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【金こそパワー】ITスキルで異世界にベンチャー起業して、金貨の力で魔王を撃破! 40~49
40. 絶対の禁忌
「知っとるのか?」
公爵はいぶかしげにアントニオの顔をのぞきこむ。
「始末しそこなった……。ジェラルドの奴にもう一歩のところで止められてしまったのだ。あの時構わずに斬り捨てておけばよかった……」
アントニオは忌々しそうにそう言うと、頭を抱えた。
「お、恐れながら何か手はあるのでしょうか? うちも傘下の企業からの突き上げにあっておりましてですね……」
侯爵が恐る恐る質問する。
子爵以下多くの参加者は核心を突いた質問に息をのみ、じっとアントニオを見つめた。この追い詰められた苦しい現状も、希望が持てる策があればまた変わってくるのだ。
「策ぅ? 我が陣営は軍部を傘下に置いている。武力に訴えれば圧勝だ!」
アントニオは握りしめたこぶしをグッとつきだし、吠える。
静まり返る会議室――――。
出席者たちは渋い表情でお互いの顔を見合わせる。それはもはや内戦ということであり、多くの国民が死に、勝っても諸外国や魔王軍に付け入る隙を与えてしまう悪手にしか見えなかった。
「コホン! あー、その、Orangeって会社の営業を停止させてしまえばいいんじゃないのか?」
公爵はマズい雰囲気の流れを変えようと、Orangeのビジネスに矛先を変える。
「それはフォンゲートを使用禁止にするってこと……でしょうか? すでにフォンゲートの普及率は八割、王国民を敵に回すってことになります。敵陣営も死に物狂いで反発してくるので、影響がどこまで出るか予測できないです」
事務方の若い男性が慌てて声を上げた。
「じゃあどうするんだ!? 対案を出せ!」
アントニオが喚いた。しかし、王国民と経済を握られてしまった今、アントニオ陣営には『王位継承権』と軍隊しか残っていない。
出席者たちは顔を見合わせ、重苦しい雰囲気が部屋を包んだ。
「くぅぅぅ……。嘆かわしい……」
アントニオは髪をかきむしる。早く何とかしないとジェラルド支持者が主要貴族を押さえてしまう。そうなってしまうと、王位継承順位も絶対ではなくなってしまうのだ。
「今……父上がお隠れになられたら……」
アントニオはうつむきながら禁断の一言を漏らす。
「お主! 何を言うか!」
公爵が慌てて叫ぶ。
「いや、仮の話ですよ、仮の……」
アントニオはそう答えたが、その瞳の奥には昏い情念の炎が渦巻いていた。
◇
その晩、アントニオは女を侍らせ、豪奢なラウンジのVIPルームで酒を飲んでいた。
赤や青の鮮やかな生地が織りなす華麗なドレスをまとった女性たちは、胸元を強調しながらグラスに高級ワインを注ぎ、腕にしなだれかかり、フルーツを口へと運ぶ。アントニオの気を引くための女の戦いが、大胆に繰り広げられていた。
「わぁ! 殿下の筋肉、すごぉい!」
一人の女性が優しく彼の二の腕をなでる。
「おう! これこそが王国の筋肉だ!」
アントニオは鼻の下を伸ばしながらグッと力こぶを作った。
キャー! 素敵ぃ!
女たちはチャンスとばかりに筋肉に群がる。露骨に肌を触れ合えるボーナスタイムに、みんな必死になってアントニオにしがみついた。
だが、その時だった。一人の女性のポーチからコロリとフォンゲートが転がり落ちる。
コン、カタカタ……。
床で明るく光るフォンゲート。
ひっ! ひぃぃぃ!
部屋に緊張が走った。アントニオの前にフォンゲートは絶対の禁忌なのだ。
「……。おい! どうなってんだゴラァ! 俺を馬鹿にしてんのか!?」
怒髪天を衝く勢いでその女性を蹴り上げるアントニオ。
女性はもんどりうって転がり、ローテーブルをひっくり返した。
「も、申し訳ございません……」
女性はよろよろと起き上がろうとするが、アントニオの殺意のはらんだ恐ろしいにらみに、真っ青になってガタガタと震え、うまく動けない。
アントニオは綺麗に整えられたその女性の髪の毛をむんずとつかむと、引っ張り上げ、そのままテーブルに顔を叩きつける。
ぎゃぁぁぁ!
血と共にワイングラスが飛び散って、「パリン!」というガラスが破裂する澄んだ音が、場の空気を切り裂き、壁に反響した。
キャー! ひぃぃぃ!
女の子たちは震え、凍り付く。
フォンゲートはアントニオを苦しめる憎悪の対象である。そんな物を見せられては黙っていられない。もはや彼の目には『王室侮辱罪』としか映らなかった。
「お前ら。よーく、分かった! 影では俺を嗤ってるんだろ?」
アントニオは女性たちをにらみつけると幽玄の王剣の柄を握り、力任せに引き抜く。剣から放たれるシャリーンという清らかな音が室内に響き渡り、赤く踊る刃紋が幻想的な光を放ちながら不気味に輝いた。
41. 起死回生の提案
ひぃぃぃぃ! いやぁぁぁぁ! キャァァァァ!
女の子たちは脱兎のごとく一斉に逃げ出した。
「ゴラァ! 待ちやがれぃ……」
アントニオは王剣を振り回し、追いかけようとする。一人くらい血祭りにあげねば気がすまないのだ。しかし、飲みすぎて足にきており、タタッと駆けた後、よろめいて思わずテーブルに手をついてしまう。
くっ……!
