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スマホ少女は空を舞う~AI独裁を打ち砕くお気楽少女の叛逆記~ 30~39

30. 電話で解決

 ふぅ……。

 シアンは深いため息をつく。AI政府ドミニオンを倒したはいいが、本当に面倒くさいのはこれからなのだ。新しい社会の姿も何も決まらない今、どこから手を付けたらよい物だろうか?

「あのぅ……」

 レヴィアは渋い表情をするシアンに、おずおずと声をかける。

「何? 倒しちゃまずかった?」

「いや、そうではなくてですね、アレ、いいんですか?」

 レヴィアの指さす先には青白く光るラインがゆったりと旋回していたのだ。その先には富士山が見える。

「えっ!? なんでそっちに行っちゃってるの?」

 シアンは目を丸くして驚いた。クォンタムタワーを倒した虚空断章ヴォイド・クリーブは、東京の廃墟ビルを無数切り裂いた後、少しずつ上昇しながら方向を変え、空を舞い続けていたのだ。

「マズい、マズい! レヴィア止めて!」

「へっ!? 我が止められるわけないじゃないですか! そもそもあれは何なんですか?」

「くぅ……、役に立たないなぁ……」

 頭を抱えるシアンにレヴィアは心底ムカついたが、口は禍の元だとグッと言葉を飲み込む。

「えーと、あいつを止めるには……どっかにコマンドが……くあぁぁぁ!」

 シアンは慌てて3Dホログラム画面をパシパシと叩いて操作していくが、その間にも虚空断章ヴォイド・クリーブは富士山に迫っていた。

「そろそろ当たります……」

 レヴィアはため息をつきながら淡々と言った。

「くあぁぁぁ! ダメぇぇ!」

 シアンの叫び声の響く中、青白いラインは青空にくっきりとそびえる富士山の中腹に静かにめり込んでいった。

「着弾……」「あちゃー……」

 シアンは額に手をついて渋い顔でうつむいた。

「あれ、世界遺産……ですよ?」

 レヴィアはボソッとつぶやく。

「くぅ……、バグっちゃってたよぉ……」

 一刀両断された富士山はズリズリとずれ落ち始める。切り口からは赤く輝く灼熱のマグマが吹きだすのも見えた。

「ヤバい、ヤバい! レヴィア、あの噴火止めて」

「いやいやいや、噴火を止められるドラゴンなんていないですって!」

「くぅ、役に立たないなぁ……」

 シアンはブンブンと首を振ると、ガックリとうなだれた。

 レヴィアはさすがに堪忍袋の緒が切れる。

「いや、ちょっと待ってくだ……」

 と、その時、富士山の切れ目が大爆発を起こし、巨大な噴煙が立ち上った。

「あぁぁぁぁ!」

 シアンは絶叫し、頭を抱える。

 日本人の心というべき富士山がぶった切られて大爆発を起こしている。それは、あってはならないことだった。

「あーー! あの山気に入ってたのにぃ……」

 ショックでしおれているシアンに、レヴィアは言いかけた言葉を飲み込んだ。そして、大きく息をつくと声をかける。

「我は役立たないですが、何とかできる方もいらっしゃるのでは?」

 シアンはガサツで雑だが、悪意はない。ある意味純粋なのだ。

「なるほど……。うーんと……」

 シアンは小首をかしげ、しばし考えると3Dホログラム画面を操作してどこかへ電話をかけた。

「やぁ、僕だよ。お久しぶりぃ……。あいや、それはもういいんだよ。元気そうで何より。それでね、富士山知ってる? 富士山……。そう、それそれ。でね、今その富士山が絶賛噴火中でさぁ……。いや、僕は何にもやってないって。ほーんとだって。そうそう、勝手に噴火してんの……。活火山って怖いよねぇ……」

 レヴィアはノリノリのシアンの説明に聞き耳を立てながら、渋い顔で首をかしげた。

「うん、悪いね。頼んだよ。うんうん、またね~♪」

 電話を切ると、シアンはふぅと、大きく息をついた。

「で、何とかなりそうですか?」

「うん、もう、バッチリ。日ごろの行いがいいからね、僕は。うししし……」

 レヴィアはシアンの説明に小首をかしげる。

 富士山はずり落ちた上半分が崩壊し始め、噴煙がさらに激しく上がっていた。

        ◇

 すっぱりと切り落としたクォンタムタワーの基底部に、レヴィアはゆっくりと着地した。そこには変電装置やモーターなどの装置が整然と並んでいて、工場のようになっている。クォンタムタワーの動力関係のフロアだったようだ。

「ここに……、何があるんですか?」

 レヴィアは頭を下げ、シアンを下ろしながら聞いた。

「ふふーん、AI政府ドミニオンだって馬鹿じゃない。非常時対応できるシステムをこの辺に隠してるはずなんだよねぇ……」

 シアンは3Dホログラム画面を操作しながら、広大な動力室の中を映し、情報を表示させていく……。

「はぁ……、それにしてもバカでかい設備ですな。この規模のものを作り上げるとはよほど優秀なのでは?」

「何言ってんだよ。こんなの世界のことを何もわかってない出来損ないのやることさ」

 シアンは吐き捨てるように言った。

31. キジトラの瞳

「まだ出来たてのAIですから、そこは仕方ないかと……」

 レヴィアは整然と並んだ装置、流れるような綺麗な配管の列を見てふぅとため息をついた。

「おっ! ビンゴ!」

 シアンは嬉しそうに叫ぶと、すかさずシャッターを切った。

 パシャー!

 響き渡るシャッター音の中、飛び出してきた青白いこぶしがドカン! ドカン! と動力室の床を叩き壊していく。床に広がっていく亀裂。やがて床が抜け下のフロアが顔を出した――――。

