アラフォーだって輝ける! 美しき不死チート女剣士の無双冒険譚 ~仲良しトリオと呪われた祝福~2~5
2. 余りモノ不器用トリオ
泣き疲れ、ゆっくりと立ち上がるソリス――――。
戦いの興奮が冷めるにつれ、勝利の異様さが胸に刺さった。何度も死に、それでも生き返った自分。まるで物語の主人公にでもなったような非現実的な勝利に、倒した赤鬼に申し訳なく思ってしまうくらいだった。
ソリスは大きくため息をつき、ステータスウィンドウを空中に広げてみる。
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ソリス:ヒューマン 女 三十九歳
レベル:55
:
:
ギフト:女神の祝福
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いつの間にかレベルが40から55にもなっていたことにも驚いたが、ギフトの項目の【女神の祝福】に目が留まった。
もしかしたら、これが死後の復活を行ってくれたのかもしれない。
今までこれがどんな効果を持つのか分からず、ソリスは長年疑問に思ってきたのだった。女神を祀る教会で聞いても『前例がない』と、一蹴されていた謎のギフト。まさか死後に復活し、なおかつレベルアップもしてくれるチート級のギフトだったとは全く分からなかった。
「早く気づいていれば……」
ソリスはがっくりと肩を落とす。
自分のことを死なせまいと必死に頑張ってくれていた仲間。しかし、それが逆にギフトの把握を遅らせ、結果、仲間を失うことになってしまったという皮肉に、ソリスはやるせなく動けなくなった。
「自分が先に死んでいたら……」
亡き仲間たちへの思いが胸を圧迫し、ソリスは悲しみの雫を一つまた一つと零した。
◇
時は二十数年さかのぼる――――。
まだ十六歳だったころ、孤児院の院長からメイドの仕事を紹介してもらったソリスは、面接で仕事先のお屋敷に赴いた。
「ほう、なかなかいいじゃないか。男性経験はあるのかね?」
最終面接で出てきた雇用主の男爵は、顎髭をなでながらいやらしい目でソリスの身体をなめるように見回した。
いきなりのセクハラ発言にドン引きのソリスは、ギリッと奥歯を鳴らす。
「メイドのお仕事と聞いてここに来たのです。性的なご奉仕は一切やりません」
「何言ってるんだ……。『お手付き』こそ、メイドの本懐だろ?」
男爵はニヤリといやらしい顔で笑いながらソリスに近づくと、胸をむんずとつかんだ。
キャァァァ!!
ソリスは金切り声を上げ、男爵の頬を全力で張り倒す。
パァン! と、派手な音が部屋に響き、男爵の頭からカツラが吹き飛んだ。
ぐふぅ!
あまりの衝撃にしりもちをついてしまう男爵。
あ……。
ソリスはやりすぎたと立ち尽くしてしまう。だが、誰にも触らせたことの無い胸を勝手につかんだ罪は実に許しがたく、謝るつもりはなかった。
「お、お前……。どこにも就職できないようにしてやるからな! 覚えてろ!!」
真っ赤になってカツラを拾い、慌てて退場していく男爵は去り際に捨て台詞を残していったのだった。
後に『光沢事件』と、伝説になったそのスナップの効いた盛大なビンタは、ソリスの未来に大きな影を落としてしまう。
決してやましいことをやった訳ではないソリスは、激怒する院長にも毅然とした態度を貫いたが、特権階級の貴族に歯向かった者にはまともな就職先などない。あちこち頼みに行ってもみんな報復を恐れてとても受け入れてくれなかった。結果、万策の尽きたソリスは冒険者の道を歩むことになる。
◇
正しいものがバカを見る世の中に絶望していたソリスは、着古したグレーのパーカーを雑に羽織り、仏頂面で冒険者ギルドの初心者講習会に来ていた。冒険者というのは街を守ろうと燃える正義感あふれる者たちだけでなく、まともな仕事に就けなかった者の最後の砦にもなっており、明らかにヤバい社会不適合者たちも多く見受けられる。
その講習会に、後にパートナーとなる新人女性冒険者、フィリアとイヴィットも参加していた。それぞれスラム育ち、貧乏な農村育ちで貧しい身なりをし、人生に絶望した死んだ魚のような目をして講師の話を聞いている。
ソリスはそんな二人に同族嫌悪に似た不快感を感じ、目を合わさないようにフードを目深にかぶった。
しかし――――。
「それじゃ、周りの人とパーティーを組んでください!」
この講師の一言にソリスの心臓が早鐘を打つ。周りを見回せばみんなすぐに相手を見つけどんどんパーティが組まれて行っているのだ。
