見出し画像

【金こそパワー】ITスキルで異世界にベンチャー起業して、金貨の力で魔王を撃破! 60~69

60. 選択の結果

「今参ります!」

 ネヴィアはそう言うと、タケルの手を取ってピョーンと跳び上がる。

 うわぁ!

 タケルはコロニーの上空へと連れていかれた。しかし、跳び上がってしまえば基本無重力である。二人は不思議な軌跡をえがきながらやがて男性の方へと近づいて行く。

 ネヴィアはくるりと回って着陸態勢に入ると、タケルにも足を床の方へと向けさせた。

 おわぁ!

「上手く着地するんじゃぞ!」

 かなりの速度で回っている床に、ネヴィアは一足先にスライディングするように着陸すると、タケルの身体を受け止める。

 よいしょー!

 タケルはネヴィアに抱きかかえられるようにして何とか床に着地した。

 ふぅ……。

 安堵しているタケルの元に男性がニコニコしながら近づいてくる。

地球ジオスフィア管理局ネクサスへようこそ!」

 ダボっとしたわずかに金属光沢を放つジャケットを着た、気さくな男性はにこやかに右手を差し出した。

 タケルは困惑しながら握手をする。

「あ、あなたが……、魔王……ですか?」

「あぁ、それは魔人たちが勝手にそう呼んでいるだけさ。僕は瀬崎せざきゆたか。ただの管理人アドミニストレーターだよ」

 瀬崎は面倒くさそうに肩をすくめた。

「瀬崎……? もしかして……」

「そう、僕も日本出身さ。まぁ座って……」

 瀬崎はそう言いながら会議テーブルの席を案内した。
 
 は、はぁ……。

 タケルは人類の敵、クレアの仇である魔王が、こんなスペースコロニーで働いている日本人だったことに混乱を隠せない。

 瀬崎はコーヒーを入れたカップをタケルに差し出す。

「いやぁ、まさかあんな攻撃を繰り出してくるとは完全に予想外だったよ。おかげで魔王軍は全滅。君の完勝だな」

「なぜ……、なぜこんなことをやっているんですか?」

 タケルは声を震わせながら、極力冷静に努めながら聞いた。

「これが……宇宙の意志……だからかな?」

 瀬崎は自分も納得していない様子で、渋い表情を浮かべながら首をかしげる。

「人を殺すのが宇宙の意志だって言うんですか!?」

 タケルはガン! と、テーブルをこぶしで叩いた。こんなところで涼しい顔で人類を手玉に取っている構造など許しがたいのだ。

「うん。君の怒りは良く分かる。僕も最初そう思ったからね」

「人生はゲームじゃないんだぞ! みんな必死に生きているんだ!」

 タケルは涙声で吠えた。

「そりゃそうさ。でも、僕だって必死に生きてるんだけど?」

 瀬崎は肩をすくめる。

 タケルは訳が分からなくなった。本当ならこの日本人をボコボコに殴ってしまうべきなのかもしれないが、それで何かが解決するような気もしないのだ。今まで生きてきた自分の人生がまるで映画だったかのような錯覚すら覚えてしまう。

「一体……なんなんだよぉ……」

 タケルはポロポロと涙を流しながら、怒りの矛先が分からなくなってテーブルに突っ伏した。

         ◇

 タケルが落ち着くのを待ち、瀬崎は淡々と説明をする。

「我々は地球を創り、そこに人類を産み落とす。そして、エネルギッシュな多様性のある社会となるようにあらゆる施策を盛り込み、時には敵を作り、時には助け、人類の健全な発展に貢献していく。死など望んではいないが、その過程で死者が出るのは避けられない」

「そんなことのために……クレアは殺されたんですか!?」

「おいおい、僕がやっているのは舞台の整備だけだ。そこで何が起こるかは君たち登場者の選択の結果だ」

「選択の……結果……?」

「魔人が危険な相手だということは君も知っていたはずだ。不審なものを見かけたクレアちゃんを単独行動させるなんて僕なら絶対やらんよ」

 肩をすくめる瀬崎。

「そ、それはそうですが、だからと言って人殺しを配置していたあなたにも責任はあるんじゃないんですか?」

 タケルは泣きはらした目で瀬崎をにらんだ。

「あるかもしれないね。でも、これ、仕事だからね。文句あるなら女神様に言って」

 瀬崎はつまらなそうに首を振った。

 タケルは反論しようとしたが、言葉が出てこない。瀬崎の責任を追及してもクレアが戻ってくることはないし、自分に落ち度があるのもまた確かなのだ。

 くぅぅぅ……。

 タケルは自分の愚かさが嫌になり、ガックリとうなだれ、涙をポロポロとこぼす。

「いい娘だったよねぇ……」

 瀬崎はそう言うとコーヒーを一口すすった。

 うわぁぁぁぁ……。

 深い絶望の中で、タケルは自身の失ったものの大きさを受け入れられずに激しく泣きじゃくる。あんなにやさしく、健気な彼女を自分の慢心が原因で失ってしまったことが、タケルの心を容赦なく引き裂いていった。

61. 蛇の道は蛇

「クレアちゃん……、呼び戻す?」

 見かねた瀬崎はボソッとつぶやく。

 へ……?

 タケルはその耳を疑うような言葉に固まった。

「瀬崎様! そ、それは禁忌……」

 横で聞いていたネヴィアが真っ青な顔で言いかけるのを遮って、タケルがガバっと体を起こす。

「そ、そんなことできるんですか!?」

 涙でグチャグチャになった顔を隠しもせず、瀬崎をまっすぐに見つめるタケル。

「はっはっは! 君がそんなこと言うなんてね。自分の存在をなんだと思っているんだ?」

 瀬崎は楽しそうに笑った。

「じ、自分……ですか……? あっ!?」

 タケルは自分自身死んで転生してこの世界にやってきたことを思い出す。死は終わりではないのだ。それは自分の存在が証明していた。

「瀬崎様、マズいですよぉ……」

 ネヴィアは眉をひそめながら小声で言う。

「もちろん、命の再生は女神様の専権事項。僕がやったら捕まっちゃうよ。でも、蛇の道は蛇。バレなきゃいいのさ」

 瀬崎は悪い顔でニヤッと笑った。

「ど、どうやるんですか?」

 タケルは身を乗り出す。

「これさ」

 瀬崎はそう言いながらポケットから小さなガラスのかけらを取り出し、テーブルに置いた。

「え……? こ、これは……?」

 タケルは恐る恐る手を伸ばし、そのガラスの破片を手に取ってみる。まるで目薬のような不思議な形をしたそれは、光にかざしてみると中に集積された微細な構造がキラキラと虹色に輝き、まるで宝石のように見えた。

