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【お天気】スキルを馬鹿にされ、追放された公爵令嬢。不毛の砂漠に雨を降らし、美少女メイドと共に甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い~ 2話

 外に出てふらふらと石畳の道を歩いていくと、ボールルームからダンスの生演奏が流れてくる。策略と謀略が織り成す社交界に鳴り響く美しい音色。見れば王子はニヤニヤしながらアマーリアと踊っている。

 ギリッと奥歯を鳴らしたオディールだったが、ふと思い立ってニヤリといたずらっ子の笑みを浮かべた。

 王子がバカにした【お天気】スキル。その真価はどんなものだか、せっかくだから試してやろうと考えたのだ。

 何度か深呼吸をして精神統一し、雷をイメージしたオディールの頭に自然と祭詞さいしが浮かびあがる。その初めての神秘的な体験に少し驚いたオディールだったが、ニヤッと笑うと手のひらを夜空へと掲げた。

「【雷神よ、そのたけき闘志を解き放て】」

 直後、膨大な魔力がオディールの身体から巻き上がり、金色に輝く微粒子の渦となって一直線に天を目指す。

 もこもこと湧きおこる暗雲。

 刹那、強烈な閃光が天と地をまばゆく埋め尽くし、重厚な地響きとともに激烈な雷鳴が王都を揺るがせる。超特大の雷が、まるで天からの怒りを表すかのように、王宮に直撃したのだ。

