アラフォーだって輝ける! 美しき不死チート女剣士の無双冒険譚 ~仲良しトリオと呪われた祝福~60~68
60. 奪われた焼き鳥
翌日からソリスはシアンによる鬼の特訓を受けた。最初は見ているだけだったフィリアとイヴィットもなぜか俄然やる気となって、弟子候補生として同じメニューをこなすようになる。
「ソリス殿には負けられまへんわ~」「うちもせいだしますぇ」
二人の目には『東京もんには負けられない』という執念の輝きを放っていた。
だが、午前中は情報理論の座学、午後はコーディング、夕方は対テロリストを想定した実践演習と、みっちりとカリキュラムは詰まっている。朝から晩まで厳しくしごかれつづけて一週間もたつと、さすがにみんな疲労が見えてくる。
「ソリス殿~、なんやのんこれ? こんなのなんか意味あるんか~?」
特訓後に行った新橋の居酒屋で管を巻くフィリア。
確かにアラフォーにとってシャノンの情報理論もコーディングもキツい。だが、この世界がこの理論やコードを基礎として構築されている以上、学ぶ以外ないのだ。
「無理にとは言わないわよ?」
ソリスは突き放すようにジョッキをあおる。正直言えばソリス自身限界を感じていた。でも、ここで諦めるようなことがあればきっと一生後悔する、そんな根拠もない確信がソリスを突き動かしていたのだ。
「ソリス殿は相変わらずストイックやな~」
すっかり出来上がったフィリアがバンバンとソリスの背中を叩き、テーブルに突っ伏した。
「焼き鳥の串、刺さりますえ?」
イヴィットが、淡々とテーブルを整理していく。
ソリスはふぅとため息をつくと、フィリアの肩を叩いた。
「あと数週間耐えればある意味【神様】になれるんだからがんばろ?」
「神さんなぁ……。神さんなったらなんかエエことあるん? なんやかんや めんどくさそうなことばっかりちゃうん?」
すっかり出来上がったフィリアが丸眼鏡をはずし、ソリスをジロリと見上げた。
その時だった――――。
パリパリ……。
静電気がスパークするような音と共に、テーブルの上の空間に亀裂が走る。
ひっ! うわぁ! え……?
いきなり訪れた面妖な事態に三人は固まった。
すると、スパークを放ちながら亀裂の向こうからニョキっと白い腕が伸びてくる。
ひぃっ! きゃぁ!
思わずのけぞる三人の前を伸びた腕は焼き鳥の串をつかんだ。
そしてそのまま亀裂の中へと消えていく――――。
うほぉ……、うまぁ……。
亀裂の向こうから声がする。シアンだ。
三人は渋い顔でお互いの顔を見合わせる。
「何? もうギブアップ?」
シアンは亀裂からニョキっと顔を出すと、ニヤリと笑いながらフィリアを見つめる。
「え……? そないなことあらへん!」
「ふ~ん、無理したら身体に悪いよ?」
シアンは焼き鳥の肉にかぶりつきながら言った。
「なんともあらへん。ぜーんぜん平気やわ」
フィリアは虚勢を張り、勇ましく顎を上げてシアンを見据えた。
「そやったら……ええけどな……」
シアンは慣れない大阪弁で返事しながら、ニヤッとフィリアをにらみ返す。
「あ、あのぉ……」
ソリスは声を上げる。
「どないしたん?」
シアンはソリスの方をジロっと見る。
「特訓が終わったら、私たちはシアンさんと一緒に活動するんですよね?」
「そうやねんけど、えらいことになった時によぶような感じやろか? 普段は好きにしといたらええねん」
「あ、緊急事態になったら呼ばれるってことですね」
「せや」
「それは……、上位の世界へ行く……こともあるんですか?」
ソリスは核心に切り込んだ。シアンの存在の秘密にかかわる話なので今までずっと聞けずにいたのだが、つい酔った勢いで聞いてしまった。
ピクッとシアンのほほが動く――――。
シアンの瞳に冷たい炎が宿った。その鋭い視線は、まるで刃物のようにソリスを射抜く。
「キミは……、上位の世界が何か……知ってるの?」
テーブルを取り巻く空気が凍りつくかのように、緊張が漂った。
「ご、五十六億年前にAIができたのに、この世界は六十万年前に作られたんですよね? その間、何もないなんてことはないじゃないですか」
震える指先で額の冷や汗を拭いながら、ソリスは言葉を紡ぎ出した。女神ですら足を踏み入れたことのない上位世界。その神秘の領域に到達できれば、慈悲深き女神の重荷を少しでも軽くできるかもしれない。幾度となく蘇らせてくれた女神への感謝の念が、ソリスの心を熱く焦がしていた。
シアンは静かにうなずき、ニヤッと悪い顔で笑う。
「ふぅん、いいよ? でもそうなら特訓も一段ギア上げないとね? 厳しさについてこれる?」
「もちろん!」
ソリスはグッとこぶしを握る。
「キミたちは?」
シアンはフィリアとイヴィットに視線をやった。
「なんぼでも ええで! やりまっせ」「やってみせまっさ!」
二人もこぶしを握ってノリノリで答える。少し飲みすぎているのかもしれない。
シアンは嬉しそうにグッとサムアップした。
「じゃ、明日は六時集合ね? 早く寝といた方がええでー! きゃははは!」
楽しそうに亀裂の向こうへと引っ込んで消えていくシアン。
「ろ、六時……」「マジでっか……」「えらいこと、なってしもてん……」
フィリアとイヴィットは不満げな顔をしてソリスをジト目で見る。
ただ、ソリスの心臓は高鳴っていた。女神の目すら届かぬ神秘の世界へ足を踏み入れる――――。その一歩は、想像を超える冒険の始まりになるだろう。シアンの存在が女神をも凌駕し、さらにその上位の世界を垣間見られるとは……。ソリスの魂は歓喜に震えていた。
61. 失われた夢の欠片
それから一カ月――――。
「え~? こないな所にお花畑なんかあるんかいな?」
フィリアは怪訝そうな顔をして、シャトルから辺りの景色をキョロキョロと見回してみる。しかし、そこには鬱蒼と茂る未開の大樹林が広がるばかりだった。
「ふふっ、フィリアはまだまだね。ちゃんと情報理論学んでたのかしら?」
ソリスはシャトルの操縦桿をゆっくりと倒し、青空に大きな飛行機雲の弧を描きながら思い出のお花畑を目指した。
三人は無事シアンの特訓を終え、卒業の免状をもらって里帰りに来ているのだ。緊急事態の呼び出しが来るまでは好きに暮らせるので、まずはセリオンのお花畑へとやってきている。
眼下に広がるのはただの原生林、しかし、ソリスにはこのリバーバンクスの北の山に隠された大切なお花畑が、なんとなくうっすらと見えているのだ。
徐々に高度を落としていくと『ヴゥン』という電子音が響き、刹那、壮大なお花畑が眼下にブワッと広がった。
「うわっ! なんやこれ!」「あらまあ、えらい綺麗やわぁ……」
「ふふっ、ここが目的地よ。龍の結界で守られているのね」
色とりどりの花が咲き乱れる広大なお花畑。その中に小さく三角屋根が見えてきて、ソリスの胸に熱いものが込み上げてきた。最後の別れの日、瓦礫と煙に包まれていた愛しの我が家。それが今、往年の姿で佇んでいる。ソリスの胸に、安堵と喜びが温かな波となって押し寄せてきた。
セリオン……。
ソリスは指先で涙をぬぐうと画面をパシパシと叩き、着陸態勢に入る。
「当機は最終の着陸体制に入ります。どなた様も今一度シートベルトをお確かめくださーい!」
ソリスはシアンの真似をして、計器を見ながら着陸場所の見当をつけた。
「着陸するならここよね……、それっ!」
そこは二人で薪割りをした思い出の空き地……。楽しかった思い出の数々がソリスの胸に去来する。
ゴォォォォ!