VIPルームの周りからは人影がすべて消えてしまい、不気味な静けさだけが残った。
「クソどもが!」
アントニオは柔らかな丸椅子を一刀両断にしてふぅふぅと荒い息を立てる。
畜生……。
陣営は傾き、飲みに来ても楽しくない。追い詰められたアントニオは、なぜこんなになってしまっているのか理解できず、苦しそうに顔を歪めた。
コツコツコツ……。
突然足音が静かな室内に響く――――。
女の子が逃げていったドアから、美しく長い銀髪の若い男がニコニコしながら入ってきたのだ。カチッとしたフォーマルのジャケットに、ワンポイントの銀の鎖が胸のところでキラキラと光っている。
アントニオは気品漂うその見たこともない不審な男を、けげんそうに眺めた。
「おやおや殿下、王国の蒼剣ともあろう方がどうなされたのです」
男は両手を広げ、嬉しそうに笑う。
「なんだ、貴様は!?」
アントニオは男のにやけ顔が気に入らず、剣を振りかぶった。
「おや? 私を斬る? どうぞ? せーっかくいいお話を持ってきたというのに残念ですがね」
男はひるむこともなく、オーバーアクション気味に肩をすくめた。
「……、いい話? どういうことだ?」
アントニオはピクリとほほを引きつらせる。
「王国の蒼剣は次代の王国の太陽です。こんなところで燻っているなどあってはならないことだと考えております」
「……。何が言いたい?」
「私はとある偉大なるお方に使える身。私がそのお方と殿下の間を取り持ち、殿下を王国の太陽へと引き上げて差し上げようと言っておるのですよ」
男は両手を広げ、最高の笑顔を見せた。
「ほう? 俺を国王に……?」
「そりゃもう殿下のような武に長けた御仁が国王になってこそ、国は栄えるというものでしょう」
男は営業スマイルでニッコリと笑う。
「お前は良く分かってるな……。そう! ジェラルドなんかに国は治められん!」
「我々は殿下を支持し、その代わりにささやかな利便を図っていただく……。いいお話だと思いませんか?」
男の真紅の瞳がきらりと光った。
その男の堂々たる立ち振る舞いからは、平凡な人物とは異なる特別なオーラが感じられる。どこかの国の密使であるという話に、アントニオは何の疑問も持たなかった。外国の勢力とつながるのは好ましくはないが、この際なりふり構ってはいられないのだ。
「どうする……、つもりだ?」
男はニコッと笑うと、辺りを見回しながら小声で言う。
「人に聞かれては困ります。お耳を拝借……」
「手短に説明しろよ?」
アントニオがかがんで耳を貸した時だった。
男は胸のポケットから鋭利な棘をすっと取り出すと、目にも止まらぬ速さでアントニオの耳の穴に突きたてる。
ガッ!?
激痛に目を白黒させるアントニオ。
「お馬鹿さん……、くふふ……」
男は嗜虐的な笑みを浮かべながら、アントニオの頭をポンポンと叩いた。
グハァ!
アントニオは紫の光を全身にまといながら床に倒れ伏せる。
「ふふっ、これで王国も終わり……。くっくっく……、はーっ、はっはっはっ!」
男の笑い顔に突如無数の細かい亀裂が走ったかと思うと、男はボロボロと細かい欠片へと分解されていく。やがて微粒子になるとすうっと霧のように消えていった。
◇
グ、グォォォォ……。
床でのたうち回るアントニオだったが、いきなり彼のシャツの胸元が「パン!」と音を立てて弾ける。露わになったのは、不自然に膨張し、生き物のように蠢く巨大な大胸筋だった。まるで彼の体内に何かが宿り、その力で肉体を変貌させているように見える。やがて、その変化は腕や太ももへと波及し、彼の衣服を引き裂きながら、アントニオは人間離れした筋肉の塊へと変貌を遂げていった。
しばらく苦しんでいたアントニオだったが、全身の肉体改造が終わるとハァハァと荒い息をたてながらゆっくりと立ち上がる。そして、生まれ変わった自分の肉体を触って確かめ、ニヤリと笑った。
グガァァァァァ!
まるで魔物のような恐ろしい咆哮を放つアントニオ。口には大きな牙がのぞき、その瞳には禍々しい赤い炎が浮かび上がっていた。
アントニオはフンっとボディービルダーのポーズで、筋肉を美しく盛り上がらせる。そして満足げにニヤッと笑うと窓に突進し、ガラスを飛び散らせながら三階から飛び降りた。ズン! と地響きをたてながら着地したアントニオは、そのまま王宮へと駆けて行く。
グワッハッハッハー……。
深夜の街に、不気味な笑いが響き渡った。
42. 王権獲得
「で、殿下! ここは陛下の寝殿です。困ります!」
未明の王宮で警備兵が異形と化したアントニオに叫ぶ。
アントニオは何も言わず、スラリと幽玄の王剣を引き抜いた。
「で、殿下! 何をなさるのです!」
フンッ!
後ずさりながら叫ぶ警備兵を真っ二つに叩き斬るアントニオ。
ひ、ひぃぃぃ!
逃げだしたもう一人の警備兵だったが、アントニオは瞬時に追いつくと背中から一刀両断に斬り捨てた。
グハァ!
「王族に意見するなど万死に値する!」
アントニオは不機嫌そうに血のしたたる刀身をビュッと振り、血を飛ばすとそのまま国王の寝室を目指した。
豪奢なインテリアの廊下を進み、ガン! と重厚な寝室のドアを蹴破ると、アントニオはのっしのっしと中へと入っていく。それはもはや魔物の襲撃そのものだった。
「な、何者だ!」
いきなりの未明の乱入に国王は飛び起き、短刀を身構える。
「父上、そろそろ隠居されて私に王位を継ぐというのはいかがでしょうか?」
アントニオは薄暗い室内で不気味に瞳を赤く光らせながら言った。
「な、何をいきなり……。おい! 誰かここに!!」
国王は後ずさりながら叫ぶ。
「無駄ですよ。寝殿には私と陛下しかおられませぬ。くっくっく……」
「お、お前……、どうした? 正気を失っとるのか?」
国王はアントニオの異様な雰囲気に気おされる。
「正気を失う? 逆ですよ。ようやく真実に気がついたのですよ、父上……」
幽玄の王剣をギラリと光らせながら、不気味な笑みを浮かべるアントニオ。
「し、真実?」
「最初からこうすればよかったんですよ」
アントニオは王剣を大きく振りかぶった。
「待て! 王位ならくれてやる。お前が国王だ! だから剣をしま……」
国王は必死に叫んだが、アントニオは王剣を全力で国王の肩口に叩き込んだ。
フンッ!
