【金こそパワー】ITスキルで異世界にベンチャー起業して、金貨の力で魔王を撃破! 2~4
2. 澄み通る碧眼
「やるぞ……、やったるぞぉぉぉ!」
月を見つめ、武者震いするタケル……。すると、若い女の子の声がする。
「あのぅ……、それ、何ですか?」
金髪の少女が碧い瞳をクリっと輝かせながら、好奇心いっぱいに声をかけてきたのだ。指さす先にはテトリスがピコピコと動いている。
「あ、これは……ゲーム、ゲーム機です。やってみますか?」
挙動不審だった自分が恥ずかしくて真っ赤になったタケルは、テトリスマシンを差し出した。
「ゲーム?」
小首をかしげる少女。薄手のリネンのシャツと、その上に重ねられた装飾的なボディスが、彼女の上品な雰囲気を演出していた。かなり裕福な家の娘に違いない。
タケルは少女の澄んだ碧い瞳に見つめられて、ほほを赤らめながら丁寧に説明していった。
「ここを押すと右、ここで左、これで回転ですね……」
「はぁ……?」
少女は押すたびにチョコチョコとブロックが動くのを見て、不思議そうに首をかしげた。
「で、ここを押すと……」
タケルがブロックを隙間に落とすとピカピカと光って列が消える。
「うわぁ! 面白い!」
少女は碧眼をキラッと輝かせて嬉しそうに笑った。
「簡単でしょ?」
「うん! やらせて!」
少女は受け取ると、好奇心いっぱいの瞳で画面を見つめ、ブロックを操作していく。
最初は下手だった少女も段々慣れてきて、うまく列を消せるようになってくる。
「やったぁ! 四列消しよっ!」
少女は自慢げにタケルを見て、パアッと笑顔を輝かせた。
「上手ですね、僕より上手いかも」
タケルは喜んでくれるのが嬉しくて、ニコニコしながら少女の横顔を見入る。不器用なタケルは、前世でも女の子に喜んでもらった経験などなかったのだ。
ものすごい集中力でブロックを消し続ける少女。
「よーし……こうして……。ああっ! ダメ! ダメだって! あぁぁぁぁ……」
徐々に速度が上がってゲームオーバーになってしまったが、少女は初めてやったゲームに完全に魅了され、恍惚とした表情でタケルを見た。
「これ……、売ってくれませんか?」
「はっ?」
「金貨一枚……いや三枚までなら出します!」
少女はググっとタケルに詰め寄った。
「金貨三枚!?」
「少ないですか? 五枚でどうですか?」
金貨五枚と言えば日本円にしたら五十万円。テトリスマシンに五十万は破格だった。
「ま、待ってください。これは試作品なので、ちゃんとした商品でお渡しします。その時買ってください」
タケルは焦る。街灯を勝手に改造したものなど売ったら犯罪なのだ。
「分かりました。私はアバロン商会のクレア。できたら商会にまで持ってきてくださる?」
クレアは嬉しそうにタケルの顔をのぞきこんだ。アバロン商会と言えば有名な大企業である。彼女はいわば会長令嬢ということだろう。見れば向こうの方でボディーガードが二人、目立たないようにしながらクレアを見守っているではないか。
タケルは冷汗を浮かべながら思わずゴクリと息をのむ。
「わ、分かりました。明日にでもお持ちしますので契約書を……」
「け、契約書……?」
クレアは眉をひそめた。
タケルはまた余計なことを言ってしまったとギュッと目を閉じた。少女と契約書を結ぶことにどれほどの意味があるだろうか? お金の絡む話はキッチリしないと気持ちが悪いとは思いつつも、さっき、契約書が全く意味がなかったばかりなのだ。