エンジンが盛大に逆噴射をしながら、三角屋根の隣の空き地に向けて徐々に高度を下げていく。
いよいよやってきた愛しの我が家。セリオンは無事だろうか? でも、この世界線ではセリオンはまだ自分とは会っていないのだ。あの二人で過ごした楽しい夢のような日々を、もう自分しか覚えていないと思うととてもやるせなくなってくる。
それに……。少女の姿でしか会ったことがないのだ。前回と同じように温かく迎えてくれるだろうか? ソリスの胸中に不安が渦巻く。
『着陸シーケンススタート! 十、九、八……』
自動音声が流れてきた。AIが機体を安定させ、派手にエンジンを噴射しながらゆっくりと着陸目標へと降りていく――――。
「ほぉぉ」「うわぁ……」
フィリアとイヴィットはお花畑にたたずむ可愛い三角屋根の家を見ながらため息を漏らす。それはまさに理想的なスローライフの一軒家だったのだ。
ズン! と、着陸の衝撃がシャトルを揺らす。
『着陸完了! お疲れ様でした』
パシュー! キュルキュルキュル……。
エンジンが止まり、各種機構が着陸モードへと自動で変更していった。
バシュッとドアを開け、ソリスはタラップを降りていく。懐かしい花畑を渡るかぐわしい風、爽やかな高原の日差し、それはまさにセリオンと暮らした夢の暮らしの景色そのままだった。
手で日差しを遮り、家の窓を見れば金髪の少年が心配そうにこちらを見ている。
セ、セリオン……。
ソリスの心臓がドクンと高鳴った。最後に嘘を言って家を出てきた時の、そのままのセリオンがそこにいる。
あ……。
思わずソリスは手を伸ばし、そして力なくうなだれた。
あの時のセリオンではないのだ。そして、自分はアラフォー……。
ソリスはキュッと口を結んだ。
本来ならこんな所へ来てはいけなかったのかも知れない。
ここは少女ソリスと少年セリオンの神聖な地、あの輝かしい季節のための場所なのだ。アラフォーの自分がその二人の思い出の地を穢すことになってしまったらどうしよう……。涙が自然と湧いてくる。
『どうしよう……、引き返そうか……?』
ガックリと肩を落とすソリスの脳裏に気弱な想いが駆け巡った――――。
「おねぇちゃーん!!」
その時、セリオンの溌溂とした声がお花畑に響き渡る。
え……?
ソリスは驚いて顔をあげた。そこには風を切って全力で駆けてくるセリオンの輝くような笑顔が見えた。
「セ、セリオン……? どうして……?」
驚き、固まるソリスにセリオンは無邪気に跳び込んでいく。
「遅いよ! おねぇちゃん! ぼく、ずっと待ってたんだよ?」
セリオンはソリスの白いブラウスに顔をうずめ、涙を流しながら訴えた。
「お、覚えて……いるの?」
「シアンさんがね、特別にって記憶を残しておいてくれたんだ」
「そ、そうなのね……師匠……。うっうっう……」
セリオンを抱きしめるソリスの目に、堰を切ったように涙が溢れ出した。失われた夢の欠片が、まるで割れた鏡が元の姿を取り戻すかのように一つになっていく。ソリスの頬を伝う涙は、喜びと感謝の結晶となって、二人の魂を優しく包み込んだ。
再会の喜びに胸を震わせながら、しばらく二人は花畑を渡る風に吹かれていた。高原のさわやかな風は懐かしい記憶の欠片を運んでくる。一緒に美味しいものをほお張り、森を探検し、たくさんたくさん笑った――――。
互いの体温を感じながら、二人は無言のまま、数多の奇跡がもたらした魔法のような瞬間を味わっていた。
良かった……。
ふんわりと香ってくる優しいセリオンの匂いを胸いっぱいに吸い込み、ソリスは自分を取り巻くすべてに感謝をささげる。そして、心の奥底から湧き上がる幸福感に身を委ねた。
フィリアとイヴィットは二人の幸せそうな姿をうらやましそうに見ながら微笑み、そして、そっと涙をぬぐった。
62. アラフィフの衝撃
「なんで……私だって分かったの?」
ソリスは恐る恐る聞いてみる。いくら記憶が戻ったとはいえ、記憶の中の自分は少女の姿のはずなのだ。いきなりアラフォー姿で出てきたら普通は分からないだろう。
「え? だって、おねぇちゃんはおねぇちゃんだよ? それに、少し歳とっても僕からしたら年下だもん」
「え……? 年下って?」
ソリスは首を傾げた。自分はアラフォー。少年より年下というのは話が合わない。
「だって僕、来年で五十歳だもん!」
無邪気に手のひらを広げ、ニッコリと笑うセリオン。
は……?
ソリスは唖然とした。今まで少年だと思っていたが、年齢は自分より上なんだそうだ。
「龍族の成人はね、二百歳なんだよ! だから僕はまだまだ子供! えへへ」
セリオンは嬉しそうに笑う。そのキラキラとした笑顔にソリスの心はまるで小鳥のように羽ばたき、言葉にできない感情が胸いっぱいに広がっていく。
「ふふっ、いつまでも子供でもいいわよ?」
ソリスはセリオンの身体をヒョイっと青空に向けて高く持ち上げ、くるりと回った。
「うわぁ! いやだよ、僕は立派な龍になるんだから!」
セリオンは口をとがらせる。
「うふふ、そうね……」
ソリスはセリオンのほほをそっとなでた。宝石のように輝く瞳と天使のような美しい顔、セリオンはまるで絵本から抜け出してきたかのようである。年上とはいえ、その小柄で愛らしい姿に、ソリスの心は温かさで満たされていく。
ソリスは、この愛おしい存在を抱きしめ、優しく頬ずりをした。セリオンは、彼女の魂に光をもたらす、かけがえのない少年なのだ。
◇
「えー、ほな、ソリス殿とセリオン殿の再開を祝うて……カンパーイ!!」
フィリアはワイングラスを掲げる。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
笑顔の中、チンチン! とグラスの音が部屋に響く。
セリオンとソリスは目を合わせて笑いあう。苦難の日々を乗り越えた今、希望に満ちた未来が目の前に広がっている。大地を耕し、緑豊かな森で獲物を追い、夕暮れ時には暖炉のそばで香り立つ料理を囲んで過ごす日々。あの懐かしい幸せな季節が、再び二人の人生に彩りを添えようとしていた。
カランカラン!