「も、もしかして……」

 ネヴィアは嫌な予感を感じ、首を振りながら後ずさる。

「君の想像通り。これをジグラートのサーバーに挿す。それで解決さ」

「いやいやいや、ジグラートなんて誰が行くんですか?」

「タケル君……だけど、タケル君じゃ何もわからないからね。ついて行ってあげて」

「えぇぇぇぇぇ!! 嫌ですよぉ! 嫌っ! 死にたくないぃぃぃ!」

 ネヴィアは目に涙を浮かべ、バタバタと暴れる。

「はははっ、大げさだな。それこそ上位存在に見つかったりしなければ楽勝でしょ? それに、そのくらいやってあげてもいいんじゃないか? 君も結構お世話になってるんだろ?」

「嫌です! 嫌っ!」

 ブンブンと子供のように首を振るネヴィア。

「何? 君、そんなに薄情なの? ならそろそろ君の勤務実態の精査を……しようかなぁ……」

 瀬崎はそう言いながら空中にウインドウを開いた。

「お、お待ちください!」

 ネヴィアは急に真顔になって瀬崎の腕をガシッとつかんだ。

「わたくしが彼を案内します! わたくしは情に厚いですので」

「厚い?」

「そりゃもう南極の氷より厚いと評判であります!」

 瀬崎はその見事なまでの手のひら返しにクスリと笑うと、ポケットから小さな黒いチップをネヴィアに渡した。

「じゃあ、これ。シャトルのキー。ご安全に」

「了解であります!」

 ネヴィアはビシッと敬礼をすると、タケルの手を取って、「すぐに行くぞ!」と上へと一気にジャンプした。

 うわぁ!

 床を離れ、小さくなっていく瀬崎を見ながら、タケルは慣れない移動方法に目を白黒とさせる。

「くぅ……。面倒くさいことじゃ……」

 ネヴィアは口をとがらせ、深くため息をつく。

「わ、悪いねぇ。でもクレアのため、協力してくれよ」

 タケルは予想もしていなかったクレア復活のチャンスに胸は躍り、ワクワクしながらギュッとネヴィアの手を握った。

「乗り掛かった舟じゃからな……。じゃが、死んでも文句は言わんでくれよ」

 ネヴィアはそう言いながらポケットからスプレー缶のような道具を出すと、プシュッとひと吹きし、スペースコロニーの中心部分を奥に向かって飛び始めた。オフィススペースの奥は公園のような木の生い茂るエリアとなっていて、その奥には芝生エリアが広がっている。

「死ぬって……、そんなに危険なの?」

 タケルは芝生でピクニックをしているのどかな人たちの上空を飛びながら、眉をひそめる。

「ジグラートは海王星の中、氷点下二百度のダイヤモンドの吹雪が吹き荒れる中にある。以前行った時は遭難しかかったんじゃ」

「な、なんでそんなところに……」

「宇宙で一番寒いところじゃからな。サーバーから出る多量の排熱を冷やすには都合は良かったんじゃろ? 知らんけど」

「サーバー? ジグラートってデータセンター……なの?」

「そうじゃ、全長一キロにもなるダイヤモンドの吹雪の中に浮かぶ漆黒のデータセンター。まさにバケモンじゃよ」

「そんな巨大データセンターで一体何を……?」

「……。お主もうすうす感づいとろう。地球を創り出しておるんじゃ」

「えっ!? コンピューターで地球を創ってる!?」

「そうじゃ。大地も海も街も人も動物も全部デジタルの産物じゃ。お主も我もな」

 タケルはその説明に言葉を失った。今までの人生、何の違和感もなく地球があって人があることを当たり前のように感じていたが、全てそれは幻想だったということらしい。いわば世界はVRMMOのようなバーチャルゲームであると考えた方がいいのかもしれない。

 そう考えてくると自分が転生したことも、ITスキルで魔法を繰り出せたことも、そして、これからクレアを生き返らせに行くことも全てスッと胸に落ちてくる感覚があった。

 しかし、それを認めてしまうと自分はゲームのキャラクター同然ということになる。タケルはその受け入れがたい話をどう捉えたらいいのか分からず、ギリッと奥歯をかみしめ、顔をしかめた。

62. 揺らぐ神秘

 芝生エリアの奥に機械設備が並ぶ産業エリアが見えてくる。

「さて、そろそろ着地するぞ」

 ネヴィアはタケルの手をギュッと握りなおす。柔らかでしなやかな小さな手の暖かさにタケルは困惑する。こんなにも柔らかく温かな感覚を、コンピューター処理が生み出しているということに理解が追い付かなかったのだ。

 はぁぁぁ……。

 タケルはギュッと目をつぶって首を振る。

「お主、何やっとる!? 着地姿勢を取らんかい!」

 ネヴィアは一喝すると、タイミングを見計らいながらスプレー缶状のものをふかし、ガラスづくりの小さな建物へと降りていく。

「そーーれっとぉ!」

「あわわわ! 危ない危ない! ふぅぅぅ……」

 何とか無事着陸成功した二人。

 そこは地下鉄の出入り口のようにも見えるエレベーターだった。

       ◇

「おーし、ここじゃぁ!」

 ガラスでうす青く見えるエレベーターに乗りこんだ二人。ネヴィアはエレベーターの操作パネルにキーをかざした。

 ヴィーッ!

 警告音が響き、ドアが閉まる。

 エレベーターはスーッと滑らかに地下に降りていくと、ガコン! と急に止まり、今度は横に移動し始めた。

 へ?

「秘密の格納庫ってことじゃよ。くふふふ……」

 ネヴィアは驚くタケルを見ながら楽しそうに笑った。どうやらとんでもないところに連れていかれるらしい。

 タケルは一体何が始まるのか予測のできない展開にキュッと口を結んだ。

 ポーン!

