さを見せる」という魅力的なキャラを用意されているのが、退廃的で終わりの物語に見えてもそれだけでは終わらないだろうという希望を与えてくれる作りにもなっていると思います。
 作品はここで終わりますが、「物語はまだ終わりじゃない」というのは読者に続きを妄想させる性癖小説の目指す姿の一つなのでしょう。性癖小説の書き方は無数にありますし、目指す形も人によって違います。是非とも傘立てさんには「物語はまだ終わりじゃない」という形の性癖小説をこれからも続けて欲しいと思っています。
 ご参加ありがとうございました。素晴らしかったです。
 


85 題名:雨、腐り 作者:大塚

性癖:欠損
性癖:旧家の謎しきたりで人権がない
性癖:年齢差のあるカップリ

 一作目は人扱いされて居なかった子供がヤクザに拾われて人間になる作品、二作目は人妻の薬指が気になる歳上女性に振り回される男の子の作品を投稿頂いた大塚さんの三作目です。
 
 大塚さんの性癖の集大成とも言えるこの作品の内容は「復讐と家族の為に自分が使える物を全て使った女性の願いを叶える男」という感じの物でして、これからを予感させる一作目や二作目と違い、最後に全てを終わらせる為の物語となっていました。
 しかし、終わらせる為の物語と言っても終わってしまう事を魅せる為の作品ではなく、終わりに向かう迄の人の頑張りや覚悟を魅せる為の作品であり、その部分の描写の為に結果的に終わってしまっただけという感じがします。主人公が一作目や二作目の様な成長と継承を行う側の若者ではなく、これ以上成長しない人物だったのもそれが理由でしょう。成長や継承をするのは本人を主人公にすれば描写出来ますが、その成長や継承をした人物が次に成長や継承をする人物へバトンを渡した事と、そのバトンを渡された人物がきちんと成長や継承をしているかは第三者の視点からでしか分かりません。だからこそ終わりを描写する必要と主人公をこれ以上成長しない人物にする必要があったんですね。見守る者からの描写にする事で受け継がれている物を解る様にしたのだと思いました。
 又、性癖紹介に書かれている三つの性癖がどれもマイナスに捉えられる内容でありつつも、作中ではマイナスな点だけでなくプラスな点もある様に書かれているのが印象的です。
 『旧家の謎しきたりで人権が無い』のでイエにお金を入れながら風俗嬢をしていましたが、だからこそ主人公の金貸しとの縁が出来ていますし、『年齢差のあるカップリ』(カップリが誤字なのかわざとそうしているのか分からなかったのでカップリングのカップリと捉えてそのまま使います)だからこそ今迄全く甘えさせて貰えなかった二人が存分に甘える事が出来ていますし、『欠損』した薬指に結婚指輪も婚約指輪も嵌めれない事で金貸しヤクザとくっついていても違和感がありません。
 本来ならばマイナスである物をマイナスなままにせずにプラスにも捉えて扱う事が成長や継承にも繋がり、人が死んだり物語がゴールを迎えても「終わりじゃない」という事を示している様に受け取れました。
 
 二作目の講評で大塚さんには「成長と継承」という「未来」を感じさせる性癖があるのではないかと書きましたが、今回の「終わりじゃない」と感じた物もまた「未来」を感じさせる物でした。
 確定した出来事である「過去」や、変わらぬ毎日を望む「停滞」に性癖を感じる方が居るように、続いていく「未来」に性癖を感じる方は勿論居ます。個人的な所感ですが、「未来」を望む事が出来る方というのは新しい物を産み出すのに長けている方なのではないかと思っています。
 その前へと進む力を是非とも様々な性癖小説に生かしていただきたいですね。大塚さん本人のこれからにも期待しています!ご参加ありがとうございました!


86 題名:叉鬼 作者:あきかん

性癖:カニバリズム

 一作目で自分の血を分けた肉を食べる作品、二作目で纏まっていない文章を投稿頂いたあきかんさんの三作目です。
 
 こちらの作品は一作目に投稿頂いた性癖の『肉食』の詳細版という感じで伝えたい事が被ってしまう部分がありますが、これは性癖小説選手権なので同じテーマや性癖で作品を書くのは全く問題ありません。寧ろいかにそのテーマや性癖が好きなのかが伝わってきますから個人的には大歓迎です。
 内容は「息子を山の民に食べられたマタギの女が息子の血肉を糧にした山の民を喰らう為に山に入り、旦那である鉄砲鍛冶の男はそれを追いかけてマタギの女を食べる」という物です。文章だけでは分かりにくいですが、山の民が息子を食べた事は自然の摂理であり、女が息子を糧にした山の民を食べたいのと旦那がマタギ女を食べるのが性癖である『カニバリズム』に該当するのでしょう。山の民にもルールがある様な書かれ方でしたのでもしかしたら山の民側からもなんらかの『カニバリズム』要素はあるのかもしれません。
 『カニバリズム』は大雑把に「人が人の肉を食べる」という行為で意図によって様々な種類があるのですが、この作品から読み取れる物としては「死者を丁寧に葬る為に食べて糧とする」という「いただきますの精神」と、「生を感じる為に他の生を奪う」という「弱肉強食の食物連鎖の一員」の二つの意図を受け取りました。前者は精神的な『カニバリズム』であり、後者は本能的な『カニバリズム』なのでしょう。山に詳しいマタギの女側が精神的な『カニバリズム』を求めていて、人間社会で暮らす鉄砲鍛冶の男が本能的な『カニバリズム』を求めているのは面白い対比だと思いました。一つの性癖に複数の意味を込めて描写するというのはとても珍しいやり方ですし、場合に寄っては内容が矛盾してしまう物です。しかし、今作は『カニバリズム』の複数の意図がきちんと対比構造として現れているで素晴らしかったです。

 時代背景にそぐわなく感じる聖書を引用している様な歌もそういった対比構造を表す為のものでは無いかと思います。狩りに出る女と物を作る男、自然宗教と啓示宗教、生と死の様に、この作品には様々な対比構造がありますし、一作目と三作目で書かれた食べるという行為は生きる為に殺す行為で対比構造ですし、二作目で書かれた纏まってない文章に見えて流れがあるという物も対比を孕む構造です。
 今回投稿頂いた三作を全て読んだ上で判断するならば、この「矛盾しない対比構造」があきかんさんの性癖の大元なのではないかと感じました。
 となれば、ニ作目に対する自分の講評はあきかんさんの「矛盾しない対比構造」という性癖を見抜けなかった物になりますので謝罪します。申し訳ありません。
 これは自分が感じた事なだけで本当にあきかんさんに「矛盾しない対比構造」についての思いがあるかどうかは分かりませんが、あきかんさんのメインの性癖は一作目に書かれた『肉食』である事は間違い無いでしょう。特に『肉食』に至る為の今作の4話の解体描写は見事でした。見る人によってはスプラッタなシーンに思えますが神聖なシーンにも取れる物です。
 あきかんさんの『肉食』や『カニバリズム』に対する思いにはかなり深い物があるように感じます。できればこれからもこの二つの性癖と、それに伴うご自身の考え方を生かした作品作りをして頂きたいなと思います。ご参加ありがとうございました。
 