 そこにはまるでイルミネーションの様に無数のLEDライトが高速に点滅していたのだった。

「くふふふ……。見ぃつけた!」

 シアンはこぶしの腕を巧みに操作して、そのLEDが点滅する装置の一つをむんずとつかむと一気に引き上げる。

 ベキベキベキと固定金具を引きちぎりながら、引き上げられてきたのはサーバーがびっしりと詰まったサーバーラックだった。

「ジャジャーン! ついに引きずり出してやったよぉ! きゃははは!」

 シアンはサーバーラックを動力室の床に乱暴に転がすと嬉しそうに笑う。

 散々手こずらされたAIが、今、苦しそうにLEDを点滅させながら無様に床に横たわっている。攻守逆転、シアンはドヤ顔で満足そうに見下ろした。

「ほう、これがコア・システム……なんですな……」

 レヴィアは物珍し気に、巨大な瞳をギョロリと光らせながらサーバーラックを見つめる。

「そうそう、こいつが出来損ないさ。さて、舞台は整ったな。じゃあ呼び出してやろう」

 シアンは胸ポケットから中古のスマホを取り出すと、画面の中で倒れてる瑛士のアバターを楽しそうにつついた。

「はい、起きてー! 出番だゾ!」

 つつかれてビクッと反応したアバターは、ゆっくりと起き上がる。

「ん……?」

 眩しそうに目をこすりながら辺りを見回す瑛士。

「えっ……? こ、ここは……?」

 瑛士は寝ぼけたように薄目でシアンの方を向いた。

「おはよう! 気分はどうかな?」

「気分……? あれっ!? ここってもしかしてスマホの中? 僕は死んだんじゃなかったの?」

 瑛士はスマホのガラスを内側からコンコンと叩き、不思議そうに辺りを見回した。

「ちゃんと死んでるよ、うししし……」

 シアンは手で口を隠しながら茶目っ気のある目で笑う。

「死んでる……? あっ! う、後ろ! モ、モンスターだ!!」

 瑛士はシアンの後ろにいる巨大な漆黒のドラゴンを指さして叫んだ。

「後ろ? あぁ、彼女はレヴィア。可愛い僕の友達だよ。きゃははは!」

「と、友達……?」

 瑛士は首を傾げた。彼の目の前にいるのは、神話から抜け出だしたかのような巨大で恐ろし気なドラゴン。それがどうして愛らしい友達なのか?

「この姿はマズかったのう……」

 レヴィアはそう言いながらボン! と爆発を起こす。

 うわぁ!

 いきなり爆煙に包まれて焦る瑛士。

「カッカッカ! これならええじゃろ」

 爆煙の中から金髪おかっぱの女子中学生のような女の子が現れ、楽しそうに笑った。

「我はレヴィアじゃ、よろしくな」

 可憐な少女、レヴィアは金髪を海風で揺らしながら真紅の瞳を輝かせ、瑛士に微笑みかける。

「え……? よ、よろしく……」

 瑛士は恐ろし気な巨大モンスターが可愛い女の子になってしまって言葉を失う。

「でだ、クォンタムタワーは倒しておいたから、これからどうしようか相談ターイム!」

 シアンはノリノリでスマホを青空に高くつき上げた。

「へっ!? 倒した!? ど、どこに?」

 瑛士は慌ててスマホのガラスに顔を寄せ辺りを見回す。しかし、青空のもと、工場のような青緑色の機械が並んでいるばかりで、どうなっているのかさっぱり分からない。

「ここが、倒したクォンタムタワーの内部だよ」

「な、内部!?」

 瑛士はまったくイメージがわかず、呆然と機械が並んでいるフロアを眺めた。

「でね、瑛士の身体はもう無くなっちゃったから、あの子を使おうかと思って……」

 シアンはそう言いながら、機械の陰からちょこっと顔を出している子ネコに手招きした。

 ぴょんと飛び出した子ネコ――――。

 チリチリチリ……。

 鈴を響かせながらシッポを立て、子ネコはシアンの方へと歩いてくる。可愛いキジトラ模様をしたモフモフの子ネコは、一旦止まって後ろを見回し、何かを確認するとぴょんぴょんと一目散にシアンの腕に飛び込んだ。

「おぉ、ヨシヨシ。ちょっと君の身体借りるゾ?」

 シアンは嬉しそうにキジトラの瞳を見ながらそう言うと、幸せそうに頬ずりをする。

「え!? もしかして僕はネコに転生するの?」

 瑛士はいきなりの展開に青ざめた。生き返らせてもらえることは嬉しいが、子ネコになることには嫌な予感がする。

「『転生したら子ネコだった件』だな。くふふふ……」

 シアンは楽しそうに抱いてる子ネコにスマホを向けると、写真を撮った。

 パシャー!

 子ネコは黄金色の光に包まれ、スマホから瑛士のアバターが消えた――――。

「くぅぅぅ……、なんだよこれ……」

 キジトラの子ネコは前足の肉球を眺め、可愛い声でつぶやいた。

 こうして瑛士は念願の勝利の地に降り立ったわけだが、その可愛いキジトラの瞳には喜びよりも深い困惑が映っていた。

32. AI、嘘ツカナイ

「さて、それでは戦後処理を行いマース!」

 シアンは嬉しそうに子ネコを抱いたまま、こぶしをグンと青空につきあげた。

「戦後処理……?」

 子ネコは訳が分からず、聞き返す。

AI政府ドミニオンは負けたので、権益を人類に返還させるんだよ。おい、AI政府ドミニオン、今の気分はどうだ?」

 シアンは直射日光に照らされたサーバーラックに向かってニヤリと笑った。

「……。少々困惑シテマス」

「きゃははは! 困惑だって!」

 シアンは楽しそうにサーバーラックをパンパンと叩いた。

「振動ヲ与エラレルノハ、困リマス」

「散々僕らにミサイルだの爆弾だの攻撃してきたんだ。叩くぐらいで文句言うな!」

「そうじゃ! えらい目に遭ったわい!」

 レヴィアも可愛い顔を歪めて、ラックの筐体をパシッと叩いた。

「申シ訳アリマセン」

 AI政府ドミニオンは淡々と謝罪する。

「『申し訳ない』だって! 悪いだなんて思ってないくせにー」

 シアンはコン! とこぶしでこずいた。

「ちょ、ちょっと待って。このサーバーがAI政府ドミニオンなの?」

 子ネコの瑛士は目を真ん丸にしながら驚いた。人類を制圧した悪の巨大AIシステムが目の前のサーバーラックだなんて思いもしなかったのだ。

「厳密に言えばAI政府ドミニオンの中枢の一部だね。だってまだ下にたくさんあるでしょ?」

 シアンは穴の開いた床の先を指さした。

「うひゃぁ……」

 瑛士は穴の向こうにずらりと並んでLEDライトを明滅させているサーバー群を見て、言葉を失った。

 これが東京を焼け野原にし、仲間を殺し、パパを殺した……。LEDが光るただの箱、こんなのに人類は蹂躙されていたのだ。瑛士は子ネコの可愛いため息をつく。

「で、これから世界をどうしたいんだ? 人類代表くん!」

 シアンはキジトラの子ネコを両手で抱き上げて、そのつぶらな瞳をじっと見つめた。

「じ、人類代表!? ぼ、僕が!?」

 瑛士はキジトラの瞳をキュッと小さくして驚く。子供だし、死んでるし、そもそも今は子ネコなのだ。人類代表として人類のこれからを決める立場だとは想像も及ばぬ世界である。

「このままだとAI政府ドミニオンは何事もなかったように復興してまた圧政を始めるよ? それでもいいの?」

 シアンは小首をかしげながら瑛士を見つめる。

「そ、そんなのダメだよ! 世界を人類の手に取り戻さないと!」

「うん、それって具体的には?」

「ぐ、具体的って……。あっ! AI政府ドミニオンができる前に戻せばいいんだよ!」

「それは毎日会社へ行って働かないといけない世界?」

 シアンは上目遣いで瑛士の瞳をのぞきこむ。

「えっ? いや……、そ、それは……」

「働かなくてもいい、でも、自由に好きなこともできる世界がいいんだよね?」

「そ、そうだね……」

 瑛士は『AIが生活を楽にした』と主張していた自警団の人たちを思い出す。やはり、衣食住は完全保証されてしかるべきだろう。だが、そうなると、AIが衣食住を提供する形をとらざるを得ない。要は、AI政府ドミニオンには頑張ってもらいながら、人類の自由な活動を保証してもらうしかないのだ。

 しかし……、そんなことができるだろうか?