鈍い音と共に国王は一刀両断にされ、シーツを鮮血で染めながらベッドの上に倒れ落ちる。
グフッ……。
国王は痙攣しながら盛大に血を吐き、大きく見開かれた目からは光が失われていった。
「ふっ……、ふははは!」
アントニオは楽しそうに笑いながら、国王の顔に王剣をガスッと突き立てる。その目は真紅に輝き、もはや人間とはかけ離れてしまっている。
「これで俺が国王だ! グアッハッハッハー!」
寝室には魔物のようなアントニオの不気味な笑い声が響いた。
◇
寝殿の外には執事や侍従、護衛隊の兵士などが集まり、みんな不安そうな顔でざわざわとしていた。
ガン!
アントニオは意気揚々とドアを蹴りながら寝殿の外に出てくる。
魔法のランプに照らされた、筋肉むき出しで血だらけのアントニオを見て、集まった人たちはどよめき、後ずさる。
そんな恐怖に震える人たちを睥睨したアントニオはニヤリと笑い、野太い声で叫んだ。
「賊が入った! 首謀者はジェラルド。至急捕縛せよ!」
「へ、陛下は無事なのですか?」
護衛隊長は恐る恐るアントニオに切り出す。
「陛下はお隠れになられた。よって王位継承順位一位の俺が緊急に王権を獲得した。これからは国王と呼べ!」
ひ、ひぃぃ……。あ、あぁぁ……。
侍従たちは悲痛な声を上げ、泣き崩れた。
「お、恐れながら現場検証を進めたいのですが……」
明らかに異常な未明の襲撃に、護衛隊長はアントニオに進言する。
直後、アントニオの王剣がシュン! と風を切り、護衛隊長を一刀両断に切り裂いた。
キャァァァァ! うわぁぁぁ!
パニックになる一同。
「我は国王ぞ! 国王が『ジェラルドが犯人だ』と断定している。これ以上の捜査は不要! 直ちにジェラルドを捕縛せよ!!」
アントニオは王剣を高々と掲げ、叫ぶ。
もはや誰も何も言えない。皆、慌ててその場から逃げ出していった。
◇
日が昇り、緊急招集された五千人を超える王国軍は一斉に出撃を開始する。
「敵はOrangeパークにあり! 者ども、続けぃ!!」
王国一の名馬にまたがったアントニオは王剣を高々と掲げながら叫んだ。
兵士たちは、アントニオの目に光る怪しい赤い輝きに釈然としない思いを抱えながらも、命令に背くわけにもいかず、粛々と進軍をつづける。
石畳に刻まれる軍の足音は、まるで雷鳴のように市民の心を震わせ、街の空気は緊張で凍りついた。国王の突然の死と勃発した内戦のニュースは、SNSを介して瞬く間に拡散していく。市民たちは固く閉ざしたドアの向こうで恐怖に震えながら、SNS上で滝のように流れていく投稿を固唾を飲んで見守った。
43. 金貨こそパワー
「者ども、止まれぃ!」
Orangeパークの巨大なビル前の広場にやってきたアントニオは、いつの間にかできていたビルを囲む高い石の壁をにらみ、忌々しそうに声をあげた。
ジェラルド陣営側もこうなることを予見して布石を打っていたということだろう。
整列させられた歩兵たちの荒い息遣いが広場に響いた。
「やぁやぁ皆さん、朝早くからご苦労さん!」
ジェラルドの声が広場に響き渡る。
見上げればOrangeパークビルの中ほどに設けられた巨大スクリーンの中で、ジェラルドがにこやかに笑っていた。
「貴様! 父上殺害の重大犯罪人がいけしゃあしゃあと何を言っておるか!」
アントニオは剣をスクリーンに向け、吠えた。
「私は昨晩は自分の寝殿におりました。では、ここで父上が殺害された時の監視カメラの映像を見てみましょう」
大画面に映し出されたのは寝殿の入り口で警備兵が警備しているシーンだった。
「今朝の未明四時二十三分の映像です。この時点では何の異状も見られませんね。ところが、見て下さい。一人の大男がやってきました……。あっ! いきなり惨殺!」
おぉぉぉぉ……。
兵士たちに動揺が走る。
「今のシーン拡大しますよ。見て下さい、どこかで見た事ありませんか? この大男? あれぇ? アントニオじゃないですかぁ! この直後父上は殺された。誰がやったかだなんて子供でも分かりますよね?」
「な、なんだこの映像は! こんなのは知らん! 捏造、そう、捏造だ!!」
「これは王宮警備システムで撮影、管理しているものであって、王宮でそのまま見ることができます。我々はもらっただけですよ? くふふふ……」
ざわつく兵士たち。もし、これが本当であれば、アントニオは国王殺しの重犯罪人。そうであれば、その指示に従って攻めた自分たちには正義はないのだ。
「ふん! 誰が殺したかなど関係ない! 要は強いものが統べるのだ! 尋常に勝負しろ!!」
アントニオは意に介さず剣を高々と掲げ、吠えた。自分には五千人の王国最大の武力がある。どんな無理難題でも最後は武力で解決してしまえばいいと考えていたのだ。勝てば官軍負ければ賊軍、それが世の常なのである。
「僕は武力はからっきしなんでね。ここからはグレイピース男爵が相手になろう」
ジェラルドは肩をすくめるとカメラをタケルに切り替えた。
「皆さんこんにちは。Orange代表取締役のグレイピースです」
タケルはスーツ姿でニッコリと笑いながら挨拶をする。
攻め込んできた相手に笑顔で挨拶するこの若い男は一体何をするつもりなのか、五千人の兵士たちは首を傾げた。
「皆さん、Orangeでは皆さんのような人材を募集しています。月給は金貨にして十枚、どうです? いい仕事だと思いませんか?」
なんとタケルは嬉しそうにリクルーティングを始めたのだ。
「えっ? 十枚?」「こ、これは……」「ど、どうする……?」
タケルに兵士たちはざわついた。兵士たちの給料は金貨2~3枚。いきなり五倍を提示されては穏やかではいられない。
「何を言っている! お前の会社は今日、この世から消えるんだぞ!!」
アントニオは顔を真っ赤にして吠えた。これから血で血を洗う戦闘だというのに、給料の話を始めるタケルは騎士道に反する卑怯者にしか映らなかった。
「検討手付金をまずはお支払いしますね」
タケルがそう言うと、バシュッ! と衝撃音がして、キラキラ光る粒が一斉に空を覆いつくした。
