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【金こそパワー】ITスキルで異世界にベンチャー起業して、金貨の力で魔王を撃破! 50~59

50. 氷結幻影

 基地建設から一年――――。

 基地には数万人のにぎやかな声が響き、対魔王軍の準備は整いつつあった。Orangeタワーは本格的に稼働し、フォンゲートの事業を回すスタッフたちと、作戦を実行する兵士たちが各フロアでエネルギッシュに活動している。

 安全第一の軍隊であるOrange軍では基本的に人は直接戦闘に参加しない。空軍はドローンの遠隔操作、陸軍はゴーレムの遠隔操作と全てリモートで戦闘をこなす。

 今日は初めての本格実戦演習ということで、滅ぼされた隣村の奪還作戦を実行することとなった。

 戦闘兵たちは五十人で一つの小隊を構成し、空軍、陸軍それぞれ二十小隊が組成されている。Orangeタワーの十フロアには二千ものゲーミングチェアが配備されており、兵士たちは大画面のセットされたゲーミングチェアに座って戦闘任務を遂行する。今日は初の本番ということでみんな緊張した面持ちで、最後の調整に入っていた。

 いきなり、勇ましくカッコイイJ-POPが全フロアに大音量で流れた。戦闘もののアニメのオープニングテーマソングだったものである。兵士は全員ゲーミングチェアに着席し、背筋を伸ばして画面を食い入るように見入った。

 画面に登場した軍服姿のタケルはビシッと敬礼をする。二千人の兵士たちも一糸乱れずビシッと敬礼で返した。

「諸君! いよいよ記念すべき初陣だ。演習通りしっかりと実力を発揮して欲しい。……。さて……、この戦いはこの大陸を人類の手に取り戻すための大切な聖戦だ。我らが勝たねば人類は魔物に蹂躙されつくされるだろう。子供たちの、市民の笑顔を守るのは誰だ?」

 タケルは聞き耳を立てる。

「Orange!」「Orange!」「Orange!」

 兵士は息の合った元気な掛け声をフロアに響かせた。

「勇敢なる兵士諸君に問う! 世界最強は誰だ!?」

 タケルはグッとこぶしを握る。

「Orange!」「Orange!」「Orange!」

「人類の英知、諸君の勇気をクソッたれの魔王に見せつけろ!」

 タケルはグッとこぶしを突き上げ、叫んだ。

「Orange! Orange!」「Orange! Orange!」「Orange! Orange!」

「ヨシ! 戦闘開始! オペレーションOrange、GO!」

 ビーン! ビーン!

 全フロアに作戦開始のサイレンが鳴り響いく。

「ファントム・フリートアルファからエコー発進要請!」「索敵モードをブラボーに!」「チャーリー、モードをニュートラル確認!」

 一斉に各兵士が忙しく動き始める。

 基地の外れにある空き地がせり上がり、ポッカリと大穴が開いた。直後、真っ白い巨大な飛行機がバシュッ! と衝撃音を放ちながら大空へと打ち出されていく。これが【ファントム・フリート】、ドローン百機を搭載している航空母艦だった。

 ファントム・フリートは次々と十艇射出され、一気に高度を上げていく。巨体なため小回りは効かないが、魔石も多く積んでパワーは相当に確保していた。

 高度三百メートルを超えたあたりで、ファントム・フリートからは次々とドローンが発進していく。

 振りまかれたドローンはそれぞれ担当の兵士へと割り振られ、最終的に発進から三分もすると千人の空軍兵士はそれぞれ担当機をもち、画面をにらみながら作戦へと移行していく。それは何度も失敗を重ね、手順を煮詰めた成果だった。

 それとは別に、Orangeタワーの最上階から純白の超音速戦闘機【氷結クリスタル幻影ミラージュ】が射出された。

 空軍一のエースパイロット、クレアの操縦するプロトタイプ戦闘機氷結クリスタル幻影ミラージュは圧倒的な飛行速度を誇る代わりに操縦が極めて難しく、クレア以外の人が操縦かんを握ると、急旋回時に失速して墜落してしまうのだ。

 氷結クリスタル幻影ミラージュはあっという間にドローンたちを追い越しながら、青空に優美な飛行機雲を描き、高度三万フィートまで一気に上がると、今度はターゲットの村めがけて急降下していった。

 徐々に機首を上げ、森の木々スレスレで水平飛行に移った時だった。ドン! というソニックブームが森の木々を大きく揺らす。音速を超えたのだ。

 いきなり響き渡る爆音に驚いた魔物たちは慌てて戦闘態勢に入るが、その時はもうはるかかなた遠くを優雅に旋回している。

 怒ったワシの魔物、ヴァイパーウイングが飛び立って氷結クリスタル幻影ミラージュを追いかけようとするが、超音速で飛んでいる氷結クリスタル幻影ミラージュに追いつけるはずもない。逆に旋回してきたクレアにターゲットロックオンされ、すれ違いざまに炎槍イグニスジャベリンを叩きこまれ、燃え盛りながら墜落していった。

51. さらなる闘志

 他にも何匹か飛行系魔物が飛び出してきたが、クレアは難なく撃墜し、あっという間に制空権を確保してしまった。

 こうなるともう一方的な虐殺である。追いついてきた千機を数えるドローンたちからは次々とゴーレム召喚用の魔道具が放たれ、地上で次々とゴーレムが雄たけびを上げていく。ゴーレムはフォンゲートを身に着けており、陸軍兵士はそこからの映像を見ながらゴーレムに音声指示を与え、操っていく。

 空からはドローンの炎槍イグニスジャベリンによる攻撃、地上ではゴーレムの火炎放射器による攻撃で魔物たちは次々と撃破されて行った。

 最後、街の教会に立てこもった魔物たちだったが、ゴーレムたちに建物そのものを破壊され、瓦礫の中から逃げ出してきた者も火炎放射器であっさりと燃やされて行った。

 グギャァァァ!