陰気なフードの女なんて誰も声をかけてこない。オロオロしながら焦りばかりが募る中、嫌な予感通り、最後に残されたのが絶望に塗りつぶされた三人娘だったのだ。
あまり者パーティ。周りの視線が痛い中、ソリスは絶望に駆られて二人をにらみつけた。
「講習の時だけだからな!」
「何その上から目線? 陰気でイケズ……、拙者も願い下げでゴザルよ!」
フィリアは丸眼鏡をクイッと上げながら、怨念のこもった目でにらみ返した。
「陰気な方たち……、ケンカ……、しないで……」
イヴィットはオロオロしてしまう。
「あんたも陰気やろ!」「お前もな!」
最悪の出会いだった――――。
◇
いよいよダンジョン内での実習となり、組んだパーティで半日かけて魔物を倒していく。
「あまり者は死んで迷惑かけんなよ! ハハッ!」「お前ら向いてねーぞ!」「はっはっは! 違ぇねぇ」
出がけに心無いスカした男どもにからかわれても三人は無視し、無表情でやり過ごす。たとえ向いてなかろうが、三人ともこれで生きていかねばならないのだ。
三人は言いたいことをグッと押し殺し、淡々と戦略を練り、言葉少なに粛々と作戦を遂行していった。
「冷静にやるべきことを淡々と、いいね?」
ソリスは講師から教わったポイントを二人に言い含める。
「分かったでゴザル……」「はいな……」
後がない二人は初めての実戦に緊張を浮かべながらも、しっかりとした目でうなずいた。
魔物を見つけたら静かに近づいてイヴィットが弓を放ち、フィリアにバフをかけてもらったソリスが突っ込んでいって大剣で一気にとどめを刺す。
敵が大物だったり、三匹以上いる場合は先制攻撃にフィリアも参加して着実に狩っていく。
三人とも根は真面目で、一人で淡々と練習してきた成果が一気に花開き、自分たちも驚くほど順調に魔物を倒し続けた。
◇
夕方になり、みんなが戻ってくる――――。
「えっ!? これ全部あなたたちが?」
魔物を倒した証拠でもある魔石の量をチェックしていた講師は、三人が取ってきた魔石の山にビックリして目を丸くした。
「そ、そうですが何か問題でも?」
ソリスは何を驚かれているのか分からず、首をかしげる。
「おぉ……」「マジかよ……」「なんであいつらが?」「インチキしたんじゃねーの?」
参加者たちがどよめいた。
どうやら他のパーティはわれ先に魔物に突っ込んでいって自滅したり、作戦を無視したり、途中で仲たがいするなどしてまともな成果が出ていないようだった。
要は冒険者候補生には協調性があって自制心があるような人が少ないということらしい。
「いやぁ、素晴らしい! 実習の最優秀パーティは君たちだ。パーティ名は?」
皮鎧を着た中年の講師は嬉しそうに三人に聞いた。
「パ、パーティ名……?」
三人は予想外の質問にお互い顔を見合わせた。
『講習の時だけ』と、啖呵を切っていたソリスはキュッと唇を噛んだ。冒険者でやっていく以上パーティは必須だ。そして、組むのであればもはや彼女たち以外考えられなくなっていた。
ソリスは大きく息をつくと頭を下げる。
「ゴメン! これからもお願いしたい。いい……かな?」
フィリアはクスッと笑う。
「最優秀パーティを崩すこともないってことでゴザルよ。ねぇ、イヴィット殿?」
「うん……。お願い……」
「あ、ありがとう……、よろしく……」
ソリスは二人をギュッと抱きしめた。
就活に失敗し絶望の淵に沈んでいたソリスの心に、一筋の光が差し込んでくる。それは、暗闇に閉ざされていた未来を照らす希望の光だった。ようやく掴んだ光明に、ソリスは二人を抱きしめる腕に力を込めた。こぼれ落ちる涙は、これまでの苦しみと、これから始まる新しい未来への期待に満ち溢れていた。
二人の頬にも、同じように熱いものが伝う。冒険者としての夢が叶わなければ、もはや娼館に身を落とすしかないのだ。そのギリギリのところでつかんだ光明。ようやく手に入れた希望の光に、三人の心はひとつになった。
「『プリムローズ』なんて……どう……かな?」
イヴィットがボソッと言った。
「え? パーティ名が花の名前?」
ソリスが涙をぬぐいながら聞き返す。
「そう、ちょっと地味で、小さな花だけど。集まると可愛くて……」
「あたしらみたいでゴザルな! ハハッ」
フィリアはニヤリと笑ってイヴィットの背中をパンパンと叩いた。
「いいじゃない! 決まり! そう、私たちは華年絆姫よ!」
ソリスは二人の手を取り、顔を見ながらパーティ名を高らかに宣言した。
「よろしくね……」「楽しくなってきたでゴザルよ!」
こうして始まった三人の冒険者生活。