いきなりドアが開く。
「お邪魔するよー!」
見れば翠蛟仙がミスティックサーモンを片手にニヤッと笑ってソリスを見つめている。
「やったぁ!」
セリオンはパタパタと駆け出して大きなサーモンを嬉しそうに受け取った。
「ア、翠蛟仙さん……。もしかして……」
ソリスは翠蛟仙の様子に記憶が残っているニュアンスを感じる。
「そう! 私も記憶残ってるわよー。別に消しておいてもらった方が良かったんだケド?」
瀟洒な青いワンピースに身を包んだ翠蛟仙は肩をすくめながら皮肉たっぷりに言う。
「記憶なかったら……殴り合いからの再開になるけどいいの?」
ソリスはニヤッと笑った。
「あー、嫌だ嫌だ! 冗談よ。あんたみたいなパワーで押すタイプはコリゴリだわ!」
翠蛟仙は美しい顔を歪めながらワイングラスを取り出し、手酌で注いでいく。
「で、どうするんだい? またここに住むのかい?」
グラスをクルクルッと回し、赤ワインの香りを楽しんだ翠蛟仙はソリスに目線を合わせた。
「そうね。やっぱりここの暮らしが最高だもの。たまに緊急呼び出しが来ると思うけど、その時以外はここでスローライフだわ」
「ふぅん、あんた達も?」
翠蛟仙はフィリアとイヴィットの方を向き、ワインを一口含んだ。
「まぁ、しばらくお試しで暮らしてからやな」「そないどすわ」
「ふぅん、また騒がしくなりそうで困っちゃうわ」
翠蛟仙はそう言いながらも口元に浮かぶ微笑みは隠せない。
「素直じゃないわね。ほら、カンパーイ!」
ソリスはひじでチョンチョンと小突きながらグラスを差し出す。
翠蛟仙はジト目でソリスをにらんだが、相好を崩すとグラスを合わせた。
「ふふっ、カンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
「あー! 待って!! 僕も乾杯するの!」
セリオンが口をとがらせながら、キッチンから飛んでくる。
「ふふっ、じゃあもう一回ね! カンパーイ! よろしくぅ!」
ソリスは輪が広がっていく様子に嬉しくなりながらグラスを合わせていった。
「なぁ? この人誰やねん?」
グラスを空けたフィリアが小声で聞いてくるので、ソリスはニヤッと笑うと、
「精霊王さんよ」
と、言ってウインクした。
「せ、精霊王!?」
見開いた目でフィリアはイヴィットと顔を見合わせ、ピクッと眉毛を動かした。知らない間に次々と人脈を広げていたソリスの行動力に二人は感服し、感嘆のため息をついたのだった。
その晩は絶品なミスティックサーモンのアクアパッツァを囲み、夜遅くまでバカな話をして笑いあっていた。
舌を楽しませる珠玉の料理と、心を通わせる仲間たちの存在。ソリスは長く辛い旅路の末に巡り会えた幸福な時間に瞳を潤ませ、感謝の念を込めてゆっくりとうなずく。その表情には、心の奥底から湧き上がる幸せがにじみ出ていた。
63. 波乱のスローライフ
翌日、早速家を建てることにした三人。
隣の空き地の上空には、イヴィットがデジタルな操作で創り出した巨大な二階建てロッジがフワフワと浮かんでいる。
「はい、おろしますえ?」
モスグリーンのチュニック姿のイヴィットは、眉間にしわを寄せながらいつになく真剣な表情で両腕をロッジに向け、ゆっくりと下ろしていく。
「ハイ! オーライ、オーライ! あっ、もうちょっと奥やで!」
フィリアは横から眺め、基礎にしっかりと下りるように調整している。
「ほな、いきますえ? それーー!」
轟音と共に大地が揺れ、土煙がゆったりと立ち上る中、神秘の花園に立派なロッジが立ち上がった。
「おぉぉぉ!」「いいね、いいね!」「すごーい!」
湧き上がる歓声。
古の巨木から切り出されたかのような太い丸太が支える大きな切妻屋根が威風堂々と空を覆っている。壁もまた森の豊かさを感じさせる立派な丸太が組み合わされてできていた。そこから漂う芳醇なヒノキの香りは、まるで森の精霊たちの歓迎の調べのように、みんなの心を包み込む。
「いやぁ、最初っからこんな立派な建物を建てられるなんて才能あるわ……」
ソリスはロッジを見上げながらポンポンとイヴィットの肩を叩いた。物体をデータから顕現させる方法はシアンから教わってはいたものの、こんな巨大な建造物をいきなり生み出すことはそんな簡単な事ではない。
「せっかくのスローライフやろ? 精を出しましたわ」
はんなりとほほ笑み、得意げなイヴィット。
「すごいなぁ……。これ、どないやるん?」
フィリアはポカンと口を開けながら首をかしげた。
「ふふっ、フィリアはまだまだやね。ちゃんと情報理論学んどはったんかしら?」
ちょっと意地悪な顔でイヴィットは笑う。
「もー、イヴィットまでそないなこと言うん?」
フィリアは口をとがらせる。
「イヴィットさん! すごいよぉ!」
セリオンは目をキラキラ輝かせてイヴィットの手をとった。
「こ、こないなもん、どうってことおへん」
イヴィットはほほを赤らめてうつむく。あまり褒められ慣れてないイヴィットには純粋なセリオンの言葉が凄く刺さったようだった。そんな微笑ましい様子にソリスはニッコリと笑う。
「二階はお部屋が三つあって、わてらの寝室になってはりますわ」
「えー、三つ? 僕のは?」
セリオンは悲しそうに眉をひそめた。
「あらまあ? セリオンもほしゅうなったん?」
イヴィットは困ったように首をかしげる。
「せやったら、うちと一緒に寝よか? フハハハ」
フィリアは冗談を言いながら笑ってセリオンの肩を叩いた。
しかし、セリオンはタタッとソリスの陰に隠れると、
「僕はおねぇちゃんと寝るの!」
と言って、ソリスの手をギュッと握った。
「えっ? 私……?」
「え? ソリス殿……」「……」
ソリスはフィリアとイヴィットから冷たい視線を浴び、オロオロとしてしまう。
もちろん可愛いセリオンと一緒に寝られたら素敵だとは思うものの、二人の手前うかつには口にできない。
その時だった――――。
『ヴィーッ! ヴィーッ! 緊急事態発生! 衝撃に備えよ!』
持っていたスマホたちが一斉に鳴り響く。
「な、何これ!?」
「訓練……やろか……?」
「訓練ちゃうわ、逃げはらんと!」
「逃げるって……どこへ?」
ソリスは辺りを見回すが、シェルターがある訳でもなく、花畑が広がるばかりで逃げ場所など見当たらない。
「ほな、シールド張ったるわ!」
フィリアは両手をバッと空へ伸ばすと何かをぶつぶつと唱えた。
直後、ヴォン……という電子音と共にシャボン玉のような虹色に光る透明なドームが辺り一帯を覆っていく。
「おぉ! フィリアさんすごぉい!」
セリオンはパチパチと可愛い手で拍手をしてフィリアをたたえる。
「まぁこんなもんやろ」
フィリアが胸を張ってドヤ顔をした時だった。激しい閃光が天を地を一斉に光の洪水に飲み込んだ――――。
「うわぁぁぁ!」「ひぃぃぃ!」「おねぇちゃーん!」
上空のシールドから激しい衝撃音が次々と響き、炎が上がっている。何者かが猛攻を加えてきているようだった。
「襲撃や! アカン! こんなん、ずっとは持たへんわ。逃げな!」
フィリアは丸眼鏡を押さえながら真っ青な顔で叫ぶ。
「退避ルートを構築するわ、待ってて!」
ソリスはスマホを取り出して空間転移の術式の展開準備を進めていく。
しかし、シールドはすでにひび割れ、黒煙が内部に立ちこめ始めていた。
「あきまへん! 間に合わへんえ!」
イヴィットが叫んだ直後、何かがロッジの屋根に直撃した――――。
ズン!