 最後の一匹が炎に包まれ、断末魔の悲鳴を上げながら倒れていく。

 Orangeタワーの最上階に作られた作戦指令室で、その姿が大画面に映し出されると、歓声が響き渡った。

「ウォォォ!」「やったぁ!」「すごいぞ!」

「Yes! 皆さん、ありがとう! お疲れ様でした!」

 タケルは拍手をしながら立ち上がり、将校たちをねぎらう。

「グレイピース伯爵、バンザーイ!」「バンザーイ!」「バンザーイ!」

 将校たちは初戦の圧倒的な勝利に自信を深め、万歳を繰り返した。タケルは、うなずき、みんなの嬉しそうな顔を見回した。慣れない兵器をうまく扱い生かすために将校たちは日々研究し、訓練を進めてきたのだ。嬉しさもひとしおだろう。

 まだまだ始まったばかりだが、幸先のいいスタートにタケルはグッとこぶしを握った。

        ◇

 奥のソファを見るとオブザーバーで参加していたソリスとネヴィアがクッキーをポリポリかじりながら雑談していた。

 タケルは二人に近づいて行く。

「どうですか? 結構いい戦いだったと思うんですけど?」

「まぁ、火力は凄いわね。でも、それだけだわ」

 ソリスはつまんなそうな顔をして肩をすくめた。

「え? それだけ……?」

 タケルは予想外の渋い評価に顔を曇らせる。

「相手が私だったら勝てたと思う?」

「えっ!? ソリスさん相手に……ですか……?」

「そう。私を殺せるかしら?」

 タケルは腕を組んで考えた。大量のドローンとゴーレムで仕留められるか……? しかし、どう考えても殺せるイメージが湧かず、渋い顔で首をかしげた。

「無理よね? そりゃ数で押されるけれども、やられたりはしないわ。逃げながら数を減らす戦いを続けるだけなのよ」

「なるほど……。で、そう言うことができる敵が魔王軍にもいる……と?」

「分からないわ。でも、可能性としては十分にあるんじゃないかしら?」

 ソリスは余裕の笑みを浮かべ、コーヒーをすすった。

 タケルは大勝利の浮かれた気分も吹っ飛び、キュッと口を結ぶ。確かにただの魔物なら殲滅できるだろうが、魔人であればそう簡単には殺せないのだろう。

「我も殺されたりはせんぞ!」

 ネヴィアもドヤ顔でタケルを見る。

「まぁ、そうでしょうね……。分かりました。勉強になりました。ありがとうございます」

 タケルはペコリと頭を下げた。もちろんタケル自身もこれで魔王を倒せるとまでは思ってはいなかったが、自慢の軍隊をここまで酷評されると面白くない。この人たちを絶対驚かせてやると、タケルはさらなる攻撃力の増強に闘志を燃やした。

        ◇

 奪還した村には整備部隊を送り込んだ。警備のゴーレムを配置し、中心部を囲むように塀を設け、復旧の足掛かりを作っておく。やがて元の住民が戻ってくればまた活気が戻るだろう。

 タケルは寸暇を惜しんで新型兵器の開発に没頭する。例え魔人であっても確実に仕留められる、そんな兵器が無いと魔王の打倒は難しいし、安全に攻略ができない。潤沢にある金を使って安全にこの世界に平和をもたらすこと、それこそがタケルの目指す戦争なのだ。

 兵器の火力をアップするには、単純に魔石にある魔力をより多くエネルギーに変換するだけでいい。もっと言うなら、魔石そのものを直接エネルギーにしてしまえばいいのだ。こうすれば魔石は爆弾になる。しかし、どんなに高性能な爆弾を作っても敵に当てなければ意味がない。

 タケルは新型爆弾を実験機に搭載し、敵の頭上でバラバラとバラまいたりするなど実戦でどう生かしていくかを必死に研究していった。

52. 銀の鎖の男

 奪還作戦最終日――――。

 Orange軍は毎週奪われた村々の奪還作戦を粛々と実施し、数か月もすると旧領土は残すところ村一つとなっていた。

「さーて! バッチリ決めますよぉ!」

 氷結クリスタル幻影ミラージュで出撃したクレアは、純白の翼を青空に輝かせながらグングンと高度を上げていった。

 いつも通り超音速でターゲットの村をカッ飛んでいくクレア。氷結クリスタル幻影ミラージュに取り付けられた魔力探知機が、地上の魔物の位置をレーダーのように捕捉していった。

 すると前方に大きめの反応がいくつか浮き上がる。明らかに待ち伏せしているような布陣である。

「クレア! 右急旋回ハードスターボード!」

 画面を食い入るように見つめていたタケルは、焦って叫んだ。

了解ラジャー! くっ!」

 クレアは素早く操縦桿を倒すが、同時に森の中からファイヤーブレスの火柱がすっ飛んでくる。ワイバーンが潜んでいたのだ。

 ゴォォォォ!

 ギリギリで直撃は免れたものの、激しい灼熱の閃光が画面を真っ白にしてしまった。

 しかし、クレアは慌てず目を閉じゾーンに突入すると、冷静に体に染みついた機体の動きを思い出しながらバレルロールでファイヤーブレスをくるりと回避し、スロットル全開で上空へと離脱した。それはクレアでなければできない神がかった凄技だった。

 やがてカメラの視界が戻ってくるとクレアはニヤッと笑い、機体を背面宙返りさせていく。青空に純白の美しい機体が陽の光を浴びてキラリと輝いた。

 追いかけ始めていたワイバーンたちはそれを見て本能的に恐怖を感じる。華奢で小さな機体。しかし優雅に宙返りする姿には王者のオーラの香りが漂っていたのだ。

「おいおい! 敵は三体だぞ! 無理するな」

 タケルは思わず叫んだが、クレアは操縦桿の先端に付けられた発射ボタンのカバーをパカッと開けた。

「この空は私のよ! ファイヤー!」

 超音速で急降下しながら炎槍イグニスジャベリンが次々と放たれていく。

 ズン! ズン! ズン!

 慌てて逃げようとしていたワイバーンたちに正確に着弾し、爆音が森に響き渡った。

 ギュァァァァ!

 断末魔の叫びが響く中を氷結クリスタル幻影ミラージュは純白の翼を陽の光に煌めかせながら飛び去って行く。

「おぉぉ……神……か?」

 タケルはあっという間にワイバーンを三体も撃墜したことに圧倒され、言葉を失ったまま静かに首を振った。

         ◇

 後からやってきたドローンたちは、魔石爆弾を魔物の反応があった位置に向けてバラバラと落としていく。やがて魔物に占拠された村のあちこちで大爆発が起こり、キノコ雲が次々と立ち上がっていった。特に砦跡には集中的に爆弾が投下され、逃げ惑う魔物たちもろとも粉々に吹き飛ばしていった。

 あらかた掃討が終わるとゴーレムたちが残党狩りを始める。廃墟の中を、洞窟を、森の中を丹念に探し、隠れている魔物たちを撃破していく。

 やがて、教会の三角屋根のてっぺんに『食べかけのオレンジ』の旗がはためいた――――。

 ウォォォォ! やったぞ! バンザーイ!

 作戦司令室は歓声に沸いた。ついに失われた領土を全て人類の手に取り戻したのだ。それは一方的に押され続けてきた人類にとって、希望となる勝利だった。

 クレアはそんな歓声を聞きながら基地へと舵を切る。今回も無事に任務を達成し、貢献できた興奮が静かにクレアの心地よい疲れに色を添えた。

 ふぅと大きく息をつくとコーヒーを一口すするクレア。その時、照準カメラの隅に何かが動くのを見つけた。

 え……?