それから二十三年、結局誰も欠けることなくこのパーティ華年絆姫の縁は続き、もはや家族同然となっていったのだ。
三人とも『男性と家庭を持って子供と暮らす』というこの世界の常識に惹かれる部分が無かったと言えばうそになるが、三人でいる居心地の良さに流され、結局アラフォーにまで至っていた。
3. 幻精姫遊
運命の日、前日――――。
時は赤鬼戦勝利の日から一週間ほどさかのぼる。
茜色に染まる空の下、ダンジョンの暗闇から這い出すように帰路につく三人。石畳の大通りを歩む彼女たちの足音は、重い疲労と共に夕暮れの街に響いていた。
「はぁ~、この歳に肉体労働は疲れるわ……」
ソリスは凝った肩を指先で軽く揉みながらため息をつく。
「ソリス殿! 歳のことは言わない約束でゴザル!」
黒髪ショートカットのフィリアは、年季の入った丸眼鏡をクイッと上げて口をとがらせる。自分は言わずに必死に我慢している分だけ、不満は大きい。
「ゴメンゴメン。最近は不景気で魔石の買取価格が下がっちゃってるから、こんな時間まで頑張らなきゃならないのよねぇ」
「不景気……、嫌い……」
冒険の勲章のように、汚れが目立つモスグリーンのチュニックを着たイヴィットは、凝り固まった首筋をゆっくりと回した。疲労を訴えるポキポキという音が響き、続く不満げなため息は、今日の重労働を雄弁に語っていた。
夕暮れの大通りには多くの店がにぎわい、美味しそうな肉を焼く香りも漂ってくる。
「不景気だっていうのに、お金持っている人は持っているのよねぇ……。もっとダンジョンの奥まで……潜りたくなるわ」
ソリスは足を止め、繁盛している焼き肉屋をにらんだ。
「ソリス殿! 『安全第一』がうちらのモットーでゴザルよ!」
フィリアはすかさず突っ込んだ。華年絆姫は二十三年間、無事故で無事にやってこれている。それは『安全第一』を徹底していたからだった。
同期のパーティーはすでに全滅したり、メンバーを喪って解散したりしてもはや一つも残っていない。それだけ冒険者稼業は危険で過酷。少しでも欲をかいた者をダンジョンは許さない。調子に乗って奥まで進み、気がつけば身の丈を超える状況に追い込まれ、消えていくのだった。
「分かってるって。『安全第一』……。でもたまには焼肉も食べたいのよ……」
うつむきながら漏らす本音に、フィリアもイヴィットも何も言わなかった。
「はぁ、やめやめ! 魔石を換金して夕飯にしましょ!」
ソリスは気丈に歩き出す。
しかし、その足はすぐに止まってしまった。水色が鮮やかな新作のチュニックが綺麗にライトアップされていたのだ。マネキンが身に纏ったチュニックは、まるで春の朝霧のように繊細で透明感があり、薄いシフォンの生地は優美にキラキラと輝き、そのエレガントなデザインがソリスの心を一発で撃ち抜いてしまう。
ほわぁ……。
ソリスの瞳には、風に乗ってふわりと膨らみ舞う袖が、まるで夢の中のワンシーンのように映る。その優美な造形は、魂を優しく包み込み、現実世界からソリスを誘い出すかのようだった。
「うわぁ、新作……素敵……」
イヴィットもうっとりと見つめる。
「ちょ、ちょい待つでゴザル! 一か月分の稼ぎでゴザルよ!」
フィリアは慌てて値札を読んで叫ぶ。
「分かってるわ……。分かってるけど……」
ソリスはうっとりした瞳でそっとシフォンの生地を撫でる。
「似合いそう……、試着……する?」
イヴィットは優しくソリスの顔をのぞきこむ。
「イヴィットも止めてよ! もぅ!」
フィリアは口をとがらせる。
ソリスはため息をつきうつむいた。
こんな着て行く先もないオシャレに大金をつぎ込むのはばかげている。そんな金があったら装備をワンランク上げた方がよほど現実的だった。そんなことは嫌というほどわかりきっている。だが、今までずっと我慢して、我慢して、気がついたらこんな歳になってしまった。このままだと一生オシャレなんてできないまま死んでいくことになる。そんな人生に意味などあるのだろうか?
ソリスは目をギュッとつぶり、自分の人生に残された時間のことを想ってしまう。若かった頃は必死に生き延びることに没頭し、技を磨くこと、装備をそろえることばかり考えてオシャレなんか眼中になかったし、それでいいと思っていた。
しかし、人生の曲がり角を曲がった今、それだけでは満たされない想いが残ってしまう。
経済的な余裕は不景気でむしろ減ってきていたし、今後さらに体力が落ちることを考えたら老後に向けて備えねばならないのは明白だった。
でも――――。
そんな備えるばかりの人生、本当にいいのだろうか? 後悔しないだろうか?