「な、なんだ!?」「こ、攻撃してきたぞ!」「いや、違う……こ、これは……」
「金貨だ!」「金貨だ!」「金貨だ!」「金貨だ!」「金貨だ!」
空を覆いつくさんばかりに振りまかれた黄金色にキラキラと輝く膨大な量の金貨。兵士はもはや軍規などどうだってよくなっていた。先を争うように降ってくる金貨をつかみ、散らばった金貨を先を争うように拾い集める。
「なんだ! お前ら! 何をやってる! 隊列を乱すな!!」
アントニオは吠えたが、目の前に降り注ぐ金貨を見て正気を保てるものなどいない。将校ですら馬を降り、金貨を集め始めてしまっている。
「入社希望者はアークスカイ・モールのフードコートにてスタッフから申込書を受け取ってください。わが社は公明正大でクリーンな社風、パワハラもないやりがいのあるお仕事をご提供しています。皆さまのご応募をお待ちしております」
タケルはニッコリと笑いながらモールの方を指さした。
兵士たちは一瞬、周りの人たちと顔を合わせたが、一人、また一人とモールの方へ走りだすとやがて大挙してモールの方へ移動し始めた。
「貴様らぁ! 敵前逃亡は死刑だぞ!!」
アントニオは怒って剣を振り回すがもはや誰も聞くものはいない。まさに『金こそパワー』、タケルは武器の代わりに膨大な金貨を使って国王軍を壊滅させたのだった。
44. ゴレム君一号
「こ、この野郎! 男らしく正々堂々勝負しやがれ!」
金貨であっという間に形勢を逆転させたタケルにアントニオの怒りは爆発する。
「はっはっは。そう言われても武力では勝ち目はありませんからね。とは言え、お相手しないのも納得しないでしょう。ゴレム君一号カモーン!」
広場に魔石がコロコロッと転がって、その周りに黄色い大きな魔法陣が広がった。
「な、なんだ……、これは……」
魔法陣の中の幾何学模様がクルクル回り、ルーン文字が躍った。直後、魔法陣がまぶしい閃光を放つと、中心部から何かが召喚されてきた。
「こちら、現在研究中のゴーレムです。お手合わせをお願いします」
岩で作られた身長二メートルくらいのゴーレムは胸を張り、グォォォォ! と雄たけびを上げる。
「はっ! この程度で俺を止められると思ったか!」
アントニオは剣を握り締めて筋肉をパンプアップさせるとウォォォォ! と吠えた。直後、王剣は真紅に輝き、まるで炎のような魔力がブワッと立ち上る。
「死ねぃ!」
アントニオは俊足でゴーレムに迫ると剣を一気に振り下ろした。
ズガーン! という重機が放つような重低音が響き渡り、ゴーレムは粉々に砕け散った。
「おぉ! これは凄い。もはや人間技ではないですね」
パチパチパチとタケルは拍手をする。
「どうだ? 俺一人でもお前らを破滅させてやる!」
アントニオは肩で息をしながら、剣で大画面内のタケルを指した。
「休む暇はないですよ、それではゴレム君二号カモーン!」
さっきより一回り大きな魔石が広場にコロリと転がり、ヴゥンと魔法陣が展開される。
「な、なんだと……。貴様、まだやるのか?」
召喚されて出てきたのは一回り大きなゴーレム、身長は二メートル半はあるだろうか。
「少し大きくなったからと言って結果は変わらん!」
アントニオは再度剣を輝かせてゴーレムに突進する。しかし、今度は一撃とはいかなかった。ゴーレムは長い腕をブンと振り回し、剣をはじく。
「くっ、小癪な!」
二の太刀で何とかゴーレムを粉砕したアントニオだったが、振り向くと身長三メートルはあろうかというゴーレムが待ち構えていた。
「おい……、これは何だ?」
アントニオは険しい目をしてタケルをにらむ。
「ゴレム君三号ですよ? ちなみに今日は一万号までご用意しておりますので、存分に戦ってくださいね。なるべくデータを取りたいので本気でお願いします」
タケルはノートを取り出すと、何かをメモり始めた。
「き、貴様ァ!」
アントニオは怒ったが、突っ込んでくるゴーレムをかわすのに必死にならざるを得なかった。
ブンブンと振り回すゴーレムの攻撃は単調ではあったが、パワーは魔物の中でも最強レベル、当たったら一撃で肉も骨も砕けてしまう。アントニオは必死に攻撃をかいくぐって剣をあて、ゴーレムを打ち倒した。
しかし、振り返ればさらに大きくなったゴーレムが数体、赤い目を輝かせながらアントニオを狙っていた。
「金貨に魔物……、何モンだ貴様はぁぁぁ!」
アントニオは絶望のうちに首を振り、その場に崩れ落ちた。彼を燃え立たせていた野望が、タケルの奇想天外な策によって粉々に砕け散る。
ここに、アントニオの夢は灰となって散ったのだった。
◇
捕縛されたアントニオの頭部からはバーサーカーモードを誘発する魔道具が発見され、その魔道具の解析から魔王軍の関与が示唆された。
そのため、国王は事故による死亡、アントニオは魔王軍に操られた罪で廃嫡、蟄居閉門処分として、軟禁状態になる。
そして、新国王にはジェラルドが就任。国を割る後継者争いはここにジェラルド陣営の大勝利で終わることとなった。
今回の立役者だったタケルは伯爵に昇進し、自分の領地も持てるようになる。タケルは暗黒の森に接する領土【ダスクブリンク】を希望し、周りを慌てさせたが、誰かが魔王を倒さない限り人類はじり貧なのだ。特に今回、魔王軍の脅威を身近に感じたタケルとしては、そろそろ本格的に行動を起こす時期に来ていた。
いよいよここに運命の魔王軍との戦いが始まる――――。
45. 人類の逆襲
「本当に……ダスクブリンクで良かったの?」
引っ越しの準備を手伝いながら、クレアは眉をひそめ、心配そうにタケルに聞く。
「ははは、クレアまでそんなこと聞くのか。あそこはいろいろ都合がいいんだよ」
「いや、でも、領土の多くがすでに魔物の侵攻で廃村になってしまってるのよ?」
「失われたものは取り返せばいい。僕らにはそのための金も力もある。それにダスクブリンクなら諸外国とも近いから世界の貿易を考えるなら好適なんだよ」
タケルは自信たっぷりに言うが、ワイバーンとの一戦で魔物の恐ろしさを肌身に感じていたクレアは口をとがらせ、うつむく。
