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【お天気】スキルを馬鹿にされ、追放された公爵令嬢。不毛の砂漠に雨を降らし、美少女メイドと共に甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い~ 3話
手早く荷物をまとめ、馬車を貸し切りにしてまずは隣街へと旅立った二人――――。
馬車は壮麗な石造りの城門をくぐり、見渡す限り広がる麦畑の道をカッポカッポとのどかなペースで進んだ。これで王都ともお別れである。
自分で選んだ道ではあったが、もう二度と戻れないかもしれないと思うと、胸がキュッと苦しくなり、オディールは思わず後ろを振り返った。
立派な城壁、多くの馬車が行きかう城門、思い出のたくさん詰まったこの国一番の都市が少しずつ小さくなっていく。オディールはキュッと口を結び、つないでいたミラーナの手をギュッと握った。
ふと横を見るとミラーナも不安そうな瞳で後ろを眺めている。
これはまずい……。
オディールは大きく息をつくとニコッと笑顔を作って聞いた。
「ねぇ、この格好で変じゃないかしら?」
胸に赤い編みひものついたアイボリーのワンピースと、カーキ色のベストを着たオディールは、少し体をひねりながらミラーナに見せる。
ミラーナは少し驚き、クスッと笑うといろいろな角度からオディールを眺めた。
「素敵だと思うけど……、ファッションはメイドだった私には分からないわ。それより私こそ変じゃない?」
亜麻色のワンピースにオリーブ色のケープを羽織っていたミラーナは恥ずかしそうに自分の服装を気にする。
「いやいや、とてもお似合いよ? ミラーナは背が高いからなんでも似合うわ。とっても素敵よ!」
オディールはミラーナの手を両手で握り、ニコッと微笑んだ。
「そ、そうかしら……?」
「僕は嘘言わないよ」
オディールは綺麗な碧眼でミラーナをのぞきこむ。
しばらく見つめあう二人……。
「……。ありがと」
ミラーナは優しくうなずき、ほほ笑むと、オディールの美しいブロンドをそっとなでた。
◇
不安と期待で胸いっぱいの二人を乗せ、馬車はカッポカッポという和やかなリズムで、一面に広がる麦畑をのんびりと進んで行った。
「オディ、私、こんな景色見るの初めてだわ」
ミラーナは馬車の窓から果てしなく広がる麦畑を眺め、感慨深そうに言った。孤児院では小さな子の面倒を見て、公爵家ではメイドでずっと働きっぱなし。初めて得た休みが大陸の果てまでの旅なのだ。ミラーナはまだその現実に馴染めないような様子で、澄み通るブラウンの瞳を麦畑に向け、ふぅと息をついた。
オディールはニコッと笑うと馬車の窓から手を出して、祭詞を唱える。
「【風神よ祝福を】」
さわやかな風がビュウと吹き抜け、広大な麦畑に次々と美しいウェーブを流していく。
「うわぁ、凄いわ……」
ミラーナはオディールの【お天気】スキルを初めて見て目を丸くする。
「こんなの序の口よ。本気出したら麦畑なんて吹き飛ばせちゃうよ」
ドヤ顔のオディール。
「やらなくていいからね?」
ミラーナは眉をひそめ、オディールの手を取ると、心配そうに言った。
「や、やらないよ! でも、スキルランクは上げておきたいな。旅の中で何があるか分からないからね」
「女二人旅だからねぇ……。私もランク上げようかしら」
「いいねいいね! 土魔法育ててゴーレムとか作ろうよ!」
オディールはノリノリでミラーナの手を取った。
魔法にはスキルランクとレベルの二つの育成要素がある。スキルランクは魔法を使うたびに育ち、使える魔法の種類と威力が増えていく。レベルは魔物を倒したりすると上がり、魔力ポイント(MP)の上限が増える。しかし、オディールにはチートの無限魔力があるので、レベルは関係なかった。ミラーナもオディールから魔力を注げばどんどん魔法を連発できるので、今は魔法を使ってランクを上げることが大切だった。
「ゴ、ゴーレム? あのゴツいロボットでしょ? 何だか怖いわ」
「何言ってるのよ! ハムスターみたいな小さくてかわいいの作ればいいわ」
「え? そんなこともできるの?」
「図書館で見た本には書いてあったわよ? 作ろ?」
オディールはミラーナの瞳をのぞきこみ、小首をかしげる。
「それなら……。やってみようかしら……」
「ついでにモビル・アーツも作ってよ。子供の頃からの夢だったんだ!」
オディールはニヤッと笑うといたずらっ子の笑みを浮かべる。
「モ、モビル・アーツ? 何それ?」
「あー、高さ十八メートルの人型機動兵器さ。後で設計図書くからヨロシク!」
オディールはノリノリで夢を語る。アニメで活躍していた巨大なロボット、一度実物大模型を見に行ったこともあったが、やはり歩き回って活躍してくれないと物足りない。土魔法ならそれができるかもしれないと思い立って、オディールはワクワクが止まらなくなった。
「機動兵器……? オディはそんなのが好きなのね……」
ミラーナは不思議そうにウキウキのオディールを見つめる。
