スマホ少女は空を舞う~AI独裁を打ち砕くお気楽少女の叛逆記~ 2~4
2. はいチーズ!
「あぁっ! マジかよ……」
瑛士は混乱の中、頭を抱え込む。
ピン! チュィィィン……。
サイボストルは少女に反応し、無慈悲にも少女に照準を向けた。
猫のために危険をかえりみずに飛び出してしまった少女は、いまや恐るべき死の淵にあった。
瑛士は、父を失ったばかりで、その心の傷はまだ生々しい。これ以上命を失うことには耐えられそうになかった。
クソッ!
瑛士は飛び出すと、少女とは逆の方向に走りながらプラズマブラスターをサイボストルに向かって投げつけた。
「ヘイヘーイ! こっちだ」
サイボストルはプラズマブラスターに反応してピョンと跳ね、あっさりとかわすと今度は瑛士に照準を合わせる。
チュィィィンというモーターの高速回転音が不気味に廃墟に響き渡った。
クッ!
瑛士はヘッドスライディングのように、崩落して傾いた壁の裏にすっと跳び込む。直後、サイボストルの銃口が火を吹いた。
パパパパンパン!
壁の石膏ボードは砕かれ、破片が瑛士の上にバラバラと降り注ぐ。
うひぃ!
瑛士は頭を抱えてしゃがみ込むが、サイボストルは壁を全部破壊しつくして炙り出すつもりのようだった。
「チクショウ! 逃げ場所間違えた!」
このままでは殺されてしまう。次の障害物にまで逃げたいが、とても無事に行ける気がしない。
くぅぅ……。
万事休す。でもこれで少女が逃げ切れたならそれも悪くない人生だったかもしれない……。
瑛士は粉々になっていく石膏ボードの破片を浴びながら、今までの短かった人生を思い返した。
と、その時、信じられない声が響き渡る。
「きゃははは! はいチーズ!」
へっ!?
サイボストルの攻撃が止み、そっと様子をうかがうと、何と少女がサイボストルにスマホカメラを向けて笑っている。
サイボストルはシュタッと軽く跳んで銃口を少女に向けた。
「バカッ! 逃げろよ!」
瑛士は叫ぶが、少女は楽しそうにシャッターを切った。
パシャーッ!
シャッター音が廃ビル内に響き渡る――――。
刹那、スマホが黄金色の輝きに包まれると、不思議な光の腕が躍動的に飛び出し、まるで生きているかのように踊った。透明で柔らかなサイリウムを思わせる触手は、青白く神秘的な光を放ちながら、サイボストルに向かって一直線に伸び、次々にガッシリと金属ボディをつかんでいった。
サイボストルは銃を発砲するが、腕に捕まれた状態では弾が正常に飛ばず、暴発してしまう。
はぁっ!?
瑛士の目は驚愕に見開かれた。ただのスマホがシャッターを切っただけで恐るべきサイボストルを圧倒しているのだ。光を纏う力強い腕からはキラキラと輝く光の微粒子が噴き出してきて廃墟をほのかに照らし、神聖さすら感じさせる。瑛士にはそれはまさに人類を救うために現れた『神の腕』のように見えた。
光る腕に捕らわれてサイボストルは身動きが取れず、苦しそうにもがいたが、腕は徐々に力を加えていく。
ベキッ! ゴキッ! グシャッ!