ソリスはキュッと口を結び、答えのない問いに翻弄され、うなだれた。
「もうすぐ誕生日……、お祝いに少し出す……」
イヴィットはクリっとしたブラウンの瞳でほほ笑みながら、ソリスを見つめる。
「イヴィットぉぉぉ!」
その深い思いやりがソリスの心に染み入り、思わずイヴィットを抱きしめた。
あわわ……。
いきなり抱き着かれて驚くイヴィット。
ソリスの目に涙があふれてくる。生きることに追われ、息もつけぬ日々の狭間で揺れ動く女心を受け止めてくれる親友の存在は、疲れ切った魂に染み入る温かな光明となっていた。
「な、何なの! あ、あたしだって出すわよ!」
フィリアは損な役回りになってしまったことが悔しくて、口をとがらせる。
「ありがと……」
ソリスはフィリアにも手を伸ばし、二人を包み込んだ。
「あ、いや、そんな……」
慌てていたフィリアだったが、すぐに目を閉じてうなずいた。
「大丈夫、気持ちだけでいいわ。よく考えたら服なんてどうでもいいの。私にはこんなに素敵な仲間がいるんだもん」
ソリスの魂に、二人の温かい気持ちが優しく溶け込んでいく。この二人に出会えた幸せに心から感謝する。この厳しい社会も二人となら一緒に乗り越えていける、最後の日まで、三人で寄り添い、笑い合い、支え合って生きていこう。ソリスは二人の温もりに包まれながら、天に誓った。
◇
運命の日――――。
まだ寒さの残る朝もやのけぶる石畳の道をソリスはフィリア、イヴィットと一緒に歩いていた。もう二十数年通い慣れた道である。
「あ……、これ……」
イヴィットがソリスに小さなマスコットのぬいぐるみを差し出した。それは端切れを丁寧に縫い合わせた可愛い女の子のぬいぐるみで、水色のチュニックを着ている。
「えっ……可愛い! くれるの?」
「昨日、買わなかったから……」
イヴィットは照れながらうつむいてモジモジとする。
「ありがと! 大切にする……」
ソリスはイヴィットをハグし、サラサラとした赤毛にほほを寄せた。きっとあれから夜なべをして作ってくれたのだろう。ソリスにはその気持ちが何よりうれしかった。
「あ、あたしも誕生日には渡すものがあるでゴザルよ!」
フィリアも張り合って声を上げる。
ソリスはクスッと笑うとフィリアの黒髪をなでた。
「ありがとう……。無理しなくていいのよ? 気持ちだけでうれしいんだから」
「ま、間に合わせるで……ゴザルよ?」
ちょっと自信なげにフィリアはうつむいた。
「さて……。今日もダンジョンでいい?」
ソリスはぬいぐるみをリュックに結びつけると二人の方を向く。暗黒の森の方が金は稼げるのだが、こういう寒い日はまれに高ランクモンスターが出ることがあった。そうなったら命にかかわるため、出てくるモンスターが安定しているダンジョンを選ぶことにしていたのだ。
「OKでゴザルよ。今生きてるのもソリス殿の判断のおかげでゴザル!」
フィリアは、黒いローブの前をキュッと閉めながらニコッと笑う。
「寒いから……ダンジョン賛成……」
赤色の長い髪を後ろでくくったイヴィットも、弓のつるの調子をチェックしながらボソッと答える。
「ありがと。あたしらのモットーは『安全第一』。今日も無事に帰ることを目標にしましょ!」
「安全第一、今日も生きて帰るでゴザル!」「ご安全に……いきましょ……」
三人はニコッと笑いあった。
もちろん、ちょっと無理をすればチュニックのお金くらい一発で稼げる魔物がいることも知っている。でも、それは勝率百%ではない。他の魔物が乱入してきたら死者が出る可能性だってあるのだ。
そうやって同期はみんな消えていったことを考えたら、安全側に振っておくことは鉄則だった。
ただ、安全に振るというのは強くなれないということでもある。若い頃ならともかく、年齢が上がってくると体力の低下による影響は深刻で、中堅だった強さも徐々に落ちてきてしまっていた。
魔物を倒せばレベルが上がり、攻撃力なども上がる訳ではあるが、それは基礎体力に補正がかかるだけであり、高齢になってくれば攻撃力などは落ちて行ってしまう。つまり同じレベル40でも二十歳前後とは比べ物にならない程落ちており、実質レベル35相当になってしまう。こうなると、手ごわいと感じた敵を倒しても自分のレベル以下の魔物であるため、経験値はほとんどもらえず、レベルも上がらなくなる。結果としてソリス達三人はこの一年、レベルが上がらないままだった。
そして、年齢補正は今後悪化する一方で改善の見通しなど全くない。時の流れは残酷であり、真綿で首を締めるようにアラフォーの冒険者たちの人生は険しさが増していくのだ。