「だ、大丈夫です! 明日持っていきます」
タケルは急いで言い直す。
「私は嘘なんてつかないわ。約束は守るの。信じて下さらない?」
クレアはタケルの手をギュッと握った。その碧い瞳は街灯にキラキラと輝いている。
その柔らかな手の暖かさにタケルはドキッとした。ずっと年下の女の子にこんなことを言わせてしまったことに、タケルは湧き上がる嫌悪感を止められなかった。もう、契約とかにこだわるのは卒業すべきなのだ。
「し、信じます! ごめんね……」
タケルは恥ずかしそうに頭を下げた。
「明日ですね、絶対ですよ?」
クレアは澄み通る碧眼でタケルの顔をのぞきこむ。
「任せてください!」
タケルは満面に笑みを浮かべてこぶしで胸を叩いた。初めてのビッグな商談、しっかりといいものを買って喜んでもらうのだ。
自分のIT技術で今までにない商品を創り、それが莫大な富を生む。タケルはいきなり訪れた破格のチャンスに胸が高鳴っていた。
◇
翌朝、開店を待って魔道具屋から魔法のランプを十個買い付けると、【IT】スキルを使ってテトリスを書き込んでいく。
テトリスはハイスコア機能をつけて、名前とハイスコアが表示されるようにしておいた。こうしておけば競争もできていいに違いない。
また、ランプのプレートそのままではうまく持てないし、すぐにも割れてしまいそうである。そこで、木製の小さな額縁を買ってきてプレートを埋め込んだ。
これで、魔石の魔力が続く限り動き続けるハンディ・テトリス機の完成である。
「ヨシ! まずはゲーム機で起業資金を稼ぐぞぉ!」
タケルは動作確認をしながら興奮して叫ぶ。ゲームという概念のないこの世界にいきなりテトリスが現れるのだ。きっと爆発的にヒットするだろう。
十台全部テトリスマシンに魔改造したタケルは、バッグに詰め込むと意気揚々と宿屋を後にする。さんさんと輝く太陽がタケルの門出を祝っているようで、タケルは両手を広げて幸せそうに大きく息を吸い込んだ。
3. わが師ジョブズ
タケルがやってきたのはアバロン商会本店。目抜き通りにある豪奢な石造りの建物で、木の板にフェニックスをあしらったシックな看板がかかっている。中には煌びやかな宝飾品が並び、ボロい服を着たタケルではとても気軽に入っていける雰囲気ではない。
「あのぉ、すみません……」
タケルは入り口の警備員にクレアと約束があることを告げた。
「タケル様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ……」
警備員はにこやかにタケルを二階のVIPフロアへと案内していく。豪華で煌びやかな室内、床には赤いカーペットが敷かれてあり、庶民には実に居心地が悪い。タケルは店員たちの鋭い視線に渋い顔をしながら、警備員に着いていった。
洗練されたインテリアの応接室に通され、言われるがままにフワフワとした豪奢なソファーに腰かけたタケルだったが、とても場違いで居心地が悪い。出された紅茶の繊細な香りに圧倒されているとコンコンとドアが叩かれ、クレアが顔をのぞかせる。
「タケルさん、お待ちしておりましたわ!」
クレアは満面の笑みで足早に入ってくると、後からは恰幅のいい紳士もついてきた。会長だろうか?