87 題名:叫んで五月雨、金の雨。 作者:辰井圭斗

性癖:理知的で凶暴な男
性癖:傑出した男と凡庸な男のBLが凡庸な男目線で書かれている
性癖:破滅と隣り合わせな束の間の勝利
性癖:運命への反逆

 一作目ではとても長い性癖の作品を投稿頂いた辰井圭斗さんの二作目です。
 
 なかなか物騒な性癖紹介であるこちらの作品は男性同士の事後のシーンから始まりますが、メインとなる部分は「傑出した男が一般人の感性を食い物にして一般人が支配している社会に対して反逆をする物語」という物になっていて、事後なのは関係性の説明の為の物となっています。えっちな関係の描写部分も生々しくて良かったのですが、現代で行える命を懸けた戦いとしてのFXの描写とその方法の説明もリアリティがあって面白かったですね。
 何よりも良かったのは性癖紹介にも書いてある『傑出した男と凡庸な男のBLが凡庸な男目線で書かれている』という部分でして、この作品の内容からは凡庸な男が傑出した男と一緒にいるのは彼の生き方に魅せられているからとされているのに、傑出した男が凡庸な男を求めている理由は「炭鉱のカナリアの様なブザーでしかない」と読み取れてしまうんです。この部分が中々にBLの奥深さを感じさせてくれますね。そう、BLなんですよ。BL。BLと先に書かれているということは傑出した男もこの凡庸な男にお前じゃないといけないから一緒に欲しいと思っているわけで、凡庸な男の片思いな訳ではではないんです。だからこそ冒頭に事後の描写もあるんですね。求めているのは感性だけじゃないぞという言葉にしない説明です。しかし、それも凡庸な男目線なので本当は何を思っているか分かりませんし、本文から読み取れるのは上記の通りに凡庸な男が傑出した男に惹かれているという部分だけなんです。だからこそ読んでいる途中で不安感を覚えてしまうのですが、「この作品はBLであると」という前提を思い出す事で傑出した男も凡庸な男を必要としているのだと分かる様になっており、様々な部分での「傑出した男の凡庸な男に対して甘える行為」が理解できてこの二人の関係を愛おしく思うようになっています。BLは尻穴だけに奥が深い物ですが、性癖紹介に書かれている事でBLに不慣れな人でも気付ける様になっているのが良かったです。
 
 辰井圭斗さんには二作を投稿頂きましたが、どちらとも「愛に振り回される側のやきもき」という部分の描写に力が入っている様に感じました。
 一作目は優しく、二作目は激しくと、属性は違いますがどちらも主人公が恋人に愛されているのは間違い無いんですが、愛されている側は「自分はこの人に何を返せているだろうか」の様な愛に対しての見返りを返そうと焦っている様に思えます。そんなことしなくても相手は離れて行かないし見捨てないだろうに、自分への評価が低いから不安になってしまっているのでしょう。そんなに頑張らなくても大丈夫だよといってあげてもいいんですが、敢えてそうやって感情に振り回されているのもオツなものです。きっと辰井圭斗さんの愛に対する考え方の根底に「無償の愛は無いが存在してくれているだけで有償な場合もある」という様な物があるのだと思いました。
 愛の形は人それぞれですが、辰井圭斗さんの愛の形は尊い物なのだと思います。愛と性癖は紙一重ですし、今後も愛と性癖を活かした作品作りをしていただきたいと思います。ご参加ありがとうございました。


88 題名:悠遠に至る祈りの話 作者:塔

性癖:異型頭
性癖:ヤマもなければオチもなく、解決もしない話

 こちらはご新規の方の塔さんですね。他の自主企画でお見かけした事はありますが当企画にもご参加頂きありがとうございます。
 
 内容は「異型頭達の紹介と苦悩と祈り」という物で、『異型頭』を人と違う特別な存在としながらも人の様に悩むし人の様に生活もしている隣人として書かれています。『異型頭』の設定や存在感がはっきりとしており、違和感なく「この世界にはこの様な存在が居るんです」と読者に理解して貰える作品になっているのが性癖力が高いですね。『異型頭』の存在を受け入れてしまった時点で読者は『異型頭』という性癖の芽を植え付けられている訳で、キャラクターを魅力に感じたらそれはもう『異型頭』という性癖に染まりつつあるわけです。グッド性癖!
 そして二つ目の『ヤマもなければオチもなく、解決しない話』というのも作品の作り方そのままの性癖なので、この作品を読んで(良い雰囲気だったな)や(面白かったな)という感想を抱いた時点で『ヤマもなければオチもなく、解決しない話』の性癖に共感して受け入れた事になります。短いながらも性癖紹介に書かれた二つの性癖を上手く読者に受け入れさせる作りとなっていて、これほどさらっと性癖を魅せ付けることが出来るのはこの性癖に対しての理解度が高いという証拠でしょう。長い間この二つの性癖に付き合って来られた感じがします。塔さんは生粋の性癖表現者なのかもしれませんね。

 又、『ヤマもなければオチもなく、解決しない話』という何も始まらないし何も終わらない日常を現した作品は一般的には「盛り上がりに欠ける作品」の様に見られがちですが、性癖小説的には「自分の性癖が日常の世界」を現す事が出来る作品となるので個人的なポイントが高かったです。『異型頭』という読者からしたら異質な存在であっても、彼等はこの作品の世界では当たり前の存在になっていて、「この世界に彼等が存在する事はヤマでもオチでも無く解決する様な出来事ではない日常の風景」なんです。
 当たり前の事だから事件にならず、当たり前の事だから解決しなくてもいいんですね。性癖を呼吸の様に扱われているのはもっと誇ってもいいでしょう。遠慮がちな言い方をせず、「これが私の世界だが?」ぐらいの押せ押せでもいいと思いました。
 
 塔さんからは強い性癖力を感じますし、まだまだ遠慮がちな部分がある様に見受けられます。喫茶店の店名や作中に出た異型頭の種類からも強い思いを感じますし、半不死的な部分も浪漫ですね。
 これは投稿頂いている二作目も楽しみです。人と関わりのある人ならざる者っていいですよね。


89 題名:墓暴きの女。 作者:宮塚恵一

性癖:元怪人の女。
性癖:最終回の後。
性癖:上位存在の下僕。
性癖:奇妙なバディ関係。
性癖:複雑な世界観。

 一作目では自己犠牲の吸血鬼物を投稿頂いた宮塚恵一さんの二作目です。
 先に書いておきますが、宮塚恵一さんの性癖は自分と近い物が多いので講評というより感想になってしまいます。なので他作品の名前も挙げてしまうんですけれど(※講評や感想で他作品名を出すのは本当はよくない)、テッカマンブレードと破壊魔定光とパラサイトイヴ3が性癖にヒットする人ならば必ず読むべきと思いました。様々なヒーロー物の良い部分が混ざっていて、小学生向けというよりもSF設定や宗教要素や精神の在り方なんかに拘りを入れた青年向けヒーロー物が好みの人向けだと思います。特撮ならば仮面ライダービルドやゲイツがオススメかもしれません。
 
