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異世界最速の英雄 ~転生5秒で魔王を撃破した最強幼女の冒険物語~ 2~4

2. 魔王軍四天王ルシファー

 蒼は再度大きくため息をつくと、うつろな目でステータスウィンドウを眺めた。

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Lv.100 アオ 三歳 女性
種族 :ヒューマン
職業 :無職
スキル:即死Death、鑑定
称号 :救世主、ジャイアントキリング
特記事項:原点回帰【呪い】
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 いつの間にかレベルが100になっていた。レベル1がレベル999を倒せば一気にそのくらいは行くのだろう。

 試しに蒼はピョンと跳び上がってみる。

 すると、幼女にもかかわらず、まるでトランポリンのように宙高く舞い上がってしまった。その異常な跳躍力に焦ってバランスを崩し、思いっきり頭から落ちてしまう蒼。

 痛ってぇ!

 だが、かなりの勢いで落ちたにもかかわらず怪我一つなかった。レベル100の身体能力や防御力というのは実は相当に強いのではないだろうか? 冒険者としても上級クラスかもしれない。

 一瞬、冒険者になろうかとも思った蒼だったが、幼女ではきっと受け入れてくれないだろうとがっくりと肩を落とす。

「ふぅ……。さて、どうするかな……」

 蒼はブロンドの髪をくしゃくしゃっとかき上げると、気を取り直してピョンと跳び上がり、周りの様子を眺めてみる。

 しかし、目新しいものは何もない。しばらく草原が続いた先は森になっていて、遠くに山が見えるだけ。こんな大自然の中でどうやって生きていけばいいのだろう?

 と、その時だった。突如、空全体が不吉な暗雲に飲み込まれ、青空は一瞬にして消え失せる。その雲は不気味にうねり、静かなる恐怖の渦を生み出していた。遠くで雷が怒り狂うように轟き、その音はまるで天空が裂けるかのような鋭さを帯びている。

 蒼は不安に駆られながら眉をひそめ、暗雲をじっと見つめた。やがて暗雲にレーザー光線のような激しく輝く赤い点が浮かび上がると、ぐるっと円を描きながら大空を一周していく。

 大空に浮かび上がる巨大な真紅に輝く円、その神秘的な光は暗雲を不気味に照らし、異界の扉を開くかのような圧倒的な存在感を放った。

「な、なんだ、あれは……?」

 蒼は予期せぬ恐れに顔を歪めながら、ゆっくりと後ずさる。

 妖しく輝く巨大な円の中心にはルビーのように輝く六芒星が浮かび上がってくる。そして周囲には謎めいたルーン文字が一つ一つ刻まれ始めた。

「魔法陣だ!」

 迫りくる恐ろしい現実に、蒼の頬を冷汗が伝った。やはり魔王を殺してはならなかったのだ。その名を不用意に唱えたことの代償の大きさに、蒼は真っ青になる。

 に、逃げなきゃ……。

 ガクガクと震えるひざを無理に動かし、逃げようとする蒼。

 突如、天と地を焦がすような鮮烈な赤い閃光が辺りを覆いつくし、雷鳴が大地を揺るがし、大爆発を起こした。

 刹那、激しい爆発の衝撃波に飲み込まれた蒼は、風に吹かれる葉のように宙に舞い、草原に真っ逆さまに落ちて転がされる。

 ぐはぁ!

 幸いにもフワフワとした草が彼の落下を優しく受け止めたが、目が回ってうまく立ち上がれない。

 蒼の唇からは、痛みと驚きにまみれたうめき声が漏れる。

「な、何だってんだよ……」

 蒼はよろめきながらもなんとか体を起こした。

 すると、耳を打つドヤドヤという音――――。

 な、なんだ……?

