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【金こそパワー】ITスキルで異世界にベンチャー起業して、金貨の力で魔王を撃破! 30~39

30. 今期見るべきアニメ

 ドアの向こうは冷たい金属で構成された狭く長い通路だった。青白い光が照らしだすずっと奥まで続く通路は、まるで別の世界へと誘う宇宙船の廊下にすら見える。この異形の空間が数千年前の文明の遺跡であるとは、誰が想像できただろうか。しかし、今は驚愕する暇もない。タケルは心を奮い立たせ、ソリスを解放するため、未知の力が眠る遺跡の中心へと駆け出していった。

       ◇

 しばらく進むと人の声が聞こえてきた。

「えぇい! どこへ行きおったか……」

 口調は乗っ取られたソリスのものだったが、声色は少女の可愛らしい声である。

 タケルは首をかしげながらその声の方へとそっと進んだ。すると、その声はあるドアの向こうから聞こえてくることに気がつく。この向こうにソリスを乗っ取った遺跡の管理人が居るらしい。

 ドアに対してITスキルを起動したタケルは、ロックを解除してそっと開けて様子を見る――――。

 物が散らばる雑然とした部屋の中で、チェアと一体化した近未来的なデスクに銀髪の少女が座っていた。目鼻立ちの整った可愛らしい彼女はVR眼鏡みたいなものをかけて手足をバタバタさせている。

「隠れても無駄じゃぞぉ! お主らはもう逃げられんのじゃ! くははは!」

 少女はタケルのことを気づきもせずにノリノリで何かを操作している。どうやらソリスを乗っ取っているのは彼女のようだった。

 タケルは小首をかしげながらそーっと部屋に忍び込み、拘束の魔道具を取り出すと静かに彼女に照準を絞る――――。

「そろそろ煙も晴れてきたぞ! どこにおるんじゃ? くふふふ……」

 楽しそうな彼女目がけ、拘束魔法を発動させるタケル。金色の鎖がバシュッと飛び出して、あっという間に彼女をグルグルとしばりつけた。

「ウギョッ! な、なんじゃ……?」

 身動きが取れなくなって慌てる少女。

 タケルは笑いをこらえながら彼女のVR眼鏡を取り外す。

「僕ならここだよ?」

 はっ!?

 少女は鳩が豆鉄砲を食らったように、青緑色のまん丸い目を大きく見開き、言葉を失った。

「まず、ソリスを解放してもらおうかな?」

 タケルはニコッと笑う。

「お、お主どうやって……?」

 信じられないという様子で彼女は静かに首を振った。

「いいから早く!」

 タケルは彼女の額にビシッとデコピンを一発食らわせる。

 ぐほぉ!

 少女は涙目になり、ガックリとうなだれると、観念したように何かの呪文をボソボソっとつぶやき、ソリスを解放した。

 VR眼鏡のイヤホンからは、かすかに開放を喜ぶソリスとクレアの声が聞こえてくる。どうやら二人とも無事のようだった。

        ◇

「一体お前は何者だ?」

 タケルは少女の顔をのぞきこむ。

「この遺跡を管理しとる者じゃ。遺跡に不法侵入してくる不届き者がおったからお仕置きしとっただけじゃ」

 少女は涙目で口をとがらせる。

「なるほど、勝手に入ってきたのは確かに悪かったかも知れないけど、いきなり斬りつけてくるのはどうなの?」

 タケルは少女の腕をツンツンとつつく。

「わ、悪かったのじゃ」

 少女はうなだれた。

「悪かったと思うならちょっと協力してよ」

 タケルはニコッと笑って少女に迫る。この遺跡には魔法に関する驚くべき情報の宝庫に違いない。まさに宝の山なのだ。

「きょ、協力……? エッチぃのはダメじゃぞ!」

 少女は涙目でおびえる。

「俺はロリコンじゃないの!」

 頭にきたタケルは背中をバシッとはたいた。こんな女子中学生みたいな小娘に怯えられるとは実に不愉快である。確かにかなりの美形で可愛い娘ではあるが、紳士たるもの少女には手など出さんのだ。

「痛い! 何するんじゃ……」

「まず、質問に答えて! ここは何の施設なんだ?」

「……」

 少女は何かを言いかけたが急に目から光が消え、口をポカンと開けたまま凍り付いた。さっきまで生き生きしていたのに、急に死んでしまったようになり、タケルは焦る。

「あ、あれ? どうした? おい……、おいってば……」

 少女を揺らすタケル。

 う、うぅぅぅ……。

 しばらくすると少女の目に光が戻ってきた。

「ん? お主、この遺跡のことを聞いたか?」

「ああ、何が……あったんだ?」

「遺跡についての情報についてはセキュリティがかかっておって、我は話すことができんのじゃ。答えようとすると今のようにフリーズして記憶が飛ばされるのじゃ」

 タケルは唖然とした。そんな情報統制ができるなんて相当に進んだ文明である。一体この施設は何なのだろうか?

「分かった。答えられんのなら仕方ない。では君は誰かね? ずっとここに……住んでるのか?」

 タケルは雑然とした部屋の中を見回した。飲みかけのビールのマグカップや食べ物の包装紙が散らかっている様子を見ると、ずいぶん乱れた暮らしをしているように見える。

「我の名はネヴィア、ここで暮らしとる。毎週街へ行って、地下で採れる魔石を売り、食べ物を買って暮らしとるんじゃ」

「はぁ、なんだか寂しい暮らしだな」

「何を言っとる! 今期は見るべきアニメも目白押しじゃからな。これでも忙しいんじゃ。あ、アニメって言っても分からんだろうがな。カッカッカ」

「はっ!? アニメ……?」

 タケルは凍り付いた。なんと、ネヴィアはこんな異世界の遺跡の中でアニメを鑑賞しているのだ。異世界転生してからというもの、日本の話など全く聞いたことが無く、完全に隔絶した世界だと思っていたがそうではないらしい。

 タケルはこの不可思議な少女がタケルの人生を大きく変えそうな予感に、ブルっと震えた。

31. アークスカイ・モール

「ちょ、ちょっと待て……。どんな……、アニメを観てるんだ?」

 よく考えればアニメといっても別に日本に限ったことではない。タケルは恐る恐る聞いてみる。

「ん? 最近は長寿のエルフの物語にはまっとるんじゃ」

「えっ……ま、まさか……。好きなキャラとか……は?」

「あー、それぞれ魅力があるがのう……。最近はほれ、断頭台の……」

「アウラ!」

 タケルはそう言って頭を抱えた。なぜ日本アニメをこんなところで観ているのだろうか!?