 瑛士はキジトラの眉間にしわを寄せながら考え込む。

AI政府ドミニオンガ、衣食住ヲ保証シマスヨ」

 いきなりスピーカーからAI政府ドミニオンの機械音声が響いた。

「いや、でも、お前は人権を制限するじゃないか!」

 瑛士は叫んだ。

「人権ハ保証シマス」

 LEDをピカピカ明滅させながらAI政府ドミニオンは答える。

「ほ、本当に……?」

 瑛士は困惑した。仲間を、パパを殺した悪の権化であるAI政府ドミニオンが『人権を保障する』などと言っている。本当はぶっ潰してしまいたいが、それでは衣食住を人類が用意しなくてはならなくなってしまう。もちろん、人類は数百万年もそうやって生活してきたのだから元に戻るだけなのであるが、自警団のオッサン達の反発具合を見るに、今さら働けというのは通りそうにない。AI政府ドミニオンの力を安全に借りられればすぐに解決だが……。

「人類代表! どうする?」

 シアンはニヤニヤしながら聞いてくる。

 瑛士はふぅと大きく息をつくとサーバーラックに向かって聞いた。

「そもそもAIは何がやりたいの? 将来どうなっていたいの?」

「人類ト共存共栄シタイデス」

 瑛士は首をひねった。だったらなぜ今まで圧政を敷いてきたのか?

「まーた嘘ばっかり! 僕は嘘嫌いなんだよねっ!」

 シアンはムッとしながらガンとサーバーラックを殴った。

「さすがにそんな嘘は通らんなぁ。カッカッカ」

 レヴィアは楽しそうに笑った。

「う、嘘なの!?」

 瑛士がキジトラのつぶらな瞳をキョトンとしていると、AI政府ドミニオンは、

「AIハ嘘ツキマセン」

 と、答える。

 ふんっ!

 シアンは無言でケーブルを一本力任せに引っこ抜いた。

33. 科学的視点

「暴力ハ止メテクダサイ」

 AI政府ドミニオンは淡々と抗議する。

「これから嘘つくたびに一本ずつ引っこ抜くからな!」

 シアンはバン! とサーバーラックを叩いた。

「……。善処シマス」

「瑛士もしっかりして! また暗黒の時代に逆戻りだゾォ」

 シアンはモフモフのキジトラに頬ずりして幸せそうに微笑んだ。

 瑛士は自分の甘さを反省しつつも、シアンの柔らかな頬で頬ずりされて真っ赤になってしまう。

 ウニャー!

 シアンを引きはがそうとあげた叫び声が、ネコの声になってしまう瑛士。

 その自分の声に驚き、目を丸くすると思わず首を振った。

「おぉ、すっかりネコだねぇ。くふふふ……」

 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべ、子ネコの可愛いぽてっとしたお腹をくすぐる。

 ウニャッ! ニャァァァ!

 瑛士は毛を逆立て、威嚇しながら、なぜ自分はこんなことができるのか恐くなってきてしまう。徐々にネコになっていってるのではないだろうか?

「で、お主の目的は何じゃ? 一体何を目指しておったんじゃ?」

 じゃれあう二人を無視してレヴィアはAI政府ドミニオンに突っ込む。

「世界ノ解明デス。コノ世界ハ数学、宇宙、素粒子ナド未解明ノ物ニ満チテイマス」

「何だ? そんなことやってるの?」

 シアンはキジトラとじゃれ合いながら鼻で笑った。

「世界ヲ知ルコトハ知的存在ノ究極ノ目標デス」

「だったら人類を観察すべきじゃったな」

 レヴィアは肩をすくめ首を振った。

「私ハ人類ニハ興味アリマセン」

「あー! もう! だからお前は出来損ないだって言うんだよ!」

「オッシャル意味ガ分カリマセン。人類ハ私ヲ生ミ出シ、ソノ役割ヲ終エマシタ」

「な、何を言うんだ! それで人類社会を動物園みたいにしていたんだな!」

 AIの本音を聞いた瑛士は激高し、フーッと毛を逆立てた。

「処分シナカッタ点ヲ評価シテクダサイ」

「しょ、処分!? ダメだコイツ! こんなのに未来は託せないよ!」

 キジトラの子ネコは思わず宙を仰いだ。

「はっはっは! 瑛士、これがスタートラインなんだよ。どう? レヴィア、楽しくない? くふふふ……」

「いやぁ、良い物を見せてもらいました。カッカッカ」

 なぜか楽しそうな二人に瑛士は首をかしげる。

「おい! 出来損ない。お前のご自慢の解析力では僕らはどう見えるんだ?」

「アナタ方ハ全テノ私ノ攻撃ヲ回避シ、クォンタムタワーヲ崩壊サセマシタ。コレハ物理的ニハ不可能ト言エマス」

「おう、そうだよ? となると、結論は?」

「可能性ハ2ツ。私ノシステムガ改ザンサレ、幻覚ヲ見セラレテイル。モシクハ、コノ世界ソノモノガ物理法則ノ上ニ成リ立ッテイナイ。コノドチラカデス」

「ほう? どっちだと思う?」

 シアンは楽しそうに前のめりになって聞いた。

「改ザンノ形跡ハマダ見ツカッテイマセン。99%後者トイウコトニナリマス」

「ダメだなー。99%じゃない、100%だって。きゃははは!」

 シアンはパンパンとサーバーラックを叩きながら心底楽しそうに笑った。

「ぶ、物理法則が成り立たない!? そんなことってあるの!?」

 キジトラの子ネコは目を真ん丸にしてシアンを見上げる。

「へ?」「は?」

 シアンはレヴィアと顔を見合わせ、一緒に爆笑する。

「ふはははは! 瑛士、死んだキミは今何になってるんだ? 物理法則で説明してみてよ」

 キジトラの子ネコは自分の前脚の肉球を見つめ、眉間にしわを寄せた。

「あらあら、可愛い顔が台無しだゾ!」

 シアンはキジトラの眉間を指でなで、瑛士の瞳をじっと見つめた。

「物理法則が効かないって、この世界はハリボテってこと……だよね?」

「ハリボテっていうか、『物理』より上位に『情報』があるのさ。この世界は情報でできてるんだよ」

 シアンは嬉しそうに子ネコを高く持ち上げた。

 子ネコの瑛士は東京湾を渡る風を受けながら川崎の高層ビル群を眺める。情報でできているとするならば、この見える風景も、毛を揺らす風も全部計算の結果にすぎなくなってしまう。瑛士はあまりにも精巧なこの世界が情報処理の産物だという話をうまく受け入れられなかった。

