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クラリス ガールの沈黙

 羊年ということもあり小説「羊たちの沈黙」のオチを書きましたよ。
若い人にとっては「羊たちの沈黙」って何?セガールの新作?って思うかもしれませんが、しょうがない もう24年前の映画だし原作小説は1988年に刊行だもの。話の流れでひょっとしたらセガール出てくるかもよ と気軽に読んでもらえればこれ幸い。

 映画ではバッファロー・ビルを殺し、彼によってさらわれたキャサリンの救出で事件を解決させたクラリスの元に「子羊たちの悲鳴は泣き止んだかね?」というレクター博士からの電話での問いかけと共に映画は幕を閉じます
 がレクター博士の問いかけにクラリスは答えないので
映画だけでは彼女のトラウマがいったいどうなったのかボヤかされておりサッパリ分かりません。

                 クラリスのトラウマ

●幼少の頃、助けようとした食肉用の子羊の悲鳴が今も聞こえる。

●愛していた父親の他界 ファザコンゆえ上司クロフォード(53歳)   にラブ 当然 彼に対して承認欲求強々ガール

 しかし原作となった小説にはクラリスのトラウマがどうなったのか、ファザコン問題 (特にクラリスのクロフォードへの想い。これは小説と映画の最も違う箇所)がどう解決したのかが全て描かれているのでとてもスッキリします。
スッキリしますがその変わりビックリします。

 上司のクロフォードは、まだFBIアカデミー実習生だけれど成績優秀なクラリスをレクター博士の所へ行かせます。

小説ではクラリスはズバリ“美人”と描写されており、映画でも最初のキャスティングはジョディ・フォスターではなく、ブロンド美人のミシェル・ファイファーとメグ・ライアンだったわけで、クラリス=“美人” であることが実は「羊たちの沈黙」を語る上でとても重要なファクターとなっています。

クラリスは途中までクロフォードによるレクターとの面談や捜査への同行が
「実地経験の少ない自分のためにクロフォードが私に課した訓練で
 いい成果をあげさせようとしてくれてるんだわ」
と健気な事を言ってたりしますが、実はクロフォードがクラリスを選んだ本当の理由は

  ―― “美人” だからです。

 そして映画では描かれていませんが小説ではクロフォードは病で倒れている愛する妻のため自宅療養で毎日彼女の看病をしており、事件どころかクラリスのラブ光線に気付く暇なんて無いという事が描かれておるのですわ。(この辺のエピソードはドラマ版「ハンニバル」で出てきます)
 そしてクラリスも次第に、自分はクロフォードに利用されていると気付き始めるのですが…クロフォードの妻の病気の事を知ると「弱ってる彼のために自分が頑張らなくちゃ」と、事件に対して益々奮起する(もちろんキャサリンを助ければ子羊の悲鳴が止むかもしれない)という、どこまでも健気なクラリス。

 レクター博士を収容している病院院長のチルトンもハンニバルに嫌がらせで言います。

“ 何年もご無沙汰した後でジャック・クロフォードはあの女を送ってよこす。  するとたちまちあんたはメロメロになってしまったんだな?いったい 何が気に入ったんだ?あの優美で引き締まったくるぶしかい?あの艶のある 髪の毛か?よそよそしくて美しい 冬の夕日のような女だ。

 クロフォードの女房が死んだら二人は公然と付き合うだろうな。彼は若作りの服装をして二人で一緒に楽しめるスポーツを何か始めるだろうよ。二人は 共に昇進して、あんたの事など年に一度も考えやしなくなる。”

 
 バッファロー・ビルを殺し、彼によってさらわれたキャサリンの救出で事件を解決させたクラリス。

 そしてクロフォードの妻の他界(ここで読者の誰もが 「おっこれはチルトンが言った通り二人は付き合うんじゃねーの?」と思わせるわけですが…)

 しかしエピローグで突然、クラリスはピルチャーという男にデートに誘われたと同僚の女友達のマップに報告します。すると「遠回しにやる気満々じゃーん」「見え見えよね~」「デートオッケーすんの~?」キャッキャッとなぜか突如 始まるガールズ・トーク ……。

 一方その頃 逃亡し整形を終えたレクター博士が夜空のオリオン座の下で、クラリスへの手紙を書いています。

“  どうだねクラリス 子羊たちは鳴き止んだかね?

 子羊たちはしばらくの間 鳴き止むだろう。しかしクラリス、祝福すべき沈黙を君は何度も何度も自力で勝ち得なければならない。

 なぜなら君は人の苦難を見てその苦難に駆り立てられるのだが、苦難は永劫に消えることはないからだ ”

 そして再び画面は変わり

“ はるか東のチェサピークの岸辺、古い大きな家の上の澄んだ夜空の高みにオリオン座がかかっている。

 寝具の下で盛り上がっているふくらみはピルチャーなのかどうか、淡い光の下では見定めがたい。が枕の上の顔、暖炉の光で薔薇色に輝いている顔はクラリス・スターリングのそれにちがいなく彼女は子羊たちの沈黙に包まれて、いま、深く甘美な眠りに落ちている  ”

という流れで小説「羊たちの沈黙」は静かに終わるのです。

 週末に普通に男からデートに誘われ、まだ付き合うかどうか分からないけれどその日の流れで普通にセックスして爆睡するクラリス(たぶん卒業のための勉強もしてねーな)。 つまり(クロフォードを選択することもなく)普通の日々を選んで生きてるクラリス。クラリスのトラウマだった子羊の悲鳴も聞こえないし、同時にファザコンとしてのクロフォードの想いも卒業したという結末です。

 映画ではレクター博士とクラリスとの最期の別れ際、指と指が触れる瞬間スローモーションになりあたかも“別れのキス”のように撮られてるわけですが
その後のクロフォードとクラリスの握手も何故かスローモーション……小説のオチを踏まえれば、実はこのクロフォードとの握手もまた“別れのキス”となるわけです。バッファロー・ビルの事件を経てクラリスの中にあった承認欲求強々ガールはもう消えたのです。

 バッファロー・ビルは自身の女性への性転換願望という変化のモチーフに“クロメンガタスズメ”のさなぎを使ったのですが、実はこれは少女から大人へと変貌を遂げたクラリスの事でもあり、窓もない幽閉の下、8年間 外の世界で空を眺めることを望んでいたハンニバル・レクターの事でもあったのです。

 小説は、“ 夜空のオリオン座の下 自由を勝ち得た二人がいる ” という美しいラストなのです。


ちなみにクラリスと寝るピルチャーって映画ではこいつな。オリオン座の美しさもブッ飛ぶ驚き。セガールの方がまだマシですな。

 この「羊たちの沈黙」という話自体の全体の構造が、実はトラウマを抱えたクラリスがレクター博士のカウンセリングを受けていたという話になっておって小説の終わりと共にレクターによる彼女のセラピーも終了したのです。
   (カウンセリングとセラピーの違いは各々調べてくださいね)


ではまた。

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