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【金こそパワー】ITスキルで異世界にベンチャー起業して、金貨の力で魔王を撃破! 10~19

10. ゾーン突入

「そ、それでは位置についてくださーい!」

 にらみ合う両者に気おされながら司会のお姉さんが声をあげる。

 二人は席に着くと、コントローラのボタンをカチカチと押したり、首をグルグル回したり、座る位置を調整したりしながら気持ちを集中させていく。

 数万の観衆が固唾をのんで見守る中、それぞれ想いを込め、その時を待った――――。

「それではこれより決勝戦を開始します!」

 うぉぉぉぉぉ!

 委縮していた観客たちだったが、いよいよ始まる世紀の対戦に調子が戻ってきたようで、スタジアムは歓声に包まれた。

 大観衆の元での王族と平民のゲーム対戦、それは王国始まって以来の歴史的イベントであり、必ずや後世語り継がれる試合になるに違いないと、観衆は興奮を抑えられなくなっている。

「Ready……、GO!」

 パパーッ! パパラッパー!!

 わぁぁぁぁぁ!

 大歓声の中、二人は真剣なまなざしでプレイを開始した。

 タタタッタンタン! タタッタタッ!

 クレアはクリっとした目で画面をにらみながら、目にも止まらぬ速さでブロックを動かし回し、落としていく。

 王子は表情を一つも変えず、鋭い視線で優雅に小刻みにボタンを叩き、負けじとブロックの山を築いていく。

 先行したのはクレア。

 ハイッ!

 掛け声とともにブロックを隙間に落として二列を消し、王子側にお邪魔ブロックを発生させた。

 クッ!

 ピクリとその美しい顔をゆがめる王子だったが、即座にやり返す。

 フンッ!

 しかし、クレアは顔色一つ変えず、次々とブロックを落としていった。

 ハイッ! ハイッ!

 続いてクレアの連続二列消し。

 な、なんだと……。

 王子は口をキュッと結んだ。

 畳みかけると思われたクレアだったが、なかなかいいブロックが湧いてこない。ここでハンディキャップが効いてきたのだった。

「な、何よこれ……」

 さすがのクレアもいいブロックが来なければ何もできない。その隙に王子が次々と二列消しを決めていく。

 次々と振ってくるお邪魔ブロックに翻弄され、クレアは冷汗を浮かべた。

「どうやら、貴様の『想いの強さ』とやらもこれまでのようだな。クックック……」

 王子はさらに畳みかけていく。

 ソイヤッ!

 その様子をステージの袖で見ながらタケルはホッとした。このまま王子が勝てばすべて丸く収まる。王子は機嫌よく優勝のトロフィーを掲げ、大団円を迎えるのだ。

「何とかなりそうだな、タケルくん……」

 会長も胸をなでおろす。このまま王子が上機嫌に勝ってくれれば処刑どころか褒美すら狙えるのだ。

「クレアさんには悪いですけどね」

「まぁ、美味しいものでも食べさせてあげればよかろう。ほっほっほ」

 すっかり一件落着した気分の二人だったが、直後、信じられないことが起こった。

 パァン!

 クレアが自分の頬を両手で張ったのだ。

 そのひときわ高いクリアな音がスタジアムにこだまする。

 目を血走らせたクレアはゾーンに突入した。

 ものすごいオーラを全身から放ちながら、お邪魔ブロックを巧みに回避し、ブロックの山を築き、次々と二列ずつ消していく。まさにゲームの神が乗り移ったようにミラクルプレイのラッシュが続いた。

 うぉぉぉぉぉ!

 その、クレアの熱い魂に呼応してスタジアムに地響きのような声援が響き渡る。

 次々と降ってくるお邪魔ブロックに王子はギリッと奥歯を鳴らす。

「くっ! 死にぞこないが!」

 王子は反撃しようとしたが、お邪魔ブロックが反撃の目を次々と摘んでいく。

 土壇場で一気に逆転していくクレアに観客は総立ちとなった。

 王子側には消せない列が積み上がり、この流れは止められそうにない。

 クレアの勝利が目前に迫り、大歓声の中、いよいよ運命の時が近づいてきた。

「マ、マズいよ、タケルくん!」

 会長は青い顔で叫ぶ。このままではクレアは確実に処刑されてしまう。王族を負かした平民などとても許されるような社会ではない。

「一体、何をやってるんだ……」

 タケルも渋い顔でステージをにらみ、暴走ともいえるクレアの快進撃をどう捉えていいのか困惑していた。

 なぜ負けないのか? 何を考えているのか?

 多分そこには貴族の圧政に対する不満、八百長認定されてタケルたちに類が及ぶのを避けたい自己犠牲的献身などがあるのだろうが、究極的には数万のプレイヤー代表としてのテトリスへの想い、矜持が彼女を動かしているのだろう。

 『想いの強さ』だなんて方便が、クレアに一番効いてしまった現実にタケルは首を振り、大きくため息をついた。

 そして、その時が訪れる。

「これで決まりよ!」

 二列消しの準備の整った画面。クレアがターン! と、大きな音を響かせながらコントローラーのボタンを激しく叩いた――――。

11. 砕けた矜持

 パン!

 刹那、コントローラーが割れ、コロコロっと吹き飛んだボタンが転がる。

 へっ!?

 渾身の一撃を放ったはずのクレアは凍り付いた。理不尽にも砕けたコントローラーはそれを受けつけなかったのだ。

 はぁっ……!? な、なに……?