長年冒険者をやってきた者の転身先は多くない。折からの不景気で戦闘しかやって来なかった冒険者を雇う者などいなかった。
自分たちのやり方が間違っていたとは思わないが、それでも未来の希望が見えないことは心に重しとなってのしかかる。
三人は言葉少なに朝もやの街を歩いた。
◇
朝市の脇を通っていくと、広場のベンチから何やら姦しい若い女たちの笑い声が響いてくる。
三人は顔を見合わせ、渋い顔をしながら足早にその場を過ぎ去ろうとした。
「あっらぁ! 三婆トリオじゃない? これからダンジョン? ふふっ」
若人パーティ『幻精姫遊』のリーダーがリンゴ酒のジョッキを片手に煽ってくる。
ソリスはキュッと口を結び、聞こえなかったふりをしてやり過ごそうとした。
「返事もできねーのかよ! ダッセェ!!」「あぁなっちゃお終いよね。みんなもよく見ておきな! きゃははは!」
言いたい放題の小娘たちの放言に、さすがに堪忍袋の緒が切れたソリス。
「朝から酒? いいご身分だこと!」
「うちらはダンジョン十五階帰りだからね。祝杯中~。オバサンたちは何階行くの?」
リーダーはニヤニヤしながら煽る。流れる金髪に碧い目、整った目鼻立ちに高価なゴールドのビキニアーマーを装備したリーダーはギルドの人気者で、ファンクラブまである厄介な存在だった。
「じゅ、十五階!?」「ほ、本当……なの?」
フィリアとイヴィットは気おされ、うつむいた。
ソリス達華年絆姫の最高到達回数は九階。二桁の階層へ行くには十階のボスを倒さねばならなかったが、それは随分前に諦めてしまっていた。
4. 禁断の果実
「な、何階だって関係ないでしょ!」
ソリスはギリッと奥歯を鳴らし、叫ぶ。
「何その小汚いぬいぐるみ? 貧乏くさっ!」「いい歳してガキみたい」「ダッセェ! キャハハハ!」
幻精姫遊たちはソリスのリュックについたぬいぐるみを嗤う。
ブチッ! と、ソリスの頭の中で何かが切れる音がした。
確かに彼らのバッグについているバッグチャームは、金属でできた高価なブランドものではあったが、イヴィットの想いのこもったぬいぐるみを馬鹿にされるいわれなどなかった。
「小娘! 言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」
ソリスは頭から湯気を上げながらツカツカとリーダーに迫る。
「あら、オバサン。冒険者同士のケンカはご法度よ?」
ジョッキのリンゴ酒を呷りながら立ち上がり、ニヤニヤ笑いながらソリスの顔をのぞきこむリーダー。
「お前が売ってきたケンカでしょ!?」
ソリスはガシッとリーダーの腕をつかんだ。
「痛い! いたーい! 助けてー!! 誰かー!!」
急に喚き始めるリーダー。
「な、何よ……。腕を持っただけよ?」
何が起こったのか分からず唖然とするソリス。
「何やってるんだ!」
奥の方から金色の鎧を身に着けた若い男が飛んできた。
「助けて、ブレイドハート!!」
リーダーは涙目になって訴える。
「お前! 何してる!!」
ブレイドハートと呼ばれた男は二人の間に入るとソリスの腕を払った。この男はまだ十八歳の若きAクラス剣士で、ギルドではトップクラスのホープだった。
「な、何って、彼女がケンカ吹っ掛けてくるから……」
「痛ぁい! 骨が折れたかも……」
リーダーは腕を抱えてうずくまる。
「おい! 大丈夫か? ヒーラー! ヒーラーは居るか!?」
「いや、私、ただ、腕を持っただけなんだけど?」
「何言ってる! こんなに痛がってるじゃないか! このことはギルドにもキッチリと報告し、処分してもらうからな!!」
ブレイドハートは目を三角にしてソリスに怒った。
「いや、ちょっと、それは一方的でゴザ……」
フィリアはあまりに小賢しい振る舞いに頭にきて横から口を出したが、その言葉を遮るようにリーダーは喚いた。
「痛ぁい! ひどぉい! うわぁぁぁん!」
「治療が先だ! お前らは早く行け! このオバサンどもめ!」
ブレイドハートは聞く耳を持たず、ソリスたちを追い払う。
「はぁ!? ちょっと、君ねぇ……」
丸眼鏡をクイッと上げて語気を荒げるフィリアをソリスは制止した。元より中立の立場になど立とうとも思っていないブレイドハートには、何を言っても無駄なのだ。
「言いたいことはギルドで言えばいい。揉めちゃってゴメン」
ソリスはフィリアにそう謝り、がっくりと肩を落とす。
力さえあればこんな運命は招かなかった――――。