「なんじゃ、なぜお主も観ておるんじゃ?」

 ネヴィアはキョトンとした顔をして小首をかしげた。

「ちょ、ちょっと見せてよ!」

 タケルはネヴィアの肩をガシッとつかんではげしく揺らす。

「うわぁぁ! え、ええが、拘束を解いてくれんとなぁ」

「斬りかかって来ない?」

 タケルはジト目で見る。何しろこの娘はさっき自分を斬り殺そうとしていたのだ。

「アニメ好き仲間を攻撃などせんよ。カッカッカ」

 ネヴィアは楽しそうに笑った。

      ◇

 その後、タケルはネヴィアから魔法についての情報や、日本のコンテンツが集積されているデータベースへのアクセス方法など、多くの情報をもらった。もちろん核心の情報は得られなかったが、周辺の情報だけでもタケルにとっては宝の山である。お礼にフォンゲートと金貨を一袋渡しておいた。

「今日はありがとう。これからいろいろ相談させて。ネヴィアも何かあったらフォンゲートで呼んでね」

 タケルは右手を差し出す。

「うむ。たまには遊びに来てくれ。アニメは一緒に見る人がいた方が楽しいからな。カッカッカ」

 ネヴィアは握手をしながら楽しそうに笑った。

 一体二人の間に何があったのかよく分からないソリスとクレアは、微妙な表情でその様子を見ていた。廃墟と化していた古代遺跡の管理人の少女と、彼女から何かを受け取ったタケル。それはきっと世界を揺るがす大発見になるはずだったが、きっとタケルは公にはしないのだろう。ソリスも護衛中に知り得た情報は漏らすことはできない。

 ソリスとクレアはお互い目配せし、肩をすくめた。

       ◇

 その後、事業は順風満帆に急速に伸びていった――――。

 フォンゲートの人気は圧倒的で、成人への普及率は八割を超え、他の国へも急速に広まっていった。

 こうなると信用創造の効果は莫大で、ジェラルド陣営の貴族、傘下の企業には湯水のように資金が投下された。工業製品の工場を新設し、倉庫を増築し、それがまた陣営内の新たな売り上げにつながっていく。さらに、優秀な人をバンバン引き抜き、アントニオ陣営とは圧倒的な差が生まれていった。

 王都には北と南に繁華街があり、ジェラルド陣営は北、アントニオ陣営は南の権益を握っている。しかし、今日、北の優位を決定づける出来事が起こった。巨大ショッピングモール【アークスカイ・モール】がオープンしたのだ。

 明るいドームに覆われた、数百メートルに及ぶ巨大フードコートのステージで開業セレモニーがスタートする。詰めかけた数万人の市民は熱気に包まれながらその瞬間を待っていた。

「それではこれより、アークスカイ・モールオープンセレモニーを開催いたします!」

 おぉぉぉぉぉ!

 お姉さんのアナウンスと共に集まった数万人の観衆は歓声で応える。

「それでは、アークスカイ・モール代表理事、ジェラルド・ヴェンドリック殿下より、ご発生をお願いいたします!」

 盛大な拍手の中、王子は金髪をキラキラと輝かせながら登壇した。

「みんな、見たかい? このドームを!」

 王子は両手を高く掲げ、フードコートを覆う美しい巨大ドームを見上げた。美しいアーチを見せる巨大ドームには可愛いキャラクター風船がゆったりと漂っており、まるでおとぎの世界だった。

 うぉぉぉぉぉ!

 歓声が巻き起こる。この世界にこの規模の構造物などいまだかつてなかったのだ。それを可能にしたのは圧倒的な経済力、金の力だった。高価なアルミニウム合金をふんだんに使い、優秀なエンジニアをたくさん投入して作り上げた前代未聞の巨大ドームに、みな興奮気味である。

「このショッピングモールでは魅力的な商品がたくさん、そして安い! WOW!」

 王子自ら笑いを取るかのようなパフォーマンスに会場が湧いた。

「何しろ、何を買っても二割引き! QRコード決済割引と合わせたら四割引きですよ! 奥さん!」

 おぉぉぉぉ……。

 とんでもない大盤振る舞いに、集まった数万人の観衆は思わず圧倒されてしまった。

「みんなーー! 買ってくれるかい?」

 おぉぉぉ。

「声が小さい! お前ら、買うのかーー!?」

 おぉぉぉ!

 観衆も王子の熱気に当てられて、こぶしを突き上げ、声を上げた。

「全力で買うかーー!?」

 おぉぉぉ!!

「死んでも買うかーー!?」

 ワハハハ!

 笑いに包まれる会場。

「よーし、王国民の本気を見せてもらおう! みんな、ありがとう!」

 王子は満足したように万雷の拍手の中、手を振りながら退場していった。

「ジェラルド殿下、ありがとうございました。いまだかつてない楽しい買い物を、嬉しい体験を、それではアークスカイ・モール、これより開店です!!」

 わぁぁぁぁぁ!

 集まった数万人の観客は、これから始まる前代未聞の四割引きセールに興奮し沸いた。王子自ら盛り上げた綺麗でおしゃれなショッピングモール、きっと今までにない買い物ができるに違いない。観客は期待に胸躍らせた。

 パーッパラッパッパー!

 吹奏楽団がドームいっぱいにJ-POPメドレーを響き渡らせる。

「それでは各店舗オープンしてください。みなさん、慌てず騒がず、ゆっくりと前の人に合わせてお進みください!」

 お姉さんのアナウンスの中、観衆はそれぞれお目当ての店へと目指していった。

32. 金こそパワー

「わぁ、タケルさん、凄いですねぇ……」

 クレアはタケルに手を引かれながら、お客がひしめき合うモールを進んでいた。モールは三階建て、吹き抜けで上まで見渡せる明るい通路には煌びやかなデコレーションがあちこちに施され、歩いているだけでワクワクしてくるのだ。