 総立ちになって歓声を上げていた観客たちは一体何があったのか分からず、言葉を失った。

 あまりに強くボタンを押しすぎたせいで、コントローラーが壊れてしまったのだ。

 やがて、クレアの画面には「GAME OVER」の文字がうかびあがる。

 クレアは茫然自失となってただ、その文字を眺め、動けなくなった。数万の熱い応援を受け、自分の限界を超えた渾身のプレイ、それがあと一歩のところで砕けてしまうなど到底受け入れられない。

 クレアは静かに首を振り、そしてガックリとうなだれた。

「け、決着! 総合優勝は、ジェラルド・ヴェン……」

 お姉さんが声を上げると、王子は慌てて両手を振ってそれを止める。

「待て! 待ちなさい! この勝負はドロー。いいね? 引き分けだ。よって、一般の部はクレア嬢、ロイヤルの部は我がそれぞれ優勝だ」

「え? それでよろしいのです……か?」

「王族に二言はない。機材故障で負けてしまっては彼女がかわいそうだ」

 そう言いながら王子は泣きべそをかいているクレアにのそばに立った。

「ナイスプレー、最高だった。キミの『想い』見せてもらったよ」

 王子はさわやかに笑い、クレアの手を取る。

「あっ、いや、そのぉ……」

 クレアは調子に乗って自滅したことを恥じ入るようにうつむいた。

「ほら、観客に応えないと」

 王子はクレアに大歓声の観客を見せる。

 そこには最後まで王族相手に死力を尽くした、テトリスの女神に対して惜しみない拍手、歓声を捧げる総立ちの観客たちがいた。

「あ……」

 クレアはハッとして、こぼれてくる涙をぬぐうと、観客たちに大きく手を振って応えた。

 うぉぉぉぉぉ!

 ひときわ高い歓声がスタジアムを覆いつくし、クレアの健闘をたたえる。

 クレアはその様子を見回し、自分のプレイは無駄ではなかったのだと、こみあげてくる熱い想いに笑みがこぼれた。

「それでは試合結果ですが、機材故障によりドロー、優勝は一般の部クレア、ロイヤルの部は王国の英知ジェラルド・ヴェンドリック殿下でしたーー!」

 パン! パン!

 花火が打ち上げられ、吹奏楽団が景気のいい演奏を響かせた。

 王子には月桂の冠とトロフィーが、クレアには花束が贈呈される。

「ハイッ! それではそれぞれの優勝者に皆さん、盛大な拍手で祝福をお願いしまーす!」

 割れんばかりの拍手がスタジアムに響き渡る。

 王子はトロフィーを高々と掲げ、もう一方の手でクレアの手を持つと、一緒に高々と掲げた。

 殿下バンザーイ! クレアちゃーん! ピューーイ!!

 大歓声がスタジアムを包む。

 タケルと会長はその様子を見ながら、どっと押し寄せてくる疲労感に大きく息をついた。

「はぁ……、一時はどうなることかと……」

「まさかクレアさんがあんな熱い想いを秘めていたとは想定外でしたね」

「あの娘はなかなかに熱い娘なんじゃよ。それにしても壊れるタイミングが良すぎんか? あのコントローラーの故障はタケルくんが仕組んでおったのかね?」

「さぁ? ただ、機器の故障は負ける理由としては絶妙だと思いませんか? ふふふ」

 タケルは満面に笑みを浮かべた。

        ◇

「タケルです。し、失礼いたします……」

 試合後、約束通り貴賓室へとやってきたタケルは、バクバクと高鳴る心臓の音を聞きながらドアをノックする。きっとおとがめはないとは思うが、相手は王族である。生殺与奪の権利は常に王子側にあるのだ。

「入りたまえ! お前らは外で待て」

 人払いした王子が部屋の奥で、真紅の瞳を光らせながらタケルを射抜く。

「ご、ご挨拶申し上げます。殿下のご配慮に感謝いたします……」

 ひざまずくタケル。

「そんなのはいい、近こう寄れ」

 手招きする王子に、タケルは冷汗をかきながらテーブルの席に着いた。

「コントローラーに細工したのはお主だな?」

 王子はニヤッと笑ってタケルの顔をのぞきこむ。

「い、いえ、滅相もございません」

 タケルはその洞察力に驚き、心臓が早鐘を打った。

「調べればわかるぞ……? だが……、まあいい。我も助かった」

 えっ……?

「あのような可憐な少女を手にかけずに済んだのだ。……、ふぅ。いい試合だった。とても楽しかったぞ」

 王子は相好を崩し、椅子の背もたれにゆったりともたれる。

「お喜びいただけて光栄です」

 タケルは安堵し、ふぅと大きく息をついた。これで懸案は全て解決。イベントは大成功で終わることができたのだ。

 だが、ここで違和感がタケルを包む。こんな話をするのに人払いなんてするだろうか……? 冷汗がじわっとタケルの額に浮かぶ。

「で……、だ……。ここからが本題だ。お主、これからどうする? こんなゲーム機をやりたいわけではないだろう?」

 王子の真紅の瞳がギラリと光った。

12. いきなりの男爵

 その王子の視線の鋭さにタケルは気おされる。なるほど、王子は自分の目論見もくろみを暴き、自分に都合よく使おうとしているのだ。しかし、王族と交流を持つというのは諸刃の剣。何の絵も描けていないうちに頼るのは避けたい。ここは触りだけ話して適当に切り上げていかなければ……。

「は、はい。会社を起業して、で、電話機を売ろうと考えております」

 タケルは一番無難そうな話をする。

「電話機……? なんだそれは?」

「遠くに居ても会話ができる機械でございます」

「ほう、伝心魔法みたいなものだな。なるほど、なるほど……」

 王子は感心した様子であごをなでながらうなずいた。

「ゲームもできる、電話もできる、そういう端末を売っていきたいのです」

「それから?」

 王子はずいっと身を乗り出し、真紅の瞳を輝かせてタケルの目をのぞきこむ。

「えっ……?」

「電話機を売る……、その程度でお主が終わるとは思えん。計画を全て述べよ!」

 王子はバン! とテーブルを叩き、確信を持った目でタケルを追い込んだ。

 さすが【王国の英知】。その真紅の瞳はどこまでタケルの考えを見通しているのだろうか? タケルはゾクッと背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

「そ、それは……」

 スマホでいろいろなアプリをリリースして莫大な富を築いて魔王を撃ち滅ぼす、そんな計画など王族にはとても言えない。だとすればどこまでが許容ラインだろうか……。

 タケルの頭の中でグルグルと落としどころのイメージが浮かんでは消えた。

「お主、我が陣営に付け!」

 タケルの葛藤を断ち切るように王子は言い放った。

「じ、陣営……で、ございますか?」

 いきなりのことで言葉の意味が分からず、首をかしげるタケル。

「お主も知っておろう。我には兄がいるが、脳筋バカで国を治める器がない。我が王国は魔王の支配領域にも接し、他国との小競り合いも絶えない。そんな中であんな筋肉馬鹿が王になってはこの国はもたん」