 若い長髪の男が翼の上に立っている。それもカチッとしたフォーマルのジャケットに銀の鎖を煌めかせてニヤリと笑っているのだ。

 飛んでいる飛行機の上に乗り込む男、それは常識を超えた禍々しさをはらみ、クレアの背筋にゾッと冷たいものが走った。

 慌ててクレアはバレルロールをし、曲芸飛行のようにクルクルと回る。さすがにこれには対応できなかったのか、それ以降カメラには捉えられなかった。

 しかし、これは明らかに異常事態である。

 クレアは帰投すると急いでタケルのところへ駆けて行った。

「タケルさん! 大変! 大変なの!」

 作戦成功に沸く指令室は歓喜に包まれ、タケルは多くの祝福攻めにあっていた。

「ク、クレア、どうしたんだ?」

氷結クリスタル幻影ミラージュの翼に男が乗っていたのよ!」

「は……? 誰が?」

「分かんないんだけど、ジャケットを着たキザな男が帰投中の翼に立ってたの」

「いやいやいや、飛行中の翼の上に立つなんてことはあり得ないよ」

 タケルは苦笑いをして肩をすくめる。

「でも、見たのよ!!」

 クレアは必死に訴えた。あんな明らかにヤバい奴を連れ帰ってきたとしたら大変な事になってしまうのだ。

「着陸する時も乗ってた?」

「いや……、私がクルクルって回ったら姿は見えなくなったんだけど……」

「なら大丈夫だよ、後で見てみるよ……。あっ! わざわざいらしてくれたんですか? ありがとうございます!」

 タケルはお世話になった協力者を見つけると、慌てて駆けて行った。

「あっ! ちょっともう!」

 クレアは逃げて行ってしまったタケルにムッとして、こぶしをブンと振る。

「もう!! どうなっても知らないわよ!」

 クレアはそう叫ぶと、プリプリしながら作戦指令室を後にした。

53. 炎の牢獄

 なんだかどっと疲れが出てしまったクレアは、一人アバロンの保養所へと帰っていった。本当は単独行動は禁止されていたのだが、タケルは話も聞いてくれないし、休養にまで誰かについてきてもらうわけにもいかない。

 王都行きの魔導バスに揺られながらクレアはぼーっと車窓の景色を眺めていた。白い雲がぽっかりと浮かぶ青空のもと、丘陵にはどこまでも麦畑が広がり、小さな赤い三角屋根の家がポツンと見える。そこでは老夫婦が楽しそうに何かを話していた。

 自分たちの活躍により、彼らの穏やかな日常が守られたのかもしれないと思うとクレアは誇らしく思うものの、謎の男の存在がどうしても気になってしまい、はぁと重いため息を漏らす。

 数時間揺られたクレアは、王都近くの街で降りた。そこからは迎えに来ていた使用人の馬車に乗って久しぶりの保養所にやってくる。

 以前は毎月魔石の補充に来ていたクレアだったが、今ではゴーレムが代わりにやってくれているので最近は訪れていない。ただ、サーバーラックの増設が必要だということなので一度は様子を見に来ようと思っていたのだ。

 部屋に荷物を置いたクレアは早速裏山の洞窟へと足を運ぶ。途中、藪の中でひそかに警備しているゴーレムの様子を見つけたクレアは声をかける。

「お疲れ様っ!」

 グァッ!

 いかつい岩でできた身長二メートルを超えるゴーレムにはコケが生え、しばらく身動きもしていないようであったが、それでもじっと異状が無いか森の中を見つめ続けていた。

 狭い入口についた金属の扉をきしむ音と共に押し開け、身を低くしてその秘密の空間へと足を踏み入れると、目の前には夜空に浮かぶ無数の星々のような青い光が、輝きを競い合うかのようにチカチカと瞬いていた。

「うわぁ、素敵ねぇ……」

 以前来た時よりはるかに盛大に瞬く光の洪水にクレアは圧倒される。一つ一つのランプは誰かが想いをもってどこかへアクセスしている輝きであって、それはまるで人類の熱い想いの活動を一堂に集めた『想いの宝石箱』のように見えた。

 その時だった。グオォォ! というゴーレムの咆哮に続き、ズガーン! という、激しい衝撃音が入口の方から響いてきた。

 えっ……!?

 クレアは心臓が飛び出んばかりに驚いた。ゴーレムが誰かと戦っている。それはあってはならないことだった。

 グォ……。

 ゴーレムの力ない弱弱しい声が聞こえ、ズシーンという衝撃音が続いた。どうやらゴーレムは侵入者に倒されてしまったようだった。

 ひ、ひぃぃぃ!

 クレアは奥の方へと慌てて走る。何者かが侵入してきている。それもゴーレムを瞬殺できるような手練れ、いきなり訪れた絶体絶命のピンチにクレアは真っ青となった。

 カッカッカッ……。

 洞窟に入ってくる侵入者の不気味な靴音が響き渡る。

 クレアはポーチから急いで護身用の魔銃を取り出した。いつの間にか跡をつけられていたということだろう。気を付けていたつもりだったのだが、敵の方が一枚上手だった。事の重大さにクレアは気が遠くなる思いがする。

「おやおや……、何ですかここは……? ほぅ? 素晴らしい! こんなところがあったとは……マーヴェラス!!」

 パチパチと拍手をしながら無数の青ランプに浮かび上がったのは、若い長髪の男だった。フォーマルのジャケットを纏い、銀の鎖が胸のところでキラキラと輝いている。

「あっ! あなたは翼の上に居た……」

「おやおや、バレてましたか。クレア・アバロンさん。いやぁ、あなたの操縦テクニックはまさにエクセレント! おかげで僕の可愛いペットたちが……灰になってしまった……。でも、おかげで凄いものを教えてもらえましたねぇ。クックック……」

 男は口角を吊り上げ、楽しそうに間を詰めてくる。

 ワイバーンたちをペットと呼ぶこの男は魔人に違いない。魔人にOrangeの最高機密を教えてしまったクレアは、その罪の大きさに足ががくがくと震えた。

「近寄らないで!」

 クレアは魔銃の安全装置をカチッと外し、魔人に向けた。引き金を引けばファイヤーボールが射出される。魔人に効くかどうかわからないが、もはやなんだってやるしかなかった。

「ほう? そんなオモチャでこの僕を止められるとでも思ってるのかな? クックック……」

 魔人は足を止めなかった。

 くっ……!

 クレアは銃を構えながらじりじりと後ずさる……。ゾーンを発動して魔人の一挙手一投足をスローモーションのように観察しながら時を待った。

 カチッ……。

 魔人が床の『食べかけのオレンジ』マークのタイルを踏んだ時だった。クレアが腕時計のボタンを押す音がかすかに響く。

 刹那、魔人の足元に巨大な真紅の魔法陣がブワッと展開し、中の幾何学模様がクルクルッと回った――――。

 ズン!