 稲妻は屋根瓦を吹き飛ばし、魔法のランプを消しさる。

「キャーーーー!」「うわぁぁ!」

 真っ暗になったボールルームは大騒ぎである。

 WOWワオ

 オディールは両手を開き、目を真ん丸に見開いて、圧倒的な威力に大喜び。

 さすが女神に特別に選んでもらったスキル、とんでもない威力である。

 すると、王子の叫び声が聞こえてくる。

「ひぃぃぃ! 恐いよぉ! 誰か明かりつけてよぉ! 早くぅ!」

 あまりにも間抜けな狼狽っぷりにオディールは思わず吹き出してしまう。

「バーカ! ざまあみろ! きゃははは!」

 オディールは楽しそうにピョンと跳びはねた。

 天候を操るということは大自然の力を操ること、そのパワーは計り知れない。オディールはここに貴族社会にしがみつく必要もない、無限の可能性を感じた。

 このチートスキルを使って自分らしい人生を切り開くのだ、とオディールは強く決意した。

 翌日、公爵に呼ばれたオディール。執務室に入ると公爵はものすごい形相でオディールをにらみつけてくる。

「お父様、お呼びですか?」

 平静を装いながら、ワンピースのすそをもって丁寧に挨拶をするオディール。

「お前、殿下に酒をぶっかけたそうだな?」

 ドスの効いた声で問いただす公爵。

「あの男が浮気して、冤罪押し付けて、私の身体をなじったので公爵家の誇りを守るため対抗措置に出ただけですわ」

 しれっと言い返すオディール。

「何が誇りだ! 婚約破棄だぞ? これですべての計画が台無し。どうしてくれる!」

 公爵は机を叩いて怒った。

「それはお父様の勝手な計画ですよね?」

 毅然とした態度で言い放つオディール。

「な、なんだと……」

 公爵はわなわなと震えながら鬼のような形相でオディールをにらんだ。

「ご不満なら、わたくしを辺境の公爵領に飛ばしますか?」

 オディールはニコッと笑う。

 ガン! 公爵は机を激しく殴る。倒れたカップからお茶が飛び散った。

「追放だ……」

「え……?」

「追放だ! もう、お前は公爵家の人間ではない! 今すぐこの屋敷から出ていけ!」

 激高した公爵は、声を震わせ怒鳴り散らした。

「よ、よろしいのですか? わたくしの【お天気】スキルは神の力に匹敵……」

「何が神の力だ、そんなもの要らん! とっとと出ていけーーーー!!」

 公爵は怒りに任せて紅茶カップを弾き飛ばし、床で砕ける鮮やかな音が部屋に響きわたる。

 こうしてオディールは全ての地位を剥奪され、何の後ろ盾もないただの平民へと転落してしまったのだった。

 オディールは清々とした気分だった。追放までは予想外ではあったが、それでも権謀術数けんぼうじゅっすう飛び交う伏魔殿から解放された事は歓迎すべきことに思えたのだ。

 足早に自室に戻ったオディールがドアを開けると、窓からの日差しが温かく室内を照らす中、ミラーナが片づけをしていた。

 清潔感のあるメイド服に身を包み、背筋をピシッと伸ばしながら棚の小物を整理している。

「おかえりなさいませ……」

 ミラーナはニコッと温かい微笑みをうかべながらオディールの方を向いた。

 勘当された今となっては、もうミラーナは自分のメイドではない。オディールはその事実に胸が苦しくなり、ミラーナに駆け寄って腕にキュッと抱き着く。

「お、お嬢様、どうされましたか?」

 オディールは何も言わずしばらくミラーナの体温を感じていた。ふんわりと立ち上る柔らかな香りをいっぱい吸い込んで心を落ち着ける。

 あらあら……。

 ミラーナはわずかに戸惑いつつも、柔らかな微笑みを浮かべ、そんなオディールのブロンドの髪をやさしくなでる。

「ねぇ……、ミラーナ?」

 オディールはチラリと上目遣いで声をかける。

「どうしたんですか?」

「旅に出よ?」

「は? 旅? どこへですか?」

「大陸中あちこちをミラーナと一緒に周りたいの!」

 オディールは困惑するミラーナの手を取り、つぶらな瞳を見つめた。

「何をおっしゃってるんですか、王立学院アカデミーや王子様とのご婚約もあるのに……」

「それ、みんななくなったのよ。勘当だって」

 オディールは肩をすくめる。

「か、勘当……」

 ミラーナは目を皿のように丸くして言葉を失った。

「ほら、これ見て」

 オディールは衣装ダンスに隠してあった巾着袋を取り出して、ミラーナに開けて見せた。そこには金貨や白金貨がどっさりと詰め込まれている。日本円にしたら一億円くらいになりそうな大金だった。

「す、すごい大金……。こんなのどうしたんですか?」

「ふふーん、こうなるかもしれないと思ってずっとため込んできたんだ」

 オディールはいたずらっ子の笑みを浮かべた。

「いや、ため込むって言ったって……」

 オディールは人差し指でミラーナの口をふさぐと、ニヤッと笑う。

「蛇の道は蛇、詳しくは聞かないで」

 ミラーナはふぅと大きく息をつき、渋い顔でオディールを見つめた。

「お屋敷を出てそのお金で旅をしようって事ですね?」

「そうそう、一人じゃ心細くてさぁ。で、素敵な所見つけたらそこで一緒に暮らさない?」

 オディールは手を合わせて頼み込む。

 いきなりの急展開に圧倒されたミラーナは目をつぶり、腕を組んでしばらく考え込んだ。

「もうこんなお屋敷で片付けなんてしなくていいんだよ。美味しいもの食べて一緒に楽しく暮らそ?」

 オディールは泣きそうな顔で必死に口説く。

 ミラーナは片目を開いてそんなオディールを見つめた。公爵にはオディールの結婚が上手くいかなかったらクビだと言われている。もちろん本当にクビになるかは分からないが、残れてもキツい仕事に回されるに違いない。

 それに……。

 四年間妹のように可愛がってきたこの可愛い少女が放り出されることは、ミラーナにとっても内心穏やかではなかった。世間知らずの女の子が大金を持って一人でフラフラしていたら悲劇は避けられない。悪い奴らに掴まって奴隷として娼館に売られるならまだいい方で、下手をしたら猟奇的な事件に巻き込まれてしまうかもしれない。それはさすがに寝ざめが悪い。

 しかし、いきなり旅に出ると言われても判断がつかなかった。

 ミラーナはキュッと口を結ぶ。

「頼むよぉ、ミラーナいないと僕、困るんだよ……」

 オディールはミラーナの手を取ってブンブンと振りながら頼み込む。その美しい碧眼には今にもこぼれそうな涙が浮かんでいた。

 その瞬間、ミラーナの心の奥底でキュンと何かがときめく。

 この可愛い少女がこれほどまでに自分を求めてくれている。それは限りなく尊い事のように思えたのだ。

 よく考えたらここで彼女を拒んだら、もう彼女の顔を見ることは二度とないだろう。四年間毎日のようにケンカして叱って、そして笑いあった少女と離れ離れになってしまうのだ。世話が焼けるが憎めない少女、彼女との突然の別れを考えると、想像以上に心が乱れてしまう。

「ねぇってばぁ……」

 オディールはミラーナの手をスリスリとさすりながらねだる。その様子はまるで子リスのようであった。

 あまりに可愛い説得にクスッとミラーナはつい吹きだしてしまう。

「ふふっ、そんな必死にならなくても大丈夫ですよ。行きましょう! 大陸の果てまで!」

 ミラーナはオディールの手をきつく握りしめ、ニコッと笑った。このままメイドのままでいたら永遠に王都の外の世界を見ることはないだろう。それよりも、この愛らしい少女と共に新たな地平線を探求する方が、遥かに魅力的に感じられたのだ。

「やったー!」

 オディールはミラーナに飛びついてクルクルと回り、そのままミラーナごとベッドに倒れ込んだ。

「うわぁ! 危ないですわ、お嬢様!」

「もう、お嬢様じゃないの! 名前で呼んで!」

 オディールは満面に笑みを浮かべ、興奮を込めて叫んだ。

「な、名前ですか? オ、オディール……様?」

「違うわ! 『オディ』って呼んで」

 オディールは口をとがらせる。

「じゃあ……、オディ?」

「なぁに? ミラーナ」

 しばらく見つめあう二人……。

「何だか……慣れませんわ」

 ミラーナは目をそらし、困惑した表情を浮かべる。

「ふふっ、すぐに慣れるよ。行こう! 大陸の果てまで!」

「うふふ……。行きましょうオディ! 大陸の果てまで!」

 きゃははは!

 ふふふ……。

 二人はお互いの手をギュッと握りあい、まだ見ぬ大陸の果てを思い描きながら笑いあった。

 こうして若い二人は新天地を求め、旅に出る。眩いほど華やかな貴族生活を捨て、不確かな未来を選んだオディールだったが、彼女には何の後悔もなかった。ミラーナのつぶらな瞳を見つめながら体温を感じるオディールは、彼女と歩むことが正解の道だと確信を深め、これから始まる大冒険にワクワクが止まらなくなっていた。

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