「凄い人気だね。アバロンさんのお店はこの先だっけ?」

「そうそう、タケルさんのおかげでいい場所もらいました。くふふふ」

「儲かるといいね」

「そうなんですけど、この人出だと商品が足りなくなることを心配した方が良いかも……?」

 クレアは予想以上の大賑わいに不安げである。

「ははっ、違いない。でも、たとえ売り切れても夕方には再入荷できるでしょ?」

「そう! それが信じられないんですよ。今までは発注してから入荷まで一週間はかかりましたからね」

「POS連動の在庫管理システムにサプライチェーンシステム、作るの大変だったんだから」

 タケルは渋い顔をしながら首を振った。

「ほんと、タケルさんは凄い!」

 クレアはキラキラとした青い瞳でタケルを見上げる。

「ははっ、まぁ、自分にはこういうことしかできないからね」

 タケルはまんざらでもない様子で各店舗の賑わいを眺め、うんうんとうなずいた。

 タケルが実現した流通革命はこの世界の人たちには驚異的だった。運搬は馬車から魔石で動く魔道トラックへと変わり、今までの何十倍の広さの倉庫を用意して物流の流れから変えたのだ。

 生産者や工場が出荷する箱には全てQRコードがついており、トラックに積み込まれて運ばれたら巨大倉庫に積まれ、そこで集中管理されるようになった。商店へ出荷する際も全てフォンゲートで管理され、無駄なく確実に届けられる。商店主はフォンゲートで発注するだけで夕方には納品され、店頭に並び、決済は全て電子的に処理されるのだ。

 人混みを進み、アバロンの店舗に来たタケルは入り口にうず高く積まれた商品の箱のタワーに圧倒される。

「おぉ! これは凄いね……」

 そのタワーも次々とお客たちに買われ、見る見る小さくなっていく。店内はお客の熱気にあふれ、商品が飛ぶように売れていた。

「こ、これは想像以上……ね」

 クレアもその熱狂に圧倒されてしまう。

 支払いはみんな割引の効くQRコード決済。もはや現金など誰も使わない。そしてそれはさらに信用創造を呼び、使える資金が倍加していく。まさに笑いが止まらない状態に突入していた。

「これ、本当に大丈夫かしら……」

 売れすぎて困ることなどいまだかつて体験したことの無かったクレアは、不安そうに首を振った。

「何言ってるの、僕らの時代はまだ始まったばかりだよ?」

 タケルは自分が切り開いた世界のまぶしさに目を細めながら、熱狂渦巻くモールを見回した。

       ◇

 タケルが始めたその恐ろしいまでのIT革命は、人を街を根本から変え、莫大な資金がジェラルド陣営の中をグルングルンと回り続けた。

 もはやタケルの自由に動かせる資金は日本円にして百億円を超え、あっという間に億万長者である。もちろん、現金という形で持っているわけではないのである程度制約はつくが、それでもお金で困ることは無くなったのだ。

 タケルはその潤沢な資金を活用して、ショッピングモールの近くに自社ビル【Orangeパーク】を建てる。それはガラス張り二十階建てのこの世界では他に類を見ない壮観な高層ビルだった。上層階には『食べかけのオレンジ』の形をした巨大なプレートがはめられ、夜になると鮮やかにオレンジ色に輝き、その圧倒的な存在感を王都全域に見せつける。

 全館空調、スマホロックのセキュリティが施された広大なフロアには、随所にオシャレな木材のパネルが配され、まるで外資系金融機関のオフィスを思わせた。ポイントには観葉植物が配置され、バーコーナーからはコーヒーの香りが癒しを運んでくる設計となっている。

 ここにはOrange社員だけでなく、陣営の関連企業が入居し、このOrangeパークで働くことが王都の若者のステータスにすらなっていた。

 そして、この最上階がOrangeの社長室、タケルの執務室兼研究所である。

「ひゅぅ~! 見てこの眺望!! まさに金こそパワー!」

 タケルは運び込まれた社長席に座り、眼下に広がる王都の景色を見回しながら一人叫んだ。机は重厚な無垢の一枚板でできており、手触りも最高である。

 一生かかっても使いきれない金があり、こんな王都で一番景色のいい場所が自分のためにある。それはまさにITベンチャー起業家全員が夢見る成功の証だった。

 もちろん、まだまだ課題は山積みだし、浮かれてばかりはいられない。だが、孤児として絶望の中であがいていた時代を思うと、今はあふれてくる嬉しさに身を任せていたかったのだ。

33. 空飛ぶご褒美

「見てろ、魔王! 俺は金の力でお前を追い落とす! くははは!」

 タケルが両手を上げ、絶好調で笑っていると、コンコン、ガチャっとドアが開いた。

「魔王がどうかしたんですか? 外まで聞こえてましたよ」

 クレアが差し入れのクッキーを持ちながら、不思議そうな顔でタケルを見つめる。

「あ、いや。魔王は人類共通の敵じゃないか。ここまで上り詰めたらそろそろ魔王対策も視野に入れないとな……って……」

 タケルは真っ赤になって頭をかいた。

「そうですよねぇ……。魔石がいよいよ足りなくなってきてるの。流通業者はアントニオ陣営のところが多くて、卸値を随分高く釣り上げるのよ。備蓄を切り崩してるんだけど……。魔王の支配する暗黒の森からの採掘も真剣に考えないとですね」

「ふむぅ。それはヤバいなぁ。何と言ってもうちの事業は魔石頼みだからね。魔石をアントニオ側にコントロールされたら全部止まっちゃう」

「それはマズいです。困りましたねぇ……。あっ、コーヒーでいいですか?」

 デスクにクッキーを置いて、チラッとタケルの方を見るクレア。

「あ、いいよ。そのくらい自分でやるから」

「何言ってるんですか。社長で男爵なんだからドーンと構えていただかないと」

 クレアはそう言いながらバースペースへ行ってカップを取り出した。

「悪いねぇ……。それで……、クレアにお願いがあるんだ」

「え? 何ですか? 楽しいこと?」

 コーヒーの粉をセットしながら、クレアが好奇心を隠さずに笑う。

「あぁ、ある意味楽しいかな? 空を飛ぶからね」

「そ、空を飛ぶ……?」

 クレアはけげんそうな顔をして首をかしげた。

 もちろん高位の魔導士は飛べるらしいという話を聞いたことはあるが、飛行魔法はそう簡単に実現できるものではないというのが通説である。

「クレアが飛ぶわけじゃないさ。これが飛ぶんだ」

 タケルは段ボールの翼でできた大きな紙飛行機を取り出してきて、会議テーブルの上に載せた。

「へっ!? 何ですか……? これ?」

 クレアはコーヒーを持ってきながら眉をひそめ、その三角形をした段ボールを見つめる。二枚の段ボールを張り合わせて、手を広げたぐらいのサイズに作り上げた巨大紙飛行機には機首にフォンゲートが埋め込まれていた。

