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スマホ少女は空を舞う~AI独裁を打ち砕くお気楽少女の叛逆記~ 20~29

20. 怒りのシャッター

「証明? 何? 川崎の街を吹っ飛ばして見せたら納得するわけ?」

 シアンは邪悪さのにじむ笑みを浮かべながらスマホを見せつけ、ぶわっと黄金色の輝きを纏わせた。

「ス、スマホがどうしたって言うのよ!」

 副長はその明らかに様子のおかしいスマホに気おされながらも、気丈に言い張った。

「これで写真撮っちゃおうかなって。くふふふ……」

「写真……?」

 絶好調になったシアンは、キラキラとした瞳で人差し指をシャッターボタンに狙いを定める。

「火の海になった川崎の写真をね!」

「ちょっと待ったー!」

 瑛士は慌ててシアンの腕をつかんだ。

「何よ? あの子が見せろって言ったのよ?」

 シアンはつまらなそうにアゴで副長を指す。

「本当に見せなくていいから! 冷静になってよ!」

「そうそう、二人とも落ち着いて。こんなところで騒ぎを起こしたらすぐにAI政府ドミニオンに見つかってしまうよ」

 リーダーも慌てて副長を諫める。

 副長はピクピクとほほを引きつらせながらシアンをにらみ、シアンも汚らわしいものを見るように副長をにらんだ。

「どうやって倒すかなんて僕らは知らなくていい。僕らは何も見なかったし知らなかった。彼らが上手くやってくれたらそれでいいし、失敗しても関知しない。そう決めたろ?」

 リーダーは副長に向かって説得する。

「そうね! せいぜい成功を祈ってるわ」

 副長は吐き捨てるようにそう言うと橋の裏の鉄骨に手をかけ、ヒョイっと跳び乗るとまるで猿のように器用に川崎側へと渡っていった。

 リーダーはふぅとため息をつくと申し訳なさそうに頭を下げる。

「彼女としてはAI政府ドミニオンに対して思うところはあるんだけど、レジスタンスに対する不信があるようでね。申し訳ない」

「いやまぁ、確かにクォンタムタワーを倒すなんて、僕自身夢みたいと感じる部分はあるので仕方ないと思います。でも、彼女ならやってくれると思います」

 瑛士はチラッとシアンを見る。

「僕壊すのだぁい好き。ぐふふふ」

 シアンは邪悪な笑みを浮かべ、楽しそうに笑う。

「そ、そうなんだ……」

 リーダーは不安そうに眉をひそめた。

         ◇

 一行は橋の下をアスレチックジムのようにぶら下がったり、ジャンプしたりしながら多摩川を渡っていった。

 渡り終えた一行は辺りを確認しながら武骨な大型のSUVに乗り込む。AIが造り、提供してくるこの電気自動車は、デザインを無視した機能性重視の作りとなっており、シートも簡素なプラスチック製で乗り心地も悪い。ただ、一切故障しないのでみんな文句は言いつつも重宝していた。

 瑛士とシアンはAIに見つからないように後部座席でブルーシートをかぶって床に座る。

 リーダーがアクセルを踏むと、キュィィィィンという高周波を発しながらSUVは土手道を力強く登って行った。

「ちょっと窮屈で申し訳ないが、AI政府ドミニオンに見つかってしまったら僕らは極刑だ。その辺、理解して欲しい」

 リーダーはハンドルを回しながら辺りをチェックしつつ弁解する。

「大丈夫です。迷惑はかけたくないですし」

 瑛士はアクアラインまで乗せていってもらえるのだから我慢は仕方ない、と思っていたが……。

「あー、なんか息が詰まりそう。僕そんな長く我慢できないゾ?」

 シアンがブルーシートを中からパンパン叩き、まるで子供のように駄々をこねる。

「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ? あたしら命懸けであんた達運んであげてんのよ? 我慢しなさい!」

 助手席の副長は後ろをにらみながら、青筋たてて怒鳴った。

 シアンはピクッとほほを引きつらせると無言でスマホを出し、ブルーシートの中で電源を入れる。

「シアン、ダメだってば! 大人しくして無いと!」

 あわてて瑛士がスマホをつかみ、制止しようとするが、シアンはものすごい力で引っ張って瑛士を引き倒す。

 あわわわ!

 瑛士はシアンの上に覆いかぶさるように倒れた。柔らかく弾力のあるシアンの身体に思わず赤面する瑛士。

「エッチー! 襲われるぅ! きゃははは!」

 シアンは目を白黒させる瑛士を見ながら楽しそうに笑った。

「静かにしろって言ってんでしょ!!」

 副長は容赦なく怒鳴りつける。

 あぁ?

 シアンは露骨につまらなそうな表情をすると、スマホを瑛士からひったくった。

 あっ……。

 瑛士はマズいと思いながらもその迫力に気おされてしまう。

 碧い瞳をギラリと光らせたシアンは、すっとブルーシートの隙間からスマホを出し、シャッターを切った。

21. 優しい科学

 パシャー!

 車内にシャッター音が響き渡る――――。

 副長は急に力が抜けたように、席にドサリと深くもたれかかると目から光が消えた。

「えっ!? 何? 何なのよこれ!!」

 蚊の鳴くような声がスマホから聞こえてきて、画面の中にはブラウンのショートカット姿の可愛い女の子のアバターが慌てている。

 あちゃー……。

 瑛士は額を押さえた。だが、このままアクアラインまで無事に行くには、副長には申し訳ないけどスマホに入ってもらっていた方がいいかもしれない。車内でシアンと大喧嘩になってしまってはどうなるか分からないのだ。瑛士は深くため息をついた。

「居心地はどう? くふふふ……」

 シアンはまるでネズミをいたぶる猫のように、楽しそうに目をキラキラさせながら女の子のアバターをつつく。

「く、くすぐったいって! ちょ、ちょっと止めなさいよ! 早く出して! きゃははは!」

 アバターはシアンの指を必死に避けていたが、つつかれると相当にくすぐったいようでつつかれる度に凄い声で笑っている。

「もう怒鳴らないって約束してくれたら出してもいいよ。それそれっ。きゃははは!」

 シアンは楽しそうに指先でアバターを画面の隅に追い込み、もてあそびながら笑い声をあげた。

「何よ! 怒らせるあんた達が悪いんでしょ! きゃははは!」

 アバターは必死に画面を縦横無尽に逃げ回る。だが、シアンの指はかわし続けられない。

「だからレジスタンスは嫌なのよ!! きゃははは!」

 アバターは怒ったり笑ったり忙しかった。

「シアン、ちょっといいかな?」

 瑛士はそのレジスタンスへの憎悪がどこから来ているのか気になり、シアンの指を制止して聞いてみる。

「あのぉ、僕らは市民のみんなのために戦っているのに、何でそんなにレジスタンスを嫌うんですか?」

 命がけでずっと戦ってきたのに嫌われてしまうのであれば、何のためにやってきたか分からないのだ。

「ふんっ! あんたらのおかげで大切な人が死んだのよ! この人殺し!!」

 アバターは凄い形相で怒りながら涙をポロリとこぼし、瑛士を指さした。

 瑛士は一体どういうことか理解できず、シアンと顔を見合わせた。

 その後、切々と語られた話を総合すると、副長はAIの核攻撃で両親を失い、施設で育ったのだが、施設内でできた恋人がレジスタンスにスカウトされ、死んでしまったらしい。

「あんた達のせいよ! 健太を返してよ! うわぁぁぁん!」

 アバターはスマホの中で泣き崩れた。

 瑛士は言葉を失い、ただ、肩を揺らすアバターを見ていた。殺したのはAIであって、レジスタンスのせいじゃない。しかし、そんな正論を彼女にぶつけてもどうにもならない気がしていたのだ。