激しい爆発音とともにロッジは崩壊、瓦礫をバラバラと周りに吹き飛ばしながらそのまま一行の方へ倒れ込んでくる。
キャァァァ! うわぁぁぁ!
「危なーい!」
ソリスは急いで倒れ込んでくる太い柱の下まで瞬時に移動した。
ドッセイ!
レベル135の膂力を全開にして何とか支えるソリス。
ひぃぃぃ!
セリオンがソリスにピタッとくっついて震えている。
「みんな大丈夫!?」
ソリスが叫ぶと、土煙がもうもうと立ちこめる瓦礫の山の中から声がする。
「なんやかんや生きとるわ……」「うちも……」
一行は何とか瓦礫の山から逃げ出し、敵の様子を探る。攻撃は一段落し、不気味な静けさが花畑に広がっていた。
64. 次元牢獄
「ハーッハッハッハ! 女神の手下どもめ、我らの怒りを思い知れ!」
漆黒のサイバースーツに身を包んだ大柄な男が、紫色の光に包まれながら上空からゆっくりと降りてくる。その禍々しい姿はまるで魔王が降臨するかのようにすら見えた。
あっ……。
ソリスは男の顔を見てつい声を漏らす。それはジグラートで戦ったテロリストだった。確かにシアンが息の根を止めたはずなのに、なぜ復活しているのだろうか?
ソリスはその得体の知れない邪悪な存在の復活に、冷や汗がじわりと額に浮かぶのを感じた。
「休んでもらおかしら」
珍しく怒りを露わにしたイヴィットは、空間を裂いて黄金に輝く弓矢を取り出すと、ためらうことなく男の心臓に向けて放つ――――。
バシュッ!
美しい緑色の微粒子を振りまきながら、風を切って男へと一直線に突き進む黄金の矢。その輝きはまるで、煌めく彗星のようだった。
しかし、男はニヤリと笑うとフッと消えてしまった。一瞬辺りにチラチラと無数の気配を感じたが、それもまた消えてしまう。
「えっ!?」「ど、どこ……?」
突然の消失に一行は動揺し、顔色を失った。戦闘中に敵を見失うなんてことは、あってはならない重大なミスだった。訓練中に何度もシアンのゲンコツで戒められたのに、実戦でやらかしてしまった自分の不甲斐なさに、ソリスは口をキュッと結んだ。
「なんだ、どうしようもないド素人だな……」
男は一行の背後で腕を組み、仁王立ちして不敵に鼻で嗤っていた。その表情には明らかな余裕が見受けられる。これはいつでも自分たちを瞬殺できる、という意味なのだろう。
「くっ……」
驚いて振り返ったソリスは奥歯をギリッと鳴らした。
確かにシアンとの戦闘訓練ではよくやられた技ではあったが、実戦の緊張の中ではそれを生かすことができなかった。
「女神はこんなおばさんたちをどうしようって言うんだ? 余程の人材難だな、ハッハッハ」
ソリスはそんな挑発を受け流す。戦場では平常心を失ったものから死ぬのだ。深呼吸をしたソリスはポケットから太い万年筆のような金色の短い筒を取り出すと、ポチッとボタンを押した。
ヴゥン……。
電子音が響き、筒の先から漆黒の炎が噴き出してくる。炎は徐々に強まり、やがて暗黒の刀剣を形作った。これはシアンから卒業祝いにもらった、空間を斬り裂ける万能の剣だった。
『フォーメーションCの5!』
ソリスはテレパシーでフィリアとイヴィットにサインを送る。
『K!』『K!』
二人はキュッと口を結び、戦闘態勢に入った。
「何言ってんのよ! あんたなんか子ネコにやられたくせに!」
ソリスはクルクルッと漆黒の剣を回すと男に向け、挑発的な笑みを見せる。その笑顔には先ほどとは打って変わって自信と余裕が満ちていた。
「お、お前……なんでそれを……。あっ! お前あの時の……」
男の顔色がみるみる変わり、その瞳には言葉にできない感情の嵐が渦巻く。
「次元牢獄!」
その瞬間を待っていたかのようにフィリアの腕が弧を描いた。その軌跡に従うかのように、琥珀色に輝く微粒子が男の周囲に幻想的な光の壁を築き上げていく。これで男は逃げられない。
「鷹眼神射!」
イヴィットの指先から、翠玉のような光を纏った矢が放たれた。その瞬間、花畑の空気が震える。
輝く軌跡を描きながら、美しくも危険な光の筋が空間を切り裂き、まるで生き物のように矢は男の心臓めがけ飛んで行く。
「くっ! 小癪な!」
男は顔をしかめながら空中に青く煌めく魔法陣をパパパッと展開し、矢から守ろうとしたが、鷹眼神射は巧みに回避して、そのまま男へと突っ込んでいった――――。
チッ! うりゃぁ!
右のこぶしを赤く輝かせた男は、矢の進路を見据えた。次の瞬間、こぶしが矢を捉え、粉々に砕け散る。
バァン!
爆発音が花畑にこだまし、周囲の静寂を一気に破った。
「くはは、残念でした!」
男が笑った時だった――――。
ソイヤー!
矢の着弾を見計らって男の背後に転移したソリスが、間髪入れずに漆黒の剣で男の背後をけさ切りにした。
ザスッ!
確かな手ごたえを感じたソリス。究極の剣は、まるで天の意志そのものであるかのように空間を切り裂き、罪人に裁きを下した。仲間との絆が生んだ、この上ないチームプレーの勝利の瞬間に見えた――――が。
ぐほぉぉぉ!!
