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スマホ少女は空を舞う~AI独裁を打ち砕くお気楽少女の叛逆記~ 50~Fin

50. 結果が原因を決める

 宴もたけなわとなり、みんな楽しそうにバカ話で盛り上がっている。

 すると、シアンが楽しそうにぶちまける。

「聞いてよ! 僕がサキュバスのコスプレしたら瑛士ったら喜んでんだよ!」

 ブッ!

 思わず瑛士はウーロン茶を吹いてしまった。

「よ、喜んでなんてないって!」

「真っ赤になってチラチラシッポ見てたじゃん? きゃははは!」

 瑛士は渋い顔をして口を尖らせた。シッポを見ていたことなんてなぜ知ってるのだろう?

「まぁ、シアン様はナイスバディじゃからな。今度、我のサキュバス姿も見せてやろうか? くふふふ……」

 レヴィアは悪ノリして身体をくねらせ、エッチなポーズをしてエイジに投げキッスを飛ばす。

 瑛士はムッとして顔をそむけた。酔っぱらいに真面目に付き合うなどやってられない。

「何? 瑛士はそう言うのが好きなわけ?」

 今度は絵梨が酔って座った目で突っ込んでくる。

「べ、別に好きってわけじゃないよ」

「ふーん? 私もコスプレしたら嬉しい? くくく……」

 絵梨もレヴィアの真似して胸を張り、ポーズを決めた。生真面目な絵梨も酔うと人が変わるらしい。

「ちょっと、みんな飲みすぎだよ……」

 瑛士は頭を抱えた。まだ十五歳の瑛士には酒でバカ騒ぎしている連中についていけない。

「悪い悪い、ほら、牛タン焼いてあげたゾ! あーん!」

 シアンはむくれている瑛士に牛タンを差し出す。

 瑛士はシアンをジト目でにらむとパクっと牛タンにかぶりついた。

「元気出して! 今日は瑛士の歓迎会なんだからさ。くふふふ……」

 シアンは楽しそうに瑛士の肩を揉む。

「歓迎会は嬉しいけど、パパは生き返らなかったしなぁ……」

「何言ってんの。そんなこと言ってるからダメなんだゾ! 何事も言霊。上手くいくことしか口にしちゃダメなんだゾ」

「言霊……? そんなの効くの?」

「効く? 効くどころか、この世界は全て言霊でできてるんだゾ」

 シアンはニコッと笑うとピッチャーをグッと傾ける。

「全て言霊で……?」

 瑛士はシアンが何を言っているのか全く分からず、眉をひそめた。

「瑛士の地球がまだ残ってるのは『AIを倒して人類の世界を取り戻そう!』って瑛士が言ったからだゾ?」

「は……? 僕がそう言ってなかったら地球は消えてた……?」

「だって、僕はキミの地球を消しに行ってたんだから。きゃははは!」

「は……? け、消す……って?」

「AIに乗っ取られて再起不能の人類の星なんて運用するだけ意味ないからね。廃棄処分が決まってたんだよ」

 シアンは、八十億もの命を奪う計画を、まるで季節の変わり目を語るかのように軽やかに口にし、再びピッチャーを傾ける。

 瑛士は言葉を失った。あの時ネコと遊んでいたシアンは【破滅の天使】として瑛士の地球を消滅させに派遣されていたのだ。

 あの時、シアンと出会ってなければ、シアンにAI打倒を頼んでいなければ自分もこの世から消されていたに違いない。

 瑛士は心の奥底を貫くような冷たさが、背骨を震わせるのを感じた。

「瑛士の言霊が効いて廃棄処分がなぜか延期になったってわけさ。良かったね。きゃははは!」

 瑛士は大きくため息をつきながらテーブルに額をゴンとぶつけて動かなくなった。

 AIどころじゃない、最悪の敵、破滅の天使と組むことで、自分たちの地球は首の皮一枚繋がっていたのだ。その運命の皮肉に瑛士は言葉を失ってしばらく放心状態になってしまった。

「瑛士の意志が地球を存続させた。ね? 言霊は最強でしょ?」

「なんで……、なんで僕なんかの子供の意志が世界を動かすなんてことになるの?」

 一介の少年に過ぎない子供のたわごとで地球の未来が変わる。そんなことがある訳がないのだ。

「うーん、宇宙はね、誰かの意志でもって存続し、成長していくから……かな?」

 は……?

 瑛士はいきなり宇宙の成長の話になって眉をひそめた。

 ちんぷんかんぷんで戸惑っている瑛士を見ると、シアンはうなずき、説明を始める。

「この世界は量子でできている。それは分かるよね?」

「僕らは分子ででき、分子は原子ででき、つまり、量子の集合体……そして、量子は波であり、確率だってパパは言ってた」

「そう、そして、量子の世界では時間も因果律も関係ないんだ。結果があって、原因が決まることだってあるのさ」

「ちょ、ちょっと待って! 結果が先なの!?」

 瑛士はその意味不明な話に思わず声が裏返った。原因があって結果がある、これがこの世界の常識だが、量子の世界では結果から原因が決まることもあるらしい。その意味不明なふるまいこそがこの世界の基本という現実に瑛士はおののいた。

51. どう認識するか?