 魔法陣から放たれる盛大な火柱は、魔人を一瞬で包み込む炎の牢獄となる。その閃光で洞窟は光の洪水に覆い尽くされ、闇を一掃した。

 緊急時の侵入者撃退トラップを発動させたのだ。どんな生き物でも瞬時に焼き払う、最高難度の火魔法をかけ合わせたタケルの最高傑作だった。これを使えばサーバーにもダメージは行ってしまうため、半分自爆装置的な究極の最終手段である。

 やった……?

 腕で顔を覆い、激しい熱線を避けながら、じっとその火柱を見つめるクレア。これで効かなければもう打つ手などないのだ。クレアは冷や汗を流しながらただ攻撃成功を祈っていた。

54. 可憐なる抵抗

 その直後、炎がブルブルっと震えた――――。

 え……?

 真紅に輝く目をギラリと光らせながら魔人が炎の中から飛び出してくる。魔人は紫色に輝く短刀を振りかざし、一気にクレアに襲い掛かった。

 キャァッ!

 ゾーンに入っているクレアは何とかギリギリ、銃身で受け止める。

 くぅぅ……。

「おい、小娘! 今のはちぃとばかしヤバかったぞ?」

 銀髪をチリチリと焦がした魔人は、赤い目をギラリと光らせながら短剣を押し込んでくる。

「なんで無事なのよぉ!」

 力では到底かないっこないクレアは銃を振り切りながら横にすっと回避し、ファイヤーボールを撃ちながら逃げ出した。

 魔人は涼しい顔でファイヤーボールを一刀両断にすると、嗜虐的な笑みを浮かべながら紫色に輝く刀身をペロリと舐めた。

         ◇

 洞窟で緊急魔法が炸裂したことは第一級の緊急事態であり、タケルのスマホにも緊急速報が流れる。しかし、タケルは祝勝会の席で盛り上がっており、その警告音に気がつかなかった。

 次々と大声で話しかけてくる酔っぱらいに囲まれ、タケルも辟易としていたが、功績のある者達をむげにはできない。ポケットの奥で鳴り響いてるスマホの音は運命の悪戯いたずらにかき消されていってしまった。

          ◇

 クレアは奥の倉庫に逃げ込むと重い鉄の扉を閉め、しっかりとカギをかけた。サーバーの異常はタケルにも伝わっているはずだから、きっとタケルが助けに来てくれる。クレアはそう信じて時間稼ぎに出たのだった。

「タケルさん……、早くぅ……」

 クレアはガタガタ震えながら手を組んで、来ないタケルを待ち続けてしまう。

 ガンガンガン!

 扉を乱暴に叩く音が響き、クレアは縮みあがる。

「ひぃぃぃぃ! タケルさぁぁぁん!」

 クレアの碧い瞳には涙があふれてきた。

 ブシュー!

 その時、ドアのノブのがいきなり蒸気を上げてポロリと溶け落ちた。

 穴の向こうに魔人の赤い瞳がのぞく。

「くっくっく……。あなたは私のペットの仇……。逃がしませんよぉ……」

 ガン! とドアを蹴り、押し入ってくる魔人。

 くっ!

 クレアはポーチから護身用のナイフを取り出し、魔導のボタンを押して青く輝かせた。逃げる場所ももうなく、武器はこれだけである。これで何とか運命を切り開かねばならなかった。

「ははは、そんなもので私に歯向かおうというのか……ねっ!」

 魔人は一気に間を詰めると素早い斬撃を次々と繰り出してきた。

 キンキンキンキン!

 目にも止まらぬ速さで繰り出されてくる紫の短剣を、クレアはゾーンで見切りながら何とかナイフで合わせ、かわし続ける。

 くぅぅぅ……。

「そらそらそらそら! どうした? そのかわいい顔を切り刻んでやるよぉ。うっひっひぃ!」

 魔人は興奮を隠さず、さらに斬撃の速度を上げてきた。

 何とかゾーンでギリギリ対応できていたクレアだったが、腕がそろそろ限界である。どんなに見切れていても、身体がついてこれなければ待っているのは死なのだ。もう残り時間が少ないことに焦りは募る。

 クレアは一計を案じ、短剣を受けながら一気に後ろに飛び、距離を取った。

「逃げたって無駄だよ!」

 魔人は調子に乗って一気に間を詰める。

 と、その時、クレアの碧い瞳がきらりと光った。なんとクレアは前に飛ぶ。一か八か捨て身の戦法に勝機をかけたのだった。

 へっ!?

 虚を突かれた魔人は短剣で合わせようとする。しかし、そんな力ない斬撃をクレアは横に弾くと、魔人の胸元にまんまと滑り込む。

「チェックメイト!」

 クレアは全身の力を込め、ナイフを真っ青に輝かせると会心の一撃を魔人の胸元に叩き込んだ――――。

 渾身の力を込めた青く輝くナイフが魔人のジャケットを切り裂き、胸の奥を貫く。

 やぁぁぁぁ!

 クレアは捨て身の戦法で活路が開けた……はずだった。

 しかし……。

 ナイフは手ごたえ無く、そのまま腕ごとどこまでも魔人の胸奥深くまでずっぽりと潜って行ってしまったのだ。

 え……?

 破れたジャケットの向こうに見えたのは虚無。光のない漆黒の闇だった。

「飛んで火にいる夏の虫。お馬鹿さん……。くふふ……」

 刹那、魔人の胸に開いた虚無の穴から鋭い紫色のトゲが高速で射出され、クレアの胸を貫いた――――。

 グフッ!

 灼熱の激痛がクレアを硬直化させ、ピクピクと痙攣けいれんさせる。

 可愛い口から、鮮やかな赤い血がタラリと白い肌を染めていった。

「な、なぜ……」

「私は魔人だよ。狙うならのどだったねぇ? くふふふ……」

 クレアはギリッと奥歯を鳴らすと、かすれ声をもらす。

「タ、タケルさん……、ごめんなさい……」

 眼から光が失われ、ガクリと力尽きるクレア。

「可憐なる抵抗の終えん。美しい……。魔王軍の快進撃を黄泉よみから見ていたまえ。くふふふ……、はーっはっはっは!」

 人類の運命を暗闇に沈める魔人の、陰湿な笑い声が洞窟に響きわたり、その残響はいつまでもこだました。

55. 魔王軍のターン

 祝勝会の会場で、タケルは、いきなり心地の悪い不安にさいなまれる。周囲の空気が突如として重くなり、落ち着きを失って名もなき焦燥感に飲み込まれていく。

「ちょっと失礼」

 タケルは湧き出してくる悪い汗をぬぐいながら席を立つと、スマホを取り出し、画面を開いて固まった。

「な、何だ!? こ、これは……!?」

 そこにはクレアの死闘を示唆するメッセージが並び、さらに魔法通信が圏外となっていて何もできなかった。これはデータセンターでとんでもないことが起きていることを示している。