「でも、それは健太くんの意志を侮辱するってことじゃないの?」

 シアンはつまらなそうな顔をして言い放った。

「ぶ、侮辱……?」

「だって、健太くんは死ぬ可能性が高いことを分かっていて、それでもレジスタンスに行ったんでしょ? その決意を尊重しないでどうするの?」

 そ、それは……。

 アバターはキュッと口を結ぶとうつむいて動かなくなる。

 瑛士はシアンの視点にハッとさせられ、ただ思考停止していた自分を恥じた。

「いや……、でも……。本当にそんな覚悟があったかだなんて……」

 アバターは何とか抗弁しようと涙でグチャグチャになった顔を上げる。

「なら聞いてみたら?」

 シアンは指先でキュッキュと不思議な模様をスマホに描いた。

 すると、淡い金色の光が流れ星のようにスーッと現れ、アバターの隣で止まると静かに輝く。その光は徐々に大きくなり、輝きを増す中で、神秘的な形がゆっくりと浮き上がってくる。

「えっ!? 何なの……、ま、まさか……」

 副長は驚愕で目を見開き、その場に凍りついた。彼女の目の前で、その神秘的な形は幻想的な光と影を伴いながら次第に少年の形へと変わっていくのだった。

 現れた少年はブリーチしたショートの金髪を揺らし、優しい笑顔を副長に向ける。

 うそ……。

 副長は震える声で囁き、信じられないという様子で首を振りながら混乱と感動の中で彼を見つめた。

絵梨えりごめんな……」

 少年は副長の頬に手を伸ばし、その滑らかな肌を指先でなぞると、心を込めた温かな声をかけた。

「健太ぁ! うわぁぁぁん」

 絵梨と呼ばれた副長は、抑えきれない感情の波に飲み込まれ少年へと飛びつく。それは長い間つもりに積もった辛く苦しい想いの発露だった。

 沈黙の中で、健太は絵梨を優しく抱きしめ、彼女の背中をそっと叩く。彼の顔には静かなる安堵が浮かび、その深い眼差しには、言葉では言い尽くせないほどの情感が込められていた。

 瑛士はまるでイタコ芸のようなシアンの技に首をかしげながら、その奇跡の再開の様子を静かに眺める。

 人間をスマホに閉じ込めるということ自体、既に不思議で理解しがたいが、死者さえも呼び出せるなら、それはもはや神の技だ。瑛士は改めてシアンの不可解で圧倒的な力に心を奪われる。

「これも……、科学なの?」

 瑛士は眉を寄せ、納得がいかない様子でシアンを見る。

「ふふっ、科学にできないことなんて無いのさ。優しい科学だよ」

 そう言いながらシアンは二人の仲睦まじい様子を目を細めながら眺めた。

22. この世界そのもの

 しばらく他愛のない事を話していた絵梨と健太だったが、人心地つくと健太はシアンの方をチラッと向いて言った。

「さっきあの方がおっしゃっていた通り。僕は後悔なんてしてないんだ。納得して戦い、不運にも命を落とした。それだけ」

「で、でも……」

「もちろん無念だし、絵梨を遺して去らねばならなかったことは申し訳ない……。けどレジスタンスのことは恨んでなんていない。むしろ誇らしく思っているんだ」

 健太は絵梨をまっすぐな瞳で見つめ、手を握った。しかし、絵梨はその眼差しを受け止めることができず、涙を浮かべながらうつむいてしまう。

「絵梨もいつか俺の言うことが分かるようになる。だから、あのお方の邪魔だけはしないでくれよな」

「あの女ムカつくんだけど、何なの……、むぐっ」

 シアンをにらむ絵梨の口を健太は慌ててふさいだ。

「おい、止めてくれ。この世界を消し飛ばすつもりか」

 健太は苦しそうに胸を押さえてうつむき、首を振る。

「あのお方は言うならば『この世界そのもの』。絵梨は知らなくていい。ただ、邪魔だけはホント止めて……」

 絵梨はあまりにも意味不明な説明に首を傾げ、しばらく健太の目を見つめていたが、ふぅとため息をつくとうなずいた。

「分かったわ。健太の頼みなら仕方ないわね」

 絵梨は不満そうにシアンをにらみ、シアンはドヤ顔でニヤリと笑う。

 これで二人の喧嘩に気を揉むこともないだろう。瑛士はホッと胸をなでおろす。しかし、健太の言った『この世界そのもの』という言葉が引っ掛かっていた。確かに『科学』と主張する不可思議な力を使いまくる、この可愛い少女は明らかにただものではない。そして死者は彼女のことを良く知っているらしい。一体これはどういうことだろうか?

 この世とあの世の境をぼやけさせるこの美しい少女の存在に、瑛士は困惑し心を乱された。

       ◇

 健太は去り、副長は助手席に戻って流れる風景を静かに眺めている。

「よーし、瑛士! キミのツボを探してやろう。くふふふ……」

 シアンは碧い瞳をキラリと光らせて指をにぎにぎさせる。ブルーシートの中で暇を持て余したシアンは、瑛士にちょっかいを仕掛けてくるのだ。

「な、何言ってんだよ! 僕は『科学を教えて』って言っただけじゃないか!」

 瑛士は何とか抑えようと頑張るが、このおてんば娘の無尽蔵な元気にもうそろそろ限界を感じている。

「科学はツボの先にあるんだよ。それっそれっ!」

 シアンは指をシュッシュッと瑛士の脇腹に滑り込ませてくる。

「うひゃっ! や、止めてよ!」

 必死に防戦する瑛士。

「うい奴じゃ、ええじゃないか。くふふふ……」

「なんだよそのエロオヤジみたいなセリフは!」

「そりゃー!」

 シアンは飛びかかり、瑛士は倒れてゴンと頭を打った。

「痛てぇ! もーっ!」 

 瑛士は怒って思いっきりシアンの腕を押してつき飛ばそうとしたが、するっと手が滑って……。

「きゃぁ! どこ触ってんのよぉ! エッチー!」

 シアンはパシパシと瑛士の頭を叩くが、瑛士はその温かくしっとりとした張りのある弾力の感覚が頭をグルグルとめぐり、真っ赤になって言葉を失ってしまう。

「はい、着いたよ」

 リーダーは後部座席のバカ騒ぎにうんざりしながら声をかける。

「およ?」「つ、着いた!?」

 二人は急いでブルーシートから顔を出し、そっと窓の外を眺めた。リーダーの指さす先には、空き地の向こうに白い鉄パイプの構造物が見える。それはまるで小さなピラミッドみたいな不思議な形をしていた。