「これはドローン。フォンゲートを乗せて飛ぶ遠隔操縦調査機なんだ。飛行魔法の応用で数百キロメートルは飛んでいける」

 タケルはネヴィアのところで手に入れたソースコードをひたすら解析し続け、ついに飛行魔法の術式をITスキルで応用するのに成功していたのだ。

「ひ、飛行魔法!? ついに実現したんですか!?」

「ふふん、どうだい? 凄いだろう! ぬはははは……」

 タケルは絶好調で両手を大きく開いて高笑いをする。

「す、凄いです。でも、こんな段ボールが……飛ぶんですか?」

「おいおい、段ボールを馬鹿にしちゃいけないぞ。安くて軽くて丈夫、それに紙だから探索魔法でも探知されにくいんだ」

 翼を手の甲でコンコン! と叩くタケル。

「ふぅん……。で、こんなの飛ばしてどうするんです?」

 クレアはタケルの真意をはかりかね、眉をよせて首をかしげる。

「魔石のね、新たな鉱山を探そうと思っているんだ」

「鉱山……? ネヴィアさんのところみたいな?」

「そうだね。それをコイツで探すのさ」

「空を飛びながら魔力反応を探っていく……ってことかしら?」

「そうそう。暗黒の森なんかに歩いて入っていけないだろ? だからコイツで空から探るんだよ」

「ふぅん、なんか面白そう! 鉱山見つかればアントニオ陣営にも勝てますよ!」

 クレアは手を合わせ、碧い目をキラリと輝かせた。

「で、その操縦をクレアにお願いしたいんだ」

「えっ!? 私……? 私、こんなの操縦したことなんてないわよ?」

 クレアは青い顔して後ずさる。

「ははは、誰も操縦したことなんてないよ。でも、極秘調査だからね。頼めるのはクレアしかいないんだ」

 タケルは手を合わせて頼み込み、クレアはそんなタケルをじっと見つめ、最後に大きく息をついて笑った。

「ふふふっ、またタケルさんとの秘密が増えましたねっ!」

「そう、クレアには本当に頭が上がらないよ」

「いいわよ? でも……、そろそろご褒美が……あると……いいかなぁ……」

 クレアは手を後ろで組んで口をとがらせ、可愛いジト目でタケルを見る。

「ご、ご褒美? な、何がいいんだ?」

「それはタケルさんが考えるの! 楽しみにしてるわっ!」

 タケルの顔をのぞきこみ、ニヤッと笑うクレア。

「わ、分かったよ……。何がいいかなぁ……」

 タケルは首をひねり、渋い顔でコーヒーをすする。前世の時から女の子にちゃんとしたプレゼントなんてあげたことが無いタケルには、それは難問だった。クレアもお金には困っていないのだから、高価であればいいというものでもないだろう。

 ニコニコしているクレアの顔を見つめているうちに、タケルは彼女の笑顔の輝きに心ひかれた。青く輝くサファイヤのアクセサリーが、彼女の美しさを一層引き立てるかもしれない……。ふとそんなアイディアが浮かんだが、いきなりアクセサリーのプレゼントなど踏み込みすぎではないだろうか? タケルはブンブンと激しく首を振った。

34. 冒険への扉

 タケルの困る顔を見てクスッと笑うクレア。

「まぁ、そんなのは後でいいですよ。で、どうやって操縦するんですか?」

 タケルは苦笑いを浮かべると、操縦用に設定されたゲーミングチェアのところまでクレアを案内する。ゲーミングチェアには近未来的な湾曲大画面がセットされ、まるでSFの世界のようだった。

「操縦席はこちら。前方の視界はここに出る。コントローラーはこれね。これで上下左右、これで加速減速。そしてこのボタンでファイヤー!」

 クレアは矢継ぎ早に説明され、困惑してしまう。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 『ファイヤー』って何なんですか!?」

「ファイヤーボールを撃つのさ。魔物たちの森を飛ぶんだから攻撃手段も無いとね。照準はこの画面だよ」

 タケルは当たり前のように説明するが、クレアはドン引きである。

「操縦しながら魔物なんて狙えないですよ!」

「あー、ごめん、ごめん。今回は調査だからそんな撃つ機会なんてないから大丈夫だよ。やられたって段ボールだから痛くもかゆくもないしね」

 クレアは無言で口をとがらせ、軽く言うタケルをにらんだ。

      ◇

 操縦席に座らされたクレアはコントローラーをカチャカチャと動かしてみる。なぜ、商会の令嬢たる自分が飛行機の操縦をしなくてはならないのかに落ちなかったが、魔石不足を解消しなければ事業継続も危うい状況では仕方ないのだ。クレアは大きく息をつき、自分に言い聞かせる。

「それでは飛ばすよ! 発進用意!」

 タケルはオペレーター席に座ると、卓上の赤いボタンをガチリと押し込んだ。

 ウィィィィン……。

 かすかな機械音が鳴り響き、屋根のスリットが開いてまぶしい青空が広がる。

 は?

 クレアは屋根が開く社長室のクレイジーな仕様に思わず目が点になった。

 続いて射出用レールがウィィィィンと空へと伸びていく。

「ちょっと、タケルさん! 何なんですかこれは? こんなの必要なんですか?」

「え? だってカッコいいじゃん。金ならあるし。くふふふ」

 クレアはドン引きである。一体どこの世界にこんな飛行機射出装置つき社長室があるのだろうか?

「魔力充填ヨシ! 飛行魔法起動ヨシ! 向かい風、風力3、視界良好! 射出まで十、九、八……」

 タケルはノリノリでカウントダウンを始める。

「えっ!? もう出発!?」

「大丈夫、大丈夫、段ボールなんだから気軽に……、三、二、一、GO!」

 バシュッ!

 激しい衝撃音と共にドローンはあっという間に大空へとすっ飛んでいった。

「うわぁぁぁ! これ、どうするの!? あぁぁぁ!」

 いきなり大きく揺れ動く画面にクレアはパニックになる。

「大丈夫! はい、加速しながら上! 上!」

「う、上!? こ、こっちよね?」

「違う! 逆! 逆!」

 真っ逆さまに堕ちていくドローン。画面の街路樹がドンドン大きくなっていく。

 ひぃぃぃぃぃ!