 地響きとともに、大勢の重い足音が近づいてくる。彼らは粗野な咆哮と共に、危険な気配を運んできた。

 慌てふためく蒼が草の隙間から様子をうかがうと、そこには想像を絶する異形の魔物たちの軍団が出現していた。漆黒の翼を広げた端麗な男が率いる中、山羊の顔を持つ悪魔や、リザードマン、そして頭巾を被った骸骨のような幹部たちが陣を成している。さらに、その後方では赤い目を煌めかせる巨大な熊や狼の魔物たちが草原を埋め尽くしながらその凶暴な気配を放っていた。これはまさに魔王軍の一大軍勢が転移してきたのだろう。

 辺りは魔物たちの放つ紫色のすすのような微粒子が立ち上り、生命力を奪い去るかのような不穏なオーラが充満していた。

 あわわわわ……。

 蒼は魔王軍の放つ圧倒的な魔気に当てられて、思わずペタリとへたり込んでしまった。目の前に広がるのは、闇を宿したまさに死を象徴する魔物たちの軍団。なぜ今こんな軍隊がここに現れたか? と言えば魔王を倒した自分を探しに来たに違いない。一体どうやってバレたのかは分からないが、一刻も早く逃げねばならなかった。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい……。

 蒼は慎重に後ろを振り返ると、草の群れに紛れながらそっと這い進み、忍び足で逃げ出す。

 しかし、逃げようとする方向から無慈悲な声が響く。

「そこな小娘、どこへ行く?」

 ひっ!?

 その言葉は冷徹に空間を切り裂き、蒼はその衝撃に身を震わせた。

 そーっと顔を上げると、目の前にはまさに異世界と言うべき美しい顔立ちの男が立っていた。突如として行く手をふさいだ彼は、鋭い角を頭から生やし、漆黒の巨大な翼をゆっくりと動かしながら、炎のように揺らめく真紅の瞳で蒼を静かに見つめている。そこには一瞥いちべつだけで周囲の空気が凍りつくような圧倒的なオーラが感じられた。

「ひぃぃぃ! お、お家に帰らないとママが……」

 蒼は恐怖でおしっこを漏らしそうになるのを必死に我慢し、出まかせを言った。家も無ければ母親は日本である。それは平凡な男子高校生にしては良くできたファインプレーだった。

「ママ……? それよりここで怪しい者を見なかったか? きっと魔導士のたぐいだと思うが……?」

 イケメンは体中から青色に煌めく微粒子をふわぁと噴き上げながら、蒼の顔をのぞきこむ。その冷徹な仮面の後ろで、終わりなき憎悪が暗く渦を巻いているのが感じられた。

「ま、魔導士? あたちよく分からない……わ」

 ブンブンと首を振り、必死に無能な幼女を装う蒼の演技は、はた目にはうまくいっているように見えた。

 イケメンは美しい切れ長の目で蒼を見つめ、小首をかしげながら、蒼の隠された真実をじっとりと探っていく。その真紅の瞳には、見た者の命を分解してしまうようなすさまじい魔力を感じる。

 や、やばい、殺される……。

 蒼は絶望的な表情を浮かべながら後ずさりした。レベル100の身体能力があったとしてもこんな上級魔族の前では無力であることを、彼の魂がひしひしと感じていた。

 イケメンは指先でツーっと空間を切り裂き、突如現れた巨大な大鎌を無言で振り上げる。その優雅な鎌さばきには優雅さすら感じられた。

「……。まぁいい。死んでおけ」

 いたいけな幼女を問答無用で殺そうとするイケメン。さすが上級魔族である。しかし、転生早々殺されるわけにもいかない。

「ダメDeathデス!」

 蒼は目をギュッとつぶると、両手をイケメンの方に向け叫ぶ。

 刹那、イケメンは神秘的な紫色の光に瞬時に飲み込まれ、次の瞬間、彼は無情な運命に導かれるように静かに美しく地に崩れ落ちた。

 蒼は半ば無意識に即死スキルを使ったのだった。

 そのあってはならない光景にあぜんとし、静まり返る魔王軍。

 このイケメンは魔王軍四天王の一角を担う最強の悪魔、ルシファーだった。彼の美しさは夜空の星々のように輝き、その力は天をも裂く。戦場では彼の名前だけで敵を震え上がらせたが、今、彼は予期せぬ敵、あどけない幼女によって打ち倒された。

 ルシファーは、一陣の風のようにすうっと静かに消え去り、彼の後には、幻想的な輝きを放つアメジストのような魔石がポトリと落ちて転がった。その石の転がる様は、草原に響き渡る魔王軍の絶叫を巻き起こす。