「あ、あれは……?」

「あれが『浮島換気所』。アクアラインの入り口の上にある換気施設さ。あそこからアクアラインに通じる通路があると思うよ」

「あ、ありがとうございます! じゃ、行こう!」

 瑛士は弾んだ声でシアンの肩をポンポンと叩く。

「ほいほい。いっちょ頑張りますか!」

 二人はドアを開けて元気に車から飛び出した。

 換気所の向こう、海の先に風の塔、その隣には高さ三キロを誇る純白の巨塔が、宇宙への門のようにそびえ立ち、異次元の存在感を放っていた。雪の結晶を模したひさしが連なる様子は枝のようにも見え、北欧神話に謳われた世界樹をほうふつとさせる。

 おぉぉぉぉ……。

 瑛士もこんなに近くからクォンタムタワーを見たのは初めてだった。三キロという空前絶後の高さは異常で、その先端はぽっかりと浮かんだ雲の中に突き刺さってしまっている。

「なんだよこれ……」

 瑛士は倒すべき塔の圧倒的な存在感に思わずブルっと身体が震えた。

「いいね、いいね! さぁ、倒すぞぉ。くふふふ……」

 シアンは碧い瞳をキラリと光らせながら邪悪な笑みを浮かべる。

「じゃあ頑張って! グッドラック!」

 リーダーは窓から手を出してグッとサムアップした。

「ありがとうございましたー!」「行ってくるよー!」

 二人は大きく手を振りながら換気所へと歩き出す。

 邪悪なAIから世界を取り戻す。人類の悲願を抱え、瑛士は遠く海の上にそびえる巨塔に向かって、グッとこぶしを突き出した。

23. 裏切りの対戦車地雷

「あの二人は本当に塔を倒せるのかしら……?」

 塔に向かって力強く進んで行く二人の後ろ姿を見ながら、絵梨は眉間にしわを寄せ、つぶやいた。

「ははっ! 倒せるわけがないだろう。もうすぐ死ぬんだからさ」

 リーダーは二人の挑戦をあざ笑い、嬉しそうに肩をすくめた。

「えっ……? し、死ぬって……?」

「あの空き地は地雷原なのさ。彼らがどんなに不思議な力を使えても、いきなり足元で大爆発が起こったらどうなると思う? くははは。見てな、もうすぐドカーンさ」

 絵梨は真っ青になった。ここに連れてくるのはAI政府ドミニオンの計画だったのだ。

「そ、そんな……」

「奴らを無事始末したら一階級特進だって。良かったじゃないか。君もこれでお金には困らなくなるぞ」

「な、なんで……。私、そんな話聞いてないわ!」

 絵梨は眉間にしわを寄せながら叫ぶ。

「……。あのさぁ、君の嫌いなレジスタンスも減るし、万々歳じゃないか。何が気に食わないんだ?」

 リーダーは不思議そうな顔をして絵梨の顔をのぞきこむ。

「レジスタンス関係ないわ! 人を殺していい訳ないじゃない!」

「おいおい、どうせ彼らもそのうちAI政府ドミニオンに殺されるんだ。だったら僕らがちょっと手助けしてメリット取ったって結果は一緒さ。それとも君は本気で彼らがAI政府ドミニオンに勝てるとでも思ってるの?」

「勝てるかどうかじゃないのよ! 人として真っ当かどうかよ!!」

 絵梨の感情的な叫び声がリーダーの表情を一瞬で曇らせ、怒りの炎が目に宿る。

「おや……、この私に説教……かい?」

「あ……、いや……、そんな……」

「青臭い理想論……君にそんなこと言える資格あったっけ? ねぇ?」

 リーダーは絵梨の腕をガシッと握り、頬をピクピクと引きつらせながら絵梨にすごんだ。

「そ、それは……」

「君なんかいくらでも消せる……。分かってるよね? ん?」

 リーダーは冷酷な目でにらみつけ、つかんだ腕を思いっきりひねる。

「痛っ! くっ!」

 絵梨は唇をかみしめる。自警団リーダーのAI政府ドミニオンが指定する階級はかなり上の方だ。彼が事故死として処理すればAI政府ドミニオンはそれを受け入れるだけ。治安維持という名目さえつけば彼はやりたい放題なのだ。

 リーダーにとって、せっかくの特進のチャンスを潰した部下など、殺すのに躊躇はないだろう。思えば先代の副長も事故死をしていたのだ。

「余計なことはすんなよ?」

 リーダーの冷酷な目に鋭く射抜かれた絵梨は、キュッと口を結んでうつむいた。

 しかしこの時、絵梨の脳裏に健太との約束がよぎった。『あのお方の邪魔をするな』そう言った健太の言葉がよみがえる。地雷で吹き飛ばすことは邪魔どころの話ではない。絵梨はうろたえた。

 このまま座ってさえいれば全てうまくいく……。しかし、それでは健太との約束が守れない。

 それに……。

 あの生意気な青髪の女には人智を超えた何かがある。それはAIの超越性が霞むほどの得体のしれない何かだった。今のこの腐った川崎をぶち壊せるとしたら、悔しいがあの女しかいないように思えた。

 絵梨は何度か深呼吸しながら決意を固めていく……。

「ちょっと放して!」

 リーダーの手を振り払った絵梨は車の外に飛び出した。それは生まれて初めてAI政府ドミニオンに逆らう命がけの決断だった。

「待って! ダメー!! 地雷があるのよ!」

 瑛士たちに向かって叫びながら駆けだす絵梨。

「ちっ! 馬鹿が!!」

 リーダーは血走った目で思いっきりアクセルを踏み込んだ。

 キュィィィィン! という高周波と共にズボボボ! というタイヤが思いっきり空回りする音が響き、刹那、車が急発進する。

「お前らみんなひき殺してやる!」

 リーダーは憎悪のオーラをぶわっと放ちながら叫んだ。

「嫌ぁぁぁ!」

 いきなりの騒ぎに慌てて振り返った二人は、副長が大きなSUVに轢かれそうになっているのを目撃する。

「はぁっ!?」「きゃははは!」

 シアンは笑いながら即座にシャッターを切った。

 パシャー!