「結局量子は【観測】によって結果も原因も決まるんだよ」

 シアンはそう言いながら、カルビを皿からドバっとロースターにぶちまけた。ジュゥー! といういい音が響き渡る。

「観測……?」

「意識あるものがそれを認識するってことだよ」

「じゃあ、意識が認識しない限り何も決まらない?」

「そう。未決定の量子が漂うだけの空間になる。そして、宇宙はそれを嫌がるんだな」

 シアンはカルビをつまんだまま肩をすくめ、首を振る。

「で、僕ら人間が認識し、世界を観測し、結果が決まって原因が決まる……」

「そう、つまり、認識する人が一番偉いんだよ宇宙では。きゃははは!」

 シアンは楽しそうに笑って瑛士の背中をバンバンと叩いた。

「痛いですって! で、どう認識するか? が原因を作って結果を導き出す……。それが言霊……?」

「おぉ! 分かってるじゃん! きゃははは!」

「いやいやいや、地球には八十億人が常に何かを認識してるわけで、僕のたわごとが地球全体に影響するなんてありえないでしょ?」

「地球が八十億個あったらどうする?」

 シアンはまだ生焼けのカルビに舌鼓を打ちながらいたずらっ子の笑みを浮かべる。

「は、八十億個……? 一人一個のマイ地球……。いやいやいや、そんな馬鹿な……」

「馬鹿でもなんでも八十億人いたら八十億個の地球にどんどん分岐していくんだよ。キミが守ったのはキミが認識した地球」

 はぁっ!?

 瑛士はその荒唐無稽な話に言葉を失った。宇宙は一つ、そこにみんなが住んでいると思っていたが、それは違うという。宇宙はどんどん分岐しながら増えていくというのだ。

「いや、そしたら宇宙の数は爆発しちゃうじゃないか!」

「そうそう、大爆発。誰かが想いを込めた言霊を吐くたびにどんどん増えていくからね。でも、宇宙にとってみたらこの程度の数はなんでもない。このさらに百兆倍あっても気にならないくらいの数でしかないんだ」

 瑛士は言葉を失い、ただ首を振った。

 億や兆などの数値は宇宙の前では無意味なのだ。無限の宇宙には、数えきれないほどの世界が広がっており、子供の戯言ですら【観測】として新たな世界に分岐させていく。その途方もない深遠さ、これが宇宙の現実だということに、瑛士はめまいを覚えた。