「もっと上! もっと上!」

 処女飛行がいきなり墜落では士気にかかわる。タケルは青くなって叫んだ。

「これが上限よ!」

 クレアも泣きそうな顔で画面を食い入るように見つめる。

 くぅぅぅ……。

 徐々に機首が上がっていき、バシュッ! と街路樹の葉を飛び散らせながらギリギリのところで何とか危機を回避した。

 ふぅ……。 はぁぁぁ……。

 安堵の声が部屋に響き、クレアは額の汗をぬぐう。

 ドローンは順調に高度を回復していった。

「オッケー、オッケー! それじゃ進路を北北西に取って」

「北北西? どっち?」

 クレアは目を見開いて、画面に出ているいろいろな計器類をキョロキョロと追っていった。

「右だよ、コンパスが右上にあるだろ?」

「これね……、はいはい……」

 クレアは渋い顔をしながら旋回し、コンパスを北北西へと合わせていく。

「これ、タケルさんがやった方がいいんじゃないの?」

 クレアがジト目でタケルをにらむ。

「何言ってるんだよ、キミはテトリス世界王者じゃないか。反射神経は絶対クレアの方が上だからね?」

 眼下に広がる王都の街並み。向こうの方には壮麗な王宮が見えてきた。

「ふふっ、おだてたって駄目ですからね」

 そう言うクレアだったがまんざらじゃない様子で、上空から見る王都の景色をキラキラした瞳で眺める。初めて目にする空の旅は、予期せぬ冒険への扉を開いたかのように、彼女の中に新たな感動と期待を芽生えさせていた。

35. ファイヤー!!

 城壁を超えると、太陽の光を浴びて黄金色に輝く広大な麦畑が広がっていた。風がそよぐたびに麦の穂は波のように揺れ、生き生きとしたウェーブを描き出している。その麦畑の上を気持ちよく飛ばしていけば、遠くに緑濃い森が現れ、その神秘的な姿が徐々にはっきりとしてきた。

「ふぁーあ、ようやく森ですよ。なんだかやることないですねぇ……」

 クレアはすっかり慣れ、コーヒー片手に眠そうに言った。

「何言ってるの、これからが本番だよ。右手の高台に建物があるだろ? あれが辺境伯の拠点、ネビュラスピア城塞だと思うよ。つまりここから先は魔物の世界ってことさ」

「ふぅん、で、魔石はありそうなの?」

「うーん、まだほとんど魔力反応は無いんだよね……」

 タケルは魔力反応画面を見ながら首をかしげる。

「じゃあしばらくこのまま真っすぐ?」

「そうだね、ただ、速度を二百ノットに上げて。魔物の世界でゆっくり飛んでたら怖いからね」

「二百ノット了解!」

 クレアはスロットルのノッチをカチカチカチっとあげた。

 ゴォォォという風きり音が激しさを増し、森の木々がどんどんと飛ぶように後ろへと消えていく。

 川を渡り、湖を越え、そして丘をも軽々と越えて行く。その旅は、まるで空を翔る鳥のように、自由で、壮大で、息をのむほど美しいものだった。

「あぁ、綺麗な世界ねぇ……」

 クレアはうっとりとその大自然のアートを眺める。

「人間が手を付けてない世界だからね……。お、何か反応があったぞ……」

 タケルはモニター画面をにらみながら地図にペンを走らせた。

「鉱山? 引き返す?」

「いや、まだ何とも言えないんでこのまま直進」

「アイアイサー!」

 その後、いくつかの反応をメモしながら直進し続けた。まるで魔王の支配地域とは思えない順調さに、二人は雑談をして時折笑い声を上げながら、淡々と進んでいく。

 やがてあくびが出るころ航続距離の限界が近づいてきた。

「今日はこのくらいにして戻ろう。西南西へターン」

「西南西、了解! ふんふんふ~ん♪」

 クレアはクッキーを頬張りながら鼻歌交じりに操縦かんを傾ける。

 その時だった。何か遠くの方で影が動いた。

「ん? 何か飛んでる……?」

 クレアは首をかしげる。

「えっ!? あっ! ワイバーンだ! 進路、南南東、全速! 急速離脱!」

「ワ、ワイバーン!? ひぃぃぃぃぃ!」

 クレアはパニックに陥りながらも、彼女の手は必死にコントローラーを操り、危機からの脱出路を探し求めた。ワイバーンは、爬虫類を思わせる厚く堅い鱗で全身が覆われており、力強く巨大な翼からは圧倒的な存在感が放たれている。この恐怖の化身が冒険者たちからA級モンスターと、恐れられているのは、その強大な力もさることながら、恐ろしい口から放たれるファイヤーブレスだった。その一億度とも言われる灼熱のブレスを浴びれば灰も残らず焼き尽くされてしまうのだ。

「ダメだ! 見つかった!」

 タケルはモニターの中で徐々に大きく見えてくるワイバーンを見て、冷汗を浮かべる。

「どどど、どうしよう!?」

 真っ青になるクレア。

「くぅぅぅ……。高度を下げて速度を稼げ!」

「了解!」

 クレアは一気に森の木々スレスレまで急降下し、速度を上げていった。

 しかし、ワイバーンは巨大な翼をバサッバサッとはばたかせながら信じられない速度で猛追してくる。さすがA級モンスター。まるで恐竜のような鋭い牙に真っ赤に光る瞳。それはこの世のものとは思えない禍々しいオーラを放ちながら迫ってきた。

「マズいマズい! もっと速度上げて!」

 タケルはゾッとして思わず叫ぶ。

「ダメよ! これで全開なの!」

 どんどん迫ってくるワイバーン。追いつかれるのはもはや時間の問題だった。

 くぅぅぅ……。

 その時、ワイバーンがパカッと大きく口を開けた。

「ブレスが来る! 急速旋回!!」

 ひぃぃぃぃぃ!

 クレアは巧みに機体をよじらせ、バレルロールしながら斜め上に回避する。

 刹那、激しい閃光が機体をかすめた。

 うっひゃぁぁぁ! うひぃ!

 一瞬画面が真っ白になり、二人は悲痛な叫びをあげる。

 やがて回復する視界、しかし、そこには今まさに獲物を破壊せんと振り上げられた、巨大な脚の爪が光っていた。

「かーいひ!!」

 タケルが叫ぶ。その瞬間、クレアには全てがスローモーションに見えるようになる。ゾーンに突入したのだ。

 クレアは機首を上げ、間一髪かわすとグルリと機体をよじらせてワイバーンの翼のそばをすり抜けた。

 その信じられない見事な技にタケルが見惚れた時だった。

 ファイヤー!!

 クレアが予想外の言葉を叫ぶ。

 へっ……?