 刹那、SUVの前の地面が青白く閃光を放ち、もっこりと盛り上がる。

 直後、片輪を思いっきり乗り上げてしまったSUVから激しい衝撃音が響いた。悪路に強いSUVと言えど、大きすぎる段差ではサスペンションが底をつき、その衝撃はドライバーを襲う。

 ぐはっ!

 衝撃でエアバッグが膨らみ、リーダーは視界を奪われた。

 片輪が浮き上がった状態でSUVは副長をかすめたまま通過。リーダーは何が何だか分からず慌ててハンドルを切り、バランスを崩して横転。ゴロゴロと転がりながら瑛士たちに迫ってくる。

「ちょっ! 何だよぉ!」「きゃははは!」

 シアンは楽しそうに笑いながら瑛士の腕をつかみ、せまるSUVをギリギリでかわした。

「あっぶねぇ!」

 瑛士が叫んだ時だった。

 ズン! という地面を揺らす大爆発でSUVは粉々に吹っ飛び、その衝撃波で瑛士たちは吹き飛ばされる。

「ぐはっ!」「きゃははは!」

 もんどりうって転がった瑛士は、真っ黒なキノコ雲がゆっくりと大空へと立ち上っていくのを見て言葉を失う。

 そのとんでもない破壊力、それは戦車を粉々に吹き飛ばす対戦車地雷だったのだ。鋼鉄の塊である戦車を吹き飛ばすために作られた高性能火薬の塊、対戦車地雷。それをまともに食らえば一般車など跡形も残らない。

 バラバラとスクラップが降り注ぎ、SUVはもはや原形をとどめていない。中に乗っていたリーダーなどもはや確認もできなかった。

24. ナイーブなおとぎ話

 激しい耳鳴りの中、瑛士は震える手で耳を押さえながらよろよろと立ち上がる。

 あちこち煙が立ち上り、まるで戦場のような残骸散らばる空き地を見渡し、瑛士は首を振りながら呆然と立ち尽くした。

るき満々……だったのか……」

 にこやかで誠実に見えたリーダーが、最初から自分をこうやって吹き飛ばすことを考えていたのだ。瑛士はこの裏切りに心が冷たく凍りつくような感覚を覚えた。命がけで助けようとしている人間に裏切られることは、レジスタンスの信念を根底から揺るがし、彼の魂に深い悲しみを刻んだ。

「だ、大丈夫……ですか?」

 絵梨が駆け寄ってきて申し訳なさそうに声をかけてくる。

 瑛士はゆっくりと振り返り、無表情で絵梨を一瞥した。

「……。あ、ありがとう」

 何とか声を絞り出した瑛士は深いため息をつき、ガックリとうなだれた。

         ◇

 一行は換気所からアクアラインの道路の下に作られた管理用通路に忍び込み、一路『風の塔』を目指した――――。

 シアンは暗い通路をスマホで照らしながら楽しそうに歩き、瑛士は絵梨の話を聞きながらついていく。

「もう、帰る場所も失ってしまったわ……」

 事の経緯を説明した絵梨はがっくりと肩を落とした。リーダーの言うことを聞かずにレジスタンスの肩を持ったことは、もうAI政府ドミニオンも把握しているはずであり、街に戻れば拘束、極刑だろう。

AI政府ドミニオンなんてこれから粉砕するから恐がんなくていいよ。きゃははは!」

 シアンはどこかから拾ってきた棒でカンカンと配管を叩きながら、陽気な調子で笑った。

「本当に……、倒せる……の?」

 絵梨は恐々聞いた。あの天にも届きそうな巨大な塔が倒れるなんて、とてもイメージが湧かなかったのだ。

「倒せると信じてれば倒せる。君には無理だね。きゃははは!」

 楽しそうに笑うシアンを、絵梨はものすごい目でにらんだ。

 健太に変なことを頼まれなければ、今頃一階級特進して美味しい物でも食べているはずだった。しかし、現実は命を狙われ、逃げるようにして寒い真っ暗な海底の通路を歩くしかない。絵梨は心が押しつぶされそうになる。

「大丈夫、シアンは今までミサイルから戦車まで全部吹っ飛ばして来たんだから」

 瑛士は打ちひしがれている絵梨の肩をポンポンと叩き、元気づける。

「は? 戦車を……? ミサイルをどこかから調達したってこと?」

 絵梨は信じられないという表情でシアンを見つめた。戦車は鋼鉄の塊。専用の特殊兵器でなければ倒すことはできない。しかし、この少女がそんな兵器を調達してうまく使いこなすイメージが湧かなかった。

「ノンノン! 兵器が無いと倒せないって思ってるからそういう発想になるのよ。僕は戦車を吹っ飛ばせると信じてるからね。信じてさえいれば現実化する。これが科学というものさ。きゃははは!」

 シアンは上機嫌にカンカンと配管を叩いた。

「信じるだけで吹っ飛ばす……、それのどこが科学なのよ! あなたいったい何者なの?」

 絵梨は眉間にしわを寄せながらシアンを指さした。

「あら? 健太くんに聞いたんじゃないの?」

 シアンはくるっと振り返るとドヤ顔で絵梨を見つめる。

「『この世界そのもの』って言ってたけど……、何で『世界』があなたなのよ!」

「ふふーん、じゃあキミは『世界』って何だと思ってるの?」

 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべ、上目遣いに絵梨を見つめた。

「せ、世界が何って……。この私たちが住んでいる場所……じゃないの?」

「場所が世界? じゃあ場所って何?」

「場所が何って、場所は場所よ! こことかあそことか……」

 テンパる絵梨を横目に瑛士が口を開いた。

「それは『僕らの住んでいるこの空間って何』って話? 大昔にビッグバンで大爆発して宇宙が生まれたんだよね。なら、ビッグバンで作られたのがこの世界っていう話かな?」

「ビッグバン……、138億年前に大爆発があってこの宇宙の全てが生まれた……。なかなかよくできた設定だよね。きゃははは!」

「せ、設定!? だって天文学者がたくさん観測してそういう結論に至ったんだろ?」

「くふふ、瑛士は138億年生きてるの? 宇宙の果てまで行った?」

 シアンは嬉しそうに、瑛士の張りのある若いほっぺたをツンツンとつついた。

「ちょ、ちょっと止めてよ……。直接見聞きしなくても原理を突き詰めて推測する。これが科学なんじゃないの?」

「ふーん、瑛士はそんな推測を信じちゃうんだ。きゃははは!」

「じゃあこの世界はどうやって生まれたんだよ!」

 瑛士は大きく手を開き、声を荒げた。

「ある日誰かがこの世界を作った……。そう言ったら信じる? くふふふ……」

 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべながら楽しそうに笑う。

「誰かが創った!? ほ、本気で言ってるの?」

「あら、138億年前に大爆発があって……、いつの間にかできてた地球で生命が生まれて……、進化していつの間にか人になる……。そんなナイーブなおとぎ話を信じてる方がどうかしてると思うけど?」