「た、大変だ!! ネ、ネヴィア! ど、どこ!?」

 タケルは真っ青になって会場内を見渡し、奥のソファーでソリスと盛り上がっているネヴィアに走った。

「ネヴィアーー! データセンターに今すぐ連れてって!」

「うぃ? なんじゃ、気持ちよく飲んどるのに……」

 ネヴィアはトロンとした目で面倒くさそうにタケルを見あげる。

「なんかありましたの?」

 ソリスは赤ワインのグラスを傾けながらチラッとタケルを見た。

「通信が全滅してる。データセンターで何かがあったんだ!」

「ほう、それは大変じゃな。で、我か? ふぅ……。我にばかり頼りおって、しょうがないのう……。どっこいしょ」

 ネヴィアは渋々立ち上がると、指先で空間をツーっと裂いた。

「ソリスさんも来てくれませんか?」

 タケルは手を合わせて頼み込む。

「えー……。時間外割増料金がかかるわよ?」

 ソリスは面倒くさそうに肩をすくめる。

「ク、クレアに何かあったかもしれないんです!」

 タケルが頭を抱えて叫ぶと、ソリスはピクッと眉を動かし、何も言わずにすくっと立ち上がる。

「急ぎましょ!」

 大剣を背中に背負ってホルダーのベルトをガチっとはめると、ソリスは真っ先に空間の割れ目を開いて跳び込んでいった。

        ◇

 割れ目を抜けると、そこは洞窟の入り口だった。

 しかし、洞窟からはもうもうと黒煙が噴き出しており、とても中へは入れそうにない。

「ク、クレアーー!?」

 タケルは周りを見回しながらクレアを探すが、見つかったのは木がひしゃげている門番のゴーレムが戦った跡だった。

「へっ!? マ、マジか……」

 タケルはガタガタと震える身体をおさえられない。ゴーレムがやられ、データセンターが火の海。それは考えうる限り最悪の展開なのだ。

「くっ! 中にいるのかも……?」

 タケルが中へ入って行こうとした時だった。

「ストーーップ!」

 ソリスが吠える。

 刹那、洞窟から吹き出す黒煙を突き破って、二つの鋭く光る真紅の瞳がタケルに迫った。

 ザシュッ!

 直後、ソリスがタケルの視界をさえぎり、何かがクルクルっと宙を舞った。

 えっ?

 一瞬のことで何が起こったのか分からないタケル。

「くぁぁぁぁ!」

 痛みに顔を歪めながら、魔人は瞬時に展開した背中の翼を力強く打ち鳴らし、上空へと逃げていく。黒く濁った血が失われた腕の斬り口から滴り落ち、それをかばっていた。どうやらソリスが魔人の手を斬り飛ばしたようである。

「降りてこい! 来ないなら消し飛ばすぞ!」

 ソリスは大剣を黄金色に輝かせ、下段に構えて叫んだ。

「くっ……、くははは! 勝てない戦いはしませんよ。でもこれで君たちの希望は絶ちました。これからは魔王軍のターンですからね?」

 魔人は勝ち誇ったいやらしい笑みを浮かべる。フォンゲートが通じなくなってしまった以上ドローンは飛ばせないし、ゴーレムも操れない。今、魔王軍に襲われたらOrange軍は壊滅してしまうのだ。

「ク、クレアをどうした!?」

「あぁ、あの娘なら最期にあなたに謝ってましたよ。『ごめんなさい』だって。なーんて健気なんでしょうかね? はーっはっは」

 高笑いする魔人にソリスは光の刃を放った。

 バスッ!

 森の中を軽やかに飛んだ光の刃は魔人を一刀両断に切り裂く。しかし、手ごたえはなく、魔人は笑いながら粉々になり、そしてすぅっと消えていった。

「くっ! ク、クレアぁぁぁ」

 タケルはいてもたってもいられず、黒煙噴き出す洞窟へと突っ込んでいく。

「ほらよっ!」

 ネヴィアそんなタケルに青白く輝くシールドをかけてあげた。

       ◇

 黒煙に満ちた洞窟を何とか抜け、広間にたどり着いたタケル。

「クレア! どこだ? おーい!!」

 見回すと、燃え上がるサーバー群の中に倒れているクレアを見つけた。

「ああっ! ク、クレアぁぁぁ!」

 駆けつければ、美しい顔は苦痛を示すように赤黒い血と煤で汚れ、あちこち切り裂かれた袖がその死闘のすさまじさを物語っている。

「うあぁぁぁ! クレアぁぁぁぁ!!」

 慌てて抱き起してみたものの、クレアは既に息絶え、その光のない瞳は遠い世界を見つめていた。

「ぐぁぁぁぁぁ!」

 燃え盛る火の嵐の中で、絶望に塗りたくられた絶叫が洞窟に満ちる。愚かにも一番大切な人を失ってしまったのだ。

 タケルは自分の短絡的な見通しと、クレアの言葉を真摯に受け止めなかった愚かさへの悔恨に包まれる。胸の奥深くから湧き上がる痛みに押し潰され、タケルは声を枯らして泣き叫んだ。

56. 天崩滅魔

 ひつぎの中で、クレアはまるで眠っているかのように美しく、今にも微笑みながら目覚めてくるようにすら思えた。だが、頬に触れた瞬間、タケルはその冷たさに現実を突き付けられ、湧き上がってくる激しい悲しみに心が壊れそうになる。

 自分がこんな仕事を頼まなければ、彼女は王都で楽しく暮らしていたはずなのだ。タケルは一番大切な人を自分のせいで亡くしてしまったことに耐えられず、棺のそばから動くことができない。

 データセンターを作り直し、Orange軍を再起動せねばならなかったが、タケルには全てがどうでもよくなっていた。

 クレアのいない人生にどんな意味があるのか皆目見当がつかず、タケルはただポタポタと涙を流し続ける。知らぬ間にあのクレアの輝く笑顔が自分の心の中を占めていたことにようやく気がつき、自分のバカさ加減が本当に嫌になってしまったのだ。

「おい、魔王軍が集結しているらしいぞ」

 ネヴィアはタケルをいたわるように、そっと顔をのぞきこみながら小声で言った。

「殺す……。弔い合戦だ……」

 タケルはボソッとつぶやく。

「いやしかし、スマホが使えんなら何もできんじゃろ? どうするんじゃ?」

 タケルはクレアの冷たい手を握ったまま、じっと思いを巡らす。

 かたきを取らねばならない。魔王をこの手で粉砕してやるのだ。でも、どうやって……? 軍隊は動かせず、エースパイロットも失われた。一体どうやって……?