 格納庫に到着したエレベーターのドアが開くと、そこには薄暗いガランとした空間が広がっていた。

「ほほぅ。瀬崎様は結構お好きと見える。くふふふ……」

 ネヴィアは楽しそうに笑うが、タケルには空っぽの格納庫の何が楽しいのか分からず、首を傾げた。

「あれ? シャトルに乗りに来たんじゃないの?」

「ふははは! そうか、お主には見えんか。くふふふ……」

 ネヴィアは愉快そうにパンパンとタケルの背中を叩く。

「えっ!? 何かあるの? ここに……?」

 タケルは慌てて格納庫の中を目を凝らして見渡したが、そこには薄暗い空間が広がるばかりである。

「心の目で見るんじゃ」

 ネヴィアはそう言いながら、キーを何もない空間に掲げた。

 ヴゥン……。

 突如目の前に現れた機体にタケルの目は釘付けになる。それはジェット戦闘機のように精悍ながら、エレガントな曲線と鋭いエッジが未来からの使者のように融合されている見事な機体だった。

「はぁっ!? な、なんで?」

「コイツの表面はメタサーフェスになっておってな。光学迷彩のように機能するんじゃ」

 ネヴィアは虹色の光沢を放つ美しい機体の表面をなでた。それはゆっくりと色合いを変えながら、まるで現代アートのような繊細なマーブル模様を描いていく。

「メ、メタ、サーフェス……?」

 タケルは目の前にありながら全然気がつかなかったことに、唖然として首を振った。

「そうじゃよ。これが無いとジグラートへは行けんからな」

「えっ光学迷彩が要るって?」

「そりゃ、バレたら撃墜されるからのう」

 ネヴィアは搭乗用のステップを用意しながら、サラッと恐ろしいことを言った。

「ちょ、ちょっと待って!? 誰が攻撃してくるの?」

「今回、女神様の目を盗んでサーバー本体をハックしに行く。つまり、許可なくジグラートへ行くわけじゃ。管理局からしたら身元不明の侵入者。全力で撃ってくるじゃろうな」

 ネヴィアはため息をつきながら肩をすくめる。

「そ、そんなの聞いてないよ!」

「じゃあ止めるか? 我が行きたいわけじゃないんじゃぞ?」

 ネヴィアはジト目でタケルをにらむ。

「くっ……。止める訳ないじゃん!」

 タケルは新年のこもった目でグッとこぶしをにぎる。

「じゃあ乗れ。あまり時間をかけるとクレアちゃんのデータを復元できんかもしれんからな」

「デ、データって、人間を物みたいに……」

 まるでゲームキャラのようにクレアを扱うネヴィアに、ムッとしてタケルは言い返す。

「ほう? じゃあ、『魂』ってお主は何だと思っとるんじゃ? ん?」

 ネヴィアはちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、タケルの顔をのぞきこむ。

「た、魂? 魂は……、そのぉ……。心、だよ、心!」

「じゃぁ、心は何なんじゃ?」

 ネヴィアは搭乗口を開け、ステップをよじ登っていく。

「うっ……? き、喜怒哀楽を生み出し、自分を自分だと感じる脳の……働き?」

「脳は何でできとるんじゃ?」

「神経……細胞?」

「結局、神経細胞に蓄積されたデータってことじゃ。屁理屈こねてないで早く乗れ!」

 ネヴィアは呆れた様子でタケルを手招きした。

 タケルは口をとがらせながらステップに手をかける。『心』はやはり神秘であって欲しいのだ。かけがえのないクレアをデータだなんて言って欲しくない。しかし、理屈で言えばネヴィアの言う通りであり、ちゃんと言い返せない自分の間抜けさにガックリとしながら、ステップを昇って行った。

63. 六十万年の試行錯誤

「燃料レベル、ヨシ! 航路クリアランス、ヨシ! ナビゲーションシステム起動! 緊急脱出システム、アームド!」

 モニター内の各種計器を確認するネヴィアの声が、コックピット内に響く。オレンジ色で統一された船内のインテリアは洗練されており、機能美を追求した計器やスイッチの配置を含めてアートのような調和が見て取れた。シートは革張りソファのように身体を優しく包み込み、フロントガラスは広く、視界は良好で、放射状に走るピラーが宇宙船らしさを感じさせる。

 いよいよクレアを救うため、危険な宇宙航海に出発するのだ。その想像もしていなかった事態に緊張し、タケルはシートベルトを締めながら、バクバクと早鐘を打つ心臓を持て余した。

「オールグリーン! エンジン始動!」

 ネヴィアはヘッドレストに頭をうずめ、緊張した面持ちでガチリと赤いボタンを押し込んだ。

 キュィィィィィ……。

 高鳴っていく高周波がコクピット内に響く。どこからともなくオゾンのような刺激臭が漂ってきてタケルは顔をしかめた。

「ゲートオープン!」

 前方の大きな扉がガコッと大きな音を立てながらずれ、ゴォォォォと空気が漏れていく盛大な音が響き渡った。

 次第に音は失われ、周りが真空になるとゆっくりと扉が開いていく。見えてきたのは満点の星々を縦断する雄大な天の川、そして、壮大な海王星の長大な水平線。いよいよ宇宙に飛び出すことにタケルは思わず息をのんだ。

「さーて、無事に帰ってくるぞ! シュッパーツ!」

 ネヴィアがポチっとモニターの【射出】ボタンをタップする。

 ギギギッ!

 足元から何かがきしむ音がしたと思った瞬間、強烈なGがタケルを襲った。

 グォッ!

 一気に流れだす景色……。そう、シャトルはカタパルトで射出されたのだった。

「よっしゃー! 行ったるでー! エンジン全開やーっ!」

 ネヴィアはノリノリで叫ぶと、スロットルをガチガチガチっと一気にMAXに上げ、操縦かんをグッと倒した。

 うひぃぃぃ!

 今度は強烈な横Gがタケルを襲う。

 シャトルは後部のノズルスカートから鮮やかな青い炎を吹き出しながら、ググっと急旋回していく。

 ネヴィアは遠くに見えてきた巨大な車輪状のスペースポートを、モニターで拡大表示させた。直径十キロはあろうかという巨大な車輪の中心部には長大な宇宙船が何艘も停泊し、何やらにぎやかに貨物の積み下ろしを行っている。

「よしよし、あいつじゃな……」

 ネヴィアはそのうちの、出発準備の整った大型貨物船に照準を合わせた。

 ジグラートへの資材を運ぶこの貨物船は、チタン合金で編み上げられた骨組みが支える無数のコンテナで構成され、長さは三キロメートルに及ぶ。先頭にはクジラの頭を思わせる艦橋、最後部にはこの巨体を力強く推進する、直径数百メートルはあろうかという巨大なノズルスカートがあり、その基部には大型タンクがいくつも並んでいる。

 タケルはその常識外れのスケールに圧倒され、思わずため息をついた。

「ヨシ! あの辺にすっか! くっくっく……」

 ネヴィアは悪い顔をしながらモニターをパシパシと叩き、笑みを浮かべる。

 シャトルは一直線に貨物船に近づくと、静かに減速し、大型タンクの間の隙間にそっとその身を潜ませた。そして、ロープを射出してチタン合金の柱に結びつけ、船体を固定する。