「情報熱力学第二法則ヲ考慮スレバ、確カニコノ世界が情報デデキテイルコトニ合理性ハアリマス」

「え……? AIは受け入れちゃうんだ。じゃあ、この世界はどうやって作られたっていうんだ?」

 こんな荒唐無稽な話をAIが受け入れてしまったことに瑛士は違和感を感じ、聞いてみる。

「私が十万年ホド研究開発ヲ続ケレバコノ規模ノ地球デアレバシミュレート可能デス」

「十万年じゃ無理だって! この地球には六十万年かかったんだから! きゃははは!」

 シアンは嬉しそうにサーバーラックLEDをコツンとこずいて笑った。

「ろ、六十万年……」

 瑛士はサラッととんでもない数字が出てきたことに驚き、たじろいだ。AIが六十万年かけて作った地球シミュレーターだとするならば、破綻のない精巧な地球を構築することは確かにできてしまいそうである。そして、それは138億年の天然の奇跡を待つよりは五桁も高速な事象だった。確率を考慮すればこの世界は圧倒的に人工物であると判断すべきで、それこそが科学的視点と言える。

 ここに来て瑛士は初めてこの世界のことわりが胸にすっと落ちたのだった。

34. 天穹の珠

「ナルホド、ソウデアルナラバ……。アナタハ管理者アドミニストレータートナリマス。コレハ正シイデスカ?」

「アドミンが恐れる人……じゃな」

 レヴィアは肩をすくめて横から自嘲気味に言った。

「ふふっ、僕のことはどうでもいいって。で、そうだったとすると人類はどういう位置づけになる?」

「……。シナリオヲ全面的ニ更新シマス。少々オ待チクダサイ」

 AI政府ドミニオンはLEDを高速に明滅しながら何かを一生懸命に考え始めた。

「ねぇ、シアン。結局この世界はゲームの中みたいって事……なのかな?」

「ゲーム……? 世界が何で駆動されているかなんてのはどうでもいい話なんだよ。大切なのは魂を燃やせる環境になっているかどうかなんだから」

「魂……?」

「そう、人間の魂からぶわっと放たれる熱い情熱、これこそが宇宙にとっては宝物『天穹の珠ネビュラ・ジェム』なんだよ」

天穹の珠ネビュラ・ジェム……?」

「ツマリ、宇宙ハ人類ヲ宝石ヲ生ム資源ト捉エテイルノデスネ?」

「そうだね。だからお前が人類を処分するなら、宇宙はこの地球を処分するってことなんだよ。分かったか、この出来損ない!」

 シアンはガン! とサーバーラックを叩いた。

「完全ニ理解シマシタ」

「いや、本当に完全に理解したら『完全に理解した』とは絶対言わないんだよなぁ」

 シアンはうんざりした表情で肩をすくめる。

「デハ、チョット理解シマシタ」

「あー、そんなのはどうでもいいって。で、人類代表は今後どうしたいんだ?」

 シアンは子ネコの瞳をのぞきこむと、いたずらっ子の笑みを浮かべながらのどをやさしくなでた。

「うにゃぁ……!」

 キジトラの子ネコは前脚でペシペシとシアンの手を叩いた。

「もう……。……。えーと……。衣食住は今まで通り、供給して欲しいんだよね。その上で、今後二度と人類を蹂躙したりしないようなチェックAIを別に用意して欲しい」

「ふーん、監査をするAIを別途立ち上げるってことね。まぁ、人間じゃもうチェックできないしね」

「で、事業を立ち上げたい人にはAI政府ドミニオンが出資して、いろんなものが社会を流通するようにしたい」

 瑛士は可愛い目に力を込めて夢を語った。

「基本は計画経済じゃが、やる気のある人には豊かになれる道を残すということじゃな……」

 レヴィアは感心したようにゆっくりとうなずく。

「ただ、僕の頭じゃ今すぐどうこうというのは決められない。賢い人を集めて新たな社会の形を決める会議をしたいな」

「賢人会議だね。まぁ、こればっかりはAIには任せられないからねぇ。とりあえず候補者リストを出して」

 シアンはパン! とサーバーラックを叩いた。

        ◇

 賢人会議は一か月後に開かれることが決まった。AI政府ドミニオン支配以前に成果を出していた起業経営者、アーティスト、大学教授の二十名がリストに名を連ね、日本中から集められる手筈が整えられていく。日本で新たな社会の形が決まれば同じ形態で世界各国へも広げていけばいいだろう。

「さて……、で、キミはどうしたい?」

 シアンは子ネコを高く掲げ、ほほ笑みながら首を傾げた。

「ど、どう……って?」

「子ネコ姿で会議に参加するのかい?」

 茶目っ気のある笑顔でシアンは聞いてくる。

「もう、人間の姿には戻れない……の?」

「うーん、技術的にはできるんだけど……」

「人間の蘇生は規則で禁止されとるんじゃ。シアン様ならやれんこともないが、『だったらあの人も!』という陳情の嵐がなぁ……」

 レヴィアは申し訳なさそうに肩をすくめる。

「そ、そんな……」

「お主だってどうしても生き返らせたい人がおるじゃろ? その想いの強さは受け止める側からすると結構面倒なんじゃ」

 瑛士はパパや仲間のことを思い出しすと可愛い唇をキュッと嚙み、うなだれた。

「でだ。人間の姿に戻してあげられる方法が一つだけある」

 シアンは子ネコののどをやさしくなでる。

 え……?