オディールの持つ無限魔力のチートは本来すさまじいもののはずであったが、貴族社会の中では活躍の場面がなかった。それゆえ、今まで真面目に可能性を模索してこなかったが、これからはこのチートで生きていくしかない。何ができるかいろいろ試してみたくなったオディールは、妄想を次々とふくらませるとニヤッと笑った。
8. 真紅の鮮血
その時だった。馬車がガタガタと揺れ、いきなり人気のない細道へと入っていく。
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ!」
オディールは慌てて小さな窓を開けて御者に叫んだ。
「こっちの方が近道なんでさぁ」
痩せた中年の御者は素っ気なく答え、馬車は悪路をガタガタと揺れながら森の中へと進んで行く。
「近道なんてしなくていいからすぐに戻って!」
不審に思ったオディールは叫んだ。
「こんな細い道、Uターンなんてできねっす。すぐに終わりますよ」
御者は厭らしい笑みを浮かべ、言うことを聞こうともしない。明らかにおかしい。
ミラーナはオディールの腕にギュッとしがみつくと、不安げな瞳でオディールを見つめた。
若い女の二人連れ、それは格好のカモということだろう。出発していきなりの試練にオディールは冷や汗を流しながらギリッと奥歯を鳴らした。
しかし、治安も整っていない異世界で旅行というのはこういう事である。浮かれていたさっきまでの自分に苛立ちを覚えながらも、ミラーナだけは絶対に守り通すとオディールは心に誓った。
御者はいきなりドゥドゥ! と叫び、馬を止めると、自分は森の中に走り込んでいく。
いよいよ異常事態である。いったい何が始まるのか、オディールは窓に張り付いて辺りをうかがった。
森の奥から出てきたのはゴロつき風の男どもが五、六人。不潔なひげを伸ばし、皮鎧を身に着け、刀で武装している。山賊だ。
最初から仕組まれていたのだ。カモれそうな客が来たらここで山賊に引き渡す、そういうシステムなのだろう。オディールは人のよさそうな御者の口車にのせられて、安易に頼んでしまった浅はかさを悔やんだ。
だが、女神からの恵みを受けた自分が敗れるはずはない。女性を苦しめる悪など返り討ちにしてやると、オディールは闘志を燃やし拳を握った。
「女二人で旅行なんてやっぱり無理だったのよ……」
ミラーナは頭を抱え、恐怖でガタガタと震えている。野蛮な山賊どもの標的となってしまったのは自分の落ち度である。オディールは申し訳なく思い、大きく息をつくとミラーナギュッとハグをした。
「大丈夫だって、僕を信じて……」
耳元でささやくと、青ざめているミラーナに優しく頬ずりをする。
ミラーナは大きく息をつくと、大きなブラウンの瞳を涙で濡らしながら聞いた。
「だ、大丈夫って、どうするの?」
「土魔法撃ってみて」
「えっ!? 植木鉢の土を柔らかくする魔法しか使ったことないのよ?」
「それでいいから撃ってみて」
オディールはニコッと笑ってミラーナの瞳をじっと見つめた。
「わ、分かったわ……」
馬車の後方からニタニタ笑いながら近づいてくる山賊どもに向かって、ミラーナは腕を伸ばし、目を閉じて呪文を唱える。
オディールはそんなミラーナの背中に手を当て、思いっきり魔力を流し込んだ。
ヴゥン!
空気の震える音が馬車の中に響き、黄金色の魔力の煌めきがミラーナの手のひらから迸る。
直後、ズン! という地鳴りと共に男たちの足元で爆発が起こり、男たちは吹き飛ばされた。
「グハッ!」「ぐわぁぁぁ!」
もんどりうって転がる男たちの叫び声が森に響く。
えっ!?
ミラーナ自身もその威力に驚いてしまいポカンとしている。土を柔らかくする魔法、それがここまでの破壊力を持つとは思わなかったのだ。
「連射よ、連射!」
行けると思ったオディールは、ここぞとばかりに攻めようと、ミラーナの肩を叩いた。
「わ、分かったわ」
ミラーナは吹き飛ばされて転がっている男たちめがけ、さらに魔法を放っていく。
ズン! ズン! と魔法の爆発音が森にこだまする。
男たちは次々と起こる爆発に逃げ惑い、やがて森の方へ逃げていった。
「や、やったわ!」
ミラーナは、溢れんばかりの喜びとともにオディールを抱き締めた。
「いけるいける! 僕らは最強だゾ!」
オディールも思いの外うまく行ったことに興奮し、ミラーナをギュッと抱きしめ返した。緒戦は完勝である。
ミラーナの柔らかく温かい匂いに包まれながら、オディールは確かな手ごたえを感じていた。
しかし、これしきの事で山賊が諦めるはずもない。
オディールは窓を少し開け、森を慎重に観察しつつ、耳をすませた。
風が木々をそよがせる音に混じり、落ち葉を踏むかすかな足音が聞こえてくる。
「まだいるなぁ……」
オディールは眉をひそめ、ため息をつくと、ミラーナをしゃがませた。
なんとか逃げる方法を考えてみたが、走って逃げられるとも思えない。奴らはプロなのだ。罠にかかった獲物をそう簡単に逃がしはしないだろう。
オディールは足音が聞こえた方向に耳をそばだてた。
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