 なんと、クレアは勇敢にも、巨大なワイバーンを目掛けてファイヤーボールを発射したのだった。翼の下部から射出された灼熱の火魔法は、激しい閃光を放ちながら一直線にワイバーンへとカッ飛んでいった。

36. 固い絆

 至近距離から放たれたファイヤーボールはワイバーンの背中に命中し、大爆発を起こした。

 激しい衝撃で画面がビリビリと乱れ、ドローンはクルクルと宙を舞い、ワイバーンの悲痛な叫びが森にこだまする。

 しかし、ファイヤーボール一発で倒せるような敵ではない。

 手負いになり、怒りに燃えるワイバーンは巨大な翼を激しくはばたかせ、クレアを追った。

 体勢を立て直し、全力で青空を目指すクレアだったが、パワーではワイバーンには敵わない。ワイバーンが追い付き、巨大な翼でドローンを打ち落とそうとドローン目がけて翼を振り下ろそうとした時だった。

 クレアは機体を無理によじらせて失速状態へと落とし込む。こうなるともう正常な飛行はできない。ゆらゆらと落ちてくる木の葉のように機体は不規則に揺らめいた。

 ググッ!?

 ワイバーンはその不規則な動きに翻弄され、狙いを絞りきれずに一瞬動きが止まってしまう。

 その隙をクレアは見逃さなかった。

 ファイヤー!!

 鮮やかな閃光がワイバーンの翼を包み、ズン! という衝撃波が視界を揺らす。

 うわぁ!

 自らも爆風を受け、キリモミ落下していくドローン。

 しかし、クレアはグルグル回る景色の中、冷静に体勢を立て直した。

 ググっと機首を上げると、そこには片翼を失ったワイバーンが悲痛な叫びを上げながら墜落していくではないか。

 ギュァァァァ!

 徐々に小さくなっていく悲鳴。最後にはズーン! という腹の底に響くような重低音が森に響き渡った。

「うぉぉぉぉぉ! 撃墜!! 撃墜王クレア爆誕!!」

 タケルは跳び上がると、クレアのところにまで走り、興奮気味にパンパンと背中を叩いた。
 
 クレアはドヤ顔でタケルを見る。そこには令嬢ではなく、テトリス大会で優勝した時の王者のオーラが輝いていた。

 クレアの【ゾーン】というスキルは戦闘職向けで、令嬢にはそれを生かすチャンスなどない。しかし、遠隔操縦であれば安全にその力を存分に発揮することができる。クレアは期せずして天職を手に入れた実感に、湧き上がる喜びを押さえきれない様子だった。

 タケルもまた、クレアという頼もしいアタッカーを得たことに喜びが隠せない。タケルはクレアの手を握り、何度もうなずく。その瞬間から二人は運命が共に繋がり、歴史に名を残すであろう『魔王打倒』に向け、固い絆で結ばれたことを感じていた。

        ◇

 無事、ワイバーンを撃墜はしたものの、魔力を散々使ってしまったため魔力は残り少なく、もはや帰還は不可能だった。

「くぅぅぅ……。無念だわ……。ダンボルちゃん一号はこのまま森の藻屑となってしまうんだわ……」

 クレアは訳の分からないことを言いながら肩を落とす。

「帰還が無理ならこの際、探索に残りの魔力を使おう。南南東へ飛んで」

「あいあいさー」

 クレアはやる気のない返事をして、ため息をついた。

「どうも魔力反応は直線状に分布しているんだよね。この先に二つの線が交わるところがあって、仮説が正しければ大きな魔力反応があると思うんだよ」

「へぇ、鉱山が見つかるといいですね」

「ただ、もう魔力の残りが少ないから経済速度でゆっくりお願い」

「ラジャー」

 クレアはノッチを戻すと徐々に高度を下げていった。

 森の木々のすぐ上空を飛んでいると鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

「これを聞いているとのどかな森なんですけどねぇ……」

「ワイバーンが住んでるってだけで近寄りたくないんだよな」

 タケルは肩をすくめた。

 さらにしばらく飛んでいるといよいよ魔力切れになってくる。メーターはとっくにEMPTYを指しているのでいつ墜落してもおかしくない。

「タケルさん、まだですかぁ? もうダンボルちゃん一号はおねむの時間ですよ」

 クレアが渋い顔をしてタケルの様子をうかがう。

「うーん、おかしいなぁ……そろそろ反応があってもおかしくないんだけど……」

 その時だった、いきなり画面が激しく揺れ動いた。

「えっ……なにこれ!? 壊れた?」

 クレアは慌てて操縦しようとするが全くコントロールが効かない。

 照準用カメラで後ろを見ると、何かがいる。ピントの合わない中、何かの鋭いくちばしが段ボールをほじくっている。

「ワシだ! ワシに捕まってる! ヴァイパーウイング……かな?」

「えっ!? どう……するの……?」

 もはやファイヤーボールを撃つ魔力も残っていない今となっては打つ手はない。タケルは無力感に肩を落とし、悲しげに首を振る。

 ワイバーンさえ撃墜したドローン初号機が、今や魔物の餌食となり、無念の最期を迎えようとしている。クレアは深い悲しみに沈み、無念さにうなだれた。

37. 切り裂かれた空間

 ヴァイパーウイングはドローンの機体をガッシリとつかむと飛び始めた。どうやら獲物を捕まえた気でいるらしい。

 二人はどこに連れていかれるのかと、渋い顔をしながら揺れる画面映像を見て、コーヒーをすすった。

 やがて見えてきたのは小高い岩山だった。森を突き抜けてそびえる岩肌には縦にいくつも亀裂が入り、荒々しい景観を誇っている。どうやらここに巣があるらしい。

 と、その時だった。

 ピーーーーッ!

 タケルのモニターが真っ赤に輝き、耳をつんざく警告音を発した。

 へ……?

