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自分は隠さねばならない存在という認識をやめる

Kになぜ結婚しなかったのかを聞いてみたことがある。
Kも私もいいおじさんおばさんなので、
結婚どころか成人した子どもがいてもいい年頃なので……
K曰く、
「ご縁が無かったから」と。

驚いた。
私は自分が結婚できないのは
私に魅力が無いから、結婚するに値するような女ではないからだ、
とずっと自分責めをしていたので
誰のことも責めない「ご縁が無かった」という答えは
私には無い発想だったので驚いた。
斬新!

以来、私も単にご縁が無かったから結婚していない、
と考えてみようと思っている。
もっと容姿に磨きをかけていれば、もっと痩せていれば、
もっと愛想良くしていれば、もっと人を受け入れれば、
もっと婚活していれば、もっと人前に出ていれば。
……でももしそれら全部をカバーしていたとしても
結婚できてない気がする。
美しい私であっても、スタイル抜群の私であっても
愛想が良い私であっても、人を受け入れる常にオープンな私であっても
もっと婚活していても、もっと人前に出る私であっても、
……結婚、してない気がするなぁ。

Kは結婚「しなかった」と表現し
私は結婚「できなかった」と表すところも
自分をどのように見ているかが違う気がする。

___________
あ、でもこれからは「人前に出る」はもう少ししてみようと思っている。
ライフワークの方で時々取材のお声がけをいただくことがある、
主に新聞がメインで。
新聞って年齢を表記したがる。写真も載せたいみたいだ。
それが嫌で避けていた。
作品を見る時に、私の性別や年齢、容姿は関係ないだろ?と。
でも、年齢や性別を含めての私で、
私が作るものも、私の年齢や性別を含めての作品、なのかもしれない。
同様に、人に相対(あいたい)する時、
自分を繕わないで、素のまま、どんくさい私も含めて
もっと公開しないと「わかりにくい」よなーと。

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