 くぅぅぅ……。

 全てを奪われてしまったタケル。かたき討ちと言いながら、使える手が何もなかったのだ。

 この時、タケルの脳裏を悪魔的な発想が貫いた。武器など何もいらない、全部吹き飛ばしてやればいいのだ。それは常軌を逸したまさに禁じ手だったが、今のタケルには気にもならなかった。

「これだ……。これだよ……。最初からこうすればよかったんだ!」

 タケルは目を見開き、ガバっと立ち上がると、力強くネヴィアの手をつかむ。

「魔石の鉱山に送って! 今すぐ!!」

「え? ええが……、どうするつもりじゃ?」

「いいからすぐに!!」

 タケルは血走った目でネヴィアを揺らす。その瞳の奥には激しい憎悪の炎が妖しい輝きを放っていた。

          ◇

 暗黒の森の奥、魔石の鉱山に来たタケルは、その屹立きつりつする巨大な魔石の岩山を見上げ、ニヤリと笑った。

「おい、お主、何をするんじゃ? ヤケになっちゃいかんぞ?」

 ネヴィアはタケルの不穏な様子に眉をひそめる。

「ヤケ? まぁ、ある種ヤケかもしれないが、クレアのとむらい合戦だ。派手にいくよ!」

 タケルはそう言うと岩山のあちこちをキョロキョロと見回し、ゴーレムが採掘しているところへと走った。

 ゴーレムは岩山を貫くように縦に入っている亀裂にツルハシを入れ、割りはがすように魔石を採掘している。そのはがしたばかりの採掘面はツルリと真っ平らになっており、アメジストのように赤紫色に美しく輝いて見えた。

「ヨシ! ここにするか……」

 タケルはITスキルで青いウインドウを浮き上がらせるとコーディングを始める。岩山の採掘面に黄金色の魔法陣がボウッと浮かび上がった。

「な、何するつもりじゃ!? 魔石の岩山を魔道具にでもするつもりか!?」

 ネヴィアは焦った。魔石というのは究極のエネルギーの結晶である。魔道具に燃料としてつけるのが通例だったが、タケルは魔道具をすっ飛ばして、魔石そのものを魔道具にしようとしているのだ。そこにはきな臭い意図が透けて見えた。

「黙ってて! もうすぐ見せてやるよ、俺の……究極の……研究成果を!!」

 タケルは一心不乱にソフトキーボードを叩き、目にも止まらぬ速さでコードを書き込んでいく。その様子はまるで命を削るかのような鬼気迫る怨念を放っていた。

 近くの岩にちょこんと座り、その様子をじっと見守っていたネヴィアは、その悲痛なまでの執念に首を振り、声をかける。

「なぁ、タケル。何をやるのか分からんが、それはクレアちゃんが生きてたら喜ぶようなものなのか?」

「喜ぶに決まってんだろ! クソ魔族どもを一掃するんだ。クレアも大喜びさ!」

 タケルは両手を高く掲げながら泣き叫ぶ。

「い、一掃ってお主……」

「いいから黙ってろよぉ!!」

 タケルは涙をポロポロとこぼしながら喚いた。

 そのあまりの悲壮な執念にネヴィアは言葉を失い、首を振るとふぅと重いため息をつく。

 しばらく作業していたタケルだったが、パーン! とももを叩き、立ち上がる。

「よっしゃぁ! 天崩滅魔ヘヴンズフォール完成だ! 魔族ども、クレアの無念を受け取りやがれ! クソがぁぁぁ!」

 タケルは狂喜乱舞しながら青いウインドウの起動ボタンをパシッとはたいた。

 ヴゥン……。

 巨大な魔法陣の中に大小さまざまなサイズの精緻な幾何学模様が描かれ、クルクルと回り始める。

 ゴゴゴゴゴ……。

 岩山全体が黄金の光を放ち始め、まるで地震のような揺れがタケルたちを襲う。

「おい、お主! 何が始まるんじゃ……?」

 ネヴィアは尋常じゃない揺れに青い顔しながら聞いた。

「魔王軍をこの世から消し飛ばすのさ! 最初からこうすればよかったんだよ!!」

 タケルはグッとこぶしを握り、ブルブルと震える。

「け、消し飛ばすって……、まさか……」

 鳴動していた岩山は輝きを増しながら、そのままゆっくりと上昇を始めた。岩山は地下に隠れていた分含めて二百メートルはゆうにありそうな大きさで、それが大空めがけて浮上していく。

「よし、いいぞ、いいぞ……。天崩滅魔ヘヴンズフォールよ、魔を焼き払え!!」

 まるでロケットの発射のように徐々に速度を上げながら天を目指す岩山。

「馬鹿な……ことを……」

 ネヴィアはその可愛い顔を歪めながら青ざめる。

 どんどん加速していく岩山は魔王城の方向に徐々に進路を取りながら、どんどんと上空を目指し加速し続けていった。

57. 比類なき狂気

「下手をしたらこの大陸が消し飛ぶぞ?」

 ネヴィアはタケルを非難するようににらんだ。魔石というのは膨大なエネルギーの集合体。それこそTNT火薬なんかよりずっとエネルギー密度は高いのだ。岩山全体の魔石を爆弾として使えば、核爆弾を超えるエネルギーが放出されるに違いない。

「大丈夫さ。僕の計算だと天崩滅魔ヘヴンズフォールなら百キロ以内が火の海になるだけさ。ハハッ!」

「ひゃっ、百キロ!?」

 ネヴィアは思わず宙を仰いで頭を抱えた。タケルは魔王支配域全体を焼き払うつもりなのだ。それは恐竜を滅ぼした隕石の落下のようにこの星の全てを変えてしまうかもしれない。ネヴィアはその予測不能の暴力に気が遠くなりそうになった。

 タケルはどんどん小さくなっていく岩山を見ながら言う。

「ねぇ、宇宙へ連れていってよ」

「う、宇宙?」

「ここに居たら焼け死んじゃうかもだし、その瞬間をしっかり見ておきたいのさ」

 タケルはひと仕事やり終えたさっぱりとした顔で言った。

「……。ふぅ、しょうがないな……」

 ネヴィアは大きく息をつくと、両手を高々と掲げ、二人をすっぽりと包む大きなシャボン玉状のシールドを張り、そのまま空へと高く持ち上げていった。

 うっそうと茂る暗黒の森が眼下に広がり、それがどんどんと小さくなっていく。湖が光り、山脈が見え、雲を突き抜け、ぐんぐんと高度を上げていった。遠くの方にキラキラと金色に輝くものが飛んでいるのが見える。