 作品の内容としては「過去に遡りながら人類を滅ぼそうとした宇宙人を他の宇宙人の力を借りて倒して世界を元通りにしたけど、過去を弄られた一部の人の苦悩は続いている」という感じでしょう。この辺りの「世界改変合戦」や「時間侵略」や「人の繋がりがキー」というのも宮塚恵一さんの性癖にありそうですが、この作品で一番大事なのは『元怪人の女。』という性癖だと受け取りました。『複雑な世界観。』が舞台で『上位存在の下僕』であった『元怪人の女。』の『最終回の後。』を『奇妙なバディ関係。』で描いているという感じで、『元怪人の女。』の苦悩と感じなくていい後悔と救済(があるかどうか分からない)がメインの物語なのだと思います。個人的には救済が無い終わり方でも好きですね。能力と記憶が全て復活して更に苦悩する終わり方でも大満足です。
 語り手は元人間側だったヒーローなんですが、これも『元怪人の女。』を客観的にどんなキャラかを描写する事が主目的な行為なのでしょう。元から人間で恋をした相手が怪人になってしまった彼の苦悩と覚悟が実を結んで覚醒して窮地を乗り越えていますが、その裏側にあった『元怪人の女。』の戸惑いや驚きや宇宙人に対する文句を言う姿が愛おしく感じられます。勿論男性側の「愛を知る事で切り捨てる事を決めたヒーロー」や「力を持て余した元ヒーロー」というのも素晴らしく性癖に溢れていました。でもやっぱり『元怪人の女。』が凄く魅力的なんですよね。諦めている様で諦めていない部分とか、納得している様で納得していない部分とか、色々とごっちゃになっているけれどたった一人だけその苦悩を分かってくれる男を必要としてしまっているのが本当にすごくいいです。強い女性の依存はいいぞ。
 
 宮塚恵一さんの作品は「強いけど弱い」「ヒーローだけど悪人」「人間だけど人間じゃない」の様な相反する属性の様で、実は見ている面が違うだけで同じことをしているといった感じの0と1では判断できない物が詰まっていて本当に個人的に好きですね。
 今回も三作投稿頂いている様ですし、三作目の作品がどのようになっているかとても楽しみです。


90 題名:前線棄地 作者:不可逆性FIG

性癖:ディストピアの片隅
性癖:ゆるいメメント・モリ

 前回の第三回性癖小説選手権では中々にヘビーな内容だけれど表面はふわふわしている百合を投稿頂いた不可逆性FIGさんです。作品以外にもこの記事の一番最初に表示されているえっちな配色のロゴを制作して頂きました。ご参加とロゴの制作ありがとうございます。
 
 今回投稿頂いた作品は「遠い昔に終わった戦争の武器の残骸を見て、少女が死について想像をする」という物で、それまでは大きな兵器の残骸しか見ていなかったから戦争は人が死ぬという事の想像が出来なかったけれど、形の残った拳銃を見つけてしまった事で想像出来る死を感じてしまったという流れですね。人は自分が想像出来る物しか理解出来ないものなので、それまでの砲の残骸っぽい物では想像出来る死から遠すぎたんでしょう。いいですね『ゆるいメメント・モリ』というのは。こうやって人は大人になっていくんだと思います。
 そして性癖紹介に書かれている『ディストピアの片隅』というのが中々にヘビーな内容で、これが不可逆性FIGさんの嗜好なんだなというのが良く分かります。
 ディストピアと言えば「何者かによって管理された社会」というのが一般的なのですが、この作品の舞台は草原であり、主人公である少女も管理されている様には見えずに自由にしています。では何がディストピアなのかと言うと、この作品の「舞台外」がディストピアであり、この作品の舞台はディストピアから見放されながらも場所的にはディストピアと関りのある『ディストピアの片隅』なんです。分かりやすく言うと管轄内だけど管理から放棄された場所という感じ。あるじゃないですか、開発予定地のまま何もない草原みたいになってる場所。あんな感じですね。
 そんな場所に住んで居る人達がディストピアの恩恵に預かれているかは分かりませんし、「集落」とあるからにはきちんとした町ではないのでしょう。「大きな戦争のあった後」となるとポストアポカリプスを想像してしまうかもしれませんが、世界は滅んだのではなくて管理されるようになっただけで、主人公の少女はその管理された「社会」には含まれていない。それだけの事なんです。さらっと読んだだけでは気が付きにくいですが中々にヘビーです。はっきりと「スラムの子供」と書かないところに拘りを感じました。そんな場所で育っているのに「死」を感じずに育ってきたというのも見ようによっては残酷な事ですね。作品の端々から闇を読み取らせて読者に気付かせるやり方がとても上手いです。知らず知らずのうちに不可逆性FIGさんの性癖に浸ってしまうという事なのでしょう。
 
 ほんわかした雰囲気の中にも死と社会の厳しさが見え隠れしているとても良い性癖小説でした。不可逆性FIGさんは小説もロゴもテーマを込めて丁寧に作られている印象がします。今回はもう一作投稿頂いているので、そちらを読むのも楽しみですね。


91 題名:突撃隣の薫子さん 作者:塔

性癖:超ゴリマッチョポジティブオネェ
性癖:苦労人

 一作目に異型頭の作品を投稿頂いた塔さんの二作目になります。

 内容は一作目と雰囲気が大分変わり、「超ゴリマッチョポジティブオネェが猫を助けて死んだけど幽霊になってなんやかんやでポジティブパワーで大解決!」という感じの難しく考える必要の無いハイスピード超ゴリマッチョポジティブオネェコメディです。いいですよねマッチョでオネェな人。超常的な問題を筋肉で解決するのも大好き。こういう勢いだらけのコメディからしか得られない栄養は確実にあります。
 話のテンポが良すぎてスラスラと読めますし、提示された性癖の通りに筋肉とポジティブさで問題を解決するのは爽快感があると共に強烈に(薫子さんすげぇ!)と思わせてくれるので、読んだ人にスルスルっと『超ゴリマッチョポジティブオネェ』という性癖の良さを理解させてくれます。死因はネコチャアンを助ける為だし、死んでからも友達の事を思って行動してますし、元からオネェキャラが苦手だったりきちんとした順序や手段が無く勢いで解決という展開を受け付けない人以外は直ぐ様薫子さんの魅力に取り憑かれてしまうでしょう。知らず知らずに塔さんの性癖の術中にハマってしまう訳ですね。性癖の魅せ方が上手い。ナイスマッチョ!
 しかし、性癖紹介に書かれている『超ゴリマッチョポジティブオネェ』という性癖に関しては完璧な仕上がりとなっているのですが、その分、『苦労人』という性癖に関してはアピールが弱く感じてしまうのが勿体無いなと感じました。
 恐らく死後の世界である閻魔様的な存在に仕える制服にメガネの役人(勝手に外見をイメージしました)が普段から閻魔様的な存在に無茶振りをされたり閻魔様的な存在のお世話をして苦労しているというのが『苦労人』のアピールポイントだと思うのですが、『超ゴリマッチョポジティブオネェ』の部分が強過ぎて性癖の魅力を比較した時に弱く感じてしまいます。これすらも薫子さんの『超ゴリマッチョポジティブオネェ』パワーの影響ならば解釈一致で仕方ない部分もあるのですが、閻魔様的な存在も『苦労人』ポジションのメガネ(勝手なイメージです)もモブとして出した訳ではなく、塔さんの中で一つのキャラクターとしての設定がある様に見れました。そのキャラクター性のアピールがもっとあると良かったなと思うのですが、薫子さんが強すぎるから仕方なかったのかもしれません。これはこれで『超ゴリマッチョポジティブオネェ』のアピールポイントに繋がるのかもしれませんね。
 