そんな思いがソリスの胸を苦しくさせる。多くの冒険者が命を落としていく中、『安全第一』のおかげでソリス達はアラフォーまで生き残ってきた。だが、それは同時に成長の糧をあきらめた事でもあるのだ。命を顧みず、貪欲に強さを求めた若者がデカい顔をするのは致し方ない面もある。
だが……。
ソリスはギリッと奥歯を鳴らした。自分はともかく、仲間たちが軽く扱われることは受け入れがたく、どこかでキッチリ抗議しなくてはならない。ソリスは燃えるような怒りに震えながら急ぎ足でその場を離れた。
◇
「ったく! ふざけんじゃないわよ!!」
ソリスはゴブリンの群れに猛然と突っ込んでいくとバッサバッサと斬りはらい、最後は盛大に返り血を浴びながら飛びかかってきたゴブリンの心臓を一突きした。
「ソリス殿、気持ちは分かるけど最初から飛ばし過ぎでゴザルよ……」
フィリアは丸眼鏡をキュッと上げ、首を振る。
「私たちだって今まで無数の魔物を倒してギルドにも貢献してきた訳でしょ? なぜ、馬鹿にされなきゃならないのよ!」
ソリスの目には悔し涙が光っていた。
「時の流れ……、残酷……」
イヴィットは肩をすくめる。
フィリアは何も言わず大きくため息をついた。
「今日は気合入れていくわよ!!」
ソリスはそう叫ぶと、我先にダンジョンの奥へと進んでいく。その背中にはままならない現実へのもどかしさが映っていた。
◇
快調に飛ばしてきた三人は、いつもよりも早く地下九階を踏破してしまった――――。
地上へと戻るクリスタルのポータルにたどり着いたソリスの目が、不意にその隣で口を開けた深淵へと引き寄せられた。地下十階へと蛇行する階段は、ポータルの発する幽玄な青白光を浴び、その冷たい輝きに照らされて不気味に蠢いていた。影と光の戯れが、未知の危険を囁きかけるかのようだった。
ソリスはふぅとため息をつき、首を振ると帰り支度を始める。
「みんなお疲れ様! 帰って美味しいものでも食べましょ」
しかし、フィリアは階段を見つめ、口を結んだまま動かない。
「あれ? フィリア……何かあった?」
ソリスはフィリアの顔をのぞきこむ。
「……。ソリス殿……? これが……、ラストチャンスでゴザル……」
フィリアの瞳に、断ち切れない未練が浮かんでいる。その視線は、まるで魂を吸い込まれたかのように、青白い輝きに揺れる階段に釘付けになっていた。
「ちょ、ちょっと何を言い出すの!? 『安全第一』が私たちのモットーなのよ?」
ソリスは焦った。今まで自分の勇み足を常に厳しく制してきたフィリアが今、無理筋の挑戦を提案しているのだ。
「分かってるでゴザル! で、でも……」
フィリアはキュッと口を結びうつむいた。
ソリスにはその想いが痛いほどよくわかる。この先のボスさえ倒せたら幻精姫遊に馬鹿にされることも無くなるし、経済的にもグッと余裕が出る。今、自分たちが苦しいのはここのボスが倒せないせいなのだ。
だが――――。
もし事故ったら取り返しのつかないことになる。それはリーダーとしてとても選べない選択だった。
「フィリアの言うこと分かる……。あたしらは……これからどんどん弱く……なる」
いつもは決して無謀な事には賛成しないイヴィットが、予想外のことを言いだした。
「イヴィットまで何を言うの!? 安全第一! 無事に帰るのが今日の目標なのよ!!」
「なんか今日は凄く調子いいでゴザルよ……。みんなここ数年で一番動けてる気がするでゴザル……」
フィリアの瞳に揺るぎない決意の炎が灯っていた。その燃えるような眼差しは、言葉以上の想いを込めて、ソリスの顔へと真っすぐに向けられる。
「いやいやいやいや……。十階の赤鬼の攻略法は今まで何度も何度もシミュレーションしたよね? 結果無理という結論だったのよ?」
ソリスは必死になって押しとどめる。
「でも……、これ……、あるから……」
イヴィットはポケットからグレーの艶々した石を取り出した。
「き、帰還石!? どうしたの? こんな高価な物!?」
ソリスは目を丸くする。
帰還石というのは割れば瞬時にパーティをダンジョンの入口までワープしてくれるという、ダンジョンの深部で稀に見つかる貴重な魔道具だった。
「今まで……ずっと持ってた。いざという時に……って」
「すごいでゴザル! これならお試し挑戦ができるでゴザルよ!」
フィリアは目をキラキラと輝かせながら、イヴィットの手を握った。
ボスに挑戦するだけ挑戦して、ヤバければ帰還石で瞬時に離脱する。帰還石があればそういったことができるのだ。
「いやでも……赤鬼の棍棒に当たれば即死……。帰還石では生き返らないのよ?」