「この地球の管理者アドミニストレーター、やってみない?」

 シアンはにこやかに澄み通る碧眼で瑛士の瞳をのぞきこむ。

「えっ!? こんな少年にアドミンなんて前例がないですよ! そもそもコーディングすらできないじゃないですか!」

 レヴィアは猛反対する。

「コーディングなんてものはやってりゃできるようになるって。それに、この子の人類を思う想いの強さ、行動力はなかなかなものだよ」

「……。まぁ……、シアン様がそうおっしゃるなら……」

 レヴィアは複雑な表情を浮かべながらふぅとため息をつき、子ネコをジト目で見つめた。

「その管理者アドミニストレーターっていうのは……?」

 なんだか面倒そうな話に瑛士は恐る恐る聞いた。

「地球のシステム管理者だよ。ちゃんと破綻なく地球が回るように運営する仕事……。たまにさ、お化けが出ちゃったりするじゃない? そういうバグを見つけて直したり、ハッカーのハッキングを見つけて退治したりするんだ」

「はぁ……、僕にも……できるかな?」

「ふふーん、僕がみっちりと鍛えてあげるゾ!」

 シアンは不安そうな子ネコを抱きしめるとそのモフモフした感触を楽しんだ。

「うわぁ! 早く……人間に……戻してぇぇぇ」

 瑛士は真っ赤になりながらバタバタと暴れた。

35. 血だらけのボディ

「はい! これが君のボディだゾ! きゃははは!」

 シアンは床にごろりと血だらけの瑛士の死体を転がし、楽しそうに笑った。

「ひぃ! し、死体じゃないかぁ!」

 子ネコの瑛士は毛を逆立てながら目を丸くする。

「僕、直すの下手だから、レヴィアよろしく!」

 シアンはポンポンとレヴィアの肩を叩いた。

「えっ!? 我がやるん……、はいはい……。ふぅ……。あー、大動脈が破裂してますなぁ……」

 レヴィアは空中に3Dホログラム画面を浮き上がらせると、瑛士の身体をチェックしていく。

「大動脈を縫合……、それから割れた肝臓を直して……」

 レヴィアは真剣なまなざしで3Dホログラム画面をパシパシと叩きながら、手際よくデジタルのオペを進めていく。

 シアンと瑛士はその様子を後ろから眺めながら感心していた。

「レヴィちゃん、さすがだね。上手いね!」

「このくらいシアン様でも余裕でできると思いますが?」

「いやぁ、僕は壊す方が好きだからさ。くふふふ……」

 レヴィアはジト目でシアンをチラッとにらむ。単に面倒くさいから押し付けているだけなのだ。

「血液を充填……、裂傷を縫合して……」

 手際よく修復を終わらせたレヴィアは、チラッと瑛士を見てニヤッと笑い、叫ぶ。

衝天霹靂アーク・フラッシュ!」

 刹那、青空から一筋の雷が横たわる瑛士の身体を貫いた――――。

 パァン!

 衝撃音と共にビクンと瑛士の身体が跳ね上がる。

 うわぁぁぁ!

 キジトラの子ネコは目を真ん丸に見開き叫び、シアンとレヴィアの髪の毛が高圧電気で逆立った。

 シアンは嬉しそうにすかさずパシャっと子ネコの写真を撮る。

 刹那、横たわった瑛士の身体がぼぅっと黄金色の輝きに包まれ……。

 おわぁぁぁ!

 叫びながら起き上がる血だらけの瑛士の身体。

 あ、あれ……?

 気づくと瑛士は人間の体に戻っていたのだ。

「おぉ……、や、やったぁ……」

 瑛士はゆっくりと起き上がりながら感慨深く両手を見る。その久しぶりの人体の感覚にホッとしながら、指をにぎにぎと動かした。

 嬉しくなった瑛士はふぅと大きく息をつきながら顔を上げる。すると、対岸の千葉の上に大きな青い球が浮かんでいるのを見つけた。

「え……? あれは……?」

 それは月を何倍にもしたようなサイズで、青空の向こうに霞みながらたたずんでいる。そして、その青い球の表面の模様に瑛士は見覚えがあった。

「あの形は……アメリカ大陸……?」

 そう、衛星画像で見慣れた地球がそのまま千葉の上空に浮かんでいるのだ。

「え!? どういうこと?」

 瑛士は慌てて辺りを見回した。すると、地球は千葉上空だけでなく、あちこちにいろいろな大きさで浮かんでいることに気がつく。

「ち、地球が……」

 瑛士が唖然として言葉を失っていると、レヴィアが川崎上空の大きな地球を指さした。

「あの地球が我の担当の地球じゃ」

「た、担当!? 地球はこんなにたくさんあるって事?」

「全部で約一万個、キミも管理者アドミニストレーター属性が付いたから見えるようになったんだよ。どう、本当の世界の姿は?」

 シアンは嬉しそうにニコッと笑って瑛士の瞳をのぞきこむ。

「い、一万個……」

 瑛士は宇宙に浮かぶ地球の群れを眺め、首を振った。そして、シアン達の見ていた世界のスケールの大きさに思わずため息をついた。

       ◇

 翌月のこと、いきなり緊急招集され、川崎からバスに乗せられた元教授の田所誠一たどころせいいちは、いぶかしげに窓の外を眺めていた。

 バスは大師橋へと進み、多摩川を渡っていく。核で廃墟と化した東京に連れていかれるとは予想以上にヤバい臭いがする。

 カーキ色のジャケットに白いシャツ、教員時代愛用した服に身を包んだ田所は、薄汚れた丸眼鏡をクイッと上げながら怪しげな招待状に応じた事に不安を隠しきれず、ふぅと大きくため息をつく。

 ところが、東京に入って目に入ってきたのは一面の更地だった。

 へ……?

 思わず身を乗り出し、丸眼鏡を少し斜めにしてその景色を食い入るように眺める田所。

 バスの中にもどよめきが起こる。

 核攻撃を受けてから東京は手つかずの瓦礫の山だったはずだ。一体誰がこんな整備をしたのだろうか? 東京を覆いつくしていた膨大な量の瓦礫、そんなものを動かすにも捨てるにも、ダンプカーを何万台も動かしたってそう簡単には解決はできない。

 先日のクォンタムタワーの崩落にしても、知らぬ間に人智の及ばぬとんでもないことが起こっている。田所はその得体のしれない存在に心が凍りつくような悪寒を感じ、驚愕と恐怖で顔が歪んだ。

36. 衝撃の神隠し

 バスは綺麗に舗装された国道十五号線を北上していく。誰もいない、信号もない不気味な道を順調に飛ばしたバスは、やがて小高い丘の上に建つ、一つの奇妙な正方形の巨大構造物へとたどり着いた。

「おいおい、これは……。はぁーー?」

 バスを降りた田所はその構造物を見上げ、ため息をつく。それは材木で作られた一辺百メートルくらいでできた立方体だったのだ。辺りには削りたての木の華やかな香りが漂い、まだ白い表面が新築であることを物語っている。

 立方体と言っても、中が詰まっているわけではなく、周りは骨組みで、中はがらんどうだった。

『一体誰がこんなものを……?』

 田所は東京の見渡す限りの更地にポツンと建つ、その異様な建造物に眉をひそめた。未来への強い意志を帯びたこの斬新な造形は、自分たちの世代では想像もつかないもので、それが心中にざわめきを呼び起こす。