 塔さんに投稿頂いた作品はどちらも世界観やキャラクターが深く作り込まれた作品で、特にキャラクターの動きには「そのキャラならここでこうするだろう」という納得感が強いシーンばかりだったのが印象的でした。
 物語の為にキャラクターを動かしているのではなく、キャラクターが動いた結果が文章になっているという感じです。きっと、それだけ塔さんはご自身の世界とキャラクターに愛を持っていらっしゃるだなと思いました。
 愛が深いからこそキャラクターを魅力的に書けるのでしょうし、愛が深いからこそキャラクターに込められた性癖も深い物があるのでしょう。
 これからもその愛に溢れた魅力的なキャラクターと、キャラクターの持つ納得感の強い性癖について世に広めて頂けたらなと思います。ご参加ありがとうございました。


92 題名:青い繭のなかで 作者:ポテトマト

性癖:サイケデリックな文体
性癖:ナンセンスな情景

 ポテトマトさんはご新規の方になりますね。ご参加ありがとうございます。
 
 こちらの作品は「怪獣によってもたらされた青い繭の中で行われている死と再生と、それに伴う意識の混濁」という感じでしょうか。性癖紹介に『サイケデリックな文体』(※サイケデリック:幻覚剤によってもたらされる幻覚を想起させるさま)と『ナンセンスな情景』(※ナンセンス:意味をなさない事柄)と書かれているので敢えて一度読んだだけでは分かりにくい形にされていると思うのですが、それでも断片的な情報から男性が妻を愛していた事と何らかの後悔をしているという事は分かる様になっているのが上手いなと思いました。性癖小説は作品の中身を理解してもらう必要は無く、性癖について理解してもらえばOKという物です。こういった作品が投稿されるのはとても嬉しいですね、ありがとうございます!
 そしてさらっと流されていますが、男性や妻を取り込んだ青い繭で東京を「飲み込んでしまった」とあるのが目を引きました。恐竜の繭ならば大きいだろうというのは予想が付きますが、その繭が作られた場所をわざわざ「東京」と指定しているのが怪獣物としての吟味であり、日本の首都である東京を飲み込む事で日本の秩序の象徴を破壊したという事にもなっているのだと思います。
 この様に断片的に記されている情報から読み手が設定を紐解いていくのは『サイケデリックな文体』という性癖小説ならではの読み方でしょうし、そうやって読み解いていく事自体が『サイケデリックな文体』という性癖を自分の性癖として咀嚼する行為にも繋がります。しかし、それでも個人でこの作品全てを読み解くのは難しい物があり、だからこそ『ナンセンスな情景』と書かれていて情報としての価値の無い文章もあるのでしょう。
 この作品は「意味不明な文章になっている様で実はなんとなく読み取れることが出来るのだけれども結局は意味がない部分もあったりして全体像は把握しにくいけれど悲しさや後悔の感情は伝わる」という物なのではないのかと感じました。細かい部分に疑問は残りますがそういった部分も含めてこの作品の良さなのだろうと思います。
 
 キャラクターやシチュエーションに対する性癖ではなくて文体に対する性癖をお出し頂いた今作ですが、詩的とも取れる内容と独特の世界観や認識の変化を楽しむという面白い作品でした。
 何に性癖を覚えるから人それぞれであり、その表現の仕方も千差万別という事を思い出させてくれる良い性癖小説でもありました。ご参加ありがとうございます。



93 題名:二度寝すると死ぬ呪い 作者:アオイ・M・M

性癖:魔女

 一作目で性癖が上手ぇ…と思わせてくれる架空の日本の義兄妹のバトルを魅せてくれたアオイ・M・Mさんの二作目です。
 
 一作目と打って変わって大人な感じの今作は「一晩を共にした女性に呪いをかけられたがその呪いのお陰で良い人生を送れた男性」という感じでしょうか。とても一言では収めきれない素晴らしさの詰まった作品なので、講評を見るよりも本文を読んで貰った方が早く理解できると思います。短いけれどとてもよくまとまっていて全く無駄も過不足も無い作りなのは見事でした。
 性癖紹介には『魔女』と書かれているのですが、舞台はファンタジーな世界ではなくリアルな現代となっています。題名にもなっている呪いも使ったように見えて実際には使ってないし、呪いではなく祝福だったかもしれないし、魔女が本当に魔女なのかどうか分からないけれど、とりあえず人一人の人生を変える魔法の一言をくれたから『魔女』と判断していいだろうという曖昧な部分が性癖小説としてとてもいいですね。実際に魔法や呪いを使う『魔女』かどうかというのは関係なく、作品を読んだ人が(この女性は魔女かもしれない)と思った時に『魔女』という性癖が輝くのだと思います。又、世の中には「美魔女」という言葉や「魔性の女」という言葉がありますし、魔法を使うタイプじゃなくても『魔女』にはなれるので性癖紹介に書かれた事が嘘ではないというのもポイントが高いです。二回目に会った魔女の外見があの時のままなのかも書かれていませんし、想像する余地がありつつも事実も提示されているという欲張りな表現の仕方ですね。性癖の表し方上手い。
 
 アオイ・M・Mさんには二作投稿頂きましたが、どちらも上手く自分の「好きな物」を現されていて、とにかく性癖小説を書くのが上手いという感想を持ちました。誰かに宛てる為の小説ではなく、自分の好きを形にする為の文章という感じがします。これこそ創作をする時の原初の感情のままの作品だと言えるでしょう。
 どちらも提示された性癖に共感を覚える人は是非とも読むべきだと強くオススメが出来る作品ですが、逆にこの性癖を持たない人には良さが分かりにくい作品でもあります。しかし、これこそが性癖小説のキモであり、だからこそ魅力が詰まりまくっていて素晴らしいのだと自分は考えています。
 世の中の大多数には評価されにくいかもしれないですが、刺さる人には息の根を止めるぐらい刺さるというのが性癖小説であり、少しでも刺さった人にはそのまま性癖を植え付けるのも性癖小説です。アオイ・M・Mさんの作品からはそんな性癖小説の基本を再確認させてくれる魅力がありました。今後も性癖小説に相応しい性癖小説を書いて頂けたらなと思います。ご参加ありがとうございました!