「え? このまま海王星へ降りて……行くの?」

 タケルはその奇想天外なやり方に困惑した。

「ここなら見つからんじゃろ。大気圏突入後に抜け出せばええわ。カッカッカッ」

「はぁ……。そんなにうまくいくのかなぁ……」

 タケルはタンクの隙間から見える長大な白いコンテナの列を眺めながら、ふぅとため息をついた。

       ◇

「こんなにたくさんの貨物が必要なの?」

 少しずつゆっくりと動き出した貨物船に揺られながら、タケルは首を傾げる。この貨物船以外にも、スペースポートには何艘もコンテナ船が停泊しているのだ。

「そりゃ、ジグラートは一万機あるからのう」

 リクライニングシートを倒してくつろぐネヴィアは、無重力空間に浮かべたグミたちを一つずつ器用に食べながら答えた。

「い、一万機!?」

「地球は一万個あるってことじゃな。カッカッカ」

 目を丸くして驚くタケルを見ながら、ネヴィアは楽しそうに笑う。

「そ、そんなに……、あるのか」

「六十万年かけて少しずつ増やしてきたんじゃな」

「ろ、六十万年!?」

「そんなに驚くことか? 宇宙の歴史百数十億年を考えたらほんの最近のことじゃろ?」

 ネヴィアはこともなげに言いながら、またグミにパクっと食いついた。

「誰が……、こんなことやっているの?」

「ん? お主も会ったことあるじゃろ? 女神様じゃ」

「女神……様……?」

 タケルは転生する時に、確かにチェストナットブラウンの髪をした美しい女性に会ったような記憶がある。ただ、それは夢の中のようなおぼろげな記憶であり、いまいち確信が持てないのだ。

64. 太ももの美しいライン

「一体女神様は何を考えてこんなことを?」

「知らんがな。本人に聞いたらどうじゃ? ただ、やった人の元にワシらが生まれただけとも言えるな。つまり無数の試行の中で、こういうことをやった人だけ認識されるってことじゃろ。それが宇宙の意志……じゃろうな」

「宇宙の意志……。宇宙に意識があるってわけじゃなくて、確率的な話の集大成の結果、それが選ばれたように見えるってこと……なのか」

「観測者からはそう見えるという話かもな。ただ、女神様も自分の手でこんなものは作らんよ。全部やっとるのはAIじゃ。要はAIをうまく飼いならしたか……それとも……」

 ネヴィアはそう言いながら肩をすくめた。

「はぁ……。何とも壮大な話だね。女神様以外の人はどうしてるの?」

「みんなもう何十万年も前に寝てしまったそうじゃ」

「えっ!? では、この世界を創った人類はもう一人しか残っていない?」

「そうじゃな。人類はな、AIを開発するとなぜか少子化になり、長寿に飽き、ひっそりと消えていくんじゃ」

 ネヴィアは渋い顔で首を振る。

「そ、そんな……」

「だから新たな地球を創り続ける必要があるってことじゃな」

「はぁ……」

 タケルはあまりにスケールの大きな話に圧倒され、大きく息をつく。

 六十万年の壮大な試行錯誤の結果、自分が生まれ、紆余曲折を経て今、その本質に向けて宇宙を旅している。それはまるで夢のような現実感のない話であったが、それでもなぜかタケルにはこうなるのが必然であったかのように感じられてしまうのだった。

 徐々に近づいてきた海王星は、満天の星の中、澄み通る深い碧の壮大な美しい円弧を描き、タケルの胸にグッと迫る。この風景は一生忘れないだろうと、タケルはしばらく瞬きもせずにじっと見つめていた。

         ◇

 その時、タケルはコンテナの影で何かが動いたように見えた。

「あれ? 何かがいる……? 人……?」

「な~に、言っとるんじゃ……。 こんな宇宙空間に、それも航行中のコンテナに人などおる訳なかろう。ふぁ~あ……」

 ネヴィアはリクライニングしたシートに寝っ転がりながらあくびをする。

「いや……、でも人間……っぽいですよ? でも宇宙服も何も着てない……」

「はっはっは! 宇宙服着てなきゃ人間は血液が沸騰して即死じゃよ。物理的にありえんって」

 ネヴィアは笑い飛ばし、グミをまた一つつまんだ。

「そうなんですけど……、こっちに来ている……? あっ、青い髪の……女の子?」

 それを聞いた途端、ネヴィアは真っ青な顔をしてガバっと起き上がる。

「緊急離脱!! エンジン始動!!!」

 切迫した叫びをあげながら、ガチリとエンジンのスイッチを押し込んだ。

「え? どうした……の?」

 タケルはその鬼気迫るネヴィアの豹変をポカンとした顔で眺める。

「どうもこうもあるかい! 殺されるっ! なぜあのお方がこんなところにおるんじゃぁぁぁ!」

 ネヴィアは冷汗をたらたら流しながら、必死にモニターのボタンをタップしていった。

「出航チェック全無視スルー! 緊急出航!」

 固定していたロープを強引に切断し、貨物船から離れるとネヴィアはすぐにエンジンを全開で噴かす。

 ズン!

 衝撃音がして激しいGがタケルを襲った。

 うぉぉぉ!

 シャトルはビリビリと船体を震わせながらあっという間にマッハを超えていく。

「くぅぅぅ……。追いかけてきませんように……」

 ネヴィアはガタガタと震えながらギュッと目をつぶり、祈った。

「こんなに速度出てたらあの娘も追って来れないんじゃない?」

 遠目には人懐っこそうな可愛い少女にしか見えない彼女を、なぜここまで恐れるのかタケルには良く分からなかった。

「バッカモーン! あのお方は星間の狂風アストラル・クイーンシアン様じゃ。宇宙最強の大天使なんじゃぞ! 速度とかあの方の前には何の意味もないんじゃ……」

「宇宙……最強……?」

 タケルが首を傾げた時だった。

 ビターン!

 船体に衝撃が走り、フロントガラスに何かが張り付いた。

 ひぃぃぃぃ!

 ネヴィアが凄い声で叫ぶ。見上げればそこには太ももの美しいラインが宇宙空間の中に浮かび上がっている。

『ガガッガー!!』

 いきなり無線からノイズが走った。

『みぃつけた……、くふふふ……』

 スピーカーから流れてきた若い女の子の声。そして、コクピットからの光で浮かび上がる、まるで獲物を見つけたかのような笑みを浮かべる美しい顔……。

 タケルはその信じがたい大天使の襲来に言葉を失い、ただ静かに首を振った。

「おぉっといけない!」

 ネヴィアは操縦桿を一気に倒して一直線に海王星へと落ちていく。

 ぐぁぁぁ!