 恐怖と暴力の象徴、ルシファーがあっさりと幼女にほうむられた。それはまるで神話や伝説が崩壊したかのような衝撃を魔王軍に与えた。

3. 殺戮王の幼女

「ル、ルシファー様ぁぁ!」「あぁぁぁ! あいつだ! 殺せぇぇぇ!!」「全軍! 総攻撃!!」「うぉぉぉぉ!!」

 大地を震わせる数千もの魔物たちの怒声は、まるで雷鳴のように草原を揺るがし、その凄まじい重低音が蒼の腹に響く。無数の憎悪に満ちた瞳が蒼に向けられ、稲妻のように輝き、彼らの殺気は凍りつくようだった。

 ヤギ頭の魔人が槍を振りながら咆哮と共に突進してくる。フードを被ったドクロは力強い声で呪文を唱え、その言葉に応えるかのように、空中に黄金色の魔法陣が輝き始め、周囲を明るく照らし出した。

 ありとあらゆる攻撃があどけない幼女に向けて繰り出される。

 その圧倒的な殺意の波に飲み込まれそうになりながら、顔面蒼白の蒼は魔王軍の方に向かって両手を向けて叫ぶ。

「ひぃぃぃ! 恐いDeathデス!」

 直後、魔王軍全体が紫色の閃光に覆われる。

 ドサッ、ドサドサッ……。

 次々と魔物たちが倒れる音が草原に響き渡っていく……。

 やがて訪れる静寂――――。

 へ……?

 蒼はそっと目を開け、目の前の光景に息を呑んだ。数千はいた魔王軍の軍勢は全て地面に倒れ伏せ、草原は死体で覆い尽くされていたのだ。

 ピロローン! ピロローン! ピロローン! ピロローン! 

 頭の中に鳴り響く電子音、そして空中に次々と湧いてくる画面。

『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』

 こ、これは……。

 蒼は呆然と立ち尽くす。

 轟音が響き渡っていた草原は、いまや静寂に包まれた死の大地へと変わってしまった。ただ一言、「Deathデス」と言っただけで、あの屈強な魔王軍をせん滅できてしまったのだ。

『信じがたい功績!:5438もの敵を一度に殺しました。称号【殺戮王】を獲得しました。』

 蒼はまた新たな称号を獲得してしまったことに頭を抱える。正当防衛とは言え、こんな大量殺戮など望んでいないのだ。

 殺すつもりも無いのにどんどん殺してしまう現実に心がついて行かず、蒼は膝から崩れ落ちた。これは何かの罰ゲームなのか?

 やがて倒れた魔物たちは次々と消えていき、後には美しく輝く大きな宝石のような魔石が残されていった。魔物は倒すと消えて魔石になるようだった。

 はふぅ……。

 魔王軍によって踏み荒らされた草原には無数の魔石が散乱し、美しく輝いている。それはまるで宝石がちりばめられた大地のように美しかったが、蒼には殺されてしまった者の無念の輝きに思えて首を振り、思わずため息をついた。

 しばらくうつむいていた蒼だったが、いつまでもここにはいられない。この大量殺戮さつりくを検知して第二陣が来てしまうかもしれないのだ。

 どっこいしょ……。

 蒼はゆっくりと立ち上がる。

 その時、かすかに草の擦れ合う音が聞こえた。

 ん……?

 草原を渡る風がビュゥと吹いて草を揺らすと、何やらピンク色のものが一瞬見えた。

 蒼は眉をひそめ、ジッと草むらを見つめていると、カサカサカサと草を怪しく揺らしながらピンク色が逃げていく。

「おい! 動くな! 出てこい!」

 蒼は叫んだ。どうやら生き残りがいたらしい。このまま逃がすと大変なことになる。

「ひ、ひぃぃぃ! い、命ばかりはお助けをぉぉぉ!」

 草むらから飛び出したピンクの髪の悪魔が、蒼に手を合わせながら涙声で叫ぶ。それは二本の角を生やした若い女の悪魔だった。背中からはコウモリのような黒い羽根を生やし、胸を強調した赤いボディスーツを着ている。悪魔は腰が抜けたようにへたり込み、蒼に恐怖を感じてガタガタと震えていた。