「タケルさんは本気で魔王軍と戦うつもりなのね……」
「今、世界で一番強いのはわが社だからね。四千人の元王国兵、最新魔導兵器、膨大な量の魔石にお金。うちがやらなきゃいけない仕事なんだよ。この大陸から魔物の脅威を取り除かないと」
「でも……、魔人たちの標的にされるわ」
アントニオがやられたように、魔人は神出鬼没でいやらしい手を使ってくる。タケルも同じようにやられてしまったらと思うと、クレアには恐ろしくてたまらなかったのだ。
「いや、もう標的になってるって。これはもう避けられない戦いなんだ。クレアも手伝ってくれないか?」
タケルはニコッとクレアに笑いかけた。
「も、もちろん手伝うわよ! でも……、安全第一でお願いね」
「もちろんだよ! 一人も死者を出すことなく完勝する。お金とITのパワーでね!」
タケルはニッコリと笑ったが、クレアは胸騒ぎが止まらず、胸を手で押さえると不安そうにため息をこぼした。
◇
ダスクブリンクまでネヴィアに空間を繋げてもらったタケルは、ベキベキっと両手で空間を裂いて首を出す。
そこには、さんさんと降り注ぐ陽の光に庭木が輝き、古びた洋館がそびえていた。
「おぉ、ここが……。ヨイショっと」
タケルは地面に降り立ち、洋館を見上げる。石造り三階建てのしっかりとした建物は随所に彫刻が施され、豪奢なつくりではあったが、あちこち欠けたままで、白かったであろう柱も薄汚れ、往年の輝きは失われていた。
「手入れすれば見栄えはするかも……?」
「昔は栄えとった街の領館じゃからな。我もよく遊びに来とったが……、今じゃ見る影もない」
ネヴィアは少し寂しそうに肩をすくめる。
魔物たちの侵攻を受け、この街より暗黒の森側の領土は全て打ち捨てられ、この街が最終防衛ラインとなってしまっていたのだ。当然市民たちはどんどん逃げ出し、人口も激減して繁華街もシャッター通りと化してしまっている。
白髪の男性がタケルを見つけ飛び出してきた。
「おぉ、これは、グレイピース伯爵! お待ちしておりました」
それは事務方のトップの長官だった。長官はうやうやしく胸に手を当て頭を下げる。事務方たち五、六人も後に続いて頭を下げる。
タケルは長官の手を取り、握手をしながらニッコリとほほ笑んだ。
「わざわざ出迎えご苦労。早速だが状況を説明してくれ」
「は、はい……。お聞きおよびのことかと思いますが、当地は現在魔王軍側の攻勢を受けておりまして……。どうやって防衛を実現していくかが……」
「防衛なんてしないよ」
タケルはニヤッと笑った。
「ぼ、防衛しないって、そ、それは……?」
長官は真っ青になってうろたえた。
「攻撃は最大の防御。奴らを打ち滅ぼすんだ」
「は……?」
長官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。強大な魔王軍を押し返せるような経済力などこの街にはもう残っていないのだ。
「心配しなくていい。我が社の軍事力は世界一。魔物など全て焼き払ってやる!」
タケルはニコニコしながら不安げな長官の肩をパンパンと叩く。
「は、はぁ……」
タケルのITビジネスのことは聞いていたが、軍事など無関係だと思っていた長官は、釈然としない様子で小首を傾げた。
◇
「ヨシ! ここにしよう!」
打ち捨てられた元麦畑の小高い丘陵へ登ったタケルは、雑草の茂る草原を見渡し、大きく手を広げた。
「こんな所に何を作るんじゃ?」
ネヴィアは不思議そうに辺りを見回したが、雑草が広がるばかりで首をひねる。
「基地を作るんだよ。ついでにOrangeの本社もね」
「こんな所にか?」
「そう。ここには本社ビル、あそこには兵舎。あっちには倉庫。そして、道をこうググッと引いて、このまま真っ直ぐ王都まで。それでここから南の国々や東の国々への道も引く。ここは貿易の要衝となるのさ!」
タケルの瞳には、揺るぎない意志と未来への渇望が輝いていた。魔王軍が目前のこの土地こそが、まさに人類の逆襲が始まる希望の地になるのだ。
吹き抜ける風が美しいウェーブを作り出すのを眺めながら、タケルは決意を込めて拳を握った。
46. 働き者ゴーレム
「はぁ、まぁ、お主のうなる金注ぎ込めば、できんことはなかろうが……、人はこんな魔王軍の近くには来たがらんじゃろ?」
「だからまず魔王軍を殲滅するんだよ」
「殲滅ぅ!? マジか!?」
ネヴィアは青緑色の目を真ん丸にして驚いた。
「マジもマジ、大マジよ。アニメでも魔王は滅ぼされる運命だろ?」
「アニメと現実を一緒にすんな! ふぅ。まずはお手並み拝見じゃな」
ネヴィアは肩をすくめた。
「そしたら、ちょっと、うちの倉庫に繋げて」
「え? 何するんじゃ?」
「何って、基地を作るって言ったじゃん」
タケルは嬉しそうにパンパンとネヴィアの肩を叩く。
「今からか?」
「そうだよ。早く!」
「はぁ、人使いの荒いやつじゃ。ちゃんと金は払ってもらうからな」
ネヴィアは渋い顔をしながらツーっと指先で空間を裂いた。
◇
倉庫からガラガラとカートを引っ張ってきて草原に持ち出してきたタケルは、雑草を押し倒しながら石のプレートを並べていく。
「何をするんじゃ?」
怪訝そうなネヴィア。
「まぁ見ててよ」
タケルは六畳くらいの広さになったプレートの上に魔石を転がすと、ITスキルのウィンドウを開き、コードを起動する。
直後、プレート上に黄色い巨大な魔法陣が展開して中の幾何学模様がクルクルと回った。
「おぉ、なんじゃ、これは見事な……」
いきなり発動した大魔法にネヴィアは目を見張る。
「来いっ!」
タケルの掛け声と共に魔法陣の中央部からゴーレムの頭がせり上がってきた。
「ほはぁ、コイツに開発をやらせるって訳じゃな」
「人手じゃ無理だからね」
出てきたゴーレムは身長三メートルくらいの大きさで、黄土色のゴツゴツした岩でできており、キラキラと赤く光る小さな丸い眼がかわいらしく見える。
「君のお仕事はコイツだ」
タケルはそう言いながらデカい金属のパイプを取り出してゴーレムに持たせた。
「ここから半径一キロの雑草をこれで焼き払ってくれ」
ガウッ!