 いきなり後継者争いの話を持ち出されてタケルは困惑する。自分は単にベンチャーをやりたいだけなのだ。王族のゴタゴタなど勝手にやっていて欲しい。

「わ、わたくしのような平民にそのようなお話をされましても……」

「男爵だ」

「へ?」

「我が陣営につくなら爵位を下賜しよう。お主の会社も我が陣営の貴族のルートを通じて盛り上げてやろう。どうだ?」

 王子は真紅の瞳をギラリと光らせて踏み込んできた。確かに配下の貴族たちの関連商会も味方になれば事業の成功は約束されるだろう。しかし、それは政争のど真ん中に突っ込むことであり、リスクの高い賭けだった。

「そ、それは……」

「どうした、断るのか?」

 王子は嗜虐的な笑みを浮かべ、腰の幽玄のエーテリアル王剣レガリアに手をかけた。

 カチャリという小さな金属音が静かな部屋に響く……。

「め、め、め、滅相もございません。御陣営に加えられること、恐悦至極に存じます!」

 タケルは慌てて叫んだ。人払いをしたのはこのためだったのだ。『兄の陣営側につく可能性があるのなら、この場で斬り捨てた方がいい』という冷徹な現実にタケルは圧倒された。タケルの背筋にはゾッとした悪寒が貫き、真っ青な顔で頭を下げる。

「ほう? そうか……。タケル男爵よ、我が陣営へようこそ……」

 王子はニヤッと笑うと、カチャリと剣を鞘に収めた。

「よ、よろしくお願いいたします……」

 タケルは悪い汗をぬぐいながら再度頭を下げる。

「では、計画の全容を話したまえ」

 王子はドサッと椅子に深くもたれかかると、紅茶のカップを手に取り、美味しそうにすすった。

「わ、分かりました……」

 タケルは観念して大きく息をつく。もはや逃げられないのであれば最大限に王子の人脈を利用させてもらうしかないのだ。

「私が売ろうとしているのは多機能の電話機で『スマホ』と、言います。これは情報端末で買い物をしたり、みんなでメッセージや動画を共有したり、お金を支払ったりできるのです」

「ほう! 何だそれは、凄いじゃないか!」

「例えば、買い物の場合は……」

 タケルはそれぞれのスマホアプリの構想を丁寧に説明していった。

「QRコード決済?」

 お金を支払う仕組みのところで、王子は眉間にしわを寄せる。

「カメラで読み取って、端末でピッと代金を支払うんですよ」

「こんなのが財布になるってことか!?」

 王子はテトリスマシンを手にして首をかしげた。

「そうです。端末にお金をチャージしておけばコードを読み取って金額を入れるだけで支払えます。実際にはお店に後ほどまとめてお金が送られるんですが……」

「……。信用創造だ……」

 王子はつぶやき、険しい表情でしばらく何かを必死に考える――――。

 タケルは何かマズいことを言ってしまったのではないかと、冷や汗を流しながら王子の反応を待った。

 直後、バン! と、テーブルを叩いた王子はガバっと立ち上がると、白い肌を紅潮させ、満面に笑みを浮かべ、叫ぶ。

「これは錬金術だ! すごい! すごいぞ!!」

 なぜ、QRコードが錬金術になるのかピンとこないタケルは、その王子の興奮をポカンと眺めていた。

13. QRコードで錬金術

「れ、錬金術……ですか?」

 タケルは首をかしげながら聞いた。

「かーーっ! お主は金融にかけてはからっきしド素人だな! いいか、これはいわば銀行だ。それも庶民が使い、リアルタイムでお金をやり取りできる次世代型銀行だ!」

 王子は興奮してドン! とこぶしでテーブルに叩きつけた。

「あぁ、まぁ、お金を預けられますからね?」

「……。お前、銀行がなぜボロ儲けできるか知ってるか?」

 呆れた顔で王子はタケルの顔をのぞきこむ。

「えっ……? 預金を貸し出して金利で稼ぐんですよね?」

「そうだが、そのままじゃ上手くいって数パーセント、全く儲からん」

「え……、では……?」

 タケルは困惑した。確かに前世で日本のメガバンクはボロ儲けをしていたが、彼らの貸し出す金利はせいぜい4%。とりっぱぐれることも考えたらとてもそんなに利益が出るようには思えなかったのだ。

「金貨十枚預金されたとしよう。銀行はこれを五人に金貨十枚ずつ貸すんだ」

「へっ!? 手元に十枚しかないのに五十枚も貸すんですか!?」

「そうだ。それで問題なく回ってる。なぜかわかるか?」

「え……? なんでですか?」

 タケルは首をひねる。無い金を貸し出すなんて、そんなことできるはずがないのだ。

「お前、銀行からお金を借りたらどうする? 全額引き出すか?」

「うーん、ケースにもよりますが、どこかへ振り込んだり口座に残したりで全額引き出したりはしないですね」

「だろ? 要は五十枚貸しても必要な金貨は十枚も要らないんだ」

「は……?」

「察しの悪い奴だな。どこかへ振り込むって言っても同じ銀行の別の口座なら銀行の外へは出て行かない。金貨が無くても貸し出せるってことだ」

「あ……」

 タケルは唖然とした。銀行は手元にない金を貸していたのだ。現金として引き出す人が少数だから、貸しても銀行の中にお金は残り続ける。だからそれを使ってもっと多くのお金を貸せるのだ。まさに錬金術。銀行とは金が五倍に増える錬金機関だったのだ。

「銀行が錬金術だとしたら、QRコード決済でやるべきことは分かるな?」

 王子はニヤリと笑った。

「は、はい……。こ、これは凄い事ですよ」

 要は多くの人が使って現金に引き出す必要がない状態にすれば、金はいくらでも増やせるのだ。ユーザー数を増やすこと、現金化しなくて済むようにすること、この二つを徹底することが莫大な富を生むポイントに違いない。