 魔王軍の魔物たちとは離れた位置に潜んでいたので、即死スキルのターゲットからは外れていたのだろう。可哀想ではあるが、目撃者を生かしておいてはマズい。

「ごめんな」

 蒼は憐れむような表情を見せがら彼女に右手を伸ばす。

「ひぃぃぃ! 待って! 待ってください! 私、奴隷になります! あなた様の言うこと、何でも聞きます。だから殺さないでぇぇぇ!」

 悪魔は手をワタワタと振りながら必死に叫んだ。

「奴隷……?」

 蒼は首をかしげる。そんなやり方があるなんて日本人だった自分には想像もつかなかったのだ。

 自分はこの世界のことを何も知らない。何でも言うことを聞いてくれる奴隷がいるのであればそれは確かに役に立ちそうだ。

「そうです、奴隷の契約をすれば私はあなた様のことを裏切れません。必ずやお役に立ちます!」

 泣いて懇願する彼女をしばらく見つめる蒼。澄み通る赤い瞳に透き通るような白い肌。かなりの美形だったし、胸も大きく、自分が男だったら……と、つい思ってしまう。

「ふぅん、じゃあ試しにやってみてよ。変な事しようとしたらすぐに殺すからね?」

 蒼はプニプニの可愛い腕を組み、碧い瞳で悪魔をにらんだ。

「や、やたっ! ありがとうございますぅ。変な事なんてしませんよ。私、こう見えても真面目な悪魔なんですぅ」

 悪魔はパァッと明るい笑顔で飛び起きると、嬉しそうにピョンと跳ぶ。

 真面目な悪魔とは何とも奇妙な存在だが、蒼はその嬉しそうな姿にどこか救われる思いがした。殺さずに済むならば、それは自分にとっても救いの光かもしれない。

「では、契約を始めますねっ!」

 悪魔はナイフを取り出すと自分の手の甲に刃を突き立て、シュッシュッと斬り始めた。

4. 小悪魔の笑み

「お、おい、それは……?」

 躊躇なく自分の手を刃で刻む女の子に蒼は圧倒される。

 すると悪魔は蒼の前にすっと手を差し出す。その甲には六芒星型の傷が刻まれ、血が滲んでいた。

「では、主様ぬしさまはこの星の真ん中に血を一滴お願いします」

 悪魔は小首を傾け、その愛らしい顔に無邪気な笑みを浮かべる。

「血!?」

「一滴でいいんですって、ほら、早くぅ」

 悪魔は小刀の柄を蒼に差し出した。

 蒼は渋い顔で受け取ると薬指の腹に刃を突き立てる。

 つぅ……。

 プクッと膨らんできた血の球を、蒼は顔を歪めながら六芒星の真ん中に擦りつける――――。

 その瞬間、ビュウと一陣の風が吹き抜け、二人はほのかな黄金色の輝きに包まれた。

 うわぁ!

 驚く蒼の前にピロロン! という電子音と共に青い画面が開く。

『ムーシュを奴隷にしますか? Yes/No』

 どうやらこの悪魔はムーシュと言うらしい。

 蒼はチラッとムーシュを見上げた。彼女の美しい顔は喜びに満ちた笑顔で輝いているが、彼女の頭には危険を予感させる鮮やかな赤いツノが二本、誇らしげにそびえ立っている。

『この悪魔と仲良くやっていく……? 大丈夫かなぁ……?』

 蒼はとまどったが、たとえ悪魔であっても、このめちゃくちゃな状況に寄り添ってくれる存在が欲しいのは確かだった。そんな切実な思いに駆られ、「Yes」という言葉に指を合わせる蒼。

 ふぅ……。

 蒼は深く息を吐き出す。そして、勇気を振り絞り、「Yes」に指を押し込んだ瞬間、六芒星が眩い光を放った。同時に扉を閉ざすようなガチャリという重厚な音が、蒼の運命を神秘的な力によって導くかのように鳴り響く。