「あ、いや、でもこの世界は情報でできているんだろ?」

「そう。でも、その情報を処理しているのは量子コンピューター。宇宙に直結してる。宇宙の法則はこの世界でもそのまま通用するんだ」

「じゃあ……。『パパは生き返る!』って言い続けていたら生き返るの?」

 半信半疑ながら、藁にでもすがりたい思いの瑛士は、シアンの腕をつかんで身を乗り出した。

「宇宙に採用されたら生き返る未来が選択され、原因が決まるね」

「採用されたらって……どうやって採用されるの?」

「それは僕も分かんない。ただ、熱意をもって何度も言ってると確率は上がる気がするよね」

 シアンはカルビを頬張り、幸せそうにまぶたを閉じて味わった。

「……。『パパは生き返る!』『パパは生き返る!』『パパは生き返る!』」

 瑛士はそう叫ぶと目をギュッとつぶって手を組み、祈る。本当にこれだけでパパは生き返ってくれるとは到底思えなかったが、今はただ祈るしかできないのだ。

        ◇

 ウーロン茶を飲みすぎてトイレに出た瑛士は、部屋への帰りにタニアと会った。

「あ、瑛士! さっきは悪かったね」

 タニアは申し訳なさそうに手を合わせる。

「さ、さっき……って?」

「馬が飛んじゃってさ」

 タニアは肩をすくめる。

「あぁ、ちょっと驚きましたけどもう終わったことですから」

 ひどい目には遭ったが、今ではいい想い出である。

 しかし、タニアにとってはひどく負い目に感じているようだった。

「それで……。お詫びの品を用意したんだ。ちょっと来て……」

 タニアはツーっと指先で空間を裂くと、瑛士に目配せをして瑛士を中へと引っ張り込んだ。

          ◇

「あれ? ここは……?」

 連れてこられたのは、高級なカーペットの敷かれた緩やかにカーブしていく廊下だった。上からは小さなシャンデリアが下がり、キラキラと煌びやかな明かりを振りまいている。

「今晩のあなたのホテル……。お詫びに用意しといたわ」

 タニアはウインクして嬉しそうにドアまで瑛士を引っ張った。

 いきなりかわいい女の子にホテルに連れてこられた瑛士は、一体どういうことかと心臓が高鳴ってしまう。

52. 限りなくにぎやかな未来

「はい、この部屋よ? どうぞ……」

 タニアはピッ! と、カードキーをアンロックする。

「ここが……、今晩の部屋……?」

 瑛士は戸惑いながらも勧められるがままにそっとドアノブを回す。

 ガチャッ。

 重厚な金属音と共に扉が開いた。

 中は廊下となっている。いわゆるスイートルーム、相当に高価な部屋に違いない。

 気後れしている瑛士にタニアはニコッとうなずいた。

 瑛士は大きく息をつくとソロリソロリと中へと進む。

 正面の扉をそっと開けると、豪華な装飾が施された部屋が現れる。部屋の中央には、高級な革で覆われたソファーがあり、そこには男女二人がくつろいでいた。

「えっ……?」

 驚愕で目を見開く瑛士。

 なんと、それはパパだった。そして、その隣にいる若い女性は写真の中で見たママそっくりに見える。

「えっ!? パパ、ママぁ!」

 瑛士は駆け出した。失われたはずの両親。それがにこやかに瑛士を迎えている。それは、夢か現か、まさに奇跡のようだった。

 瑛士は二人に飛び込み、ギュッと抱きしめる。

 懐かしい匂いが瑛士の心を温かく包み込み、涙があふれ出た。

 おぉぉぉぉぉ!

 瑛士は、喜びと安堵の涙を流しながら慟哭した。必死に道を切り開き、何度も死を覚悟した先についにたどり着いた自分の原点。それは彼にとって、言葉では言い尽くせないほどの喜びの瞬間だった。

「瑛士、よく頑張ったな……」

 タニアから聞いていた薄氷を踏むような顛末を思い返しながら、パパは優しい顔でそっと瑛士の頭をなでた。その想像を絶する苦闘の連続の末に勝ち取った地球の未来。パパは想いを込めて立派になった瑛士をねぎらう。

 ママはいつの間にか息子が大樹のように堂々と立派に成長しているのを見て、涙が溢れた。どれだけの困難がこの二人に降りかかっていたのかピンと来ていなかったが、瑛士の激しい嗚咽から溢れる痛みと愛に、母の心は深く打たれる。

「ふふっ。後は私が適当に言っておくから家族水入らずでどうぞ」

 タニアはそう言うと静かに扉を閉めた。

        ◇

 ホテルの屋上にすぅっと転移したタニアは、宝石箱をひっくり返したような煌めきが広がる東京の街並みを見ていた。

 何の変哲もない十五歳の少年が宇宙を響かせ、未来を勝ち得て両親の愛に包まれていく。その様はタニアには眩しく映った。

 その時、タニアの指先が黄金色に輝く微粒子に分解されていくのに気がついた。

 え……?

 指先からフワフワと風にたなびきながら舞い上がっていく煌めく微粒子たち。すでに指の多くは消えてしまっている。

「あちゃー……。ちと、やりすぎちゃった……かな? まぁ……いいか……」

 タニアは諦観した面持ちで賛美歌を歌い始めた。煌びやかな東京の夜空に響き渡る澄み通る高音の歌声。それは少し物悲しい想いを乗せながら黄金の微粒子を震わせていく。

 腕が消え、足が消え、そして、歌声が……消えていった。

 舞い上がった黄金の微粒子はまるで雲のように渦を巻き、やがてモアイ像のような武骨で巨大な顔を形作っていく。

 東京の夜空に輝く巨大な顔。そして、その不気味な口がゆっくりと動き出す。

「Plus verborum(もっと言葉を!)」

 重低音の声が一帯に響き渡る。

 巨大な顔は満足そうに微笑むと、サラサラと風に吹かれながら壊れていった。

        ◇

 その晩、瑛士はパパとママとの時間を遅くまで楽しんだ。部屋は暖かい灯りで満たされ、ふわふわのクッションが散らばるソファに座り、家族の絆を深める。ずっと憧れていた両親との心温まる時間に浸りながら、瑛士はまるで幼い頃に戻ったように、無邪気に笑い、二人に心から甘えた。

 深夜になり、さすがに眠い瑛士はウトウトし始める。

「じゃあ、今日はもう寝るか?」

「うん、パパとママと一緒に寝たい!」

「あらまぁ、甘えんぼさんね。ふふふ」

 三人とも優しい笑顔で見つめあう。

 広大なキングサイズのベッドに、三人の姿が月明かりに照らされながら、川の字に寄り添って眠る。瑛士は、彼を取り囲むパパとママの愛に包まれ、心からの幸せの中、睡魔に堕ちていく……。

 明日からの瑛士の地球での復興作業、それはきっと苦難の連続になるだろう。だが、今の瑛士にはどんなことでも実現できる自信に満ち溢れていた。

 その日、東京にはまるで何かを祝うかのように流星雨が流れ、夜空を明るく照らし出したという。

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