94 題名:伊代さんは、俺の母親になってくれるかもしれない 作者:秋乃晃

性癖:奇人変人狂人
性癖:狂信者
性癖:間違いだらけの理論
性癖:人を食うバケモノ
性癖:目を覚ましたら転がされている
性癖:隙自語

 秋乃晃さんはご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品は「分裂の能力者の能力によって生まれた分裂体の一つが理想の女性の為に人間になる為に頑張る」という感じでしょうか。その頑張りが社会的と論理的に正しいかは別の問題なのが世の中の難しいところな作品です。
 本編に登場する分裂体は最初のモノローグ的に本体から喜の大部分と残った怒哀楽を得て生まれてきた存在らしく、感情が偏っている為かまともな思考をしていません。その部分が『奇人変人狂人』に掛かっているのでしょう。なんらかの感情が突出して多かったり少なかったりする人はそれだけ魅力的に映る物ですが、その分やはり普通とは違う人として扱われてしまいます。だからこそ自分を受け入れてくれる存在に対して『狂信者』となるのでしょうし、存在の前提がおかしいのですから『間違いだらけの理論』で行動してしまうんですね。ただ、そもそも分裂してからの再構築が可能な能力みたいですし、「自分は分裂体なので足りない部分を他者から接種すれば完全になれる」という考えはもしかしたら間違いじゃない可能性があるのが面白いなと思いました。世間から見たら『間違いだらけの理論』でも、彼にとっては試してみる価値のある行為なんでしょう。『人を食うバケモノ』ではあるのですが人に成りたいと足掻いている可哀想な存在でもあります。
 又、『隙自語』というのも、そういった彼の不安を表している描写なのだと感じました。世の中には言わなければ伝わらない事が沢山あると言いますが、逆に言えば伝わって受け入れて貰えると安心するという事でもあります。喜びの感情が大きいから語ってしまうというのもあるんでしょうが、不安定な存在故の不安感を払拭する為の自分語りという行為にも見えます。こうやって不安から行動するのはとても人間的なので、ちゃんと君は人間なんだよと言ってあげたくなりますね。まあ、本人は納得しないんでしょうけど。
 『目を覚ましたら転がされている』というのはこの狂気のキャラクターとは余り関りが無い性癖に思えますが、そこに至るまでの過程をすっ飛ばして限定的な場面を作り出す事で突拍子もない状況や突拍子もないキャラクターが出たとしても違和感を感じさせないとうアシスト的な性癖なのだと感じました。こういう状況ならばこういうキャラが居てもおかしくはないという場面に対しての性癖ですね。シチュエーション萌えという物もありますし、状況や環境が性癖というのも勿論ありです。

 語り手から見る脅威のキャラクターを性癖の対象にする事で、客観的にそのキャラクターの魅力を語れるというのを上手く活用した作品だったと思います。個人的には人を食べるという方法で所謂「まともな人間」になるのに成功してしまった場合、彼は自分が『人を食うバケモノ』だった事実をどう扱う事になるのか非常に気になると思いました。今までがヤバかった分、まともになってしまった場合に彼はちゃんと「人間」をやれるんでしょうか。心配になりますねぇ(いい笑顔で)
 自身の性癖を流れる様に現しているとてもいい作品だったと思います。ご参加ありがとうございます。



95 題名:妹の足の爪を切る 作者:かぎろ

性癖:小学四年生
性癖:少女の足先
性癖:幼かった少女が身も心も立派な大人になる
性癖:愛への讃歌、あるいは綺麗事

 かぎろさんは第二回性癖小説選手権にも参加頂いた方で、その時は女の子が口から巨大な異物を吐く嘔吐物を投稿頂きました。今回もご参加ありがとうごいます。
 
 今回投稿頂いたのはタイトルの通りに「兄が妹の足の爪を切る」という内容で、特に重要なイベントが無くとも性癖は日常的に存在するのだという当たり前な事を再確認させてくれる作品でした。
 基本的には『小学生四年生』の妹の爪を切るだけなんですが、小学四年生というのは性癖にも挙げられている通りに『幼かった少女が身も心も立派な大人になる』という年齢の始まりであり、幼さだけでなくしっかりとした考えも身に付ける時期です。そんな時期に『少女の足先』という肉体的にも精神的にも敏感な部分の爪を兄に切らせるというのは余程のお兄ちゃんっ子なのかと思いましたが、そこを「両腕にギプスを嵌めている」という状況を作る事で恥ずかしくても仕方なくお願いするという話の流れにしているのが見事でした。爪を切る展開に持っていく為の理由も作中で説明されていますし、「妹の足の爪を切る」という目的の為に妹というキャラクターを怪我をさせた状態で出したり、爪が剝がれるという痛い思いをするイメージをさせたりするのを戸惑わないかぎろさんにとても深い思いを感じます。性癖の為に犠牲になってくれというストレートな思いですね。そうです。性癖に素直でいいんですよ。ナイス性癖!
 そして、この「妹の足の爪を切る」という行為は妹への愛情から来ている行動ではあるんですが、その愛情が偏執的だったり独占的だったりしており、妹に余所に行って欲しくないという一種の拘束行為になっています。最後の方に「たった二人の家族」とあるという事は親も親戚も居ない孤児兄妹という事なのだと思いますし、そうなると兄が過保護なのも頷けます。しかし、この兄は「爪を切る」という行為の為に妹に怖い思いをさせる事を良しとしていますし、自分からは性癖的にかなり危うい状態にあると思えました。かぎろさんがそこまで考えて設定したのかは分かりませんが、腕の怪我の理由が語られていない事が腕の怪我に関しても兄がなんらかの関与をしているのではないかとも読めてしまいましたし、「甘えさせるために甘えざるを得ない状況にする」というのがエスカレートしていく可能性もあるんじゃないかと思います。だからこその『愛への賛歌、あるいは綺麗事』という性癖なのかもしれませんね。今はまだ抑えられていますが、兄の性癖が解放された時にどうなってしまうのかが楽しみです。この妹ならば天使や聖母の様に理解して受け入れてくれそうな気もしますね。
 
 かぎろさんの作品からは「妹」という庇護の対象となる存在への強い愛と独占欲と、愛情から来る苦しむ姿や痛みに耐えようと頑張っている姿を見たいという性癖を感じました。
 単なる「妹好き」で括ってしまうのではなく、妹に対する感情がとても大きくて守る対象ではあるけれど守って欲しいとか、喜んでいる姿を見たいけど苦しんで欲しいとか、妹側も頼る相手が(今のところは)兄しかいないから兄の依存を受け入れるしかないとか、そういった「妹」の全てが好きだし「妹」の全てを魅せて欲しいという感じです。
 ただ、かぎろさんは第二回性癖小説選手権でも今回の作品でも、登場人物を「兄と妹」という関係にはしていますが、性癖には『妹』というのは書かれていらっしゃらないんですね。この部分にかぎろさんの秘められた何かがあるのではないかと思えますし、もしかしたら本当は妹という存在ではない別の存在を妹として扱う事が性癖なのかもしれません。
 かぎろさんはとてもナイスな性癖小説を書かれる方なので、この「妹と言う存在」の解釈についての理解が深まれば更にその力を爆発的に向上させることが出来るのではないかと勝手に思っています。
 今回も素晴らしい性癖小説でした。ご参加ありがとうございます。



96 題名:棘々と輝く君は僕を映す 作者:おくとりょう

性癖:綺麗な空
性癖:淡々と色つきふんわり情景描写
性癖:唐突に吹く風
性癖:あまり何も解決してない話
性癖:クロスオーバー
性癖:意味深な何か
性癖:しっかりものの年下
性癖:綺麗じゃない人間の心
性癖:醜さや弱さを内包した強者
性癖:強い女
性癖:自尊心薄めな中性キャラ
性癖:愛欲とは違う強めの愛
性癖:おねショタorショタおね
性癖:動かされるのではなく、動くキャラ。生きてるキャラ
性癖:水や土を感じられる生き物
性癖:逆主人公補正(嫌なことが起きる)
性癖:自己否定(するほど、自分を見つめ過ぎて、苦しむキャラ)
性癖:意表をつく結末

 おくとりょうさんの三作目です。二作目の講評でもう一作お願いしたいと書いたら本当に三作目を書いてくださいました。ありがとうございます!