なんと、血を吐いて倒れたのはソリスの方だった。
背後にはけさ切りによる深い傷が走り、その傷口からは血が溢れている。ソリスは苦痛に顔を歪めながら、色鮮やかな花畑にその体を預けた。
「馬鹿が! お前らド素人の手の内なんて全部わかってんだよ。はっはっは!」
嘲笑う男が背中から下ろしたのは、星屑を閉じ込めたかのような透明なシールド。その内側では、黄金の微粒子が舞い、神々しい輝きを放っていた。これこそが、あらゆる攻撃を反射する、まるで天界から持ち出されたかのようなこの世ならぬチート防具だったのだ。
65. もっと強く
ソリスは燃えるような灼熱の痛みを背中に感じながらギリッと奥歯を鳴らした。なぜそんな女神も持っていないようなチート防具を持っているのか? テロリストとは一体何なのか? 疑問を感じながらガクリと力を失い、意識が遠くなっていく。
くぅぅぅ……。
ソリスは力尽き、花々の中に身を預けると、意識は闇の中へと沈んでいった。
「あぁっ! おねぇちゃーん!!」
涙をこぼすセリオンがソリスへと駆け寄ろうとしたが、フィリアの手が強く引き留める。
「アカン! 今はあかんで!」
「離してっ!」
セリオンはもがくがフィリアは毅然とした態度でそれを制した。
「はっ! 『今』だと? お前らに次はない。すぐに全員死ぬんだよ!」
男は嗜虐的な笑みを浮かべながら両腕を高く掲げる。
刹那、天空を染め上げる巨大な紅い円環が頭上に展開した。直径数十キロはあろうかという輪は雲をも超える高空に鮮やかに輝き、息を呑むほどの威圧感を放つ。
それは、まるで彼らを狙っているのではなく、この星全体を破壊しようとするような途方もない悪意を感じさせた。
「な、なんや!?」「べらぼうどす……」「ひぃぃぃ!」
世界の終焉を予感させるその光景に、彼らの心は凍りつく。
そうこうしている間にも、巨大な円環の中に六芒星が息づくように浮かび上がり、その周りを幾何学模様が星座のごとく彩っていく。それは大地を覆う、途方もない規模の魔法陣。その姿は、人知を超えた力の結晶のようだった。
あわわわわ……。ひぃぃぃ……。いやぁぁぁ!
三人はギュッと身を寄せ合う。
やがて魔法陣は息を吹き込まれたかのようにまばゆく輝き始めた。稲妻のような閃光が飛び交い、まるで生き物のように脈打つエネルギーが周囲を包み込んでいく。その威力は、太古の地球に激突し恐竜を絶滅させた隕石すら凌駕するかのようだった。
「くっくっく……この星ごとお前らを滅ぼしてやる。もはや女神どもなど我々逆神戦線の敵ではないのだ。恨むなら自分の弱さを恨むんだな! はははっ!」
男は狂気に満ちた目で笑う。
今まさにこの星をふっ飛ばそうとする狂人に、フィリアは一計を案じる。
「ちょい待てヤァ! うちらが何したゆうねん?」
「ほんまに、こないなん納得いきまへんわ」
イヴィットもフィリアに合わせる。
「何した? 女神の手先は目が腐ってんのか?」
男は呆れたように返す。
「この星なくすより仲良う暮らす方がお互いトクやで~」
「そうどす! そうどす!」
二人は必死に説得を試みる。
「……。何を……時間稼ぎしてる? まぁいい、死んど……」
「うわー! ちょいまてぇ!」
「まってぇな!」
二人は必死に騒ぎ立てた。
『レベルアップしました!』
男の後ろで何かが閃き、次の瞬間、彼の胸から漆黒の炎が噴き出した。
ぐふぅ!!
今まさにこの星を焼こうとしていた男はいきなりの激痛に貫かれ、口から血を垂らしながら驚愕の表情で目を見開いた。
「ま、まさかお前……」
男は痙攣しながらゆっくりと後ろを振り向く。
そこにはニヤリと笑うソリスが漆黒の剣を男に突き刺していた。
「恨むなら自分の弱さを恨みなさい! はははっ!!」
ソリスの目には勝利を確信した輝きが宿り、漆黒の剣を握る手が軽やかに舞った――――。
がはっ!
まるでト音記号を描くように優雅に振るった剣は、美しくも冷酷に男のボディーをズタズタに斬り裂いていく。
「ば、馬鹿な……」
鮮血を吹き出しながら地に倒れ伏せるテロリスト。
「YES!」「間に合うてほんまによかったおす……」
フィリアとイヴィットは、安堵の涙を浮かべながら抱き合い、互いの勇気と忍耐を無言のうちに称えあった。
「おねぇちゃーん!!」
セリオンが涙をポロポロこぼしながら駆け出す。
ソリスは剣をしまうと大きく息をつき、しゃがみながら笑顔で両手を開いた。
「おねぇちゃーん!! おねぇちゃーん!!」
ソリスの胸に飛び込むセリオン。
「死んじゃったかと思ったよぉぉぉ……」
泣きじゃくるセリオンのサラサラの金髪を優しくなでながら、ソリスは苦笑する。何しろ自分は確実に死んだのだから。
でも、そんなことを説明なんてしたくない。もう二度と死んではいけないのだ。
「ごめんね……」
泣きじゃくるセリオンをキュッと抱きしめたソリスは、これ以上彼を悲しませないよう、もっと強くならなければと心に固く誓う。
二人はしばらくの間、お互いの体温を感じつつ、花畑を吹き抜ける心地よい風に身を委ねていた。
66. 光翼の舟
チャン、チャン、チャランチャ♪
ソリスのスマホがけたたましく鳴った――――。
「誰かしら……」
ソリスは怪訝そうな顔で画面をのぞきこむ。
「やぁ! お疲れー!!」
勝手にスピーカーフォンがつながって、シアンの声が響いた。
「お、お疲れ様です……」
「手練れ相手にフォーメーションCはダメだって教えたよ?」
シアンは不満そうな声を響かせる。
まさか戦闘をチェックされていたとは思わなかったソリスは、うつむき加減で顔をしかめた。
「ま、まさかあんなチート防具があったなんて思わなかったんです……」
「まだまだ甘いな。おっと……」
ズン、ズンと激しい爆発音が次々と電話の向こうから聞こえてくる――――。
どうやら戦闘中にかけてきたらしい。
ソリスは眉をひそめ、セリオンと顔を見合わせる。
「シアンさんはいつも戦っているねぇ……」
「お忙しいのね……」
その時、ひときわ激しい爆発音が電話越しに伝わって、スマホがビリビリと震えた。
「きゃははは! 成敗! ざまぁみろってんだい! あー、ゴメンゴメン。で、そのテロリストはどうやら上位世界とつながってるみたいなんだよね」
会心の勝利で上機嫌のシアンは予想外のことを口にする。
「えっ!? じょ、上位世界……ですか!?」
ソリスは色めき立った。女神を創った上位世界、それが本当にあって、あのテロリストも関係しているらしい。
「そうそう、キミが行きたがってた所じゃん?」
「え、ま、まぁ……」
「行ってくる? んぐんぐんぐ……ぷはぁ!」
何かを飲みながら気軽にすごいことを言うシアン。
「えっ!? そ、それは、行けるなら……」
ソリスはいきなりのチャンスに胸が高鳴る。女神ですら見ることもできない上位世界、そんなところに行けるチャンスなど早々あるとは思えない。そこへ行けばこの世界にまつわる謎が少しでもわかるかもしれなかった。
「オッケー!」
シアンはそう言うと電話をブチ切った。
「えっ!? シ、シアン……さん?」
ソリスはスマホ画面をのぞきこみ、大きくため息をつく。上位世界へ行けるのは嬉しいが、どうやって行くのか、何を準備しておけばいいのか全く分からない。どんどん一人で話を進め、丁寧な説明は一切なし。確かに優秀で凄い人なのだが、周りは振り回されてばかりだ。
ふぅ……。
ソリスはセリオンと目を合わせ、微笑むとサラサラの金髪を優しくなでた。
と、その時、いきなり地面が揺れ始める。
え……? ん……?