ゴーレムは嬉しそうにそう言うと、パイプを両手でガッシリと持つと雑草に向けた。
直後、ヴゥンという音がして、ゴオオォォォーー! っという噴射音と共に鮮烈な炎がパイプから激しく吹き出した。それは火魔法を応用した火炎放射器で、雑草などたちまち燃やし尽くされ灰となって宙を舞っていく。
「ウヒィ! あちちちち!」
ネヴィアは火炎放射器から発される熱線に慄いてタケルの後ろに隠れた。
「よーし、良いぞ! では二機目を……」
タケルは魔石をまたプレートの上に置いてゴーレムを呼び出した。
「マジか!? 何機呼ぶつもりじゃ!?」
「え? 二十機くらい? 足りない?」
「二十機!? はぁ、お主は規格外じゃな……」
ネヴィアは首を振り、大きくため息をついた。
◇
領館で二時間ほどコーヒーを飲みながら待っていると、タケルのフォンゲートに着信があった。
「ガウッガウッ!」
ゴーレムが何か言っている。意味は分からないが終わったということだろう。
「ハイハイ、ご苦労様。それじゃ、ネヴィアちゃん、転移よろしく!」
「お主なぁ、我はタクシーじゃ無いんじゃぞ?」
ネヴィアは面倒くさそうにそう言うと、向こうを向いてコーヒーをすする。
「つれないこと言わずにお願いしますよぉ」
タケルは華奢で白い肌のネヴィアの肩を揉んだ。
「お、良い気持ちじゃ……。もっと下……、おぉぉぉ、お主上手いな」
ネヴィアは恍惚とした表情で幸せそうに息をつく。
「ネヴィア先生、お礼を弾むから基地作り付き合ってくださいよぉ」
ネヴィアはチラッと片目を開けてタケルを見た。本来、規則では人間に力を貸してはならないのであるが、奇想天外なタケルの切り開く未来がどうなるかは、ネヴィアの好奇心をいたく刺激していた。
とはいえ、頼られすぎるのも癪なので素っ気なく返す。
「まぁできる範囲でしかやらんぞ?」
「それで結構です、先生!」
タケルはしめしめといった表情で、ネヴィアをヨイショする。
結局その日はゴーレムのパワーを活用して、建設予定地の造成まで一気に進めた。
朝までただの草原だった未開の地に現れる造成された広い土地。タケルは嬉しくなって両手を上げて叫んだ。
「ここにバーン! と本社ビルが建つんだ!」
「ほう、魔物に倒されんとええがな……」
ネヴィアは首を振り、そっけない返事をした。
「うん、まぁ、魔物は……来るかもなぁ……」
タケルもちょっとそれは気がかりだった。何しろここは魔王軍の実効支配地域との境界なのだ。
タケルは帰る前に、二十機のゴーレムに火炎放射器を装備させ、警備を任せたのだった。
47. 夢の最前線
はぁっ!?
翌朝、画面を埋め尽くしていたゴーレムからのワーニングメッセージに、タケルはつい大声を出してしまった。なんとゴーレムが半数に減っていたのだ。
慌てて壊れたゴーレムのカメラの録画映像をチェックすると、そこにはたくさんの魔物との死闘が映っていた。剣を持った小鬼に槍を振り回すリザードマン、そして巨大な赤鬼が丸太のような棍棒をゴーレムに振り下ろしている。
ゴーレムは火炎放射器で対抗し、次々と魔物を焼き殺していたが、数で押され、半数を失う結果となった。
ゴーレムは魔石を使うだけでいつでも呼び出せる召喚獣だ。魔石鉱山を持つタケルからしたら損失と言えるほどのものではない。しかし、自らの生命さえも顧みない魔物たちの猛攻は、まさに理性を失った暴動。それはタケルに肌を這うような恐怖を引き起こし、心の奥に深い震えを与えた。
タケルは熱々のコーヒーを口に運び、その苦味で不安を払おうとする。しかし、心の奥底に潜む、理屈ではない恐れ――これからの対魔王戦に潜む予測不能なリスクは、彼の脳裏からいつまでも離れなかった。
◇
タケルは基地の周りに城壁を築くことを優先しようと決め、近くに魔物がいないことを確認した上で大量の石のプレートを現地に持ち込んだ。
「タケルさん、こんな石の板でどうするんですか?」
クレアが不思議そうに尋ねる。
「ふふっ、見ててごらん」
タケルは小川の流れなどを考慮し、なるべく稜線を通るように城壁建設位置を決め、石のプレートを並べていった。穏やかな起伏の続く焼け野原に白い石のラインが描かれていく。
「なんだか綺麗ですね……」
甲斐甲斐しくタケルを手伝っていたクレアは顔を上げ、額の汗を拭きながら言った。
「とりあえずこの辺りで一度テストしよう」
タケルは青いウィンドウを開くと石のプレートに一気にコードを書き込んでいった。
ヴゥンという音が響き、プレートに次々と黄色い魔法陣が浮かび上がっていく。タケルは全てのプレートに魔法陣が起動しているのを確認すると一斉にコードを走らせた。
ゴゴゴゴゴ……。
地響きを放ちながらプレートから白い岩がモリモリと育ち始める。それはまるで地面から隠れていた壁がせり上がってくるように、あっという間に立派な城壁が出来上がっていく。
「うわぁ! すごーーい!」
その土魔法を使った鮮やかな建設方法にクレアは感激し、碧い眼をキラキラと輝かせた。
「割と上手くいったな」
タケルは高さ十五メートルはあろうかという純白の城壁をペシペシと叩くと、その重厚な質感に満足し、嬉しそうに笑った。
「こんなに簡単に出来るんですねっ!」
「簡単だけど、このプレートには魔石が練り込んであるから、普通はこんな贅沢なこと出来ないんだよ」
「えっ!? 魔石入りなんですか!?」
クレアは碧眼をキラキラと煌めかせながらタケルを見上げる。