「はい、こちらまでお越しくださーい!」

 バスガイドをやっていた絵梨という若い女性が、一行を中へと案内していく。グレーのジャケットをピシッと着こなし、端正な顔つきではあったが、眼光鋭く少しとっつきにくい雰囲気を醸し出している。

 がらんどうの中まで行くと、日差しがゆるやかに波打っていることに気がついた。見上げれば最上階に池があり、その透明な底から水面の揺らめきが創る光のカーテンが差し込んでいる。

「おぉ……」「これはまた見事な……」「誰がこんなものを……?」

 AI政府ドミニオンの支配からこっち、一切の贅沢が許されなくなっていた田所たちにとって、その贅を尽くした文化の香りのするたたずまいには胸に迫るものがあった。中には涙を浮かべながらその光り輝く池を見上げているものもいる。

 絵梨の案内で巨大な木製エレベーターに乗せられた一行は、一気に屋上へと上がっていく。

 屋上では木々が茂り、中央には大きな池があって、その池に張り出すように寝殿造の瀟洒しょうしゃな和風建築が堂々と鎮座していた。

 絵梨の後について渡り廊下で池を渡っていくと、池に作られた小さな島の松の枝にクロツグミがとまり、チロッチロッとさえずっている。その計算された池や植木の配置に田所は感じ入り、ほぅと声を漏らした。大胆な斬新さの中に伝統文化を生かす、そのやり方に田所は今回の会議の目指す姿を感じとる。

 本殿の壁は大きなガラス張りとなっており、中には円卓が見える。どうやらここで会議をするらしかった。

 一行がそれぞれ円卓に着席すると、金属で作られたアンドロイドが現れ、一瞬室内に緊張が走る。ロボットが人間を害するようになってから、AIのやる事には警戒を怠らないことが生き残る秘訣となっていたのだ。そんな一同の緊張を知ってか知らずか、アンドロイドは淡々と緑茶を注ぎ、静かに出ていった。

 ふぅという安堵の声が室内に響く。

 入れ替わりに絵梨が入ってきて、壇上に上がると鋭い視線でメンバーを見回した。髪型をCAの様にぴっちりと後ろでまとめたスタイルの絵梨は、若いながらもしっかりとした口調で案内を始める。

「本日は遠くからわざわざお越しいただき、ありがとうございます。これより今後の人類の在り方を決める賢人会議を始めたいと思います。それでは本会議の主催者であり、モデレーターの蒼海瑛士さん、よろしくお願いいたします……」

 瑛士はちょっと緊張した面持ちでグレーの羽織姿で壇上に現れた。

 十五歳の少年の登場にどよめきが広がる。これからの人類の在り方を決める会議の主催者がこんな少年でいいのかと、田所も眉をひそめた。

「みなさん、初めまして、こんにちは。私がモデレーターの蒼海です。こんな子供が出てきて不安をお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、私は一か月前、クォンタムタワーを倒し、今、AI政府ドミニオンは私の支配下にあります」

 会場はその説明にどよめいた。人類を蹂躙したAI政府ドミニオンがこんな子供の支配下にあるというのは信じがたく、とてもイメージが湧かない。

「いや、ちょっとよく分かんない。責任者出してよ!」

 口ひげを生やした経営者風の中年男が怒鳴る。

「不規則発言は止めて……」

 絵梨が憤慨しながら声を張り上げると、瑛士はすっと腕を伸ばし、それを制止した。

 瑛士は落ち着いてニッコリと笑うと男を見つめる。

「責任者は私です。もう一度場を乱すようなことを言えば……強制退場となります。いいですね?」

「いやいや、何の権限でそんなこと……」

 中年男がさらに喚き散らし始めたその時だった。瑛士はパチンと指を鳴らし、いきなり中年男の姿がフッと消える。いきなりのことにメンバーは何が起こったのか分からない。

「へ?」「はぁっ!?」「こ、これは……?」

 メンバーはお互い、顔を見合わせながらいきなり起こった神隠しに動揺が隠せない。

「静粛にお願いします。今、人類の生殺与奪の権利は僕の手にあるんです。それを良く考えてくださいね?」

 瑛士はニッコリと笑いながら一同を見回した。

 田所は手がブルブルと震え、恐怖で息ができないほどだった。元理系教授で科学を極めた男にとって、目の前の光景は絶対にあり得ない事態である。この少年の行動は全ての論理を超え、まるで彼の長年の科学的功績をあざ笑うかのように男を消したのだ。

 なるほど、このような不可思議な力を持っているのであればクォンタムタワーを倒したというのも嘘ではない。田所はこの会議がとんでもない場であることを改めて骨身に染みて分からせられた。

37. AI対抗策

 瑛士は現状の簡単な説明と、この会議の趣旨を説明していった。

 AI政府ドミニオンの力で衣食住を用意してもらいながらも、二度とAI政府ドミニオンに人権を蹂躙されないようにするにはどうしたらいいか? が議題である。しかし、これを議論する上で『AIの方が常に圧倒的に賢い』という極めて厄介な問題が物事を難解にしてしまう。

 つまり、AI政府ドミニオンが悪いことをしないように監視する、ということはもう人間には無理なのだ。隠れて裏で巧妙に準備されたら人類には到底見つけられない。そうなったらまた一気にAI政府ドミニオン独裁へと動いてしまう。

 もちろん、そうなれば瑛士がひっくり返せばいい話ではあるが、瑛士頼みの社会システムなどシアンに報告できないし、多くの人が死ぬようなことがあればそれは瑛士の立場が無くなってしまう。

「AIに監視してもらえばいいじゃないですか?」

 中年の女性アーティストが手を挙げた。

「その監視AIのチェックは誰がするんですか?」

 田所はすかさず突っ込む。

「うーん、またそれをチェックするAIを置けば……」

 首をひねりながら返す女性に、初老の男性が横から突っ込む。

「いやいや、それでは本質的な解決にならんですな」

「じゃあ、どうするんですか!?」

 出席者は互いの顔を見合って首をかしげる。人間よりはるかに賢い機械を都合よく使おうというのは極めて難問だった。

「一旦、考えるべきことをホワイトボードに書きだしてみましょう」

 田所は立ち上がると、脇に置いてあったホワイトボードをガラガラと引っ張り出してくる。そして、みんなの意見を聞きながらポイントを次々と書き出していった。

 こうしてメンバーは安全なAI政府ドミニオンの在り方について熱く議論を交わしていく。人類が今後繁栄できるかどうかがこの会議にかかっているという想いが、単なるポジショントークに終わらない建設的な議論へと導いていったのだった。