 いきなり襲われる強烈な横Gにタケルは必死にひじ掛けにしがみついた。

『そんなことしたって無駄だよー。くふふふ……』

 あれほど強烈な横Gを食らってもシアンは平然とフロントガラスにしがみついている。

『何を企んでいるのかなぁ……?』

 碧い目をキラリと光らせながらシアンはネヴィアをにらみつけた。

65. 驚異のピコピコハンマー

 コォォォォォ……。

 今まで無音だった宇宙空間だったが、徐々に何かの音が響いてくる。

『およ?』

 シアンはキョロキョロと辺りを見回した。そして、海王星がもう目前にまで迫っているのを見るとギリッと奥歯を鳴らし、ネヴィアをにらんだ。

『お前、大気圏突入で僕を焼く気だね? ふーん、どうなるかやってみようか?』

 ネヴィアは目をギュッとつぶり、ガタガタと震えるばかりだった。

 やがて風きり音が激しく船内にも響き始め、フロントガラスもほのかに赤く輝き始める。

 その中でシアンはまるでサウナで暑さに耐えるように、歯を食いしばりながら超高圧と灼熱に耐えていた。

 そもそも宇宙空間で生身になっていること自体意味不明なのに、大気圏突入にまでつきあっているこの少女にタケルは絶句してしまう。

 くぅぅぅ……、ぐあぁぁぁぁ!

 断末魔の叫びがスピーカーから流れた直後、シアンが閃光を放ち、激しい炎を伴いながら燃え上がる。目の前で燃え上がる少女の凄惨なさまにタケルは思わず目を覆った。

 さすがの大天使も生身の大気圏突入は厳しかったようである。

 しばらく激しい轟音が響いていたが、徐々に落下速度が落ちてきて風きり音も落ち着いてくる。

 タケルが目を開けると、目の前には黒焦げになった『人であったモノ』がべったりとフロントガラスに張り付いており、そのホラーな情景に叫び声をあげた。

 ひぃぃぃ!

「くぅぅぅ……。やってまった……」

 ネヴィアは頭を抱えて突っ伏している。大天使を殺してしまった場合、一体どんな罪になるのか分からないが、ネヴィアの様子を見るに相当にまずい様子だった。

「ど、どうするのこれ……?」

 恐る恐るタケルは聞いた。

「どうもこうも……」

「バレ……ないの?」

「バレる……じゃろうな……」

「もうバレてたりして。くふふふ……」

 いきなり後部座席から声がして、二人はあわてて振り向いた。そこには青いショートカットの可憐な少女が、シルバーの近未来的なボディスーツを身にまとって笑っている。それは焼かれたはずのシアンだった。

「い、いつの間に!?」

 目を白黒させているネヴィアの首を後ろから両腕でキュッと締め上げ、チョークスリーパーに持っていくシアン。

「熱いじゃない! 何してくれんのよ!!」

「ぐほぉ! ギブ! ギブ!!」

 ネヴィアは白目をむいてシアンの腕をタップした。

「航空法違反、公安法違反、殺天使犯で三倍満だ! お縄につけぃ!」

 シアンはプリプリしながらネヴィアの首を絞めあげる。

 キュゥゥゥ……。

 ネヴィアはたまらず気絶してしまった。

「あぁっ! ネヴィアぁぁ! 死んじゃいます、緩めてください!」

 タケルは慌ててシアンの手を引っ張り、懇願する。クレアを生き返らせに行くのに、ネヴィアが死んでしまってはやりきれない。複雑な事情は分からないが、この場で死刑はさすがに理不尽すぎる。

「およ? 死んじゃった……?」

 シアンは慌てて技を外すと、白目をむいてるネヴィアの頬をペチペチと叩いて首を傾げた。

         ◇

 シャトルをホバリング状態にさせ、二人を座席に正座させたシアンは、どこから出したのか赤と黄色のピコピコハンマーを片手にニヤッと笑った。

「お待ちかね! 尋問ターイム!!」

 何がそんなに楽しいのか、上機嫌なシアンはハンマーで座席をピコピコ叩きながら叫ぶ。

 タケルとネヴィアは渋い顔をしてお互いを見合う。

 星間の狂風アストラル・クイーンという二つ名を持つ、宇宙最強の大天使がなぜここまで子供っぽいのか理解できずにタケルは首をかしげた。

「さて、容疑者ネヴィアよ。お前はこのシャトルで何を企てていたんだ? 洗いざらい吐け!」

 シアンはピコッとハンマーでネヴィアの銀髪頭を叩く。

「あ、いや、こ奴にジグラートを見学させようと……」

「ダウト!」

 シアンは目にも止まらぬ速さで、ピコピコハンマーをネヴィアの脳天に叩きつけた。

 ピコッ!

「重罪を犯して見学なんてする訳ないでしょ? 馬鹿にしてんの?」

 シアンは目を三角にしてプリプリと怒る。

「あっ、こ、こ奴がどうしても見たいと……」

 ネヴィアが何とかごまかそうと必死になった時だった。

「あぁ?」

 シアンはドスの効いた声を上げると、ピコピコハンマーの柄をパキッと割り、中から青く輝くナイフを取り出した。

「言わないなら、この頭カチ割って脳髄から直接データ……取るわよ?」

 シアンは嗜虐的な笑みを浮かべながらガシッとネヴィアの首根っこをつかむと、青く鋭く光る刀身をペロリと舐める。

 ひ、ひぃぃぃ!

 その不気味に光るナイフにネヴィアはすくみあがる。この人はやると言ったら、本当にやってしまう厄介な人だったのだ。

「ま、待ってください! これは僕のためにやってくれたことなんです。彼女は悪くありません!」

 タケルは耐えられずに声をあげた。

66. 星間の狂風の弟子

「ほう?」

 シアンは嬉しそうにタケルの方を見てニヤリと笑う。

「我々はただ、理不尽に殺された少女を生き返らせたい、ただそれだけなんです!」

 タケルは今までのこと、どうしてもクレアを生き返らせたいということを切々と語った。

「まぁ、そんなことだろうと思ってたんだよネ」

 シアンは肩をすくめ、つまらなそうに首を振る。

「見逃してください! お願いします!」

 タケルは必死に頭を下げる。ここで否定されたらもはやクレアは生き返らないし、自分たちは重罪人で処罰されてしまう。どうしても見逃してもらうしか手がなかった。

 しかし、シアンは碧い目をギラリと光らせ、腕で×印を作る。

「ダーメッ! 人を生き返らせたい、それはみんな思うの。でも、そのたびに生き返らせていたら世界は大混乱だよ? 世界を健全に保つには新陳代謝が必要。これは鉄則だゾ!」