「そうなんだよ。鉱山持ってるうちでしかできないぞ」
「ふふっ、鉱山見つけられて良かったですね」
まぶしい笑顔を見せるクレア。
「これもクレアのおかげだよ」
「そろそろご褒美くれても良いんですよ?」
クレアはいたずらっ子の笑みを浮かべた。
「あ、ご、ごめん。落ち着いたらゆっくり考えるよ」
「いいですよ? 急いでないから」
クレアはちょっとつまらなそうに口をとがらせ、プイっと向こうを向いた。
この後はゴーレムにプレートの並べ方を教えこみ、彼らに一枚ずつ並べていってもらうようにした。
こうして全長五キロに及ぶ壮大な城壁が、かつてない速さで地平線にその輪郭を描き出す。
やがて、焼けるような夕焼けが大地を赤く照らし出す中、二人は遥か彼方にぼんやりと見える城壁を眺めていた。
クレアはそっとタケルの手を取る。
「いよいよ始まるのね……」
「そうだね、ここが僕らの、人類の夢の最前線だよ」
「うまく……、行くかしら?」
クレアは不安そうな顔でタケルを見上げながら、キュッとタケルの手を握った。
「上手くいくに決まってるさ!」
赤く輝く城壁を眺めながらタケルはグッとこぶしを握る。アントニオを倒した以上、魔王軍のターゲットはもう自分なのだ。やらなければやられる。もはや賽は振られたのだ。
二人は徐々に色合いを群青色へと移りゆく景色を眺めながら、決意を新たにしていった。
48. 大陸最大の都市
次の日、いよいよ本社ビル【Orangeタワー】の建設に着手する。基本は城壁と同じで土魔法で柱と壁を生やしていき、そこに適宜床を張って、穴を開けて、窓やパイプや通路を作っていくというものだった。
「さーて、Orangeタワーはこちらに建てますよ!」
タケルは見晴らしの良い丘陵の建設予定地に立ち、両手を掲げた。
「おぉ、良いですねぇ!」
ゴーレムに真っさらに整地してもらった予定地が、クレアには夢の詰まった魔法の土地に見えた。
すでにゴーレムが白い石のプレートを敷き始めている。それは一枚が畳サイズの大きなもので。厚みも城壁の時より何倍も厚かった。
その百キロは超える重量級のプレートを、ゴーレムは設計図通りに丁寧に一枚ずつ綺麗に並べていく。それはやがて長さ百五十メートルのラインとなり、それが七メートルおきに十本描かれたアートを大地に描いた。
「縞模様……、ですか?」
柱を作るのだと思っていたクレアは壁が並ぶだけの設計に首を捻る。
「まぁ確かにこのままだと倒れちゃうかもだから……」
そう言うと、タケルは長細いプレートで縞模様の間を何箇所か繋いでいった。
「さぁて、どうなるかなぁ?」
タケルはニヤッと笑うと青いウィンドウを開き、一気に全てのプレートに魔法陣を浮かび上がらせた。その鮮やかな黄色の輝きは眩しいまでに辺りを光で包んでいく――――。
うわぁ!
思わず顔を覆うクレア。
ゴゴゴゴゴ!
城壁の時とは比較にならないすさまじい轟音と地鳴り。分厚い壁の群れが一気に大空目がけ迫り上がっていく。
「行っけー!」
タケルはこぶしを突き上げ、叫んだ。
まるで地震のように下腹部に響く地鳴りの中、クレアは手を組み、薄目を開けて心配そうにどんどん高く聳えていく光の壁の群れを見守った。
壁は五十メートルを超え、百メートルを超え、太陽を覆い隠しながら百五十メートルくらいまで育つとその成長を止め、光を失い、純白の素地をあらわにする。先端はまるでナイフで斜めに切られたように北側が尖った形に綺麗に揃えられていた。
青空に向かって屹立する純白の壁の群れ。それはこの世界では見たことのない斬新なアートそのものだった。
「うわぁ……」
クレアは言葉にならない声を漏らし、ただその美しい純白のアートに魅了された。
「よし! やった! いいぞぉ!!」
模型の段階からこだわり抜いたデザインが、実際に現実のものとなってそびえ立っている。タケルは本社ビルを目の当たりにし、何度もガッツポーズを繰り返した。
ここまでできるなら土魔法は今後、いろいろな応用が可能だろう。タケルの頭の中には兵舎や倉庫の構想が早くもどんどんと湧きだしてくる。
「ここが私たちの新しい拠点になるのね……。素敵ねぇ……」
クレアは恍惚として、その美しい青い瞳に純白のタワーを映した。
「これはまだ半分だよ、この白い壁の間には青いガラスが入るんだよ。それはアバロンさんに発注するからお願いね」
「青い……ガラス?」
「そう、白と青の縞模様になるのさ。いいだろ?」
タケルはドヤ顔でクレアを見る。何しろこのデザインに落ち着くまでにどれだけの構想が没になったか知れないのだ。
「うーん、いいかも! 素敵だわ……」
クレアはタケルのその並々ならぬ執念に脱帽し、温かい笑顔でその情熱を賞賛した。
Orangeの象徴ともいうべきビルの成功は、まさに人類の希望そのものであり、二人をこれから始まる快進撃の期待感で包み込んだ。
◇
久しぶりに領館に戻ったタケルは、真っ青になった長官に緊急の報告を受けた。
「伯爵殿、大変です! 魔王軍が奇妙な建物を建てているんです。もうここも終わりかも知れません!!」
「え? 奇妙なって?」
「見たこともない白い縞々模様のすごく高い塔がいつの間にか建ってるんです! きっと奴らは何か恐ろしいことを企てているに違いありません!」
タケルは思わず吹き出してしまう。
「はっはっは。僕、基地作るって言ってたよね?」
「き、基地は聞いておりますが……」
「その塔はうちの基地だよ」
は……?