 こちらの作品はまず真っ先に提示された性癖の数に目が行きます。その数なんと十八。提示する性癖の数に上限はありませんし、一作目や二作目に使用したのと同じ性癖を使うのも問題はありませんが、この数の性癖を提示されたのはおくとりょうさんが初めてだと思います。性癖に欲張りなのはとてもいいですね。好感が持てます。
 内容は「喫茶店で実在する人物を元に描いた魔法使いのバトル漫画が現実だったかもしれないしそうじゃないかもしれない」という物で、その漫画の話の中に様々な性癖を詰め込んで最後に『意表をつく展開』でまとめ上げたという感じですね。とにかく自分の好きな物をこれでもかと詰め込み、好きな部分だけを抽出して書いてあるので性癖小説としてとても正しい姿の作品です。特に『綺麗な空』と『淡々と色付きふんわり情景描写』という部分がサブタイトルにも含まれているのがポイントが高く、いかにおくとりょうさんが「空と色」に対して拘りがあるかというのが一目で分かります。いいですよね『綺麗な空』。それだけでなんとなくいい雰囲気になりますし。
 お話のメイン性癖は『強い女』と『自尊心薄めな中性キャラ』と『しっかりものの年下』の三者の関わりと、『自己否定(するほど、自分を見つめ過ぎて、苦しむキャラ)』という部分だと思います。特に主人公である『自尊心薄めな中性キャラ』を中心として周りの登場人物を好きに動かしたらこういう話になったという感じでしょうか。その部分が『動かされるのではなく、動くキャラ。生きてるキャラ』になるのでしょう。提示されている複数の性癖が干渉し合っていて、沢山提示されている事が伊達ではないと分からせてくれます。

 しかし、この作品は先に述べた通りにとても性癖小説として正しい姿の作品なので何も変える必要無くこのままで素晴らしくはあるのですが、「性癖を読者に理解させる」のが目的の性癖小説選手権としては評価が難しくなる部分がどうしてもあります。その部分が『動かされるのではなく、動くキャラ。生きてるキャラ』という性癖です。
 この性癖はキャラクターが勝手に動き出す事にカタルシスを感じるという性癖なのだと思いますが、そのカタルシスは作者だからこそ感じれる者であって、読者からは「そのキャラクターの動きが作者が意図した物かキャラクターが勝手に動いた結果なのか分からない」んですね。自分もどちらかというとキャラが勝手に動くタイプの書き方をするので良さは分かるのですが、どうしても性癖小説選手権での評価は下がってしまいます。
 しかし、それでもおくとりょうさんはこの性癖が好きだからこそ、この作品でこの性癖を提示されたのでしょう。他者に理解されにくい物だったとしても自分の性癖はこれなんだという強い主張を感じました。性癖に対する素直さと確固たる意志を感じる素晴らしい作品だったと思います。
 ご参加ありがとうございました。三作目を投稿して下さって嬉しかったです。


97 題名:獅子心王蹂躙戦記 作者:四流

性癖:暗黒円卓会議
性癖:謎カップリング
性癖:親殺し
性癖:同じキャラとの再戦
性癖:小悪党キャラ
性癖:皆殺しエンド

 四硫さんはご新規の方ですね、ご参加ありがとうございます。
 
 こちらの作品は「因果応報により滅びる円卓と、王になる使命を帯びて蘇った者」という感じで、メインのテーマはアーサー王と円卓の騎士物語の騎士達の関係性であり、そこに円卓を破壊する者として王になる使命を帯びた不死人達が現れて全てを終わらせる物でした。
 読んでいて一番強く感じた提示の性癖は『暗黒円卓会議』と書かれた物で、これは恐らく元の王を裏切った物達による「物語としての悪役になった円卓の騎士の会議」という物なのでしょう。「悪の組織が行う円卓会議」ではなく、「円卓の騎士物語を踏まえた上での暗黒側の円卓」という状況が大事なのだと感じます。その暗黒というのも本人達が悪人だからという訳ではなく、光側である円卓の騎士達が見ようとしない部分や隠してきた部分の暗黒という感じで、「絶対なる正義を語る物にも暗部があり、その暗部に滅ぼされる」という因果応報を込めている様に思えました。『親殺し』という性癖も子からしたら「正しい者」として存在する親を倒す物であり、『小悪党キャラ』という性癖も完全なる悪ではないが正義に反する意志を持つ物としての現れの性癖ではないのかと思います。
 恐らく四流さんの中には「因果応報」や「悪い事をしたりされたりするには理由がある」のような「行動に対する報いを受ける」という性癖があるのではないでしょうか。
 この作品ではまず「円卓の騎士」という「正しい者」と思われる光側の団体があり、正しい事から除外されてきた「正しくないとされた者」がその「正しい者」を打ち破り、更には「正しい者」も「正しく無いとされた者」も全てを『皆殺しエンド』にするという、正しさも正しく無さも全て等しく滅びるのが理だろうという「報い」によって終わりを迎えています。最後に神の使いが現れる部分も「皆殺しをした者も滅びる」という報いですね。
 戦いの結末だけでなく、王を倒した事で現れた無明、主人公が使う血の戦技、聖槍を使う代償、騎士や商人の理由ある裏切り、悪口を言った事へのデコピンと、作品全体から「報いを受けるべきだ」という強い意志を感じました。これを自覚されて書かれたという事ならば、自信の性癖を作品に込めて読者に理解させる性癖小説の書き手としてレベルが高いと思います。ナイス性癖!

