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がんばれニッポン!

「キギ―ッ!!」という軋む音を皮切りに、ガードレールを超え、電柱をなぎ倒して迫りくるトラックが、はしゃぐのに夢中の、集団下校中の小学生の列に突っ込む。修羅場と化す現場。これからを生きる若い子供たちの鮮血に溢れた様子に、通行人たちがせめてもの助けになればと、自らの着衣を脱いで止血にあたる。半面、このところニュースでよく見る“一般市民が撮影した現場の映像”を、心なしか好奇に見える顔で撮影し、ニュースサイトに公開する。その模様は緊急速報として全国に流れ、「またか・・・」と視聴者の憤りを買う。

容疑者のトラックは、本来は業務に使用できない「白ナンバー」。荷台のパネルにはオリンピックに協賛する大手企業名と“がんばれ!ニッポン”のロゴが。本来は業務使用許可を得た「緑ナンバー」トラックがなすべき仕事を、下請けの零細運送会社にも応援要請したがための惨劇。

「白ナンバー」の運転手や業者は、世間的にはハンパ者とされ、業務輸送資格を有しない。それだけに、採用のハードルは低く、以前は緑ナンバーで勤務したのが、事故やらの経歴で資格をはく奪された者。また、業務経験はないが普通自動車運転免許は持っている一般人、というか少々クセのある面々もいる。

「緑と白」にはそのモチベーションに少なくない差があり、「白」には飲酒運転・整備不良・危険走行などの発生率が際立って多い。何かのタイミングで人生に投げやりになった憤怒や悲哀が感じられる運転手も。

今回、緑をはく奪され、家族の生活のために泣く泣く白ナンバーでの走行に踏み込んだ冴えない中年ドライバーは、労務規定時間を大幅に上回る状態で、白ナンバーを走らせた。前日の仕事から、ものの3時間しか経っていない。これもオリンピックのスポンサーたる大企業の露出拡大のために、元受けの台数が足りないが故の無理難題のしわ寄せが、末端に降りかかる。

白ナンバーとはいえ、スポンサーのロゴと「がんばれ!ニッポン!」が誇らしげに転写された車体に責任とプライドと、多少の無理を引き受ける覚悟がみなぎる。

連続運送時間が規定を超えても、積載量が上回っても、そしてドライバーの休憩時間が満足に与えられなくても、下請けは走る。問答無用に。

“がんばれ!ニッポン!” “がんばれ!ニッポン!”

勤勉が板についているホスト国“日本”は、その世界的評価で開催を勝ち取った。意識高めのうんちくと、「あとはシクヨロ」の官僚はじめとする偉いさんと、現場で汗を流す労働者との温度差は狭まることはない。

前夜の仕事を終え、次の出発まで3時間。運転席の後ろの簡易ベッドで仮眠して、また出かける。オリンピック公式スポンサーだけあって、例年にない商品が出荷される。それが現場のドライバー達の首を絞める。

眠気覚ましの缶コーヒーを飲みながら、夢うつつの状態で幹線道路の角を曲がる。少し遅れて児童の列が見える。

思わず急ブレーキを踏み、振動で車体が傾きながらなんとか列の中心部は回避したつもりが、前方で引率役の上級生たちに突っ込んだ。

翌日の朝刊。トラックにペイントされたスポンサーの謝罪の弁。直立不動の姿勢に巻き起こるフラッシュの嵐。

“がんばれ!ニッポン!” いまさらフォローのできない状態でも、がんばれ、がんばれ、がんばれニッポン。

理念や構造のゆがみは、そうだな、次のオリンピックに任せるか。資本主義のスポーツの祭典に。

~おわり~


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