「そこを何とか!!」

「ダメったらダメ! これは厳格な規則なの!」

 完全に拒絶されてしまって、タケルには道がなくなった。もちろん、彼女の言うことは正しい。死んだ者を生き返らせるのは世界にとって禁忌だろう。だが、だからといってクレアの死を受け入れるわけにはいかない。シアンの納得できる条件とは何だろうか? タケルは必死に考え、究極の条件を思いつく。それはタケルの出せる最後の条件だった――――。

「だったら……。等価交換……させてください」

「等価……交換……?」

「そうです。僕の命を……彼女の命に代えてください」

 タケルはシアンの目を真っ直ぐに見つめ、全ての想いを乗せて言い放った。

「お、お主! 何を!」

 ネヴィアが慌てて止めに入る。

「クレアは僕のために死んだんだよ! 生き返るならこの命は惜しくない!」

 タケルは自然と湧いてくる涙を押さえられず、ポロリとこぼした。

「本気……? あなた死ぬのよ?」

 シアンは首を傾げ、タケルの顔をのぞきこむ。

「本気です! 嘘は言いません!!」

 タケルはまっすぐにシアンの青い瞳を見つめた。

「ふぅん……、なるほど……ね。凄まじいまでの想いだ……」

 シアンはそのタケルの覚悟に少し驚いて、大きく息をついた。

「だ、だったら……」

「でもダメよ。例外は認められない」

 シアンは申し訳なさそうに首を振る。

「何とか、何とかお願いしますぅ……。クレアがいない人生なんて耐えられないんですぅ……」

 タケルは泣き崩れた。失って分かったクレアの大切さ。心の奥にはクレアの笑顔がたくさん詰まっており、今までタケルはクレアの笑顔によって生かされていたのだ。

「なんだ、面倒くさい奴だな……」

 シアンは口をキュッと結ぶと大きくため息をつき、空中に画面を浮かべて何かを調べていった。

「ほぉ……。へぇ……。なんと! ははっ、お前面白い奴だな!」

 画面を食い入るように見つめながら、シアンは楽しそうに笑う。

 何が楽しいのか良く分からないタケルは、泣きはらした目でシアンを見た。

「お前、僕の弟子になれ!」

 シアンはタケルの肩をポンポンと叩くと、ニヤッと笑った。

「へ……? で、弟子……ですか?」

「弟子であれば僕の身内だ。身内の大切な人を生き返らせたくらいなら、誰も文句言わないよ?」

「え……? い、いいんですか?」

 タケルは目を大きく見開き、思わず立ち上がる。

「女神様がね、君を転生させたの、なんだか分かる気がしたんだ。君には何かがありそうだ。でも、弟子ってことは、僕の言うこと何でも聞くんだゾ?」

 シアンはいたずらっ子の笑みを見せながら、タケルの涙でグチャグチャの顔をのぞきこんだ。

「は、はい! 何でも聞きます! よろしくお願いします。」

 タケルはまぶしい笑顔を浮かべ、シアンの手をギュッと握った。

「お主! これは凄い事じゃぞ! 星間の狂風アストラル・クイーンシアン様の弟子と言ったらもはや誰も逆らえんぞ!」

「くふふふ……。でも、僕が『死ね』って言ったら死ぬんだぞ?」

 シアンは邪悪さの漂う笑みを浮かべる。

「えっ……? くぅぅぅ……、わかり……ました……」

 タケルは弟子になることの重大さに唇を噛み、うなだれた。この破天荒な少女の要求は軽く常識を超えてくるだろうことは想像に難くない。しかし、クレアを生き返らせるためにはなんだって受け入れるしかないのだ。

「これで一件落着! 弟子一号君、よろしく! うししし……」

 シアンは楽しそうにパンパンとタケルの肩を叩いた。

        ◇

「ところで、シアン様はなんであんな所にいたんですか?」

 ネヴィアが少し不満げに聞く。

「えっ!? あー! 忘れてた!」

 シアンはポンと手を叩くと、上空をキョロキョロと見回し始めた。

「なんかねー、テロリストがあの貨物船に何かを仕込んだらしくてね……。お、あいつかな?」

 シアンは空の一点を凝視し、うなずくと空中に画面を開いて何やら計算し始めた。

 その方向には何やら光る点がゆっくりと動いて見える。

「どうやら貨物船も大気圏突入段階に入ったようじゃな……」

「ふんふん、じゃ、この辺りでいっかな……」

 シアンは両手を前に出し、目をつぶると何かをぶつぶつと唱え始めた。すると、向こうの方で何やら竜巻が渦を巻き始める。

「竜巻だ……、竜巻で一体何を……?」

 シアンは何やら楽し気にぶつぶつとつぶやき続ける。

 タケルはネヴィアと目を合わせ、首をかしげた。

 竜巻はどんどんと大きく成長し、やがて上の方に大きな水の球を形成していく。それは海王星のうっすらと青い輝きを反射して碧く美しく輝いた。

67. 死のジェットコースター

 タケルはその美しい輝きに魅せられる。

「綺麗……ですね……」

 しかし、シアンは余裕のない様子で眉間にしわを寄せ、何やら渾身の力を振り絞り始めた。

 徐々に成長していく水の球……。やがて、それは直径数キロの巨大なサイズにまで膨れ上がっていく。

 シアンは満足げな表情でふぅと息をつくと、水筒を取り出し、ゴクゴクとアイスコーヒーでのどを潤した。

「水玉で……どうするんですか?」

「まぁ見てなよ。面白いよ! くふふふ……」

 見れば貨物船の輝きが一層増して、まぶしいくらいの閃光を放っている。全長三キロにも及ぶ巨大なコンテナの集合体はノズルスカートを前面に出し、大気と激しく反応しながらマッハ二十の超音速で海王星へと降りてきているのだ。