 又、四流さんの作風に込められた性癖として「分かる人には分かるオマージュ」を積極的に使われているのも感じました。作品を読むのにオマージュ元を分からなくとも問題無いのですが、オマージュ元が分かる人に対して「この部分をオマージュと理解して楽しもう」とされている様に思えます。メインである『暗黒円卓会議』も円卓の騎士物語のオマージュでありますし、こういった「分かる人には分かるオマージュ」は分かる人に対して性癖を理解して貰いやすくなるので性癖の現し方が上手いなと思いました。
 自分が吸収した物と性癖を混ぜ合わせて形にするのが上手い方だと思います。今後もその執念に近い性癖を生かして作品を作って頂けたら幸いです。ご参加ありがとうございました。


98 題名:異常性癖恋愛短編「ケダモノの傷」 作者:西城文岳

性癖:火傷痕
性癖:嚙み痕
性癖:噛み合い
性癖:血
性癖:吸血
性癖:瀉血
性癖:自己肯定感の低い子
性癖:献身的な愛
性癖:自分の感情を制御できず泣く顔
性癖:共依存恋愛
性癖:本能的な求め合い
性癖:暗闇で二人きり
性癖:貧乳
性癖:心音

 西城文岳さんは初めましての方ですね。ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品はとてもえっちな作品となっていて物凄くえっちです。やばいぐらいえっちです。えっちなので凄くいいんですが、傷や血の描写があるので人によっては受け付けれない内容でしょう。しかし、その傷や血の描写があるからこそのえっちさの現れなので隠す事は出来ないんです。作品の内容的にも外側的にも「傷や血」が重要となる作品でした。
 内容としては「ケモノカップルによる生きている事の確認」という感じでしょうか。血が流れる事や傷を作る事が生きている事とイコールであるというメッセージが込められている様に感じられ、その流れる血を交らせることでお互いの存在を肯定する様な意図を感じます。生きるって事はえっちな事なので、つまり血や傷もえっちなんです。えっちが交わればそりゃえっちになりますよ。ナイスえっち。
 個人的に目を引いたのが章タイトルにそれぞれ自身が表現されたい性癖を提示されている事ですね。性癖を流れる様に次々と作中に現す方は何人もいらっしゃいますが、西城文岳さんの様に章タイトルに性癖を出す作品を作られる方は少ない様に思います。そもそも先に提示してある性癖が既に「この小説はこういう性癖の小説です」という説明になるので、そこから更に「ここはこの性癖で、次はこの性癖」と予告するのは殆どの方が思い付かない行為なのでしょう。しかし、性癖小説選手権は読者に性癖を理解して貰う為の選手権なので、読んで欲しい性癖を強調するこの現し方は性癖小説的にはとても上手いやり方だと思います。性癖の魅せ方に慣れていらっしゃる方なのでしょう。
 そして何回も書きますが中身はとてもえっちです。特に膿の部分は嫌悪感と興奮が入り混じるとてつもない高度なエロティックな場面であり、人を選ぶ描写なんですが本当にえっちです。これは色々とここで語るよりも、提示されてい性癖を見て(いける!)と判断した人は全員読んだ方がいいレベルのえっちなので皆さん読んで下さい。いいですよこれは。

 西城文岳さんはえっちな描写が上手い事と性癖の現わし方からして、とても性癖力が高い方なのだと思います。そもそも、今作はケモノ系の作品であるのに「タイトルにケダモノって書いてあるからいいでしょ」という開き直り具合からして日時的に性癖を晒されている方なのではないかと感じました。わざわざ性癖を提示しなくとも呼吸のように扱われているのでしょう。
 この様な性癖力の高い方に参頂けたのは性癖小説選手権の主催としてとても嬉しいですね。これからもえっちな性癖小説を書いて頂きたいと思います。ご参加ありがとうございました。
 

99 題名:レッチリインザレイン 作者:不可逆性FIG

性癖:背景に雨が降っている
性癖:音楽を感じさせる描写
性癖:もどかしい関係性

 一作目ではディストピアの外側の作品を投稿頂いた不可逆性FIGさんの二作目ですね。
 
 こちらの作品なのですが、読んでいる最中に今迄投稿頂いた不可逆性FIGさんの作品と込められている思いの質が違うなという違和感を覚えました。
 というのも、不可逆性FIGさんはどちらかというと作中の物事を曖昧な表現で記載したり言葉や描写の端々で感じさせて、ある程度の誘導をしつつも読者に自由に想像をさせるという感じの、読み手に最終的な解釈を任せるタイプの作品を投稿されていました。今作も『もどかしい関係性』という部分と先輩から後輩への感情についてがそういった曖昧かつ色んな想像をさせてくれる物となっています。しかし、この作品の本質は「レッドホットチリペッパーズの曲を聞け」という物であり、提示された性癖の描写以上に「いいからレッドホットチリペッパーズの曲を聞け」という主張を本文中に何度もされています。これは不可逆性FIGさんの中でレッドホットチリペッパーズの存在が他の何よりも強く現れている事の証明なのでしょう。不可逆性FIGさんに投稿頂いた性癖小説の中で、この作品が喜びも悲しみも含めた原始的な感情を強く感じる作品でした。読者に色々と考えさせる作風かと思っていましたが、実のところはこの力強い素直さが不可逆性FIGさんの本質なのかもしれません。分かって欲しいという感情を文章に込めるのは性癖小説に限らずにどんな小説にも共通する思いです。この作品から感じるがむしゃらさはとても美しいですね。
 しかし、不可逆性FIGさんはこれ程までに強くレッドホットチリペッパーズの事を書かれているのですが、性癖にはレッドホットチリペッパーズの事は書かれていません。という事は恐らく不可逆性FIGさんの中ではレッドホットチリペッパーズは性癖を超えた生き方であるとか、性癖として扱うのが失礼になるのではないかという一種の崇拝対象の様な存在なのかもしれません。
 となるとなんですが、この作品からはレッドホットチリペッパーズへの愛が強すぎる余り、提示された性癖が薄れてしまっているという性癖小説として性癖が余り伝わってこないという物になってしまい、性癖小説選手権としての評価はどうしても下げざるを得なくなります。「好きなバンドについて熱く語る事」や「レッチリのファン」や「音楽」のような直接的な性癖が提示されていればまた違う評価になるのですが、評価のルール的にはどうしてもこうなってしまうのが残念です。提示された性癖よりも伝えたい事があるというのは悪い事ではないですし寧ろいい事なんですけどね。
 
 不可逆性FIGさんは小説その物は面白い物を書かれるのですが、性癖小説についてはまだまだ恥ずかしさが残っている様に見えます。
 しかし、その恥ずかしさを通り過ぎて逆に開き直ってしまえば、とても良い性癖小説書きになるのではないかとも勝手に思っています。出来れば開き直ってしまって今作の様に強火のオタク仕草を小説に含んでいただくと個人的にとても嬉しいですね。今後にとても期待しています。ご参加ありがとうございました。