ソリスは正論を投げつけ、眉をひそめて首を振る。
「じゃあ何? これからもずっと一生、あの小娘たちに馬鹿にされ続けろっていうでゴザルか? そんな人生もう我慢ならんでゴザル!!」
フィリアは涙を振り飛ばしながら叫ぶ。彼女の悲痛な叫びは、まるで魂の深淵から絞り出されるように、周囲の空気を切り裂いた。
ソリスはその気迫に圧倒され、何も言わず首を振りながら近くの岩に座り込み、大きくため息をつく。
ダンジョンの天井から水滴がしたたり、ピチャンという音が響いた。
みんな自分たちの人生が行き詰っていることは痛いほどよくわかっている。寄る年波には勝てない。近い将来冒険者としてやっていくことに限界がやってくる。しかし、目立った実績もない自分たちには転職先などない。どうやって食べていくかすら見通しが立たないのだ。
「そりゃ確かに十階を超えられたら、一気に解決するわよ? 自分だって行きたいに決まってる。でも……」
「行くなら……今……」
イヴィットは決意のこもった目で静かにソリスを見つめる。
ソリスはイヴィットの目をじっと見つめた。
「はっ! まるで自殺志願者だわ。死を恐れないなんてバカのやることよ? いいわよ、バカになってやるわよ! 一生に一回、この一戦だけ大バカ者になってやるわ!!」
ソリスはすくっと立ち上がると二人にこぶしを突き出し、ニヤッと笑う。フィリアと、イヴィットもニヤリと子供のような笑みを見せると、こぶしを合わせ、ゴツゴツとぶつけ合った。
互いを見つめ合う三人の瞳には、決意と友情が織りなす輝きが宿る。これから始まる命懸けの挑戦への想いが、彼らの血潮を熱く沸き立たせていく。
こうして華年絆姫は絶望の一戦へと突き進んでいった。
◇
地下十階の巨大な扉の前で最終確認をする三人――――。
「いいか、打ち合わせ通り頼むよ! 誰か一人でもヘマしたらその時点でイヴィットは帰還石をくだいてよ?」
「分かったでゴザル」「了解……」
三人は険しい表情でお互いを見つめあい、うなずき合った。二十数年という長きにわたり頑として守ってきた『安全第一』の鉄則を始めて破る。それは禁断の果実をかじるような甘美さと、死の淵をのぞく背筋を凍らせるような恐怖を同時に彼女たちにもたらした。
ソリスはふぅと大きく息をつくと、ボス部屋の巨大な扉を見上げる。この高さ五メートルはあろうかという巨大な鋼鉄の扉の向こうにボスは居る。二十数年間、どうしても行きたくて、でも諦め続けた運命のボス部屋――――。
「いざ勝負!!」
ソリスはブルっと武者震いをすると力いっぱい扉を押し開けていった。
5. 絶望の響き
中は話に聞いた通り闘技場のような広大な広間となっており、壁沿いの柱列に配置された魔法のランタンが一つずつ火を灯し始め、ゆっくりと神秘的な明かりで空間を満たしていった。
まるで遥か古の魔術が目覚めるかのように、広間の中央で黄金の輝きを放つ魔法陣がゆっくりと姿を現す。その輝きの中心から、まるで大地の怒りを体現するかのように、赤鬼が威風堂々と立ち上がる。その血のように赤い肌、頭部から勇ましく突き出た二本の角は鬼の王者としての誇りを示していた。
「あ、あれが赤鬼でゴザル……か?」
フィリアの心臓が、赤鬼から放たれる威圧的なオーラに震えた。その存在感は、これまで立ち向かってきたどの敵をも凌駕し、まるで暗黒の渦に飲み込まれそうな圧迫感があった。
熱い決意で挑んだボス戦。しかし、目の前に立ちはだかる想像を超えた強敵に、三人の心に恐れの影が忍び寄る。三人の額を浮かぶ冷汗は、内なる動揺の証だった。
「ビビっちゃダメ! あれに勝つの! 私たちはあいつより強い! いいね?」
ソリスはバクンバクンと高鳴る心臓に浮足立ちながらも、フィリアの手をギュッと握り返す。
「私たち……、あれより強い……の?」
すっかり雰囲気にのまれてしまっているイヴィット。
「強い! 勝てる! 華年絆姫は常勝無敗よ? この世界は強いと信じたものが勝つの! 信じて!」
「わ、分かったでゴザル……強い……強い……」「そう、強い……勝てる……」
フィリアもイヴィットもギュッと目をつぶり、ブツブツと自分に暗示をかけていく。
いよいよ三人の人生をかけた命がけのチャレンジが始まる――――。
身長三メートルはあろうかという、巨大な筋肉の塊である赤鬼はいやらしい笑み浮かべ、三人娘を睥睨した。
グフフフ……。
不気味な笑い声が広間に響き渡る――――。
直後、カッと赤く輝く目を見開くと、赤鬼は両手のこぶしを握り、極太の腕の筋肉を誇示しながら咆哮を放つ。
グォォォォ!