「よしよし、天崩滅魔ヘヴンズフォールは順調に飛んでいるな」

 青かった空は上空へと上がって行くとやがて暗くなり、眼下には霞んだ森が広がり、雲が流れているのが見える。宇宙へと足を踏み入れたのだ。

 天崩滅魔ヘヴンズフォールも真っ黒な宇宙を背景にキラキラと輝きながら徐々に上昇をやめ、今度は魔王城めがけて放物線を描きながら急降下していく。

 それは前代未聞のカタストロフィの襲来であり、まるでアポカリプスを知らせる鐘のように激しい衝撃波を放ちながら、爆破予定地点へと着実に近づいて行く。

         ◇

 その頃、魔人たちは得体のしれないものの出現に大騒ぎしていた。

「激烈な魔力反応! 空からです!」

 魔王軍の作戦本部で制服を着た若い魔人が、画面を見ながら青い顔で叫んだ。

「魔力反応? 何だそれは?」

 将校らしき魔人は怪訝そうな顔で聞く。

「分かりません。ですがこのペースだと三分以内に魔王城に到達します!」

「さ、三分!? シールドを最大出力で張れ!」

「すでにやっています! ですが……こ、これは……、シールドを百枚張っても防げそうに……ありません! ひぃぃぃぃ!」

 魔人はそう叫ぶと頭を抱え脱兎のごとく逃げ出していった。

「そっ、総員退避ーーーーッ!!」

 魔王軍中心部は魔王城を囲むようにたくさんの石造りの建物で構成されていたが、全域に警報が鳴り響く。

 魔人たちは慌てふためいて地下の防空壕へと駆けこんでいく。魔法部隊の一部は激しい輝きを放ちながら迫りくる天崩滅魔ヘヴンズフォールに向けて魔法を放っていたが、まさに焼け石に水。巨大な岩山に何が当たろうと進路一つ変えることはできなかった。

 タケルは宇宙から魔王城めがけて落ちていく天崩滅魔ヘヴンズフォールをじっと見つめていた。自分ができる最高の攻撃、それは唯一無二の人類最強の爆弾を落とすこと。

 人類を攻め滅ぼそうとやってくる不可解な魔物たち、その親玉である魔王は滅ぼさねばならない。悠長にドローンなどで戦っていたからクレアは死んでしまった。攻撃は一撃必殺、最初から全ての力をつぎ込むべきだったのだ。

 キラキラと輝く天崩滅魔ヘヴンズフォールが薄雲を派手に突き抜け、いよいよ魔王城に迫っていく。

「クレア……、見てて……」

 タケルはクレアのことを思い出しながら手を組み、その瞬間を待つ。かけがえのない大切な人、クレアを殺したにっくき魔人に天誅を下すのだ。天国からこの究極の攻撃を見ていて欲しい。タケルの頬に知らぬ間に涙が伝った。

 ついにその瞬間がやってくる。

 激烈な閃光が天も地も、全てを激しい光で覆った――――。

 ぐわっ!

 百キロ以上離れているタケルでも目を開けていられないほどの激しい輝き、火傷しそうな熱線が大陸全体を貫いた。

 魔王軍の拠点は瞬時に蒸発し、大地はマグマのように溶けた。湖は沸騰し、森は一斉に燃え上がり、爆心地から百キロ圏内のものは全て炎に包まれていく。

 それは世界が消えゆくかのような光景だった。かつて恐竜が支配していた地球を一瞬で焼き尽くした隕石のように、魔王の領土は灼熱の波に飲み込まれていった。

 タケルの怒りは、神話に記される雷神の一撃をも超える猛威を振るい、人類史における比類なき狂気の行為として、恐怖とともに語り継がれることになるだろう。

58. 碧き魔王城

 やがて、徐々に落ち着いていく輝き……。

 そっと目を開けて見れば、世界の終わりを告げるかの如き天を穿うがつ巨大なキノコ雲がそびえている。灼熱の輝きを放ちながら、ゆったりと昇るキノコ雲はこの世のものとは思えない禍々しさで、まるで神話に出てくる神の怒りのようだった。

 爆心地から白い繭のように衝撃波の球体が音速で広がっていく――――。

 広大な燃え上がる炎の森に襲いかかった衝撃波は火砕流のように全てを吹き飛ばし、炎と共に木々は舞い、沸き上がる湖は霧消していった。その、全てを飲みこむ圧倒的暴力はもはや美しさすらたたえている。

 タケルは無言でその未曽有の殲滅せんめつ劇を眺めていた。きっとクレアを殺した魔人もこれで死んだに違いない。もし、魔人と共存共栄できる道があるならばそれを模索するのもありかもしれないなどと、昔は甘いことを考えていたが、今となってはその甘さに激しい怒りを覚えてしまう。

 クレアを殺すような連中と組むことなど絶対にありえない。全力で叩き潰す以外の選択肢などないのだ。

 終末の風景を眺めるタケルの頬には静かに涙が流れている。

「気が済んだか……?」

 ネヴィアは渋い顔をしながら重いため息をついた。

「そうですね。これで魔王も倒せたでしょうし、クレアも浮かばれると思います」

「いや、魔王様は……」

 ネヴィアは何かを言いかけて首を振り、口をつぐむ。

「え……? ネヴィアは魔王のことを知ってるの?」

「まぁ、行けばわかるじゃろ」

 ネヴィアはため息をつきながらシールドを操作し、魔王城の方へと飛ばしていった。

         ◇

 爆心地付近は活火山の火口のように一面のマグマの海で、黒く冷えて固まった表面も裂け目ができると赤黒い溶岩が顔をのぞかせる。

「あれが魔王城じゃな」

 ネヴィアの指さす先には、まるでマグマの海の上に浮かぶようにガラスの立方体が建っていた。十階建てのビルくらいのサイズだろうか? あの激しい熱線にダメージを受けた様子もなくクリアな透明感で青く輝き、異質さを際立たせていた。

「む、無傷!? あの攻撃で?」

 タケルは思わず言葉を失った。タケルのできる、人類最大とも言える攻撃をクリーンヒットさせたというのに傷一つついていない。それは明らかに理外の存在だった。

 ネヴィアはゆっくりと下降すると、魔王城そばの溶け残った岩の上に着陸した。きっと魔王軍参謀本部の建物だったものだろう。魔王城の陰となって熱線の直撃を免れたようだった。

 シールドを解くと、まるで火山の火口の中にいるような激しい熱線が全身に照り付けてくる。

 タケルは顔を熱線から守りながら、涼しい顔して屹立きつりつしている魔王城を見上げた。その、青くクリアな構造は陽の光を青く染め上げ、まるで海の中にいるような錯覚すら感じさせる。

「くぅぅぅ……、なんだこいつは……」

 タケルはコンコンと手の甲で叩いてみるが、ひんやりとして固く、ガラスのような感触だった。 

「魔王城以外はふっ飛ばした……のかな?」

 タケルは腕で顔を覆いながら辺りを見回してみる。

 すると、向こうの方で岩がゆらゆらと揺れ、ゴロリと転がった。

 見れば黒焦げの男がよろよろと這い出してくるではないか。そのボロボロの服で銀の鎖がキラリと輝きを放つのをタケルは見逃さなかった。

「あっ! お前は!」

 タケルは岩の上を器用に駆けながら男の元へと走った。

「貴様! クレアを殺した魔人だな!」

 タケルは護身用の銃を取り出すと男に向け、叫んだ。

「お、お前がこれをやった……のか……? くっ……。あの時殺しておけば……」

「クレアを殺した罪の重さはこれでも足りないくらいだ」

 タケルは怒りに震える手で銃の安全装置をカチャリと外す。

「はっ、あの小娘の命がこれに匹敵すると……。馬鹿な。だが、それでも魔王様には届くまい。クッ、クックック……」

 魔人は全身焼けただれて死を間近にする中、強がった。

「魔王とは誰なんだ? お前らは魔王の何なんだ?」

「知らん。誰も会ったことなど……ないからな……」

「は……? 会いもせずに言いなりになってるのか?」

「本能が求めるのだ。我らを滅しても魔王様は必ず次を用意する。次に死ぬのは……お前だ! はっ、はっはっは……」

 ズン! ズン! ズン!