やがてその揺れは激しく花畑を揺らし、ゴゴゴゴというすさまじい地鳴りと共に立っていられないほどになってきた。
いきなりの大地震に、バランスを保とうと必死になりながら、みな顔を見合わせる。
うわぁぁぁ! な、なんやねん! ひぃぃぃ!
荒ぶる大地に必死で耐えていると、向こうの方で地面が生き物のように膨れ上がり、地割れが蜘蛛の巣のように広がっていく。
あわわわわ……。ヤバいヤバい!
みんな逃げようとするものの、とても動きが取れない。
やがて地中から白く輝く物体がもこもこと地表を押しのけ顔を出してきた。
は? こ、これは……?
新たな襲撃を警戒していた一行は、その白く輝く物体の放つ神聖な光に首をかしげる。
土塊をボロボロと振り落としながら地上に出てきた物体は、やがて地上に全貌を表した。それはまるで玉ねぎのような形をした巨大な構造体だった。表面は真珠のような淡いクリーム色をしており、見る角度によって虹色の輝きが美しく煌めいた。
「おねぇちゃん。あれなぁに……?」
セリオンは眉を寄せ、不安そうにソリスの顔をのぞきこむ。しかし、ソリスだってこんなものを見るのは初めてだったのだ。
「さ、さぁ……。でも、ただものではないエネルギーは感じるわね……」
その時だった。ヴゥン……という電子音がして玉ねぎの表面に大きな穴が開いた。
えっ!? おぉ……。はわわわ……。
みんなが固唾をのんで見守る中、中から人が現れる。
「うぃーっす!」
なんと、シアンが上機嫌に手を高々と掲げながら嬉しそうに出てくるではないか。
「し、師匠!? 来るなら言ってくださいよ! 何ですかコレは!?」
何にも教えてくれないシアンにソリスはムッとして叫んだ。
「光翼の舟、上位世界への転移装置さ!」
シアンはソリスの不機嫌さを気にもせず、嬉しそうにパンパンと真珠のように艶々と光る船体をパンパンと叩いた。
「て、転移装置!?」
ソリスは息をのんだ。この世界を創った存在を創った世界へ行く、それがどれだけ特殊な事なのか、この見たこともないような乗り物に全てが集約されている気がしたのだ。
ソリスは言葉を失い、ただ息を呑んだ。この目もくらむような奇怪な乗り物に、現実と幻想の境界を超えるような特殊な力が宿っているらしい。創造主の誕生の地へ――――。その壮大な旅路の意義が、ソリスの魂を震わせた。
「こ、これで行くんですか……?」
「そうだよ? 何してんの! 早く乗った乗った! 僕もう行かないとなんだから!」
圧倒されているソリスの手を取ると、シアンはぐいぐいと出入り口へと引っ張る。
「え? シアンさん、行っちゃうの……? もしかして私一人……ですか?」
「そうだよ? だって僕まだ戦闘中だもん! きゃははは!」
楽しそうに笑うシアン。しかし、女神も行けないようなところに単身送り込まれることはさすがに抵抗がある。
「いや、ひ、一人は……」
「何言ってんの! 上の世界に行ってテロリストの拠点を潰すだけの簡単なお仕事だゾ?」
シアンは人差し指を立て、プリプリと無理筋の要求をしてくる。
「ひ、一人で潰すんですか!? そ、それはちょっと……」
ソリスが圧倒されていると、セリオンがソリスのところまで駆けてきた。
「僕も行くよ!」
セリオンはニッコリと笑ってギュッと腕にしがみつく。
ソリスはその可愛くて頼もしい存在に胸がキュンと高鳴ってしまう。そしてなぜかセリオンが一緒なら全て上手くいきそうな気さえしてしまうのだった。
67. 黄金の丘陵
「セ、セリオン……」
ソリスはその小さな味方をハグし、サラサラの金髪にほほを寄せた。
「あー、子龍ちゃんね、パパも上にいるからいいかもね」
シアンはニヤッと笑い、セリオンの肩をポンポンと叩く。
「え!? パ、パパ……?」
驚いたように碧い目を見開くセリオン。
「そうだよ? キミは上の世界からやってきたのさ。良く知らないけど地球で成人まで過ごすのが龍族の掟だとか何とか……。あ、言っちゃマズかった……かな……」
シアンは失敗したという顔をして顔をゆがめた。
「そ、そうなんだ……。パパ……」
言葉にできない感情がセリオンの喉をつまらせ、長い睫毛に覆われた瞳を伏せた。
ソリスは胸に広がる切なさを抑えきれず、震えるセリオンを優しくその腕に包み込んだ。どんな事情があるか分からないが、家族と離れ一人でずっと暮らすことの寂しさは相当のものがあるはずだった。
震えが収まるのを待ってソリスはセリオンの青い瞳をのぞきこむ。
「どうする? 行く……?」
しばらく口を結んでいたセリオンだったが、決意を秘めた瞳でソリスを見上げた。
「行く……行くよ! 僕の成長をパパに観てもらうんだ!」
セリオンはギュッとこぶしを握って見せる。
「オッケー! じゃぁすぐに出発! そこの二人は後方支援。ミッションが成功できるかどうかは君らにかかってる。いいね?」
ニヤッと笑ったシアンは、極薄のタブレットを二枚取り出し、フィリアに渡した。
「ま、任せとき!」「わ、わかりましたえ」
テロリストの拠点を叩くなど、本来初心者がやるようなものじゃない特級の任務である。二人は責任の重さにビビりながらも気丈に返す。
「よーし! タブレットの中にテロリストの通信履歴がある。そこからアジトの位置を割り出してソリスと子龍ちゃんに伝えること。奴らは同じところには長くいない。制限時間は二十分。スタート!」
「に、ニ十分やて!?」「ひぃぃぃ!」
二人はあわててタブレットをパシパシと叩き始める。
「キミらは早く乗った! 急いで! 急いで!」
シアンはソリスとセリオンを中に押し込めると、出入り口の穴を閉じた。
ヴゥン……。
「ふぅ……。行ってらっしゃーい!」
シアンはニヤリと悪い顔で笑うと、玉ねぎに大きく手を振った。
ゴゴゴゴと地鳴りが鳴り響き、光翼の舟の巨大な船体は黄金色の光に包まれていく。
おぉぉぉ……。うわぁ……。
フィリアとイヴィットが光翼の舟の不思議な変化に目を奪われていると、玉ねぎの表面がペリペリっと剥がれ落ちていく。
え……? おろ……?