 シアンは肩をすくめ、首をかしげる。

「お、おとぎ話?」

 『おとぎ話』という一言に、瑛士は信じてきた科学の全てが否定されたようで、言葉を失い、震える手を握りしめた。

25. ハリボテの科学

 青い顔をしている瑛士の瞳を、シアンは嬉しそうにのぞきこむ。

「もちろん、そんなおとぎ話でも可能性はゼロじゃないし、はるか昔、それこそ何千兆年前にそんなことがあったかもしれない。でも、この世界がそんな奇跡の中の奇跡の結果だなんて科学的にはあり得ないじゃん? 少しでも確率計算したら、あり得ないってすぐにわかるからね」

 瑛士は反論しようとしたが、確かに世界を創ることができる技術があるのだとしたら、百億年にわたる奇跡の結果というより、作られた結果の方が圧倒的に納得感があった。

「じゃ、じゃあこの世界は誰かが創った世界……?」

 この世界が人工的な創作物だという荒唐無稽こうとうむけいな話に直面し、瑛士は混乱し言葉を失う。生まれてからずっと信じて疑わなかった現実に対する疑念に心は乱され、さらには自己の存在そのものにも疑いは広がっていく。自分の記憶、感情、さらには自分自身が本物かどうかさえ確信が持てなくなり、思わず頭を抱えた。

「何よ! 私たちのこの世界がハリボテとでも言いたいの!?」

 横で聞いていた絵梨がイラつきを隠さずに叫んだ。

「あら、ハリボテじゃない証拠ってあるの?」

 シアンは嬉しそうにニヤッと笑って碧眼をキラリと光らせる。

「えっ!?」

 絵梨は言葉を失ってしまった。世界は精緻で広大だ。でも、それだけでは作り物ではない証拠になんてならない。

「証拠! 証拠! くふふふ……」

 シアンは楽しそうにカンカンと配管を叩いた。

「探査機とか他の惑星に飛ばしていたけど……」

 瑛士は話に聞いた天文学の知識を思い返すが、この世界を創った存在がいたとするならば、そんなのいくらでも操作可能だろう。圧倒的な技術力を持つ者からしたら人類の観測機器を欺くことなんて朝飯前……。瑛士はため息をついて首を振った。

 しかし……、そんなことって可能なのだろうか? こんなリアルで高精細な世界を創るとしたらどんな方法が?

 瑛士は以前見せてもらったVRMMOのゲームがふと頭に浮かぶ。かなり前の技術だったが、それでも高精細な世界を実現していてみんな楽しそうに遊んでいたのだ。あれを突き詰めていったらこの世界も……できる?

 瑛士は背筋を襲う突然の寒気に身震いし、自分の手のひらを眺めた。

『これが全部合成像? 馬鹿な……』

 瑛士は両手をにぎにぎと動かし、とても作られたようには思えないリアルな手のひらのしわの寄り方に首を傾げた。だが……、技術的には不可能ではない。その事実が胸をキュッと締め付ける。

「じゃあ何? この世界を創ったのがあなただって言いたいの? あなたは神だとでも言うの!?」

 上手い返しができなかった絵梨は、シアンに食って掛かる。

「さぁね。それより、いよいよ目的地だゾ」

 シアンは鋼鉄製の扉をスマホで照らし出し、好奇心を押さえられない様子でカンカンと叩いた。

       ◇

 一行は金属製の階段を百メートルほど上っていく。息を切らし、しんどくなってきた頃いきなり視界が開けた。見上げると鉄骨だらけで作られた巨大空間が巨大なパビリオンの様に広がっている。ついに風の塔にたどり着いたのだ。

「おわぁ……。風の塔の中ってこうなってたのか……」

 瑛士は肩で息をしながらその巨大構造物を見上げる。

 高さは百メートル規模の、円筒を斜めに切った門松の竹みたいな形の風の塔。上層部が核爆発の時に破壊され、青空がのぞいていたが、ほぼ原形をとどめていた。

「わぁ……。私も初めて見たわ……」

 絵梨も見上げながら感嘆の声を上げた。移動を禁止されてしまった人類にとって、川崎の住民と言えど、アクアラインはもはや誰も近づけないAI専用道路となってしまっている。

「さてと、では、いよいよクォンタムタワーを倒すぞー!」

 タッタッタと風の塔の出口に急いだシアンは、ノリノリでドアをガン! と景気よく開ける。

 いよいよやってきた運命の時。瑛士はバクンバクンと激しく高鳴る心音を聞きながら慌ててシアンを追いかけた。

          ◇

 出口のドアを抜けると、目の前には真っ白な壁が視界を遮っていた。

 へ……?

 瑛士は上を向いて、それが太さ三百メートルあるクォンタムタワーの巨大な壁面であることに気づいた。

「マ、マジかよ……」

 まるで宇宙にまで届いているかのように一直線に空を突き抜けていく巨大タワー。その圧倒的な規模は想像をはるかに超え、瑛士は思わず後ずさってしまう。

「いやぁ、デカいね。きゃははは!」

 シアンは手で日差しを遮りながら、霞む塔の先端を見上げ、喜びに満ちた笑顔でその光景を楽しんでいた。

26. 血糊のスマホ

「こ、こんなの本当に倒せるの?」

 すっかり気おされてしまった瑛士は情けない顔でつぶやいた。

「何? 信じてないの? なら止めるよ?」

 シアンは不機嫌さを隠さず瑛士をジト目でにらむ。

「あ、いや、思ったより大きかったからさ……。そう、そうだったね、倒せると信じてるから倒せるんだよね」

「もう、しっかりしてよね! 瑛士の希望なんでしょ?」

 シアンはプクッと可愛いほっぺたを膨らます。

「そう! コイツを倒さない限り人類は立ち直れない。シアン、お願いだ。ぶっ倒してくれ」

 瑛士はこぶしをブンと振ってシアンを鼓舞した。

「まぁ、頼まれなくたって倒すんだけどね。くふふふ……」

 シアンはまるで獲物を品定めするかのように、碧眼をギラリと光らせながらクォンタムタワーを見上げる。

 いよいよAIを打ち倒す時がやってきた。長かったレジスタンスでの死闘の日々、そして囮として消えていった父親の姿が一斉に瑛士の中にフラッシュバックして、思わず胸を押さえた。

         ◇

 シアンはスマホ画面を覗きながら楽しそうにタッタッタと塔に近寄り、何やらスマホカメラの画角を調整する。

「こんなもんかな……。じゃぁ行っきマース!」

 シアンはニヤッと邪悪な笑みを一瞬浮かべ、そして、急に真剣な顔になると指先でスマホ画面に不思議な模様を描いていく……。

 ヴゥン……。

 スマホが電子音を放ちながら黄金色の輝きに包まれていった。

 太さ三百メートルあるという人類史上例のない超巨大構造物クォンタムタワー。この化け物のような強固な壁を至近距離からぶち壊す、それには繊細なコントロールが必要だった。下手をして自分たちの方に崩落してきたら瑛士たちが死んでしまう。

 シアンはふぅと大きく息をつくと、キュッと口を結び、シャッターボタンに人差し指を近づけていく。

 その時だった。

「や、止めろぉ!」

 瑛士の叫び声が響き渡り、パァン! という乾いた銃声が響いた。

 へ……?