「きょ、恐縮です」
タケルは慌てて立ち上がり、胸に手を当てて頭を下げた。
「で、商品版はできましたの?」
クレアは待ちきれない様子でタケルの顔をのぞきこむ。
「は、はい。こちらです……」
タケルは早速テトリスマシンをクレアに渡す。
「わぁ……、随分……変わりましたね……」
クレアはハイスコア表示もされ、ブロックに色もついたテトリスマシンに目を輝かせる。
「ほう……、これは珍妙な……。一体これは何なんだね?」
紳士はクレアの後ろからテトリスマシンをのぞきこみ、口ひげをなでながらけげんそうな顔で聞いてくる。
「ゲームマシンよ? こうやるのよ!」
クレアは【START】ボタンをタン! と叩いた。
「ほう……? なんか動いとるな……」
「これは列を消して楽しむのよ!」
クレアは得意げにタン! タン! とボタンを叩き、次々とブロックを積み上げていく。そして『棒』のブロックがやってきた。
「見ててよ! えいっ!」
クレアは得意満面に棒のブロックを隙間に落とす。
ピコピコっと点滅しながら四列が消えていった。
「ほう! なるほどなるほど……、これは新鮮じゃな……。どれ、ワシにも貸してみなさい」
紳士はクレアのテトリスマシンに手をかける。
「ダメッ! 今、いいところなんだから!」
身体をひねって逃げるクレア。
「ちょっとだけじゃって!」
「パパは後で!」
親子喧嘩が始まってしまった。
「会長様、もう一台ございますのでこちらで……」
慌ててタケルはカバンからもう一台を差し出す。会長にも興味を持ってもらえたことは予想外のチャンスであった。
「おぉ、ありがとう! どれどれ……」
しばらく二人はテトリスに熱中する。
「くあぁ! なんじゃ、全然『棒』が出んぞ!」
「パパ、そこは辛抱強く待つしかないわ!」
「待つって……、もう余裕が無いんじゃぞ……。くぅぅぅぅ……。あっ! 出た! 出たぞ! ワハハ! こりゃ楽しいわい!」
ゲームというものがないこの世界の人にとって、テトリスは極めて新鮮な体験だった。ブロックをクルクル回しながら落とせる場所を探し、うまく溝を作って育てた後、一気に棒のブロックで四列消し去ること、それは脳髄にいまだかつてない快楽を走らせるのだ。
二人とも目をキラキラさせながらテトリスに興じている。しかし、今日は商談に来たのだ。ITベンチャーを起業し、スマホを開発するにはそれなりの資金が要る。この商談でその開業資金を稼がねばならないのだ。
「あのぉ、そろそろ商談に入りたいのですが……」
タケルは恐る恐る声をかける。
「ちょ、ちょっと待って! 今ハイスコア更新中なの!」
「うはぁ、クレア、お前なんという点数を出しとるんじゃ……」
「ホイッ! ホイッ! ホイッ! あぁぁぁ、ダメッ! イヤッ! キャァァァァ!」
クレアは絶叫し、額に汗を浮かべながら恍惚とした表情で宙を見上げた。
「いやぁ、タケル君! これは凄い、凄いぞ! これは売れる!」
会長は興奮した様子でタケルの手を取る。
「そ、そうですか? 良かったです……」
タケルは会長の熱気に気おされ、少し後ずさりした。
「百個作れるかね? それであれば金貨三枚、合計三百枚で買おう!」
それは日本円にしたら三千万円、タケルはいきなりのビッグビジネスに心臓が高鳴る。魔法のランプにテトリスを書き込んだだけで三千万円、それは想像をはるかに上回る展開であった。
「ひゃ、百個……作れます!」
「おぉ、それじゃ頼むよ! 納期はいつになるんじゃ?」
会長はノリノリで話を進める。
だが、この時、ふとタケルの脳裏に『スティーブジョブズだったら契約するだろうか?』という問いが頭をかすめた。タケルは異世界Appleを作りたいのだ。一台何十万円もするテトリスマシンを百個バラまきました。それでジョブズは納得するだろうか?
『違う……。ジョブズはそんな男じゃない……』
そんな発想ではとてもAppleにはなれない。多くの人を巻き込むことが次のビジネスの基盤になるはずなのだ。
ジョブズだったらどうするか……。
タケルは目をギュッとつぶって必死に考える。より多くの人に使ってもらい、なおかつ次の事業に繋がる収益が得られる道……。
タケルにとって、ここが起業家として成功するかどうかが試される分水嶺だった。
4. 夢を売れ!