 タケルは何が起こったのか分からなかった。画面内でメーターが振り切れているのだ。

「何の……音?」

 クレアがけげんそうにタケルの画面をのぞきこむ。

「魔力探知機が振り切れているんだよね。壊れちゃったのかな?」

 タケルは首をかしげ、キーボードをカタカタ叩きながらその原因を探す。

 クレアはドローンの映像を食い入るように見つめ、その岩肌の様子を探った。

「あっ! 違うわよ! これが魔石鉱山なのよ!」

 その岩肌にキラキラ光る魔石特有の輝きを見つけたクレアは、思わず両手を突き上げ、叫んだ。

「え? 魔石……? でもこの数値はこの岩山全部が魔石でもないと出ない数値なんだよ?」

「だったら、これ全部魔石なのよ!」

 クレアは両手のこぶしをグッと握り、パァッと明るい顔で笑った。

「え? これ……全部……?」

 タケルは信じられずに静かに首を振る。一般に鉱山というのは地層の割れ目に沿って魔石の薄い層があるくらいなのだ。山全部が魔石なんてことがあったら、とんでもない発見である。

「そう! 全部!」

 
 クレアは呆然としているタケルの手をギュッとつかみ、嬉しそうにタケルの顔をのぞきこむ。

「や、やった……」

 大発見の実感がようやくタケルに湧き上がる。

「そう! やったのよ! きゃははは!」

 クレアはタケルの胸に飛び込み、ギュッと抱き着いた。

 お、おい……。

 タケルは混乱の中、空虚な眼差しで宙を仰ぎ見ながら、クレアの美しく輝く金髪を無意識のうちに優しく撫でる。彼女から漂う芳香が、タケルを少しだけ穏やかにした。

        ◇

 タケルは『ダンボルちゃん一号』ののこしてくれた映像を解析し、埋蔵量を推定する。その量は全人類が派手に使っても当面魔石不足にはならないという途方もない量だった。これはいわゆる『龍脈』と呼ばれているもので、何万年もかけて地中を流れてきた魔力が川のように集まってきて、ここで地上に現れて結晶化したものらしい。暗黒の森は魔物だらけで調査がされてこなかったため、今まで誰も気がつかなかったのだろう。

 しかし、どうやって採掘したらいいのだろうか? あるのは分かっていてもどうやって掘り、どうやって回収するか……? とても人間が行けない所だけに難問だった。タケルは月の石を持って帰るかのような困難さに頭を抱える。

「もう、魔物に掘って持ってきてもらうしかないわね!」

 クレアはクッキーを頬張りながら楽しそうに笑った。

「もう! 他人ひと事みたいに……。魔物なんてどうやって操る……あれ……?」

 この時、タケルの脳裏に召喚系の魔法が思い浮かんだ。

「呼び出して掘ってもらう……? 何にどうやって……?」

 タケルは腕を組んで必死に考える。人間が行けないのならクレアの言うように魔物に頼るしかないのだ。しかし、魔物に採掘を頼んだとしてやってくれるものなのだろうか?

「絵本にゴーレムに荷物を運ばせるお話があったわよ」

 クレアはクッキーを食べ終わると幸せそうに紅茶をすすった。ゴーレムというのは岩でできた魔物で、その巨体から繰り出されるパワーは超ド級、A級モンスターに分類されている。

「ゴーレムかぁ……。いいかも知れないけどどうやって言うことを聞かすんだろう? そもそも呼び出し方も分からんなぁ……」

「あら、ネヴィアちゃんに聞いたら? 彼女ならゴーレムくらい持ってそうよ?」

 クレアは少しつまらなそうに言ってまた紅茶を一口すする。

「あはっ! 違いない」

 タケルは早速フォンゲートを取り出すと電話した。

『んん……? うぃーす。タケちゃん、なんかあったか? ふぁ~あ』

 寝起きの声がする。

「もう夕方なんだけど、寝てたの……?」

『朝までアニメ見ちまってのぉ! 今期は凄いぞ! くははは!』

「はいはい、で、相談があるんだけど……」

『あ、そう? 今から行こうか? 社長室?』

「そ、そうだけど、いつ頃つく……予定?」

 すると空中にいきなりパリパリと乾いた音をたてながら亀裂が走る。その初めて見る面妖な事態に、タケルもクレアも息をのみ、身震いした。

38. 翼牛亭

「へっ!?」「キャァッ!」

 驚く二人の前で、その空間の亀裂からニョキニョキっとかわいらしい指が湧きだしてきた。そしてその指が亀裂をガバっと押し広げる。

「今、到着! きゃははは!」

 なんと出てきたのはネヴィア。ボタンを掛け違えたままのだらしない、もふもふパジャマ姿で、嬉しそうにシュタッと床に着地した。

「お、お前、そんなこと……できたの?」

「くははは、どう? 凄いじゃろ? でもこれは我のスキルだから解析しても無駄じゃがな!」

 ネヴィアはドヤ顔でタケルを見つめた。ただ、緩いパジャマの隙間から胸が見えそうで、タケルはほほを赤らめながら目をそらす。

「ちょ、ちょっとネヴィアちゃん! そんな恰好、ダメよ!」

 クレアはネヴィアの腕をガシッとつかむと隣の部屋へと引っ張った。

「えっ? な、何がダメなんじゃ?」

「ダメったらダメなの!」

 クレアはピシャリと言い放った。

        ◇

 しばらくしてクレアの服に着替えてきたネヴィアは、タケルの説明を聞いて嬉しそうに笑った。

「ほほう、お主、凄いものを見つけたのう! これは実に愉快じゃ。カッカッカ」 

「で、これの回収方法を相談したいんだけど……」

「まぁ、ゴーレムに掘らせればよかろう」

 ネヴィアはテーブルのバスケットからクッキーをつまむとポリポリと食べ始める。

「じゃあ、ゴーレムの召喚の方法、教えてくれる?」

「千枚じゃ」

 ネヴィアはニヤッと笑って手を出した。

「千枚……って?」

「察し悪いのう、金貨千枚で教えてやろうって言っておるんじゃ」

 タケルにとっては、この日本円にして一億円相当の金などもはやはした金ではあったが、このまま払うのも癪に障る。

「あぁそう! 金取るならいいよ、もう頼まない!」

 タケルは腕を組み、プイっとそっぽを向いた。

「えっ……、いいのか? 困るぞ?」

「友達から大金を取ろうという人はもう知りません!」

「あー、悪かった……。しかし、そのぉ……」

 ネヴィアは口をとがらせ、言いよどむ。

「百枚出す。それでいいだろ?」

 タケルはニヤッと笑ってネヴィアの瞳を見つめた。

「まぁ、ええじゃろ……」

 ネヴィアは渋い顔でタケルをジト目で見あげる。

「何言ってるんだ、金貨百枚もあったらしばらく遊んで暮らせるだろ?」

「千枚ならその十倍遊べるんじゃぁ!」

 ネヴィアは両手を突き上げて喚く。

「贅沢言わない! じゃあ、教えて」

「はいはい、後でちゃんと払うんじゃぞ!」

 ネヴィアは空間に指先でツーっと亀裂を作ると、中から大きなトパーズでできた黄色に輝くアミュレットを取り出した。その円形のトパーズの表面には精緻な魔法陣が描かれている。