その意外な変化に戸惑っている間にも、光翼の舟はさらにペリペリと剥げながら徐々に小さくなっていく。
その直後、中から蓮のつぼみのような小型の玉ねぎが皮を突き破って一気に大空を目指した。
おぉっ! はぁ……。
蓮の蕾は天に向かって猛々しく伸びゆき、雲を突き抜けた瞬間、宇宙の神秘に触れたかのように轟音と共に爆ぜた――――。
漆黒の衝撃波が稲妻のごとく広がり、青空を引き裂いて不穏な影を落とす。それはまるで世界の終焉を告げるかのようにすら見えた。後にはただ光の微粒子だけが残り、キラキラと輝く微粒子が星屑のように渦巻いている。
「たーまやー! 転送完了! きゃははは!」
シアンは楽しそうに笑う。
「し、師匠! 二人で……大丈夫なんやろか?」
フィリアは心配そうにシアンの顔をのぞきこむ。
「おいおい、キミはあの二人を過小評価しているゾ? あの二人なら大丈夫。僕の長い経験から言ってもバッチリ太鼓判だよ?」
「そ、そうなんや……」
「何しろ、死んでもちゃんと生き返るんだから! きゃははは!」
その無責任に笑う姿にフィリアは眉をひそめ、イヴィットと顔を見合わせる。
「それよりアジトの位置は割り出せたの?」
「い、今やってるとこや!」
フィリアは慌ててタブレットに流れる文字を必死に目で追った。
◇
うわぁぁぁ! おぉぉぉぉ!
ソリスとセリオンは光翼の舟の中の不思議な無重力空間でクルクルと回る身体を持て余した。金属が爆ぜるような不思議な音があちこちから響き、照明は不安定に明滅する。
世界を渡ること、それは星と星を渡る以上に複雑なプロセスが必要なのだろう。二人はお互いしがみつきあいながらギュッと目をつぶり、時を待った。
ヴゥン……。
やがて、不思議な電子音が響くと同時にやってくる重力――――。
おわぁ! ひぃ!
二人は柔らかい床に墜落してトランポリンに落ちたように何度か弾んだ。音は鳴りやみ、静寂が訪れる。
「ふはぁ……。セリオン、大丈夫?」
ソリスはサラサラとした金髪をなでながらセリオンの可愛い顔をのぞきこむ。
「うん! 着いた……のかな?」
セリオンは嬉しそうに青い瞳を輝かせた。
「そう……、みたいね?」
ソリスは恐る恐る船内を見回す。すると、出入り口がグググっと大きく広がり始めているのが見えた。その向こうからまばゆい黄金色の光が差し込んでくる。
「えっ……、ここは……?」
慌ててドアの外をのぞきこむソリス――――。
目の前に広がる光景は、まるで神々の庭園のようだった。真っ青な青空のもと、果てしなく続く黄金の花の絨毯が、陽光を浴びて煌めき、ソリスは思わず息をのむ。
よく見ると、ネモフィラのような背の低い花の花びらがまるで金箔でできているように陽の光をキラキラと反射しているようだ。
「うわぁ……、綺麗……」
セリオンも一緒になってのぞきこんで、思わずその光景に圧倒される。
青空のもと、盛り上がった丘陵は一面金色に輝き、さわやかな風が黄金の輝くウェーブを作りながら渡っていく。
68. 限りなくにぎやかな未来
「ここが上位世界……なのかしら?」
ソリスは恐る恐る黄金の花畑に足を下ろし、辺りを見回した。しかし、視界を埋め尽くすのは、風に揺れる黄金の花ばかり。人の営みを示す建物の影すら、この神秘の楽園には見当たらなかった。
女神を生み出し、自分たちの世界の根幹を形作った驚異的な科学技術の聖地を思い描いてやってきたソリスは、目の前に広がる牧歌的な風景に困惑の表情を浮かべる。上位世界とは超文明の未来都市ではなかったのか? 少なくともどこかにジグラートを超える壮大なサーバー群があるはずだが……コンピューターどころか建物一つ見当たらない。
「ねぇ? パパはどこにいるのかなぁ……」
セリオンの瞳に不安の影が宿る。まるで迷子の子猫のようにおずおずと周囲を探るが、花畑が広がるばかりで困惑してしまっていた。
「どこかなぁ……? テロリストのアジトもどこなんだろう……。ん……? あれは……?」
ソリスは、風景の中にわずかな異変を感じ取り、少し盛り上がった岩場へと足を進めた。
すると何かにつまずいた――――。
「いたたた……、何かしら?」
ソリスの足元で、何やら異質な丸いものがゴロリと転がり、黄金の花々が悲鳴を上げるように押しつぶされる。瞳を凝らすと、そこには人の手によって生み出されたとしか思えない、精緻な彫刻のような造形が見えた。まるで太古の秘密が、この花畑の中に眠っていたかのようだ。
「え……? 何……?」
震える指先で、ソリスは恐る恐るそれに手を伸ばした。ゆっくりとひっくり返した瞬間、息が止まった。眼前に現れたのは、ブロンズの輝きを纏った女神像の首だったのだ。
美しく均整の取れた目鼻立ちに流れる長い髪の毛、それは見まごうことの無い女神様、その像だった。優美な曲線を描く顔立ち、繊細な造作が見て取れる瞳には、かつての栄光を偲ばせる。長い年月の中で腐食の跡が刻まれた肌は、まるで人間世界の苦悩を背負ったかのようだった。
「な、なんでこんなものが……?」
心臓が高鳴る中、ソリスは慌てて岩場へと駆け寄った。震える指で黄金の花々をかき分けると、そこに現れたのは精緻な彫刻が施された大理石の柱の瓦礫だった。
あわわわわ……。
息を呑むソリス。この荒々しい岩場は、かつての栄華の残骸だったのだ。倒れ、砕け散った柱が重なり、時を経て黄金の花に覆われていったようだ。
「そ、そんな……」
ソリスは呆然として、後ずさる。
そう、この黄金のお花畑ははるかかなた昔、神殿として栄えた遺跡だったのだ。
自分たちの世界を創りだした上位世界、それは文化文明が遥か昔に消え去った世界……。一体これはどういうことか理解できず、ソリスは首を振り、大きく息をついた。
◇
チャン、チャン、チャランチャ♪
ソリスのスマホからマリンバの音が響いた――――。
「無事着いたようで良かったね! きゃははは!」
元気なシアンの声が響く。
「はい。でも……、遺跡しか無いんですケド?」
「もうその星には人住んでないからね」
シアンは当たり前かのように言う。
「す、住んでない……? 誰も?」
「いるのはテロリストとか龍とかだけだね」
「いやでも、コンピューターは? サーバーはあるはずですよね」
「うん、見えるでしょ?」
「み、見えるって……黄金の花畑しか……」
「上だよ、上! きゃははは!」
「上って……」
ソリスは青空を見上げる。しかし、上には霞がかった薄雲が帯状に青空を横断している姿しか見えない。
「上には雲しか見えませ……えっ!?」
その時、ソリスはその雲に見えたものに微細な構造があることに気がついた。目を凝らして見ると、巨大な太陽電池パネルのようなものが並び、円筒形やパラボラアンテナ状の幾何学的構造も見受けられる。それははるかかなた上空、宇宙空間に浮かぶ人智を超えた巨大構造物だったのだ。
こ、これは……。
惑星を優しく包み込むように伸びていく巨大構造物は、まるで神々の作り出した宇宙の帯のようだった。十万キロメートルはあろうかという途方もないサイズは、ソリスの想像をはるかに絶している。
「こ、この星を囲むコンピューター……?」
あの小さな一枚の太陽電池パネルですら大都市ほどのサイズはあるだろう。なるほど、ここは確かに超未来の上位世界に違いない。この壮大な景観にソリスの全身は震え、思わず息をのんだ。
「きゃははは! なかなかよくできてるよね。ただ、今回はそこ行かなくていいよ? テロリストのアジトはそろそろ解析できそうだから、そこ潰しといて」
シアンは楽しそうに指示する。
「は、はぁ……」
「ねぇ、パパは? パパはどこにいるの?」
セリオンの声が震えた。大きな瞳に不安の色が広がり、小さな手がソリスのチュニックの裾をぎゅっと掴んだ。
「うーん、どっかその辺飛んでるんじゃない? テロリストのアジトふっ飛ばしたら何が起こったのかと見に来るはずだよ? 一石二鳥だねっ! じゃぁよろしく! きゃははは!」
そう言って電話をぶち切るシアン。相変わらず雑な指示にソリスはキュッと口を結んだ。
「よぉし! 僕がぶっ潰すぞぉ!」
頑張ればパパに会えると知ったセリオンは俄然やる気になる。
突如、天地を揺るがす轟音が鳴り響き、天空に奇跡が広がっていく。眩いばかりの青い光芒が凝縮し、そこに現れたのは神々しいまでに美しい龍だった。サファイアの輝きを纏った鱗が陽の光に煌めき、巨大な翼は天高く伸びて威厳を放つ。
ギュォォォォォ!