 シアンが振り向くと、絵梨がこちら向きに構えた短銃から硝煙が立ち上っているのが見えた。

 瑛士は胸を押さえながらドウと倒れ、激しく痙攣をしている。

 はあ……?

 シアンは一体何があったのか一瞬分からなかったが、ガチャリと絵梨が二発目の撃鉄を起こした瞬間、ほぼ無意識に絵梨に向けてスマホのシャッターを切った。

 パシャー!

 刹那、絵梨は力なく崩れ落ち、スマホに吸い込まれてアバターとなる。しかし、アバターはうつろな状態で、ただ茫然とシアンを見つめるばかりだった。

 くっ!

 駆け出したシアンは慌てて瑛士を抱き起こす。

「瑛士ぃーー! ねぇ瑛士!」

 しかし、瑛士の胸からはおびただしい量の血が流れ出し、もはや手の施しようのない状態に見えた。

「シアンは……無事……だね?」

 瑛士は息も絶え絶えに言葉を絞り出す。

「僕をかばったの? 僕のことなんか守らなくていいのに!」

 シアンは噴き出してくる血を必死に手のひらで押しとどめようとするが、どんどん溢れ出してきてしまい、どうしようもなかった。

「僕のことは……いいから……。塔を……倒し……て……」

「うんうん、そんなのすぐにやるからさ……、ねぇ……」

 どんどんと失われていく血、もはや瑛士にはシアンを見ることもできなくなっていた。

「良かった……」

 瑛士はそう言い残すと、ガックリと力を失ってシアンのひざの上に崩れ落ちる。

「あぁっ! 何だよこれぇ……。くぅ……」

 シアンは大きくため息をつくと、もはや反応の無くなった瑛士の頬をそっとなで、悔しそうに首を振った。

 絵梨が自分を狙って銃を撃とうとした。それはきっとAI政府ドミニオンが施した催眠術だろう。AI政府ドミニオンにとって危機的状況になるとそれを除去しようとするように、あらかじめ命令を深層意識の中に深く刻み込んでおいたとすれば辻褄つじつまがあう。まさかここまで用意周到に自分たちを邪魔してくるとは、さすがのシアンも気がつけなかった。

 シアンは血糊のべったりと付いたスマホを取り出すと、無言で瑛士を撮った。

 パシャー! とシャッター音が響き、スマホにはもう一体アバターが追加される。しかし、瑛士のアバターは倒れたままで身動きもしなかった。

 くぅ……。

 シアンは目をつぶってキュッと口を結び、何度か大きく深呼吸を繰り返す……。

 東京湾を渡る風がシアンの青い髪の毛を流した――――。

 クスッ。

 突如シアンの頬が緩み、笑いがこぼれた。

27. ギルティ?

「クックック……」

 徐々に笑いは大きくなり、邪悪な影がシアンの笑みを染めていく。

「はっはっはーー!」

 大笑いするシアンはバッと立ち上がると、クォンタムタワーに向け思いっきり中指を立てた。

「出来損ないの分際で僕のお気に入りを壊しやがったな……、ギルティ? 久しぶりに……、本・気……出しちゃおっか……なぁぁぁああ!!」

 刹那、シアンの青い髪がブワッと総毛立ち、碧かった瞳が燃えるようなルビー色に輝いた。

 シアンは左手の甲に人差し指でシュッシュと不思議な模様を描く。直後、ヴゥンと空中にホログラム画面が浮かび上がる。画面にはキラキラと3Dマップやレーダー像がオーバーラップして表示され、シアンは指先で器用にそれらを操作していった。

「出来損ないちゃーん! あがいたって無駄だよぉ、きゃははは!」

 ヒュン、ヒューーン……。

 不気味な音を立てながらシアンのところへ次々と巨大な爆弾が降り注いでくる――――。

 直後、激しい爆発がシアンのあたりを襲い、激烈な爆炎と衝撃波が風の塔の基盤を爆砕し、鉄骨がバラバラと吹き飛んでいく。その圧倒的な破壊力に巨大な風の塔も崩れ落ちていった。

 辺りは爆煙に覆われ、巨大な灼熱のキノコ雲がゆったりと立ち上がっていく。

 と、その時、爆煙の中から青白く光るこぶしが無数飛び出した。青く輝く微粒子を振りまきながらこぶしはググッと一斉に何かに向けて旋回し、一直線に青空へとすっ飛んでいく。

 こぶしは遠くを回避飛行中だった戦闘機F-35Aの編隊に向け、まばゆい輝きを放ちながら一気に加速していった。

 やがて次々と着弾。大爆発を起こし、全てを粉々に吹き飛ばした。跡には激しく燃え上がる爆炎、そこからバラバラと部品が辺りに飛び散っていく。

「きゃははは! 畳みかけるぞ! レヴィア! 来い!」

 楽しそうなシアンの姿が、風の塔の残骸を覆う爆煙の中から現れる。傷一つないシアンは折れた鉄骨の先端に立ち、いたずらっ子の笑みを浮かべながらホログラム画面にキュキュっと指先で不思議な絵を描いた。

 まるで別世界からの使者のように、青空に突如として現れた鮮烈な真紅に輝く巨大な円。その中心には光り輝く六芒星が浮かび上がり、さらに複雑な幾何学模様が次々と加えられ刻一刻と形を変えていく。そして、古代の伝説を彷彿とさせるルーン文字が、円周に沿って神秘的に刻まれていった。

 ボウっと怪しい紫色のオーラを放ちながら、中の六芒星がぐるっと回ったかと思うと激しい黄金色の輝きを放つ。それは実に精巧で力強い魔法陣だった。

 輝きの中から漆黒の鱗に覆われた巨大な生物が、壮大な翼をゆったりとはばたかせながら現われた。

 ギュアァァァ!