「我が陣営の傘下の商会にはすべてQRコード決済を入れさせよう。世の商店の大半で使えるようになるだろう」

「おぉ!? それは素晴らしい!」

「我が王国の国家予算は金貨六百万枚だが、このQRコード決済銀行と傘下の商会の事業からあげる収益で金貨三百万枚は行けるだろう」

「さ、三百万!?」

 タケルは驚いた。三百万枚と言えば日本円にして三千億円。まさに莫大な富。これぞまさにITベンチャーの目指すところである。

「何を驚いている。最終的には他国へも広げてさらに十倍だ」

「さ、三千万枚!?」

 タケルはその途方もない規模の大きさに目がくらくらした。

「で、その、スマホとやらはいつ販売をスタートできるんだ?」

「まず、電話機能だけのものを来年、QRコード決済アプリの開発にはさらに一年はかかるかと……」

「遅い! 今年中にリリースだ! サポート人員は全てこちらで用意する。最短でやれ!」

「か、かしこまりました!」

 あまりの無茶振りに圧倒されるタケルだったが、さすがにここでNOとは言えない。余計な機能は全くなしのシンプルなもので仮オープンなら、できなくもないかもしれない……。タケルは渋い顔でうなずいた。

「で、会社はこれから作るんだったな?」

「は、はい。テトリスの売り上げを使って起業しようかと……」

「我や我が陣営の貴族たちも発起人に加えろ」

「も、もちろんでございます」

「持ち株比率はキミが三割、我々で七割、どうだね?」

 王子は真紅の瞳を輝かせながらタケルの顔をうかがった。

 え……?

 出資比率は起業の成否を決める最大の難関である。少なすぎれば支配権を失い、会社を追い出されてしまう。例えばスティーブジョブズはAppleの株を11%しか持っていなかったため、Appleを一度追い出されてしまった。

 通常、持ち株比率は増資するたびに減っていくので、創業時に三割であればジョブズのように追い出されてしまう可能性がある。

 しかし、自分の持ち株比率が高すぎると他の人のやる気が失われ、事業は上手くいかない。多すぎず、少なすぎず、絶妙なバランスが求められるのだ。

 タケルはギュッと目をつぶり必死に考えた。本当は七割は欲しいところではあるが、王子や貴族たちの支援を受け続けるにはもっと渡さねばならないだろう。しかし、最初から過半数を割ることは避けたい……。

 タケルは大きく息をつくと、覚悟を決めた目で王子を見つめた。

14. 食べかけのオレンジ

「殿下、本事業は殿下陣営のお力無しでは回りません。ですので、相応の比率を持っていただくのは当然でございます。ですが、迅速な経営判断を実現していく上で、社長が過半数無いと経営が安定しません。私が51%で、お願いできないでしょうか?」

「ほう……? 我々はマイナーに甘んじろと?」

 ギラリと王子の瞳が光り、タケルの額に冷汗がブワッと浮かぶ。しかし、ここで引いてしまっては何のために事業をやるのか分からなくなる。

「わが社での意思決定より、殿下陣営の意向が優先される以上、持ち株比率を多く持っていただく必然性はございません。当社の経営の速度を上げる方が最終的に陣営のバリューは最大化され……」

 バン!

 王子はテーブルを叩き、不機嫌そうにタケルの言葉を遮った。

「それでも三割だと……言ったら?」

 ここが起業家の成否の分水嶺。まさに胸突き八丁である。

 タケルは大きく息をつくと覚悟を決める。

「王国の英知たる殿下は、そのような事はおっしゃらないと信じております!」

 タケルは目をギュッとつぶって言い切った。心臓の鼓動がいつになく激しく高鳴っているのが聞こえる。

 王子は何度かうなずき、紅茶をすすった。

 タケルは生きた心地がしない中、じっと返事を待つ。

 王子はカチャリと紅茶のカップをソーサーに置き、ずいっと身を乗り出した。

「いいだろう。キミが51%だ……。その代わり、今年中にスタートせよ!」

「み、御心のままに……」

 タケルはホッと胸をなでおろす。

 王族相手に交渉をするというのは常に命懸けだ。きっとこんな交渉ができるのも王子がかなり高い知性を備えているからである。他の王族だったら今頃切り捨てられていておかしくなかったのだ。

「それでは、事業計画書を速やかに準備いたします」

 タケルは立ち上がり、頭を下げた。

「こちらも男爵位下賜の準備を進めておこう。我々の陣営の勝利はキミの稼ぐ金にかかっている。頼んだぞ、タケル男爵」

 王子はそう言いながら右手を伸ばしてきた。

 タケルは慌てて手汗を服でぬぐうとがっしりと握手をする。

「どうぞよろしくお願いいたします!」

「うむ。頼んだぞ……。あ、それで社名はどうするんだ?」

「『Orangeオレンジ』にしようかと……」

 AppleをなぞるならOrangeしかない。この社名は起業しようと思った時から決めていたのだ。

「は? そんな果物の名前が社名か? そんな名前で成功した会社などないんだが?」

「いや、果物の名前は縁起がいいとわが師が言っていたものですから」

「変な……師匠だな」

「そうです。わが師は変で、最高にイかしているのです」

 丸眼鏡をかけたひげ面を思い出しながらタケルはニヤリと笑った。

        ◇

「もうちょっと右が上……かな?」

 クレアは首をかしげながら、会社の看板をかけているタケルに声をかけた。そこには『食べかけのオレンジ』をモチーフにしたこの世界にはあまり見られないロゴが描かれている。

「このくらい? って……、おっとっと、うわぁぁぁぁ!」

 台がガタついてついバランスを崩してしまうタケル。

「あっ! 危ないっ!」

 クレアは慌てて今にも落ちそうなタケルを支えた。

「ふぅ……。助かったよ……」

「もぅ……。気をつけてくださいねっ! 男爵!」

「だ、男爵は止めてよぉ……、式典はまだなんだし」

「何を言ってるんですか! この国では貴族様は特権階級。もっとデーンと構えてください!」

 クレアは腕を組んで片目をつぶり、ちょっぴり不満な様子で諫めた。タケルがあっという間に令嬢たる自分を抜いて貴族になってしまったことは、嬉しい反面どこか悔しさを覚えてしまう。

「デーンとね、性に合わないなぁ……。こんなもんかな?」

 タケルは居心地の悪そうな渋い顔でカンカンカン! とトンカチをふるった。

「バッチリよ! 改めて……、起業、おめでとうございます!」

 クレアは満面に笑みを浮かべ、パチパチと拍手をしてITベンチャー『Orangeオレンジ』のスタートを祝った。

 ここはアバロン商会の隣、石造り三階建てのオフィス兼倉庫となっている。年季の入った建物は重厚な雰囲気ではあるが、ドアはきしむし、水回りも快適とはいいがたい。おいおいリフォームをしていかねばならない。