「タ、タケル君、どうした?」
急に黙ってしまったタケルに会長は不審に思い、首をかしげる。
タケルはこの世界には珍しい黒髪の若者だった。お金には苦労していそうではあったが、清潔感のある身なりには好感が持てるし、話してみると大人の思慮深さを感じる不思議な雰囲気を纏っている。
長くお付き合いできればと、かなりいい条件を提示したつもりだったが、タケルは押し黙ってしまった。
すると、タケルは顔を上げ、覚悟を決めた目で会長を見つめた。
「会長、一台当たり銀貨三枚でいいので、一万個売れませんか?」
「い、一万個!?」
会長は目を白黒させ、タケルを見つめ返す。
「多くの人が買える値段で一気に普及させたいのです」
「ふ、普及って言ったって……、ゲーム機なんて前例のない商材は……」
会長は腕を組み、首をひねって考え込む。百個ならお得意さんに卸して行けばすぐにでも捌けるだろうが、一万個となると庶民向けの新規の流通経路がいるのだ。ゲームは面白いが、ゲームに大金を払える庶民なんて本当にいるのだろうか? 前例のない商品を新規の流通経路に流してトラブルにでもなったら、アバロン商会の信用にも傷がついてしまう。合理的に考えればとても乗れない提案だった。
渋い顔をする会長にタケルは両手を前に出し、まるで夢を包むように想いを込める。
「テトリス大会を開きましょう! ハイスコアトップの人に賞金で金貨十枚を出すのです!」
起業家は商品を売る前にまず、夢を売らねばならない。前例のない提案でも熱い情熱で相手を動かす、それがわが師、スティーブジョブズの教えなのだ。
「じゅ、十枚!?」
「それ素敵! 私も出るっ! きっと私が優勝だわっ!」
クレアは太陽のように輝く笑顔で笑った。
その今まで見たこともないような、希望に満ち溢れた笑顔を見て会長はハッとする。娘がここまで入れ込むなんてことは今までなかった。つまりこれは新たなイノベーションであり、ブレイクスルーに違いない。ここは若い感性に賭けるべきでは無いか?
「ふぅ……。タケル君……。キミ、凄いね……。うーーーーん……。分かった、一万個、やってやろうじゃないか!」
会長はタケルの手を取り、グッと握手をする。その瞳にはタケルやクレアから燃え移った情熱の炎が燃え盛っていた。
タケルも負けじと情熱を込め、グッと握り返し、うなずく。
かくして、テトリスマシンは一万台販売されることとなった。日本円にして三億円の契約、それはベンチャーの開業資金としては十分すぎるほどのスタートと言える。
そして、異世界で大々的に開催されるテトリス・チャンピオンシップ大会。それはこの世界では前代未聞の大イベントだった。
◇
魔法ランプの素材を急遽一万枚、会長に用意してもらったタケルはアバロン商会の倉庫を借りて量産に励む。しかし一人で一万個はさすがに大変である。朝から晩まで【IT】スキルでテトリスを書き込んでいくが一日に二千個が限界だった。
「こんにちはぁ……」
クレアの可愛らしい声が倉庫に響く。
「あぁ、クレアさん……。もう少しで五千個、折り返し地点ですよ……」
疲れてフラフラになりながらタケルはクレアを見上げた。
「お疲れさまっ! で……、これ……、差し入れです」
クレアは澄み通る碧眼を輝かせながらニコッと笑うと、少し恥ずかしそうにそっと包みをタケルの机に置いた。
「おぉ、これはありがたい……。え……、これは……?」
中から出てきたのは少し不格好でやや焦げているパウンドケーキ。それは売り物ではなく明らかに手作りであり、タケルは息をのんだ。
「わ、私が焼いた……の。見た目はちょっとアレだけど、あ、味は……」
照れ隠しをするように手を後ろに組んで、宙を見上げるとクレアはゆっくり首を揺らした。
タケルは一切れつまんでパクっと食べ、にっこりと笑いながらサムアップ。
「美味しい……、美味しいよ。ありがとう!」
令嬢なのだから取扱商品を持ってくればいいだけなのに、自分で焼いてくれる。それはタケルにとって心温まる嬉しい差し入れだった。
「よ、良かった……」
クレアは白く透き通った頬をポッと赤らめながらうつむく。
そんなクレアを見ながら、タケルはなんとしても計画通り一万個の出荷を実現せねばとグッとこぶしを握った。
そこそこの規模であるアバロン商会としても、一般向けに一万個ものゲーム機器を売ってゲーム大会を開くということは、かなりリスクのある挑戦なのだ。そんな中で託してくれた会長やクレアの信頼にはちゃんと応えていきたい。
起業家にとって信用こそ一番大切な財産である。この第一歩をしっかりと成功させることが異世界ベンチャーの成功、ひいては魔王を倒して世界を救う重要なプロセスだった。
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