 その巨大な存在は、激しい怒りを込めて、地響きのような重低音で咆哮し、辺り一帯にその力を誇示した。

「我を呼ぶのは誰か!? いきなり呼び出すとはどういう了見じゃ! 姿を見せんか!」

 旅客機サイズの巨大な体躯を覆う鋭いとげを持つ鱗、そして巨大な口から覗く鋭い牙、それは伝説に謳われたドラゴンだった。ドラゴンは怒りに叫びながら燃えるような真紅の瞳を輝かせ、辺りを睥睨へいげいした。

「おぅ! レヴィアちゃん、久しぶりぃ!」

 シアンは楽しそうに手を振ってドラゴンを迎える。

 ドラゴンはシアンを見つけると、真紅の瞳をキュッと縮めビクッと巨体を震わせた。

「ヴッ! シ、シアン様……。た、大変に失礼いたしました! お、呼びいただき光栄でございます……」

 慌ててシアンの元に駆けつけてこうべを垂れるドラゴン。

「うんうん、ちょっと目障りな出来損ないがいるんで焼き払ってくれる?」

 シアンはニコニコしながらクォンタムタワーを指さした。

「や、焼き払う……って、ここ日本……じゃないですか? いいんですか? ドラゴンは許可されてなかったような……」

「ん? 誰の許可? 僕がいいって……言ってるんだよ?」

 小首をかしげるシアンの真紅の瞳は、狩りをする獣のように鋭く光りレヴィアを射抜いた。その瞬間、レヴィアは身の危険を感じて震え上がり、身を縮めて頭を下げた。

「し、失言でした……。なにとぞご容赦を……。で、焼き払うというのは……?」

「あれ、見える?」

 シアンが指さす方向には、はるか遠くに軍艦の姿があり、いくつものミサイルが白い航跡を引きながら一直線にこちらに向かっているのが見えた。

「へっ? ミ、ミサイル!?」

「そう。軍艦が乗っ取られちゃってるんだよね。ちょっと僕を乗せてあいつ焼き払って」

「もう来ちゃうじゃないですか! 急いで乗ってください!」

「ほいきた! まずはあの軍艦を潰すぞー!」

 レヴィアは慌てて頭を下げ、シアンは鱗のトゲをつかむとヒョイっと後頭部に飛び乗った。

「落ちないでくださいよ!」

 レヴィアはそう言うと、急いで巨大な翼を力強く羽ばたかせながら上空へと舞い上がっていく。

 直後、90式艦対艦誘導弾が次々と風の塔に着弾し、大爆発を起こす。

「ぐわぁ!」「きゃははは!」

 激しい衝撃波が直撃し、レヴィアはバランスを崩してしまう。かろうじて海面の上にのぞいていた風の塔の基礎も完全に崩壊し、海の中へと崩落していった。

28. 一億度の業火

 爆煙の中、それでもレヴィアは何とか体勢を立て直すと、渋い顔をしながらキノコ雲を抜け出していった。

「召喚早々手厚い歓迎じゃな……」

「ムカついたでしょ? 軍艦撃沈! いいね?」

 シアンは鱗をペシペシ叩きながらレヴィアに気合を入れる。

「……。何も我に頼まれなくてもシアン様なら瞬殺……ですよね?」

「ブーッ! ドラゴンが軍艦をぶっ潰すからAIはビビるんじゃないか! 伝説の生き物らしく派手にやっちゃって!」

 シアンは口をとがらせながら、こぶしでドスドスとレヴィアの鱗を叩いた。

 レヴィアは『少女が軍艦ぶっ潰したほうがビビるのでは?』と言いかけてグッと言葉を飲み込んだ。

「か、かしこまりました」

 レヴィアは力強く翼をはばたかせ、一旦空高く舞い上がると眼下に目標の自衛艦を確認する。

「あー、あさひ型護衛艦ですな……結構新型ですよ?」

「何? レヴィアはミリオタなの!? 兵器の型番とか覚えちゃう口? くふふふ……」

 シアンは嬉しそうにペシペシと鱗を叩いて笑った。

「な、何言うんですか! 好きなアニメで出てきたんですよあいつは! この程度でミリオタ名乗ったらミリオタ警察に吊るし上げられますよ……」

「またまたぁ、照れちゃってからに!」

 その時、護衛艦から白い煙がドドドッと上がった。

「あっ、ミサイルが来ますよ!」

「さっきのより小さいね。何て言うの?」

「……。RIM-162……のESSM……ですかね? 自分は詳しくないので……」

「知ってるじゃん! きゃははは!」

 シアンは腹を抱えて爆笑し、レヴィアはつまらなそうに口をキュッと結んだ。

「……。で、あれ、どうするんですか?」

「避けて」

「は?」

「避けてよ。できるでしょ? あれ……何これ……」

 シアンはさっきの爆発で髪の毛についてしまったほこりに気づき、眉間にしわを寄せる。

「……。マジですか……」

「当たっても死なないでしょ?」

 シアンは埃が気になって神経質そうに取り除いていく。

「シアン様撃ち落としてくださいよ! 死ななくてもメッチャ痛いんですよ!」

「今ちょっと忙しいの! 早く行って! GO!」

 なかなか取れない埃にムッとしながらシアンは叫んだ。

「くぅぅぅ……。落ちないでくださいよ!」

 他人事を決め込むシアンの無理難題に、レヴィアは泣きべそをかきながら覚悟を決める。

「よし、取れた! ミサイルに負けんなよ! 行っけーー!!」

 シアンは晴れやかな顔でレヴィアを鼓舞した。

 真紅の瞳をカッと見開き、マッハ3ですっ飛んでくる16発の対空ミサイルの挙動を見定めるレヴィア。

「ここじゃ! ソイヤー!」

 ドラゴンの翼を巧みに操作し、ミサイル群の隙間を狙ってバレルロールしながらキリモミ飛行に持っていくレヴィア。ものすごい横Gがかかり、シアンはふっ飛ばされそうになりながら鱗のトゲにしがみつく。

「ヒャッホウ! きゃははは!」

 ミサイルはその予測不可能な動きに翻弄され、レヴィアをかすめながらドン! ドン! ドン! という激しいソニックブームを残し、飛び去っていく。

「ヨッシャーァァァァ!」

 レヴィアがそう叫んだ瞬間、護衛艦の艦首にある62口径の砲門が火を吹いた。

「マ、マズい……、くぅぅぅ」

 慌てて回避行動をとろうと思ったものの、まだ態勢の整っていない巨体はすぐには動かない。弾着には間に合いそうになかった。

 刹那、真っ青になってるレヴィアの前に巨大な黄金色の円が輝く。

 へっ!?