 とはいえ、ついに一国一城の主となったのだ。タケルはできすぎともいえる大いなる一歩に胸にこみあげるものがあり。しばらく食べかけのオレンジの看板を感慨深く眺めていた。

15. 大きな平和

「タケルさん? 『社長』か『男爵』、どっちで呼んで欲しいですか?」

 クレアは後ろ手に組み、碧い瞳で悪戯っぽく聞いた。

「えっ!? う、うーん、『CEO』かな?」

「は? 何ですかそれ?」

「チーフ・エグゼクティブ・オフィサーの略だよ」

「……。何言ってるかわかんない! タケルさんは今まで通りタケルさんで、決まり! いいですね? タケルさん!」

 クレアは口をとがらせムッとすると、パンとタケルの背中を叩いた。

「痛てて! もう……!」

 トンチャンチャララン♪

 その時、タケルのポケットからマリンバの音が響いた。

「おっとっと、殿下だ!」

 タケルは慌ててスマホの試作品を取り出し、電話に出る。

「もしもし、タケルです!」

 いきなり背筋を伸ばしてテトリスマシンのようなものに話しかける姿を見て、クレアはどういうことか分からず、キョトンとする。

「は、はい。かしこまりました。いや、そんなことなくてですね。はい……。そうですか、良かったです……。助かります……。それでは馬車をお待ちしてればいいですね? ……。失礼します……」

 緊張の糸が切れたタケルはふぅと大きくため息をつくと、台の上にドカッと腰を掛けた。

「タケルさん……、それ……、何ですか?」

「あ、これかい? わが社Orangeオレンジの新製品、電話だよ。遠くの人と話せるのさ。今のは殿下だよ」

「えっ!? えっ!? これで今、殿下と話してたんですか!? えっ!?」

 クレアは目を真ん丸くして後ずさる。

 遠くの人と話せる伝心魔法というのは聞いたことがあるが、それは特殊なスキルを持った魔法使いだけのモノであり、こんな簡単に使うことなんてできない。この世界では情報の伝達には手紙を使うのが普通であり、それは何日もかかる上に届かないことすらあった。それがこんな簡単にリアルタイムで会話できるとしたら世界は変わってしまう。少なくともアバロン商会のような流通業では、売り手や買い手の情報を正しく早く把握することができれば莫大な富を生むのだ。

「こ、これ……、商会にも欲しいんですケド……」

 クレアは恐る恐るタケルに頼んでみる。

「ははっ。言いたいことは分かるよ。情報は金だ。でも、安価に一気にばらまいちゃうからアバロン商会だけって訳にはいかないんだよ」

「そ、そうなのね……」

 クレアは口をとがらせ、うつむいた。

「でも、クレアには一台ちゃんと用意してるから、一足先にあげるよ」

 タケルはニコッと笑う。

「ほ、本当!? やったぁ!」

 クレアは嬉しさを爆発させ、タケルの腕にギュッと抱き着いた。膨らみ始めた柔らかな感触がタケルの腕に伝わり、タケルはポッと頬を赤らめる。

「お、おい……」

「じゃぁ、いつでもタケルさんとお話しできるね?」

 クレアはタケルの耳元でささやいた。

 美しく整った小さな顔、その潤いを含んだ碧い瞳がタケルを見上げている。

「ま、まぁ、常識的な時間……ならね」

「ふふっ。毎晩寝る前にかけちゃおうかなぁ~」

 クレアはいたずらっ子の目をして笑った。

 タケルはその眩しい笑顔に耐えられず、目をそらす。前世アラサーだったタケルには少女の笑顔はまぶしすぎるのだ。

「毎晩……。何話すんだよ?」

「あら、会話に中身なんて要らないわ。とりとめのない事で笑いあう、それが私たち若者の特権なのよ」

 クレアはニヤッと笑う。

「ははは、そうかもね?」

 中身はとっくに若者ではないタケルは乾いた笑いで返した。

      ◇

 いよいよ男爵になる日がやってきた――――。

 タケルは迎えに来た豪奢な馬車に乗り込み、宮殿を目指す。国王陛下から男爵位を下賜してもらう式典があるのだ。

 カッポカッポとひづめの音を石畳に響かせながら、馬車は小高い丘へと登っていく。やがて見えてきた白亜の宮殿。この国一番の豪奢な建造物であり、王家の威信を広くあまねく王都の人々に知らしめる街のシンボルだった。

 エントランスで降ろされたタケルは、思ったより巨大で壮麗な宮殿に思わず息をのむ。

 美しいマーブル模様の大理石造りの白い建物にはエッジの部分に金があしらわれ、随所に精巧な浮彫が施されて見る者を圧倒する。そして、上部に大きな丸い穴が開いており、その中に真紅の魔法の炎が揺れていた。圧巻なのはその炎はゆらゆらと揺れながら時折幻獣の形となって来訪者を睥睨へいげいするのだ。まるでフェニックスのような真紅に輝く鳥ににらまれ、タケルは思わず後ずさった。

「ははは、あの鳥は出てきませんよ」

 迎えに来たアラサーのさわやかな男性が右手を差し出してくる。グレーのジャケットをビシッと決めたその姿には気品が漂い、一目で貴族とわかるいで立ちだった。

「あっ、タケルです。よろしくお願いいたします」

 タケルは握手を交わし、頭を下げる。

「僕は同じ男爵のマーカス・ブラックウェル。キミは確かグレイピース男爵になるの……かな?」

「そうです、そうです、まだ慣れて無くてすみません。タケル・グレイピースです」

「グレイピースって初めて聞く名前だけど、何か意味あるの?」

「私の故郷の言葉で『大きな平和』って意味がありますね」

「へぇ、いい名前だ。平和になって欲しいよねぇ」

 マーカスは肩をすくめる。王都に居れば日常あまり意識することはないのだが、辺境では魔王軍と対峙し、諸外国との小競り合いも絶えない現実は日に日に深刻さを増しているという。

「自分も平和には貢献したいと思っているのです」

「お、いいね。本当に平和が一番なのになぁ……。おっと、こうしちゃいられない。さぁ行こう」

 マーカスはタケルの背をポンポンと叩き、タケルを王宮の中へといざなった。

16. 齧られたリンゴ

 王宮の内部に一歩足を踏み入れた瞬間、タケルは目の前に広がる壮麗な光景に心奪われた。優雅な曲線を描く階段が二階へと伸び、その手すりには黄金がふんだんに使われ、煌びやかな輝きを放っている。壁沿いに魔法のランプが整然と並び、壮麗な彫刻と絵画が浮かび上がって、この場所の長い歴史と栄光を語りかけてくるようだった。

