道を誤ることなく、最も効率よく生きる“人生のナビゲーションシステム”が開発された。決断を迫られるとき、“ナビ”の指示に従えば、最短ルートで幸せな人生を勝ち取ることができる。
「課長は無視して、A部長の言うことを聞け。」
「聞いたふりだけして、ライバルのB部長に支持せよ。」
“ナビ”の予測通り、A部長は左遷され、B部長が次長に昇格するにつれて、自分が部長に昇進。こうして同期を置き去りに、出世街道を邁進。
「みんなにフードを取り分けているC子を褒め称えながら、会話にのってこないD子にさりげなく気遣い。」
コンパでは無理して盛り上げる手間なく、一番人気の彼女と連絡先を交換。
これからの彼女との暮らし。生きるモチベーション。
「いますぐ外国債に投資して、レバレッジでひと山あてろ!」
積み立てを解約して買った株が急騰し、儲けでマンションの角部屋を購入。
進む先々で的確な指示を聞き、あらゆる局面で勝ちを収める。
わが人生は“勝ち組”に入った。
コロナで飲食業界をはじめ、多くの業界が悲鳴をあげている。日雇い人工に登録しても、なかなか仕事にありつけない。経済はゆるやかに縮小する。
そんな世の中でも“ナビ”を手にした俺は、安全地帯から傍観。気が付くと成功者はみな一様に“ナビ”を持っている。それにこの歳で気づいた自分は、“働けど働けど上にあがれず、コンパを盛り上げど盛り上げど彼女のできない暗く長い不遇の日々”を振り返り、自らの過去をただ憐れむ。
彼女が妻になり、良きも悪しきをも知るにつけ、自分には“彼女”たる存在が必要だと気付いた。一つ屋根に住まう“妻”ではなく少し距離のある、未知なる要素のある“彼女”。それが人生に潤いを与える。
妻帯者ながら、最近オフィスに加わった派遣社員のC子との密会が増える。
レギュラークライアントの退屈な作業から、社の命運をかけた新規プロジェクトのメンバーに抜擢され、未知なる仕事に胸が高まる。
「信号を右折して、100メートル直進。」
そこは一通の出口だから、右折はできない。このナビはときどき、有り得ない支持を出すことがある。
「信号を左折して、100メートル直進。」
いまさらルートを訂正し、正しい道を指示しなおす“ナビ”。
社運をかけたプロジェクトの会議。役員との重要な質疑応答の場面。
「プランDを懐におさめて、プランEを強烈に提案。」
連日の徹夜作業を経て企画した2つのプランのどちらを推すか?重大な責務を担う俺。“ナビ”の指示どおりにカードをきる。
「プランDを推し!プランEは控える。」
前言撤回。重大な場面でバグるナビ。
「妻とは別れて、キミと一緒になりたい。」
心にもない言葉をその場の欲求の赴くままに発する俺。
「順当に築いた、平穏こそが至極の人生」
「あたりまえの人生など退屈だ。未知なる冒険を!」
役員を前に次の言葉に迷う俺。頼みの“ナビ”がバグり、指示が混乱。
「どっちだよ!」
苛立ちとともに怒鳴る自分と、静まり返る会議室。すべてを失った俺。
「このような症例がありますので、最終的な判断はご自分でどうぞ。」
“ナビ”の取り扱い説明書には、見えないくらい小さな注釈が記されていた。
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