 見る見るうちに大きく見えてくる貨物船。それは吸い寄せられるように一直線に水玉を目指した。

「まさか、衝突させるんですか!?」

 ネヴィアは叫んだ。マッハ二十とは銃弾の二十倍の速度である。そんな速度で水に突っ込んだら大爆発を起こしてしまう。

「ピンポーン! そんなシーン今まで見たことないでしょ? くふふふ、楽しみっ!」

 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべて笑う。

「いやちょっと、マズいですって! こんなところに居たら巻き込まれますよ!!」

「だーいじょうぶだってぇ! ネヴィアは心配性だな。がははは!」

 パンパンとネヴィアの背中を叩くシアン。

「乗務員はどうなるんですか?」

 タケルは恐る恐る聞いた。

「テロリストの話があった時点で退避済み。あれは自動運転だよ」

「貨物は捨てちゃうってことですか?」

「テロリストに汚染された貨物なんて恐くて使えないからね。焼却処分さ」

 シアンは渋い顔で肩をすくめる。

「でも、貨物船は……もったいないのでは?」

「そんなの造り直せばいいだけさ。うちの弟子にやらせれば解決!」

「えっ!? 弟子って……?」

「僕に弟子なんて一人しかいないゾ!」

 シアンはニヤッと笑うとタケルを指さした。

「マ、マジですか!? あ、あんなの造れませんよぉ」

 タケルは泣きそうになる。

「頑張ればできる! 気合いだ! ほら来たぞぉ! 五、四、三……」

 シアンはウキウキしながらカウントダウンを始めた。

 激しい閃光を上げながら長大な貨物船は真っ白な光跡を描き、ものすごい超高速で一直線に水玉に突っ込んでいく――――。

 刹那、激烈な閃光が海王星を包んだ。

 巨大水玉に突っ込んだ貨物船はその膨大な運動エネルギーを瞬時に熱エネルギーに変え、大爆発を起こしたのだ。後方のコンテナ群は次々と折れ曲がりながらその爆心地に突っ込んでいき、さらなる爆発を加速した。

 グハァ! ひぃぃぃぃ!

 その激烈な閃光はシャトルを焦がし、タケルたちは顔を覆った。

 爆心地からは白く繭状の衝撃波が一気に広がっていく。

「退避! たーいひ!!」

 ネヴィアは目をつぶったままシャトルのエンジンをふかして逃げ始める。

 ズン!!

 直後、衝撃波がシャトルを襲い、まるで木の葉のように吹き飛ばされながらグルグルと回転していった。

 うわぁぁぁぁ! ひぃぃぃぃ! きゃはははは!

 三人は必死に振り落とされまいと座席にしがみつく。

 次に襲ってきたのはコンテナの残骸だった。ひしゃげた部品などが次々とシャトルに突っ込んできて当たり、ヤバそうな衝撃音を立てている。

「だからマズいって言ったんじゃーー!」

 涙目のネヴィアは必死に操船しながら叫ぶ。しかし、シアンはジェットコースターに乗った子供のように笑った。

「きゃははは! たーのしーっ!」

 タケルはとんでもない人の弟子になってしまったことを後悔しながら、虚ろな目で激しく揺れるシャトルのシートにしがみついていた。

           ◇

「あー、楽しかった!」

 シアンはご満悦で座席にドスッと座りなおすと、水筒を取り出しておいしそうにアイスコーヒーを飲んだ。

「『楽しかった』じゃないですよ! 一歩間違えば死んでたんですから!」

 ネヴィアはプリプリしながら言った。

「でも、なかなかできない体験だったでしょ?」

「普通やりませんからな」

 ネヴィアは口を尖らせた。

「まぁ、これで懸案は解決! それじゃ、どうやってクレアちゃんを復活させるつもりだったか見せてもらうゾ! 出発進行!!」

 シアンはピコピコハンマーで楽しそうに座席を叩いた。

68. クリスタルコンピューター

 シャトルは海王星の中へと降りていく。雲を抜け、深い碧へとどんどん降りていくと白い霧の層に入ってきた。それをさらに碧暗い奥へと降りていくとやがて闇に包まれていく。

 ヘッドライトをつけ、まるで深海のような暗闇をさらに下へ下へと潜っていく。

「こんなところに……本当にあるの?」

 タケルは不安になってネヴィアに聞いた。

「普通そう思うわな。何もこんなところに作らんでも……」

 ネヴィアはグングンと数値が上がっていくモニターの深度計を見ながら、肩をすくめる。

 さらにしばらく降りていくとモニターに赤い点が表示されはじめた。一列に並んでいる点にはそれぞれ四桁の番号が振られている。

「あー、うちの星は3854番じゃったな……。お、あれじゃ!」

 ネヴィアはそう言いながら点の一つへと近づいて行く。ヘッドライトにはチラチラと雪のような白い粒が舞って見える。

「これが……、ダイヤモンド?」

「そうじゃが、このサイズじゃ宝石にはならんな。カッカッカ」

「これ、もっと深くまで行くと大きいのがあるんだよ? くふふふ……」

 シアンは楽しそうに笑う。

「ちょ、ちょっと待ってください。そんな深くまで潜れる船なんてないですよね?」

 ネヴィアは怪訝そうな顔で聞いた。

「僕の戦艦大和ならいくらでも大丈夫! エヘン!」

 シアンは意味不明なことを言って自慢げに胸を張る。

「ほら、もうすぐ見えてくるぞー」

 ネヴィアは面倒くさい話になりそうだったので、聞かなかったふりをして前を指さした。

 やがて、暗闇の中に青白い光が浮かび上がってくる。それはまるで深海に作られた基地のようにダイヤモンドの吹雪の中、幻想的に文明の明かりを灯していた。

 近づいて行くと全容が明らかになってくる。漆黒の直方体でできた武骨な構造体は全長一キロメートルほどあり、継ぎ目から漏れる青白い光が表面に幾何学模様を描く。それはまるで暗闇に浮かぶ現代アートのような風情だった。

 タケルはその異様な巨大構造体を前にして不思議な感傷に包まれていた。生まれてからずっと自分はこの中で生きてきたのだ。街も友達もそしてクレアとの交流もずっとこの中で営まれていたのだ。この太陽系最果ての碧い星の奥底、ダイヤモンドの吹雪の中で、淡々と地球は創出され、回り続けていた。

 これはとんでもない奇跡なのではないだろうか?