部屋の空気がビリビリと震えた。
腹に響く重低音の咆哮に、三人は本能的に恐怖を呼び起こされ、ガクガクとひざが震える。その圧倒的な存在感は、数え切れない冒険者たちの夢と希望を踏みにじってきた証のような、冷徹な自信に満ちていた。
しかし、勝つ。勝たねばならない。華年絆姫が今後も輝き続けるためにはコイツを倒さねばならないのだ。
ソリスは悲痛な覚悟を決め、震えるひざを押さえると自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「行くよ!」
「りょ、了解でゴザル」「は、はい……」
ソリスは前衛として大剣を構えて赤鬼に対峙し、二人は部屋の隅で杖と弓を構え、戦闘態勢に入る。
ズーンズーンと地響きを起こしながらソリスに迫る赤鬼。手に持つ丸太のような重量級の棍棒を軽々と振り回しながらニヤニヤと笑っている。
そんな棍棒は到底受けることはできない。当たったら全身の骨が砕けてしまう。ソリスは攻撃の隙をついて間合いを詰めようと思ったが、想定よりはるかに素早く振り回される棍棒に隙が全く見当たらなかった。
棍棒は近くをかすめるだけでものすごい風が舞う。ソリスは右に左にステップを踏みながら棍棒の間合いから逃げ続けるしかできない。
「くっ! なんて奴だ……」
グワッ!
その時、赤鬼が痛そうに顔をしかめ、うめいた。
イヴィットの矢が飛んできて腕に刺さったのだ。さらに、フィリアのファイヤーボールが飛んできてボディーに炸裂し、辺りに閃光が走る。
「ヨシッ!」
頼もしい援護射撃にソリスは一瞬希望を感じたが、赤鬼はひるむことなく、むしろ怒りを攻撃に込めてさらに鋭く棍棒をソリスめがけて振り下ろす。
「ひぃっ!」
すさまじい速度ですっ飛んでくる棍棒。ソリスは横っ飛びに跳んでギリギリのところで何とかかわし、ゴロゴロと床を転がった。
赤鬼はそんなソリスを鼻で嗤うと、後衛の二人の方へ目標を変える。
「ヤバいでゴザル!」「き、来た……」
青ざめる二人。フィリアは慌てて腕を伸ばし、シールドを展開した。
地響きをたてながら一歩一歩後衛に迫る赤鬼。
ソリスは慌てた。後衛に狙いを移されるというのは前衛失格なのだ。
「お前の相手はこっちだ!」
ソリスはダッシュして赤鬼に向け大きく大剣を振りかぶった。
その瞬間、オーガは後ろも見ずにいきなり棍棒をグルンと振り回す。
へっ……?
気がつけば棍棒は目の前に迫り、ソリスは慌てたがもう間に合わない。
ガッ!
大剣がクルクルと宙を舞い、腕をしたたかに打ち据えられたソリスは苦痛に顔を歪めた。
くぅぅぅ……。
赤鬼は少し振り返り、そんなソリスを鼻で嗤うとフィリアたちへと足を進めた。
完敗だった。近づくことすらできない。この、残酷な力の差の現実にソリスは打ちひしがれ、無念の中叫んだ。
「撤退!! イヴィット、帰還石を!」
「い、今……」
イヴィットがポケットから帰還石を取り出した時だった。
カシャーン!
砕け散ってパラパラと床に飛び散り、氷のように溶けていくシールドのかけら――――。
赤鬼渾身の一撃がシールドを叩き割ったのだ。
「うひぃ!」「きひゃぁ!!」
無防備となってしまった二人の前に立ちはだかる巨大な赤鬼。
目を赤く光らせ、嗜虐的な笑みを浮かべると、大きく棍棒を振りかざした。
「帰還石! 早く!」
「ハイな! あぁっ!!」
イヴィットは恐怖に震える手で帰還石をつかみそこない、床に落としてしまう。
コロコロと床を転がる帰還石――――。
いやぁぁぁぁ! ひぃぃぃ!
直後、無情にも赤鬼の棍棒は凄まじい速度で二人を捉えた。
広間に形容しがたい異様な音が響き渡る――――。
それはまさに絶望の響きだった。
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