「いよいよ式典だけれども、キミの場合は敵方が狙っているからちょっと変則的にいくよ」

 マーカスはそう言うと辺りをキョロキョロと見回し、タケルの手を引いて細い通路へと入っていった。

「狙っているってどういうことですか?」

「敵の陣営がキミを取り込もうとしてくるだろう。そして、言うことを聞かないのであれば平民のうちに殺しておこうってことさ」

 足早に細い通路を進みながらマーカスは不穏なことを口にする。

「こ、殺す!? まさか……」

「何言ってるんだ、ここは伏魔殿。平民など『無礼を働いた』という一言で簡単に殺せる世界だぞ? 式典までは敵方に絶対に見つからないように」

 マーカスはタケルの平和ボケっぷりに呆れたような顔で諭した。

 しばらく通路を進んで、マーカスは周りの様子を見ながら小さな作業室に入っていく。静かにドアを閉め、ガチャリと鍵をかけたマーカスはふぅと大きく息をついた。

「これでいいだろう。式典まではここで隠れていよう。とりあえず、お茶でも入れるか……」

「あ、僕がやります」

「いいのいいの、今日はキミが主役なんだから座ってて! 我が陣営のホープなんだからさ」

 マーカスは上機嫌にテーブル席にタケルを座らせると戸棚を漁り始めた。どうやらこの部屋はスタッフたちの休憩室らしい。

 と、その時、コンコンとドアがノックされ、緊張が走った――――。

 え……?

 マーカスは眉をひそめ、タケルと顔を見合わせる。誰かが来ることは想定外のようだった。

 そっとドアまで行くと静かにドアを開けるマーカス。

「男爵様、ジェラルド殿下がお呼びです。緊急事態だそうです」

 侍女らしき若い女がひそひそ声でマーカスに告げた。

「え? うーん……、分かった」

 マーカスはタケルの方をチラッと見ながら返事をする。

「タケルさん、ちょっと出てくるけど、ドアにカギかけて戻ってくるまで絶対開けないでくださいね」

「わ、分かりました……」

 マーカスは心配そうに何度かうなずくと、足早に出ていった。

 タケルはきな臭さすら感じるこの緊迫した雰囲気に、顔をしかめながら鍵を閉めた。

 単に男爵位を国王陛下から下賜してもらうだけの話だと思っていたら、命を狙われて身をひそめている。一体なぜこんなことになっているのか混乱し、タケルは重いため息をついた。

 気分転換でもしようとお茶を入れ、一口すすった時だった――――。

 ガチャ!

 いきなりドアのカギが開けられ、男が入ってきた。

 えっ……?

 ドカドカと入ってきた筋肉質のでかい身体をした男は、純白のジャケットに金の鎖を揺らしながら堂々たる態度でタケルに迫ると、不機嫌そうに向かいの席にドカッと座る。それはアントニオ・ヴェンドリック、第一王子だった。

 いきなり敵陣営のトップが入ってきたことにタケルは凍り付いた。マーカスを誘い出したのもアントニオ側の工作だったに違いない。

「おい、お前、我が陣営につけ!」

 アントニオはテーブルに置いてあった小さなリンゴを一つつかむと、背もたれにもたれかかり、有無を言わせぬオーラを発しながら命令した。

 王族はなぜこうも強引なのだろうか? タケルはいきなり訪れた究極のピンチに真っ青になり、必死に言葉を探した。ここで断れば斬り捨て御免で終わりだ。自分の身分はまだ平民、今なら殺しても何の問題にもならない。背筋を走る悪寒にタケルはブルっと身震いをした。

「返事は?」

 アントニオは筋肉質の太い腕を見せつけるようにリンゴをかじり、ギロリとブラウンの瞳でタケルを射抜いた。

「恐れながらおっしゃっている意味が良く……分からないのですが……」

 まずはとぼけてみるタケル。だがしかし、そんな茶番は全く通用しない。

 アントニオは無言でタケルの方に腕を伸ばし、真紅のブレスレットを光らせた。

 刹那、激しい閃光が手のひらから放たれ、ファイヤーボールがタケルの頭をかすめて後ろの壁で炸裂する。

 ぐはぁ!

 激しい衝撃をまともに受けたタケルは椅子から落ちて転がった。

 壁には焦げた穴が広がり、ブスブスと煙が沸き上がる。

 くぅぅぅぅ……。

 タケルはよろよろと身体を起こす。

「Yesか死か、好きな方を選べ」

 アントニオは表情一つ変えることなく、タケルを見下ろすとまたリンゴをかじる。シャクシャクという咀嚼そしゃく音が静かに部屋に響き、タケルは絶望に塗りつぶされていった。

17. 斬ってヨシ!

 ジェラルド王子も有無を言わせぬオーラを放つが、アントニオはそれとは次元の違う暴力を背景とした圧倒的なオーラだった。

 オーラに威圧されたタケルはカタカタと震えてしまう。

 だが、今さら陣営を乗り変えるなどとてもできない相談である。

「で、殿下のご意向に背けるはずはございません。ですが、その前に恐れながら、殿下の描く国政の方針をお聞かせ願えますか?」

 タケルは絞り出すように震える声で言った。

「は? 俺がこの国をどうしたいかって? そりゃ圧倒的な武力! 力こそ全てを解決するパワーだ。我が王国を大陸随一の軍事大国としてこの大陸を統べるのだ!」

 ガン! とアントニオはテーブルをゴツいこぶしで激しく叩く。

「な、なるほど、素晴らしいですね。ですが、軍事力を強化するにはまず国が豊かにならないと難しいのでは?」

「そんなのはお前らの仕事だ! お前はガンガン金を稼いでわが軍を支えろ!」

 タケルはキュッと口を結んだ。稼ぎを収奪し、全て軍事侵攻の費用にするつもりなのだろう。もちろんタケルも稼ぎで魔王軍を打破していくつもりではあるが、他国を侵略するつもりなどない。人間同士の殺し合いなどたくさんなのだ。

