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そして父になる

LINEの着信音。見るとあの子からメッセージ。

今日、はしろう。」

このところ、ジムに来ている小学3年生の男の子と一緒に走っている。赤ん坊のような頃からお父さんに連れられ、ジムに来ていた子。はじめは見学スペースのソファーに寝っ転がり、ゲームしたりYoutubeを見たり。キックにはまり始めたお父さんの練習が終わるのを待っている。

人懐っこい子で、多くの会員さんから可愛がられるうちに見よう見まねで練習に加わり、最近は試合にも出るようになった。みるみると上達するが、少し体が小さく試合では押し負けてまだ勝ち星がない。

我が子を強い子に!”とお父さんが専属コーチをかってでるが、優しそうなその子には、もう少し時間がかかりそう。


毎日ジムに連れてきたお父さんが、この度転職したとかで顔を見せない。その子はひとり、電車にのってジムに来るようになった。

なんかその子に懐かれ、練習前に外を走る僕にくっついてくるようになった。50歳の元ボクサーと、元気いっぱいの3年生。坂道をダッシュ。歳の差はあれど、男同士だ。負けられない。坂道を登りきるとグータッチ。

10本ダッシュし終えると、二人で近所の図書館に行く。3年生は「人体のひみつ」という図鑑を選び、臓器の役割を僕に説明する。お父さんからは「毎日一緒に走ってくれてありがとうございます。厳しく鍛えてください。」と頼まれているが、図書館でのサボり時間は二人だけの内緒。

読書して時間をつぶすと、オレンジ色の夕景が、漆黒の夜景に代わる。

「もう少し走ろう」

スタミナ満載の3年生は、“いつもの場所“を走ろうとせがむ。二人の“いつもの場所”は、高級マンションに隣接した公園。夜景にオレンジの街灯が反射し、噴水と池の水面に滲む。まるで幻想の世界。彼曰く“魔界”。

「この階段から先は異次元のスペースで、魔人たちが待ってる。」

「この池にはパワーレベル100の魚がいて、僕たちを狙ってる。」

子供の想像力はそこらのクリエーターのはるか上を行く。そんな時期が自分にもあって、同じように父と走ってた。

ひとしきり走ってジムに戻ると夜8時。3年生は子供用スマホを何度ものぞき、何かしらメッセージを打つ

「まだ帰んないの?」と聞くと、「もうちょっと」とサンドバックを叩きはじめる。やや寂しそうな顔で。

再びスマホを確認してやっと帰宅した。午後8時半。彼の両親は共働きで、ママは21時。パパは24時をまわることもあるそう。


翌日も「今日も走ろう」のメッセージに釣られ、ピークをとうに過ぎた老体に鞭打ってジムに向かう。なんの用事もなく電話もかかってくる日もある。

今日も坂道を走る二人。途中、「ねぇねぇ、なんでいつも返事くんないの?」と3年生。なんのことだかわからず困っていると、「ちゃんと返事してね」と促される。

そしてまた、何度もスマホを見てはなかなかジムを出ない3年生。パパもママもいない家は、いつも走る“魔界“よりも寂しく恐ろしいのかも。

ふとLINEのメッセージを辿ると、僕宛の「今日、はしろう」「いま何してるの?」「明日も走ろう」の間に、

パパ、いまどこ?

パパ、いつかえる?

そして、

あ、間違えた

予想してはいたものの、大好きなお父さんの帰りを待つ3年生のメッセージが、間違えて僕に送られてた

本物のお父さんに頼まれ、父親がわり・父親気取りしていた自分。本当は本物のパパと走りたいんだろう。メッセージから軋むような切なさが伝わってきた。


~おわり~



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