「きゃははは! やったぁ! 主様ぬしさまよろしくねっ!」

 ムーシュはガバっと蒼を抱き上げると、喜びを隠せない様子でそのプニプニのほっぺたに頬ずりをした。

「うぉっ! ちょ、ちょっと!」

 すると、ムーシュは蒼の胸に顔をうずめ、そのほのかなミルクを感じさせる優しい香りを深く吸い込んだ。

「うぅーん、美味しそうな匂い……」

 うっとりとした顔で幸福感に包まれながら、蒼の匂いを堪能するムーシュ。

「お、おい! 僕は食べ物じゃないぞ!」

 蒼は慌ててムーシュの角をつかんで引きはがそうとする。

「もうちょっと、もうちょっとだけぇ……」

 ムーシュは恍惚とした表情でスリスリと蒼の胸に頬ずりした。

「もう! なんなんだよぉ!」

 ムーシュの執念に負け、ふぅとため息をつくと、しばらく蒼はその身をムーシュに預けた。

       ◇

 ムーシュは蒼の匂いを吸い込みながら、ついに勝ち組になった喜びに打ち震えていた。

 魔王を倒し、ルシファーを倒し、魔王軍を瞬殺した幼女はもはや地上最強である。その仲間となればある意味【世界のナンバー2】である。世界最強に連なる者として、その権勢は計り知れない。

 ムーシュは今までルシファーの秘書として甲斐甲斐しく働いてきたものの、戦闘力がある訳でもない彼女の評価は低く、あまり役に立たないダメ悪魔ポジションで悔しい思いをしてきたのだ。

 わがままなルシファーの雑用を一手に引き受け、愚痴の相手となったりそれなりに貢献しているつもりだったが、力が正義の魔王軍においては階級は低く、給料も安い。色仕掛けで取り入ろうにもルシファーはゲイであり、攻略は無理だった。

 同期がどんどん出世していく中で、いつまでもひら事務員だったムーシュの人生計画は行き詰まっていた。そんな絶望の中でいきなり現れたとんでもない希望、それが蒼である。

 蒼をうまく使って世界征服をすれば、もう誰にも自分を『ダメ悪魔』などと呼ばせない。いままで偉そうにしてきた連中は皆自分の前にかしずくのだ。

 くふふふ……。

 その光景を思い浮かべるだけで、ムーシュはこみあげてくる笑いを止められなかった。

       ◇

「では、主様、魔王城に行きましょう!」

 ムーシュは嬉しそうにキラキラと真紅の瞳を輝かせる。

「は!? なんで魔王城なんだよ?」

 いきなりの提案に困惑する蒼。

「え? だって、主様が魔王倒したんだから次期魔王はご主人様ですよ?」

 ムーシュは不思議そうに首をかしげた。

「いやいやいや! 僕は人間、魔王なんてやらないよ!」

 蒼はムーシュのとんでもない発想に仰天して声を荒げた。確かに魔王になれば呪いを解く手がかりを得やすそうではあったが、即死しか使えない人間の幼女が偉そうに新魔王だと宣言しても、すぐさま暗殺されてしまうだろう。

「あ、じゃあ人間界を制覇するんですね! じゃあ国王ぶっ殺しましょーー!」

 ムーシュはノリノリで右手を突き上げた。

「ちょ、ちょっとまって! なんで君は頂点を狙いたがるの?」

「だって、主様世界最強ですよね?」

 ムーシュは真紅の瞳を嬉しそうに輝かせながら蒼の顔をのぞきこむ。この世界は力が正義。世界最強の蒼は世界の頂点に君臨すべきだとムーシュは当たり前のように考えていた。

「いや、まあ、そうだけど、強いからってテッペン狙わなくてもいいの!」

「えーー……」

 ムーシュはつまらなそうに口を尖らせた。

 このままでは一生幼女の子守で終わってしまう。世界のナンバー2の野望が潰える事態にムーシュは困惑した。

 なんとか蒼に野心を持たせねばならない……。

 ムーシュはギリッと奥歯を鳴らし、思案を巡らせた――――。

 よく考えれば世界最強の存在など周りが放っておかないに違いない。否が応でも荒波にもまれたらテッペンを目指さざるを得ない。いや、自分がそこへ誘導すればいいではないか。ムーシュはポンと手を打つと、嬉しそうに蒼を抱き上げる。

「あたしは主様の忠実なしもべ。何でもお申し付けください」

 ニヤリと小悪魔の笑みを浮かべたムーシュは、蒼のプニプニのほっぺたに頬ずりをした。

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