 タケルは無表情で銃の引き金を引き、ファイヤーボールを連射する。魔人の体は粉々に粉砕され、破片は宙を舞い、風に乗って散っていった。

 ふぅ……。

 タケルは目をつぶり、胸に手を当ててしばらく動かなくなる。

 クレアの仇は取った……が、気持ちは少しも晴れず、タケルは大きく息をついて首を振った。

 見上げれば魔王城は太陽の光を受け、どんな宝石よりも美しい青色に輝いている。この幻想的な美しさの中に倒すべき魔王が潜んでいるのだ。

 魔人でさえ遭遇したことがないという、神秘に包まれた魔王。その存在はただの強さではなく、この世の理解を逸脱した何か異質なオーラを放っている。タケルはその不可思議な感覚に顔を歪め、首を傾げた。

59. 海王星の衝撃

 タケルは魔王城に近寄り、どこか出入り口は無いかと手の甲でカンカンと叩きながら構造を探っていく。しかし、まるで水族館の大水槽のように継ぎ目一つなく、ただ、ひんやりと冷たいガラスが続いているだけだった。汚れ一つない透明感をたたえるガラスをのぞきこんでも、中心部には漆黒の闇が広がり、青色に輝く不思議な光の微粒子がチラチラと舞っているばかりだった。

 手詰まりとなったタケルはネヴィアに振ってみる。

「なぁ、ネヴィア。お前はここの中に入る方法を知っているんだろ?」

 ネヴィアは腕を組み、渋い顔をしてタケルの行動をじっと見つめていた。

「魔王様に会ってどうするつもりじゃ?」

「分からない……。でも、僕はそいつに会わねばならない気がするんだ」

「『分からん』じゃ、紹介しようも無いんじゃぞ?」

 ネヴィアは険しい目でタケルを見る。やはり、ネヴィアは魔王への会い方を知っていたのだ。

「……。僕は……、本当のことが知りたいんだ。魔人とは何者で、魔王は何がしたいのか? クレアはなぜ死ななければならなかったのか? 知らなければもう生きてはいられないんだ」

 タケルは自然と湧いてくる涙をポロポロとこぼしながら、ブンッと、こぶしを振った。

「……。ええじゃろう。お主は規格外じゃからな。こんなところまで来た人間は初めてじゃ」

 ネヴィアはふぅと大きく息をつくと魔王城に近づき、指先でそのガラスの表面に不思議な図形を描いた。

 ヴゥン……。

 重厚な電子音がしてガラスの表面にパキパキっと格子状に割れ目が入り、その部分がすゅうっと奥へと引っ込んでいく。通路ができたのだ。

「ついてこい」

 ネヴィアはタケルをチラッと見ると、魔王城の中へと進んでいった。

        ◇

 古代遺跡の管理人、ネヴィアが魔王城への入り方を知っていた。それはタケルにの心中に複雑な想いを巻き起こす。ネヴィアとうまくコミュニケーションできていたら、もしかしたらクレアが死ぬような運命も回避できていたのかもしれない。そう思ってしまうと心は千々に乱れてしまうのだった。

 もちろん、ネヴィアには情報漏洩のセキュリティロックがかかっているのだから、無理だったかもしれないが、それでも試してもみなかったことにタケルは詰めの甘さを感じてしまう。

 タケルはネヴィアに続き、一歩一歩ひんやりとする魔王城の中へと足を進めた。最初はガラスを通じて外の景色が見えていたが、曲がっていく通路を進むにつれ徐々に闇に沈み、ただチラチラと青い微粒子が舞うばかりとなってしまう。

 暗闇の通路をさらに進むと、向こうに細かい光の点が無数に広がっているのが見えてくる。チラチラと瞬く光の点。それはどこかで見たような記憶がタケルの脳裏をくすぐる。

 突き当りまで進んでいくと、いきなり、下の方に壮大な碧い水平線が広がっていた。

 へ……?

 タケルは一体それが何がしばらく分からなかった。しかし、よく見れば壮大な天の川が流れ、無数の星々の中に壮大な碧の球体が浮かび上がっているのが見て取れた。なんとそれは大宇宙に浮かぶ巨大惑星だったのだ。

 はぁっ!?

 タケルは動けなくなった。

 暗黒の森の奥に作られた魔王城の通路を歩いていたら大宇宙にいる。そんな馬鹿な話があるだろうか?

「何しとる。早く来るんじゃ!」

 ネヴィアは渋い顔をして手招きする。

「いや、ちょっと、これ、どういうこと? あれは何?」

「何って、見たまんまじゃろ。太陽系、第八惑星【海王星】じゃ。最果ての碧の惑星じゃな」

「海王星!? なんで魔王城の中が海王星なんだよぉ!?」

 タケルはネヴィアに駆け寄った。

「なんでもくそも、全ての星は海王星に抱かれて生まれるからじゃ」

 そう言いながら、ネヴィアは突き当りのガラスドアに指先で何かの模様を描いた。

 パシュ!

 ロックが解除されドアが開く。

 ドアの向こうを見てタケルは驚いた。そこはオシャレなオフィススペースだったのだ。無垢材の高級なテーブルに、宙に浮かぶ卵型の椅子、各所に間接照明や観葉植物が配され、バースペースからはかぐわしいコーヒーの匂いが漂ってくる。

 ただ、そのオフィスは何とも奇妙な事に、向こうの方は上の方へとせり上がっているのだ。

「タケル君、ようこそ!」

 いきなり頭の上から声をかけられ、タケルは驚いて上を見上げた。

 はぁっ!?

 上にもなんと逆さまのオフィスがあり、アラサーの男性がこちらを見上げて手を振っているではないか。

 ここでようやくタケルは気がついた。ここはチューブ状のスペースコロニーなのだ。宇宙空間を円筒状になって回っていて、その遠心力でコロニーの壁面に疑似重力を生み出しているのだ。

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