不気味な破砕音が廃墟に響き渡る。
最期、キュゥゥゥ、というサイボストルの断末魔の悲鳴ともとれる音が漏れ、ぐちゃぐちゃにつぶされた金属の塊から、ボスッ! と黒煙が上がった。
「きゃははは! 一丁上がりぃ!」
腕はすぅっと消えていき、少女は楽しそうに腕を突き上げる。
瑛士は、まるでキツネに化かされたかのように呆然と立ち尽くす。スマホカメラがどうやってサイボストルを打ち倒せるのか? これまで耳にしたこともない、現実離れした出来事に彼の頭は疑問でいっぱいだった。まるでファンタジーの世界で天使が現れたかのようであったが、神など信じない彼には、まるで現実感が湧かない。
瑛士は大きく息をつくと、少女に歩み寄る。
「ねぇねぇ、それ……何なの?」
「ん? カメラだよ?」
少女はキョトンとしながら首をかしげる。
「いやいや、カメラって写真を撮る道具じゃないか。でも、サイボストルを潰せちゃってるよ?」
「くふふふ……。何だろうね?」
少女は嬉しそうに笑う。
「ま、魔法……なの?」
瑛士は恐る恐る聞いてみた。まるでファンタジーの世界の神秘の力のように見えたのだ。
「魔法なんてこの世にないよ! 科学だよ科学。この世に科学で説明できないものなどないんだから。きゃははは!」
少女は屈託のない笑顔を見せる。
しかし、科学と言われてもカメラでロボットを潰す技術など聞いたことがない。瑛士は渋い顔をして首をひねる。
「いや、そんな技術見たことないんだけど……」
「ふふーん、じゃあキミはもうちょっと科学を勉強する必要があるってことだねっ」
少女は手を腰につけ、ドヤ顔でポーズを作ると、人差し指を振る。
瑛士は渋い顔で首を振ると、聞き方を変えた。
「じゃあさ、またサイボストルが出てきたら同じように倒せるの?」
「うん、電池が続く限りね」
ニコニコと楽しそうな少女。
強化されたサイボストルはレジスタンスにとって深刻な脅威だった。原理は分からないが、それをスマホで無力化できるのであればとんでもない福音である。
瑛士は少女に駆け寄るとその手をギュッと握りしめた。
「そしたらさ、仲間に……なってくれないか?」
レジスタンスはもはやじり貧で、自分たちが倒れたらもはやこの世界はAIの完全なる支配に堕ちてしまう。人類の希望のため、彼女のスマホが必要だったのだ。
「仲間……?」
少女は自分の唇に人差し指を当て、くびを傾げる。
「さっきのサイボストルたちをスマホでバンバン倒して欲しいんだよ! 頼むよ!」
瑛士は少女の碧い瞳をまっすぐに見つめ、熱を込めて口説いた。
「奴らを倒すのね? いいよ。くふふふ……、僕壊すのだぁい好き」
少女はニヤリと小悪魔の笑みを見せる。
瑛士はその邪悪な雰囲気に戸惑いを隠せなかったが、AIに支配され続ける狂った世界を正すにはなりふりは構っていられないのだ。
「あ、ありがとう。それじゃ君は僕らのレジスタンスチーム【ネオレジオン】の一員だ。一緒にAIを倒して人類の世界を取り戻そう! 僕は瑛士、よろしくね」
瑛士はややひきつった笑顔でギュッと手を握った。
「僕はシアンだよ。よろしくぅ」
シアンは楽しそうにそう言うと、ブンブンと握手した手を振る。
瑛士はその嬉しそうな笑顔に、絶望の暗闇を貫く希望の光が見えた気がした。
3. 壊すの、だぁい好き
その時だった。
カン! コトコトコト……。
何かが空から落ちてきて瓦礫の散らばる床に転がっていく。
ひっ!
瑛士はシアンの手をぐっと引き、慌てて駆け出した。
およよ?
シアンは何が何だか分からず、キョトンとした顔でエイジについていく。
直後、廃ビル全体を震撼させる爆裂音とともに、炎に焼かれた瓦礫が猛烈な勢いで飛び散った。それは手りゅう弾だったのだ。
「ダメだ! 場所がバレちまった」
瑛士は慌てて崩落した壁の隙間から顔を出し、上空を見上げる。すると、そこには鳥の大群のような黒い群れが編隊を組みながらブォォォンという不気味な音を立てていた。それはAIの操るドローンだった。ドローンは手りゅう弾を搭載し、爆撃してくる厄介な敵だった。
瑛士が見ている間にも次々と手りゅう弾が投下されてくる。
「ヤバいヤバい! 逃げるよ!」
瑛士は慌てて駆け出した。あんな数のドローンに包囲されてはひとたまりもない。
「分かったよ! 逃げよー! きゃははは!」
シアンはまるで鬼ごっこを楽しむ子供のように楽しそうに瑛士についていく。瑛士は何が楽しいのか分からず、調子がくるってしまいながらも必死に活路を探した。
手榴弾が次々と爆発し、四方八方に鋭い破片が飛び散る中、二人はまるで踊るように瓦礫を跳び越え、崩壊した廊下を疾走する。死と隣り合わせの中、少し先に見えてきた非常出口に全速力で駆けていく。
「出口まで一気に行くよ!」
「アイアイサー!」
シアンは少し風変わりな駆け方ではあったが、長いすらっとした脚を生かして瑛士に遅れずについてくる。
「ヨシ! 確かこの先に地下鉄の入り口が……」
そう言いながら扉をガンと蹴り飛ばした瑛士は固まってしまった。
なんと、その先の通路は崩壊しており、はるか彼方下の方に瓦礫の山が見えるばかりだったのだ。
「マジかよ……」
逃げ場を失った瑛士は呆然自失となり頭を抱える。
ブォォォン……。
空を埋め尽くすドローンの群れが、蠢きながら近づいてくる。背後では手りゅう弾が次々に爆発し、逃げ場はなく、死の予感が辺りを支配していた。
「くぅ……。どうしたら……?」
「倒さないの?」
シアンはキョトンとしながらエイジの顔をのぞきこむ。
「もう……、武器が無いんだよ……」
瑛士は両手を開き、首を振った。
「じゃあさ、僕が倒してもいい?」
シアンはワクワクしながら聞いてくる。
「え……? ドローンも倒せるの?」
「僕は壊すの、だぁい好きなんだゾ。くふふふ……」
シアンは小悪魔のような笑みを浮かべ、口を手で覆いながら楽しそうに笑った。
「倒せるならすぐやってよぉ!」
シアンのこの死に対する感覚の鈍さが信じられない瑛士は、思わず声を荒げてしまう。
「ほいきた、任せて~」
シアンはスマホを取り出すと、ドローンの群れに向け「はい、チーズ!」と、言いながらシャッターを切った。
パシャーッ!