 それは精緻に術式が施された魔法陣だった。魔法陣の中で六芒星がぐるりと回り、直後、着弾した砲弾が魔法陣の向こうで激しい爆発を巻き起こす。魔法陣はシールドとして砲弾からレヴィアを守ったのだ。

「ミリオタ! 大砲忘れてちゃダメでしょー!」

 シアンはドヤ顔で嬉しそうに叫ぶ。

「た、助かりました……」

「いいから反撃!」

 護衛艦を指さし、鱗をペシペシ叩くシアン。

「りょ、了解!」

 レヴィアは護衛艦の艦橋目がけ、急降下しながら大きく息を吸った。

 ボウっとレヴィアの漆黒の鱗全体に黄金色の光が浮かび上がり、真紅の瞳が鮮やかに輝きを放つ。

「全力だぞ! 全力で行け!」

 シアンはワクワクしながら嬉しそうに叫んだ。

 十二分に気を貯めたレヴィアは艦橋に向け、パカッと巨大な口を開け放つ。

 直後、激烈なオレンジ色のプラズマジェットが口の奥から噴出し、一瞬で護衛艦の艦橋がプラズマの炎に包まれる。

 ゴォォォォ……。

 地獄の業火のような恐ろしい轟音があたりに響き渡り、一億度のプラズマジェットであっという間に艦橋が溶け落ち始めた。

「ヒャッハー! ブラヴォー!!」

 シアンはその圧倒的な業火に満足し、思いっきりこぶしを突き上げた。

 レヴィアは艦橋の脇をすり抜け、海面スレスレを滑空すると翼を大きく羽ばたかせ、また青空へ高く舞い上がっていく……。

 刹那、ズン! という爆発音が響き渡り、衝撃波が海面を同心円状に広がっていった。護衛艦の弾薬庫に火の手が回ったらしい。

 ズン! ズン! と、次々と爆音を放ちながら護衛艦は黒煙を噴き上げ、やがて大きく傾き、東京湾の底へと引きずり込まれて行った。

29. 東京湾に舞う虚空断章

「Yeah! レヴィア、グッジョブ!」

 シアンは絶好調でペシペシと鱗を叩いた。

「ふぅ……、何とかうまくいきましたな……。これでもういい……ですよね?」

 レヴィアは大きく息をつくとおずおずとシアンにお伺いを立ててみる。

「何言ってんの! 次がいよいよ本命、あの塔だぞ! うっしっしっし……」

「はぁっ!? あんな塔倒せるわけないじゃないですか!」

 レヴィアは天を衝くようにそびえる白亜の巨塔を見上げて目を丸くする。

「それは『倒せない』って思ってるからだって! レヴィアは倒せる~、倒せる~」

 シアンは催眠術師の様に、レヴィアの鱗をなでながら暗示をかけようとした。

「……。申し訳ないのですが、我は眷属ゆえ『観測者』にはなれないのです……」

「だーいじょうぶだってぇ! 倒せるって信じてあの塔、突っ込んでみよう!」

「いや、ちょっと、それは激突死しかイメージできませんので……」

「ちぇっ! ノリ悪いなぁ……」

 レヴィアはゆったりとはばたき、渋い顔をしながらクォンタムタワーを見つめていた。レヴィアは『断る勇気』を座右の銘にしようと心に誓う。何でもシアンの言うとおりにしていたら命が何個あっても足らないのだ。

「じゃあ、もういいよ。後は僕が楽しむから。くふふふ……」

 シアンはそう言うと楽しそうに左手をクォンタムタワーの方へと向けた。手の甲の上にはホログラム画面が浮かび、クォンタムタワーと、その情報がずらずらとリアルタイムに表示されている。

 シアンは映し出されているクォンタムタワーの像を、右手の指でピンチアウトして拡大していく……。

「どの辺に当てようかなぁ……。くふふふ……」

 そしてニヤッと笑うと丸いボタンに人差し指を伸ばした。

「ポチっとな!」

 パシャー!

 シャッター音が響き、斜めに青白く輝くラインが東京湾上を幻想的に走っていく……。

「へ……? あ、あれは……?」

 レヴィアはその様子を見てゾッと背筋が凍った。シアンの繰り出す訳の分からない攻撃は毎度深刻な災厄を引き起こしていたのだ。この攻撃が何を引き起こすのか分からないがロクな事にならないに違いないと本能が告げている。

「僕の開発した空間を断裂させる術式【虚空断章ヴォイド・クリーブ】だよ。どう? 綺麗でしょ? くふふふ……」

 レーザー光線のようにも見える斜めに鮮やかに輝くライン虚空断章ヴォイド・クリーブは、右下を海面に沈めながら音もなく飛んでいく。東京湾の海面を切り裂きながら進む虚空断章ヴォイド・クリーブはアクアラインのサービスエリア『海ほたる』の巨大な建物に達すると音もなくバッサリ一刀両断し、アクアラインの橋ごと海に葬りさったのだった。

 あ……。

 シアンは一言つぶやいたが、レヴィアは聞かないふりをする。

 その間にも青白く輝くラインは輝きを増しながら純白の巨塔に迫った。

「くふふふ……。瑛士、見てろよー」

 シアンはルビー色の瞳を輝かせながらその瞬間を待つ。

 やがて虚空断章ヴォイド・クリーブがクォンタムタワーの太い壁面に達し、斜めに当たるとそのまますり抜けていった――――。

 しかし、すり抜けたまま何の反応もない。

「あれ? シアン様?」

 レヴィアは何も起こらないことに思わず首を傾げた。

「見ててごらん。瑛士宿願の時だ……」

 シアンは少し寂しそうに目を細めながら天を貫く巨塔を眺める。

 次の瞬間、虚空断章ヴォイド・クリーブが切り裂いたラインに沿ってボシュっと白煙が噴き出した。

 パリパリっとスパークが塔の周りに一瞬走り、ズズズズと塔が切り口に沿ってずれ落ち始めていく。

 おぉぉぉぉ……。

 レヴィアは思わず声を上げた。

 三キロメートルもの高さを誇る前代未聞の巨塔が今、最期の時を迎えている。切り口からは炎が上がり、黒煙が上がっていくが、幅三百メートルもある巨大な構造物はデカすぎて、ずれ落ちていくのにも結構時間がかかる。

 シアンは何も言わずただ静かにAI政府ドミニオンの終焉の時を眺めていた。塔の中は巨大なデータセンターとなっており、AI政府ドミニオンの多くの機能はこれでストップしただろう。もちろん、消え去った訳ではないが、サイボストルやドローンを操作したりすることは当面難しいはずだ。

 やがてズレが大きくなると、今度は大きく傾き始め、あちこちに大きくヒビが走った。天を衝いていた塔頂付近がヒビから火を吹き、やがて折れていく。そしてバラバラと壁面が剥落し、直後、ものすごい速度で全体が崩落していった。

「自業自得だ。お馬鹿さん……」

 シアンはその様子を眺めながらボソッとつぶやいた。本当なら瑛士と一緒に見たかった景色。それがこんな形になってしまったことにシアンは一抹の寂しさを感じ、すぅっと瞳に碧が戻ってくる。

 東京湾に数百メートルに及ぶ巨大な水柱を次々と噴き上げながら、クォンタムタワーはその姿を海中へと沈めていった。

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