 とはいえ、断れば死である。窮地に追い込まれたタケルは活路を求めて言葉を紡ぐ。

「王国のために経済的支援をするのは王国民として当然の務め。ですが、我が稼ぎを軍事に使うのであれば、わたくしめも軍師として作戦の立案などに携わらせてもらえますか?」

「は? お前のようなモヤシ小僧が軍に関われるはずなどないだろう! お前は金稼ぎ担当! なんか文句あるか?」

 タケルはキュッと口を結んだ。人殺しのための金を稼がされ、使い方にも関与できないなどまっぴらごめん。大きく息をつき、覚悟を決めた。

「殿下、わたくしは商人です。見返りのない一方的な利益供与は長くは続けられません」

 勇気を振り絞ってアントニオをまっすぐに見つめるタケル。

「ほう……? 貴様、死を選ぶ……か?」

 アントニオはピクッとほほを引きつらせ、ゆらりと立ち上がると腰の幽玄のエーテリアル王剣レガリアに手をかけ、スラリと引き抜いた。シャリーン! という金属音が静かな室内に響き、赤い刃紋の踊る美しい刀身が不気味にギラリと光る。

「で、殿下、いくら『斬り捨て御免』とはいえ、わたくしはジェラルド殿下の知己であり、説明は求められますよ?」

 タケルは冷汗をたらりと垂らしながら、のけぞった。

「ふん! 死人に口なしだ。理由などいくらでも作れるわ!」

 王剣を振りかぶるアントニオ。

「理由は作れません。なぜならすべて筒抜けだからです!」

 タケルはここぞとばかりに試作品のスマホをポケットから取り出し、アントニオに向けた。

『兄上、お話は聞かせていただきましたよ? それでは父上も納得しないと思われますが……』

 スマホからジェラルドの声が響き、画面には顔が映っていた。

「き、貴様、な、何だこれは……?」

 初めて見るビデオ電話にアントニオは動揺が隠せない。

「『斬り捨て御免』とは言え、引き抜きに失敗したから我が親友であるグレイピース男爵を手にかけたとあれば無事ではすみませんが?」

 畳みかけるジェラルド。

「うぬぬぬぬ……。怪しい魔道具を使いやがって!」

 真っ赤になるアントニオ。

「まぁ、私としても、あなたが彼を斬ってくれれば父上の同情を稼げますからね。斬りたければどうぞ? くふふふ……」

 方便とは言え、『斬ってもいい』というジェラルドの言葉にドクンと心臓が高鳴った。結局この人たちにとって人の命などコマにしか過ぎないのだ。

 くぅぅぅ……。

 アントニオは王剣を力いっぱいテーブルに叩きつけ、一刀両断にされたテーブルが飛び散った。

 ひぃぃぃ!

 慌てて跳びのくタケル。

「まぁいい。俺が王位についたらお前ら覚えてろよ?」

 アントニオは血走った目でにらみつけながら野太い声を響かせ、ドカドカと足音を鳴らしながら出ていった。

「危なかったね、タケル君……。くふふふ……」

 ジェラルドは楽しそうに笑うが、タケルはいちいち命のやり取りになる事態にウンザリしてガックリとうなだれた。

「もう、勘弁してくださいよぉ……」

「何を言ってるんだ、まだ始まってもいないぞ? ふははは」

 タケルは楽しそうなジェラルドの顔をジト目でにらんで、ふぅと重いため息をついた。

18. 獲物を見定める視線

 煌びやかな謁見室で無事爵位を下賜されたタケルはその晩、記念パーティの席上に居た――――。

 ジェラルドのはからいで高級レストランを貸し切って、ジェラルド陣営の貴族たちも続々とやってくる。

「やぁ、グレイピース男爵。お話はかねがね。私は子爵のヴァルデマー。これからよろしく頼むよ!」

 グレーの帽子をかぶったパリッとした紳士が握手を求めに来た。隣にはピンクのドレスを着た可憐な少女も並んでいる。

「何もわからない新参者です。どうぞご指導のほどよろしくお願いします」

 サラリーマン時代に鍛えた営業スマイルで胸に手を当て、握手に応えるタケル。

「うん、うん、何でも聞いてくれたまえ。……、で、これがうちの娘……。ほら、挨拶しないか、マデリーン」

「は、はい……。あのぉ……」

 マデリーンは十三歳くらいだろうか? 端正な顔に上品な雰囲気、さすが貴族令嬢である。ただ、ひどく緊張していて言葉が出てこない。男と話しなれていないのかもしれない。

「そんな緊張されなくて結構ですよ。今日は特別に美味しい食事も用意していますからゆっくり楽しんでいってください」

 タケルはニッコリとほほ笑んだ。タケルはこの世界ではまだ十八歳だが、精神年齢はアラフォーである。基本的な社交の会話は無事にこなせていた。

 マデリーンは恥ずかしそうにこくんとうなずくと、子爵の腕にギュッと抱き着く。

「おいおい……。箱入り娘なもので、申し訳ない」

「いえいえ、素敵なお嬢様ではないですか。将来が楽しみですね」

「おぉ、そうかね? それじゃ、今度改めて食事でも……どうかな?」

「はい! 喜んで!」

 タケルは満面の笑みを浮かべ、ノータイムで答える。『こういう時は何でもこう言っておけ』とマーカスに言われているのだ。

 子爵は嬉しそうに笑い、ボソッとマデリーンに何かをささやいた。

 マデリーンは顔をボッと赤くさせうつむく。

「失礼、子爵のベックフォードです。ヴァルデマー殿、私も挨拶させてもらっていいかな?」

 横からグレーのハンチング帽をかぶった紳士が声をかけてきた。

「おぉ、これは失礼。ではグレイピース男爵殿、娘ともどもよろしく頼むよ!」

 タケルはヴァルデマーと再度握手をし、次にベックフォード子爵と挨拶をする。隣にはまたも可憐な少女が水色のドレスに身を包んで立っている。

 見回すと周りには父親に連れられた少女たちがたくさん待ち構えており、じっと自分の方を見つめていた。その瞳たちにはまるで野生動物が獲物を見定めるかのような鋭さが光っている。

 え……?