腹に響くすさまじい重低音の咆哮が黄金の花の丘に響き渡り、天空の王者が悠々と大空を舞った。その翼の一羽ばたきごとに、風が唸りを上げる。優雅に旋回する姿は、まるで天空の歌を奏でているかのようだった。
おぉぉぉ……。
ソリスは息を呑んだ。目の前で繰り広げられる光景は、まるで神話の一場面のようにすら見える。愛らしいセリオンは、今や圧倒的な威厳を纏った龍へと変貌を遂げていた。その姿は、前に見た子龍の何倍もの威容を湛えており、これが上位世界での真の姿なのだと、ソリスは畏敬の念を抱きながら悟る。
龍は地響きを伴いながら地面に降りたつと、ゆっくりと首をソリスの前に横たえた。
「おねぇちゃん、行くよ。乗って!」
野太い重低音の声が響く。
「え……? の、乗るって……?」
「テロリストのアジトまで僕がひとっ飛びで行ってあげるよ」
可愛い少年の面影を残す、その大きなクリっとしたサファイヤのような青い瞳をソリスに向けるセリオン。
「そ、そう? お願いね……」
龍になんて乗ったことの無いソリスは、震える指先で龍の首筋に並ぶ突起に触れた。その冷たさに一瞬たじろぎながらも深呼吸を一つ。そして、勇気を振り絞り、まるで運命の扉を開くかのように一気に背に飛び乗った――――。
「オッケー!」
セリオンの首が天を仰ぐように伸び上がり、巨大な翼が空を切り裂くかのごとく広がる。その姿は、まるで古の伝説から飛び出してきたかのようだった。
ソリスは息を呑み、魂が震えるような感動に包まれながら、鱗の突起にしがみつく。大海原を悠々と泳ぐクジラのような、セリオンの力強くも優雅な動きに、ソリスの心は高鳴り続けた。
「さて、行こうか? そろそろアジトは割れたかな?」
「あ、待って……電話だわ……」
『見っけたでー! そっから東に約二十キロや! 川べりに古代の砦の遺跡があるんや。そこに潜んどる』
「あ、ありがとう、フィリア! 助かるわぁ。セリオン! 右側にニ十キロだって!」
『北西側の守りがうすいさかい、攻めはるんやったらそこからどすえ』
イヴィットも貴重な情報をくれる。
「ありがとう! イヴィットぉ!」
『そっちの様子ようわかってるさかい、ばっちりサポートするわ』
頼もしい言葉にソリスはちょっとウルッとする。形は変わってしまったが、華年絆姫は世界を救うために今、一丸となってテロリストに挑んでいるのだ。
「頼りにしてる! セリオン、ちょっと左側から攻めるよ!」
「オッケー! じゃぁ行くよ! ちゃんとつかまっててね?」
セリオンの翼が大気を掴むように羽ばたいた――――。
うほぉ!
その瞬間、世界が一変した。黄金の花畑はあっという間に遠ざかり、風が髪を乱す。ソリスの驚愕の声が風に散る中、セリオンはさらに力強く大空へと駆けていく。
「すごい、すごーい!!」
龍に乗って大空を飛ぶ、それは予想をはるかに上回るまさに天翔ける体験だった。
バサッバサッと翼が羽ばたくたびにぐんぐんと高度は上がっていく。もはや玉ねぎの白い輝きも点にしか見えなくなっていた。
「す、すごいわ……、これが本当のセリオンなのね……」
ソリスはさわやかな風に髪を流しながらサファイヤのような鱗をやさしくなでた。
「ふふっ、こんな僕もたまにはいいでしょ?」
セリオンは背中のソリスを振り向きながらニコッと笑う。
「うん、素敵よ!」
「ふふっ、良かった! じゃぁそろそろ本気出していくよ!」
「へ? ほ、本気?」
「ちゃんとつかまってね?」
そう言うとセリオンは首を縮め、バサバサバサっと激しく翼をはばたかせた。
「うわぁ!」
ソリスは必死になって鱗にしがみつく。
どんどん上がる高度、やがて雲を抜け、雄大な大地の全貌が見えてくる。
ずっと続いて行く黄金の平原の向こうに大きな川が流れており、その脇に何やら黒い構造物が見えてくる。どうやらそれがアジトのようだった。
「あれだね?」
セリオンは険しい目でアジトをにらむ。
「そうみたいね。左手前が弱いって」
「じゃあそこに一発ぶちかましちゃうぞぉ! ギュワォォォォ!」
うわぁ!
ソリスは、まるで嵐のように押し寄せるセリオンの熱意に圧倒される。その瞳に宿る輝きは、父親に認められたいという切実な思いの表れだった。ソリスの胸に温かさと切なさが同時に広がっていく。
「いいわよ、思いっきりやっちゃって」
ソリスは瞳を潤ませながらパンパンと鱗を叩いた。
金色に輝く花の星で偉大なサファイヤのドラゴンに乗りながら邪悪を討伐に行く、それはまるでおとぎ話の主人公になったようだった。
東京の会社員だった自分が紆余曲折、幾度となく死の淵を彷徨い、運命の糸に導かれるようにたどり着いたこの異世界。ソリスはその数奇な運命に苦笑いしながらどんどんと近づいてくるテロリストのアジトを見つめる。その碧い瞳には感慨深さと共に、新たな決意の火が灯っていた――――。
こうしてドラゴンとアラフォーたちの伝説が始まった。この後、全宇宙が彼らの壮大な大活躍に沸くことになるのだが……それはまたの機会に――――。
了
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