 生まれ育ってきた故郷の真の姿を目にして、タケルは自然と湧いてくる涙を指で拭いながら、近づいてくる偉大な巨大構造体をじっと見つめていた。

        ◇

 無事接舷したシャトルから降りると、肌を刺すような冷気に襲われる。

「ひぃ~っ! 寒いっ! 寒いっ!」

 シアンは叫びながら通路をダッシュして、ジグラートの内部へと跳び込んでいった。

 タケルもガタガタ震えながらシアンを追う。何しろ外は空気も液化してしまう極低温なのだ。通路もかなりの低温になってしまう。

 ジグラートの内部へ足を踏み入れた瞬間、視界はたちまち虹色の光の洪水に飲み込まれ、タケルは息をのむような美しさに目を奪われた。それは微細でありながら、無数の輝きが絡み合い、まるで生きているかのように躍動し、幻想的な景色を作り出していた。

 ほわぁぁぁ……。

「どうじゃ? これが地球じゃよ。驚いたか?」

 ネヴィアは圧倒されているタケルにドヤ顔で笑う。

 Orangeのデータセンターも相当に高集積されたサーバー群だったが、さすがにジグラートは次元が違った。スパコンの一兆倍はあろうという超ド級のデータセンターは、もはや神々しささえ感じさせる圧倒的なスケールだった。

 小屋サイズの円筒形のサーバーラックが無数の虹色の光を明滅させながらずっと奥まで並び、それが上にも下にも金属のグレーチングの通路を通してどこまでも続いて見えるのだ。

 見れば一個一個のサーバーは一枚の畳のようなクリスタルの結晶である。きっと光コンピューターだろう。それが軸に向かってたくさん挿さって円柱状になり、それが何層にも積み重なって一つのサーバーラックを構成しているようだ。そして、そのクリスタルの結晶からは微細な無数の輝きが漏れ出し、全体ではまるで豪華なイルミネーションのように虹色のまばゆい光を放っていた。

 地球をコンピューター上で再現するなど夢物語だと思っていたが、こうして目の前で明滅する膨大な数のサーバー群を見せつけられると、現実解だと思わされる。そう、ここまでしないと地球なんて作れないし、逆にここまでやれば地球は創り出せてしまうのだ。

「何やっとる。ほら、行くぞ」

 ネヴィアは感動に打ち震えているタケルの肩をポンポンと叩くと、グレーチングの通路をカンカンと音を立てながら奥へと歩き始めた。

「ま、まって!」

 いよいよクレアを生き返らせる。しかし、この膨大なデータセンターで一体どうやって一人の少女を生き返らせるのか、タケルには皆目見当もつかなかった。

69. 奇跡の御業

 虹色の光の洪水を浴びながら、しばらく通路を進むとやがて巨大なサーバーが見えてくる。それは十階くらいぶち抜いた、もはや巨大なタワーともいうべきサーバーだった。

 ほわぁ……。

 タケルはその精緻な虹色の光に覆われたタワーを見上げ、感嘆のため息をつく。光は漫然と光っているのではなく、一定のリズムを刻みながら、塔全体として踊るようにいくつもの光の波を描きながら現代アートのように荘厳な世界を作り上げていた。

「ここがジグラートの中心部、神魂の塔サイバーエーテルじゃ。お主の星の全ての魂はここに入っておる」

 ネヴィアは神魂の塔サイバーエーテルに近づき、そっとキラキラと輝くクリスタルでできたサーバーをなでた。

「えっ!? 全員ここに? じゃあ、僕もクレアもここに……?」

「そうじゃ、お主は……あれじゃ」

 ネヴィアはキョロキョロと見回すと、少し離れたところのサーバーを指さした。

「へっ……? こ、これ……?」

 そこには他のサーバーと変わらず、微細にあちこちが明滅するクリスタルがあるばかりである。

「よく見ろ! これじゃ!」

 ネヴィアが指す光の点を見ると、黄金色の輝きがゆったりと眩しく輝いたり消えそうになったり脈を打っていた。それにとても親近感を感じたタケルは不思議に思ったが、よく見るとそれは自分の呼吸に連動していたのだ。息を吸うと輝き、吐くと消えるようだった。

 えっ!?

 驚いた刹那、黄金色の輝きは真紅に色を変え、鮮やかに光を放った。

 こ、これは……?

「どうじゃ? これがお主の本体じゃ」

 ネヴィアは嬉しそうにニヤッと笑う。

「こ、これが……僕……?」

「信じられんなら引き抜いてやろうか?」

 ネヴィアはクリスタルのサーバーをガシッと掴む。

「や、止めて! 死んじゃうだろ!」

 タケルは青くなってネヴィアの手をはたいた。自分の魂がシステムから切り離されたらどうなるか分からないが、少なくとも生命活動は停止しそうである。

「冗談じゃって。カッカッカ」

 楽しそうに笑うネヴィアを、タケルはジト目でにらんだ。

「で、クレアはどこ?」

「あー、そうじゃな……。えーと……ここじゃ」

 ネヴィアはトコトコと歩くと少し離れたところのサーバーを指さした。

「こ、これ……?」

 指さしたところには、か細いオレンジ色の光が消えかかったような状態で止まっていた。周りの元気に輝く点の中で、クレアだけが消えかかっている状況に思わずタケルは息をのんだ。

 死ぬというのはこういうことなのだ。タケルはゾクッと背筋に冷たいものが流れるのを感じる。

「チップをここに挿してみぃ」

 ネヴィアはサーバーの上の端にある小さなくぼみを指さした。

「こ、ここ……かな?」

 タケルはポケットから出したチップをそっとサーバーに挿しこんでみる。

 差し込んだ瞬間、チップは黄金色に明滅したかと思うと、直後、複雑に虹色に高速に瞬いた。

「こ、これで……クレアは生き返るの?」

「さあ? 我に聞くな」

 ネヴィアは少し意地悪に肩をすくめた。

「えっ、そんなぁ……」

「ほうほう! なーるほど、なるほどっ!」

 後ろから見ていたシアンは、身を乗り出してチップの明滅を楽しそうに食い入るように見つめる。

「うまく……、行ってますか?」

「うんうん、よし! じゃあ、君は手を前に出してー」

 シアンはタケルの手を引っ張った。

「えっ……? 何をするんですか?」

「くふふ、刮目かつもくせよ!」

 シアンは人差し指を高々と掲げ、空中に不思議な図形を描くと、嬉しそうに笑った。

 刹那、タケルの目の前に、黄金色に輝く微粒子がどこからともなく集まってくる。

 え……?

 どんどん集まってくる光の微粒子は、やがて徐々に形を持ち始めた。

 ま、まさか……。

 微粒子はやがて少女の形を取り始める。そう、それはクレアそのものだったのだ。

 直後、クレアはまぶしく輝き、タケルの両腕にずっしりとその身をあずけた。

 おぉ!

 いきなりの重みによろけたが、その奇跡の御業にタケルは唖然として、ただ美しいクレアの顔に見とれる。

 苦難の果てについにクレアに巡り合えた。愛しい、大切なクレアに……。

「クレア……、よ、良かった……」

 タケルの目には涙が浮かぶ。

 しかし、クレアはピクリとも動かなかった。体温は温かく感じられるが、べっとりと血ノリの付いた、死んだ時のワンピースを身にまとい、まるで死んだ直後みたいなのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?