「おぉぉぉ……、こ、これが……」

「ほれ、これを貸してやるから研究せい」

「おぉ! サンキュー! やったぁ!」

 タケルはアミュレットを受け取ると、目を輝かせながら魔法陣を見つめ、ITスキルで青いウインドウを開いた。

「感謝せえよ! くふふふ」

「感謝、感謝! 大感謝だよ! で、ついでにさ、ゴーレムを送り込むのと、採った魔石の輸送についても知恵貸してよ」

「え……、また面倒くさいことを……」

「いいじゃん! 乗り掛かった舟だしさ! 美味しいもの奢ってあげるからさ」

 腕を組んで渋るネヴィアの肩をタケルはポンポンと叩く。

「……。じゃあ翼牛亭よくぎゅうていで食い放題させてもらうぞ?」

 ネヴィアは街一番の高級焼き肉屋を指定した。

「良く知ってるなぁ、あそこが一番うまいんだよ。いいよ、行こうよ」

「うむ。それじゃ、まず、ゴーレム送るのは空間つなげて我が送ってやろう」

「お、やったぁ!」

「で、採掘した魔石じゃが……うむ、どうしたものか……。翼牛亭よくぎゅうてい行って一緒に頭をひねろう! カッカッカ!」

 ネヴィアはもう我慢ができない様子でタケルの背中をバンバンと叩いた。

「え? もう行くの?」

「飲まねば案など出んよ。くははは!」

 タケルは肩をすくめてジト目でネヴィアをにらみ、渋々翼牛亭よくぎゅうていに電話をかけた。

39. 揺れる緊急会議

 結局、採掘した魔石はネヴィアに借りたマジックバッグに詰めておき、ネヴィアが暇な時に金貨一枚の手間賃で空間をつなげて回収することにした。マジックバッグは小さなカバンだが中身は小屋くらいの容量のある異次元空間になっており、そこに詰めておけば、時間かからずに回収が可能なのだ。

 タケルは洞窟のデータセンターと、魔石の貯蔵倉庫に採掘した魔石を供給し、違和感なく魔石の供給問題を解決していく。フォンゲート用に売れていく魔石の大半がゴーレムの採掘したものへと変わっていったが、誰も気づくものはいない程だった。魔石を買い占めて高値を要求していたアントニオ陣営側の業者たちは、いつまでたっても価格交渉で折れてこないアバロン商会に根負けし、だぶついた在庫を安値で吐き出し始めるまでになる。これで、懸案の一つは完全に解決されたのだった。

 アントニオ陣営側最大の切り札が無くなってしまったことは、陣営内に深刻な動揺をもたらす。最後は魔石価格を釣り上げてジェラルド陣営側の利益を吸い上げようという計画だったのだが、それが失敗となるともはや経済的には対抗手段がないのだ。

 アントニオ陣営側の魔導士たちはフォンゲートの魔法陣を解析して弱点を探そうとしたものの、魔法陣には一ミリに満たない幾何学模様がそれこそ万単位でぐるぐると回っている。このあまりに複雑な魔法陣はとても人間の読めるものではない。タケルの書いたソースコードは数十万行に及んでおり、コードを読むのすら難しいのに、魔法陣になった後ではとてもリバースエンジニアリングは不可能だった。

 弱点が見つからず、経済的にも劣勢となったアントニオ陣営。最初に音を上げたのは商会たちだった。利権で押さえている商流があるからすぐには倒産とはならないものの、遅い、高い、不明瞭な取引に取引先たちが難色を示しだしてしまっている。事業はじり貧だし、何しろ働く社員たちが仕事に疑問を感じだして、次々と辞めていくのを止められない。

 やがて一社、また一社と、巧妙な理由をつけながらアントニオ陣営から逃げ出し始めた。

 こうなると瓦解は時間の問題だった。アントニオ陣営は急遽公爵の屋敷に集合し、緊急会議が開かれることとなる。

 会議室には公爵だけでなく侯爵を始め、そうそうたるメンバーが十数人集まったものの、いつもより少ない人数に皆一様に硬い表情をしていた。

「状況の報告をしろ!」

 アントニオ王子は不機嫌を隠すことなく、事務方の担当者を怒鳴った。

「は、はい! 陣営所属の貴族ですが、ヴィンダム伯爵、アッシュウッド子爵、アルテンブルク男爵、グレーヴェン男爵より脱退依頼が来ています。それぞれ健康がすぐれないためしばらく王都を離れるそうです」

 アントニオのこぶしが力任せにテーブルを激しく打ち鳴らし、部屋に緊張が走る。

「何が健康だ!! 嘘つきやがって、一体どうなっているんだ!」

 ふぅふぅという荒い息遣いが静まり返った室内に響いた。

「よ、よろしいでしょうか……?」

 羽つき帽子をかぶった白髪の侯爵がおずおずと手を挙げる。

「侯爵殿、何かね?」

 不機嫌そうにアントニオは侯爵をにらんだ。

「うちに秘密裏に『陣営を抜けないか』という打診が来ておってですな……」

「な、なんだとぉぉ!」

 ガン! と、アントニオはテーブルにこぶしを叩きつける。

「そう興奮召さるな!」

 立派なひげを蓄えた公爵がアントニオをたしなめる。金のエレガントな刺繍をあしらった黒いジャケットに身を包み、現国王の叔父でもある公爵にはアントニオも頭が上がらない。

「も、もちろん断ってますよ? 断ってますが、先方の出した条件は『陣営を抜けたら金貨十万枚を出す』というもので……」

 気弱な侯爵はしどろもどろに説明をする。

「じゅ、十万枚!?」

 アントニオは絶句し、参加者たちは無言で周りの者と顔を見合わせた。

 金貨十万枚というのは日本円にして百億円。アントニオ陣営が勝利したとして得られる利権が年間数億円だとすれば数十年分もの利益をポンと出すというのだ。これは利益だけを考えるなら即決すべきレベルの大金と言える。

「これは実にまずいと思い、ご報告した次第で……」

「一体どれだけ儲けとるのか、あのOrangeという会社は!!」

 公爵はダン! と、テーブルを叩くとギリッと奥歯をきしませた。

「Orange社はフォンゲートという信じがたい魔道具で儲けておりまして、代表はグレイピース男爵……」

「奴の名前を出すのはやめろ! 気分悪い!」

 アントニオは事務方を怒鳴りつける。

 事務方の眼鏡の青年はビクッと身体を震わせ、口をつぐんだ。

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