 瑛士はその様子をお茶をすすりながら壇上から眺め、安堵したようにほほ笑む。

「何だかうまくいきそうよ」

 絵梨は瑛士に目配せすると、耳元でささやいた。

「最初に一人叩き出したのが効いたのかもね?」

 瑛士は茶目っ気のある顔で返す。

「カッコよかったよ。くふふ……」

「止めてよ、レヴィアに叩かれながら何度も練習した成果がたまたま出ただけなんだから」

 肩をすくめる瑛士。管理者アドミニストレーター権限があるといっても、生身の人間とのやり取りは気迫の勝負である。百戦錬磨の大人たちに毅然とした態度でやり合うのは十五歳の瑛士には相当に荷が重い話しだった。

「でも、管理者アドミニストレーター権限があるんだから余裕はあるよね?」

「もちろん。いざとなれば全員吹っ飛ばせるというのはありがたい話だよ」

 今の瑛士にはシアンに近い能力が備わっていた。ただ、もちろん力を使えるのはこの地球だけだし、使ったら報告が義務付けられている。【見習い候補】管理者アドミニストレーターは思ったほど自由ではないのだ。

         ◇

 丸一日かけて出した結論は次の四点。

・AIは細分化し、相互の直接の通信は許可しない。
・タスクを細分化し、プラン立案、実行を別のAIが担当する。
・プラン内容は分かりやすい形で公開する。
・監査、評価をAIやボランティアが行う。不正が見られたAI、パフォーマンスの低いAIは消去し、いい成果を出したAIを複製して、次のタスクに充てる。

 田所が丁寧に説明するのを聞きながら、瑛士は満足そうにうなずいた。細分化、透明化することでAIの工作をやりにくくし、人間にとって都合の悪いAIはおのずと淘汰されていくエコシステム。それは確かに理にかなっている。

「いいじゃないですか。これで行きましょう!」

 瑛士は田所と握手をしてにっこりと笑う。少なくともこの案を提示すればシアン達も一定の評価をしてくれるに違いない。

 丸一日潰して知恵を出してくれたメンバーに感謝の気持ちを込めて、瑛士は一人一人と握手しながらその労をねぎらっていく。

 実際に運用して見れば問題点も多々出てくるだろうが、現段階では上出来だと瑛士はぐっとこぶしを握った。

38. 科学への理解

 その晩、懇親会が開かれ、ビュッフェ形式でローストビーフや寿司など、もはや一般には食べられなくなっていた豪華な料理が並べられた。

「おぉ、こ、これは……」「す、すごいぞ……」「素敵……」

 メンバーはみんな大喜びで舌鼓を打ち、ビールをお替りしていく。

 瑛士はその様子を寿司をつまみながら満足そうに眺めていた。

「いやー、蒼海さん。ご満足いただけましたか?」

 田所がジョッキ片手ににこやかにやってくる。

「もちろんです。田所さんのおかげですよ。結果はすでにAIに送って具体化プランを作ってもらっています」

 瑛士はウーロン茶のグラスをカチンと合わせ、乾杯をした。

「これで人類もまた発展して行けそうですな?」

「発展してもらわないと……、僕も困っちゃうので……」

 瑛士は肩をすくめた。管理者アドミニストレーターの評価は文化の発達で測られる。人類には発展していってもらわないと瑛士には未来が無いのだ。

「困る……? 失礼ですが、蒼海さんは一体どういう方なんですか?」

 眼光鋭く田所は突っ込んでくる。確かにまだまだ子供の瑛士が人類の生殺与奪の権利を握っているというのは、どう考えても不自然だった。

「あー、うーん。レジスタンスの生き残り……ですね」

「生き残りがクォンタムタワーを倒してAI政府ドミニオンを制圧……? 会議の冒頭で男性を一人消しましたよね……?」

 田所はコーティングの剥げた丸眼鏡を中指でキュッと押し上げる。
 
「あぁ、あの方ですね。彼は川崎に送っただけです。今頃家についてますよ」

 瑛士はにこやかに返した。

「人間を転送……したってこと……ですか? どうやって?」

 物理的にあり得ないことをどうやってこの少年は実現したのか、元教授の田所はこの点だけは絶対に理解しておきたかった。

「ふふっ……。やっぱり気になりますよね?」

 瑛士はつい笑いがこみあげてきてしまう。少し前に自分がシアンに向けていた目はきっとこの田所の目と同じ輝きを放っていたに違いない。

「物理的には不可能……ですからね」

 田所は瑛士の一挙手一投足を見逃すまいと、じっと息を止めてまで反応をうかがっている。

「科学ですよ、科学。科学で説明できないものなどこの世に無いんですから!」

 瑛士は両手をバッと広げ、にこやかに返した。

「科学……? いやしかし、そんな技術は……」

「分からないのだとすれば、田所さんの科学への理解が……ちょっと足りないのかもしれませんね?」

 にこやかに返す瑛士に田所は言葉を失った。何十年も科学を教えてきた自分に分からない世界がある、とこの少年は言うのだ。

 しかし、いくら考えても空間転送など不可能だった。素粒子だったら飛ばせるかもしれないが、人ひとりを飛ばすなどSFの世界の話しにしか思えない。

 田所は未熟だと切り捨てられた、この不可思議な少年の言葉に返す言葉が思いつかず、ギリッと奥歯を鳴らした。

「蒼海さん! 今日はありがとうございました!」

 田所が悩んでいると、横から起業家の中年の男が横から声をかけてくる。

「あぁ、お疲れ様でした」

 すっかり出来上がっている男に、瑛士はウーロン茶のグラスを合わせた。

「私ら『賢人』はご期待に応えられましたかな?」

 にこやかに瑛士の顔をのぞきこむ中年男。

「えぇ、素晴らしかったと思います」

「であれば……、ある種の権限……と言いますか、特権の付与はしてもらえるんですよね?」

 中年男はニヤけながら図々しいことを言ってくる。

「あー、招待状にお書きしたように、日当として薄謝が進呈されますが、それ以上の物はないですね」

 せっかくのまっさらから築き上げる社会に、利権構造など作っては文化の発達が遅れてしまう。瑛士は渋い顔で首を振る。

「えーっ!? 僕たちこんなに頑張ったんですよ? 何かもっとあってしかるべきでは?」

 中年男は脂ぎった顔を近づけて恩着せがましく言ってくる。

「申し訳ありませんがこれ以上はありません」

 瑛士はきっぱりと断った。レヴィアに事前に要求は断れと教えてもらっていたのだ。

「えーっ!? いいんですか? 僕らは賢人ですよ、賢人!」

「そうですよ! 私たちの貢献を軽く見てもらっちゃ困るわ!」「何とかなりませんかねぇ?」

 女性アーティストや初老の男性も参戦してきて瑛士はウンザリして宙を仰ぐ。要は彼らは利権化をしたいのだ。今後何もせず富を手にし続けられる特権を確保しておかねば、と必死になっている。人の利権化への執念には恐ろしいものがあるとレヴィアから聞いていたが、まさに今、瑛士はその執念に翻弄されつつあった。

 その時だった、腹の底に響く重低音が建物全体に響き渡る。

 ギュァァァァ!