長官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。
「あの塔は僕が建てたから安心していいよ」
「伯爵が……建てられた……?」
「あそこから魔王軍を打ち滅ぼして行くんだよ」
「う、打ち滅ぼすって……ほ、本気でございますか?」
「あそこには数万人が住むから街も潤うよ」
「す、数万人!? この街の人口は二千人ですよ?」
「良かったじゃない、賑やかになって」
タケルは長官の肩をポンポンと叩いて笑ったが、長官はぽかんと口を開けて固まってしまう。
「ほら、もっと、気楽にしてて大丈夫だって! 次の人類の時代はここダスクブリンクから始まるのさ」
「ここ……から?」
「そう、ここは大陸最大の都市になるのさ」
タケルは両手を大きく広げ、希望に満ち溢れた笑顔で長官を見た。
「大陸……最大……」
「そう、これから忙しくなるぞ!」
タケルはグッとサムアップして見せたが、長官は不安そうに眉をひそめ、首を傾げた。
49. 王国緊急会議
本社ビルは壁ができても床も配管もないのでは使い物にならない。二人は床を生やし、穴を開け、フロアを一つずつ作っていった。穴を開けるのは簡単で、土魔法のかかった黄色く光るナイフだと、まるで発泡スチロールみたいにサクサクと切っていけるのだ。このナイフを使って配管の穴やドアや窓の開口部を開けていった。
ある程度コツをつかんだら、Orangeの兵士たちに後を引き継ぎ、兵舎と倉庫も作っていく。兵舎は本社を横倒しにしたような白と青の横縞デザインの十階建てで、その先進的なデザインに兵士たちは歓喜していた。
倉庫は直径百メートルくらいのビニールハウス型で、かまぼこ状の構造物となり、長さは五百メートル、三階建てとなっている。兵器や魔石だけでなく、領地を維持する食糧や資材で一杯にする予定なのだ。
この他にも商店やレストランなどの商業施設の建物や、上下水道のインフラなどを整備して、社員や兵士とその家族数万人が十分暮らせる基地にしていった。
何しろ金ならあるのだ。街路樹を植え、おしゃれな街灯を並べ、レンガで歩道を整備する。居住エリアの至る所には花壇とベンチを配し、公園にはサッカーグラウンドも用意した。それはもはや基地の概念を超え、もはや一個の先進的な街に見える。魔王軍に相対する最前線にできた賑やかなオシャレな街は、来るもの皆を驚かせた。
◇
基地の完成を聞いたジェラルド国王は宮殿で緊急の会議を招集した。元王国兵士を鍛えて脅威に育ったタケルをもはや見逃しておけない。
「グレイピース伯爵、あの基地は何だね? 何を企んでおる?」
開口一番、ジェラルドは核心に切り込んだ。集まった貴族たちは静まり返り、タケルの反応を固唾をのんで見守った。
「何と言われましても、あそこは魔王軍の支配地域。魔王軍を打ち滅ぼすため以外の目的などありま……」
タケルはにこやかに答えていると侯爵が机を叩いて怒鳴った。
「黙れ! お題目はたくさんだ。伝え聞くところによると、新しい魔道兵器に四千人の兵士、もはや王国最大の脅威じゃないか!」
「魔王軍は強大です。相応の軍事力が無ければ負けてしまいます。私が負ければもう王国は魔王軍を止められませんよ?」
「そうかもしれんが、その矛先がワシらに向かない保証が無いじゃないか!」「そうだそうだ!」「保証をよこせ!」
集まった貴族はここぞとばかりに騒ぎ立てる。
「私は王国の貴族です。王国が健全に発展することを望むのは当たり前じゃないですか?」
タケルはウンザリしながらも努めて平静を装い、淡々と返事をした。
「ふん、どうだか? ぽっと出の貴族に伝統などないからな」
侯爵は肩をすくめる。
「お前、魔王軍を滅ぼしたらどうするのか?」
ジェラルドが切り込んでくる。
「滅ぼした後のことなど考えていません。みんなが幸せになるような形を望んでいます」
「『みんなが幸せ』じゃない、我々王国貴族が幸せにならにゃ意味がないだろ!」「そうだそうだ!」「平民を幸せにしてどうすんだ!」
侯爵たちは公然と貴族優先を言い張った。
タケルは呆れ果ててなんと返したらいいか言葉が浮かばず、ただ、首を振るばかりである。
「お前が次の魔王になるんじゃないのか?」
ジェラルドが眼光鋭くタケルを睨む。
「わ、私がですか? 私は人間ですよ?」
「魔王軍を倒せば今度はお前が世界一の軍事力を持つことになる。それは人類の脅威なんだが?」
ジェラルドは鋭い視線でタケルを射抜く。
まさに孤立無援。いろいろと咎められるだろうなとは思っていたが、ここまで集中砲火を浴びるとさすがにタケルも我慢の限界である。タケルはガバっと立ち上がると声を荒げた。
「私は人を殺しません。魔人と一緒にしないでください。そもそも私はOrangeの事業で王国を大いに発展させ、収益も皆さんにかなり還元されているはずです。それでも気に食わないのであれば領地戦でも何でも仕掛けたらいいんじゃないですかね? 受けて立ちますよ?」
タケルが机をガン! と叩く音が部屋中に響いた。
静まり返る会議室。領地戦に言及されてはそう簡単に返せない。何しろ王国貴族全員が束になってかかってもタケルに勝てるかどうか読めなかったのだ。
タケルの荒い息が静かに会議室に響き渡る――――。
『やっちゃったかも……?』
タケルは感情的になってしまったことを反省し、ギュッと目をつぶった。権謀術数飛び交う貴族社会においては感情的になったら負けなのだ。
「軽々しく『領地戦』を口にするな!」
緊迫した空気を切り裂くかのように、ジェラルドが一喝する。
「出過ぎたことを申しました……。ご容赦ください」
「伯爵は我が王国の一員。我々は伯爵を潰そうとしているわけではない。そのことをしっかりと理解して発言してくれたまえ」
「御心のままに……」
タケルはジェラルドの叱責が落としどころを用意してくれたことに頭を下げ、ふぅと大きく息をつく。
確かに貴族社会は煩わしく、この貴族支配の社会の在り方も気に食わない。しかし、対魔王軍戦をしていく上で敵を国内に作るのは避けないとならなかった。
長い舌戦の結果、軍事力の内情を開示するという条件で基地の運用は許可されることとなる。
しかし、それは問題を先送りにしただけなのだ。タケルは王国に所属している意味がなくなってしまっていることを改めて思い知らされ、会議室を後にしながら重いため息をついた。
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