刹那、スマホから無数の光るこぶしがポポポポンと撃ちだされ、光を纏いながらドローンの群れの方へとスーッと飛んでいく。
瑛士はこの不可思議な『こぶし』を目を凝らしながら見つめた。それはまるでファンタジーの世界から抜け出した精霊のような神聖な輝きを放っている。その異次元の存在感に目を奪われ、彼は現実と幻想の境界線がぼやけていくのを感じた。
輝く半透明のこぶし達が、青白く蛍光する微粒子を振りまきながら空高く上昇していく――――。
やがて花火のように、ポン!と破裂するたびに、光の粒子をぶわっと辺りに振りまいて、ドローンの群れもその幻想的な光に包まれた。
「え? あ、あれは……?」
一体何が起こっているのかよく分からない瑛士は、けげんそうな顔で首を傾げた。
「まぁ見てて! 楽しくなるよぉ。くふふふ……」
直後、ドローンがバチバチッとスパークを放ちそのまま墜落していく。
へ?
唖然とする瑛士の目の前でドローンはボトボトと次から次へと地面へと落ち、瓦礫の山にぶつかっては部品をバラバラとまき散らし、動かなくなった。辺りはドローンの死体であふれかえっていく……。
光る雲はキラキラと輝きながらゆったりと広がっていき、辺り一帯を輝きで包みながらドローンを一掃していった。
「ハーイ! これでお掃除完了! イェイ!」
シアンはピョンと跳び上がると、嬉しそうに瑛士とハイタッチをしたが、この謎めいたスマホに瑛士は顔がこわばる。
「ねぇ、そのスマホ……なんなの?」
恐る恐る聞いた瑛士にシアンはスマホカメラを向ける。
「え? なんかさっき拾った昔のスマホだよ? はいチーズ!」
「うわぁ! 止めろぉ!」
シャッター音が「パシャー」と鳴り、その瞬間が永遠に記録された。慌てふためく瑛士が逃げる姿は、まるでコメディのようだった。
シアンは、その写真を指差し、楽しげに笑い転げる。
「もう!」
瑛士は顔を真っ赤にしながら怒ったがシアンは空を指さす。
「ほらほらもう次が来てるよ? あれはどうする? きゃははは!」
指の先を見ると青空をバックに十数発のミサイルが白い煙を上げながら一直線に二人の方向に近づいているのが見えた。
「マジかよ……」
AIは本気だった。本気でこの二人を抹殺に来ている。瑛士は顔面蒼白で震えながらあとずさり、子供であろうと惜しげもなく高価な兵器をつぎ込んでくるAIの、無慈悲な冷酷さに身震いした。
4. セクハラ疑惑
「あれも……撃ち落とせる?」
瑛士は今にも泣きそうな顔でシアンを見た。
シアンはスマホカメラでズームを拡大し、ミサイルを視野に入れるが、渋い顔で首をひねる。
「うーん、ミサイルってメッチャ速いんだよねぇ……当たるかなぁ?」
「に、逃げた方が良くない?」
額に冷汗を浮かべる瑛士。
「あれ、追尾型だから逃げても追いかけてくるんだよねぇ……どーしよ? くふふふ……」
シアンは窮地に追い込まれているのに嬉しそうにして瑛士を見る。むしろ、窮地であればあるほど楽しそうにすら見えた。
「マジかー!?」
「仕方ない、こうするか……。パワー最大!」
シアンは指先でスマホの画面にキュキュっと不思議な模様を描く。
キュィィィィィン……。
スマホは異常な高周波を発しながら黄金色の光を纏い始める。
「な、なんなの……それ……」
まるでファンタジーの魔道具のようになってしまったスマホを、瑛士は困惑の眼差しで見つめた。
シアンはそんな瑛士をニヤリと楽しそうに見つめると、人差し指をピッと立てる。
「スマホの画面にね、『心』の形にジェスチャー描くとパワーモードに入るんだよ? 知らなかった?」
瑛士はその意外な情報に思わず目を輝かせた。
「えっ!? 本当? 初めて知っ……」
「嘘だけどね。きゃははは!」
シアンは心から楽しそうに笑う。
瑛士は緊急事態でも楽しくからかってくるこの少女をどうしたらいいか分からず、渋い顔でほほをピクピクと動かした。