 タケルはその異様な熱気に気おされた。

 第二王子に気に入られた新進気鋭のITベンチャー創業者の男爵。それは娘を嫁がせる先としては実に好物件なのだろう。何しろ第二王子が王位についたらそのお気に入り実業家の権勢は計り知れない。陣営の関係者で娘を持つ者はみんな連れてきているのではないか、というくらい会場には着飾った少女が目立っていた。

 その時だった、執事の声が室内に響く――――。

「ジェラルド殿下のおなーりー!」

 タケルたちは慌てて居住まいを正し、胸に手を当てて入口の方を向いた。

 金髪をファサッと揺らしながら、颯爽とジェラルドが入場してくる。

 パチパチと拍手が上がり、ジェラルドは手を挙げて応えた。

「えーと、グレイピース男爵はいるか? あ、いたいた」

 タケルは慌ててジェラルドの元へと走る。

「殿下、お越しいただきありがとうございます」

「貴族社会へようこそ! 式典ではなかなかどうして堂々たる立ち居振る舞い、さすが僕の見込んだ男だ」

 ジェラルドはニコニコしながらタケルの肩をポンポンと叩き、執事に差し出されるシャンパンのグラスを持った。

「えー、お集まりの諸君! 今日、正式に我が陣営に頼もしい仲間がジョインした。この男は若いのになかなかやり手でな、『金貨三千万枚稼ぐから仲間にしてください!』って土下座してきやがったんだ」

 へっ!?

 タケルは驚き、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてジェラルドを見た。

 ワハハハ!

 笑いに包まれる会場。

「でもまぁ、彼の技術力と我々のネットワークがあれば三千万枚など十分に射程距離だろう。ぜひ、彼を盛り立ててやってくれ! それでは乾杯!」

 ジェラルドはタケルの背中をパンパンと叩き、グラスを高々と掲げた。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 楽団が奏でるクラシックなメロディが室内に響き、それに大勢の拍手が続いた。

 転生した孤児が冒険者パーティすら追放され、食べるものにすら困っていたのはついこの間のこと。それが今や貴族たちに囲まれて祝福されている。どうしてこうなった? と、思わないではないが、勢いはあるうちに乗るしかない。金貨三千万枚、国家予算をはるかに超える大金で、この世界を大きく変えてやるのだとタケルはグッとこぶしを握った。

19. ご令嬢に囲まれて

「どうだ? いい娘見つけたか?」

 ジェラルドはタケルの耳元でささやき、パチッとウインクをする。

「い、いや、自分はまだそんな……」

「何を言ってるんだ……。貴族にとって婚姻関係は最優先事項! 家柄で絞り、候補を後で報告するように!」

 ジェラルドはタケルの背中をパーンと叩き、自分は貴族たちに声をかけに行ってしまった。

「痛ってぇなぁ……」

 タケルが叩かれたところをさすっていると、ぞろぞろと娘を連れた父親たちが集まってくる。

「男爵、ご挨拶よろしいかな?」

「は、はい! 喜んで!」

 タケルは引きつった笑顔を見せながら挨拶をこなしていった。

 起業家にとって外交は極めて重要なタスクである。しかし、この世界ではそれが結婚相手を見つけることに重きを置かれている。これにはジョブズもビックリではないだろうか?

 タケルは結局何も食べられないまま、夜遅くまで親娘たちの対応に追われた。

         ◇

「タケルさん、お疲れ様っ!」

 手伝いに来てくれていたクレアがタケルにアイスティーのグラスを手渡した。

「いやもう、外交っていうのは大変だなこれは……」

 タケルは疲れ切った顔でアイスティーをゴクゴクと飲む。

「美しいご令嬢たちに囲まれてよかったですね! いい娘は見つかりましたか?」

 クレアはジト目でタケルをにらむ。

「いい娘って……、まだ十八歳だよ、僕は?」

「あら? 普通はもう婚約者がいてもおかしくない歳ですけど?」

 タケルの飲みほしたグラスを少し乱暴に奪ってトレーに乗せ、チラッとタケルを見るクレア。

「でもまぁ、みんないい家のご令嬢でね、孤児院あがりの自分にはちょっとなぁ……」

 前世はサラリーマン、この世界に来ても孤児で冒険者だったタケルには、格式やしきたりの中で生きてきたご令嬢との生活はちょっとイメージできなかった。

「あら、私もいい家のご令嬢ですよ? 平民ですケド?」

「いい家のご令嬢は王族に向かって『これで決まりよ!』とかは言わないんだよなぁ……」

 タケルはニヤリと笑ってクレアの顔をのぞきこむ。

「ゴメンなさいってばぁ……。だって何万人も応援してくれてたのよ?」

「はいはい、結果良ければすべて良し。それに僕は令嬢っぽくない方が気楽でいいしね」

「そう? 貴族のご令嬢より一緒に居たくなる? ふふふ……」

 クレアはパァッと明るい笑顔でタケルを見た。

「そりゃぁもちろん! アバロンさんの窓口として、今後もごひいきにお願いしますよ」

「仕事の話じゃなくて! もうっ!」

 クレアはタケルの背中をパシパシ叩いた。

「痛い、痛いって! ちょっと小腹空いちゃった。一軒付き合ってくれる?」

「えっ!? もちろん! ふふっ」

 小躍りするクレア。

 タケルはそんなクレアを微笑ましく見ながら、良い仲間に恵まれたことを感謝していた。

         ◇

 タケルが帰る準備をしていると、黒いジャケットを着た男性二人が近づいてきた。

「男爵! ご挨拶が遅れて申し訳ありません。今日から我々が男爵の警護につきます。なるべく目立たぬように警護いたしますのでご容赦ください」

「あ、SPですね。殿下から話は聞いてます。でも、警護なんて……」

「何をおっしゃるんですか、昼間も殺されそうになったと聞きましたよ? しばらくは我々にお任せください」

 そう言いながら二人はビシッと敬礼した。

「えっ!? 殺されそうになった!?」

 横で聞いていたクレアは真っ青な顔で目を丸くする。

「あ、いや、まだ、男爵になる前だったからね。今は大丈夫だよ」

 下手に心配させてもいけないので、タケルは慌ててフォローする。

「男爵がいなくなれば嬉しい勢力がいる以上、我々は粛々と警護します。煩わしいかと存じますがどうぞご理解を……」

 SPたちはうやうやしく胸に手を当て、頭を下げた。

「わ、分かったよ……」

 タケルはいつの間にかこんな警護がつく身分になってしまったことに、ウンザリしながらため息をついた。

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