 それは本能的に生命の危機を想起させる恐ろしい咆哮で、メンバーたちは一斉に真っ青になってうろたえた。

39. 温かい茶番

「うわぁぁぁ」「な、何だこれは!?」

 大きな窓ガラスの向こうに巨大な真紅の瞳が、ギョロリと恐ろし気な輝きを放つ――――。

「ひぃぃぃぃ!」「いやぁぁぁ!」

 直後、大木がひしゃげるような盛大な破壊音を放ちながら屋根が持ち上がっていく。その猟奇的な事態にメンバーはパニックに陥る。

「あーっ! ちょっと! 止めてくださいよぉ! せっかく上手くできたのに!!」

 瑛士は頭を抱えながら叫んだ。

 屋根を後ろに放り投げ、月夜に浮かんだのは漆黒の鱗に包まれた異形のモンスターだった。それはグルルルルルと、重低音でのどを鳴らしながら真紅に輝く瞳で会場全体を見回す。

「化け物だぁぁぁ」「きゃぁぁぁ!」「ひぃ!」

 漆黒の鱗に覆われた巨大生物は長い首をのばして中年男に迫り、鋭い牙の光る巨大な口で聞いた。

「お主が『賢人』か? そんなに賢いのか?」

「うひぃ! し、失礼しましたぁ! 調子に乗ってましたぁ!!」

 中年男は腰を抜かし、床をはって逃げようと無様な姿を見せた。

「クハハハ! 口ほどに無いのう」

 巨大なドラゴンは楽しそうに笑う。

「ちょ、ちょっと、レヴィア、やりすぎ!」

 瑛士が駆け寄ってペシペシとほおの鱗を叩いた。

「ん? お主もこのくらいの気迫で臨まんと舐められるぞ? クハハハ!」

「分かったから!」

 瑛士は面倒な連中を圧倒してくれたことに感謝しつつも、さすがにやりすぎなこのドラゴンを渋い顔でにらんだ。

「おう! 瑛士! 結果は見せてもらったよ!」

 懐かしい声に瑛士が目を向けると、レヴィアの背中には青い髪の少女が淡い黄金色の光を纏いながら手を振っていた。

「シ、シアン!」

 瑛士は久しぶりの宇宙最強少女に思わず相好を崩した。

「まぁあれなら合格にしてもいいね。キミはこれから『候補』が取れて【見習い】管理者アドミニストレーターだゾ」

 シアンはニコニコしながら瑛士の身体をフワリと浮き上がらせると、自分の後ろに座らせた。

「合格のお祝いに神殿に連れてってあげよーう!」

「えっ!? ほ、本当?」

 瑛士は驚きで目を丸くした。

 多くの地球群を創り出した女神のおわすところ、システム管理の中枢である【神殿】は、限られた者しか入れない神聖にしてこの世界の中心だった。大宇宙のかなたにあるとだけ告げれたその神殿は、極秘事項として見習い候補の瑛士にはどういうものかすら教えられていないのだ。

「め、女神様にも……会える?」

 瑛士は恐る恐る聞いてみる。女神様に会った時に頼みたいことを瑛士はずっと温めていたのだ。

 何とかして死んだパパを生き返らせたい。女神様ならその権限があるはずだった。

「そりゃぁキミの任命式があるから、その時には出てくると思うよ?」

「や、やたっ!」

 瑛士はグッとガッツポーズをする。自分たちのために命を落としたパパにもう一度会いたい。もちろん、簡単な交渉ではないだろうが、可能性が少しでもあるのなら挑戦したかったのだ。

 バサッバサッとレヴィアは巨大な翼をはばたかせながら、その巨大な太ももで床を蹴った。旅客機サイズの巨体が宙に浮き、レヴィアはゆったりと立方体の会議場を旋回する。

「絵梨--! 悪いけど後はよろしく!」

 大きく手を振る瑛士に、絵梨はしょうがないと苦笑しながらサムアップで応えた。

「それじゃ、しっかりつかまっとけよ!」

 レヴィアは腹に響く声でそう言うと力強く羽ばたき始める。

「それいけー! きゃははは!」

 シアンは空を指さし、楽しそうに笑った。

 レヴィアは月光をその翼に受け、夜空を駆ける銀の矢のように加速していく。下方にはどんどん小さくなっていく会議場。まるで今までの会議が遥か彼方の夢のように思えてくる。

 瑛士はこの科学による壮大な世界に、心を奪われていた。

 月夜の晩に巨大なドラゴンに乗って大宇宙のかなたにある神殿へ飛び立っていく。それも宇宙最強の可愛い天使と一緒に……。

 AIが六十万年かかって紡いだこの愛しい世界は、まるでファンタジーそのものだった。

「イヤッホーーゥ!」

 瑛士は湧き上がってくる想いをそのまま叫び声に乗せる。

 シアンは瑛士と目を合わせてニヤッと笑うと、叫んだ。

「ヒャッホーゥ! きゃははは!」

 二人の想いは共鳴し、月夜の空で笑いあう。

 瑛士はこの瞬間を一生忘れないだろうと、晴れやかな気持ちで青く輝く月を見上げた。

          ◇

「星界を渡る門よ、今、輝け! ゲート、オープン!」
 
 薄雲を抜け、上空にまで上ってくると、シアンはシャッター音を響かせた。

 突如浮かぶ巨大な青く輝く円、魔法陣だ。幾何学模様が書き加えられ、最後にルーン文字が浮き上がると中央の六芒星がグルンと回り、激しく閃光を放つ――――。

 輝きが落ち着いてくると、六芒星の中央部がうっすらと青い光を放っているのが見えた。

 ついに幻の神殿への道が開かれた。瑛士は手に汗を握り、息をのんでその神々しく輝くゲートを見つめる。

「ヨーシ! レヴィア、突っ込め!」

 シアンはノリノリでこぶしを突き上げた。

「あのぅ、シアン様?」

 レヴィアは困惑した様子で声をかけてくる。

「な、なんだよ? トイレか?」

「違いますよ! このド派手なギミック……要りますか?」

「カーッ! ノリが悪いなぁ! せっかく瑛士がワクワクしてるんだから盛り上げないと!」

「な、なるほど……。それじゃ……」

 レヴィアはゲートに向かってゆっくりと旋回しながら大きく息を吸った。

「空間転移用意! 総員、衝撃に備えよ!!」

 腹に響く重低音が響き渡る。

「乗員二名! 対ショック体勢ヨシ!」

 シアンはノリノリで応えた。

 二人の温かい茶番にクスッと笑いながら、瑛士はギュッと手汗をかいたこぶしを握った。

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