そんな瑛士のことなど全く気にせず、シアンは先頭を突っ走ってくるミサイルにカメラのズームを最大にして合わせる。
「照準ヨシ! それ行けーー! きゃははは!」
シアンは楽しそうにパシャー! っとシャッターを切った。
直後、巨大な光るこぶしがスマホから怒涛の如く飛び出す。その圧倒的な衝撃で二人の髪が風に舞い、土ぼこりが噴きあがった。サイリウムを思わせる青白い光を放つその巨大こぶしは、時折バチバチと雷光を発しながら、一直線にミサイルに向かって疾走する。跡にはフワフワ舞う光の微粒子が漂っていた。
あっという間にミサイルに達した刹那、天も地も光の洪水に覆われる。
「うわぁ!」「きゃははは!」
瑛士が腕で目を覆っていると、ズン! という激しい衝撃が廃墟の渋谷一体に響き渡り、廃ビルがガラガラと瓦礫を振りまいた。
「うはっ!」「WOW!」
衝撃波が二人を襲い、シアンは吹き飛ばされ、後ろにいた瑛士と共に思わずしりもちをついてしまう。
若い娘独特の柔らかく滑らかな肌を押し付けられ、爽やかで甘い香りに包まれた瑛士は真っ赤になりながら慌てて立ち上がる。
「す、すごいな……そのスマホは……」
「思ったより派手に爆発したね! 僕もビックリ! きゃははは!」
瑛士に差し伸べられた手を握って、楽しそうに笑いながらシアンも立ち上がった。
「ふぅ、これで解決……かな?」
瑛士は爆煙がうっすらとたなびいていくのを目を凝らして見つめる。
「あーダメだ。一発撃ち漏らしがあるゾ」
シアンはそう言いながら爆煙を突破してくるミサイルにスマホを向けた。
「もう一丁! ポチっとな」
シアンがシャッターボタンを押した時だった。
プシュッ……。
気の抜けたような音と共に急にスマホ画面が真っ暗になり、真っ赤な空電池マークが点滅した。
へっ!?
思わず瑛士はスマホを二度見してしまう。
「あちゃー! 電池切れ!」
シアンは宙を仰ぎ、額に手を当てた。
しかし、その間にもミサイルは迫ってくる。充電してる暇などとてもなかった。
「ダメじゃん! 逃げるよ!」
シアンの手を取ると瑛士は一気に駆け出した。
残り一発であれば、うまく隠れれば耐えられるはずである。
瑛士はひしゃげた非常ドアまでくると思いっきり蹴破って、真っ暗闇の階段を足早に下りていった。
直後、ズン! という激しい衝撃が廃ビル全体を震わせ、二人は吹き飛ばされる。
ぐはぁ! きゃぁ!
暗闇の踊り場に折り重なるように転がる二人。
ビルが崩壊するかのような激しい振動がズン! ズン! と何度か続き、バラバラと破片が二人に降り注いだ。きっと上の階が下に崩落しているのだろう。この階も崩落したら一瞬でぺちゃんこである。
瑛士は激しく揺れ動く非常階段の鉄柵を握り締めながら、ただ一心に階段が崩落しないことを祈った。
やがて訪れる静寂――――。
くぅ……。
あちこちに痛みが走る中、瑛士は覆いかぶさるムニュッとした感触に気がついた。
ん……?
目も暗闇に慣れてきて、なんだろうと手で持ち上げると、それは温かく、しっとりとした張りのある弾力を感じさせてくる。
「きゃははは! 瑛士はエッチだな」
シアンは楽しそうに笑った。なんとそれはシアンの豊満なふくらみだったのだ。
「あわわわ! ち、違うって! これは事故! わざとじゃないんだから!」
慌てて立ち上がり、真っ赤になって否定する瑛士。女性経験のない瑛士には触ったこともない柔らかなふくらみに耳まで赤くなってしまう。
「ふふーん、どうだか?」
シアンは茶目っ気のある笑顔で上目遣いに瑛士を見た。
「今は非常事態! これは不可抗力! ねっ?」
瑛士は必死に両手を動かして弁解を試みる。
それにしてもなぜ、命のかかった戦場の最前線でセクハラ疑惑を受けているのか? シアンが来てから調子が狂いっぱなしの瑛士は、深いため息をついてガックリと肩を落とした。
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