100 題名:蝙蝠の夢。 作者:宮塚恵一

性癖:場を掻き乱す悪役
性癖:現実を土台にしたSF

 一作目二作目と相反する物でありながら片方が存在するならもう片方も必ず存在してしまうという、表裏一体を感じられる性癖の作品を投稿頂いた宮塚恵一さんの三作目です。

 こちらの作品は「生きる為に蝙蝠になる事を続けていたら、いつの間にか蝙蝠になる事が生きる目的になっていた男」という感じでしょうか。元々は妹の能力と兄のカリスマ性に流されているだけだったのに、どこかで欲が爆発して全世界を巻き込んだ泥沼を作ってしまった様に見えます。最終的な目標はそこじゃなかったのに、結果的に世界を混乱の渦に陥れてしまったという『場を搔き乱す悪役』としてのキャラクター性と性癖のアピールは流石と言う感じでした。作中に出てきた様々な国の研究や成果も現実でもこうなるだろうと予想が付く内容で、本当にこういう能力者が居たらこうなってしまうだろうという『現実を舞台にしたSF』のリアルさも感じられます。自身の性癖をアピールしながらも読者に想像と理解をさせるという性癖小説の基本が詰まったとても良い作品でした。
 と、本来ならば〆てしまうところですが、こちらの作品からは自分は「自分を見てくれるヒーローを求めて悪役となった子供」や「弱者だからこそ強者」や「救いの為に破壊する」という様な、一見矛盾している様に見えつつも助けを求めて足掻いている者に対する性癖を感じました。
 よく悪役には悪役になった理由があるという話がありますが、その理由が「何もない自分でも救って欲しい」という感じなのかもしれません。これは宮塚恵一さんの性癖小説を三作続けて読んだ事で自分が感じた感想なので実際にはそんな意図は込められていないのかもしれませんが、自分にはこの作品の蝙蝠からはこういう気持ちがあるからこそ蝙蝠だったのではないかと受け取れました。結局最後は誰からも助けて貰えずに終わりを迎えてしまうのですが、彼がどこかでヒーローに出会って救われていたらこの世界はもっと違う方向に行っていたのではないでしょうか。それが平和な世界かどうかは分かりませんが、蝙蝠が蝙蝠にならなくとも良い世界というのが彼が救われる為に必要なんだと思います。まあ、『現実を舞台にしたSF』という性癖を考えると現実を元にしているから救われる事は無さそうなんですけどね。
 
 宮塚恵一さんの作品からは善悪の彼岸その物が美しい物であり、表裏は一体であるという哲学にも似た信念を感じます。
 この信念が性癖となるかどうかは分かりませんが、信念でも性癖でも強い思いと言うのはそれだけで人を魅了する物になります。宮塚恵一さんは性癖小説書きというよりは、小説という形で生きる事その物に対する思いを発表する探究者とお呼びした方がしっくりくるのかもしれません。
 哲学的な講評になってしまいましたが、それだけ宮塚恵一さんは小説を利用した他者へのアピールが完成されているのだと思います。性癖小説だけでなく、その探求心を満たす作品作りをこれからも頑張って頂きたいと思います。
 ご参加、ありがとうございました。


101 題名:幸福な引き金 作者:夢月七海

性癖:恋愛感情ゼロの凸凹男女コンビ
性癖:殺し屋VS殺人鬼
性癖:洋画っぽいやり取り
性癖:喫煙シーン

 夢月七海さんはご新規の方ですね。ご参加ありがとうございます。

 こちらの作品は「連続殺人犯を街を収めている組織の殺し屋が退治する」というお話で、性癖紹介にも書かれている通りに『恋愛感情ゼロの凸凹男女コンビ』が『洋画っぽいやりとり』満載で綴られている丁寧に作られた作品でした。特に主役の二人だけでなく作品全体の描写に「表裏一体」や「因果応報」の様に、どちらかが存在すれば必ずどちらかも存在するというテーマが込められている様で、そのテーマを現わす為に随所に拘りが感じられる描写が複数存在します。
 まず最初に出てくるのが「障碍者等のハンディキャップがある人物の生に対する死の考え方」であり、殺人鬼はそれを救済だと判断して殺人を続けて周っていて、その思いはタイトルである「幸福な引き金」という物に掛かっています。最終的には精神に障害を負っている殺人鬼自体がその「幸福な引き金」によって救済を受けるのも殺人鬼の行動に対する報いであり、救済によって殺しをするのならば救済によって殺されもするという因果による裁きに合っています。
 他にも「殺し屋なのに殺しを映画の様に感じている」や「相方がマズイ煙草を吸えば自分も吸う」や「マフィアのボスだが人情がある」や「ハイテクも使用する殺し屋とボウガンを使う殺し屋」という様に、何かしらの対になるような物が各所にちりばめられています。又、これは個人的な所感なのですが、SIG SAUERの銃を使う殺し屋は真面目過ぎたり自身のセオリーを信じているやや頭の固いきっちりとした殺し屋のイメージがあるので、その点が軽いノリの殺し屋との『恋愛感情ゼロの凸凹男女コンビ』という部分を強調していてとても良かったと思います。肉体的に大きいだろう男がスマートな拳銃とナイフを使い、小柄な女性が大型銃器か原始的なボーガンを使うというアンバランスな部分もわざと対にさせた部分なのでしょう。とても強い性癖を感じます。ナイス性癖!

 今作を読み、夢月七海さんは作品を作られる際に核となるテーマを決められ、そのテーマを元に大筋のストーリーを肉付けしていくような作り方をされていらっしゃるのではないかと感じました。
 拘りは性癖に通じる所があり、性癖を現わす事に拘りが産まれる事があります。夢月七海さんは初参加の方でしたが、とても性癖力のある方だと思います。これからもその性癖力で良い性癖小説を作り上げていっていただきたいですね。ご参加ありがとうございました。



102 題名:眼鏡のブリッジを押し上げる中指 作者:@mia

性癖:眼鏡のブリッジを押し上げる中指

 @miaさんも今回初の方ですね。ご参加ありがとうございます。
 尚、こちらの作品は自主企画の集まりの中の一つという形で投稿を頂いていまして、このような受付は初めてだったのですが特にレギュレーション違反という事ではないと思うのでこのまま講評させていただきます。

 こちらの作品は「メガネのブリッジを押し上げる中指を欲しがっている人」という物で、性癖紹介に書かれた『眼鏡のブリッジを押し上げる中指』という性癖について語る内容ではなく、『眼鏡のブリッジを押し上げる中指』が性癖の人について語る内容となっています。
 性癖小説と言えばその性癖についての良さを語る物がスタンダードなんですが、このように『眼鏡のブリッジを押し上げる中指』を蒐集しているという性癖に狂っている人を描写するのも性癖小説の書き方の一種なんですね。他人がその性癖に狂っている様子を見せる事で、それは狂う程素晴らしい物であると読者に分からせているという感じです。この指を求めている人は手に入れた指をちゃんと防腐処理して保存するみたいですし、そうして処理をした『眼鏡のブリッジを押し上げる中指』を既に九本も持っているというのは中々の狂いっぷりです。しかも十本目に選ばれた事を光栄な事の様に語っていますし、とても性癖に正直な方なんですね。いいですよ、そういう方は大好きです。
 しかし、性癖小説選手権としては提示された性癖の良さを語れば語るだけ評価が上がる物なので、この十本目に選ばれた『眼鏡のブリッジを押し上げる中指』がどう素晴らしいかの描写もあるともっと良かったなと思います。十本それぞれに別々の良さがあってもいいですし、眼鏡の形によって最適な指が違ってもいいでしょう。現段階でも性癖小説としては完成されていますが、もっと高みを目指せる作品だと感じました。

 @miaさんはご自身の性癖をしっかりと捉えていらっしゃって、その性癖を好きな人が取る行動も理解されていらっしゃる様です。短い文章の中で性癖に対する強い執着心を現わす事も出来ていらっしゃる様ですので、今後の性癖小説が楽しみな方ですね。ご参加ありがとうございました。



 以上、第四回性癖小説選手権の投稿作は102作品でした。
 皆様、ご参加ありがとうございます!!

 大賞の発表は別の記事で行わさせていただきます!!

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